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作:窓風
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EPISODE11 邂逅③


 

 

 

2024年 3月11日 8:00

第35層 迷いの森

 

突進型ソードスキルを放つと、周囲には突風が吹き荒れ、貫かれた猿型モンスターは爆散する。すかさず横から襲い掛かってくる2匹目に対して同じ技をその場で放つと、視認するのも困難なほどの速さで繰り出された突きはモンスターの頭を吹き飛ばす。

 

「やっぱこいつは、とんでもないな。」

 

約5か月前のとある朝、起きて適当にスキルメニューを眺めていると、見慣れない・取得した記憶のないスキルがスキルスロットに追加されていた。スキル名は『神速・抜刀術』。そして今使っていたソードスキルは『刹那』。現在習得しているソードスキル5つの中で最初に覚えた。しかも「壱の太刀」と大層な枕詞までついている。片手剣スキルの『ヴォーパル・ストライク』と似て非なるもので、突進型ではあるものの立ち止まってその場で放つことも、なんなら納刀時―といっても少しだけ抜いておく必要があるが―にも発動可能という異質なものとなっている。極めつけはその速さだ。神速とはよく言ったもので、瞬きすら許されないほどに鋭く速い剣撃を放つ。この異質すぎる性能から、おそらくエクストラスキルの中でも特殊な「ユニークスキル」だと思われる。一つ言いたいのは、抜刀術なら片手剣よりも刀ではないか?真相は茅場のみぞ知る。

 

ユニークスキルとは「他と比べて唯一無二のエクストラスキル」とされており、現在確認されているのはヒースクリフの『神聖剣』のみ。自分のみ使用できるスキルにゲーマー魂が刺激されるが、これを世間に公表するかと言われたら渋る。神聖剣が公表されたときのすさまじ過ぎる反響に内心ドン引きしていたからだ。まさか自分がそっち側になるとは思っていなかったが。

 

しかし起こってしまったことはもうどうしようもないので、貴重な特訓の時間を全てこのスキルに注いでいる。クリスマスといい先日のシリカといい何かと縁のあるこの森は、ダンジョンの構造上人と遭遇するのが他の圏外に比べて低い部類。俺の人目を気にする特訓にはもってこいの場所の一つだ。だから滅多に人に遭遇しないと思っていたのだが。

 

(索敵に反応はないけど、さっきから視線を感じる。レインではないな。)

 

1年前に似たシチュエーションで出会ったレインとはたまに連絡をとっているから、彼女ではない。オレンジにしろそうじゃないにしろ、見られた以上どうすることもできない、か。

 

「勘弁してくれ。コレはあまり見られたくないんだ。頼むから、どうか出てきてくれないか?」

 

最大限警戒しつつも、納刀して両手を上げ降参の意を示す。さてどんな奴が出てくるのかと思っていると。

 

「さっすがソーマ。気がついちゃうんだ。」

 

木陰から現れたのは、一人の長身の女性だった。薄紫色の髪に紫ベースで胸元が大きく開いたドレス装備、身長ほどもある両手剣を持つ彼女は、ひらひらと手を振りながらこちらに来た。ギルドのエンブレムがないからソロか?

 

「やっほー、あたしストレア。よろしくね。」

「はじめまして、だよな?」

「うん。でも『疾風』のソーマは有名人でしょ?」

「あまり目立ちたくはないんだけどな。」

 

想像よりだいぶフランクに話しかけてきて内心唖然としながらも、平静を装い続ける。

 

「で、アレを見たってことでいいか?」

「あのすごいソードスキルのこと?」

「できれば誰にも言わないで黙っててもらえないか?できる範囲でなんでもするから。」

「ふーん…」

 

カーソルはグリーンだし、見た感じ悪い人ではなさそうだが、思考が読めない。いったいどんな条件を出されるのか。

 

「じゃあデートして?」

「……ん?」

「朝ごはん一緒に食べよ?」

「待って」

 

予想外の条件に脳の処理が追い付かない。え?デートって言った?マ?

