飯食え・アーカイブ   作:混沌の魔法使い

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下拵え 空から先輩が/ようこそアビドスへ

下拵え 空から先輩が/ようこそアビドスへ

 

 

自分で分るほどに顔が熱い、これは太陽の所為だけではないのは間違いない。確実に顔と耳まで紅くなっていると思いながら立ち上がる。

 

「見ましたよね?」

 

「まぁ……だな。すまん」

 

謝られた事で更に顔が熱くなるのを感じる。出会ったばかりの人に至近距離で下着を見られた……頭の中でそればかりを考え……。今まで一杯一杯だったが、もっと最初に尋ねるべき大事なことにやっと考えが至った。

 

「……もしかして服脱がしたのカワサキさんですか?」

 

制服が綺麗だったし、肌についていた血痕も無くなっていた事を思い出し思わずそう尋ねる。命の恩人だし、助けて貰ったけど流石に服を脱がされて身体を洗われたとなると乙女の尊厳的に絶対に駄目な部分だ。失礼だと分っていたが思わず自分を抱きしめて少し後ずさる。

 

「違うぞ!? それは違う。清潔にする魔法を使っただけだ、神に誓って脱がしたりはしてない」

 

「そう……ですか、すいません。ちょっと不安になってしまって」

 

命の恩人にいう事ではないと思うが、それでもやはり乙女としては気になる所だったから聞かずにはいられなかった。

 

「こほん。とりあえずユメがこのアクセサリーで飛べない事が分かった訳だが……お前の後輩も心配しているだろうし、出来れば早く戻りたいよな?」

 

「はい。ホシノちゃんも心配してると思うので」

 

砂祭りのことで怒らせてしまったけど、私が夢物語ばかり口にして、現実を見ていなかったからだ。ホシノちゃんが怒るのも分かるのだ。

 

「これはセクハラとかじゃないぞ? それに下心があるわけでもないからな? おんぶとお姫様だっこ、どっちがいい?」

 

「はい?」

 

カワサキさんの言葉の意味が分らず、思わずそう問いかける。するとカワサキさんも言いにくいのか、気まずそうな表情をしながら口を開いた。

 

「俺がお前を運ぶしかないだろう。闇雲に歩いてまた遭難する訳にもいかないからな。おんぶかお姫様だっこで運ぶしかないだろう」

 

「ひぃんッ!?」

 

その鳴声は何だとカワサキさんが呆れているが、おんぶかお姫様だっこって……。

 

「そ、そんなの選べないですよ!?」

 

「それも分る。俺もこんな手しかないのは申し訳ないと思ってる。だがこれしかないだろう。ユメも嫌だと思うが緊急事態ってことで我慢してくれ」

 

道が分らず、物資も無ければ、救助の当てもない、それに私もカワサキさんも体力は万全ではないし、移動する為の脚があるわけでもない。それにもしも私をホシノちゃんが探してくれていて、ホシノちゃんも遭難する可能性を考えればカワサキさんのいう通りこれしかない。

 

(で、でもおんぶかお姫様だっこって)

 

あまりにも究極の選択過ぎる。いや、たしかにお姫様だっこは憧れるけれども……今ではなく、もうちょっとロマンチックな感じが良かった。

 

(でもおんぶだと、む、胸を押し付ける形になるよね? あ、でもでも、お姫様だっこはだっこでお尻とか触られるかも……)

 

どうする、どうすると考えに、考えて……。

 

「お姫様だっこでお願いしますぅ……」

 

胸を押し付けるのはちょっとそれはその早過ぎる。いや、お姫様だっこも早いと思うけど、それでも胸を押し付けるのは抵抗がありお姫様だっこでお願いしますと消えそうな声で返事をするのだった……。

 

 

 

 

照りつける太陽の下を小柄な影が駆け抜ける。短く切り揃えられたピンク色の髪をした少女は焦燥感に駆られた表情で声を上げる。

 

「ユメ先輩! ユメ先輩! 返事を! 返事をしてください! ユメ先輩ッ!!!」

 

