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ありふれた職業で世界最強  作者: 厨二好き/白米良
ありふれたアフターストーリーⅥ
496/546

星霊界編 ボブ(シア)は訝しんだ



「ハッ!? ここはシア様!? 私はシア様!?」

「いえ、ダリアさんですよ」


 バルテッドの王家筋は気絶から覚醒した時に「ここはどこ!? 私は誰!?」的なやつをやらずにはいられない性質なのか。


 ともあれ、だ。ガバッと起き上がった混乱中のダリアさんは、至極冷静なシア様のツッコミにより我を取り戻した。


「シ、シア様? 本当に? わたくしの都合の良い夢ではなく?」

「あはは、現実ですよ~。ダリアさんに会いに来ちゃいました♪」

「あ、愛に生きたい? わたくしと?」

「どんな聞き間違いですか。遊びに来たってことですぅ!」


 まだ混乱中らしい。いつかの再会を夢見ていたとはいえ、ダリアからすれば唐突すぎたし劇的すぎたのだ。


 まるで物語の中のヒロインにでもなったかのように感じてしまうのも無理はない話。心がふわっふわで、つい変なことばかり口走ってしまう。


 半ば夢見心地のまま、「やはり今際の夢では?」なんて思いつつ、なんとなしに視線を巡らせる。


 離れた場所に胸元が陥没した炎毒竜が倒れていた。戦士の男達は困惑した様子でこちらの様子を窺っている。


 逆サイドに視線を向ければ、雷角獣がでろんっと舌を零し、白目を剝いて倒れ込んでいた。ピクリとも動かない。


「ダリアさん?」

「……」


 やはり現実だ。紛れもなく! ようやく心が現実に追いつく。


 改めてシアを見る。身を起こした自分の背を片手で支えてくれている。間近にある顔は五年前と変わらず美しい。ひょこひょこ動くモフモフのウサミミも健在。


 ダリアの目に、じわっと涙が滲んだ。


「ジ、ジア、ざまぁ」

「あららっ、そんな泣かなくても」


 それが怪我の痛みや安堵から来る涙ではなく、感涙だと分からないシアではない。こぼれ落ちる涙を指で拭ってあげると、その手の感触でようやく実感したのか。


「わ、わたくし、再会の暁にはもっとずっと魅力的な人間になっていようとっ、かつてのシア様を、も、目標に頑張って……シア様が、友と呼んでくださるに相応しい人間にと……うぅっ、だのにっ、なんという醜態を……」


 先程までの言動を省みて、今度は羞恥心で半泣きになるダリア。両手で顔を覆ってしまう。


「いえいえっ、ダリアさんは魅力的ですよ! 前より更に! びっくりしちゃいました! いろいろ話も聞いてますし、友達として誇らしいですよ!」

「あ、う、そんなっ、なんとお優しい……」


 シアは困った人を見るような、でも、好ましいという感情が抑えられないような、そんな笑みを浮べる。


 すんっすんっと感涙なのか、己への情けなさなのか、もう本人にも分からない涙をこぼしながら、ダリアは万感の想いが込められたような震え声を響かせる。


「いつの日か、シア様はご自身が救った世界を見に来てくださると、誰よりも優しい貴女様なら、きっとそうしてくださると、このダリア、信じておりました。ですが、それはもっとずっと未来のことだと思っておりました……」

「ふぅん? 会いに来るの早すぎました? あるいは迷惑だったり?」

「そのようなことっ、っ……シア様、意地悪でございますっ」


 シアの手に自分の手を重ねながらも、キッと目尻を吊り上げるダリアさん。しかし、その表情は直ぐに大輪の薔薇が咲いたような笑顔に変わった。


「本当に、心から……再びお会いできたこと嬉しゅうございます、シア様」

「はい♪。 ダリアさんが元気そうで良かったです!」


 そっと抱き締め合うシアとダリア。


 そよ風が吹いて、どこからともなく花びらが舞い込む。ダリアの援護をしていた様々な動物が二人を囲むようにして寄り添っていく。


 それはまるで森そのものが二人の再会を祝福しているような、なんとも美しく、尊さを感じる光景だった。葉擦れの音さえ、どこかBGMのように聞こえる。


……崖上からジェラッとした雰囲気と、てぇてぇっという雰囲気が発せられているが、幸い二人は気が付かなかった。


 そうして、しばらくお互いの温もりと友情を感じ合っていると、


「あ、あのぅ~、里長(さとおさ)?」


 物凄く遠慮がちな、というか恐る恐るといった感じの声がかかった。


 四十代半ばくらいの大男だ。スキンヘッドの大斧使いである。


「え? あっ」

「あ~、あっしらのこと忘れてたっぽいですね。もう少し待ちましょうか?」

「い、いえっ、大丈夫です!」


 禿頭をつるりと撫でながら、申し訳なさそうに確認するスキンヘッドさん。なんか良い雰囲気なので、本当は声をかけたくなかったのか。人の良さが窺える。


 ダリアは顔を真っ赤にしてシアから離れ立ち上がった。割と汚れてしまっているが、それでもとメイド服の裾を払い、軽く身だしなみを整える。シアも合わせて立ち上がった。


「え~っと、そちらのなんかものすっごい(ねぇ)さんは……ちょっと里長が名を呼ぶ声も聞こえていたんですが……もしかして?」


 スキンヘッドの背後で、五人の男達が緊張した面持ちで佇んでいる。


 いずれも救世主たるシアの顔を知らないっぽい反応だ。もっとも、それ自体は不思議でもない。シアの滞在期間はごく短く、いた場所も限られていた。


 そして、ダリアは普段から一般市民にもシアの活躍やルトリアの教えを説いていた〝聖女様〟なのだ。当然、その容姿や特徴も(具体的には、如何に美しく凜々しい少女かという点を微に入り細を穿つように)。


