「やっはろー! ゆきのんあけおめ!」
「由比ヶ浜さん、や……あけましておめでとう」
神社の鳥居の前で一人佇むゆきのんに声をかけると、ゆきのんは少しだけ安心したように私を見てそう呟いた。
時間はピッタリのはずだけど、もしかして結構早めに着いていたのだろうか?
だったら悪いことをしてしまった。
今日は元日。新年に奉仕部のメンバーで初詣に行こうと誘ったのは昨日の夜のこと。
正直なことをいうと、皆あんまり乗り気じゃないみたいだったから、もしかしたら迷惑だったかな? 来てくれないかな? なんて思っていたのだけれど、この様子だと案外楽しみにしていてくれたのかもしれない。
「あけおめ! 遅れてゴメンね」
「あけましておめでとう,。遅れては居ないわ、私が少し早く着いてしまっただけだから」
「ヒッキーは?」
「少なくとも私は見ていないわね」
ゆきのんの視線の先にいるのは私達と同じように初詣にやって来る人の群れ、群れ、群れ。
こうしている間にもどんどんと私達の後ろを通り抜け、境内へと人が吸い込まれていく。
すでに賽銭箱の前には長蛇の列が出来ており、今から並んでも自分たちの番が来るのに三十分はかかりそうな雰囲気だ。
もし、ヒッキーが先に中に入っていたとしたら見つけるのは至難の業だけど……。どうしよう? とりあえず連絡いれてみようかな?
「じゃあ、ちょっと連絡して……」
「あら、ちょうど来たみたいよ」
「え?」
私がスマホを取り出そうとカバンの中に手を伸ばすのと、ゆきのんがそういうのはほぼ同時だった。
言われるがままゆきのんの視線の先、道路の反対側へと視線を向けると、そこには見覚えのある二つの人影がコチラへゆっくり歩いてくるのが見える。
「ヒッキーと……いろはちゃん?」
その影の一つは当然奉仕部員のメンバーであり、こういう言い方は恥ずかしいけどその……私の想い人でもあるヒッキーだ。
実のところ、ヒッキーのコトならどんなに人混みの中でも見分ける自信はある。これも愛の為せる技なのかな? なんてね。
でも、そうして見つけたヒッキーの側には、何故かはいろはちゃんの姿もあった。
いろはちゃんはヒッキーの腕に絡まるように、まるで仲の良い恋人同士のようにピッタリとその体をくっつけてこちらへと歩いてくる。
だからというかなんというか、少しだけムッとしてしまったのは内緒だ、いろはちゃんがああいうことをするのは今に始まったことじゃないので、ここは我慢だ。
「あ、いたいた。雪乃先輩、結衣先輩あけましておめでとうございます」
「おめでとさん……」
「二人共あけおめー! し、新年早々仲良さそうだね……」
「やっぱり、そう見えます?」
フフッと不敵に笑ういろはちゃんはそう言うと、ヒッキーの方を見上げ、見上げられたヒッキーが少し照れたように視線を逸す。
この二人、妙に仲が良いけど付き合ってる……わけじゃないんだよね?
どうもヒッキーはいろはちゃん──というより年下に甘いから勘違いしてしまいそうになるけれど、二人が付き合っているという話は聞いたことがない。
少なくとも、去年の──先週のクリスマス。
皆で行ったデスティニーランドでいろはちゃんが隼人くんに告白をし玉砕したのは私たちの間では周知の事実。
私としては多少の嫉妬心こそあるものの、傷心でヒッキーに甘えているだけであろういろはちゃんに悪感情をもつことはなかった。
あれ? でも、今日の二人は去年より距離感が近いような……?
具体的に言うと……腰の辺りがいつもよりくっついているような……。
「ほら、そろそろ中に入りましょう。このままでは人の邪魔になるわ」
「そ、そうだね。うん」
ゆきのんに言われるがまま境内に入り、私達は参拝の列へと並ぶ、ちょうど四列だったので右からゆきのん、私、ヒッキー、いろはちゃんの順で横並びになれた。
新年の冷たい空気と、人混みの熱気に囲まれ、私達は「もうお餅食べた?」とか「お年玉貰った?」とかそんな有り触れたお正月トークを繰り広げながら自分たちの番を待ち、少しづつ列を進めていく。
「うー……腰痛い」
「え? 結衣先輩もですか?」
そうして、列が半分ほど進んだ頃だろうか?
会話が途切れたタイミングで私がなんの気無しに腰を抑えながら漏らした言葉にいろはちゃんが目を丸くして反応した。
やっぱりこの時期は皆同じ悩みを持つのだろうか?