右目が黄色、左目が青の鋭いオッドアイの少女――アビドス高等学校1年「小鳥遊ホシノ」は声も駆れん限りにユメの名を叫んでは必死に周囲を探し回っていた。

 

(私のせいだ、私のせいだ)

 

ユメ先輩が行方不明になって今日で4日目――ユメ先輩の装備を考えればとっくに生存ラインは過ぎてしまっている。

 

「ユメ先輩! ユメ先輩ッ! いませんかッ!! ユメ先輩ッ!!! はぁはぁ……おえっ」

 

叫びすぎ……いや灼熱の太陽に照らされながら走り続けた事が原因で、込み上げて来た吐き気を必死に堪え、涙で歪む視界を制服の袖口でぬぐって前を見る。

 

「はぁ……はぁ……ユメ先輩ッ!!」

 

呼吸を整えて再びユメ先輩の名を叫びながら走り出す。まだ生きているかもしれない、どこか安全な場所を見つけてそこで隠れているかもしれない、そんな一縷の望みに縋り必死に走る。

 

(私が、私が全部悪い、ごめんなさい、ユメ先輩ごめんなさい)

 

切っ掛けは些細な事だ。普段なら聞き流せるユメ先輩の夢物語――それが無性に癇に障ったのだ。かつてアビドスで行なわれた砂祭り……度重なる砂嵐の被害によって借金塗れになった今のアビドスでは開催など出来よう筈もないかつてのアビドスの象徴。失われた過去に夢を馳せ、何の価値もないポスターを宝物のように差し出してきたユメ先輩に込み上げてくる怒りを抑えられなかった。渡されたポスターをビリビリに破り捨て、悲しそうな顔をするユメ先輩に背を向けて生徒会室を飛び出したのだ。ユメ先輩と顔を見合わせるのが気まずくて喧嘩して2日後に登校した私が見たのはユメ先輩の書置きと、宝探しのために準備していた荷物が収められたリュックが無くなった机だけだった。

 

『ネフティスと交渉してくるね。その後でネフティスがアビドス砂漠で高額アルバイトがあるっていうから働いてきます 梔子ユメ』

 

さぁっと血の気が引いた。アビドス砂漠は今も砂嵐の多発エリアで1人で行くような場所ではない、そしてアビドス砂漠で高額アルバイトなんてあるわけがない。また騙されのだとすぐに分かり、私はユメ先輩を探してアビドス砂漠へと足を踏み入れたのだ。

 

「はぁ……はぁ……うっ」

 

立ち眩みと頭痛に限界を感じ鞄から水のペットボトルを取り出して1口口へ含む。ネフティスにユメ先輩をどこにアルバイトに行かせたのを確認し、準備するのに1日、そして私がアビドス砂漠に突入して2日……そして今日で3日目だ。そしてユメ先輩はアビドス砂漠に踏み込んで恐らく5日目だと推測される。

 

「休んでいる時間はない……探さないと」

 

私の持っている物資は水を除いて余裕があるが、不眠不休で動き続けているので体力は限界が近づいている。それにユメ先輩が持ち出した宝探し用の荷物は私とユメ先輩の分で2日分。単純計算で4日分はあるが、砂嵐が多発していることを考えるとその装備も失っている可能性が極めて高い。だから今の私には休んでいる時間なんてない。

 

「はぁ……」

 

休みたい、もっと水が飲みたい。だけどそんな余裕はない、ユメ先輩が遭難して5日目――セーフティラインはとうに過ぎている。一秒でも早くユメ先輩を見つけないと……それだけを考え重い足取りで一歩踏み出そうと思っているのに私の手は水筒に伸びていた。

 

「……駄目です、駄目。何を考えているのですかッ」

 

もう1本はユメ先輩の分だ……これ以上飲む訳に行かないとぐっと我慢し、水筒を鞄にしまい汗を拭うために顔を上げた時に瓦礫の山が視界に入り、その瓦礫に絡まっている緑が視界に入った。

 

「ユ……メ先輩……?」

 

砂嵐が直撃したのか倒壊した建物――その崩れた瓦礫の絡まっている緑の髪を見てガタガタと奥歯が音を立てる。違う、違う見間違いだ。そんなはずないと自分に言い聞かせて走り出す。

