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作:窓風
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EPISODE4 獣の王とビーター


 

 

 

 

2022年12月3日 12:30

迷宮区タワー最上階 ボス部屋前

 

翌日。パーティごとの連携の確認を兼ねて迷宮区タワーへと進軍。互いの立ち位置や動きを把握できたところで、誰1人として欠けることなくボス部屋の前にまでたどり着けた。またディアベルの的確な指示によりパーティごとに役割が与えられた。あぶれ組の俺達は取り巻きのセンチネルの相手だ。他の2パーティと計12体出現するそいつらを本丸であるイルファングに近づけさせない役割だ。センチネルの討伐が完了し次第ボスとの戦闘に加わって欲しいとも言われている。

 

そして俺の予想通り、アスナがパーティを組んだのが初めてだというのだ。だから道中の戦闘でスイッチやPOTローテなどの確認をキリトを主導にやったのだが、アスナの戦闘センスが結構いい。細剣の初級ソードスキル『リニアー』が速すぎて剣先が見えないのだ。これは期待しておくとしよう。

 

「みんな!俺から言うことは、ただ一つだ。……勝とうぜ!!」

 

ボス部屋の前で最後のミーティングを終え、ディアベルが最後の号令をかけるとボス部屋の扉に手をかけ、ついに第1層ボスとの戦いの狼煙が上がった。

 

「攻撃開始ぃーーー!!!!」

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

「A隊C隊スイッチ!」

「B隊ブロック用意!来るぞ!」

 

ディアベルの優秀な指揮はボス戦でも的確に行き渡った。甚大な被害が出ることもなく、イルファングのHPバーを4段目まで減らすことができた。センチネルもボスに近づける隙を与えずに討伐できている。順調だ。

 

「D、E、F隊、またセンチネルが湧くぞ!」

「「「了解!!」」」

 

4度目の出現を果たしたセンチネルの攻撃を捌き、数の差で徹底的に斬り刻む。周囲を観察してみると、他のセンチネルもほぼ討伐完了寸前だった。こっちのセンチネルもあと2度スイッチすれば倒せると見て、残りは2人に任せて俺はディアベルに状況を報告しに行く。

 

「ディアベル、各隊最後のセンチネルをもうじき倒す。あとは全員でボスを叩くだけだ。」

「了解。報告ありがとう。」

「もうじきボスが本気を出し始める。どうするかの判断は任せるぞ。」

 

妙な胸騒ぎを感じていたが、確証のないものに思考を割いても仕方ないためひとまず戻ろうと思ったところ、ボスが一際大きな咆哮をあげる。見るとHPバーの4本目が残りわずか、瀕死を示す赤色に変わったところだった。ボスはおもむろに斧とバックラーを投げ捨て、背中に差してた刀を抜く。湾刀という割には少し鋭利すぎるか……?と思ったところで、ディアベルが前に出た。判断は任せるとは言ったが、何を考えてる?

 

「ダメだ!!!全力で後ろに跳べぇ!!!」

 

ディアベルがソードスキルを発動させて突撃した瞬間キリトの必死な叫び声が聞こえ、それが聞こえると同時に俺は全力で走り出した。

 

『疾走』スキルは、その名の通りフィールドを速く駆けるもの。プレイヤーのAGI値にも依存し、突進型ソードスキルなど場合によっては攻撃にも使える。俺の戦闘スタイルにピッタリだと思い、ちょうど先週取ったばかりの3つ目の俺のスキルだ。

 

ボスは柱を飛び移りながらディアベルを撹乱し、真上を取りソードスキルを放とうとする。全力で『疾走』してその間に割って入り、ボスがディアベルを斬ろうとする軌道に右手の剣を伸ばす。

 

しかしここで、やった(・・・)と思った。

 

ソードスキルを発動できていなかったのだ。

 

ソードスキルはそれぞれに規定のモーションがあり、それの初動に合わせた姿勢、武器の位置によってソードスキルが発動される。その条件を満たしていないとシステムがソードスキルと認識してくれないのだ。

 

考えるより先に動いた俺はそのことを一瞬、頭の中から消してしまった。結果ソードスキルは発動されず、ただ剣を突き出しただけになってしまった。

 

「ぐあぁぁぁ!!!」

「がぁっ………!!」

 

