飯食え・アーカイブ   作:混沌の魔法使い

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前菜 ゲマトリアによって招かれた料理人

薄暗い部屋全体を覆う複雑な幾何学模様、その中心には長い髪で顔を隠した裸の女性が培養液で満たされたポッドの中で浮かんでいた。

 

「クックック……流石マエストロですね。よくぞここまで作り上げてくれました」

 

そのポッドの中に浮かぶ顔のない人形を見つめて笑う異形の人型――身体は影のように黒く、右目に当たる部分は発光し、そこを中心に全身に亀裂の入った異形としか言いようのない男は楽しそうに喉を鳴らす。

 

「新しいアプローチとして非常に面白い。神秘を宿す人型を作り、その神秘によって人型が人となり、私の最高傑作となるか実に興味深い!」

 

タキシードを着た双頭のマネキンがどうやらポッドに浮かぶ人型の製作者らしく、興奮した面持ちと口調でポッドの回りを歩き回る。

 

「ふむ、しかし神秘を宿すとしても何を媒介にするおつもりで? テクスチャもない、記号もない、これではどうやろうとも神秘が宿るとは思えない」

 

「そういうこったッ!」

 

顔のないステッキを持った紳士然とした男性、そしてその男性が手にしている額縁からもこの実験は失敗すると声を上げる。

 

「大彗星が通るのですよ。彗星が天を開き、開かれた天から神秘を降ろす。それはそういう実験です」

 

「大彗星か、なるほど新たな命の産声を祝福するには最適か」

 

「彗星を記号とし、星をテクスチャとする。なるほど成功するかもしれないですね」

 

「そういうこったッ!」

 

異形の男達は薄暗い研究室の天上を開け、雲1つない満天の星空を駆ける彗星に視線を向けた。異形の男達はそれぞれ「黒服」

 

「マエストロ」「ゴルコンダ&デカルコマニー」崇高へ至る為にここ――学園都市キヴォトスで暗躍するゲマトリアと呼ばれる組織の者だ。

 

そして今回の実験もまた崇高へと至る為の実験の1つ……成功確率は極めて低い実験だったが、それでも実行へ踏み切った。それほどまでに今アビドス砂漠の上空を通過する大彗星は珍しい物であり、これを逃す訳には行かなかったから……。

 

「さぁ始めましょうか!」

 

「新たな作品の誕生の瞬間だ」

 

「空を駆ける彗星を記号とし、新たなテクスチャを!」

 

「そういうこった」

 

幾何学模様が彗星を呼応するように光り輝き、幾何学模様の中心のポッドが光り輝き始める。

 

 

一方その頃どこかも分からないキヴォトスではない別の世界では……。

 

「うおおおおッ!? なんだこれぇッ!! あああああああ――ッ!!!!!!」

 

黄色い真ん丸の異形が突如空に現れた空間から伸びて来た触手に捕まっていた……。

 

「うおああああああああッ!?」

 

漆黒の亀裂から伸びる触手は蒼く輝き、黄色い異形を引きずり込もうと力を込め、黄色い異形は引きずり込まれまいと必死に耐える。

 

「カワサキさん! 掴まってください! 早くッ!!」

 

「ぬあああああああッ!! なんなんだッ! 俺に恨みでもあるのか畜生めぇッ!!! なんだあの化物はよおッ!!!!」

 

「叫んでる暇があったら掴まってください! 早くッ!! この! カワサキさんを返せッ! 現断【リアリティ・スラッシュ】ッ! 」

 

骸骨は友人を連れて行かれまいと触手への攻撃をしながら、黄色い異形を救おうと空を舞う。

 

【!!!】

 

「うおおおおおおッ!! す、吸い込まれるうううううッ!!!……」

 

触手では駄目だと判断したのか、轟音を上げて黄色い異形を吸い込まんとする亀裂に黄色い異形はもう声も上げられない。

 

「カワサキさーんッ!!!! クソがああッ!!」

 

吸い込まれまいと必死に木にしがみ付いて絶叫する黄色い異形を救出せんと宙を舞う骸骨と混沌めいた光景が繰り広げられていたりする。そんな中無数触手が黄色い異形に絡みつき、黄色い異形から何かを取り出し、虚空へと消えていった……。

 

 

「「「ゑッ?」」」

 

そして神秘を人型に移そうとしていたゲマトリア達は間抜けな声を出していた。

 

「クックック……これは想定外ですね」

 

「間違いなく芸術ではあるが、これは……ありえんだろう」

 

「男ですね。わたくし達とは違う完全な男性……テクストが悪かった? それとも記号? いや神秘の影響でしょうか?」

 

ポッドの中にいた女性の姿をした人型を覆う光が消えた時、黒髪の男性へと変わっていた。完全な人型の男が殆ど存在しないこのキヴォトスでとんでもない爆弾が生まれてしまったことに流石の黒服達も困ったような表情を浮かべるのだった……。

 

 

 

黒い男と双頭のマネキンと額縁を抱えた顔のない男が目の前にいた。何を言っているのか分らないと思うが俺も分っていない。

 

「ふむ……ヘイローはなし……ですがこの神秘は暁のホルスを越えている」

 

「複製ではあるがこれはもはや真体。素晴しい、素晴しいぞ!!」

 

「テクスチャによって女性体が男性体へ……こんなことがありえるとは……」

 

ぼんやりとした意識の中男達が身体をぺたぺたと触ってくる感覚だけを感じている。まどろみの中にいるような、意識はあるのに意識がない……なんと言えば良いのか分らないがたぶん俺は寝ているのだろう。

 

(俺……俺? 俺は何だ……)

 

俺は誰だ? 俺は何者で……俺は何故ここにいる?