 

「あ……あああ……ああッ!!!」

 

瓦礫に絡まった鮮やかな緑の髪、乾いて変色した血が飛び散った瓦礫の山――そして拉げたユメ先輩のハンドガンとボロボロに千切れたリュックの破片を見て私はその場に崩れ落ちた。全ての状況証拠が物語っているユメ先輩がこの下にいるのだと……。

 

「ユメ先輩ッ!」

 

太陽に熱された砂に両手を突きいれ掻き分ける。まだ生きてるかもしれない、見つかるかもしれないとありえない希望に縋って砂を掘り起こす。

 

「ユメ先輩! ユメ先輩ッ!」

 

手を火傷しようが、爪が剥がれようが砂を掻き分けてユメ先輩の名を叫んで必死に砂を掻き分ける。

 

もう死んでるよ

 

「うるさいッ!」

 

貴方のせいで死んだんだよ

 

「うるさいッ!!!」

 

貴方がいれば助かったのにね

 

「うるさいッ!!!!!」

 

分ってる。分かっている全部自分が悪いって分かっている、それなのに今さら何をしているのか。

 

最初からあんな事をしなければよかった。今は無理でもいつかは出来るかもしれない希望を抱いても良かったんだ。

 

「つうっ」

 

ガラスが混じっていたのか手が切れて血が噴出す、痛みに顔を歪めながらもそれでも砂を掻き分ける。

 

「ユメ先輩……ッ! 見つけますから私が……絶対見つけますから!」

 

砂を掻き分けユメ先輩の名を叫んでいると風の中に誰かを呼ぶ声がし、私は弾かれたように顔をあげた。

 

「ホ……ちゃ……ん」

 

風の音で良く聞こえない、顔を上げて耳を澄ませる。だけどあの声は間違いないユメ先輩の声だ。

 

「ホシ……ちゃ……ん」

 

「ユメ先輩! どこですか! ユメ先輩ッ!!!」

 

ユメ先輩だ。どこにいるのか、耳を澄ませてユメ先輩の名を叫ぶ。まだ遠い、だけど確かに声がする。ユメ先輩の声がするどこから声がしているのかと周囲を見渡すがその姿は見えない。

 

「どこにいるんですか! ユメ先輩!」

 

「うえー! うえだよー」

 

上? 上って……風に乗って聞こえて来るユメ先輩の声に顔を上げ……。

 

「うへ?」

 

キヴォトスでは殆ど見ない男にお姫様だっこされて、空を飛んでいるユメ先輩の姿を見て、私は間抜けな声を出し、衰弱しているのに上空を見上げた事で貧血を起こしてその場にへたり込んだ。

 

「ホシノちゃん! ああ、大変手が……」

 

「ユメ……先輩?」

 

「ごめんね! ホシノちゃん、ごめん。私がホシノちゃんを怒らせちゃったから」

 

ハンカチで私の手をしばりながら謝ってくるユメ先輩、違う、違うんです。

 

「わ、私が、私が悪いんです」

 

「違うよ、私が私が悪いんだよぉ」

 

「違います! 私が、私が悪いんです!」

 

ユメ先輩は何も悪くない、悪いのは全部私だ。ユメ先輩はユメ先輩が出来る事をしていたのに、それを全部無駄な事と思った私が悪いんだ。

 

「ホシノちゃんは悪くないよ、私が」

 

「違います。私が」

 

互いに自分が悪いのだと謝りあっているとパンっという音が響き、私は咄嗟にユメ先輩を庇いながらホルスターから銃を抜いた。

 

「銃を向ける事はないだろうよ」

 

手を叩いたのはユメ先輩を抱えて飛んでいた男は両手を上げて降参の意を示す。私達を何度も苦しめて来た大人に怒りと憎悪が込み上げてくる。

 

「お前か、お前がユメ先輩の髪をッ!」

 

ユメ先輩の綺麗な長髪は見る影もない、私と同じ様なショートへヤーになっていた事に怒りを覚える。どう考えても他人が鋏を入れなければああはならない。女の命である髪をああも無惨に切ったであろう男に銃口を向ける。

