母さんのオルゴールが好きだった。
小さな箱の中から零れる、透明で澄んだ旋律。
その音色は、ひどく疲れた心を、ふわりと包み込んでくれる。
体の弱い母さんは、いつも寝床に横になっている時間が長かった。
そんな母さんのために父さんが曲を作って、プレゼントしたオルゴール。
作曲家である父さんの紡ぐ音楽は、柔らかくて、温かくて。
春の陽だまりみたいに優しくて、
聞いていると胸の奥に小さな灯がともるようだった。
兄さんと二人、母さんの枕元で耳を澄ませ、その旋律に身をゆだねると、
世界がひとときだけ穏やかになる気がした。
その時間が、何よりも幸せだった。
だから、ボクもいつか父さんみたいな曲を作りたいと思っていた。
でも……
『ピーポーピーポーピーポーピーポー!』
あの甲高いサイレンの音が、すべてを壊した。
父さんは、もう曲を作れない。
兄さんとは、もう曲を聴くこともできない。
ボクのせいで——全てが壊れてしまった。
部屋の中は光に照らされ、どこか薄暗く、静けさが満ちている。
大きなデスクの上には音響機材やキーボードが置かれているが、
今は電源も入っておらず、ただ沈黙の中に佇んでいる。
床には散乱した譜面、倒れたままの椅子、
そして開かれた木製のオルゴールが転がっている。
オルゴールの扉の内側には小さな写真が収められており、
そこの父さん、母さん、兄さんとボクは幸せそうに笑っていた。
窓から差し込む光は温かさを帯びているのに、部屋の空気は冷たて、重い。
机の下に座り込む少年は、長い白髪を垂らし、
膝を抱きしめて顔をうずめている。
その姿からは、言葉にできない哀しみが滲み出ていた。
部屋に響くのは、微かな少年の泣き声と、過去を呼び起こす沈黙だけ。
まるで時が止まったかのように、少年はひとり、光の中で取り残されていた。
ー2年後ー
ーゾーヤの部屋ー
机の上には、五線譜と付箋とコーヒーカップ。
冷めきったカフェインの香りが、
ずっと張りつめた空気を余計に濃くしていた。
ゾーヤはモニターに顔を近づけ、指先で鍵盤を叩きながら小さく唸る。
――ピロンっ♩
突然、軽快な通知音が沈黙を破る。
ゾーヤはわずかに肩を震わせ、モニタに浮かんだDMの差出人を確認した。
開くと、優しく柔らかい文字が画面に並んでいた。
ゾーヤは小さく息をつき、言葉を返す。
そう言葉を返すと、間髪入れずに返事が返ってきた。
ゾーヤは一拍置いて、短く返す。
送信してから、画面を見つめ続けた。
莱の気遣いが嘘ではないことは、言葉の温度から分かる。
それでも——
声は自分自身に向けた呟き。
吐き出した瞬間、部屋の明かりさえも暗く冷たく思えてしまう。
――ピカッ!
不意に、モニタが強烈な光を放った。
一瞬で目を覆うほどの閃光に、ゾーヤは息を呑む。
画面に見慣れぬファイルが浮かんでいる。
『Untitled』――タイトルは何もない。
ゾーヤは眉をひそめた。
恐る恐るカーソルを合わせ、クリックする。
――シャラララララララララン!
