夢の旅人は仮想に生きる


メニュー

お気に入り

しおり
作:窓風
▼ページ最下部へ


18/33 

EPISODE18 記憶のカケラ


 

 

 

 

2024年10月26日 10:00

第22層 森フィールド

 

キリトとアスナが結婚しました。

 

いやぁめでたい。1層の頃から付き合いがある分、嬉しさが誰よりも大きい。

 

そんな俺は今、結婚祝いの菓子折りを持って、2人の愛の巣がある場所へと歩いている。場所は予め聞いていたが、転移門から20分くらい歩く上に通り道が少し見つけにくいところにあるとは聞いてなかった。索敵の派生スキル『探知』によって事なきを得たが、よくもまぁキリトはこんなところを知っていたものだ。

 

「結婚しました」とメッセージが飛んできたのは一昨日の夕方。風林火山とのフィールド攻略の帰りに届き、同じく結婚報告を聞いたクライン共々喜んだ。早速結婚祝いをあげようと2人で選んだ菓子折りは、たまたま75層の商店街で売られていたチョコとクッキーのアソート。「何渡せばいいかわからないときは後に残らない食いもんが無難だぜ」とクラインに勧められて購入したこれは、いわば俺とクライン2人からの結婚祝いだ。

 

「ついでに顔だけ出しに行ってこいよ。」

「お前は来ないのか?」

「新婚ホヤホヤのとこにあまり何人も駆け込むわけにゃいかねぇだろ?代表として、行ってきてくれ。」

 

クラインの言葉にたしかに、と納得した俺は明後日の朝10時を目安に顔を出しに行くことをキリトにメッセージで伝えた。

 

35層の迷いの森規模ではないが長い森の道を歩くと、見通しのいい場所に出た。そこには一軒のログハウスが建っていた。木製のそれはキャンプ場にあるコテージのようなもので、丸太が素材そのままの姿で多く使われていた。

 

流石にインターホンはないため3回ノックをすると、すぐにドアが開いた。

 

「よ、アスナ。」

「いらっしゃい、ソーマ君!」

 

新妻アスナはあまり見ることのなかった私服姿で出迎えてくれた。家の中へ招かれると、取り揃えられた家具が置かれたリビングで悠々と紅茶を飲んでいるキリトを発見。

 

「新婚生活は楽しんどるかね、少年。」

「クラインみたいなことを……」

「25になるともうおっさんみたいなもんだよ。」

「クラインさんやエギルさんが聞いたら怒りそう……」

 

精神と肉体の年齢が7年も乖離しているせいで実感はあまりないが、20代も後半になるとおっさん/おじさんっぽくなるんだろうなと勝手に思っている次第である。しかし、そんな話をしに来たのではない。

 

「これ、俺とクラインからの結婚祝い。」

「わぁ!ありがとう!」

「開けてもいいか?」

「どうぞどうぞ。」

「チョコとクッキーのアソートだ!嬉しい!」

「75層で買ったんだけど、ちょっと面白いものでさ。永久保存トリンケットほどじゃないけど、開けてから1週間は耐久値が減らない高級品だ。」

「そんな店があったのか……」

「せっかくだから、ソーマ君も食べていきなよ!お茶用意するから!」

「じゃあちょっとだけもらおうかね。」

 

装備を解除してキリトの向かいの空いたソファに座る。その後すぐにアスナがアソートと紅茶を持ってきてくれて、キリトが早速クッキーを1枚持っていった。キリトの隣に座ったアスナは続いてチョコを、俺はクッキーを取って口に運ぶ。サクッと乾いた音と共に口に広がるのはシンプルなプレーン味。何度か咀嚼し、淹れたての紅茶をいただく。こちらも良いものを使っているのか、柔らかい風味で満たされる。

 

「うん、美味い!」

「チョコも美味しい〜!」

「さすがアスナ。紅茶もしっかり合うな。………そんで、ちょいと聞きたいことがあるんだ。」

 

カップを置いて少し真剣になる。美味しいものを食べてご機嫌なところ非常に申し訳ないが、これは聞いておきたかった。

 

