結婚式とクリエイション
「バクマン。」サブタイトル風の見出しのときは、日記ではなく、日付に関係のない近況報告です。つまり、更新が滞っていた、ということです。
週末、高校時代の友人の結婚式に参加した。
高校時代に付き合いがあった人など、インスタで相互フォローでもなければどんどん忘れていく。それくらい希薄な私の旧友コミュニティで、今でも仲良くしてくれているかなり希少な友人の一人だ。式と披露宴はすばらしく、新婦である友人は本当にきれいだった。
新郎には初めて会ったが、いきなり私の名字を呼び捨てにしてきたので、おもしろかった。熱く、いい人だということが分かった。
結婚式に参加すると、結婚したくなる。私は今めぼしい相手もいないし、元々結婚願望は強くないのだが、いざ会場の雰囲気に触れると「ああ、結婚してこうやって式を挙げたい!!」という思いがつのった。
イマドキのカップルはあまり式を挙げないのだという。「式を挙げるくらいなら貯金したい」とか「新婚旅行を豪華にやりたい」という意見をしばしば耳にする。
私も式を挙げる経済的余裕は無さそうだが、もし「お金はあげるから、結婚式か新婚旅行か選びなさい」と言われたら、結婚式を選ぶだろう。
まあ正直、いろんなポーズで写真を撮られたり、披露宴でムービーに編集されて上映されたりするのは恥ずかしい気持ちはあるが、これまでお世話になったオールスターズが私の晴れ舞台に来てくれたら、うれしいではないか。
披露宴が終わり、帰りの新幹線でこんなことをぼんやり考えていた。そして思った。
すごい承認欲求だな。と。
これでは私がしたいのは「結婚」ではなく、「結婚式」だ。この1日のためにみんなが集まってくれて、おめでとうと言ってくれる。その瞬間のうれしさを浴びたいがために、たぶん400万近くかけて、私は結婚式を挙げたいんだ。自分のいやらしさに閉口した。
断っておくが、今回の友人がそうだと言っているのではない。ウェディングドレスを着たいとか、写真を撮って思い出にしたいとか、そういう自分の中で完結するような思いはなく、参加してくれるゲストありきの挙式願望が「自分って何だか真っすぐでないな」と感じる、という話である。
話を戻すと、私は昔から、小説や漫画を書き(描き)たいときは「このシーンをやりたいんですわ」という一場面があった。それと同じだ。みんなから注目されて、おめでとうと言われたいがために「結婚式を挙げる」というピークに持っていきたいのだ、自分の今の人生を。
創作の場合は決まって、その肝の場面にたどり着くまでを執筆する過程で気持ちが折れた。そのシーンを早く表現したいがために、説明的な文章やせりふで埋め尽くされた作品を読み返して「自分、才能ないなぁ」と萎えた。……式を挙げるような相手と出会うまでに、こうやって自分に幻滅するのを繰り返していくのだろう。
私って結局、本当に結婚がしたいんだろうか?伴侶を得て生涯を共にしたいんだろうか?これはジェンダーとか「今の時代は結婚しなくても幸せだ」とか、そういう社会的な問いにつなげたいのではなく、純粋に自分への疑問だ。なんか、いろいろ考えていたら嫌になってきた。そもそも、相手がいないっつってんだろ。


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