 

「お腹すいてないの?」

「いやまだだし時間的にはちょうどいいんだけど。」

「じゃあ何が不満なの?」

「もっとこう、金なり情報なり寄越せって言われるもんだと思ってたから。」

「そんなことしないよー。」

 

俺が勉強不足なだけかもしれないが、正直裏があるとは思えない。直感的にも、一旦信じてもいいかもしれない。もしこれが美人局とかだったら……まあ、いい社会勉強になるだろう。

 

「……わかった。じゃあ街に行って飯にしようか。」

「やったー!」

 

了承するとストレアが腕に抱き着いてきた。デッカ。やっわ。

 

「ちょ、抱き着かんでも!」

「ここ迷いの森でしょ?だからはぐれないようにしないと!」

「だからってこんな、ちょ力つよっ!?」

「レッツゴー♪」

 

両手剣を使うだけあってか、想像以上に強い力で半ば強引に引っ張られた。

 

……………男ってやつぁ単純で困る。

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 

自由奔放というか天真爛漫というか、ストレアのペースに振り回されながら街に戻ると風見鶏亭で朝食をとった。街中でも抱き着くのは変わらず、しまいにはあの「あーん」までする始末。他人の視線が痛かったしなんなら舌打ちまで聞こえた。周囲の視線に耐えながら食事を進め、食べ終わったころにふと気になったことをストレアに訊ねる。

 

「そういえば、いつから見ていた?結構朝早くからやってたはずだけど。」

「ん-、7時くらいだったかな。森を歩いてたら誰かが戦ってる音が聞こえて近づいたらソーマがいたんだ。」

「なるほどな。」

 

(嘘…ではなさそうだな。)

 

「じゃああたしからも質問。」

「どうぞ。」

「君は、なんで戦うの?」

 

さっきまでのゆるふわな雰囲気とは打って変わって真面目な質問だった。それは……

 

「……もう目の前で誰かを死なせないために、強くなるために。一人でも多く、せめて目の前にいる人だけでも守れるように。」

「たとえその身を犠牲にしてでも?」

「死ぬつもりは毛頭ないけど、こんな空っぽの剣士でよければいくらでも。」

「…そっか。頑張ったね。」

「!!!」

 

まさか頭を撫でられるとは思わず固まってしまうが、久しく聞かなかった慈しむような労いの言葉に涙が出そうになる。

 

「……あたしね、記憶喪失なんだ。」

「…え?」

 

唐突なカミングアウトに涙が引っ込む。顔を上げるとストレアは悲しげに語った。

 

「気づいたときにはひとりぼっちで、自分の名前以外覚えていなくて。でも他の人の悲しそうな顔を見ると、胸が苦しくなるの。時々思うんだ。昔のあたしはどんな人だったんだろうって、無性に寂しくなる時があるんだ。」

「ストレア……」

「ねえソーマ。君にはあたしがどう見えてる?」

 

いつのまにか頭を撫でてていた手は下ろされ、悲しげな赤い瞳がこちらを見つめる。まさか同じ境遇の人に会えるとは。それも今朝会ったばかりの人に。

慎重に、俺なりの言葉で伝える。

 

「ストレアは、優しいよ。名前も知らない誰かのために想えるのは、優しさであり、強さだと思う。じゃなきゃそんな悲しそうな顔はできない。………俺もなんだ。」

「え?」

 

限られた人にしか話したことのない自分の話をする。

 

「俺も、このデスゲームが始まったあの日より前の記憶がないんだ。覚えてたのは自分の名前だけ。……時折考えるんだ。『今まで見てきたものは全部俺の夢なんじゃないか』とか、『自分は作られた存在で、ゲームクリアしたら消えちゃうんじゃないか』とかさ。でも、たとえ夢でも、作られた存在だとしても、今この瞬間(とき)を生きているのは俺自身だ。後悔しないように生きたい。それに仮に作られた存在だとしても、他のプレイヤーは生身の人間だ。帰るべき場所がある。だったら一人でも多く助けてあげたい。もちろん、ストレアもその中の一人だ。だから、また辛くなったら俺を頼ってくれ。力になる。」

「……ありがと。」

 

さっきのお返しに今度は俺がストレアの頭を撫でる。涙を浮かべていたストレアは涙を拭き微笑む。そして何やらメニューを操作すると俺の前にフレンド申請のウインドウが出てきた。びっくりしていると、彼女は悪戯っぽく笑った。

