2024年10月20日 11:30
第55層 グランザム 血盟騎士団本部
「欲しければ二刀流で奪いたまえ、キリト君。」
執務室とは違う、他の幹部4人もいるガラス張りの大広間で、ヒースクリフはキリトにそう言った。
なぜこんなことになっているかというと、昨日の件でアスナが少しギルド活動を休みたいと言ったからだそうだ。しかし承諾されることはなく、条件としてキリトとのデュエルが提示された。勝てばアスナを連れて行き、負ければ血盟騎士団入りだという。
普段のボス攻略会議でも滅多に指示を出さない男が、今回に限って待ったをかけたのだ。直談判しに来たキリトも改めて願い出るが、ヒースクリフのセリフによって考えが変わったのか、デュエルを承諾した。
「…………で、俺はなぜ呼ばれたんでしょうか?」
部屋の隅っこにいる俺を置き去りにして。
今朝9時頃、ヒースクリフから「話がある」と意味深なメッセージが届き、怪しさを感じつつも55層へと足を運んだ。俺が来た時はまだキリトとアスナ、血盟騎士団の幹部もおらず、この広い部屋でヒースクリフと2人きりだった。「で、話とは?」と聞くと「登場人物が揃ってから話そう」と答えられ、「なんじゃそら」と返す。そして今に至るわけで。
「もしや俺ともデュエルしたいとか言うんじゃないよな?」
「ほう、中々に鋭いじゃないか。そうだとも。せっかくこうしてユニークスキル持ちが集まったのだからね。」
つまり、ただ戦ってみたいからだと。面白い。この男も団長である前に1人の剣士だったというわけか。
「なるほど。じゃあ俺も参加させてもらおうかな。あ、でもギルドには入らないぞ。要るのは勝敗の結果だけだ。」
「ふむ、よかろう。」
「あとついでに、
「は?!」
「いいだろう。ではリーグ戦形式にするとしよう。」
「待て待て待て!ソーマ、お前!」
流石に予想外だったのか、キリトに肩を掴まれる。
「キリト。強い奴と戦いたいっていうのは、剣士の宿命だ。諦めろ。」
「だからって…!」
「俺とはやりたくないのか?」
「ぐっ……」
観念したようで、キリトもリーグ戦を承諾。アスナの表情は驚愕8割、呆れ2割といったところか。
デュエルは明日改めて行うとのことで、集会はお開きになった。グランザムの転移門へと歩くキリトに、今朝の新聞について聞いてみる。
「ところでキリト、新聞読んだけどさ、50連撃はさすがに嘘だよな?」
「当たり前だ。アルゴのやつ、誇張するにも程があるだろ……」
「だよな。実際どのくらいなんだ?」
「最後に放ったやつが16連撃。最上位になると27連撃だ。」
「うひゃあ、二刀流ならではの連撃数だこと。」
攻撃全振りを体現したかのようなソードスキルの手数に若干引く。ほぼ初見だから繰り出されたらミンチにされるんじゃないか?
