暗闇。
ふと気がつき目を開けると、目の前にあるのは黒く染まった真っ暗な世界だった。
ここはどこだ?さっきまで俺は何をしていた?
状況を整理しようとした瞬間、突然ウィンドウメッセージが現れた。
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-名前を入力してください-
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薄く書かれたその欄をタップすると、別のウィンドウでキーボードが出てきた。
(一体、何が起きて……)
一度冷静になって考える。
1999年7月12日生まれ蟹座。高校1年で16歳だ。よし、覚えてる。
次に今まで何をしていたか………………。
………………………………。
はて?何をしていたんだ?何も思い出せない。これが………記憶喪失ってヤツ?
その割には俺結構冷静じゃないか?不思議なものだ。
……このまま突っ立っていても仕方がないな。
そう思うと指を動かして名前を入れる。この絶妙にシンプルな命名ウィンドウはおそらく何かのゲームだろうと踏んで名前を入力し、決定ボタンをタップするとウィンドウが消え、
『Welcome to Sword Art Online ‼︎』
とさっきより大きなウィンドウが頭上に出てきた。
「ウェルカムトゥ…ソードアート…オンライン?」
声に出して出てきた英語を読むと、ズキン、と頭が少し痛くなり手で頭を押さえる。
な、なんだ?ウィンドウの文字を見た瞬間、俺の頭に何かがよぎった。よく分からなかったが、直感的に分かったことがある。
瞬間、真っ暗な世界の中に一つだけ小さく光っているものが見えた。目を凝らして見るとその光がだんだん大きくなってきていた。そして俺の体をすっぽりと包んだと思ったら、システムの様なものが自動で動いている。いろんな操作を自動で進められていく内に強烈な眠気に誘われてさっき分かったことを考えながら目を閉じた。
俺は、この世界を知っている。
……………気がする。
◇◇◇
2022年11月6日。
仮想世界に存在する城に約1万人が閉じ込められた。
その城は空に浮かび、鉄と石でできた《世界》。アインクラッドと呼ばれる浮遊城は全100層からなり、最下層の第1層から上へ上へと攻略していき、100層のラスボスを倒せばゲームをクリアできる。
そう、このアインクラッドはゲームの中にある世界なのだ。
ゲームの名前は《ソードアート・オンライン》。
この城には草、水、木、空、天気などなど、現実を思わせるものが目の前に広がっている。VRMMORPGのソードアート・オンライン〜通称:SAO〜は魔法が一切ない剣の世界。武器を手にフィールドに出現するモンスターを倒し、経験値でレベルを上げたり金でご飯を食べたり宿をとって寝ることもできる。
《生活》ができるこの世界は、ログイン、ログアウトを繰り返して体力ゲージが0になれば街に戻され、また攻略と何度も挑戦できる……はずだった。
◇◇◇
目を開けるとそこには先ほどの暗闇はどこへやら、自然豊かな景色が広がっていた。あまりにも美しい光景に目を奪われていると、背後から人の気配を感じ振り向く。いつからいたのか、そこには白衣の男が立っていた。見た目は20代後半から30代手前といったところか。
「無事、意識は覚醒したようだね。」
白衣の男はそう言うと俺の隣に来て、眼下の景色を見下ろす。その瞳には何か別のものが映っているような気がしたのは気のせいだろうか。
「あなたは……?」
「私は………君と同じ、このゲームのプレイヤーだ。」
「ゲーム………これが?」
「そう。最新機器のナーヴギアを使用した完全フルダイブ型のVRMMORPG。それがこの『ソードアート・オンライン』だ。」
「スゲェ……」
所々で聞き覚えのない単語があったが、要はゲームだという。実際に目で見たような解像度の高い景色を再度見て、このゲームのスペックの壮大さを知る。このゲームはいわばもう一つの現実ってところか。
「……さて、私は少し用があるから失礼するよ。君は始まりの街まで送ろう。健闘を祈る。」
白衣の男はそう言って右手を振ると、鈴のような音とともに小さなウィンドウが現れ、何かしらの操作をすると俺の身体が青白い光に包まれた。次に視界が開けた時には先ほどのような丘ではなく、街の中心部と思われる大広場にいた。
「不思議な人だったな。」
ぽつりと呟き、なんとなく白衣の男と同じように右手を振ってみる。すると鈴の音とともに、先ほど見たものと同じ小さなウィンドウが現れた。何本も現れたウィンドウには『Status』や『Items』、『Help』などおそらくゲームのメニュー画面と思われる名前が。