 シアの常識外の強さを見た後ならなおさら。確信に近い推測ができるのは当然だろう。


 目の前にいる彼女こそが、顔は知らずとも耳にタコができるほど聞いている、かの救世主様だ、と。


 それは筋骨隆々のヒャッハー達(あくまで見た目は)でも、ガチガチに緊張するというもので。


「はい。こちらがわたくし達の救世主様にして勇者様の――」

「どうも皆さん、初めまして! シア・ハウリアと言います! よろしくです!」


 ニッと笑って挨拶するシアに、太刀使いのモヒカンと、ツンツン灰色頭の半裸が胸を押さえて後退った。なんか撃ち抜かれたみたいだ。さもありなん。


「や、やっぱり救世主様でしたか。危ないところを助太刀いただき感謝しやす! おう、お前等!」

「「「「「あ、ありがとうございましたっ!!」」」」」


 野太い感謝の声が木霊する。シアが笑顔で「どういたしまして!」と返答すると、更に一名、全身鎧で顔も分からないハンマー使いが両手で頬を(ヘルメットの上からだが)押さえてモジモジし出した。また一人、撃ち抜かれたらしい。


「して、救世主様は――」

「あぁ~、その呼び名はむずがゆくなりますし、私だけの力ではないので名前で呼んでください。……呼び捨てはやめてくださいね?」

「はは、んなまさか。救世主様に対してという以前に、初対面の女性をいきなり呼び捨てになんぞしやしませんよ。常識的に考えて」


 見た目はヒャッハーなのに、凄く紳士! いや、常識的というべきか? 「では、お言葉に甘えやして、ハウリア様と呼ばせていただきやす」なんて返すものだから、シアの警戒心は一瞬で吹っ飛んだ。


 この人、絶対に常識的で良い人ですぅ! と。


 その時、シアの脳裏に某イケメン四人衆が過ぎっていて、このスキンヘッドおじさんと比べられた挙げ句、好感度で敗北していた――という事実を本人達が知ったら、きっと再び目が死んだことだろう。


 それはそれとして。


「え~、ひとまず自己紹介を――」


 した方がいいですかね? とダリアに視線を向けるスキンヘッドおじさんだが、言い切る前に、


「あ、ちょっと待ってください。ハ~~ジ~~メ~~さぁ~~ん! 皆さんも~~! いつまで上にいるんですかぁ!!」


 シアが崖上に向かって声を張り上げたことで中断される。


 釣られて頭上を見上げたダリア達。直後、崖上の人影が――


「……呼んだ?」

「ひゃぁ!?」


 ダリアの背後から耳元で囁いた。ぴょんっと飛び上がって、真っ赤な顔で耳を押さえながら振り向くダリアさん。


「せ、正妻様!」

「……っ、初手でご機嫌取り? だがしかし、それは私に効くっ。ダリアめっ、やりおる!」


 なぜか悔しそうな、それでいて嬉しそうな様子のユエは置いといて。


 崖上から一人、飛び降りてくる。スキンヘッド達が転落を疑い「あっ」と声を漏らすが、人影がなんなく着地したのを見て再び目を丸くした。


「悪いな、シア。ちょっとユエをなだめてたら出るタイミングを逃してな……」

「? なだめて?」


 ユエさんに何かあったのかしらん? と小首を傾げるシアだが、それはひとまず脇に置いといて。


「久しぶりだな、ダリア」

「陛下!」


 流麗な所作で、しかし、反射行動かと思うほど素早く(ひざまず)くダリアさん。ハジメに対する最大限の敬意が感じられて、なおさらユエ様的に嬉し悔し。


 ダリアの行動にスキンヘッドおじさん達が動揺する。自分達も跪いた方がいいだろうか、いや、絶対その方がいいよな? みたいな感じで視線を交わし合い、おずおずと膝を突いていく。


 その間に、ハジメは崖上のミュウ達のためにクリスタルキーで〝ゲート〟を開いた。ぞろぞろと光り輝く膜から人が現れるのを見て、戦士の男達はそろそろ脳が処理落ちしそうな様子だ。


 初めまして~! とミュウや奈々を筆頭に元気な挨拶が響き渡り、ダリアが「まぁ!」と上品に口元へ手を添えて驚く。


「畏まらなくていい。シアが言った通り、ただ遊びに来ただけだ。家族と友人を連れてな」


 跪いたままのダリアに、ハジメが柔らかな表情で言う。


「……さようでございましたか」


 きっといろいろな疑問が湧いているだろうに、その全てをグッと呑み込むダリア。その視線が再びシアに向いて、瞳がうるっとなる。


「おそらく、所在を探知する道具を使われたのですね? 転移も可能とはいえ、わざわざこのような禁足地にまで会いに来ていただけるとは…………このダリア、感動でございますっ」


 察しの良いダリアさん。〝禁足地〟という気になるワードが出たが、ダリアの反応からしても、本来は人が足を踏み入れない場所なのだろう。


 そんな場所まで会いに来てくれたことに、そして、それが主にシアの望みだということも察してダバーッと滝のような涙を流す。


「あはは、ダリアさん泣きすぎですよぉ」

「ダリアお姉さん、ハンカチいりますか? ミュウの貸してあげるの」

「うぅ、お恥ずかしゅうございます。貴女様は、かつて話に聞いた陛下のご息女様でいらっしゃいますね? なんと愛らしくお優しい方でしょうっ」


 ミュウにハンカチで目元を拭われ、その感動で更にダバーッするダリアさん。


 そのハンカチが黒地に鮮烈な赤色で魔法陣が描かれているという厨二病まっしぐら、あるいは黒魔術の媒体にしか見えないおどろおどろしいデザインであることは気にならないようだ。


 なんてデザインのハンカチを持たせてるのよ……という視線が優花からレミアママに飛ぶ。レミアママ、ぶんっぶんっと首を振った。あんなデザインのハンカチは知らないらしい。