「もちろん言いたくなけりゃ言わなくていい。血盟騎士団を一時的に抜けた理由を、聞いてもいいか?」

 

2人の結婚報告メッセージが来る数分前、ヒースクリフから直々に「キリトとアスナは一時退団という形でしばらく休暇に入る」とメッセージが来た。すぐに結婚報告が来たため一時退団という文字に動揺したのは数分で済んだが、理由まではヒースクリフは教えてくれなかった。「なんでかはわからないけど聞いとかないといけない気がする」と俺の直感が告げたことにより、こうして足を運んだわけだ。

 

少しの間顔を見合わせた2人は頷き合うと、ぽつぽつと語り始めた。

 

「俺が入団して2日目に、訓練として55層の迷宮区まで行くことになったんだ。リーダーはゴドフリーっていう幹部の斧使いで、他に俺とクラディールっていう大剣使いがいた。そして途中で休憩を挟んだときに、飲み物に混ぜられていた麻痺毒にかかったんだ。」

「麻痺毒?…………まさか。」

「飲み物を用意したのはそのクラディールだったんだけど、そいつはラフコフの一員だった。」

「正確にはどこかで接触を受けたと思うの。討伐戦のときもクラディールはずっとうちの団員だったから。」

 

討伐戦の言葉にピクリと反応するが、掌に爪を食い込ませてなんとか我慢する。飲食物に麻痺毒を混ぜる手口はまさしくラフコフ奴らのやり方だ。手ほどきをしたのは、あの時捕まえられなかった内の誰かだろう。

 

「訓練の一環として結晶アイテムをゴドフリーに預けてた関係ですぐに解毒もできなかった。奴はゴドフリーを先に殺して、次は俺を殺そうとした。奴は元々アスナの護衛だったらしくてな、この前アスナとパーティを組む時にちょっと色々あったんだけど、その恨みもあったんだろうな。そして俺のHPが赤くなったところで、アスナが助けてくれたんだ。」

「嫌な予感がしてフレンドのマップ機能でずっと見てたらゴドフリーさんのアイコンが消えたから、もしかしたらって……。」

 

クラディールの行方を聞こうとしたが、すぐにやめた。浮かない表情のアスナと右手を押さえるキリトを見て、なんとなく察した。そういうこと(・・・・・・)だろう。

 

「血盟騎士団に末端とはいえラフコフが混ざってた。それでギルドが信用しきれないから一時退団ね。なるほどな。」

 

まだ暖かい紅茶を少し飲む。実のところ、一時退団の理由を聞いたところで俺の抱えるものを打ち明けようと思っていたのだが、今の2人の顔を見るとそういう空気でもない。まぁまた機会があるだろう。

 

「あたっ!」

「いでっ!」

「はいはい、この話は終わり。聞かせてくれてありがとな。」

「なんか…俺の方が強くなかったか……?」

「気のせいじゃね?」

 

切り替えよう、と2人の頭にデコピンを入れて暗い空気を晴らす。

 

「経緯はどうあれ、2人は夫婦になったんだ。ここ最近忙しかったのもあるだろうから、諸々のことはこっちに任せてしばらくゆっくり休みなさいな。」

「……悪い、ありがとな。」

「ありがとう……ソーマ君。」

 

次に口に入れたチョコはミルクチョコレートだったようで、糖分を感じる甘みが口内を駆け巡る。視界端の時計をチラリと確認して最後に残りの紅茶を飲み切ると腰を上げる。

 

「そんじゃそろそろ行くわ。色々落ち着いたら、前みたいにまた飯でも行こうぜ。」

「あぁ、そうだな。」

「またね。」

 

キリアス邸(仮称)をあとにした俺は来た道を戻り、転移門から35層へと飛ぶ。昼からアルゴ主催の中層プレイヤー向け戦闘講座の講師として呼ばれているのだ。この講座は俺が時折中層プレイヤーにレクチャーしに行ってたものが、それに目をつけたアルゴによっていつからか隔週で定期開催となったものだ。今回の内容はたしか『聴音』だったか。

