「ヒ、ヒナ……お、おはよう……?」
「えぇ、おはよう。今日も顔が見られて嬉しいわ」
言葉はとてもポジティブなものだが、ヒナの纏う雰囲気が言葉通りに受け取る事を許さない。その証拠にヒナが来てから賑やかだったこの空間が今は静まり返り、全員が私とヒナの動向を見守っている。
その中で先程まで私と一緒に会話していたミサキとスバルはヒナへ鋭い視線を向ける。しかしヒナはそんな二人を意に介す事無く私と視線を交わしている。まるで眼中にないと言わんばかりのヒナに気を悪くしたのか二人の視線が更に冷たくなる。いやぁ、ゲヘナへの憎悪も中々に根深そうで大変ですね。――現実逃避してもしょうがない。この剣呑な気配を放置しているとロクな事にはならないだろう。なるべく穏便に済ませたいところだが……。
「なんでゲヘナの風紀委員長がこんなとこにいるの」
「ここはトリニティです。来るべき場所を間違えていますよ?」
「先生に呼ばれたのだから問題無いわ。それと――
「「は?」」
穏便に……済ませたかったなぁ……。
「よくもまぁ人の事をそんな所有物みたいな扱いが出来るね。この人も可愛そう」
「そこを責めると彼にも刺さりますよ?既に私達は彼の物にされてますし」
「……そうだった」
私に流れ弾が飛んで来るのか……。そしてヒナはミサキとスバルが既にペットとなっている事を察したのか、私を責めるような視線で睨んできている。その後もしばらくヒナとミサキ達による言い合いがしばらく続いた。
「あら、貴女はあの人からアレを受けた事がないんですね?それでよく彼の所有権を主張出来ましたね。自称ペットさん?」
「――ちっ」
ヒナの舌打ちなんて初めて聞いた。
「そういう貴女達は、指が寂しそうね?私にはこれがあるけど」
「「そ、それは……!」」
ヒナが手袋を外し、指輪の付いた手を二人へ見せ付ける様に翳す。
「これは彼から貰った物なの。それと――この首輪もね」
『――ちっ』
次はミサキとスバルが舌打ちを――いや待てなんか舌打ちの数がやけに多かったぞ。
「こ、これが修羅場ってやつなんですね……。あのヒナさんにミサキさんとスバルさんだけで勝てるのでしょうか……。もし負けちゃったら……ヒナさんの命令で私達は捨てられて、またあの苦しい生活に戻っちゃうんですね……。もうこの世の終わりです……」
「諦めるなヒヨリ。私達も加勢しよう。空崎ヒナも同士のようだからな。話せばきっと理解してもらえるはずだ」
ヒヨリがこの状況を見て謎に悲観的になり、サオリは良い事を言っているようで少しズレた発言をしている。恐らく彼女達は同士であることに不満があるっぽいので、理解は得られないと思う。そうして二人が勇気を持ってヒナ達へ話しかけに行く。大丈夫だろうかと思ったのも束の間、サオリはスバルに邪魔をするなと追い出され、ヒヨリはミサキに追い出されてしまっていた。でしょうね。
「何がいけなかったんだろうか……ヒヨリは分かるか?」
前提条件かな。
「あぁ……もう私達はおしまいなんですね……うわぁん!いっそ追い出されてしまうのなら、最後にあの人から美味しいご飯を頂きます……」
ヒヨリが私の元へ来てご飯をたかりに来たので仕方なくおせちを取り出して渡しておく。これが最後にならないようにするから泣きながら食べないで欲しい。
「――またヒヨリのこと甘やかしてる」
「ふーん、こっちでもそんな感じなんだ」
「――これ、私達よりも先に分からせる必要がある人が居ると思いませんか?」
「「確かに」」
え?何故か三人がこちらに近付いて――
「お、落ち着くんだヒナ。こんな事をしても意味は――うぁっ♡」
「ばか!浮気者!女誑し!」
ヒナが一言罵声を飛ばす度に鞭が飛んでくる。絞首台に括り付けられた今の私では避けようがないので甘んじて受ける他ない。――あっ産まれた。
「スケコマシ!女の敵!」
「す、すまないヒナ!だがこれが最も効率的だと判断して――あっ♡」
「ティーパーティーも堕とすのはやりすぎ!エデン条約もあるのに!」
それはどちらかと言えば事故に近いのでどうしようもないと思います。私は悪くない。
「さっきまで私の事庇ってくれて、ちょっとは見直してたのになぁ。ナギちゃん本当にあのゲヘナの人でいいの?後悔しない?」