 自然と視線は、この手の常習犯――すなわち、ハジメパパへ。


「ゆ、有用だから……」

「「……」」


 すっと視線を逸らしたハジメに、優花はジトッとした目を、レミアママは如何にも後で夫婦会議をしましょうね? みたいな迫力のある笑顔を向ける……


 と、その時だった。


――ガァッ


 呻き声が響いた。


 ハッと視線を転じれば、雷角獣が目を覚ましていた。まだダメージが残っているようで直ぐには立ち上がれない様子だが、その眼光は鋭い。圧倒的な力量差を見せつけたはずのシアを真っ直ぐに睨んでいる。


「……へぇ、なかなか根性がありますね?」

「捕獲なら今がチャンスなの! 麻酔玉はどこですか? なの!」

「シアに無力化を頼んだということは、そういうことだよな? 良ければうちの子に体験させてもらったりは……」


 生〝捕獲〟を見られるのかとお目々をキラキラさせるミュウ。龍太郎達も同じ様子。パパなんぞ娘の気持ちを汲んで、そんなお願いもしちゃう。


 やったね、ミュウ! 夏休みの思い出が増えるよ! 絵日記に書くといいよ!


 しかし、ダリアの選択はそのどれでもなかった。


「も、申し訳ございません、陛下。捕獲はご勘弁を。シア様も武器はお仕舞いいただければと!」

「え、でも、もう起き上がりますよ? もう一発、ぶん殴っときます?」

「場合によってはお願いするかもしれませんが、ひとまず、ここはわたくしにお任せくださいまし!」


 震える四肢をどうにか踏ん張り、辛うじて立ち上がった雷角獣。だが、逃げる素振りは見せない。それどころか帯電を再開。


 その眼には、どこか覚悟が感じられた。ここで逃げるくらいなら命を捨てても最後まで戦う……そんな意志さえも。


「プライド、じゃな。こやつ、己の誇りのために今、命を捨てる覚悟をしおったぞ」

「それは……獣らしくないわね」


 ティオが目を細めながら言えば、雫が驚いた様子を見せる。まったく同意だと、香織達からも驚きの声が上がった。


 だが、ダリアは当然、スキンヘッドおじさん達はむしろ納得したように頷いている。


「彼は、この禁足地における西の王でございます。そして、獣の王にとって敗北は死と同じ。生き恥はさらさない……そういうことなのでございましょう」


 同時に、彼は西域の生態系の守護者でもあるという。彼を頂点に、弱肉強食の秩序が成立しているのだ。


 普段は温厚で、必要以上の殺生はせず、また許さない。外敵の襲来には、誰よりも真っ先に戦うのも彼なのだという。


 だから、死なせるわけにはいかない。そう簡潔に説明しつつ、ダリアは雷角獣に歩み寄っていった。


 弓は構えない。背負い直して無手のまま、すぅっと息を吸う。直後だった。


「――♪」


 美しい旋律が森の中に木霊した。


「……歌?」

「綺麗な歌声……オペラ歌手みたいですね」

「ダリアさんって歌も上手かったのか?」


 ユエがきょとんとし、愛子と淳史が感心の声を上げる。確かに、決して大きくはないのに伸びやかで透き通るような声だった。


 シアがぽかんっとした様子で首を振る。どうやら、ダリアが歌うところは見たことがなかったようだ。


 しかし、なぜ唐突に歌を?


 その答えは……


「あ、なんかこういうシーン見たことあるかも。なんの作品かは忘れたけど……」

「歌で獣、いや、ドラゴンか? を鎮めるって定番っちゃあ定番だけどよ」


 鈴と龍太郎が、歌声を邪魔せぬよう小さな声で言う。


 なるほど、と。確かにそういう光景に見える、と誰もが半ば納得するも、しかし、そんなことが実際に可能なのかとハラハラした雰囲気になる。


「あの、大丈夫なんでしょうか? 今までにも経験が?」


 リリアーナが堪らずスキンヘッドおじさんに尋ねる。スキンヘッドおじさんは左腕の装備に何かをセットしながら緊張した面持ちで、決して雷角獣から視線を逸らさず答えた。


「戦闘中の奴を鎮めたことがあんのかって意味なら、生憎、未経験でさぁ。けど、里長の歌を奴はきっと気に入っている。そういう意味での経験なら何度もありやす」

「落ち着いている時に、近くで歌っていたってことですか?」


 いざとなれば〝鎮魂〟を使う準備をしながら愛子が確認すれば、スキンヘッドおじさんは少し訂正した。


「正確には、森の中で歌っていた里長の近くに、奴が度々姿を見せていたって感じですがね」


 ダリアの歌は、バルテッド王国に古くから伝わる〝精霊や精霊獣に捧げる歌〟の一つらしい。そして、王家に連なるダリアは一般人では知り得ないような(いにしえ)の歌も全て網羅しているのだとか。


 そのうえ、


「むぅ~、前に来た時は一度も歌ってくれたことありませんでしたのに……」


 ちょこっと頬を膨らませるシア。前は聞けなかったことが惜しいと思うほど、今、森に木霊するダリアの歌声は美しかった。誰もが歌の名手だと認めるほどに。


 だからだろうか。


 故郷を想って森で歌っていたところ、森の生き物が興味を示したのだという。ダリアへの警戒心も払われた様子で、彼女の歌を聞くために寄ってきたのだとか。


 それが、この危険地帯で己の力量不足に悩んでいたダリアを〝森の生き物使い〟という新しいステージへと押し上げるきっかけになったのだが……


 それはともかく、その寄ってくる森の生き物の中には、遠巻きではあったが雷角獣の姿もあったのだという。


 なんて話を手早くしてくれたスキンヘッドおじさんに、ミュウが純粋で可愛らしい質問をする。


「ダリアお姉さんと雷角獣さんは、お友達なの?」


 固唾を飲んで見守っていた誰もが少し頬を緩めた。スキンヘッドおじさんが存外に柔らかい声音で返す。


「さて、奴さんがどう思ってるかは分かりやせん。ですが、奴がいなくなれば西域が荒れるのは確か。できれば、大人しく戻ってほしいもんです」


 あの炎毒竜が〝縄張り荒らし〟と称されていたことからすれば、なんとなく事情は見えてきた。


 いざとなれば助太刀しようと、視線を交わし合うハジメ達。


 果たして、その結果は。


「――♪」


――グゥルルルルルッ、オオオオオオオオオオッ!!


