2023年5月8日 11:00
第28層 迷宮区
現在の最前線である28層は素早い狼型モンスターが多い。純粋な噛みつきや体当たり、遠吠えによるATKバフはまだいいが、地面から突き出る血の棘による攻撃をもつ
「んで、フロアボスはその親玉『ワヒーラ・ザ・ブラッドウルフ』か。注意したいのは棘だな。」
「ええ。偵察隊によると、広い範囲で何本も棘が出てきたらしいわ。裂傷のオマケ付きで。」
「裂傷かぁ…。タンク隊は特に注意だな。」
迷宮区タワー最上階、ボス部屋の前でアスナと最終確認をする。先月から引き続きキリト抜きでのボス攻略だが、25層を除いて特に犠牲者を出すことなく進められている。
「ソーマ君、今回もよろしく頼むよ。」
「団長。」
「こちらこそ、ヒースクリフ。」
24層攻略の折に現れたヒースクリフという壮年の男性。装備は盾持ち片手剣で、戦闘スタイルは主に盾によるタゲ取りとカウンター主体の所謂騎士タイプ。特筆すべきはその防御力の高さだ。過去のボス戦で確認する限り、彼のHPバーが黄色くなったところをーあの25層ボス戦でさえー見たことがない。盾の扱いが洗練されていて、まるでその心得があるようにも見えてしまうほどの戦闘センスがあるのだ。
そして既に攻略組最強格を現しつつある彼は25層ボス攻略後にギルド『血盟騎士団』を設立。実力者揃いの少数精鋭により構成されており、アスナもヒースクリフのスカウトにより入団している。俺もスカウトされたが、丁重に断っておいた。
「さて、そろそろ始めようか。」
ヒースクリフの一声により、張り詰めた空気が攻略組を包む。参加メンバーはほとんど大小問わずギルドに属しており、『血盟騎士団』や『聖竜連合』、『風林火山』等のメンバーが各々の武器を持ち始める。
「ではソーマ君、一言いただいてもよろしいかな?」
「はぁっ?」
急なフリに困惑する。ヒースクリフめ、中々団に入らないからって嫌がらせかぁ?
「別にいいけどさぁ」とこぼしヒースクリフの横に並び、軽く咳払い。
「えー、今回も全員無事に生きて帰ること!みんなであのワンコロを躾けてやるぞ!」
「「おぉーーー!!!」」
「これでいいか?」
「狼を躾けるときたか。面白い。」
「掘り返さないでくれ。」
軽口を叩きつつ左腰に吊るしてある片手剣を抜き、ヒースクリフと2人でボス部屋の扉を開ける。まだ部屋に入ってないため中は暗いが、奥に大狼が寝転んでいるのがわかる。あいつだ。
「「いくぞ!」」
部屋に踏み入ると血を連想させる紅い炎が灯りボス戦の開始を知らせる。深紅の大狼は侵入者を排除せんと起き上がり、特大の咆哮を放つと同時にATKとSPDのバフが付く。
「ガァァァァ!!!」
「来るぞ!」
「おう!」
タンク隊のメンバーに報告して俺は側面を叩けるようサイドに寄る。瞬間、ボスが黒い影と化し突進、タンクと衝突する。バフが乗ってるとはいえ、なんて速さだ!
「おらぁっ!!」
しかしタンクと衝突した時に実体に戻ったボスの脇腹に『レイジ・スパイク』を放つ。その後数撃お見舞いして退こうとすると、再び影となったボスが先に後退。遠吠えのモーションをとるが吠える様子はない。ということは。
「棘が来る!」
ボスの足元から直線上に血の棘が何十本も突き出る。かろうじて躱せた俺は、特殊技発動中により動けないボスの下へ行き『シャープネイル』、『バーチカル・アーク』、『スネークバイト』と現在放てる高威力のソードスキルを叩き込み、カウンターを警戒して退避する。
ダメージを与えすぎたのか、ボスは俺を睨みつけグルルルと唸る。
「躾けの時間だワンコロ。まずはお手からだ!」
◇◇◇
以降はヒースクリフ率いるタンク隊が注意を引け、タンク隊のHPを見て適宜俺や他の部隊が引きつけるというタゲローテが機能して特に危ない場面もなく進んだ。どうやら影状態でも当たり判定はあるらしく、影での高速移動で接近された際にいなしながら一太刀浴びせたりしていた。
そのおかげか想定より順調にHPを削っていき、最後の1本終盤、瀕死を知らせる赤色にまで到達し残り数ドットとなった。
最後の足掻きか、影となったボスは今までにない速度で部屋中を縦横無尽に飛び回り、俺たちを撹乱する。目で追えなくなりかけたその時、頸の部分にチリチリと『何か』を感じる。
「……そこかっ!!」
直感と反射で『バーチカル』を発動し、一歩前に出ながら180°回転して背後から迫るボスの背中を叩きつけるように斬る。
HPバーを全損した深紅の大狼はそのまま白く光り爆散した。部屋中央には討伐完了を示す『Congratulations‼︎』が浮かび、皆歓喜の雄叫びをあげる。
「っしゃあ!!」
最後の読みが当たり決め手になったのが快感になり思わずガッツポーズ。目の前に現れたウィンドウにはLAボーナスであるアイテムが表示されていた。今回は武器のようだ。
「『ソード・オブ・シーツリーズ』……樹海の剣ってとこか?」
「お疲れさんソーマ!」
そう言って寄ってくるのは『風林火山』の長であるクライン。趣味の悪いバンダナを巻いて無精髭を生やしたこの男は刀使いで、ギルド名も相まって侍や武士にも見える。ちなみに見た目に反して20代前半らしい。
『風林火山』が攻略組に加わって3ヶ月くらい経つが、こちらも『血盟騎士団』同様少数精鋭でクラインを中心に全員腕が立つ。今回も各所で貢献していたようだ。