「ほー、ホントよくできてんな……ん?」
通行人の邪魔にならないよう道の脇によけて色んな情報を確認していく。何も入っていないだろうと思いつつ一応何か持ってないかと所持アイテムを確認すると、何やら一つの紙切れが入っていた。アイテム名は『チュートリアル』。おそらくこのゲームを初見でも楽しむための処置だろう。
自分の状況は「突然目覚めたけど記憶喪失」から何も変わっていないため、まずは今の状況に順応しようと決める。
「そうと決まればまずは……武器か。」
不安はありつつも内心ワクワクしながら武器屋がある方へと歩き出す。
◇◇◇
武器屋で片手用直剣(要は片手剣)を、雑貨屋で回復アイテムのポーションを買い、フィールドで猪型モンスター相手に立ち回りや操作具合の確認をした。このゲームでは実際に自分のアバターを生身の身体のように動かすようで、最初こそ動きがおぼつかなかったがなんとかモンスターを倒して感覚を掴み、『ソードスキル』という必殺技みたいなものも使えるようになった。
夕方になり空が赤く染まり始めたところでレベリングを切り上げる。ふと視界の端に見える時計を確認すると、思わず「はぁ?」と言ってしまった。
時計には現在時刻と日時が記されているのだが、問題なのが日時なのだ。現在の日時は2022年11月6日。そう、2022年。今俺は16歳。生まれは1999年だから、2015年が正しいはずなのに………この7年の差はなんだ?まさか、7年もの間眠っていたとでも……?
脳がオーバーヒートを起こしそうになり頭を振ろうとすると、また青白い光に包まれる。
青白い光が消えて場所を確認する。始まりの街の大広場に転移させられたようだ。周りを見ると、俺と同じように次々とプレイヤーが転移させられているようだった。いや待て待て多いな?全プレイヤーいるんじゃないのか?
『私の世界へようこそ。』
集められたプレイヤーの中から不安の声が発せられる中、夕暮れとは違う赤い空に赤いローブを着て、白い手袋をした男が現れた。たまに男の体にノイズのようなものがかかることからホログラムだろう。音声は白衣の男に似てるような気もするが、絶妙なボイスチェンジャーが入っていてよくわからない。
赤ローブの男からおそらく録音したものであろう音声でこれからのSAOの説明をされる。
その中身は聞けば聞くほど、現実離れした、しかし妙に現実味を帯びた内容だった。
赤ローブの男はひとしきり説明し終えると、霧散して消えてしまった。同時に空の色も元の雲一つない綺麗な夕焼けに戻ったが、プレイヤーの心が晴れることはなかった。
怒り、悲しみ、憎しみなどの負の感情が怒号とともに赤ローブの男がいた空間に消えていく。
俺は状況を改めて整理したいのと純粋に大広場がうるさすぎたのがあって、少し離れた路地裏に移動した。
ざっくりまとめると、
・SAOがログアウト不能になり、HPが0になればゲームと現実の両方で死亡する。
・既に200人余りが亡くなっていて、現実でも結構大変なことになっている。
・脱出方法はゲームクリア、すなわち100層のボスを倒すことのみ。
一方俺の状況はというと、
・記憶喪失で名前と誕生日以外ほとんど覚えていない。
・どういう経緯かSAOにログインしている。
・記憶喪失以前の日時と現在日時の乖離。
まぁ現状だと俺の問題はどうしようもない。今こうして意識があるのが奇跡なのかもしれない。だったら、もう一つのSAOの問題を片付けるほうが先決だ。記憶に関しては時間が経ったり何かの拍子で思い出すかもしれない。最終目標が100層で、今はまだ1層。道のりは長いが、今見えてる道を突っ走るしかないだろう。
「……よし。」
気持ちの整理がついたところで、路地裏から出ると黒髪の少年と鉢合わせる。中学生くらいだろうか、中性的な顔立ちをしている少年は、表情から見るに急いでいるようだった。
「君、どこに行くんだ?」
「……これからこの周辺のモンスターは狩り尽くされるだろう。そうなる前に次の町に行こうとしている。」
「なるほどな……君が良ければ、俺も一緒に行ってもいいか?」
「あんた、フレンドは?」
「いない。一人だ。」
「戦闘経験は?」
「それなり……だと思う。ソードスキルの感覚も掴んでる。」
「………………。」
少年は少し考えると、右手を差し出してきた。その手を同じく右手で握り、握手を交わす。
「俺はキリト。できる限りカバーはする。」
「ありがとう。ソーマだ。」
「時間が惜しい。行こう。」
「おっけ。」
少年……キリトとともに始まりの街を抜け、この世界で生き抜く第一歩を踏み出した。