 シアだけを睨んでいた雷角獣の視線が、どんどん近づいてくるダリアへ移る。警告の唸り声、遂には咆哮まで。


 一時的に掻き消される歌声だが、しかし、ダリアは怯まない。旋律は戦意の狭間を縫うようにして、否、むしろ包み込むようにして流れ続ける。


 遂には、雷角獣の爪が届く範囲まで歩み寄った。


 そこで立ち止まり、雷角獣の目を真っ直ぐに見返しながら更に大きく、豊かに歌う。感情のこもった、必死に訴えるような切実さが滲んでいながら、同時に相手を抱擁するような優しさをも感じる歌声が、この場の全ての生き物の耳朶を打つ。


 ダリアの戦友たる生き物達が、いつの間にか彼女の周囲に集まっていた。ダリアを守るためというより、単に〝友が歌っているから、いつも通り聞きに集まった〟みたいな緊張感のない雰囲気だ。


「あ、バチバチがなくなったの!」

「唸り声もしなくなりましたね……」


 ミュウとレミアの言う通り、雷角獣に変化が生じていた。眼光は相も変わらず鋭い。ダリアを今にも食い殺さんばかりに睨んでいる。だが……


「戦意も……薄れてきたな」


 ハジメが感心交じりに呟く。


「マジかよ……ダリアさんってやべぇな」

「龍くん、語彙力……」


 鈴がなんとも言えない表情になるが、心情は一緒だった。魔法や霊法術でもなければ、特殊な道具を使ったわけでもないのだ。


 ただ真っ直ぐに、誠実に、技術を以て心を届ける……


 言うは易く行うは難し。まさに、それだ。


「……これが、この五年弱でダリアが磨き抜いた一番の力、かも?」

「ククッ、〝真っ直ぐ誠実に〟――誰かさんの生き様に学んだのかのぅ?」

「誰かさんみたいに〝真っ直ぐ行って右ストレート〟はできないから、代わりに〝歌〟なのかしらね?」

「〝友〟と呼ばれるに相応しくなりたい一心で頑張ってきたんだね、きっと。で、その誰かさんは今、どんな気持ちなのかな? かな?」


 感心するユエ、からかうような表情のティオ、雫、香織がシアを見やる。


「なんか恥ずかしいのでノーコメントです」


 珍しくもユエ達の方に視線も寄こさず、けれど、照れくささと誇らしさで緩む頬をそのままに、シアはじっと〝今のダリア〟を見守り続けた。


「おぉ、これは成功じゃない?」

「戦意も完全に消えたね」


 奈々と妙子の言葉に、ユエ達も視線を戻す。


 何度か牙を剝き、威嚇の咆哮を上げ、爪を振り上げる。だが、そこに殺意は感じられず、故にダリアは動じない。


 動じず、むしろ歌声は優しくなるものだから……


 あれほど果敢で勇猛だった雷角獣が、遂に一歩、引いた。


 しばし、じっとダリアを見つめる雷角獣。もう、戦意も興奮も感じられない。〝静謐なる〟と称されるに相応しい雰囲気へと変わっていく。


 チラリとシアを筆頭にハジメ達の方へ警戒の目を向けてくるが、シアが戦槌を〝宝物庫〟にしまって無害アピールし、ハジメ達も肩を竦めたり手を上げたりして戦意がないことをアピールすれば……


――ぐるぅ


「!」


 ダリアの歌が止まった。否、止められたというべきか。


 雷角獣が頭を下げ、その鼻先をダリアに近づけたからだ。己に最も近しい眷属たる動物達以外、決して見せることのない所作だ。


 親愛か、それとも詫びか。


 いずれにしろ、敵意がなくなったのを通り越して、何か認められたらしい。


 野性の獣が、己に触れることを許したのだから。


 ダリアが恐る恐るといった様子で手を伸ばす。鼻先に触れ、滑らかな鱗を滑り、白の体毛を撫でる。手触りがよほど良かったのか、緊張した面持ちだったダリアの表情が綻んだ。


「……わたくしの歌を聴いていただき感謝します。西の長」


 間近にある獣眼を見つめながら、微笑みを贈るダリア。伝わったのか、雷角獣はゆっくりと瞬きした。とても穏やかな眼に見えた。


 それは、彼が己の支配する西の生き物達に見せるような眼だった。


 ごくりっと生唾を呑み込む音が聞こえた。スキンヘッドおじさん達だった。それほどに、彼等からしてもあり得ないことが起きているのだろう。


「ママ、ママ! ダリアお姉さん、素敵なのっ」

「ええ、ほんとね。物語のワンシーンでも見てるみたいね?」


 ミュウのお目々がキラキラだ。ダリアに向ける眼差しに多大な尊敬が見て取れる。優花や奈々、妙子も同じような眼差しだ。淳史が身だしなみを整えだした。昇が「変わらねぇよ、お前の三枚目ぶりは」と冷めた目でツッコミを入れている。


 と、次の瞬間、すっと身を引いた雷角獣が突然に跳躍した。


 一瞬、スキンヘッドおじさん達の間に緊張が走る。だが、その跳躍はとても静かで、ハジメ達にも危機感はない。


 あの巨体でどうやってるのか、ほとんど音もなく着地した雷角獣は、


「あ、自分の角を回収した?」


 と、香織が呟いた通り、折れた角を口にくわえた。かと思えば直ぐにダリアの前まで跳躍し、その目の前にポトリと放り投げた。


「え、あの、もしやわたくしに?」


 目は口ほどにものを言うようだ。特に獣の場合は。


 誰にでもそういうことなのだろうと分かる眼差しでダリアを見つめた雷角獣は、最後にシアへ、「ガァッ」と咆えて――これまた、「次は負けん」と言ってるのが丸わかりの戦意溢れる眼光だった――(きびす)を返した。


