74層ボスを撃破し、生き残った9人と軍の本部がある1層の始まりの街に着いた俺は、歩きながらボス戦前に送ったメッセージの返事を確認していた。相手は軍のトップであるシンカー。元々MTDという名のギルドを治めるリーダーだったが、『解放隊』が前線を撤退して降りてきたことによりなんやかんやあって合併し、今の『アインクラッド解放軍』になった。
だからある意味トップはMTD側と解放隊側で2人いることになる。今回の部隊を送ったのがそのどちらなのかで話が変わるが、メッセージを見る限り、予想通りではあった。
『お久しぶりです。今、最前線の迷宮区でコーバッツ中佐率いる軍の部隊と会いました。攻略をするとか言ってましたが、何か聞いてますか?』
『その部隊を送ったのは、おそらくキバオウ派……元解放隊のプレイヤーです。僕は何も聞かされていなかったので、彼の独断によるものではないかと思います。すぐに僕のほうからも確認します。』
「やっぱそうか。なぁ、この部隊を編成したのはキバオウか?」
「は、はい。軍の中でも高レベルの、選りすぐりのメンバーで組まれました。でもそのほとんどがボス攻略未経験で……」
「だろうな。解放隊が攻略組から抜けて1年以上、50層近くボス攻略をしてないんだ。俺らがいなきゃ全滅も全然あったぞ?」
「本当に、ありがとうございます……」
当初の目的を果たせず、挙げ句の果てに犠牲者を出したともなれば、キバオウへの非難は避けられないだろう。
「俺たちの中でも、流石にそれは危ないって言った人もいます。でもキバオウさんとコーバッツさんの圧がすごくて、何も言えなくなって……」
「ボスの部屋に入る前も、1回で倒す必要はないって話もしたんです。でも中佐に却下されて……」
各々思うところはあったのを聞いたところで、軍の本部が近づいてきた。こちらに気づいた門番に近寄る。
「お前は……『疾風』か?何用だ?」
「最前線に送り込まれたコイツらを送り届けに。ついでにトップ2人と話がしたい。」
「最前線だと?ちょっと待ってろ。」
2分ほどして帰ってきた門番に通され、帰還組の案内によって大会議室と思われる広い場所へ入る。中には既に幹部らしきプレイヤーが数人と、オレンジ色のツンツン頭が特徴のキバオウが待っていた。
「……なんでジブンがここにおるんや?」
「当事者だからな。」
「必要なことだけ聞いたらとっとと出てってもらうで。」
「ソーマさん!」
「お久しぶりですシンカーさん。」
「無事で良かった。さ、座って。みんなも装備を解除して。」
「……フン。」
後から来たシンカーに諭され、帰還組は重苦しいアーマーを脱ぎ、それぞれの顔が判別できるようになった。それぞれ適当な椅子に座り、俺も座ったところでキバオウが口を開いた。
「少し人数が足らんようだが、ボス攻略はどうなったんや?」
やや高圧的な関西弁で聞かれて帰還組が萎縮してしまうが、意を決して口を開いたのは俺と同じくらいの比較的若いプレイヤーだった。
「……ボスは、他のプレイヤーによって討伐されました。しかし、それまでにコーバッツ隊長を含む3名が……亡くなりました。」
「なんやと?!ボスを横取りでもされたんか!」
「い、いえ!我々がボスに挑んで10分くらい経った頃に、隊として崩壊しかけたところを助けられました。」
「崩壊やと…?」
「ボスの部屋にたどり着くと、隊長はそのまま扉を開けたんです。自分達は道中の疲れもあり、一旦休むか、せめてボスの情報を何か手に入れてからのほうがいいと言ったのですが、聞き入れてもらえず……」
コーバッツはボスの行動をある程度見たら一旦結晶で離脱するつもりだったのだろうか。死んでしまってはその真意も解らずじまいだが。
「ほならボス戦中に転移結晶で脱出すればよかったやろ!」
「それが、クリスタルが使えなかったんです。」
「なに……?」
「それについては俺から説明する。」
キバオウが疑問を持つ前に割り込み、視線が俺に集まったのを確認して続ける。
「今回のボス戦……いや、ボス部屋は『結晶無効化空間』になっている、今までになかった極めて特殊なものだった。だから転移結晶での離脱もできなかった。」