 

分らない、分らない、俺はなんだ?

 

「反応が随分と弱いですね……これだけの神秘が宿っているというのに……」

 

「ふむ……しかし神秘は宿っている。ならば今は休眠状態ではないのか?」

 

「その可能性はありますね。目は動いているようですし、意識はあるのではないでしょうか?」

 

「そういうこった!」

 

男達の声も右から左に流れていく、俺はひたすらに自問自答を続ける。そんな俺を男達はストレッチャーに乗せてどこかへと連れて行った。

 

俺は誰だ? 川■雄■……。

 

俺は何をしていた? 俺は……そうだ。料理だ、料理をしていたんだ。

 

それと気のあう連中とゲームを――「ユグドラシル」をしていた。それが現実では少ない食材しか手に入れられない俺が料理を身につけるための手段だったから。

 

だけど何時の間にか目的と手段が変わっていたんだ。料理を身につけるためのゲームが、娯楽として俺の心を癒してくれる1つになった。

 

なんで料理をしていた? そうだ。腹を空かせてる奴を見たくなかったんだ。

 

なんでゲームをしていた? そうだ。あの酷い現実を、見たくない物から少しでもいいから目を背けたかったんだ。

 

偽善でもいい……俺は俺が正しいと思うことをしたかった。

 

あのクソッタレな世界で……一部の人間だけが人権を認められるその世界で……。

 

その特権を受け入れる事が出来る選ばれた人間だったとしても……。

 

「俺」は「俺」が正しいと思うことを、「俺」が「俺」だと誇れる俺でいたかった。

 

腹を空かせている奴には飯を食わせてやる。

 

「腹が空けば気が滅入る。ひもじければ眠れない。些細な事で腹が立つ」

 

「飯を食わねば人は死ぬ。だから生きたければ飯を食えッ!だ!!!」

 

それはきっと偽善だ。だがその偽善も貫き通せばそれは善だと思った。

 

俺を思いとおりにするために……。

 

あるいは俺を排除したい者達の妨害も何度も合った。

 

だけど俺はそれを力で捻じ伏せて来た。言葉だけで分かり合えないのならば力を使うしかない。

 

力で自分の道を押し通したのならば、それはきっと悪だ。

 

だけどそれで餓えた者がいなくならば、それはきっと正義だ。

 

善と悪――口にするのは簡単だ。だが世の中はそんな簡単じゃない、だがそれでも自分の決めた道を俺は進みたかった。

 

「そうだ。それが俺だ。カワサキだ」

 

意識が急にハッキリしてきた。ここがどこで、何故こんな所にいるのかは分からない、だがそれでもはっきりと自分を認識できた。

 

「驚きました。あの実験は失敗だと思っていたのですが……」

 

黒い男が驚いた様子で俺を見つめてくる。男と言ったが多分がつく、右目が発光し全身に亀裂が入った人間を男というのは少し無理がある。

 

「ククク……初めましてというのはおかしいですね。ですが、こうして貴方と意思疎通が出来るのはこれが初めてならばやはりここは初めましてでしょうね」

 

口調は丁寧で、服装もちゃんとしている。だがその視線と口調にはねっとりとした悪意が絡み付いている。

 

「私は黒服と呼ばれております。そしてここは崇高を目指す者達の集まりゲマトリアです」

 

「カバラか……神秘主義者か。なんだ生命の樹でも崇拝してんのか?」

 

確か数秘術だったか……なんか富裕層の連中がそんな話をしていた気がする。かと言う俺も聞いた覚えもあるし、習った事もあるが興味はないので忘れた。

 

「ククク……ッ! まさかまさか名称を聞いただけでそこに辿り着くとは……何ヶ月も待った甲斐があったというもの、マエストロ、ゴルゴンダ。新しい同胞として彼を迎えようと思うのですがどうでしょうか?」

 

 

「反対などするわけもない、新しいアプローチを拒む理由はないからな」

 

「眠り続けていましたが、この深い叡智、そして知性を宿した瞳拒む理由はありませんね」

 

「そういうこったッ!」

 

「ではようこそゲマトリアへ、貴方の名前を聞かせていただけますか?」

 

