星霊界編 世界観、前と違くない?
「よ、ようこそ、異界の方々。俺はエリック・ルクシード・バルテッド。この国の王だ。此度の来訪を光栄に思う。歓迎しよう」
ハジメ達がドン引き顔で固まっている間に、いそいそと立ち上がる男達。
金髪金眼の獅子の如き国王エリックが、咳払いをしつつ自己紹介と歓迎の言葉を伝える。耳が赤い。羞恥に震えている。凄くシュールだった。
他の三人も同じような雰囲気だ。誰も彼も必死に冷静さを取り繕っているのがなんとも言えない。なんとも言えないが……
『うっわ、顔面偏差値たっか!? めっちゃイケメン揃いじゃん!』
『それだけに残念感がすごいねぇ?』
念話を使う分別くらいはあったものの、奈々が思わず感想を口にしてしまうくらいエリック達は相変わらずイケメンだった。
淳史と昇はケッと唇を尖らせる。
龍太郎がチラッと鈴を見下ろして、視線に気が付いた鈴がくすりと笑い「龍くんの方がかっこいいよ」とささやいて赤面させている。
淳史と昇はペッと唾を吐く仕草をした。あくまでフリなのは、一応、場所を弁えたらしい。
そんなコソコソ話が契機になってか、予想外の再会に困惑していたシア達も我を取り戻す。せっかくの再会なのに天真爛漫なシアにさえ笑顔はなく、どこか不審者を見るような目だったが。
『ねぇ、シア。もしかしてこの世界の挨拶だったりするのかしら?』
『え? 雫ちゃん、それってお辞儀の逆折りバージョン的って意味かな? シア、そうなの? 私達も返した方がいい?』
『い、いえ、そんな挨拶、召喚された時も見たことないですけど』
『あ、あれじゃありませんか? 待ってる間にストレッチしてたとか? ほら、ラジオ体操的なやつだったんですよ』
『あり得ますね、愛子さん。何せ来訪者はハジメさんです。迎える側の緊張感は凄まじいものでしょう。王族として理解できます』
『違うと思うがのぅ。妾的に、あれ回避訓練をしていたような気がせんでもないのじゃが……』
流石はティオさん、大正解。伊達にツッコミとお仕置きでしこたま銃撃されていない。もちろん、ドMドラゴンにとってはご褒美なので回避訓練なんてしないが。
とにもかくにも、だ。
「あ、ああ、なんだ、その……歓迎に感謝するよ。急な訪問の知らせだったから驚かせたと思う。悪かったな。不都合はなかったか?」
取り敢えず、代表して挨拶を返すハジメ。手を差し出す。
「! 救世の勇者と、その家族や友人方の来訪だ。万難があったとしても排するさ、南雲殿」
ハジメの言動が意外だったのか、少し目を丸くしながらも表情を和らげて前に出てくるエリックが握手に応じる。
ユエ達が大変珍しいものを見たような目をハジメに向けた。
相手が女神ならともかく一国の王程度、それもシアを召喚した犯人一味ともなれば、そこまで配慮は見せないはずだから。
『……ハジメ、大丈夫? 疲れてる?』
『どういう意味だ。あれだよ、もしかしたら歓迎の準備をさせちまったのかなって。それもかなり無理をして』
『……やっぱり疲れてる?』
『どういう意味だ!?』
いつもなら、そんなこと気にしないだろう。という意味だ。もちろん。
せっかく女神ルトリアと友好関係を築けたのだから、彼女の愛し子等にあまり理不尽を強いるのは良くないかと思っただけなのだが……
ユエ達には奇行に映ったらしい。日頃の行い!
「まずは初めて会う方々に、この国を担う私の友を紹介させてもらえるだろうか?」
国王が、相手に名乗らせるのではなく自ら名乗り、そして幹部を紹介するという。ハジメ達に最大限の敬意を払っている証だった。
銀髪を後ろで結った鼻眼鏡の宰相兼国立技術研究所長官(霊素消失後に新たに設けられた機関)――ルイス・レクトール。
黒髪オールバックの近衛騎士団長――グレッグ・エクセスト。
深緑色の無造作ヘアが特徴の情報部統括官――フィル・エスピオン。
紹介しているエリックも、紹介されているルイス達も、個人としては真っ先に声をかけたい相手がいそうだが、ぐっと感情を呑み込んでいるようだ。公人としての立場を優先しているらしい。
『この五年弱で随分と落ち着いた雰囲気を纏うようになったな』
『ですねぇ。元々穏やかだったルイスさんや寡黙なグレッグさんはともかく、エリックさんは感情的でしたし、フィルさんは軽薄だったので……時間差を実感しますねぇ』
取り敢えず、エリック達が変な趣味に目覚めたわけではないようなので一安心と微笑を交わすハジメとシア。
紹介を終え、満を持したようにシアと視線を合わせるエリック達。
「皆さん、お久しぶりです! 元気そうで何よりですね!」
シアの笑顔が迸る。まるで久しぶりに太陽でも見たみたいに目を細めるエリック達。
「! あ、ああ、本当に……本当に久しぶりだ……シア――」
「あ゛?」
「殿!」
ギリセーフ! ハジメの手元からカチッと音が鳴った。ドンナーの撃鉄が起こされている! ユエ様の手には小さな蒼炎が! シアの威圧がむしろ救いだった!
