夢の旅人は仮想に生きる


メニュー

お気に入り

しおり
作:窓風
▼ページ最下部へ


8/33 

EPISODE8 風吹かぬ聖夜


 

 

 

2023年12月24日 23:45

第35層 迷いの森

 

デスゲームが始まって以来2回目のクリスマス。アインクラッドの各地では雪が降り積もり、場所によっては飾り付けられた大きなツリーもあるらしい。今日くらいは辛いことも忘れて過ごそう……なんて考える人が多いだろう。

 

しかしほんの一部のプレイヤーはギラついた目をしていた。理由は、数週間前から噂になっているフラグボスが落とす『蘇生アイテム』だ。正確には蘇生アイテムと思われるものことらしい。通常のゲームにおいて、蘇生アイテムは瀕死や戦闘不能状態の仲間のHPを回復させるもの。だがこのSAOにとっては「死んだ人が生き返るかもしれない」という奇跡にも等しいアイテムの可能性があるのだ。特に実力がある攻略組は確実に「とり」にくる。現に聖竜連合がギルド規模で動いてるようだ。

 

俺自身、興味がないわけではない。俺にだって生き返らせたい人がいる。もう一度会いたい人がいる。ただ、始まりのあの日茅場が語ったプレイヤーのゲームオーバーを思い出す。HPがゼロになると即座に脳がレンチンされてしまうのだ。だからディアベルやグリゼルダさん、彼女のように、過去に亡くなってしまった人はもう帰らない可能性が高い。それがこのSAOを現実たらしめているのだと、再認識させられる。

 

だから現実を受け入れられない……いや、受け入れているからこそ、キリトはずっと辛い思いをしてきた。

 

理由はおそらく、『月夜の黒猫団』だろう。HPバーからエンブレムが消えていたことから脱退したか、解体又は消滅したと推察できるが、キリトのあの落ち込み様は後者、それもメンバー全員が死亡するレベルの壊滅という最悪なものだろう。

 

そして半年前、ふらっとキリトは最前線に戻ってきた。目は虚空を見つめ、生気を感じない。とても戦えるようには見えず、攻略に支障が出るのではと思ったのも杞憂に終わる。いざ攻略となると雰囲気は一変し、まさに鬼気迫るといった迫力でモンスターを斬り伏せていった。フロアボス戦でもそれは変わらず、LAを次々と掻っ攫っていく姿は他の攻略組を置いてけぼりにした。当然不満の声はあったが、キリトは知らぬ存ぜぬで実力と結果で黙らせ3つ層を登ったあたりからは誰も何も言えなくなっていた。

 

 

『黒猫団に何があった!?いい加減教えてくれ!』

『…………俺の思い上がりが、みんなを殺したんだ。』

 

 

当初何があったか何度も聞き出そうとしたがキリトは無視無言を貫いた。7月に入る頃に最後の尋問をしてやっと答えたのがさっきのセリフだ。

 

思い上がり。なんとかなると思ってしまったのだろう。それでおそらく目の前で黒猫団のメンバーは死んでしまった。死なせてしまった。まだ中学生であろうキリトには酷すぎる。

 

そんなキリトは今どんな思いでこの森を歩いているのだろうか。……いや、俺が考えたところでわかるはずがない。それよりも聖竜連合の奴らを追わないと。

 

聖竜連合の大隊が消えていったワープポイントに俺も飛び込み、彼らに気づかれないようついていく。

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

最後のワープポイントを抜けると、聖竜連合の前にクライン率いる風林火山メンバーと、キリトが臨戦態勢になっていた。聖竜連合は風林火山を尾けていて、風林火山はキリトを尾けていたようだ。時計を見るとあと2分ほどで日付が変わる。仕方ない。

 

「よっと。大変そうだな。」

「お前……」

「……ソーマ。」

 

聖竜連合の陣形の隙間を縫うように駆け抜けてキリト達の前で急停止する。俺の登場にクラインは少し驚いたようだが、キリトは反応が薄かった。こいつはあれからずっとこんな調子だ。

 

「キリト、お前……」

 

やっぱり1人でやる気か、と目で聞く。キリトの目にはこれ以上邪魔すんなと言わんばかりの意思が宿っているように感じた。はぁ、と溜め息をつく。俺にできるのは足止めが限界らしい。

 

「わかった。俺があいつらを抑えとく。ただし!絶対生きて帰ってこい!」

「だぁぁくそっ!俺もやってやらぁ!キリト!死んだら絶対許さねぇからな!」

 

どうやら風林火山も加勢くれるそうで、各々の武器を取り出していた。キリトは何も言わずにワープポイントに入り、その場に俺と風林火山、聖竜連合が残った。

 

「悪いな、この先は現在通行止めなんだ。他をあたってもらえるか?」

 

ボス:『背教者ニコラス』が現れるであろうモミの木があるエリアに行くにはここを通るしかないので他も何もないが。

 

「それはないぜ『疾風(はやて)』様よぉ。俺たちだってその先に用があるんだ。」

「あぁ知ってる。だから、」

 

メニューを操作し、話しかけてきた聖竜連合のプレイヤーに『決闘(デュエル)』を申し込む。

 

