2025/8/15
きょうは父方の祖父の墓参りに行った。
墓のある父の地元はとても暑かった。この地にはかつて祖父の家があったが、その家にはエアコンがなかった。小学生の時の夏休みに祖父の家を訪ねて「暑いよ~、何でエアコン無いの」と不満を言った記憶がある。当時はそれでもがまんできる範囲だったのかもしれないが、昨今の気候なら確実に必要だろう。
祖父は孫である私や私のきょうだいを非常にかわいがってくれたが、「教育ジジイ」でもあった。「本を読め」「いい高校、いい大学に入っていい会社に勤めよ」「これからの時代は英語が必須」と、小さなころから耳にタコができるほど聞かされてきた。
筆まめというのか、手紙もしょっちゅう送られてきた。「お勉強はきちんとしていますか」というおうかがいに始まり、競争社会の現代日本で勝ち抜くためには勉強が何より大事だと説くのが定番。作文の手本として、新聞に掲載されている小学生読書感想文コンクールの入賞作品の切り抜きが同封されていることも多かった。自作の漢字テストが送られてくることもあった。
たまたま見つけた、小学校高学年の私に宛てた手紙では、現在名門とされている国公立大の具体的な校名を挙げながら、帝国大学や師範学校といった各大学のルーツをかみ砕いて説明していた。さすがに閉口した。
われわれ孫のことを本気で思ってくれていたのは伝わってくるが、大人になって改めて思い出すと、ちょっと暑苦しく感じる。さすが、高度経済成長期を生き抜いたサラリーマンだ。この学歴主義はたぶん、残念ながら現代ではあまり通用しない考えだろう。
そんな祖父が生きていたら、今の私をどう見てくれるだろうか、とたまに思う。祖父は私の就職はおろか大学入学も見届けぬまま、私が高校3年の時にこの世を去った。祖父が私になってほしがっていた職業はいくつかあったのだが、実は今、そのうちの一つに就いている。きっと喜んでくれただろうと思うのだ。
墓前で手を合わせながら、祖父にそんな言葉を語りかけようと思っていた。しかし私が線香を手向けた瞬間、背後で家族が「おじいちゃんの葬式をあげた寺では家族間のいざこざがあり、当時の和尚さんが追放され、もう法事ができないらしい」という話を始めたので、完全に意識がそちらに向いてしまった。そろそろ何回目かの年忌法要が近いらしいのだが、どうするのだろう。


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