なお、この瞬間、エリック陛下達はキレッキレの動きで再びリンボーダンスしていた。素晴らしい反応だった。
((((((なるほど))))))
と、全員が納得した。さっきの奇行の理由を。五年経っても色褪せない銃撃の恐怖。いったい、どんな地獄を見たのだろうと、香織達も優花達もなんとも言えない視線をハジメに送る。
冷や汗を噴き出しながらも撃たれなかったことに胸を撫で下ろし、いそいそと身を起こすエリック達。襟を正して咳払いを一つ。
気を取り直して、TAKE2。
「シア殿。また会えて……嬉しい。とても」
エリック陛下の目が少し潤む。詰まりながらの言葉が、その感動の大きさを示していた。
それはルイス達も同じで。
「シア様、感謝します。また来てくださるとは……」
「今生の別れやもと覚悟していた。元気な姿を見られて嬉しい」
「今日は、ここ五年で最高の日だよ!」
口々に再会を喜ぶ言葉を零す。
滲み出る熱い感情。声音にも、瞳にも。それは、救世の勇者との、あるいは大恩ある友人との再会にしてはいささか以上の熱があるようで。
女性陣がざわっとなる。ユエがメンチを切り始めた。ハジメの目もスゥ~ッと細くなる。決闘を前にしたガンナーの如く、ホルスターにしまわれたばかりのドンナーのグリップに指が触れている……
エリック達の熱い眼差しに気が付いていないわけもないだろうに。それらを完全スルーしつつ、
「今度は私が〝旦那様!〟と〝お嫁さん仲間!〟を、つまり家族を! 紹介しますね! それから友達も!」
旦那様とお嫁さん仲間をあえて強調して、シアが家族と友人達を紹介していく。
紹介された者から一言ずつ挨拶を返しながらも、
『どう思います? 優花っち』
『どう見ても未練たらたらでしょ』
『『だよねぇ~~』』
なんて奈々、優花、妙子は念話で興味深そうにエリック達を観察し、
『これはあれですね! お義母様の大好物、逆ハーものですね! リアルで見られるなんて! 記録を、記録を取らないと!』
『シアシアったら罪な女だね~!』
『あらあらまぁまぁ、話には聞いてましたけど……五年経ってもだなんて、うふふ』
『シアお姉ちゃんすご~い! エリセンに住んでた時のママみたい! あ、町内の男の人達にも大人気だから今もなの!』
『ミュウ、町内での大人気の件、後で詳しく』
違いますよ、ハジメさん。気にすべきは私の方じゃなくシアさんの方で……と困り顔になりつつも、気にしてもらえて嬉しいという感情も出ちゃってるレミアさん。もじもじ。
なので代わりに、ユエが反応した。
「……は? 許さんが? シアに色目を使うとか万死に値するが?」
「なんでお主が一番苛烈に反応しとるんじゃ」
助走なし。いきなりトップスピードでキレるユエ様。
とりあえず、香織と雫が肩を押さえた。万が一に備えて。このシアスキー、シアのためなら何をするか分からないから。
――悪戯に殺害と蘇生を繰り返してはいけない
女神様との大事な約束だ!
「い、いや、そんな色目など!」
「え、ええ、陛下の仰る通り! ただ大恩ある方との再会ですから、つい。ですね? グレッグ、フィル」
「あ、ああそうだ。それ以上でも以下でもない」
「もちろんだよ! だから――南雲殿、その武器から手を離してほしいなぁ、なんて」
なんて表と裏のやり取りも、しかし、次の瞬間にはがらりと雰囲気を変えた。
シアがキョロキョロしている。
「ところで、ダリアさんはどこですか?」
あれかなぁ? お茶の用意とかしてくれてるのかなぁ? ダリアさんの紅茶、美味しかったからなぁ~みたいな、会えることを微塵も疑っていないシアの笑顔が振りまかれる。
まだ未練たらたらっぽい(当人達は否定するだろうが)エリック達なら、本来、そんな笑顔に見惚れているところだろうに。
ビシッと固まった。避けられぬ障害から目を逸らしていたが、現実逃避は許さぬと突きつけられたかのように。
「あの、エリックさん?」
「あ、いや、その……ダリアは、だな……」
言葉を捜すように視線が泳ぐエリック。あれほどイメージトレーニングしたのに、本番になると頭が真っ白になっちゃった! みたいな感じだ。
「シア様、落ち着いて聞いてください」
言葉に詰まってしまったエリックに代わり、ルイスが厳しい表情で口を開く。
グレッグとフィルも曇った表情になれば、誰だって察する。
シアの一番の目的。ダリアに何か良くないことが起きたのだと。
「ちょっと待ってください。なんです? なんなんですか、この空気。え? まさかと思いますが、ダリアさんに何かあったなんて言わないですよね?」
引き攣り顔で、そんなことあるはずないとシアの声が震える。