「あの方も良い所はたくさんありますから……私だって思うところはありますよ?信用してもらえるよう努力する、だなんて言葉をかけておきながらその日の内に女性を増やすのは流石に節操が無さすぎると思いませんか?少しばかり女性にだらしないところは直して頂きたいです。ですがユーモアもありますし私の事を気遣ってくださいますし間違いなくお優しいお方でもあるのです。ご存じでしたか?ミカさんの事を教えてくださろうとしていた時はそれはもう私の事を気にかけてくださって――」
「うん、ナギちゃんが本気なのは分かったよごめんね?」
「ですがヒナさんも私と同じでアレを受けていないというのに指輪を貰っているのはずるいです私も何かあの方から証のようなものを頂きたいですこれでは私だけ何も貰えていない事になってしまいます勿論彼の事を疑っているわけではありませんし私の事も大切にしてくださってるのは伝わっていますがそれでも――」
「ナギちゃん落ち着いて!もう分かったから!」
「魔法使いさんが調教を受けてます……!アリスは助けるべきなのでしょうか……!?」
「ご主人様があの程度でどうにかなるとはとても思えませんが……」
「そうですね。ですがこれ以上女性が増えて私達に構ってもらえる時間が減るのも嫌ですし、様子を見ましょう。それに指輪なんて私達も貰ってないですよ。ずるいです」
「これは由々しき事態だね。彼にはきっちりと責任を取ってもらわねば困る。私達も彼から指輪を受け取る権利はあるはずだ」
「アリスも何かプレゼントを貰うという約束をしていました。でもすっぽかされてます!アリスは悲しいです!」
「うへ~、あの人が蒔いた種なんだろうけど、あれだけやられてると流石に可哀そうになってくるね。そろそろ助けてあげよっか?」
「魔法使いさん……浮気はだめだよっ」
「自業自得」
「シロコ先輩の言う通りよ。先生はあんな人になっちゃダメだからね?」
「私?私は大丈夫だよ。そもそも出会いが無いからね」
「――なるほど。あの人は意図的に堕として、先生は無意識の内に堕としてるんですね。これもある意味似た者同士なのでしょうか?」
「そうかもしれませんね……」
「ん、先生も罪深い。分からせる必要がある」
「え、私も!?どうして!?」
そうしてしばらくの間ヒナ達にしばかれ続けたが、コハルによるエッチなのはダメ死刑判定を食らった事でひとまず鞭打ちは止まった。――これで一つ分かった事がある。ペットを増やす事に怒るタイプのペットには使徒フィートのようなものが備わっている。だからこうして同じ場所に集まると喧嘩が始まってしまうのだ。使徒フィート持ちという事はパーティー編成はよく考えなければならない。少なくともアリウスとヒナは一緒にしておかない方が無難だろう。学校が別々であることは不幸中の幸いと言える。
やはりこれからはちゃんとバレないように上手くやる必要がある。私にはこのキヴォトスでペットを増やす野望がある。この程度でへこたれはしないのだ。
「どうするの?この人絶対懲りてないよ?鞭もあまり効果なさそう」
当然だ。鞭など初めて手に入れた時に既に自分で試しているから産む感覚も全てとっくに経験済みだ。
「そうね……彼の鞄を漁ってちょうだい。媚薬があるはずよ」
ヒナがそう言うとミサキは言われた通りに私の鞄を漁り、媚薬を取り出す。――なんか仲良くなってないか?さっきまで言い合ってたよな……?訳が分からんぞキヴォトス。
コハルが必死にエ駄死と叫ぶがお構いなしに媚薬漬けが始まる。これには何故かペット全員が参加してきて最低五本以上投げ付けてきた。私の想像していた以上に媚薬漬けにされた恨みが彼女達にはあったのだろうか。でもナギサも参加してきたしな……。
あっちょっと乳出る♡
「んっ♡そろそろ許してもらえないだろうか……?男が乳を出す姿など見ても楽しくはないだろう?」
「ふむ、彼には媚薬の効果が薄いのだろうか?あまり変わったようには見えないが」
なるほど、彼女達は好意目当てで媚薬を投げつけてきていたのか。だとすれば無意味だな。私はペットには愛情深く接するタイプだ。媚薬を投げつけられたところでこれ以上変わりようがない。