 

わざわざ作った講義ノートを読み返しながら昼飯でも食べて、時間を潰すことにしよう。

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

2024年10月31日 19:00

第24層 主街区郊外

 

今日の攻略で迷宮区の入口が発見できたのは上々。同行していた風林火山のメンツも皆一様に喜び、主街区に帰還後はマップデータを情報屋に共有していた。そして50層の店よりは幾分かマシなラーメン擬きを食べて自宅がある24層に帰ってきた次第だ。

 

転移門広場から歩いて10分くらいの住宅街の一角にあるマンション風の建物の2階、部屋番は振られていないが階段を上がってすぐの扉から数えて4つ目、角部屋である204号室が俺の借りてる部屋だ。

 

「うわぁお?!」

「……ソーマ。」

 

いつもの足取りで階段を上り角を曲がったところで、部屋の前でうずくまる影に驚き情けない声をあげる。聞き覚えのある声がしてよく見てみると、ストレアが体育座りで座っていた。

 

「ストレアか、びっくりした。」

「…………。」

「とりあえず入りな。風邪引くぞ。」

 

何も連絡せずに我が家に来ることは何度かあったが、先に待っていることは今までなかった。様子を伺うといつもの彼女とはかけ離れた儚い印象を感じた俺は鍵を開けて彼女を招き入れる。

 

部屋は1LDKでシャワー、ベランダ付き、家賃4万コルの所謂賃貸マンションのようなものだ。向かいには初老の男性NPCが運営するパン屋があり、毎朝そこのクリームパンを齧って行くのが日課になっている。ちょうど1ヶ月前から住んでいるが、24層と低階層で「田舎寄りの都会」といった街の雰囲気が相まって1人で暮らす分には中々いい場所だと思う。

 

装備を解除してマグカップに入れた暖かいカモミールティーを2人分用意し、1つを居間のソファに座らせたストレアに手渡す。一口飲むと、爽やかなリンゴの風味が落ち着かせてくれる。

 

「で、何か悩みでもあるのかな。お嬢さん?」

 

ストレアの隣に腰掛けてテーブルにマグカップを置く。チラリとストレアの顔を見ると、カモミールを飲んで少し落ち着いたのかさっきよりは硬さがとれたようだった。

 

数分無言の時間が続いた後、ストレアは独り言のように語り出した。

 

「あたしね、全部思い出したの。自分が何者で、どこから来たのか。『メンタルヘルス・カウンセリングプログラム』。通称『MHCP』は、SAOのプレイヤーのメンタルケアを目的として試作されたプログラムなの。あたしはその試作2号、コードネーム『Strea』。開発当初はエヴァンジェリンって名前だったみたい。」

 

想像以上の暴露に絶句する。ストレアが、プログラム?作られた存在だっていうのか?

 

「カウンセリングをするプレイヤーに対して違和感がないように、SAOの制御システム『カーディナル』から感情模倣機能が与えられてるの。だから……この気持ちも、全部偽物。」

「……記憶がなかったのは?」

「SAOのサービス開始直後、カーディナルから『プレイヤーとの接触を禁ずる』って予定外の命令が下されたの。プレイヤーのメンタルケアをしに行かないといけない、でも会いに行けない、ただ見ていることしかできなかったあたしは、プレイヤーの負の感情を観測し続けてエラーを蓄積していったの。」

 

カモミールを少し飲んでふぅ、と息をついたストレアはそのまま話を続けた。

 

「でもある時、他のプレイヤーとは違う感情を見つけたの。奉仕精神って言うのかな。自分のことよりも他人の力になろうとするそのプレイヤーは、他のどのプレイヤーよりも一際強かった。君のことだよ、ソーマ。」

 

つまり、2年前のあの日からずっと1万人ものプレイヤーのメンタル状態をモニタリングし続けて、たまたま俺を見つけたということだろうか。

 