 そのまま風のような速度であっという間に森の奥へ――西の方角へと消えていった。


「あれだけ利口な獣が、自分の象徴とも言える部位を破壊者に渡したんだ。認められたってことだろうな。すげぇじゃねぇか」

「へ、陛下……だとすれば、大変嬉しく思います」


 ダリアが照れたような笑みを浮べながら、宝物を扱うようにそっと一抱えもある角を抱き上げる。


「もしかして、ダリアさんが呼べば他の生き物達みたいに助けてくれたりして?」

「マジかよ。ジンオウ○使いとかロマンしかねぇんだが!?」


 妙子の推測に昇が好奇心に満ちた目をダリアに向ける。


「まさか、そのようなこと流石に……」


 なんて言って首を振るダリアだったが……


 実はその後、そのまさかになるとは……それどころか、雷角獣との共闘で戦力が大幅に上がったことで更に協力的な巨獣や飛竜種ができて、〝星霊界のミュウ〟みたいになるなんてこと、この時は想像だにしていなかったのだった。


 なので、ひとまずは気を取り直して目の前のことへ。


「それよりも皆様、大変お待たせいたしました」


 角をスキンヘッドおじさんに預け、できる限り身だしなみを整えて、シャンッと背筋を伸ばしたダリアは、


「改めまして、ダリア・シュワイクと申します。ようこそおいでくださいました。危険地帯故、王宮には敵いませんが精一杯おもてなしさせていただきます」


 そう言って、美しい所作でカーテシーを決めた。


 滝の涙のせいで少し赤い目元が逆に可愛いらしく、しかし、その微笑はどこまでも上品で美麗だ。ハジメ達をして思わず感心させられる洗練された所作だった。


 スキンヘッドおじさん達も慌てて一礼する。礼儀作法には疎いのか、それでも精一杯畏まった様子だ。


「ひとまず、わたくし達の拠点に参りましょう。ここでは落ち着いてお話もできませんから……いえ、陛下やシア様のお力ならここでも?」

「いえいえ! せっかくですし、お邪魔したいです!」

「……拠点、拠点……ああ、あるな。なるほど。それなりに人がいるんだな。歩いて行くとなると……二~三時間くらいか?」


 早速、羅針盤で確認するハジメ。「転移で行くか?」と視線を巡らせるハジメ。拠点とやらに戻る道中でも会話はできる。森の散策を兼ねて歩きもありだろうと。


 ただ、二~三時間はちょっと長い。と感じる者もいるだろう。


「ああ~、さっきの光の膜で一気に里まで戻れる感じですかね?」


 遠慮がちにスキンヘッドおじさんが尋ねてきた。ハジメが頷けば、彼はその視線を炎毒竜へと向けた。


「でしたら、里長。いずれにしろ、俺等は残りやす。あれを放置はできませんで」

「あ、そうでございますね。貴重な炎毒竜の素材も取れそうですし」


 ミュウのお目々が煌めいた。討伐報酬の確認ほどドキワクするものはないっと言わんばかりに。


「できれば、研究も兼ねて丸ごと持ち帰りたいところですが……」

「なら、一緒に転移で持って帰るか? 代わりに、うちの子に素材回収とか体験させてくれると嬉しい」

「願ってもないことでございます、陛下。ご息女様も、ご要望があればなんなりと」

「ありがとうなの、ダリアお姉さん! あとね、ミュウはミュウです! なのでミュウって呼んでください! なの!」

「まぁ! お名前で呼んでも良いと? 嬉しゅうございますっ。ミュウ様!」


 というわけで転移にて拠点へ行く流れになり、特に異論もでなかったので早速、クリスタルキーで〝ゲート〟を開くハジメ。


 同時に、ユエに重力魔法で炎毒竜を浮かせて運搬してもらおうと口を開きかけるが、


「……ハジメ、先に行ってくれる? 転移で合流するから」

「お? それは別にいいが……」


 なぜか、ユエが別行動を申し出た。どうしたんだろう? と誰もが小首を傾げてユエを見やる。


「トイレならきっとダリアさん達の拠点にあるよ? なんなら待っててあげるから、その辺でしてきたら?」

「……くたばれ、バカオリ」


 息をするが如く自然なやり取りをこなしつつ、スススッと移動したユエは、


「? ユエさん? どうし――」


 シアの腕をしっかりとホールドした。抱き締めるように。


 頭上に〝?〟を浮べるシアだったが、ユエの笑顔を見て固まった。なんて迫力のある笑顔だろう。頬が引き攣る。


「ユ、ユエさん? なんか目に光がないような――」

「……シアには少しOHANASHIがある」

「お、お話? あ、ちょっ、これ重力魔法!? なんで浮かせるんです!? どこへ連れて行く気ですぅ!?」


 森の茂みの奥へ、ぷかぷか浮くシアを連行していくユエ様。シアの問いかけに振り向きもせず、抑揚のない声音で答える。否、それはもはや独り言というべきか。


「……シアが某初期勇者みたいにならないよう、しっかり教育しないと」

「どういう意味です!?」

「……大学でも最近ちょっと怪しいし……女の子と見れば見境なくっ、まったく! まったくもぅ!」

「いったいなんなんですかぁ~~~~~っ」

「……シアのばか、あほぅ、浮気者ぉ~」

「ハジメさぁん! 皆さんもぉ! 見てないで助けてくださいよぉ~~~っ」


 助けはなかった。揃ってぽかんっとしながら茂みの奥へ消えていく二人を見送る。なんとなく手を出してはいけない空気感があったから。こう、ユエの背中からズモモモモォッという感じで邪魔するなオーラが噴き上がっていたというか。