そして容赦なくボスはその武器、野太刀を振るい、俺の何のバフもないただの剣を叩き折り、後ろにいたディアベルをバッサリ斬り裂いた。俺も奴の巨体に吹き飛ばされ、宙に舞う2人の身体を獣の王は無慈悲にも追撃して斬り飛ばした。

 

攻撃を背後からモロに喰らってしまい、受け身を取れずに2回地面を跳ねた後、柱に背中からぶつかり静止した。HPは危険を示す黄色表示になる半分をギリギリ超えないところまで減る。喰らったのが一撃だけだったからこれで済んだが、問題は2発喰らったディアベルだ。

 

騎士は俺の目の前で横たわっており、そのHPは現実を教えるように容赦なく減少していく。

 

「ディアベル!ソーマ!」

「俺は大丈夫だ!ディアベルを!」

 

駆け寄ってきたキリトに自分の無事を手短に伝え、回復アイテムのポーションを取り出してすぐに口に流し込む。キリトも同じようにポーションをディアベルに飲ませようとするが、ディアベルはこれを拒否。困惑するキリトにディアベルは残された少ない時間の中で話す。

 

自分も元βテスターだということ。ボスのLA(ラストアタック)ボーナスを取ろうとして前に出たこと。…………みんなのために、ボスを倒してくれと。

 

こうして、最期まで騎士たらんとした1人の男は儚く水色のポリゴン片となって散っていった。

 

何か決意を固めたキリトは、合流したアスナとHPが残り僅かとなったボスに向かっていった。俺は床に転がるディアベルの剣を「借りるぞ」と一言断ってから拾い、ポーションをもう1本飲みながら指揮官を失い意気消沈しているプレイヤー達の元へ行く。

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

「お前ら、1回しか言わねえからよく聞け。」

 

また犠牲が出るかもしれないし、正直なところ邪魔だ。ボスが本気を出した以上時間が惜しいし、動ける奴は動かないといけない。

 

「死にたくねぇ奴は今すぐ出ていけ。生きたい奴はあいつらと闘え。たかが人間1人いなくなった程度でそんなんなってたら、これから先やっていけねぇぞ。」

「テメェ……!!」

 

俺の強い口調にプレイヤーの1人が俺に掴み掛かろうとするが、眼で制すると男は萎縮して寄って来なかった。

 

「生きたけりゃ剣をとれ。SAO(ここ)は、そういう世界だろ?」

 

最後にそれだけ言うと、キリト達の援護に入るために合流するためにその場をあとにする。

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

ディアベルの剣を装備し直し、周囲を確認する。よし、取り巻きのセンチネルがいないのが幸いだ。余計な邪魔は入らないだろう。ボスのHPバーを見ると、もうあと10ドットくらいにまで減っていた。少しの間だが2人だけでよくやってくれた。次は俺が受けようと思った矢先、ボスのフェイント型ソードスキルを喰らってキリトが飛ばされる。背後に控えてたアスナに激突して攻めの態勢が崩れてしまう。アスナはいつの間にか羽織ってたケープはどこへやら、栗色の美しいロングヘアーが露わになっていた。

 

「キリト!アスナ!」

「俺が弾く!」

「頼んだ!」

 

追撃せんとボスがソードスキルを発動させている。後ろから浅黒い肌の巨漢エギルが両手斧を緑色に光らせてパリィすると言ってきた。ならば俺も即座に突進型ソードスキル『レイジ・スパイク』を放つべく剣を身体の左で水平に構え、前傾姿勢をとる。今度はキチンとソードスキルが発動したのを確認すると、エギルに前を譲り追撃に備える。

 

「うおりゃあ!!」

「らぁぁ!!」

 

エギルの見事なパリィの後に追撃の『レイジ・スパイク』を放ち、ボスのHPをまた1ドット削る。俺の後に続いてきたエギルの部隊とボスを囲んで攻めるが、範囲攻撃を喰らって包囲網が崩れてしまう。上空に跳んだボスは最初にディアベルを斬ったあのソードスキルを放たんと構える。態勢を崩された俺達には対抗策がない。

 

「届けぇぇぇ!!!」

 

回復したキリトが跳んで『ソニックリープ』を放ち、空中でボスの攻撃を中断させることに成功。ボスの残るHPはもう1ドット。アスナと良い受け身を取ったキリトと合流し、最後の攻撃に移る。

 

「俺が行く!お前らで決めろ!!」

「「了解!!」」

 