「もうエラーを抱え続けるのは嫌だったから、ソーマに会いに行くことにしたの。SAOに残ってたログインされていないアカウントを借りて、そこに上書きするようにして顕現した私は記憶を失ったけど、ソーマに会いたいって気持ちは残ってたから。それを頼りに森を歩いて、見つけた。」

「それがあの時だったってことか。」

「そう。あの時会えて本当に良かったって、嬉しかったって思うの。」

 

3月に初めて会ったあの日、普通のプレイヤーとして見えた彼女にどこか違和感を感じたのは、そういうことだったのだ。

 

でも、とストレアは続ける。

 

「でも、変だよね。作られた存在のAIなのに。」

「変じゃない。たしかにびっくりしたけど、間違いなく君はヒトだよ、ストレア。AIだとか、感情模倣機能とか関係ない。ちゃんと心がある。それに、記憶が戻って良かったじゃないか。」

「……!」

 

これは俺の心からの言葉だ。そこに嘘は一切ない。同じ記憶喪失だったのに置いてかれたとかは考えたこともない。記憶が戻った。それだけで充分喜ばしいことではないか。

 

「でも、記憶が戻ったならそのカーディナルとやらに見つからないか?」

「今のところは大丈夫かな。システムにアクセスするコンソールに触ったりしない限り、大丈夫だと思う。」

「そっか、よかった。」

 

彼女が異物として消去されるのではないかと不安になるが、ひとまず安心。そんなことを考えると、ストレアがこてんと頭と身体を預けてきた。

 

「やっぱり、優しいね。ありがと。」

「心を読む機能でも残ってるのか?」

「少しならね。だからソーマが言ってくれたことは、嘘じゃないってわかるよ。」

「そうですかい。」

 

静寂が訪れた部屋でカモミールを一口飲んだとき、ふと気になったことがあった。

 

「そういえば、いつ記憶が戻ったんだ?今日か?」

「ううん、2週間くらい前。キリトと試合をする2日前とかだったかな。」

「じゃあ前来た時にはもう思い出してたのか。」

「うん。本当はその時に言おうと思ったんだけど、いざ言おうと思うと怖くなっちゃってさ。ソーマに嫌われちゃうかもしれないって思ったら……」

「でもそんなことなかったろ?」

「……うん。」

 

ヒースクリフ、キリトとのデュエルリーグ戦前夜、成り行きで泊めることになりストレアにベッドを譲ろうとした。しかし「一緒に寝る」「別々で寝る」論争が激化しかけたところで「1人にしないで」と涙目で言われてしまった。普段の彼女からは出てこない台詞に驚きつつも「頼っていい」と以前自分で言ったことを思い出し、渋々了承。流石に恥ずかしいため背中合わせで寝たのだが、朝起きるとバックハグでがっちりホールドされていて頭が真っ白になったのは記憶に新しい。

 

今回は流石に「じゃあ別々で寝よう」とも言えないため、ストレアに了承を得てベッドで横になる。ストレアの要望により、背中合わせではなく仰向けで右腕をストレアの両腕でホールドされる。当然ストレアの女性的な部分が絶賛大当たりするのだが、意識しないよう右腕の感覚を切断(シャット)する。決して痺れているわけではない。

 

床についてしばらくすると、隣から寝息が聞こえてきた。顔だけ右を向けるとストレアの顔が目と鼻の先にあり、思わず顔を背ける。

 

ひとまずストレアが無事寝ついたことを確認できた。俺も寝るとしよう。

 

翌朝、やけに息苦しいと思い目を覚ますと、右腕に回されていたはずの彼女の両腕は俺の頭に回されており、抱かれる形で彼女の胸に埋められていた。寝起きの俺にそれは流石にキャパオーバーだったため、非常に申し訳なく思いながらストレアを起こして解放していただくよう頼むことになった。

 

そしてこれは何も関係ない話だが、とてもいい匂いがしました。

 




HFのストレア救出クエスト強すぎるぅ
18/33 



メニュー

お気に入り

しおり

▲ページ最上部へ
Xで読了報告
この作品に感想を書く
この作品を評価する