デスゲーム開始から1ヶ月が経とうとしていた。死者は約2,000人。攻略の最前線は未だ1層止まり。もうずっとこのままSAOに閉じ込められたままなのかと人々が諦めかけたとき、遂にボス部屋が見つかったと一報があった。そしてその日の16時に第1層攻略会議が開かれる。
◇◇◇
2022年12月2日 15:50
トールバーナ中央広場
会議開始予定時刻より10分前。攻略会議が行われる半円形の中央広場に到着。広場にはそれなりに人数が集まっており、今回の攻略に対する意識の高さが窺える。
「さて、と……」
人がいない手頃な場所に腰を下ろし、アイテム欄から手鏡を取り出して自分の顔を見る。一つだけ言っておくと、俺は決してナルシストじゃないからな。
鏡に映るのは、少し痩せた青年だった。正直ハゲてないか不安だったが、触るとフサフサと安心感のある黒髪があることにひとまず安心する。なぜか右目は長い前髪で隠れている目隠れ状態だが、どういう設定なのか視界は非目隠れ状態で問題なく周りを見渡せる。マンガやアニメで例えると髪の上に目がついているようなイメージだ。
デスゲームが始まったあの日、赤ローブの男からチュートリアルとして『手鏡』が配られ、プレイヤーが全員現実の容姿になった。キャリブレーションとかいう技術で身長や顔つき、体型など細かく再現されているため、よりこのデスゲームに現実味が増した。
当然俺のこの姿も全部今の俺の現実の姿ということになる。だからこそ……
「コレ、ホントなんなんだ…………」
「鏡なんて見てどうした?」
「……………なんとなくな。」
背後からの突然の声に手鏡を危うく落としそうになるがなんとかキャッチ。ホッとして平静を装いつつ手鏡をしまい振り向くと、数日ぶりに会う黒髪の少年が俺を見下ろして立っていた。
「はーい!それじゃあ、そろそろ始めさせてもらいまーす!」
広場の中央から爽やかな声が響くと、キリトは「ま、いいさ」と隣に座る。正面に向き直れば、青髪の好青年が演説を始めるところだった。彼がおそらくこの会議をしようと声を上げたのだろう。その行動力たるや、尊敬に値する。
「俺はディアベル!職業は、気持ち的に
SAOには『鍛治』や『裁縫』といった職業スキルはあるが、職業システムそのものはない。一応はMMORPGなので、プレイヤー個人の中でそういったプレイをする人も少なからずいるだろう。参加者の緊張をほぐす軽い冗談で掴みは完璧といったところか。
「今日、俺達のパーティがあの塔の最上階でボスの部屋を発見した。俺達はボスを倒し第2層に到達して、いつかきっとこのデスゲームがクリアできるってことを『始まりの街』で待っているみんなに伝えなくちゃならない!それがここにいる俺達の義務なんだ!そうだろみんな!」
中々の演説だ。同じ志を持つ者はいるだろうが、それを言葉にできるのは人間という生物の性質上そういない。彼の言葉を聞いて他のプレイヤーから拍手が飛び交う。
「ありがとう!それじゃあ、早速これから第1層攻略会議を始めようと思う。まずは6人のパーティを組んでみてくれ。」
「うぇっ?!」
なんか頭が痛くなる言葉が聞こえてきて硬直する。隣を見るとキリトも同じように焦っている。もしや同類なのか……?
周りを見るとコミュ力が高い奴ばかりなのか、次々と6人パーティのレイドが出来上がっていく。俺とキリトはまあ組むとして他にいないかと左に視線を移すと、ケープを羽織りフードを深く被った剣士がぽつんと座っていた。得物は
「……あんたもあぶれたのか?」
「あぶれてない。周りがみんなお仲間同士だったみたいだから、遠慮しただけ。」
あぶれた奴の台詞である。他に余りもいなそうだし、この3人で組んでしまおう。
「じゃあ、残り者の俺達で組もうぜ。今回だけの臨時だ。」
コクリと細剣使いは頷く。メニューからパーティ加入申請を2人に出して受諾されると、視界左上に見える自分のHPの下に小さく『Kirito』『Asuna』の文字が縦に並ぶ。
(アスナ、か。)
声や背格好、そして名前からして女性プレイヤーだろう。女性の年齢を見た目で判断するのはアレだが、おそらくキリトと同じくらいの子だろう。
ひとまずパーティを組めたことに安堵するのも束の間、ツンツン頭の乱入者が現れた。名はキバオウ。流暢な関西弁はひとまず置いといて、会議の前に謝罪をしなければならない人がいるとか。
「β上がり共はこんクソゲームが始まったその日に、ビギナーを見捨てよった。美味い狩場やらクエストを独り占めして、自分らだけポンポン強なってその後も知らんぷりや。こん中にもおるはずやで!そいつらに土下座さして金やアイテムを吐いてもらわな、パーティメンバーとして命は預けられんし、預かれん!」