 

「頼っていいんでしょ?」

「ハハッ。ああ、存分に頼ってくれ。」

 

撫でる手を止めて承認ボタンを押す。キリのいいところで話し終わったため食器を下げて食堂を出る。ストレアはこのあと用事が、俺も最前線の攻略があるためここでお別れということに。

 

「またねソーマ!」

「またなストレア。」

 

こうして記憶喪失の不思議な女性:ストレアと出会った俺は、自分の想い・意思を再確認する。喪った悲しみは忘れずに、もっとたくさんのものを守れるように強くなりたい。この身体が仮初のものだとしても。

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

第55層 グランザム

 

攻略の前に一応相談するべく、移転して間もない血盟騎士団本部へと足を運ぶ。

 

「どうも。団長殿と1対1で話がしたいんだけど、今空いてそう?」

「ちょっと待ってな。」

 

「大丈夫らしい。執務室で待ってるそうだ。場所はわかるか?」

「大丈夫だ、ありがとう。」

 

礼を言って3階にある執務室へと向かう。中に入り、都内大学のキャンパスの廊下ー見たことないからあくまでイメージだがーのような空間を進んで階段を上がる。似た景色をもう1回繰り返して少しすると、何度か訪れたことがある部屋の前に辿り着く。ノックをすると「どうぞ。」と渋い声が聞こえ、ドアノブを回して入室する。

 

「やあソーマ君。何か用かね。」

「ちょっとあまり大きな声で話せないもので。」

「かけたまえ。」

 

ヒースクリフは窓側中央にある大きな机に向かって座っていた。執務室には校長室にも似た厳格な雰囲気があったが、その緊張感は3回目の訪問でほぼ薄れてしまった。紅い皮で作られた高そうな椅子に座り、早速本題に入る。

 

「して、その話とは?」

「ユニークスキルについて。」

 

眉がピクリと動いたような気がしたが、気にせず続ける。

 

「実は約5ヶ月前、俺のスキルスロットに昨日までなかった未知のスキルが追加されていた。それが『神速・抜刀術』。」

 

スキルメニューを開き、件のスキルをヒースクリフに見せる。本来ステータスやスキルは重要な個人情報となるので滅多に他人に見せることはしないのが普通なのだが。

 

「私に見せてしまっていいのかい?」

「信頼の証だと思ってくれ。30層分も最前線で背中を預けたんだ。俺的にはそれで充分だと思うけど。アンタも立場があるだろうし、変に悪用しないと思ってるさ。」

「ふっ、そうか。光栄だ。」

 

ヒースクリフは『神速・抜刀術』のウィンドウを見つめると、何かを考えるように目を閉じる。

 

「何か気になった点は?」

「ふむ……仮に私がスキルの開発者ならば、『神速抜刀術』と名前を区切らないな。」

「それは俺も思った。」

 

なぜわざわざ・で区切ったのかはわからない。スキルを作った茅場の意図があるのだろうか。

 

「してソーマ君。相談はこれだけではないだろう?」

「あぁ。これを、世間に公表するのかってことだよな。」

「攻略組である君はこの力を手に入れた。それを振るう実力は既にあると私は思うのだが、どうかね。」

「高評価なのはありがたいけど、もう少し様子を見たい。世間も俺の覚悟も。」

「……そうか。決めるのは君自身だ。私は何も言うまい。」

 

ウィンドウを消して立ち上がり、部屋を出ようとする。

 

「おっとすまない、私としたことが。お茶を出すのを忘れていたね。」

「気にしないでくれ。攻略ついでに顔を出しただけだからな。じゃあまたボス戦で。」

 

それからグランザムから最前線の迷宮区へと直行し、いつもの日常へと戻っていった。

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

同日 深夜

アインクラッド某所

 

 

左手を振りメニューウィンドウを出した男は、スキル名が10個並んだ画面を眺めていた。その中の4つには横線が入り、所有者がいることを示している。男は横線の入る2つのスキルを見て、口角を上げ不敵に笑う。

 

 

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

 

神聖剣

 

二刀流

 

神速

 

暗黒剣

 

抜刀術

 

 

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

 

 

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