「そういうソーマ君も、最後すごいソードスキルだったと思うけど?今までのボス戦でも使ったことないよね?」
「俺とスイッチした直前のやつもそうだ。中々強そうなソードスキルだと思ったけど、実際どうだ?」
お前のも教えろ、と言わんばかりにずずいっと近寄る2人に、まぁいいかと呟いて『天羽々斬』と『太陽乱舞』の説明をする。それを聞いた2人ははぁ、だのへぇ、だの感嘆の息を漏らす。
「団長のソードスキル、何度か見たことあるものなら教えられるけど、どうする?」
「ありがたいけど、俺はパス。初見で挑んでみたい。」
「チャレンジャーだな。ま、お互い頑張ろうぜ。」
「おう。」
拳を突き合わせ、転移門広場でそれぞれ別れる。俺は先月借りたばかりの部屋がある24層の自宅へと一旦戻り、その近辺にある森で対ヒースクリフ、対キリトを想定したイメージトレーニングをした。夢中になりすぎたのか、たまたま-とは言い難いが-通りがかったストレアにストップをかけられた時には、既に日は落ちていた。
いつもの調子のストレアに流されて晩御飯を一緒に食べ、なぜか俺の部屋に一晩泊めることになった。以前のこともあり、ストレア曰く「ちょっと疲れたから癒して」と言われた俺は断れず、1つしかないベッドに流れとはいえ一緒に寝ることになった。
あまり深掘ると俺の羞恥メーターが吹っ切れるのでこの話はここまで。
そして翌日、75層でユニークスキル持ち3人によるデュエルリーグ戦が行われる。
◇◇◇
2024年10月21日 9:30
第75層 コリニア
………のだが。
「なんだこりは。」
コリニアは古代ローマを意識した街になっており、イタリアへ旅行に来たような錯覚に陥る。転移門広場からでも見えるコロッセオのような大きな円形闘技場は街の目玉と言っていいだろう。
そんな闘技場に、人が溢れていた。解放された最上層の街に我先に観光に来るプレイヤーは少なくないが、それにしてもこの量は正直引くレベル。転移門広場も結構な人口密度となっており、そこにいるプレイヤーの目的のほとんどは闘技場で行われる一大イベントだろう。
そのイベントとはまさに、俺ら3人のデュエルなのである。血盟騎士団の誰かがイベントにしてしまったらしく、闘技場の周りには出店が何個も並び、遠いところではどちらが勝つかの賭けも行われていた。俺はその有様に絶句していると、不意に誰かに肩に腕を回される。一瞬警戒するも、声と赤い籠手ですぐ誰かわかった。
「おっす、調子はどうだ?『神風』よ?」
「別にそんな大層な名前が似合うほどの活躍はしてないと思うんだけどなぁ。」
「いいじゃねえか。俺はピッタリだと思うぞ。」
「お前らなぁ……」
クラインとエギルは、昨日の午後告知されたこのデュエルリーグを見に来たらしい。よく見るとエギルとクラインの左手には、すぐそこの露店で販売されている黒エール(大)が握られていた。朝から飲んでやがる。
「そうだ、ちょっとクラインに頼みが。」
「おん?」
ふと思いついたことがあり、メニューを操作し、クラインに3万コルを預ける。
「なんだ、小遣いか?」
「名目上はな。これで1万ずつ、キリト、俺、俺に賭けといてくれ。」
賭けるのは、当然デュエルの勝敗予想だ。視線の先にはチケットを売っている血盟騎士団の経理担当であるダイゼンがいた。誰かを見つけたのか、ポヨンポヨンと腹を揺らしながらどこかへ歩いていった。
「自分に賭けるからには、勝てよ?」
「ああ、キリトにも負けるつもりはない。」
「こりゃ楽しみになってきたな。」
「健闘を祈るぜ!」
2人と別れた俺は闘技場に向かい、適当な血盟騎士団員を捕まえて控え室へ。
リーグ戦は①ヒースクリフ対キリト、②ヒースクリフ対ソーマ、③キリト対ソーマの順、各試合のインターバルは15分で行われる。デュエル形式は『初撃決着』。これは一撃目に10ドットくらい減る大きなダメージが入ればそこで強制終了だが、そうではない時……掠る等でミリ単位でしか減らなかったときは、どちらかのHPが半分になり黄色く変色するまで続く。攻撃力が高いプレイヤーでかつ
通路からワッと大きな歓声が上がる。2人が入場したのだろう。控え室を出て、通路の陰から闘技場を覗く。アスナも同じように、キリトの控え室に続く通路から手を握って戦いの行く末を見守っていた。
(せっかく2戦目からなんだ。最新の
腕を組んで一息ついたところで、デュエルを開始を告げるブザーが鳴り響いた。