 

「ホシノちゃん駄目! カワサキさんが私を助けてくれたんだよ。それにこの髪だって、髪は女の命なのにざんばらだからって綺麗に整えてくれたんだよ?」

 

「ユメ先輩……本当ですか?」

 

あの男に助けられたと繰り返し言うユメ先輩。男は両手を上げて降参の姿勢を崩さずに、真っ直ぐに私とユメ先輩を見ていた。

 

「あの人が助けてくれなかったら私は死んでた。お願いホシノちゃん銃を降ろして」

 

ユメ先輩の懇願に私はホルスターにハンドガンを収めるが、それでも警戒は緩めない。

 

「ユメ先輩を助けてくれてありがとうございます」

 

「いや、それは良いんだ。俺も遭難してた訳だしな」

 

人型の男の頭部にはヘイローはなかった。まさか外の世界の人間……? 何故キヴォトスに頭の中がごちゃごちゃしてくる。

 

「あ、そうだ!? ホシノちゃん。黒服って奴に気をつけて! ううん、黒服だけじゃなくて化け物みたいのも2人もいるんだって!」

 

「え?」

 

黒服――アビドスの借金を肩代わりする代わりに私に契約を持ちかけてきた大人。何故その大人の名前がユメ先輩の口から出るのか理解出来なかった。

 

「なんかカワサキさんが何ヶ月も実験されてたって」

 

「あんまり覚えてないけどな、ずっとぼんやりしたし、変な薬とか点滴されたくらいで、ああ、後なんか電気ショック見たいのもあったような? あと結構切り傷とかもあるっぽいけど、まぁ生きてるし良いだろ?」

 

「それ絶対危ない薬投与されてますし、危ない人体実験されてますよ!?」

 

「かなぁ? まぁむかつくからボコボコにして来たから暫く奴らはちょっかい掛けてこないだろ、多分」

 

キヴォトスの外の人間。そんなの黒服からすれば恰好の実験台だ。そういえばここ数ヶ月黒服が姿を見せなかった、諦めたと思っていたのだけど……。

 

(まさかあの人が捕まったから?)

 

考えれば考えるほどに腑に落ちる。私よりも男の方が実験台として優秀だ、あの男性を弄くり回すのに夢中で私の方に来なかったと思えば、納得出来る。大人なのは間違いないが、私達と同じ利用された被害者なんだと思うと敵意が弱くなるのを感じた。

 

「ホシノだったか? お前さん運動神経はいいほうか?」

 

「あ、はい。まぁそれなりにっと」

 

私が返事をするとカワサキと呼ばれた男はペンダントを投げ渡してきた。

 

「それを首から下げて飛行(フライ)って言えば飛べる。ユメは運動音痴過ぎて飛べないから俺が抱えていく、先行してくれ」

 

「何を?」

 

「早くこの場を離れるぞ、砂嵐が来てる」

 

カワサキの視線の先を見ると私達を狙っていると言わんばかりに砂嵐が迫って来ていた。

 

「急げ! 隠れ家を出すのは間に合わんッ!!」

 

「後で説明してもらいますから! 飛行(フライ)ッ!?」

 

「進みたいと思う方を思い浮かべれば移動出来る!」

 

飛行と叫ぶの身体が浮かび上がる、ユメ先輩を抱き上げたカワサキも浮いてくる。

 

「こっちです!」

 

アビドス高校の方角に身体を傾けると滑るように空を飛ぶ事が出来た。

 

「なんでホシノちゃんは飛べるの!?」

 

「お前が運動神経悪いからだ」

 

「直球すぎる! って砂嵐! 砂嵐が凄い勢いになってるよ!?」

 

「その調子で動きを見てくれ、ホシノどっちだ!」

 

「こっちです! 急いでッ!!」

 

「ひぃぃんッ! 廃墟が壊れてるぅ!」

 

飲み込まれたら確実に死ぬ規模の砂嵐に追われ、私達は命からがらアビドス高校の本館へと逃げ帰るのだった。これが私「小鳥遊ホシノ」と「カワサキ」さんの出会いなのでした……。

 

 

 

 

 