 どうやら、崖上でのハジメ達による〝なだめ〟は、あまり効果がなかったらしい。ユエ様の愛は、いつだって激重なのである。


 一拍。


「よしっ、特に問題ないな! ティオ、ユエの代わりに頼めるか?」

「合点承知じゃ!」


 柏手を打って無理やり空気を変えたハジメの号令に、皆、一斉に「お、お~」と頷いた。世の中には不介入こそが正義、ということもあるのだ。


「ユエったら……ほんっとシアのこと好きすぎでしょ」


 〝ゲート〟をくぐりながら、香織が頭痛を堪える仕草と共に呟く。まったく同意だと揃って苦笑を浮べるハジメ達。


 ……なんとなく、森の奥から「アーーーッ♡」というウサギの悲鳴が聞こえた気がした。


 もちろん、聞かなかったことにした。












「「「「「おぉ~~~っ」」」」」

「思ったよりしっかりした拠点ね……」

「ほんと、もっと村っぽいというか、なんならキャンプ地みたいなイメージだったんだけど……」

「ほぼ要塞ですね」


 感嘆の声は優花達から。雫と香織も目をぱちくりとし、リリアーナの言葉に愛子達もコクコクと頷いている。


「ようこそ、皆様。わたくし達の拠点――通称〝里〟へ」


 森の生き物に囲まれながら両手を広げるダリア。


 転移した先は、まさに要塞と呼ぶに相応しい場所だった。


 大きな川を間に挟むような形で、半円形に大木の壁で囲まれている。東側から南側まで崖で、南側の崖から数百メートル下まで滝がゴウゴウッと音を立てて流れ落ちていた。


 その東側の崖を背に五階建て規模の建造物があり、こちらも基本は木造だが金属で補強しているようだ。そこから山の裾のように建造物が段々状に広がっている。


 対岸側は戦闘を想定しているのか、大きな跳ね上げ式の立派な橋一つで繋がっている。建物はほとんどなく、代わりに防護柵や落とし穴らしき仕掛け、大型のバリスタが無数に設置された開けた場所だ。


 そんな〝里〟には、突然出現した光の膜と、そこから出てきた里長達にぽかんっとしている大勢の男女がいた。


 人間もいれば、獣人もいる。おそらく人間の中には魔族も混じっているのだろう。この世界の魔族は、単なる国名による区別だ。魔王国に住む人間を魔族というに過ぎないから。


「二年で作り上げたにしては立派だなぁ」

「お褒めに与り恐悦至極にございますっ」


 嬉しそうに破顔するダリア。後から恐る恐るといった様子で〝ゲート〟を抜けてきたスキンヘッドおじさん達も、努力を認められた子供のような無邪気な笑みを浮べる。


「とりあえず、こやつを降ろしたいんじゃが……どこが良いかのぅ?」

「あ、すんません、あっちの訓練場……ええ、そうです。対岸の。あそこに適当に置いといていただけりゃあ大丈夫でさ」


 ぐわっと広がる〝ゲート〟に合わせて、炎毒竜の巨体がプカプカと浮いて出現し、里のあちこちから悲鳴が上がる。襲来に見えたのかもしれない。


 ティオがすまなそうに対岸まで炎毒竜を運んで、そっと跳ね上げ橋の近くに置く。


 その間に、ダリアはパンパンッと柏手を打った。歌の名手らしく、拡声器などなくてもよく通る声だ。


「皆さんっ、ご心配なく! この方達は救世主様のご一行でございます! シア様は、その……ちょっと急用があって今はいませんが、直ぐに参られます!」


 ですよね? と少し心配そうにハジメをチラ見するダリア。ハジメは肩を竦めて「たぶん」と伝えた。いつ合流するかは、ユエの高まったシア愛がどれくらいで発散されるかによるので断言できなくても仕方ないのだ。


「大変光栄なことに、友人としてわたくしの様子を見に来てくださったのです。これも神々が我等の行いを見守ってくださっているが故でしょう! 粗相なく、しかし、堂々と普段通りに過ごしてくださいませ!」


 ざわざわっと喧噪が広がっていく。突然の情報過多に困惑……といった様子だ。


 しかし、これくらいの説明がちょうどいいだろうとハジメは内心で感心した。下手に素性を隠せば疑心が生まれるし、過度に持ち上げれば大騒ぎになる。


(後で詳しく話すにせよ、まずは自分達で考察させる。そうすれば騒ぎのレベルを抑えられるし、俺達を待たせることもない……って感じか?)


 その辺りを意識して言葉を選んだのなら素晴らしい配慮だ。ジッとダリアを見やれば、ハジメの内心を察したのか。上品な微笑と一礼が返ってきた。当たっていたらしい。


 大変結構。評価シートに加点っと……


「何をメモしてるんですか?」

「なんでもないよ。ほんとだよ」


 リリアーナが手元を覗き込んでくる。なんとなく隠し事を感じ取ったのか。実に目聡い。


 ささっとメモ帳をしまってスルーしつつ、ダリアに意識を向けさせる。


「突然の部外者の来訪だ。しかも、勇者といえば女神に通じる存在。混乱が大きくなるようなら言ってくれ。うちの愛子は精神安定の名人だから」

「おそらく問題ないと思いますが、その時はよろしくお願い致しますっ」

「お願いされましたっ。任せてくださいっ」


 両手グーで意気込むポーズが、見事に被る二人。なんだか微笑ましい。


「ボーンズ、炎毒竜の方はお任せします。あと、食事場の方々におもてなしの準備を、と伝えてください」

「了解でさ! 救世主殿に料理を出すなんざ……ハハッ。さて、あいつらド緊張して日和るか、それとも張り切るか」


 面白そうに笑って、ハジメ達に一礼し(きびす)を返すスキンヘッドおじさん。どうやらボーンズという名前だったらしい。でもハジメ達の中では、彼はもうスキンヘッドおじさんなので、たぶん今後もスキンヘッドおじさんと呼ぶことになるだろう。