渾身の水平技『ホリゾンタル』を放ち、ボスの手から野太刀を剥がす。アスナの神速とも言える『リニアー』が炸裂し、キリトの垂直2連撃『バーチカル・アーク』がイルファングを斬り裂く。それによりHPが全損したボスは青白くその巨躯を光らせると、大量のポリゴン片となって空中に消えていった。

 

沈黙。しかし上空に現れた『Congratulations‼︎』という文字を認識するとたちまち歓声が上がる。死闘をようやく終えたのだ。

 

「よくやった。お疲れさん。」

「ああ、お前もな。」

 

通常のリザルト画面とは別の画面を見る少年を労い、握手を交わす。

 

「お疲れ様。」

「見事な剣技だった。Congratulations.この勝利はアンタのものだ。」

「いや……」

 

みんなのもの、か。決して1人では成し得ないことでも、共に闘う仲間がいればそれが可能になる。人間の強みだ。

 

そして………。

 

「みんな、さっきは申し訳なかった。」

「ソーマ?」

 

腰を90°に折って頭を下げ、誠意をもって謝罪をする。

 

「キツイ言い方をしてしまった。言い訳にしかならないが、無我夢中だったんだ。気分を害してしまった人もいるだろう。だから、俺にできる範囲でなら詫びる。本当に申し訳なかった………!」

「顔を上げてくれ。確かに言い方に棘はあったが、アンタの発破がなけりゃ俺達はあのまま動けなかったかもしれない。ありがとな。」

 

声の主はエギル。俺の肩にポンと手を置くと、優しい言葉をかけてくれた。「気にすんなー!」「少し驚いたけどな!」など他のプレイヤーからも温かい言葉をもらい、ちょっとだけ涙腺が緩む。

 

それはそれとして、本当にあの時の俺はどうしたのだろう。自分でもびっくりするくらい口が悪かった。記憶喪失前の人格が出てきた…………というよりは、抑えていたものが溢れ出た感じ?真偽はともかく、今後は極力控えたほうがいいだろう。

 

今はこの勝利を噛み締めよう……と思った瞬間、悲痛な叫び声が主のいないボス部屋に響く。

 

「なんでや!!!なんで、ディアベルはんを見殺しにしたんや!!!!」

 

声の主はキバオウだった。ボス部屋後方で座り込む彼の周りには、ディアベルがいた部隊のプレイヤー4人。何人かは涙を流しているが、あれは歓喜のものではなく、悲哀から来るものだろう。

 

「見殺し……?」

「そうやろが!!ジブン、ボスが使う技知っとったやないか!!最初からあの情報伝えとったら、ディアベルはんは死なずに済んだんや!!」

 

確かに事前に情報共有できていればディアベルは死なずに、一番良い雰囲気で第2層へと行けただろう。

 

しかし、何事もそう簡単に上手くいかないのだ。

 

あくまで個人的にだが、今のSAOとβテスト時のSAOとで何か仕様変更されているものがあるのではないか、と睨んでいた。いつかにキリトから聞いた『これはゲームであっても、遊びではない。』という茅場晶彦の言葉。あくまでもSAOはゲームなのだ。どんなゲームにも、制作段階と運営時で一部UIの変更などある。デスゲームとなってしまった以上今更だが、オンラインゲーム、それもVRMMOともなると、プレイヤーの身体に何か支障をきたす仕様があってはならない。

βテストとはそういうものだ(・・・・・・・・・・・・・)

 

俺は昨晩、指揮をとるディアベルにのみこのことを伝えた。現在第1層ということもあって変更点の情報がまだないため、頭の片隅に置いといてくれるだけでいいと。しかしこうも早くβとの『違い』にぶつかってしまうとは流石にディアベルも思わなかっただろう。それもボスの武器変更という、プレイヤーからしたら致命的なものだ。

 

その『違い』に対応できうるのが元βテスターなのだが、この1ヶ月でビギナーと元βテスターの間に『情報の差』という埋まらない溝が生まれてしまった。そうなってしまった現状、「実は元βテスターでこんな情報知ってました」なんて言っても、今みたいに「じゃあなんで今まで黙ってた」と言われかねない。結局のところ、どうしようもないのだ。

 

「きっとアイツ、元βテスターだ!知っててボスの情報を隠したんだ!他にもいるんだろ?!出てこいよ!!」

「そうだ!さっきの、目隠れのお前!お前はどうなんだよ!」

「おい、お前ら……!」

「あなた達ねぇ……!」

 