ホシノという小柄な少女に先導されて辿りついた学校は俺の想像していた学校とは違っていた。

 

「ひどいもんだな」

 

ここに来るまでも見て来たが砂嵐の影響がかなり大きい。無事な区画もあるが殆どがアビドスという都市が街としての機能をほぼ失っているように俺には見えた。

 

「砂嵐が沢山起きるんですよ。カワサキさん」

 

ようこそアビドスへと満面の笑みを浮かべて歓迎してくれたユメと警戒心むき出しのホシノに案内されて連れて来られた生徒会室でアビドスの近況をユメからを聞き、俺が感じたのは違和感だった。

 

「昔はアビドスもゲヘナ、トリニテイ以上のマンモス高で、生徒も沢山いたんですよ。でも砂嵐の対策のために借金をしてその所為でどんどん衰退していって「本当に砂嵐が原因か?」……はい?」

 

砂嵐――何度も何度もユメが口にする。確かに砂嵐は原因であろうが、論点が違う。ユメ達が気にすべきは砂嵐ではない、ユメ達が気にするべきなのは砂嵐が発生する理由だ。

 

「だとしてもおかしいだろ? 砂嵐っつうのは低気圧とか寒冷前線とかの強風が原因で発生するもんだ。それらしいもんがないのにあれだけの砂嵐が発生するとは思えないんだ。何か別のもっと根本的な原因があるんじゃないのか? 例えばどっかの企業が砂丘を崩したのか、どっかに巨大な風力発電機が出来たとか……そういうもっと根本的な原因がある筈だ。」

 

砂嵐はリアルでも良く起きていた。だから分かるが、砂嵐の発生条件が揃ってないのにあれだけの規模の砂嵐が発生するのはおかしい。

 

「それはアビドスのオアシスが枯れたから」

 

「なんで枯れたんだ? そんなに簡単に枯れるオアシスなのか?」

 

「え、いや、船とかも浮かべれるくらいの大オアシスだったみたいですけど」

 

そんな規模のオアシスと聞いてますます俺はおかしいと思った。

 

「そんなレベルのオアシスが枯れる? ありえんだろ。仮に枯れたとしても何か別の要因がある筈だ。何か大規模な工事があったとか、大地震があったとか……。そういうのはないのか?」

 

 

俺が尋ねてもユメとホシノの反応は芳しくない、知らないのか、それとも知らされていないのか……。

 

(ちょいと調べてみる必要がありそうだ)

 

借金の額は分らないが、ここまで衰退している街並みを見れば生半可な額ではないのは容易に想像できる。その借金だって誰かが手を引いてるようなそんな気がする。

 

「しかし随分と砂嵐に詳しいですね。学者ですか?」

 

「うんや、俺は料理人。知人の研究者が色々と教えてくれたんだよ」

 

学者や先生と呼ばれるほどの知識は無いが、無学ではないのである程度は対策は分る。とは言え間違いなく何かが原因で発生している異常な砂嵐の多発を止める方法は現状全く思いつかないが、一般的な砂嵐の対策くらいなら把握している。

 

「それじゃあ砂嵐の対策とか知ってますか!?」

 

ユメが瞳を輝かせて問いかけてくる。その目を見れば希望を感じているのは分るが……果たして俺の知ってる対策でなんとかなるだろうかと不安を覚える。

 

「一般的には砂漠の緑化や、防風林を作るだな。風の勢いを緩めて、砂漠が乾燥しないようにすればある程度は発生率を抑えられると思う」

 

「植樹って事ですか。でもそんな余裕はないですよ」

 

「だろうな。となると普通じゃない方法を試すっていう手もあるぞ」

 

ホシノがまだ首から下げているペンダントを指差すとホシノは怪訝そうに眉を細める。

 

「そういえば説明して貰ってませんが、このペンダントは何ですか?」

 

「魔法が使えるもの? なんか黒服がいうには俺の神秘とか? 良く分らん」

 

「良く分らない物を使ってるんですか」

 

「便利なら良いんだよ。使える物は使う主義だ。ホシノ、ちょっと手を出せ」

 