 他の戦士の男達も一礼して、スキンヘッドおじさんの指示に従い散っていく。


「さぁ、皆様、こちらへ。人数が人数なので普段は会議室として使っている場所へ案内させていただきます。このダリア、渾身の気合いを入れてお茶を用意させていただきますっ」


 やっぱり両手グーで意気込むダリアさん。癖が移ったのか、それとも可愛いと思って真似ているのか、ミュウが同じポーズを取って「よろしくお願いしますっ、なの!」と返事をする。


 それに和みつつ、ハジメ達は要塞の最上階にあるという会議室へ招かれたのだった。











「なるほどな。精霊獣には至らないが、普通の獣以上に進化した存在、か」


 ダリアが用意してくれたお茶は、意外にも緑茶に近いものだった。


 この森で取れる葉で疲労回復効果があるらしい。慣れ親しんだ味に、入れ手の腕前が合わさって絶品だ。


 美味しいお茶に舌鼓を打ちつつ、会議室までの道中に軽く聞かせてもらった話を反芻するハジメ。


……実は一直線に会議室に来たわけではなかった。武具工房や珍しい生物、鉱物、植物、調合施設なんかに目移りしてしまい、あっちへふらふら、こっちへふらふらと寄り道しまくってしまったのだ。


 ダリアがいちいち微笑ましそうに解説してくれるので、この地や巨獣のことも腰を落ち着ける前に、ある程度の理解を得てしまったのである。


 ちなみに、その道中で優花達も自己紹介を済ませている。男子陣とミュウがはしゃぎにはしゃぐので、女子は女子で交流を深めていたのだ。


「精霊の力を使えるのが精霊獣でしょ? つまり、あの雷の能力とか、炎とか毒とかは精霊の力じゃない? 生物としては、むしろそっちの方がヤバくない?」

「まぁ、地球にも電気ウナギとか、毒持ちの生き物はいるけどね。それの進化版って思えば割と普通じゃない?」

「あ、そう言われればそっか」


 奈々と妙子が、お茶も話もそっちのけでお土産にと頂いた武器を眺めてうっとりしている淳史と昇に少し冷めた目を向けつつ言う。


 つまるところ、雷角獣も炎毒竜もそういうことだった。


 精霊獣の一歩手前というべきか。彼等ほど強くはなく、思考能力も高くはない。意思疎通能力は言わずもがな。まだまだ本能よりの生き物だ。


 だが、仮に霊素が極端に薄い今の世界になっていなければ、数十年、あるいは百年単位の時間をかけて精霊獣へと進化していただろう生き物達、というわけだ。


「本来は、この地にいた精霊獣さん達が、〝進化体〟……でしたか?」


 愛子の確認に、ダリアがお茶菓子を用意しながら頷く。


 普通の獣から進化した存在。しかし、精霊獣に至るほどには進化できなかった存在。両方の意味を込めて、ダリア達は彼等を〝進化体〟と呼んでいるらしい。


「進化体が人間界に流れ込まないよう防波堤になっていたんですね」

「だから、踏み込んだ人間が精霊獣に必ず追い返される、あるいは生きては帰れない土地――禁足地というわけね」


 愛子の言葉を引き継ぐようにして、自身の理解を確かめるように頷いたのは優花だ。


 優花のダリアを見る眼差しに尊敬が上乗せされる。


「で、今はダリアさん達が精霊獣達の代わりを担っていると。……凄いです。霊法術を失ったのに、知恵と技術で人間界のために踏ん張っているなんて」

「お褒めに与り光栄にございます、優花様。ですが、精霊獣の代わりなどとても……わたくし達は監視と調査が主でございますから」


 何より、これもまた精霊達をないがしろにした人間の自業自得であり、乗り越えるべき試練なのだから誇るようなことではない。


 なんて、なんでもないことみたいにダリアは微笑んだ。


「ダリアよ、謙虚すぎるのも考えものじゃぞ? あの弓術は誠に見事じゃった。戦士達の腕前も大したものじゃ。渡り合うために、どれほどの努力を重ねたのか……」

「うんうんっ、ティオさんの言う通りだよ! あんな凶悪な獣と魔法もなしで戦うなんて、私だったら考えられないし」

「俺はちょっとやってみてぇけど」


 今はまだ、この地の獣達による覇権争い、精霊獣なき世における食物連鎖の位階を決める乱世のような状態だ。


 故に、進化体の人間界への流入という危険性は喫緊の問題ではない。


 ではないが……それも後数年の話だろうとダリア達は踏んでいるらしい。雷角獣が西の長として認識されているように、この地の秩序が定まってきているからだ。


 少しずつ、少しずつ、縄張りを得られなかった存在、あるいは縄張りを必要としない存在が独自かつ積極的な行動を取るようになってきた。


 そして、そういった進化体は総じて人間界へと行動範囲が近寄っていっているらしい。


「過渡期にある人間界を混乱させないために、今はまだ情報を伏せているんですね?」


 リリアーナが美味しいお茶にほぅっと溜息を吐きつつ確認すれば、ダリアは「はい」と頷いた。


 だから、あれほど〝縄張り荒らし〟の討伐と雷角獣の帰還に熱心だったのだ。生態系が乱れれば、また調査と対応に追われてしまうから。


「時期を見計らって各国に調査報告を送り、未来における対応策を共に練ることができればと思っております」


 同時に、エリック達には有用な素材を送って、技術力の発展にも貢献しているというわけだ。


 なお、ダリアの飛竜が能力を上げていたのは、この地の動植物のせいらしい。人間界にはない効能を持つ動植物が多く、気が付いたら能力アップしていたらしい。


「ダリアお姉さん」

「はい、ミュウ様」


 普段、子供舌故か渋味のある緑茶はあまり好まないミュウだが、たった今、三杯目のお茶をクピピッと飲み干した。


 幼子の好みを見越していたダリアが、さりげなく甘味を足してまろやかに仕上げてくれていたおかげだ。ミュウのお腹はすっかりたぷたぷである。もう一杯!