「うん。年末の大掃除でずっと中腰だったから、まだちょっと痛いんだよね……本当やんなっちゃう」
「あ、あー、そういう……」
本当に、大掃除は大変だった。
若いからってママがあれしろこれしろってウルサイんだよね。
お正月に使うお皿を出したり、高いところの掃除をするために台に乗ったり。上を下へ、下を上への大イベントだ。
とにかく普段とは違う筋肉を使ったから身体中が悲鳴を上げている。
だから、皆も同じ悩みを持っているものだとばかり思っていたのだけれど……いろはちゃんから返ってきたのは肩透かしを食らったような、そんな間の抜けた反応だった。
「へ? いろはちゃんは違うの?」
「え……えっと……」
「?」
モゴモゴと何か言いづらそうにしているいろはちゃんをヒッキー越しに覗き見ると、何故か二人は気まずそうに視線を交わし、どう答えたものかと言わんばかりに視線を泳がせている。
あれ? いろはちゃんが腰を痛めたのは私とは違う理由なのだろうか?
「年末何かしてたの?」
そう思い、何の気無しに問いかけてみたのだけれど不思議なことに焦ったような表情を浮かべたのはいろはちゃんではなくヒッキーの方だった。
「あ、いやその……な……」
「何? ヒッキーも関係ことなの?」
「関係あるというか……なんというか……」
「えー、何それ教えてよ。ゆきのんも知りたいよね? ね?」
煮え切らない態度に、私は少しだけ苛立ちながら、あまり興味なさそうなゆきのんの腕も取りヒッキーを問い詰め、その右腕を揺する。
こうして困っているヒッキーを見るのも少しだけ楽しいと思ってしまったのは内緒だ。今年は幸先良いかも。
「えっとですね……実はその……センパイと除夜の鐘ごっこを……」
「バっ、おま……! 何言って……!」
でも、そうしてヒッキーで楽しんでいると、いろはちゃんが少し言いづらそうに何事かを呟き、ヒッキーが慌てたようにその口を塞いだ。
「むぐ、っぷはっ! もー、じゃあ他になんて言えば良いんですか? 私わからないんでセンパイから詳しく説明してあげて下さいよ」
「う……それは……そのだな……」
よく聞き取れなかったけど……除夜の鐘ごっこ? っていってた?
除夜の鐘ってあれだよね? 大晦日にゴーンゴーンって鳴らすやつ。
どこかそういう大きな神社にでも行ったのだろうか?
確かにあの鐘は一度突いてみたいけど……でも“ごっこ”って?
あれの真似事をしたってことなのかな? おもちゃの鐘?
なんにしてもヒッキーと一緒というのは羨ましい。
そんな催しがあるなら私も呼んで欲しかった。
っていうか、呼んでくれないなんて少し薄情じゃないだろうか?
「えー、羨ましいな私も突い……」
「ゆ、由比ヶ浜さん! ……列、進んでいるわよ!」
「え? あ、うん」
だから私は嫌味の一つも言ってやろうと、いろはちゃんのように思い切りヒッキーの腕を掴んでオネダリをしようとしたのだけれど、そんな私の行動をゆきのんが遮った。
視線を前に向ければそこには人はおらず、賽銭箱が見えるだけ。どうやら今は私達が最前列らしい。
タイミングが良いのか悪いのかは判断に悩むが、ようやく順番が来たのだ。それに気付いた私はカバンからお財布を取り出すし、一歩前に踏み出す。
「センパイ、ちゃんと支えてて下さいね♪」
「……」
すると、少し遅れてヒッキーがいろはちゃんに絡みつかれたまま一歩前へと踏み出した。
こうやって改めて見ると確かに、歩き方がぎこちない腰の辺りを庇っているようだ。
なるほど、だからヒッキーに掴まっているのか。
私が漸くいろはちゃんの行動に納得していると、ヒッキーは文句の一つも言わずまるで彼氏のようにいろはちゃんを人混みから守っていた。
いいなぁ……。もし私がいろはちゃんの立場だったらヒッキーはあんな風に介抱してくれるのだろうか?
けど、いろはちゃんもいろはちゃんでちょっと甘え過ぎじゃない? 彼女ってわけじゃないんだし、もうちょっと適切な距離を保って欲しいものである。
そもそも、今日はいろはちゃんのコト誘ったわけじゃないんだし、家で寝てれば良かったのに。
嗚呼、ダメダメ。なんか考え方が変な方向に行っちゃってる。これじゃ私、嫌な女の子だ……。
妬むぐらいだったら、今年は私もいろはちゃんを見習ってもっと積極的になろう。
「ね、ねぇヒッキー。今年はさ……」
「結衣先輩? 何コソコソ話してるんですか?」
「え? あ、ううん。なんでもない……」
もうあと数ヶ月もすれば私も受験生。
こんな風に皆で遊ぶことも段々できなくなっていくのだろう。
多分だけど、私の頭じゃヒッキーやゆきのんと同じ大学に入るのは難しいだろうし……。
だから神様。今のうちにヒッキーともっともっと距離を縮められますように。
そんな願いをこめ、私は五円玉を賽銭箱に放り投げた。
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- SS大好きJanuary 1, 2023