唐突に矛先がこちらに向く。感情に流されて冷静に判断できなくなっている彼らを見て、押さえつけていた何かがまた溢れ出そうになる。たとえ偽善と言われようと、こればかりは正さなければならない。

 

「いい加減にしろよ……」

 

俺よりまだ理性的だったエギルとアスナに続いてキバオウらに詰め寄る。しかしブチギレ寸前のところで、この場に合わない不敵な笑い声が響く。予想外のことで正気に戻されて振り向くと、悪い笑みを浮かべたキリトがゆっくりと立ち上がっていた。

 

「俺をそんな素人連中と一緒にしないでほしいな。βテストに当選した1000人のうちほとんどはレベリングのやり方も知らない奴らばかりだった。今のアンタらの方がマシさ。」

(お前、まさか。)

 

正気に戻ったことにより、キリトの異常に気づいてしまった。

 

「でも俺はあんな奴らとは違う。俺はβテスト中に、他の誰も到達できなかった層まで登った。そこで刀を使うモンスターと散々戦ったから、ボスの攻撃にも対応できたってわけだ。他にもたくさんあるぞ?情報屋なんてアテにならないくらいにはな!」

(それは、茨の道だぞ?)

 

あいつは元βテスター達に向けられた不満を、1人で全部引き受けるつもりだ。そうなった場合、今後におけるキリトの立ち位置がとても辛いものになってしまう。それは俺より年下と思われる、まだ中学生くらいの少年が背負うには重すぎる。

 

「な、なんやソレ。そんなんもうチートや!チーターや!!」

 

チートという言葉が、ゲーマーである彼らに火をつけてしまった。キリトを非難する声は止まらず、やがてβテスターのチーター、ビーターという造語ができた。キリトは自らビーターを名乗り、メニューを操作して真っ黒なコートを装備する。あれはおそらくLAの報酬だ。

 

一点ものボスドロップのコートを羽織ったキリトは、自身の異様な雰囲気に呑まれ黙ったプレイヤー達を一瞥し、第2層転移門のアクティベートをするべく、上層に繋がる階段を登り始める。

 

もう、戻れなくなってしまった。あの背中に、背負いきれないほどの重圧がかかってしまった。

 

(何か俺にできることは…………。)

 

そう考えた時に、アスナがキリトの後を追っていった。

 

そうか、簡単なことだった。短い間だったが、少しは互いのことを知ることができたんだ。共に歩むことができなくとも、信じてやることはできる。

 

ならば、わざわざ言いに行く必要はない。アスナを待つ間にキリトにメッセージを送るべくチャット欄を開く。視界左上にあった3人分のHPバーはいつの間にか1本なくなっており、キリトがパーティから離脱したことを認識した。

 

「……どうせまた会えるんだ。わざわざ言う必要はない、か。」

「なあ、アンタ。いいか。」

「エギルさん。……あ、俺はソーマです。」

「呼び捨てでいいぜ。あいつにメッセージ送るのか?」

「あ、ああ。1人でも理解者がいたほうがいいだろ?」

「なるほどな。じゃあ俺から伝言を頼む。『2層のボス攻略も一緒にやろう。』ってな。」

「……ありがとう。よろしく言っとく。」

 

キリト宛のメッセージを打ち終わったと同時にアスナが戻ってきたため、護衛エスコートを兼ねて街まで送ってパーティを解散し、俺はNPCの花屋で手頃な花を1束買う。

 

花を片手に向かうは、迷宮区の入り口。

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

夕方といっても季節的にはもう暗い時間に、第1層迷宮区の入り口付近にある小さく盛られた土に、一振りの剣と1束の花が添えられた。

 

オブジェクト化されたアイテムは時間経過で耐久値が減り消滅してしまう。2日もすれば剣も花もなくなってしまうだろうが、そこに込められた想いは消えない………と思っている。定期的に報告にでも来ようか。

 

これから先、様々な困難が立ちはだかり、時には犠牲を払うだろう。それでも、生きている限り想い、闘い続けよう。

 

『例え怪物に負けて死んでもこのゲームに、この世界には負けたくない。』

 

あぁそうさ。負けてたまるか。

 

偽善だなんだと言われようと、俺は忘れない。無念に散ってしまった人たちのことを、絶対に。

 




どうも窓風です。

気がつけば現実が作品に追いついちゃいましたね。
いやぁ今後の展開も気になりますね。

2022年11月6日 13:00 SAO正式サービス開始。

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