「なんやそれ……」
「正直なところ、運が悪かった。だけどまだやりようはあったはずだ。むしろ俺達が来るまでよく保ったと思うよ。」
軍人としてのプライドがあったのか、それとも特殊な状況に混乱したのかはわからないが、彼は撤退の指示を出さなかった。その結果がこれだ。
「なんで今になってまた最前線に来たのかとかは聞かない。そっちの問題はそっちで片付けてくれ。でもこれだけは言っておく。」
「ただレベルが高いだけでボスが倒せるなら、3千人も死んでねぇよ。それをあんたはよくわかってるはずだろ?キバオウ。」
「くっ……!」
「改めて攻略組になりたいんなら、今までのボスの経験を教えた上で歓迎する。血盟騎士団や聖竜連合がどう思うかは別だけどな。」
じゃ、俺はこれで。とシンカーさんに会釈すると会議室を、軍本部をあとにした。
◇◇◇
『夜、久しぶりにサシで飲まねえか?』
1層から帰還し、リズに剣のメンテをしてもらったところでクラインからメッセージが飛んできた。特に断る理由もないため承諾し、待ち合わせ場所である50層へと向かう。
50層主街区アルゲードは、石畳の道が続く路地だらけの街だ。迷い込んだら2,3日は抜け出せないと言われていて、実際に迷子になるプレイヤーが後を絶たない。かく言う俺も1回だけ迷い、しゃあなしと転移結晶を砕いたくらいだ。雰囲気としては、そこに行った記憶は-今の所は-ないが、オタクの聖地秋葉原っぽさもある。
そこの深い路地に入った一角にある居酒屋が目的地だ。西洋風の店がほとんどの割合を占めるアインクラッドにおいて、東洋のしかも和風なこの店を3ヶ月ほど前にたまたま発見し、以来たまにクラインやエギルを呼んでここに来るのだ。
「悪い、遅かったか?」
「いんや、俺も今来たとこよ。」
暖簾を分けて店に入ると、先に来ていたクラインに手招きされる。いつものテーブル席ではなくカウンター席なのは、クラインとのサシ飲みの時だけである。
オレンジ色の灯りが包む店内を進み、装備を解いてクラインの隣に腰掛ける。NPCの店員に日本酒擬きの酒と焼き魚を注文すると、1分足らずで日本酒が出てきた。
「ほんじゃ、今日はお疲れさん。」
「おう。」
チン、とグラス同士をぶつけ合いクラインはビールらしき発泡酒をグイッと、俺は日本酒を少し口内に流し込む。口に広がる米の甘みを舌で転がしながら感じると、ゆっくり喉の奥に流す。鼻に抜けてくる香りも美味い。
「そんで、軍のほうはどうだった?」
「内部分裂による凶行だった。明日から色々大変になるな。」
「元々あったギルドに攻略組だったギルドが合併したんだろ?そんだけデカいギルドなら派閥もあって当然だわな。」
「ま、とりあえず一旦片付いた感じかな。」
あの後シンカーさんから改めて感謝のメッセージが届いた。あまり深入りはしないよう配慮しながら相談に乗る旨を返信して、軍の今後を憂う。まだこの先に何かが起こりそうな気がするが、今だけは忘れておこう。
「にしてもキリの字のスキル凄かったな!二刀流かぁ、くぅ〜、男のロマンだねぇ!」
「攻撃全振りのダメージディーラー。攻略組にとっても欠かせない存在だな。」
「冷てえなぁお前よぉ。男なら一度は試したことぐらいあんだろ?」
「そりゃそうだけどなぁ。剣道の竹刀みたいに軽い素材じゃなくて、物によっては金属100%の武器をソードスキルなしで自在に動かせるか?短剣ならまだしも、片手剣ともなれば相応の技量が求められるぞ。」
「まるで試したことがあるみてぇな言い方だな。」
「……もうこの際だ、全部話すか。」
周りにプレイヤーがいないことを一応確認して、今となってはほぼ使わなくなったシステム外スキル……とも言えないような裏技をクラインに暴露する。
SAOが始まってから4ヶ月くらい経った頃だったか、ふと出来心で二刀流を試してみたんだ。でも、両手に片手剣を装備することはできても、肝心なソードスキルが出せない。どうにかしてソードスキルを使えないもんかと色々試した結果、あることに気づいたんだ。
装備していない、つまりただオブジェクト化した武器を空いた手に持てば、ソードスキルを使えるのだ。