結果から言うと、キリトとヒースクリフの戦いは、ヒースクリフの勝利に終わった。しかし内容は激しく拮抗しており、どちらが勝ってもおかしくないと思った。初撃決着デュエルだが互いに決定打はなく、双方のHPもジリジリ削れ、決着も近いと察したところで、あることが起こった。
キリトが二刀を青白く光らせると、流星が如き乱打をヒースクリフに叩き込む。ヒースクリフもこれを十字盾で的確に受けている………ように見えたが、10撃目を越えたあたりで盾がキリトの剣に追いつかなくなっているように見えた。少しずつ、ほんの少しずつ。
そして15撃目の時、キリトの剣を受けたヒースクリフの盾が大きく弾かれた。これには観客もどよめき、最後の16撃目がヒースクリフの頭に届く。
…………かに見えた。一体どういう体捌きをしていたのか、素早く引き戻された盾に16撃目は弾かれる。ソードスキルを打ち切ったキリトには技後硬直が課せられ、そこを逃すはずもない白剣がキリトを斬りつけた。それによりキリトのHPが半分を切って黄色くなり、決着が訪れる。
熱い試合に観客は大盛り上がり。剣士2人に健闘を讃えるべく惜しみない拍手が響き渡る。例に漏れず俺も拍手をするが、今の試合にどこか違和感を感じていた。
「お疲れ。惜しかったな。」
「いったと思ったんだけどな。」
「流石は聖騎士様、ってとこか。」
割れんばかりの歓声を受けるヒースクリフは既にこちらに背を向けて控え室のある通路へと戻っていた。表情はわからないが、どうせいつもの鉄仮面だろう。
「ほれ、お前はインターバル長いんだからしっかり休め。」
「サンキュ。……ふぅ。ソーマ、負けるなよ?」
「ったりめぇよ。」
ハイポーションを渡しキリトに肩を貸して立たせると、アスナが待つ通路へ戻らせる。俺も自分の控え室へと戻り、試合に感じた違和感は一旦忘れて瞑想をする。それから何事もなく15分経過し、次の試合開始時刻となった。
闘技場の固い砂を踏みしめながら、中央に向かって歩く。くるりと回りながら観客を見ると、その中にはクラインやエギル、リズにフィリア、ストレアなど、見知った姿もあった。
対面の通路からヒースクリフが出てくると、ワッと一際歓声が強くなる。これもカリスマ性というものなのかな、とリラックスしているが故のアホらしいことを考える。しかしすぐに切り替えて、中央まで来たヒースクリフと向き合う。
互いに何か言葉を交わすこともなく、黙々とメニューを操作するヒースクリフから、初撃決着のデュエルの申請を受ける。俺も特に何も言わずこれを承認。2人の間にカウントダウンが表示される。
相対する聖騎士は不敵に笑い、十字盾から白い直剣を抜く。それに倣うように俺も愛剣を抜き、片手のまま中段の構えをとる。
「対戦、よろしく。」
「望むところだ。」
短く言葉を交わすと、カウントダウンが5を切った。そこから歓声やカウントダウンのシステム音はミュートされたかのように聞こえなくなり、その双眸は聖騎士のみ見ていた。
カウントが0になったタイミングで、ヒースクリフが先手を仕掛けてきた。剣による刺突を剣の側面で俺の右側に行くようにいなす。次いで1回転したヒースクリフはその勢いで盾による横薙ぎは、直感でしゃがんだ俺の髪を掠める。文字通り間一髪だった。そのまま振り下ろされる剣に対して、俺も斬り上げによって相殺させる。
体勢を立て直すべく剣を寝かせてヒースクリフの剣を滑らせ、バックステップで距離をとる。休ませないと言うように再度詰めてきたヒースクリフに対して『刹那』を1発、鳩尾目掛けて放つ。それを感知したヒースクリフは即座に盾を構えて受ける。
『刹那』を放った勢いのまま盾の上縁に手をかけて跳躍し、左肩目掛けて剣を振るう。しかしそれは盾を大きく振られたことにより届かず、俺の身体は宙を舞う。
(……強い!)
神聖剣抜きにしても、やはりこの男は最強ギルドの団長を務めるだけあって、想像以上に強い。何事もぶつかってみなきゃわからないものだ。
着地を狩ろうと迫り来るヒースクリフを迎撃し、剣と盾のある意味二刀流ともいえる連撃をギリギリでいなす。初撃決着のデュエルだが、双方のHPは決勝打となる一撃を互いに与えられていないため、どちらかのHPが半分……黄色になるまで続く。
(一か八か!)
残りHPから察するに、あと数撃やり合えば数ドット残量が少ない俺が負けるだろう。だがタダで負けてやるわけにはいかない……!