澄みきった音色が弾けるように広がった瞬間、
部屋全体がまばゆい光に包まれた。
指先も、身体も、意識すらも、光に飲み込まれていく。
その声は光にかき消され、ゾーヤの姿は闇と光の境界に溶けていった。
ー???ー
——目を開けると、視界には薄墨を溶かしたような空と、
無数の三角形が浮遊する淡い霧が広がっている。
地面は鏡のように平らで、ところどころに幾何学的な影が交差し、
長い鉄骨の塔が斜めに突き立っている。
それらは倒れかけ、あるいは根元から引き抜かれたかのように不安定に立ち並び、
静かな倦怠を帯びた光が上から流れ落ちてくる──ここはどこか不自然で、そして誰もいなかった。
声が、鼻の奥で薄く震えた。
自分の声がここにある空気を揺らす感覚が、妙に頼りない。
確かにさっきまで自分は部屋にいたはずだ。
キーボードの感触、床に散らばった五線譜、いつもの天井。
ところが見渡す限り、そこには何もない。家具も窓も、時刻を示す光も。
あるのは灰白の世界と、錆びついたような構造物の残骸だけだった。
首をかしげ、周囲の空気を嗅いでみる。匂いはない。生温かさもない。
ただ、冷たく澄んだ静寂が身体のまわりを回っているだけだった。
ふと、気配がした。空気の密度が一瞬だけ変わる。
視線を向けると、そこに立っていたのは長い銀灰色の髪を双つ結びにした少女がいた。
白いブラウスに淡いフリルのスカート、片脚だけ黒いストッキングというアンバランスな装いが、不思議とこの世界に馴染んでいる。
右目は薄い青、左目は淡い紫──片方だけ色が違う瞳が、こちらをじっと見ていた。
少女は名を呼ぶように言った。
その声は柔らかく、どこか懐かしいメロディの残り香を含んでいる。
心の奥底が一度だけ跳ねる。
誰だろう、この声を覚えているような、覚えていないような。
だが、少女の表情に悪意は無く、むしろ静かな期待が滲んでいるように見えた。
その名に耳が痛くなるほど反応する。
ミク──バーチャル・シンガー、という記号のような語が頭をよぎる。
画面の中で歌う彼女の姿、無数のライブ、ファンのコール。
しかし、ここで目の前に立っている「ミク」は、データでもステージでもない。存在が、ここに「いる」。
ミクの瞳に、わずかな焦りが宿る。彼女の声には悲しさも含まれていたような気がした。
助けて──その言葉は命令でも願いでもなく、訴えに近い。
ミクは、そこにある温度の記憶を探すようにゆっくりと息を吐いた。
頭の中でピースが合わさる気配はない。
名前も顔も分からない「その子」が、本当に自分のすぐそばにいるというのだろうか。
ミクはまっすぐにこちらを見て、目の色が強く光った。
風が無いはずのセカイで、彼女の髪だけがゆるやかに揺れる。
最後の語がセカイに溶ける。
冷たいようで、じんわりと温かい。
救いを求める目が、真っ直ぐ自分を見つめていた。
そして、自分の姿も光に包まれ消えていった。
ーゾーヤの部屋ー
——気づけば、ゾーヤは部屋の部屋に戻ってきていた。
薄いカーテンの隙間から差し込む街灯の光が、
デスクの上に散らばった譜面とイヤホンのコードを淡く照らす。
モニターの光は消えかけ、ポインタの位置だけが妙に落ち着かない。
身体を起こすと、首の後ろが少しぎこちなくて、
頭の中はまだ夢の余韻で霞んでいた。
声にならない声が喉の奥でこぼれる。
寝ぼけたままの視界に、見慣れたモニタ、床に散らばった五線譜、カップに残った冷めたコーヒー。
ここが自分の部屋であることを確かめるように、ゆっくりと目を細める。
椅子から床に足を下ろすと、床の冷たさが驚きで呼吸を引き締める。
肩を回してみると、夢の断片が指先をかすめるようにうごめく。
確かな形にはならない、だけど妙に生々しい気配。
夢の中で誰かに名前を呼ばれた気がして、その響きが胸に残っている。
指が机の上のスマホを探す。画面には未読が一つ。スクロールすると、しばらく前に交わしたやり取りが淡く浮かんでいた。
メッセージを見返すと、自分が知らないうちに時間が経っていることが嫌でも実感される。
送信時間はいつのまにか深夜を越えていて、
画面の右上に表示されている時刻が自分の眠気を嘲笑うように冷たい。
そう言いながら、布団に沈み込もうとする。
その時、確かに胸の奥を突かれるような映像がフラッシュした。
自分のせいで曲を作れなくなってしまった、
聴くことができなくなってしまった父と兄の姿がフラッシュバックした。
布団の中で身体を起こす。
静かな部屋が急に耳障りになる。
夢と現の切れ目を言い訳にして逃げる自分に、言葉が突き刺さる。
冷えた空気を吸い込んで、胸の奥にある決意を確かめる。
作ることは逃げ道でもなく、消し炭にするための作業でもない。
ただ——父さんのように誰かを救えるような曲を作れなくちゃ。
『『『『25時、ナイトコードで。』』』』
Q.なんでニーゴのオープニングから書いたの?
A.知りません昨日の私のノリです()
まいごえんのプロセカパロですね!!はい!!
人数20人なのにどうするの?って思いますか?大丈夫ですよ!!
そこはなんとかするしかありません!!!!!((
投稿頻度は遅くなると思いますが…よろしくお願いします!!
編集部コメント
主人公は鈍感で口下手ではあるものの『コミュ障』というほどではないので、キャラの作り込みに関しては一考の余地があるものの、楽曲テーマ、オーディオドラマ前提、登場人物の数などの制約が多いコンテストにおいて、条件内できちんと可愛らしくまとまっているお話でした!<br />転校生、幼馴染、親友といった王道ポジションのキャラたちがストーリーの中でそれぞれの役割を果たし、ハッピーな読後感に仕上がっています。