まさかの事態にハジメ達の表情も強ばった。すかさず、シアの心を支えるようにユエが右手を握る。と、ほぼ同時にミュウも左手をギュッと抱き締めた。
「ルイス、すまない。私の口から話させてくれ。ダリアの件は俺の責任だ」
「陛下、いいえ。我々、皆の責任です」
「守れなかったのは一緒だ」
「うん、情報のプロなのに自分が情けないよ」
エリック達の不穏な会話に、シアが痺れを切らす。
「グダグダ話してないで! ダリアさんはどうしたんです!?」
「っ、そうだな。すまない」
緊迫した空気が漂う中、エリックは意を決した様子で口を開いた。ハジメ達が来訪する直前にも口にしていたこを。
「ダリアは……ダリアは、行方不明なんだ」
「ゆくえ、ふめい?」
初めて聞いた言葉を頭の中で反芻しているような表情になるシア。
沈痛な表情のエリック達に、嫌でも最悪の事態を想像してしまう。
「い、いつから?」
「……もう、かれこれ二年になる」
「そんなっ」
二年も行方不明。それはもはや、オブラートに包んで表現したとしても〝生死が危ぶまれるレベルの話〟だ。
だってそうだろう。公爵令嬢で、国王の幼馴染みで、勇者と友誼を育んだ重要人物でもあるのだ。国家を挙げての捜索をしたに違いないのだ。
きっと獣王国も魔王国も協力しただろう。知らぬ仲ではないのだから。
それでも結局、見つからなかったのなら……
事件に巻き込まれた? それとも事故? いずれにしろ、ダリアは自力で帰還できない状況に追い込まれたのだろう。
それが二年……
否が応でも最悪の事態を想像してしまう。湯水の如く嫌な想像が溢れ出る。
重苦しい雰囲気に満ちた執務室の中で、
「ハジ、メさん……あの……」
「……」
動揺を隠せないシアが錆びたブリキ人形みたいなぎこちなさでハジメの方を見やる。
ダリアの行方を、その生死を、今直ぐ判別する手段がハジメにはあるから。
だが同時に、それは今直ぐダリアの運命を知れてしまうということでもある。
ハジメは無言で羅針盤を取り出した。
後は魔力を込めるだけで全てが分かってしまう。
息を呑む音が幾つか聞こえた。
「いいんだな?」
死者蘇生も二年の月日は遡れない。魔力量の問題ではないのだ。元になる魂が完全に霧散し、世界に還元されてしまっているならどうしようもない。
結果は、無慈悲に出てしまう。
ハジメの確認に、シアは一瞬、言葉に詰まった。
けれど、ユエとミュウの体温が手から伝わってきて、二人の気遣う視線が勇気をくれたから、冷えた手先にも熱と力が戻る。
「お願いします」
エリック達が一連のやりとりになんとなく口を挟めなくて目を眇めている間に、ハジメは羅針盤を起動した。
当然、結果は直ぐに出た。
「……おう? 普通に反応あるぞ? 距離はかなりあるが……生きてるし……伝わるイメージ的にピンピンしてそうだが?」
「えっ、そうなんですか!?」
わぁっと歓声にも似た声が優花達の間に広がり、ユエ達もほっと安堵の息を吐く。
シアが喜色を浮かべてエリック達を見た。朗報にさぞかし喜んでいるだろうと思って。
だがしかし。
「あ、それはあれか。対象の所在を探る道具……確か、五年前にも使っていたな」
なんか普通の反応だった。むしろ、羅針盤の存在を思い出して感心している様子さえ見せる。それはルイス達も同じだった。
ダリアの生存という最大の朗報に心を沸き立たせている様子は皆無だった。
「あの、エリックさん? ダリアさん、生きてたんですよ?」
「ん? なんの話だ? もちろん生きているに決まっているだろう? 定期的に手紙も来るしな。絶対に居場所だけは教えてくれないんだが……」
なんてあっけらかんと言って苦笑を浮かべるエリック。ルイス達も困り顔。
シアの顔からストンッと感情が抜け落ちた。だが、まだだ。まだ確認しないと、と自制しながら問う。
「事件とか、事故に巻き込まれたんじゃ?」
「? いや、違うが? なぜ、そんな……」
「へ、陛下! 二年も行方不明としか伝えておりませんから!」
「あ……」
ようやく空気感の違いに気が付いたらしいエリック陛下。あれ? なんか伝え方というか伝える順番というか、決定的に間違えた? と。
ルイスが「あ、これまずいやつ」と頬を引き攣らせ、フィルが「あちゃぁ~、再会時の醜態とか感動とかでいろいろ飛んじゃったねぇ、はは……」と乾いた笑い声を上げる。グレッグは凄く渋面。ただ冷や汗が一筋、たら~りと。
「き、聞いてくれ。ダリアは自ら出奔したんだ。不測の事態で行方が分からなくなったわけじゃない!」
ジリッジリッと後退るエリック。
仕方ない。シアが無表情のまま一歩、また一歩とにじり寄ってくるから。
だが、止める者はいない。不必要な心配やら動揺やらをさせられたシアの気持ちは十分に分かるので。むしろ、同じ気持ちなので全員がユエばりのジト目である。