「エリックお兄さんたち、すっごく心配してたの。ごめんなさいもしてた。……まだ、お顔は見せてあげられないですか? なの」

「まぁ、ミュウ様……本当にお優しい方……」


 愛らしいものを見る眼差しを向けつつ、「やはり、先にエリック達にお会いになられていたのですね」とハジメに確認する。


 ハジメが頷くと、ダリアは少し考える素振りを見せた。


 ……優花と香織が、「い、今、自国の王様を呼び捨てにしなかった?」「幼馴染みだから、かな?」とコソコソ。ついでに雫が「そう言えば、ハジメのことは普通に陛下って……」と呟くと、リリアーナは「また取ったんですね? 王族から、有能な臣下を」とハジメにジト目を向けた。


 なんてことを話している間に、



「……で、どうするの?」

「ひゃぁんっ!?」


 ぬるりっと出現するユエ様。ダリアの背後に転移してきたらしい。


 実は結構前から合流できたし通信機越しに話も聞いていたりする。シアを強制膝枕&ナデナデの刑に処しながら、会話の邪魔をしないよう途切れるタイミングを狙っていたのである。


 本日二度目の悪戯心から耳元でささやくように問うと、ダリアは両手を胸の前でグーにしながらピョンッと飛び上がった。


 やっぱり素晴らしいリアクションである。お手本のような驚き方だ。メイド服と相まって愛嬌もたっぷり。ユエは大変満足した。


「おう、お帰り……なんかツヤツヤしてないか?」

「逆にシアは……なんじゃ? 顔が赤いのぅ? ちょっとしおしお~っとしとるし」


 ハジメが目をすがめ、ティオはユエに手を繋がれて隣に立っているシアに目をぱちくり。


「あ、なんか見たことある光景なんだけど」

「奇遇ね、香織。私もよ」

「帝国に初めて行った時だね。ユエお姉様と南雲君が牢屋番の人を尋問して帰ってきた時と同じだよ」


 つまり、あれだ。カプチューした後だ。


「……んっ、久しぶりにシアを堪能した。大変美味でした」

「シ、シア様を堪能!? 美味!? 詳しくっ」


 物凄く熱意のある声音が木霊した。


 もちろん、帝国カプチュー事件(?)を知らない優花達であっても、ユエのカプチュー癖は知っている。ハジメが相手なら隙あらばするので、しょっちゅう目撃しているし。


 故に、シアが何をされたかなんて直ぐに察せられるわけで。


 ならば、動揺まじりのリアクションをするのは一人しかいない。


 ハジメ達が一斉にダリアを見やる。やっぱり両手をグーにして胸の前に添え、前のめりになっている。


「な、何をされたのですか? シア様にいったい何を――あ、シア様の首筋に赤い痕が!? つ、つまりお二人は……そういう……女性同士でもOKという……」


 ハジメ達は顔を見合わせた。あれ? もしかしてダリアさん、なんかこじらせてる? と。


 憧れやら感謝やら多大な想いを抱いていた相手との思い出は、得てして美化しがちだ。会えていなかった期間がハードであればなおさら。


「ダリアさん?」

「ハッ!?」


 これには流石に、ユエに吸われすぎてしおしおしていたシアも我に返る。


 ちょっとユエが引いてしまっているくらい真っ赤な顔になって興味津々な様子のダリアに、訝しむような目を向けた。


 仄かに嫌な気配がする。


 歴代シアスキー共――森の変態姫アルテナも、帝国の狂犬皇女トレイシーも、戦闘狂の鬼女・緋月(ひづき)も、だいたい頭のネジが二、三本外れている。


 それと同じ気配が……


「も、申し訳ございませんっ。わたくしったら、はしたない真似を!」


 消えた! ダリアは踏みとどまった! たぶん!


 羞恥心から両手で顔を覆って謝罪を口にするダリアに、シアは希望を見た。まだです、まだダリアさんは大丈夫ですっと。


「ダリアさん。ユエさんは吸血鬼族といって、血を吸うことで活力にできる種族なんです。同時に、吸血は親愛を示す行為でもあるんですよ」

「……そう言えば五年前、世界が変わるときも陛下の首筋に……そういうことだったのですね。取り乱してしまい、まことに申し訳ございませんでした」


 心底反省した様子で丁寧に頭を下げるダリアに、シアはガッツポーズした。


 友人はまだ普通の友人だ! 奴等側には踏み入っていない! まだ救える! と。


 故に、心に誓った。


「ダリアさん、普通が一番なんですよ、普通が」

「はい?」


 ダリアを狂気のメイドさんには、絶対にしません!


 ユエさんの言う通り、言動にはもっと気を付けますっと。



いつもお読みいただきありがとうございます。

感想・意見・誤字脱字報告もありがとうございます。


戦闘メイドチームに生物使いのメイドがいるのは当たり前。獣を操るメイドはロマン。異論は認めます。


※ネタ紹介

・ボブは訝しんだ

 『ニンジャスレイヤー』より。翻訳チームのツイッター上にのみ存在するキャラが元ネタらしいです。初めて知りました。ボブ、お前、本編にいなかったのか……

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― 新着の感想 ―
やはりフルールナイツ選抜試験www 何番目かなあ? お願いだからダリアさんはマジでアルテナ系にならないでほしい
[良い点] ダリアさんシアへの感情がワンランク上になってない・・・? [気になる点] 禁足地・・・!(ハジメや読者の心躍るワード) [一言] うそだ、ボブはいたんだここに! ボブの霊圧が・・・消えた?…
[一言] ダリアさん魔力鍛えたら、フルールナイツでの序列上位3位以内に入るかな?入ってほしいな。
感想一覧
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