「――ふーん、まぁそんな事言っても誤魔化されたりしないけど」
「ミサキさん、そういう割には何だか満更でもなさそうな顔をしてませんか……?」
「――」
「いひゃい!いひゃいでふ!ほほをひっはらないでふだひゃい!」
他のペット達も私の言葉に偽りは無いと分かったのか、これ以上の追撃は無しにしてくれる事になった。ヒナ以外のペット達にも指輪を用意する事を約束させられたが、装備を整えるという意味では私としても異論は無いので了承した。許された事を確認した私は自力で絞首台から抜け出す。
「ふぅ……酷い目に遭った」
「いやなんでしれっと抜け出してるのこの人」
絞首台の抜け方くらい熟知しているからな。
――あ、私の有精卵がある……いらなっ。
**********
その後未だ不満そうな色を残すヒナに、何でも一つだけ言う事を聞くという約束を取り付けた事で、事態は無事に丸く(?)収まった。ヒナがとても妖しく笑っているところを見るに何を希望されるのか分からないのが怖いところだが、その辺の事は未来の私に任せる事にする。間もなくしてトリニティの準備が整ったようで、正義実現委員会と救護騎士団が戻って来た。
「ミネも戻ったか。シスターフッドはどうした?」
「彼女達はトリニティ内で待機してもらう事になりました」
シスターフッドにはトリニティ内の情報統制に動いてもらう事にしたらしい。アリウス分校の存在を公表し、アリウスの生徒の救援要請により大人によって不当に占領されたアリウスをシャーレ主導のもとトリニティと共に解放しに行く、という事にしてある。
「ところで――どうしてここにゲヘナの風紀委員長がいらっしゃるのでしょうか」
ハスミが目敏くヒナを見つけたようで疑問を呈してくる。
「ヒナはシャーレの部員として呼んであるだけだから、今はゲヘナとは関係ないよ」
ヒナはどうやら私と同じく透明化の魔法を使ってここまで来ているらしく、他の一般生徒には姿を見られていない。であるならばそのような建前を使わずとも、透明化の魔法で姿を見せないままで居る方がいいかもしれない。
「条約前にゲヘナとトリニティが手を取り合いアリウスへ共同戦線を張る事で関係が良好であるというアピールも出来なくは無いが、ベアトリーチェには極力私の存在は隠したい」
ヒナも姿を見せるとそこから私との繋がりを悟られかねない。現状ベアトリーチェは私の存在を疑ってはいるかもしれないが、何の手がかりも無い以上断定は出来ていないはずだ。それよりも存在が露呈している先生に注意が向いていると考えられる。
「という訳でベアトリーチェの元へ辿り着くか、奴が私の存在を確信するまでは私達は姿を隠したまま付いていく。アリウスの生徒による抵抗はあるだろうが、その辺の露払いは先生達に任せるぞ」
「分かったよ」
「ついでにアズサ。聞きたい事がある」
「なんだ?」
アズサはセイアを襲撃した際に、ヘイローを破壊する爆弾を使おうとしていた。実際には使わずに終わったが、それならば現物を未だに持っているのではなかろうか。そうアズサに訊ねるとやはり持っていたようで、アズサからヘイローを破壊する爆弾を譲ってもらった。
「全員これを見て欲しい。これがヘイローを破壊する爆弾だ。よく形を見て覚えておいてくれ。相手が爆弾を投擲、あるいは爆破するような挙動をした場合は速やかにそいつを無力化しろ」
ついでだから爆破範囲がどれくらいなのか知りたかったが、アズサやサオリ含め、アリウスの生徒には分からないらしい。――ふむ。
「爆弾を手に私達と距離を取り始めたね?なんだか無性に嫌な予感がするのだが」
――流石に室内で爆破するのは不味いか。透明化の魔法を使い、窓から外へ飛び出す。そして生徒達と十分に距離を取った事を確認した私は爆弾のスイッチを押す。ぽちっとな。
そして私は当たり前のようにヘイローを破壊する爆弾による爆破に巻き込まれた。
「師匠!?一体何をして!?」
「そういえばあの人はああいう事を平気でする人だった……危ない事はしないでって言ったのに」
「ビナー君との戦いの時も似たような事してたねぇ……」