もちろんソードスキルを検知するのは装備状態になっている右手の片手剣のみだったが、擬似的な二刀流を再現できた。以来俺はたまに、いつ使うかもわからないこの弐刀流-キリトのと区別するためにこう呼ぼう-を特訓していた。
周囲の混乱を避けるために使うタイミングを探っている内に神速・抜刀術が発現しちまったもんで、結局そのままお蔵入りってワケ。
「ちなみに特訓は右手片手剣に対して左手短剣でやってたな。大太刀小太刀に寄せたけど案外感触は悪くなかった。」
「やっぱおめぇも大概だな、突拍子もないことを思いつくのは。」
かもな、と笑い、音なく届けられた焼き魚に手をつける。秋刀魚のように細長いそれを箸で割って中の身を一口。脂がのった甘めの身に焦げた皮の苦味がアクセントとなる。そこに日本酒を少量流し込み、魚と一緒に胃に送る。
「……美味い。」
味覚再生エンジンが再現できるものは限られている。それもNPCの店となると、あくまで見た目だけの食べ物が多いこのアインクラッドで、珍しく美味いと-あくまで個人的に-言える店に会えたのは奇跡だと思う。アスナのように料理スキルを取っていればその限りではないと思うが、一介の剣士たる俺にはこれくらいがちょうどいい。
「相変わらずおっさん臭い飲み方するな。ホントにタメか?」
「残念、心は18だ。」
「あー!未成年飲酒!」
「体は25だからセーフ!」
「ずりぃぞ!」
なんて他愛もない話を肩を組んできた侍とする。時折酒や肴を味わい、友と語らうこの時間はとても心地よく、でもどこか既視感を覚えていた。
そうだ、と何かを思い出したクラインはメニューを操作すると、1つのアイテムを取り出した。蒼く輝くその石は、見覚えのあるものだった。
「これは……あの時の。」
「これ、お前にやるわ。俺よりもずっと有効に、速く使えるだろうからな。」
「……わかった。大切に使わせてもらう。」
そう言って『還魂の聖晶石』を受け取る。
瞬間、目の前は居酒屋などではなく、どこかの開けた公園だった。周囲はビルに囲まれているのか、それとも田舎風景が広がっているのかはボヤけて判別できない。はっきりと見えるのは、公園を囲む木々の間から覗く夕陽と、自分が登っているジャングルジムだけだった。いや、まだある。隣に誰かいる。
隣を見ると、1人の少年が俺と同じジャングルジムに登り、同じ夕陽を見ていた。そして何かを手渡してきた。マフラー……にしては小さい。広げてみるとネックウォーマー、いやバンダナだった。
『おれとおそろいなんだぜ!』
そんな声が聞こえてその少年を見ると、手元にあるものと同じ赤いバンダナをつけて髪を逆立てていた。
『とおくにいっても、おれたちダチだからな!』
『うん!』
反射的に返事をして少年をハイタッチする。
この少年の名前は、確か…………
「…………」
「お?どした?やっぱいいとか言うんじゃ」
「遼。」
頭に浮かんだ名前を口に出すと、目の前の侍は固まった。その顔は信じられないといった表情で、目を見開いていた。
「……遼?遼太郎?」
「まさか……おめぇ、誠か?今まで俺をそう呼んだのは、誠しかいねぇ。でも……!」
脳内に溢れる光景を思い出しながら、ゆっくりと声に出す。
「そうだ、確か引っ越す前日に遊んだ公園。そこで、友達の印として赤いバンダナをもらった。おそろいだ、って。」
「………!!やっぱ、やっぱしお前なんだな!誠!どっかで見たことある顔だって、ずっと思ってたんだ!」
侍は年不相応に涙と鼻水を流しながら、俺の肩を掴んで軽く揺らす。
「もう会えねぇと思ってたダチに、こんなところでまた、会えるなんて、なぁ……!!」
「ありがとな、遼。」
「……おう!クライン改め、壷井遼太郎だ!」
「ソーマ改め、蒼葉誠。これからもよろしくな。おわっ!」
ガッチリと固い握手を交わすとグイッと手を引かれ、クラインと抱き合う形になる。しかし意外に不快じゃない。右耳からはかすかに啜り泣くような声が聞こえる。
(しばらくはこのままでいいか。本当にありがとう、遼。)
SAOに巻き込まれてから初めて思い出した、大きなパズルのピース。この
そう誓ったはずの俺の心は、吹雪のようにどこか冷たかった。