なので、
「……さっき、責任があるとか言ってませんでした?」
「あ、ああ。いろいろあって出奔の決意をさせてしまったのは事実だから……」
「守れなかった、というのは?」
「せ、政治的な立場というか、世間の声というか……評判的なものから、みたいな?」
これは仕方のないことだったのだ。紛らわしい言い方で余計すぎる心配をさせた代償を――
「それを最初に言ぇーーーーーっですぅーーーっ!?」
「ちょっ、まっ、ひでぇぶぁっ!?」
鋼鉄より固い拳で払わされるのは。
簡素とも言えた王の執務室が、真っ赤に彩られた。
執務室の窓の外で庭の手入れをしていた庭師が、窓にビシャッと飛び散った赤色を見て「何事ぉ!?」と飛び上がっている。
「まったくもぅ! 旅行の初っ端が友達の訃報で始まるかと思いましたよ! 聞いてるんですか、エリックさん!」
エリックさんは聞いてない。というか聞けない状態だ。耳とか鼻とか目とか、とにかく穴という穴から血を吹き出して倒れているから。
し、死んでる……とガタガタ震えるルイス達。こうなる可能性を考慮して緊急回避の練習をしていたが、やはりイメージトレーニングには限界があったようだ。
「あれ? エリックさん? エリックさぁーーん!」
「……シア、無駄。もう死んでる」
「……え? そんな馬鹿な…………………し、死んでる」
「おい、やめろよ、シア。そんな、この世のものは脆すぎる……みたいなリアクション。バグウサギが力加減を分かってないとか、身内でも恐怖だぞ」
「と、取り敢えず蘇生するね!」
ユエとハジメが引いている。確かに、エリック陛下の伝え方は悪かったが、ワンパンで殴殺するとか……何が怖いって意図していなかったところだ。
「うぅ、香織さん、すみません。究極戦兎々技を会得してから素の力も上がっているみたいで……」
申し訳なさそうなシア。
なお、究極戦兎々技とは魔力と氣力を合わせる融合闘技(仮)の正式名称だ。いつまでも(仮)は嫌だと、シアが精一杯考えた結果だ。本人は「かわいいでしょう? 会心の出来です!」とドヤッていたので、ハジメ達は生温かい目で「いいね!」と伝えている。
あと、読み方は普通に〝戦兎々技〟だ。香ばしさが仄かに漂っている。流石はハウリア。
「……シアさん、いったいどこまで行くんですか?」
「シアさんだけ、漫画でいうならジャンルが違いますよね。一人だけインフレを起こしている少年漫画の主人公的な」
愛子とリリアーナの感想に、優花達が激しく頷いている。そのうち、スーパーハウリア人とか言って逆立った金髪とかになりそうで怖い。
なにはともあれ、と香織から死者蘇生の光が飛んだ。
「〝悪戯に殺害と蘇生を繰り返さない〟っていう女神様との約束、早速破っちゃった、の?」
国王殺害現場を見せぬようレミアママに素早く目元を覆われたミュウが、ちょっと上擦った声で問う。
雫が法学部らしく、たぶん半分くらいは現場の空気を和ますためだろうが、同じく上擦った声で答える。
「〝悪戯に〟の解釈に依るわね、うん。社会通念――じゃなくて女神通念的に? 今回の殴殺には相当性が認められるはずよ、たぶん、きっと、おそらく」
「最後に〝だと良いなぁ~〟がつくんだね、シズシズ。分かるよ」
「神罰とかこねぇだろうな?」
ルトリアは、この世界のどこでも知覚できる。
己の責務に忠実な女神様だ。監視という言い方は少し語弊があるかもしれないが、気持ち良く送り出してくれたとはいえ、おそらくハジメ達の動向には注意を払っているだろう。
鈴と龍太郎が揃って空を見上げた。優花達も釣られて、なんとなしに天を仰ぐ。「ど、どうですか、ね?」と女神様にお伺いを立てる感じで
取り敢えず、反応はなかった。許されたっぽい。
「ぶはっ、私はどこ!? ここは誰!?」
復活したエリック陛下が絶賛混乱中。
「陛下っ、今、死んでいました!」
「なにぃ!? 撃たれたのか!?」
ルイスの報告に、ナチュラルにハジメが犯人と断定するエリック。ほんとに前回来た時は何をやったんだ……と思う優花達。
グレッグとフィルが青ざめつつも冷静に言う。
「いいえ、ぶたれました」
「シア殿の拳っすよ。パァンッていきましたよ。パァンッて」
「擬音で表現しなくていい! こわい!」
陛下はとても素直だった。
流石にやりすぎたと思ったのか、ちょっとバツが悪そうなシアに代わり、ハジメが前に出る。溜息交じりに。
身構えるエリック陛下。ルイス達がいつでもリンボーダンスできるよう重心を傾けているのが分かる。
それに苦笑しつつ、両手を挙げて無害アピールして。
