2023年4月6日 13:40
第8層 街外れの森
このデスゲームが始まって最初の、俺にとっては約7年ぶりの春。
森をしばらく歩いていると開けた場所に辿り着き、腰掛けるのにちょうどいい大きさの岩が現れた。周りの木々に桜が咲いていないのが悔やまれるが、遅めの昼食としてサンドイッチを片手に1人花見をしながらここ数ヶ月について思い出す。
デスゲーム開始から今日でちょうど5ヶ月が経過した。現在の攻略最前線は26層。全体の1/5を越えたということで、攻略組の士気は高い。
第1層攻略後からのキリトはソロプレイヤーとなった。『ビーター』としての周りからの白い目こそまだ変わらないが、攻略組としての実力は確かなものであり一プレイヤーとして皆一目置く存在となっている。
そして俺はというと、キリトと同じソロプレイヤーとして今日まで生きている。理由としては、キレると口調と戦闘スタイルが荒く、悪く言えば自分勝手になるというのが大きい。パーティプレイをする上でそんな奴がギルドに所属できるわけもなく(かといってギルドに入ろうとも思わないが)、俺自身その辺を理解しているため現在のようになっている。
そんでなぜ今最前線から離れたこんなところにいるのかというと、今日は『攻略禁止日』としているからだ。もちろん俺が勝手に決めた。攻略はしなければならないが、毎日攻略詰めになっていては息が詰まり心も参ってしまう。何事にも休息は必要だ。そんなわけで、観光と『特訓』がてらこんなところにいるわけであった。
さて主街区『フリーベン』に戻ろうかと思った時、きゃ!という少女の短い悲鳴が聞こえて、俺は声のした方へ『疾走』スキルを全開で走った。
「大丈夫か!」
だいたい中学生(なんなら小学校高学年くらいか?)と思われる短いツインテールの少女はびっくりしたのか、びくん‼︎と体を震わせるとこちらに振り返った。
「あ、いえ、大丈夫なんです。ただ……」
と視線を逸らしたのでその後を追うと、水色の羽根をもつ子竜だった。よくさっきの声で逃げなかったな…。
「……モンスターが出てきたと思ったら、あたしに攻撃をして来ないんです。これって、どういうことなんでしょう?」
「あ、そういうことか。びっくりしたぞ、悲鳴が聞こえたから。」
「びっくりしたのはあたしですよ!いきなり後ろから声がするんですから!」
少女は腰に手を当て、ぷぅっと頬を膨らませる。うむ、あざとい。
「それで、この子なんですけど……」
「ああ、それはな、『テイム』っていうんだ。」
「テイム……?」
「テイムっていうのはな、簡単に言うとペットみたいなモンだ。君は今、その子竜を仲間にできるかもしれないんだ。しかも、この辺じゃポップ率が低い『フェザーリドラ』っていうレアモンスターなんだ。」
「え!そうなんですか‼︎」
「うん。何か食べ物をあげるとテイムできるって聞いたような……。ごめんな、情報が少なくて。」
その言葉を無視して少女は袋入りのナッツを取り出した。その内のひとつをつまみ、子竜に食べさせた。すると……
「きゅるる、きゅるっ♫」
「わあっ!これ、成功したんですか?」
「そうみたいだな、テイムおめでとう。」
シリカの目の前に『テイム完了』のウィンドウが出ると、子竜が嬉しそうに少女の周りを飛び回っている。まさか、本当にフェザーリドラをテイムしちゃうとはな。
「あ、名前も付けれるんですか?」
「聞いた話だとそうだな。決めたのか?」
少女は「はい!」と元気に返事をすると流れるようにキーを押す。
「あ、名前と言えば、自己紹介してなかったな。俺はソーマ。ソロで攻略組をやってる。」
「私はシリカっていいます!この子はピナです!」
「きゅるる♫」
「よろしくシリカ、ピナ。」