「俺に1対1(タイマン)で、1人でも勝ったら通してやる。殺す気でかかってこい。」

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

こんなに連続でデュエルするのは、これが最初で最後だろう。ていうかそうであれ。流石の俺も動くのがだいぶしんどい。「1人でも勝ったら」と言ってしまったのが我ながらアホポイントだ。おかげで風林火山メンバー全員よりも俺1人が聖竜連合とデュエルした回数の方が多いだろう。まぁ『初撃決着デュエル』で1戦あたり10秒以内に終わらせたらそうなるのも必然か。

 

「ほれ。」

「さんきゅ。」

 

クラインからポーションを投げ渡され、ありがたく頂戴する。普段はなんともいえないレモン風味のこの味も、今だけはおいしく感じた。

 

「クラインも、風林、火山のみん、なも、お疲れさん。悪いな、面倒、なのに、付き合わせて。」

「なに、ダチの、ためだ。」

 

ゼエゼエと息を切らしながら、互いに健闘を讃えあう。他の風林火山メンバーも座り込みながら力なく「おぉ……」と答えるも、やはりみんな消耗が激しい。

 

大の字になって寝転がり、夜空に光るいくつかの星としんしんと降る雪をボーッと眺めた。本当ならキリトの加勢に行きたいが、あいつはソロで倒すことに執着しているようだった。行ったら冗談抜きで殺されるかもしれない。

それから5分か10分か時間が経った頃、ふと気になったことがありクラインに聞いてみる。

 

「なぁクライン。」

「どした。」

「お前もキリトを気にかけてるけど……キリトとはいつから知り合った?答えたくないなら好きなラーメンを答えてくれ。」

「まだ余裕あるじゃねぇかこの野郎。」

 

 

…………キリトと初めて会ったのは、SAOが正式サービスを開始した最初の日……広場に集められて、GMからデスゲームのアナウンスがされる前だ。街中を迷いなく進むプレイヤーがいたもんだから、「こいつはβテスト経験者だ」と思って声をかけてよ。バトルのレクチャーをしてもらったんだ。そんでログアウトできねぇときたらデスゲームに早変わりよ。GMの話が終わるとキリトと人気のない路地裏に行ってよ、「すぐに次の村に行くからお前も来てくれ」って言われた。β経験者がいればだいぶ楽になると思ったさ。戦力的にも、精神的にも。でもよ、俺には風林火山(こいつら)がいたんだ。こいつらはよ、SAO以前からのゲーム仲間なんだ。3日徹夜して店に並んで、ようやくSAOを一緒に手に入れたダチを置いてくわけにも流石にいかなくてな。キリトとはそこで別れたんだ。

 

 

「じゃあ、そのすぐ後だったんだな。俺は。」

 

おそらくその直後に俺とキリトは出会い、共にホルンカの町へ駆け抜けた。そのことをクラインに教えると、どこか安堵していたように見えた。

 

「俺ぁ23だからよ、年下にしか見えねえあいつのことはどこか弟のように思ってんだ。お人好しだとは思うが、妙にほっとけなくてよ。」

「ちょうど思春期ど真ん中の、多感な時期だからな。時々心配になるよな。」

「これが親心っちゅーか、兄心ってやつかね。」

 

2人して力なく笑う。そのとき、ワープポイントが光り件の剣士が出てきた。残りのHPバーは赤くなっており瀕死を表していた。それを見た瞬間疲労困憊な身体に鞭を打って立ち上がり、勝手に弟のように思っている剣士に回復結晶を使う。HPバーは全快し、役目を終えた結晶は砕け散る。

 

「よく戻った。」

「………………」

 

しかしキリトの様子が変だ。目は虚ろに、足取りもどこか重い。最前線に戻って来た時とは別の悲壮感を感じる。結晶を使った俺を横目で見ると、クラインに何かを放り投げる。「おっとっと」と危なっかしくキャッチしたそれは青い宝玉に金色のシンプルな装飾が施されていた。

 

「それが蘇生アイテムだ。過去に死んだやつには使えない。次に目の前で死んだやつに使ってやれ。」

「えっとなになに、『死亡してから』…………『10秒以内』!?」

「……やっぱそうか。」

 

日頃から俺の直感はまあまあ当たるほうなのだが、今回は嫌な当たり方をしてしまった。10秒以内ということは、システムがプレイヤーの死亡を確認してからそのプレイヤーに繋がるナーヴギアに電気信号を送るまでの時間だろう。こういうときくらいは外れてくれてもいいだろうに。

 

システムによる淡白な文章で綴られる使用方法を目の当たりにしたクラインは衝撃で動けなくなっていた。と思ったのだが、キリトがフラフラと歩き出すとそれを追いかけてコートの裾を掴んだ。

 

「キリト。キリトよぉ……。お前は絶対に生きろ。生きてくれぇ………」

「………じゃあな。」

 

クラインが裾を掴む力を緩めるとキリトはまた歩き出し迷いの森をあとにした。泣き崩れるクラインを風林火山メンバーと落ち着かせ、俺たちも帰路につく。

 

止まない雪が降る夜空は今のキリトの心を表しているようだった。

 

 

(キリト。いつか、俺も話すよ。)

 

 

8/33 



メニュー

お気に入り

しおり

▲ページ最上部へ
Xで読了報告
この作品に感想を書く
この作品を評価する