ヒナには悪いが、爆弾の性能が気になるという私情を抜きにしてもこれは実験しておくべきだと思ったのだ。爆破範囲もそうだし、ヘイローを破壊する爆弾がヘイロー持ち以外にも効力があるのかどうかも知っておく必要がある。
ヘイローを破壊する爆弾という名前からして、ヘイローそのものを破壊する爆弾と解釈する事が出来るが、概念にも近いヘイローをピンポイントに破壊出来るのか、正直疑わしいと思っていた。どちらかと言えば、ヘイロー持ちすらも致死ダメージを与えられる爆弾、という風に捉えた方が自然だろう。後者の解釈の場合、私は良いとしても先生に危険が及ぶ事になる。
結果としてこの爆弾は前者の解釈が正しく、ヘイローを持っていない私には無害だ。爆破範囲もそれほど広くはない。精々が二、三メートル程といったところだ。これならばヘイローを破壊する爆弾を向こうが持っていても、十分に距離を取って戦えば巻き込まれる危険は少ないだろう。
「というわけで、この爆弾は君達生徒に対する特攻を持っているようだ。爆破の範囲は見ての通りだから、努々気を付けるように」
建物内に戻り、魔法を解除してから生徒達に忠告を告げる。トリニティの生徒達に信じられないものを見るような目で見られるが、一応君達の為にやったのだからそんな目で見ないで欲しい。
「さて、そろそろ行こうか。アリウスへ」
**********
出発の際にハナコからカタコンベの地図を受け取った。どうやらトリニティには地図を復元出来る人材が居るらしく、その子に協力をお願いしたらしい。受け取った地図は先生に渡し、スバルに先導をお願いしつつカタコンベを進んで行く。
同行しているメンツは先生の呼んだアヤネ以外の覆面水着団、アリス、ケイ。
トリニティからは正義実現委員会、救護騎士団、補習授業部、そしてミカ。
そして私と共に姿を隠しているヒナ――と後もう一人私の用意した保険が潜んでいる。
用意した保険は少しばかり見た目が刺激的なので姿を現す機会が無ければいいのだが、どうなるかはベアトリーチェ次第だな。ヒナは一緒に透明化した時に目にしており、かなり面食らっていた。声を出して驚かなかっただけマシかもしれない。
既にカタコンベを進み始めてしばらく経つが、アリウスの生徒が待ち構えている事もなく、静かに進行している。いっそ不気味なまでに。
「待ち伏せくらいはあるかと警戒していましたが……何も起こりませんね」
ミネもまた私と同じ感想を零す。既に私とヒナは姿を隠しているので会話する事は出来ないが、ここまで何の抵抗も無い事に違和感を覚え、生徒達は逆に警戒心を高めているようだ。
そして、何も起こらないままカタコンベの出口へと来てしまった。
「ここを出ればアリウス自治区です」
スバルが案内を終えた事で先頭を降り、先生へ主導権を返す。先生はスバルに案内のお礼を述べ、全員に声を掛ける。
「これから激しい抵抗が予想されるから、みんな気を付けてね」
そしてアリウス自治区へと入り込んだ。しかし――
「――誰もいない?」
「迎撃の用意すらされてないのは、ちょーっと不気味だねぇ」
『私達の動向にまだ気が付いていないのでしょうか?』
アビドスの生徒達がそんな事を言うが、流石に気付いてないという事はない筈だ。カタコンベに侵入者が来ていることくらいは察してるだろう。
「ベアトリーチェが何を考えてるかは分からないけど、進むしかないかな」
先生の言葉を皮切りに進もうとした瞬間――なにやら空気を裂くような音が遠くから聞こえてくる。音は今もどんどん大きくなり近付いてきている。
『みなさん!注意してください!巨大な飛来物がこちらへ目掛けて飛んできています!もしかしてあれが巡航ミサ――』
通信越しにアヤネがミサイルの接近を知らせるが既に手遅れだ。
ミサイルはこちらへと着弾し、轟音と共に大きな爆発が私達を吞み込んだ。
イルヴァ豆知識
・使徒
ゲーム内において、信仰を深めると神々からの褒美としてペットを授かる事が出来る。賜ったペットには全て使徒フィートが付いており、パーティー内に三人以上の使徒フィート持ちを加えると、フィート持ち同士で喧嘩が発生する。異教徒は死ね。
もう四十話ってマジ?五十話以内には終わらせようと思ってたはずなんだけど、おかしいね……。