尚も突進してくるヒースクリフを迎え撃つべく一度納刀し、『天獄』を発動させる。警戒したヒースクリフは剣での突きをやめて盾による防御を選択。やはり盾はしっかり正中線を守っており、この男の経験値を垣間見る。
斬り上げからの素早い縦一閃を受け切ったヒースクリフは俺にトドメを刺すべく剣を振り上げる。それをいざ振り下ろそうとした直前に、動く。
システムアシストも相まってまさに神速といった速さにまで至った『刹那』で、盾の横縁を削りながらヒースクリフの背面に移動する。ほんの一瞬、虚を突かれたヒースクリフと互いに背中合わせになる。すかさず振り向きながら横薙ぎに斬り払うヒースクリフの剣は、俺の首があった場所を斬る。
「!」
白剣が空を斬ったのは、俺がすぐさま背面跳びをしたからだ。陸上競技のような、助走なしのものならば斬られていたかもしれないが、ここはゲームの中だ。『体術』と『軽業』で成せるとんぼ返りは、ヒースクリフの裏をかけたようだ。
体勢が不安定な空中ではあるが、『刹那』を放つべく構える。狙うのは、俺の姿を捉えきれていない無防備なその後頭部!
狙いを定めた神速の突きは、聖騎士の頭を撃ち抜く。
その直前、世界が一瞬。ほんの一瞬だけ止まったような気がした。いや違う。奴の時間のみが加速した……?
辛うじて振り向いた右目で俺と神速の切先を捉えたヒースクリフは、僅かに首を後ろに引き、自身の頭を『刹那』の攻撃範囲から外した。
そこからは何事もなかったかのように加速は止み、『刹那』はヒースクリフの鼻先を掠めることしかできなかった。それっぽっちの傷でHPが黄色くなるわけもなく、ガラ空きの横っ腹に白剣の横薙ぎをモロに受け、2回地面を跳ねて止まる。それが決勝打となり、デュエルはヒースクリフの勝利、歓声が上がる。
しかし当の本人は何を思っているのか、盾に剣を納めファンサをすることなく退場していった。去り際のいつもの鉄仮面の眉間にほんの少しだけ皺が寄っているように見えたのは、気のせいだろうか。
(なんだったんだ……?)
仰向けのままハイポーションを咥えながら、先ほどの不思議な感覚を思い出す。キリトとの試合にあった最後の違和感と同じなのだろうか。
「惜しかったねソーマ君。」
「ナイスファイト、GG。」
「なにコレ普通に悔しいんだけど。」
「それで萎えたとか言うなよ?最後のデュエルはお前から言い出したんだからな?」
「わかってるよ。常に全力が俺のモットーだからな。」
キリトに手を借りて立ち上がり、最後の一雫を口に流し込む。役目を終えた容器は消えていき、空になった両手で次の試合に臨むために頬を軽く叩いて気持ちを切り替える。
「そういや、俺らのデュエルの報酬決めてなかったな。どうする?」
「あー、じゃあ穴場の店を教えてくれ。」
「流石キリト。こんな時でも食い意地を張るとは。」
「うるさいなぁ……ソーマは?」
「ラーメン奢ってくれ。リアルのほうで。」
「お前も大概じゃないか……」
「日本人は食に拘るからな。」
「まぁそれはたしかに。」
「?」
アスナのほうを見ると、何のことか分からずこてんと首を傾げていた。2年前から思っていたが、アスナは時折無自覚なあざとさが出る。一時は『攻略の鬼』として恐れられていた彼女だが、ここ最近はその角がだいぶ丸くなったように見える。
「誰かさんのおかげかね。」
「何のことだ?」
「別にぃ?」
軽口を叩きあいながら、最後の試合に臨むべく2人とは別の通路へ移動する。もしこれから先があっても、こうしてキリトと真っ向から戦える機会はそうそうない。せっかくなら、と思って提案したことが通って良かったな、とヒースクリフに感謝する。つまるところ、俺もある種の
デュエル予定時刻まで、あと10分。先ほどのヒースクリフの件については一旦置いておいて、目先のものに集中するために瞑想を始めた。