「お互い、話すべきことがたくさんあるようだ。取り敢えず、落ち着いて話せるところに案内してもらっていいか?」
にわかに騒がしくなってきた廊下の外。執務室の異常を庭師が伝えたのだろう。これ以上のカオスは御免だと、助け起こすために手を差し出す。
「……ああ、そうだな。確かに、話したいことがたくさんある」
ふぅっと一息、深呼吸して。
エリックもまた苦笑しながら、その手を取ったのだった。
それから。
駆けつけた近衛騎士達や使用人達をエリックが諫め、騒ぎの原因が〝シア様〟の再来だと理解して、更なる騒ぎとなってしばらく。
ハジメ達は、来賓をもてなすための食堂に通されていた。
「シアお姉ちゃん、す~~~~~っごい人気だったの!」
「まるで、ハジメさんがハイリヒ王国王宮に訪れた時のような雰囲気でしたね? うふふ、救国の英雄として敬われて照れるシアさん、可愛かったです」
レミアの言葉と、その膝上で誇らしげにシアを見やるミュウに、シアがテレテレとウサミミを弄る。
「も、もぅ、ミュウちゃんもレミアさんもからかわないでください……」
「……フッ、この子はワシが育てた!」
「こ、ここぞとばかりのドヤ顔じゃ。間違っておらんけども」
長テーブルの上座の方で向かい合うハジメ達とエリック達。
ハジメ、シア、ユエ、ティオ……そしてミュウとレミア、香織と続いていき、向かい側にエリック、ルイス、グレッグ、フィルと続いて、人数が人数なので、その隣に龍太郎と鈴、優花達が並んで座っている形だ。
奈々がニヤニヤ顔で身を乗り出し、
「でも、実際に凄かったよね! シアっちのモテっぷり!」
と指摘すれば、龍太郎と鈴も苦笑気味に続く。
「だよなぁ。何度か同じ人とすれ違ったしよぉ」
「あれ、通り過ぎた後に猛ダッシュして先回りしてきた感じだよね? 十人くらいいなかった?」
実際、その通りだった。騎士達も使用人達も、いかにも仕事しているだけですよアピールしながらも、どうにかしてシアを一目見ようと周囲をうろうろ。
一部の猛者はすれ違い様の挨拶を敢行し、その中でも選りすぐりの猛者――シアの笑顔で理性が飛んだとも言える――は何食わぬ顔でまた現れたりしたのだ。正面から。
「時間ループものの世界にでも迷い込んだのかと思ったぜ」
「それな。ってか、女性の方が比率高くなかったか? めっちゃ綺麗な女性騎士さんとか、侍女さんとか……」
淳史と昇が顔を見合わせる。戸惑いが記憶をあやふやしているが、たぶん間違ってないよな? と。
そして、記憶が正しければ、そんな彼等・彼女等の表情は……
リリアーナが、真実を見つけた探偵みたいな鋭い目つきで言った。
「深い敬意だけではありませんでしたね。あれは、それ以上の感情を抱いている目でした。頬を赤らめて熱い眼差しをシアさんに送るその姿、大変良き」
「リリィ、あんた言っちゃ悪いけど菫さんと関わってから、どんどん変な方向に突っ走ってない?」
優花の指摘はど真ん中を射貫いている。リリアーナ王女は優秀なのだ! スミレ先生の教えをスポンジのように吸収している!
それはそれとして、その点は他の女性陣も気が付いていたようで。香織と愛子、それに雫が苦笑気味に同意した。
「ああ、やっぱそうだよね? あれ、絶対に恋する乙女の目だったと思ったもん」
「シアさん、性別にかかわらず、いろんな人を虜にしていたんですね?」
「シア……ちょっと見境いなさすぎないかしら? 狙ってやったとは思わないけれど、勘違いさせるようなことしてたんじゃ……」
「なんにもしてませんよ! 人聞きの悪いこと言わないでください!っていうか、雫さん、それブーメランですからね! この〝お姉様〟め!」
「うっ……反論できない……」
雫にダメージが入ると同時に、女性の給仕係が数人しずしずと入ってきた。
もちろん、メイド服ではない。メイド服はダリアにだけ許された最上位の衣装だから。
ゆったり目のズボンに腰までスリットの入ったチャイナ服に似た上衣――ベトナムの民族衣装アオザイが一番近いだろうか。それにペレット風の帽子で、一般的な使用人の服装だ。
後から男性の使用人も入ってくるが、青基調が女性で、薄緑基調が男性というふうに区別しているようだ。
使用人がお茶を給仕している間に、ハジメがからかい気味に言う。
「シア、リアルギャルゲーしたのか。俺以外の奴と!」
「ハジメさん! 悪ノリ禁止!」
「……シアの浮気者! 私というものがありながら!」
「ユ~エ~さぁ~~んっ!」
両サイドからハジメとユエに頬をつんつんされるシア。
からかわれてプンスコしているが、決して二人の手を払い除けることはない。それどころか、どこか楽しげというか、嬉しそうというか。
「……本当に良き家族なのだな」