要は、情報的に有利な元βテスター達が謝罪、賠償しろとのこと。なるほど、一理ある。俺こそ珍しいケースだが、ほとんどのプレイヤーは事前情報ほぼゼロでゲームスタートしたのだ。結果、元βテスターとビギナーとの間の溝はこの1ヶ月で深くなってしまった。ビギナー達の不満の代弁者が、キバオウだろう。
いやいや待てと反論しようと思ったが、浅黒い肌の巨漢に先を越されてしまった。エギルという男は、一冊の手帳を取り出した。
「このガイドブック、あんたももらっただろ?道具屋で無料配布されているからな。」
「もろたで。それがなんや!」
「こいつは、元βテスター達が作ったものだ。いいか、情報は誰にでも手に入れられたんだ。なのにたくさんのプレイヤーが死んだ。その失敗を踏まえて今後どうするのか、この場で議論されると俺は思っていたんだがな。」
(おお、言いたいこと全部言われちまった。)
理性的なプレイヤーがいたことに安堵する。キバオウはバツが悪そうに着席し、エギルも元の場所に戻ると会議が再開された。2人が座ったのを確認すると、ディアベルが先ほどの攻略本と似た手帳を取り出す。
「実は先ほど、このガイドブックの最新版が配布された。これによると、ボスの名前は『イルファング・ザ・コボルドロード』。『ルイン・コボルド・センチネル』という取り巻きもHPバー1本ごとに3匹出現する。ボスの武器は斧とバックラー。4本目のHPバーが赤くなった時に
実は俺も会議直前にアルゴから秘密裏にもらっていた。ディアベルが読み上げた内容も全く同じだったため、彼が持ってるものも間違いなく『鼠の攻略本』だろう。
「会議は以上。最後にアイテム分配だが、金は全員で自動均等割、経験値はモンスターを倒したパーティのもの、アイテムはゲットした人のものとする。異存はないかな?」
まぁそれで恨みっこなしが妥当だろう。他も特に意見はないのを確認すると、明日の10時に出発とのことで今日は解散となった。他のパーティは親睦を深める為に晩飯を共にするのだろうか、パーティごとに移動していく。一方でこっちのあぶれ組パーティはというと、アスナは颯爽と街の中へと消えていった。
◇◇◇
その日の夜。久しぶりにキリトと情報交換や雑談をしつつ町内マップを見ながらトールバーナの路地裏を行く。とある点を目指して歩くと、そこにはトールバーナ名物(なのかは知らんが)の硬いパンを食べるアスナが。パーティを組んだことによりパーティメンバーの所在がわかるのはありがたい。
「このパン、意外と美味いんだよな。」
メニューから同じパンを出してキリトと手頃な場所に座る。まずはそのまま一口齧る。焼き上がってから時間も経っているため、見た目通りパンは硬い。しかしよく味わえば悪いものではない。(ゲームの信号による味覚の変換だというのは置いといて。)
「本気でそう思ってる?」
「割と本気。工夫はするけどな。」
「これ、パンに使ってみな?」
そう言って小瓶を取り出す。蓋部分をタップして指が白く光るのを確認すると、その指をパンになぞる。なぞった後には黄色い滑らかなものが。
実はこれ、クリームなのだ。1つ前の街のサブクエの報酬で、これが中々美味い。乳臭くなく、甘すぎない。少し舌に残るが、決して嫌なものではない。牛乳があるとなお良し。この10日間毎日1食はこのクリームパンで済ませているが、意外に飽きない。アスナはよほど美味だったのか、サクサクと食べ終えてしまった。
「1つ前の街のクエストの報酬。ガイドブックにも載ってるから、気になるなら要点だけでも教えるけど?」
「……美味しいものを食べるために、私はこの街まで来たわけじゃない。」
「……じゃあ何のために?」
アスナは空になった手を握りしめると、ポツポツ語り始めた。
「私が、私でいるため。最初の街の宿屋でゆっくり腐っていくくらいなら、最後の瞬間まで私のままでいたい。……例え怪物に負けて死んでもこのゲームに、この世界には負けたくない。」
「「…………。」」
こんな最前線とも言えるところに女性プレイヤーが、しかもソロでいる時点でおかしいとは思ったが、なるほどそういうわけか。
「ま、せっかくパーティを組めたんだ。明日を生きるために、全力でサポートするさ。他人が目の前で死ぬなんて嫌だからな。」
◇◇◇
2人と別れて宿屋に戻る。キリトの泊まってる場所に(主に風呂という言葉に惹かれて)ついていったアスナの顔は歳相応の女の子だった。そりゃあそうだ。ここら辺の宿屋は風呂付きなんて上等なものは少ない。目を輝かせるのは当然か。
(……………………………。)
ベッドの上で、先ほどのアスナの言葉を反芻する。SAOにログインしてから自分が何者なのかわからない俺にとって、何とも形容し難いものが俺の中で渦巻いている。
「最後の瞬間まで、自分のままで…………。」
自分とは一体なんなのか。未だにほとんど情報がない空虚なナニカをぼんやり考えながら、ゆっくり瞼を閉じる。