ゲームの道具や能力を使える。その理由は分らないが、使えるものは何でも使えばいい。

 

「何をするつもりですか?」

 

包帯でグルグル巻きのホシノの両手にポーションをぶちまける。

 

「何を……痛くない?」

 

「回復薬だ。これも理論は分らんが便利だろ?」

 

「まぁ……ですね」

 

結構重傷だったホシノの傷が一瞬で治ることを考えれば、便利なのだから使えばいいとなるのも当然だ。

 

「それでユメ。俺の身分は何とかなるのか?」

 

「なりますよ! すぐに書類を作りますね」

 

ユメがそう言って生徒会の戸棚を開けて書類を捜し始めるのを横目に鋭い視線で俺を警戒しているホシノに視線を向ける。

 

「何ですか?」

 

「ちょいと聞きたいことがあるんだよ。俺はこのキヴォトスだったか? それの事を全然分らないし、このアビドスの事も全然分らん。事情が分らないと出来る事も出来ないだろ?」

 

俺がそういうとホシノの視線がスッと細まる。それはリアルでも見てきた何も信じられない、信じようとしない子供の目だった。

 

「余計な事はしないで欲しいですね。貴方の能力ならどこでもやっていけるでしょう。貴方の境遇には同情しますが、それだけです。ユメ先輩に書類を作ってもらったらゲヘナでもトリニテイでも行けばいいでしょう」

 

だからこれ以上首を突っ込むなと鋭い視線で威圧してくるホシノに肩を竦める。黒服の実験台と聞いて少し敵意が柔らかくなったが、それでも不信感と敵意は完全に消えておらず、こいつらはここでどんな目にあって来たんだと心配になる。

 

「あった! ありましたよカワサキさん! じゃあこれに記入してくださいね」

 

山のような書類に記入してくれと言われ、俺はアビドスの問題に首を突っ込むよりも先にこっちかと苦笑し、ユメを守るようにユメの後に控えているホシノに睨まれながら必要な書類へと記入し続けるのだった。

 

 

大量の書類への記入が終わった頃には夕暮れ時になっており、下校していくユメとホシノを見送った後。俺はホシノに使えと言われた用務員の部屋の様子を見ていたが、まぁ当然と言えば当然だが埃塗れかつ、ボロボロととても人が暮らせる状況ではなかった。まあ遠回しに出て行けと言われているのは分るが、その程度で動揺するほど俺は子供ではない、むしろこういう行動に出る程に他人を信用出来ないホシノの精神状態が心配になるほどだ。

 

「まあそれは良いだろ。えっと……あった」

 

どの道寝る予定は無かったのでアイテムボックスから取り出した指輪――維持する指輪(リング・オブ・サステナンス)と戦士の指輪(リング・オブ・ウォリヤー)を指に嵌める。

 

「さてっと、やるか」

 

ホシノには首を突っ込むなと言われたが、もう首を突っ込んでいる訳だ。それに……。

 

「随分と悪辣な絵を書いてる野郎がいるみたいだしな」

 

子供を食い物にするような輩は大嫌いだ。返す当てもない借金を必死になって返しているユメとホシノを嘲笑ってる奴がいるというのなら……。

 

「その面ぶっ飛ばしてやらんと気がすまん」

 

その為にもまずはアビドスの状況を把握しないことには始まらない。幸い時間はあるし、維持する指輪があれば体力的な疲弊も睡眠も必要ない、戦士の指輪で身体能力とくに膂力を強化すれば校舎を飲み込んでいる砂もある程度は掘り進められるだろう。俺はスコップを肩に担ぎ砂に埋もれているアビドス高等高校の本館へと足を向けるのだった……。

 

 

メニュー2 フレンチトースト へ続く

 

 




というわけで大人かつ、リアルという地獄を見てきた視点からアビドスの問題解決に動き出したカワサキさんです。ユグドラシルのアイテムでゴリ押しに近い感じになりますがまあクロスオーバーということで、多分本編の時間軸になる頃には借金問題は大よそ解決するくらいカワサキさんにはっちゃけてもらおうと思います。後カイザーも飯食えの作風で殴りますのでどうなるか楽しみにしていてください。
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