ポロリと零れ落ちるような声音が響いた。エリックだった。
その表情はなんというか、嬉しそうでありながら寂しそうというか、すっきりしたようで諦めが混じっているというか。
それはルイス達も同じで。
一瞬、静かになる。給仕係も思わず手を止めてしまうくらい、深い感情のこもった声音だった。
気を利かせたのか、それとも偶然か。カチャリッとカップを置く音が止まった空気を動かす。
シアの視線がエリック達を巡り、それから陰も憂いも、ある意味、配慮すらもない完全無欠の笑顔が浮かぶ。ハッとするほど綺麗な笑顔だ。
「はいっ。これ以上なんてあり得ない、最愛の旦那様と家族ですよ!」
ブイッとピースサインまでつけちゃう。
ハジメとユエの眼差しがとびっきり優しい。ティオ達は「ふふんっ」とドヤ顔したり、あるいは照れくさそうに頬を赤らめたり。
奈々と妙子なんかは「こ、これがシアっちの籠絡テクッ」「むしろ引導を叩き付けるテクじゃない?」と戦慄したり、優花がそわそわしたり。龍太郎達は「お、おぉ」と妙に感心した様子だ。
給仕係の皆さんなんかは今度こそ停止してしまって、「まぁ!」と頬を上気させているくらい、それはそれは魅力的な笑顔と断言だった。
「……ははっ、そうか。それは何よりだ。……そのような大事な家族から引き離したこと、三カ国を代表し改めて謝罪する。本当に申し訳なかった」
「責任者として深く謝罪致します。同時に、救世に心から感謝を。私が言うことではないかもしれませんが、無事にお帰りになることができて本当に良かった」
「……貴女が幸せなら、それ以上の望みはない」
「うん、そうだね。世界中の人達も、きっと同じように思ってるよ」
エリック達が揃って溜息を吐く。それは、いろんな積もりに積もった感情を吐き出すような溜息で、同時に今度こそ心の裡を洗い流したような清々しい溜息だった。
五年前は常に慌ただしい状況だった。お別れの時ですら。だから、こうしてしっかりと〝家族と共にいる幸せを噛み締めているシア〟を見ることで、ようやく彼等も己の心に一区切りを付けられたようだ。
「謝罪やら感謝は、まぁ、いいさ。神器もたんまり貰ったしな」
ハジメがシアに視線を向ければ、「ですね~」とにこやかな笑顔が返ってくる。
「それより、五年経ってもさっきの有様だったんでな、俺から引導を渡してやるべきかとも思っていたんだが……どうやら、それももう必要なさそうだな」
「……あ、いや、その……すまない」
感情を見透かされて、エリックがバツの悪そうな表情になる。
「貴方がそれを言うと、物理的な意味に聞こえるのが恐ろしいですね」
ルイスが苦笑しながら言えば、ハジメは肩を竦めた。
「ま、感情の話だ。理屈じゃない。行動にさえ起こさなければ、元々とやかく言うつもりはなかった。なんせ、相手はシアだしな」
「ハジメさん、それどういう意味です?」
「……オルクス大迷宮を出たばかりの尖りまくってた私とハジメでさえ虜にしちゃう、世界で一番かわいいウサギってこと」
「!! そ、そうですか……ふへっ」
ユエに優しい表情で頭を撫でられて、シアの表情がふにゃふにゃになった。
やっぱり可愛いものは可愛いのでエリック達や給仕係の皆さんが見惚れ、香織や優花達も微笑ましそう。
それでますます照れてしまって、シアは頬を赤らめたままガタッと立ち上がった。
「そ、それより! ダリアさんのことですよ! そろそろ何があったのか教えてください!」
ダリアが無事なのは確かだ。
エリック達の手紙でも所在こそ決して伝えて来ないものの、元気でやっているとのことで。なんなら今居る場所の特産品や稀少な素材なんかも送ってくれているとのこと。
実際、羅針盤を使った際に伝わってきたイメージでも、美しい泉と小さな滝がある森の中で、楽しげに料理をしている様子だったらしい。
もちろん、何者かに拘束されている様子もなく、手紙を強制的に書かされている雰囲気でもなかった。
とはいえ、自主的に行方を眩ませたなら、その理由は気になるところ。
いきなり転移で訪ねてダリアの不利益になれば、せっかくの再会も手放しに喜べないから。
「ああ、もちろんだ。聞いてほしい、シア殿が帰郷した後のダリアの奮闘を。そして、あいつに出奔の決意をさせてしまった、俺達のふがいなさを」
そう言って、エリックは語り始めた。時折、ルイスやフィルから補足を入れてもらいながら、この五年弱の間にあったことを。
……
……
……
そうして、全てが語られた後。
「……あはは、なんというか……ダリアさんらしいですね」
それが、シアの第一声だった。呆れ半分、嬉しさ半分といったところか。感心や友人を誇るような感情も滲み出ている。
「聖女、か」