「お疲れクライン。今回も犠牲者はいないな。」
「おうよ。そんで、LAはなんだった?」
「片手剣だ。出してみるぞ。」
アイテムメニューから獲得したばかりの剣を選択、オブジェクト化する。
手元に現れたのは、深緑の剣だった。持ち手から鍔、刀身に至るまで全てが深緑に染まり、木製なのではないか?と疑うほどの質感を持っている。
「ほぉ、こりゃいい剣じゃないの。」
「あぁ。綺麗だな。」
「装備はできそうか?」
「最前線のボスドロップだから多分無理だろ……」
「一応確認だ確認。」
オブジェクト化を解き、念のため装備メニューで装備できるか確認するが、やはりできない。装備可能STR値に達してないらしい。
「……やっぱ無理か?」
「流石にな。でも上の層…40層手前ぐらいから使えるようになるとみた。コイツを振るうのが楽しみだ。」
「ほんじゃ、俺はアイツらんとこに行くわ。またな。」
「おう。」
「お疲れ様ソーマ君。」
クラインと入れ違いにアスナとが来る。アスナの剣撃は1層の頃よりも格段に強くなっており、その剣速はまるで光のようだとも言われている。一部では俺とどっちが速いか、なんて噂もあるらしい。
離れたところで1人立っているヒースクリフは流石というべきか、今回もHPバーを黄色にすることなくボス戦を終えたようだ。
「お疲れアスナ。」
「最後の攻撃よく見切ったわね。」
「直感だったけどな。」
「キリト君みたいなこと言ってる。」
「かもな。」
ここ1ヶ月連絡を取っていない同業者の顔が浮かびクスリと笑う。あいつは今何をしてるのだろうか。
「さ、29層のアクティベートをしに行かなくちゃ。」
「だな。クールダウンすっかあ。」
29層への階段を先行して登っていた攻略組メンバーの後を追って俺も歩き出す。今後もこの調子で犠牲者ゼロで攻略を続けよう。
◇◇◇
2023年5月16日 2:30
第28層 狼ヶ原
日中の用事が遅くなってしまいレベリングをするタイミングがなかったため、現在レベリングの効率が特に良いと言われている狼ヶ原に来てみた。といっても先週攻略時に体感してるので実は知ってるんだが。
「流石にこんな時間じゃそんな並んでないよな…………お?」
丘の下で『風林火山』が狩っているところを眺める人影を見つける。HPバーの上にはギルド所属を示すエンブレムが追加されているが、全身黒装備のあの後ろ姿を俺は知っている。
「キリト!」
「ソーマか。」
「しばらくだな。戻ってくるのか?」
「それは……。」
「あぁ別に催促してるつもりはないんだ。お前のタイミングでいいよ。」
「……ありがとな。」
こちらに気づいたクラインと軽く話をして狩場を譲ってもらい、約5ヶ月ぶりにキリトと一緒にレべリングをした。すれ違いざまにクラインが「まだ気にしてんのか……」と呟いていたがキリトに対してなのだろうか。
レべリングを終えて街まで帰っている間、キリトから加入したギルド『月夜の黒猫団』の話を聞いた。特にリーダーの理想は興味深く、曰く「仲間の安全を第一に、仲間や全プレイヤーを守ろうという意思の強さは気持ちでは負けない。今は守ってもらう側だけどいつかは攻略組の仲間入りをしたい」とのことだった。
「そんな大層なもんじゃないけどな」と自嘲気味に言うキリトに俺は何も言えなかった。今の攻略組にそのリーダーの語る意思力も確かにないとは言えない。しかし俺を含めたほとんどのプレイヤーには「自分が最強でいたい」という気持ちのほうが強いだろう。現に互いに寝る間を惜しんでレベリングに来ているのがその例だ。効率のいい狩場やクエストなどの情報を独占し、それを中下層プレイヤーに還元しきれていないのだ。俺個人でいえば、アルゴに定期的に報告しているためその意識は薄い。だが攻略組全体で見てしまえばそんなのは雀の涙に等しいのだ。せめて何か行動に起こせれば……。
(誰かを守るために戦う気持ち……か。)
その意思力を自覚すれば、今の攻略組の閉塞的な雰囲気も変わるのではないのだろうか。まさかキリトはそれを信じて黒猫団に?
「………よし、決めた。」
「決めたって、何を?」
「俺は今まで、自分で決めた攻略禁止日は下層に潜って休暇なり特訓なりしてたんだ。でもこれからはその時間を減らす。」
「減らした分の時間はどうするんだ?」
「中下層プレイヤーのために使う。上昇志向のあるプレイヤーに戦闘のレクチャーをしたり、それこそお前みたいにギルドのクエストやレベリングの補助をしたり。それでプレイヤー全体の実力の底上げを図る。生存率は間違いなく上がるだろうし、ゆくゆくは攻略組のメンバーも増えて攻略の速度が上がって、幅が広がると思わないか?キリト。」
立ち止まったキリトはハッとした顔をしていた。月明かりに照らされながら俺は続ける。
「ギルドに属してないソロプレイヤーの俺たちだからこそできることだと思ったんだ。キリトにはキリトの考えがあるだろうから、互いにできることを信じて頑張ろうぜ。」
「……ああ!」
拳を突き合わせ、最近の攻略組の話などしながら街に足を運ぶ。7000人全員が攻略組になれるとは思わないし強制もしないが、少しでも良い未来に繋がればいいなと思う。
1ヶ月後、キリトが最前線に復帰したが、その顔は非常に暗く、HPバーからギルドのエンブレムは消えていた。