黒服が右手を差し出して握手を求めてくる。目の光も柔らかく、口調にも親しみがある。裏はない、本当に俺を仲間として迎え入れようとしてくれているのだろう。だから俺は黒服の右手を握り……。

 

「っらあッ!!!」

 

「がぼおっ!?」

 

そのまま引き寄せて全力で肘打ちを鳩尾に叩き込み、咳き込む黒服に襟を掴んで吊り上げる。

 

「悪いが俺は外道に組する趣味はない。ぼんやりと聞いていたが子供を利用するような屑と手を組んだら俺はお天道様に顔向けできねえよッ!!」

 

そのまま黒服を頭上に持ち上げマエストロに向かって投げ付けると同時に走り出す。黒服とマエストロがもつれ合って倒れている隙に確実に数を減らす。

 

「おっらあッ!!」

 

「ぐふっ!?」

 

ゴルゴンダにドロップキックを叩き込み、倒れたゴルゴンダの足を脇に挟み、腰を落として回転する。俗に言うジャイアントスイングだ。

 

「うおああわあああああああッ!?」

 

回転しながら周囲の機械にゴルゴンダをぶつけ、ゴルゴンダ本人と機械にもダメージを与え、ゴルゴンダが完全に脱力したタイミングで思いっきり地面を踏みしめる。

 

「どっせーいッ!!!!」

 

遠心力をつけたゴルゴンダを周囲の怪しげな光を放つ装置に向かって投げ付け、装置がなぎ倒されバチバチと嫌な音を響かせる。

 

「なんと!?」

 

「次はお前だ。マエストロッ!!」

 

逃げようとしていたマエストロを捕まえてそのまま担ぎ上げ、肩の上に乗せて揺さぶる。

 

「ごがああああああッ!!」

 

「そおいッ!!!」

 

「「ぐあッ!?」」

 

アルゼンチンバックブリーカーで叫んでいたマエストロがぐったりするまでそれを続け、起き上がってこようとしたゴルゴンダに向かってマエストロに向かって投げ付け、2人が呻き声を上げて動かなくなったので気絶したのだろう。

 

「待ってください、外に出る前に話を「黙れ」ぐっ!?」

 

なにか言おうとしていた黒服にラリアットを叩き込み、そのまま地面に叩きつけ、俺は外を目指して走りだし、少し歩を緩めた。

 

「待て、待て、すぐに外に出るのは危険じゃないか?」

 

ここがどこかも分からない、その上俺の服装は入院着だ。このまま外に出るのは不味いと判断しゲマトリアのアジトを散策する。

 

「スーツしかねぇのかよ……まぁしょうがねえ」

 

衣服を探すが見つけれたのが黒服が着ていたのと同じ黒いスーツしか見つからず、スラックスとワイシャツだけ拝借し、そのまま部屋の中を調べて見つけたリュックの中に水のペットボトルやタオル、救急セットなどを詰め込む。

 

「これはパイソンか? えらいごついな、それにこっちはウィンチェスターか? タブラのやつが面白いって言ってた映画で見たな、しかしまぁ……銃マニアか奴らは?」

 

俺は銃マニアではないので詳しい名前は分らないが、結構な数の銃が保管されている部屋が2つほどあった。

 

「戦争でもしたいのかね、奴らは? 神秘の追及者とか言ってたが……」

 

銃を持ち出して犯罪者と勘違いされても困るのでそれには触らないが、ゲマトリアという連中は禄でもないって事が分かった。

 

「ここは……研究室か。デカグラマトン……? これはロボか? わけわかんねえな」

 

何かのデータを分析しているPCに映されていたのはデカグラマトンの文字と、ロボットのような機械の事ばかりだった。

 

「神秘主義者じゃねえのか? これじゃ科学だろ」

 

どうみても神秘主義者の行いじゃないだろうと思いながら研究室を漁り、子供のデータを調べているらしい端末を見つけだし、そのモニターに椅子を叩き込み破壊し、その端末に繋がれている太い電源コードもナイフで断ち切っておく。これで完全に破壊出来たとは思えんが、何かの分析中だったのでバックアップはない可能性に賭ける。

 

「さてと行く……は? うおッ!?」

 

物資を強奪し、やつらの怪しい研究の一部を破壊した所で改めてやつらのアジトを出た俺は砂嵐に飲み込まれ吹っ飛ばされた。吹っ飛ばされ、意識を失うまでの数秒で俺が思い出していたのは黒服の切羽詰った表情だった。

 

「……あっつ……クソ……これは想定してねえよ」

 

どれくらい気絶していたか分らないが、俺は熱さと纏わりつく汗の不快感で目を覚ました。幸いリュックはしっかり背負っていた上に物資を大量に強奪したのでベルトで固定していたので背中にまだ背負っていたのは不幸中の幸いだったが……。

 

「これは詰んだ……か?」

 

コンパスもない、地理も分らない、そして周囲には何もない。完全に遭難とか呼べない状況に俺は天を仰ぐのだった……。

 

下拵え 遭難 へ続く

 

 

 

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