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作:窓風
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EPISODE7 黄金林檎


 

 

 

2023年6月12日 13:30

第22層 圏外の草原

 

今日は攻略禁止日。つまり中下層プレイヤーのレクチャーの日だ。今回は『黄金林檎』というギルドから「パーティでの戦闘の様子を見てほしい」と依頼された。この「中下層プレイヤーのヘルプ」は最初の頃こそ冷やかしが多かったが、上昇志向のある人には話のわかる人も多く、攻略組として参考になるものも多々あった。他の攻略組メンバーから(特にアスナ)の厳しい視線も1ヶ月経った今では「攻略を疎かにせずに実績もあるからとりあえず黙認」というような評価だ。継続は力なり、だからな。気にせず続けよう。

 

その甲斐あってか、今回は黄金林檎のリーダー・グリゼルダさんに直々に依頼されたのだ。嬉しい限りだ。ギルドメンバーは8人。前衛4人、後衛3人とバランスの取れたパーティだ。残る1人は非戦闘員で鍛冶屋のグリムロックという彼女の夫(もちろんSAO内での)。まずは現在の動きを確認するため離れて戦闘の様子を見た。グリムロックは戦うのがあまり得意ではないらしく、俺の後ろでギルドメンバーの様子を見ている。

 

結論から言うと、お見事だった。というのもリーダーのグリゼルダさんが司令塔として他のメンバーに的確な指示を飛ばし、初見のモンスターに難なく勝利したのだ。グリムロックは内心ヒヤヒヤしているのか、複雑な表情をしていたが。

 

「どうだったかしら?」

「何も言うことないですね。正直びっくりしました。情報も要点を押さえて確認してるとのことなので、心配なさそうです。常に最悪を想定して動いているのを感じました。ネットは疑ってなんぼですからね。」

「攻略組の君にそこまで評価されるなんて、私も嬉しいわ。」

「生活費を稼ぐ以外ではあまり狩りに出ないって言ってましたよね?なら全然大丈夫です。もっとも、実力がもっと上がれば攻略組も夢ではないかと。」

「本当か!」

 

特に喜んでいるように見えたのは前衛のランス使い・シュミット。グリゼルダさんの指示もあったが、彼もいい仕事をしていた。本人もいつか『聖竜連合』に入りたいと言っているようで、(聖竜かぁー……)となんとも言えない感情になったが、攻略組として今後が楽しみなメンバーも発掘した。

 

また、グリゼルダさんは俺と同じスピード型の剣士だった。武器も盾持ち片手剣と色々通ずるものがあり、休憩中でも俺にスキルコンボや1対1での立ち回り等色々聞いてくれた。そのせいかより熱が入ったレクチャーができた。

 

「今日はこのくらいにしましょう。ソーマ君、長い時間拘束してごめんなさいね。」

「いえいえ、趣味の1つみたいなものなのでお気になさらず。これからも頑張ってください。」

「今日はありがとな。」

「色々助かったぜ!」

「ありがとうございました!」

「また何かあったら連絡してください。」

「ええ。またね。」

 

グリゼルダさんとフレンド登録を行い、久しぶりに感謝されたのもありホクホクしながら最近泊まっている前線の宿へと向かった。

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

2023年10月27日 0:55

第30層 迷宮区

 

少々特訓に熱が入りすぎてこんな時間になってしまった。帰ろう。そうして地図を見ながら来た道を戻る。

 

「そういや昼間の指輪の件、どうなったんだろ。」

 

メッセージウィンドウも出しながら昼間の出来事を思い出す。

 

メッセージの送り主はグリゼルダさんだった。なんでも「敏捷+20のレアな指輪をドロップした。それを世話になった俺に受け取ってほしい」という内容だった。そんなアイテムは最前線でもドロップしていないはずなので、正直欲しかった。しかし攻略組での、特に血盟騎士団は「アイテムはドロップしたラッキーな人のもの」という決まりがあるらしい。確かにそれなら余計ないざこざが生まれにくいだろう、と俺も同意できるものだ。

 

したがって「気持ちはありがたいが、手に入れたのは黄金林檎だ。グリゼルダさんや他の前衛が装備するなり、売って資金にするなりしていい」と返信。その後の「ギルドで話し合ってみるわね」と送られたメッセージが最後になっている。

 

「使うならまだしも、売るとなったら最前線こっちにまで来る必要があるよな……」

 

なぜかチリチリする頸を気にしながらフレンド一覧を開き、グリゼルダさんの位置情報を見る。

 

「………?同じ層にいる?なんならすぐ近くだ。」

 

妙な胸騒ぎと共に彼女の元に行ってみる。『疾走』スキルを全開にして迷宮区を飛び出し、近隣の森へと入りグリゼルダさんの姿を探す。そして、発見した。

 

犯罪者(オレンジ)プレイヤー2人に両腕を拘束され、もう1人の犯罪者(オレンジ)プレイヤーがグリゼルダさんの細い身体に貫通武器である槍を突き刺していた。槍はすでに2本刺されており、3本目を深々と押し込んでいる。グリゼルダさんは苦悶の表情を浮かべながら「早く離しなさい!」と精一杯暴れていたが、男2人に両腕を拘束された状態だと脱出は困難のようだった。

 

「グリゼルダ……さん?」

 

向こうが俺に気付いたと同時にグリゼルダさんのHPを確認すると、普段緑色に染まっているそれは貫通武器特有の貫通継続ダメージによりハイペースで黒くなっていて、残りHPを示す色は赤くなっていた。

 

 

そこで俺の理性はぷっつり切れた。

 

 

「なんだおま」

 

今現在所持している最速のソードスキルを槍を握っていたオレンジの頭部に放つ。口から上は欠損し言葉は途切れる。

 

「てめ」

「ころ」

 

グリゼルダさんを拘束する2人を同じ技で頭部に放ち、倒れてきたグリゼルダさんを受け止める。頭がなくなりHPが全損したのか、オレンジの3人の身体が爆散するが構ってられない。

 

HPが即全回復する回復結晶を取り出してグリゼルダさんに使おうとするも、無情にも『使用不可』のウィンドウが出現。グリゼルダさんの顔を見ると、死を悟ったのか悲しそうに俺を見ると、一言だけ喋りオレンジ共と同様に爆散してしまった。空になった腕の中を見つめ、呆然。彼女の装備していたアイテムがぼろぼろと足元に落ちる。

 

「あぁ…………」

 

またか。

 

「あぁぁぁぁぁ……………」

 

またなのか。

 

また、俺は、護れなかったのか。

 

 

 

 

「あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!!!」

 

 

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