ダリアにメイドの如く世話を焼かれたことがあるハジメが、なんとも言えない苦笑を浮べている。
そう、聖女。
シアやハジメ達がいなくなり、霊素が消えた新たな世界で、ダリアは国も人種も身分さえも問わずそう呼び讃えられていた。
「せ、聖装〝メイド〟を纏うことが許された唯一の存在かぁ」
「救国の英雄が唯一〝友〟と認めた人物、というのもね」
メイド服の扱いに苦笑する香織と、聖女と呼ばれる理由を口にする雫。その理由をリリアーナと愛子が更に積み上げる。
「しかも、王家の血も引いている公爵令嬢なんですよね?」
「元々美姫と評判の人が、国をまたいで世のため人のために東奔西走……あはは、それは聖女と呼ばれるのも当然かもしれませんね」
加えて、聖地へと足を踏み入れ女神と謁見した勇者一行の一人であり、つまり後世にまで名が残るだろう人物の一人だ。
「おまけに、あいつはシア殿との再会を信じていたからな。自分磨きにも余念がなかった」
「外見はもちろんのことですが、本来なら学ぶ必要のない侍女としての作法や技法、シア様に憧れてか戦闘技術も必死に学んでいましたよ」
「ふっ。少しはマシになった世の中を貴女に見せたいと尽力しつつも、最終的には……」
「ぜぇ~ったい、シア殿についていく気だったよねぇ、あれは」
エリック達が思い出すように虚空へ視線を投げながら笑みを浮べる。
そういうことだった。
ほとんど外交官のようなもので、国同士の連携のために休むことなく動き続け。
霊素が消えて足踏みせざるを得ない地域、途方に暮れる者を助けるための組織作りや運営も手がけ。
女神ルトリアや神霊達の教え、そして何よりシアに教わった大切なことを宣教師の如く広めながら、少しでもよりよい未来へ進めるよう民衆との交流も欠かさなかったのだ。
昇が思わず呟く。
「やってることがガチで聖女だよなぁ」
「お会いするのが楽しみになってきたぜ。美姫と呼ばれるくらい美人なうえに、心まで清いとか……」
「玉井っち、期待すんのは勝手だけど、そんな聖女さんが玉井っちを気にすることは未来永劫、100%ないよ?」
「うっせぇよ! 夢くらい見てもいいだろ!」
なんて淳史と奈々のやり取りは置いといて。
「でも、その上がりまくった評判が原因ってのは、なんともやりきれねぇなぁ」
龍太郎がお茶に口をつけながら、眉を八の字にして言う。
まったくその通りだと、皆が頷いた。
「……フッ、魅力的すぎるというのも面倒」
「ユエが言うと説得力があるのぅ」
ファサッと髪を掻き上げるユエ。
つまるところ、ダリア出奔の原因は彼女自身の魅力と、その魅力に対する嫉妬が原因だった。
ただでさえ、元から婚姻相手にと引く手あまたであったダリアである。そこに評判だけではない、実績が日々積み上がっていったのだ。
おまけに、ダリアが信じる通り勇者が再来したならば、彼女を通じて勇者とも縁を結べるかもしれない。
年齢も二十代前半で、むしろ貴族としては結婚が遅すぎるくらい。勇者に身を捧げる役目があったからこそ婚約話は全て断っていたが、その事実も、遠慮の必要がなくなったことも公になり。
なら、婚姻の申し込みが殺到しないわけがない。
そしてそれは、決して家の意向故にというだけでなく、多くの男がダリア自身の魅力に心を奪われた結果でもあった。故に、彼等による争奪戦へと発展するのも必然だったのだ。
「流血沙汰がなかったのが、せめてもの救いね」
「優花っちも、王宮ではモテモテで争奪戦状態だったもんね。死ぬかもしれないからって、決戦前にめっちゃ告白されてたしぃ」
「でも、南雲君に対する態度を見て心折れて……〝貴女にはもっと相応しい相手がいる! どうかお幸せに!〟って返事を聞く前に勝手に去っていくの、めっちゃ笑った。告白してきた相手に何故か振られまくる、みたいな状況についていけなくてポカンッてしてる優花の顔が……ふふふっ」
「私のことは関係ないでしょ! 奈々も妙子もちょっと黙ってなさい!」
優花のモテ話はひとまず脇に置いておいて。
実際、ダリアの争奪戦は水面下で行われていたことだ。直接的な争いはダリアの心を傷付けると、そんな人物が選ばれるはずがないと誰もが分かっていたからだ。
もちろん、ダリアへの強引なアプローチや無理強いもない。ありそうな時はエリック達が防いでいた。
けれど、だ。問題は、その男性陣の中には、特に貴族男性の中にはかなりの割合で既に婚約者がいたということだ。
「私、思うんですよね。これはリアル逆ハーもの。それも悪役令嬢物だって」
ゲンド○ポーズで、リリアーナがなんか語り出した。
「分かるの」
ミュウもなんか同意し出した――
「分かります」
レミアもだった。昼ドラ好きの血が騒いでいるのか?