よろしく、と言ったのだろうか。子竜『ピナ』が一声鳴くとシリカや俺の周りを嬉しそうに飛び回って、シリカの肩に乗った。
「攻略組……すごいですね。でも、なんで攻略組の方がこんなところに?」
「あぁ、ちょっと用事があってな。」
「そうなんですか……。」
「まあなんだ。これから街に戻ろうと思ってるんだけど、シリカも来る?言っちゃあなんだけど、君の装備的にこの辺のモンスターとやりあえる気がしないから……。ぁ、だからって、シリカのこと信用してないってことじゃなくて……」
「ふふっ、ソーマさんって良い人ですね。あたしも街に戻ろうかなと思ってたので、ご一緒してもいいですか?」
「構わないよ。じゃ行くか。」
「はい!」
シリカとフリーベンに戻るとたちまち『竜使いシリカ』の大きな話題を呼んだ。「これも何かの縁なので」とフレンド交換をすると、『特訓』のために来た方向とは逆の圏外へ足を運ぶ。
◇◇◇
人気のない外周部付近の森で『特訓』をすること2時間。そろそろ切り上げたいところだがずーーーっと視線を感じるため、痺れを切らす。
「いい加減出てきたらどうだ?疲れたろ?」
「…………は〜あ、バレちゃったか。すごいね、君。」
そう言いながら茂みから出てきたのはキリトより少し背が小さいくらいの赤髪の少女だった。装備は黒を基調としたベストとスカート。袖口から肩が出ていて、そこから白い腕が伸びていた。常日頃から発動させている索敵をかいくぐるとは、どんだけ隠蔽を上げてんだ?
「いつから気づいてたの?」
「街を出た時からかな。索敵には反応がなかったけど、なんとなく視線を感じた。」
「へぇ、すごいね。」
ここで、俺はふと思った疑問を目の前の少女に問いかける。
「それで、だ。なんで俺を尾けていた?君はオレンジとは思えないけど。」
「なんでもなにも、あんな特訓ものを見ちゃったら気になるよ。」
「やっぱりな。」
あんな特訓。確かにおそらく誰も考えつかなかったことを俺はその特訓でやっていた。内容は…………今はまだ言わない方がいいな。
俺はひとつため息をつくと、少女に近寄る。
「……これをふざけ半分でやれば、普通の人なら死ぬだろう。だから、このことは誰にも言わないと誓ってくれないか。」
少女は真面目な顔をすると、「絶対に誰にも言わない。」と言ってくれたので耳打ちをして特訓の内容を教えた……。
◇◇◇
「…………へぇ、君、面白いこと考えるね。」
「これなら戦略の幅が広がると思ってな。まだ最前線上では使えないだろうけど。」
「なるほど…………わたしもやってみようかなぁ。」
「できれば、やめてほしい。」
えっ、と少女の目が開かれた。ボソッと言ったつもりなのだろうけど、俺の耳にかかればある程度の音は聞こえる。
「さっきも言ったけど、間違えれば死ぬかもしれないんだ。だから……。」
「ぁ、ご、ごめんね。変なこと言って。」
「……それでもやってみたいって言うなら、1層の人気のなさそうなところでやってみて。」
「…………え?」
「絶対にやるなとは言ってないだろ?じゃなきゃ教えないし。そのかわり、絶対に死なないこと!」
そう言うと俺は右手の小指を出した。察したかのように少女も右手の小指を出して指切りをした。
「ソーマだ。次からは普通に声をかけてくれよ?」
「わかった。私はレイン!じゃーね!ソーマ君!会えて良かったよー!」
そう言いながら赤髪の少女は手を振りながら街の方へと走っていった。俺はひらひらと手を振ると周りに盗聴者がいないか、索敵と勘に任せて念入りに確認していると、すっかり日も沈んでしまった。
聞かれていないと判断して休むために街に戻る。
キリトから『しばらく最前線を離れる』とメッセージが届いたのはその2日後だった。