「殿方達の寵愛を受けるダリアさん。しかしそこに、異界から美しい勇者の少女が! 心を交わしていたはずの幼馴染みの男性四人は、いつしか彼女の虜。燃え上がる嫉妬の心!」
「あ、いや、リリアーナ嬢。私達とダリアはそういう関係では――」
「だがしかしなの! 本来はそうなってもおかしくなかった物語は、根本が間違っていた! そう、シアお姉ちゃんは人妻だったの! 男の人達はまったくちっとも欠片も相手にされなかったの!」
「まぁ! なんてことでしょう!」
なんだろう、この茶番は。レミアまで混じるとは珍しい。
何はともあれ、吹っ切ったとはいえ幼子の放った〝事実〟はエリック達に効いたらしい。ほんとにね、欠片もね、相手にされなかったよ……と乾いた笑みを浮べている。
「狂ってしまった物語を、世界は修正しようとしたのです」
「それは……どういうことなの、リリィお姉ちゃん!」
「つまり、悪役令嬢ポジだったダリアさんが実はヒロインで、他のご令嬢方に悪役令嬢としてのポジションが割り振られたというわけ――むぐっ」
「うんうんそうだね。分かったから、ちょっと静かにしてようね?」
「ねぇ、ハジメ。リリィ、漫画と現実の区別つかなくなってないかしら? たった一週間の滞在なのに、凄い勢いで染まってる気がするのだけど?」
「……今度、母さんに話しとく」
香織に口を塞がれて物理的に黙らせられたリリアーナと、それを見てスンッと座り直すレミア&ミュウ。
呆れの視線がリリアーナに注がれるが、しかし、あながち的外れでもない。ダリアが置かれた状況とは、まさにそういうことだったのだから。
「ご、ごほんっ。……貴族の婚約は政略的だ。そこには明確な理由がある。関係の悪化や、ダリアの関心を得ることに腐心することは、誰よりもダリアの望むところではなかった」
「だからダリアさんは国を、いえ、人の世のそのものから去ったんですね」
「ああ」
自分の存在は、人の世に大きな悪影響を及ぼしてしまう。
五年、十年と経てば各国も安定し、誰もが関係を確固たるものにしているはず。また人の世に寄り添うのは、それからでもいい。
そもそも、自分はシアのもとへ行きたいと願っているのだ。もし、その願いが叶うなら、いなくなるのは早いか遅いかの違いでしかない。だから、どうか気にしないで、と。
後の世をお願いします。遠き地にいても、私は私にできることをするから、と。
そう置き手紙を残して、ダリアはある日、忽然と姿を消したのだという。
まさに、シアの言う通り〝ダリアらしい〟だ。
召喚される相手の性根も分からぬうちに、誰に強制されるでもなく身を捧げることを決意していた女性である。
世界のため、人の世のため国のため、自己の不利益を厭わぬ清廉で強い心の持ち主なのだ。
「……フッ、流石はシアが友に選んだ女。中々やりおる。ひとまずは及第点、としておこうか」
「ユエ、お前ちょっと厄介オタクみたいになってんぞ」
シアオタク(?)のユエが、腕を組んで椅子にふんぞり返っている。もしかしなくても、シアが〝友達♪ 友達♪〟とはしゃぐから、ちょっと嫉妬していたのだろうか?
何はともあれ、だ。
「ダリアさん……うぅん、でもルトリアさんのお話的にダリアさんを連れ出すのは……」
ハジメ達を除き、この世界の人間と異界の人間の交流は許さない。ルトリアの言葉を思い出して、むぅ~っと唸るシア。
なので、ハジメはシアにサムズアップした。
「本人にその意志があるなら……むしろ好都合」
「どういう意味です!?」
それは内緒だ。察しているユエがジト目で見てくるがスルー。
「確かに女神にお伺いを立てる必要はあるが、旅行次第で相談するかもとは言ってある。まぁ、上手く説得するさ。それに、再会するだけなら難しいことは関係ないだろ?」
「あ、それもそうですね! へへっ」
今、ダリアはどこでどんな生活をしているのか。それはまだ分からない。
けれど、世俗から離れて二年もやってきたのだ。今すぐ、シアがどうにかしてあげないといけないような状況でないのは確かだろう。
ならば、何はともあれ再会だ。
シアとの再会を、ダリアはずっと夢見ているのだから。
「我々も連れていってもらえないだろうか?」
「エリックさん?」
身を乗り出して、エリックが懇願してきた。
「もちろん、ダリアと再会したとて無理やり連れ戻すようなことはしない。ただ……謝りたいんだ」
「……ええ。陛下に同感です。私達は、もっとダリアに向けられる人々の感情に気を払うべきでした。復興や新たな世の中の安定にばかり気を向けて……」
「ダリアの居場所を守ってやれなかった」
「うん……出奔させてしまったのは俺達の責任でもあるから」
ダリアからの手紙は常に一方通行だ。こちらからは届けられない。手紙も有用な物資も、元々は獣王国からダリアに贈られた飛竜が届けるばかり。
後を追うことも、なぜか以前よりずっと速く、遠くまで継続して飛べるようになっているダリアの飛竜には誰も追いつけず。
ついぞ二年の間、言葉一つ届けることはできなかったのだ。
だから、聖女の失踪が広まった後、ダリア争奪戦をしていた者達は各国から強い釘を刺され、彼等もまた反省し、今ならダリアが帰ってきても問題ないことを伝えることもできていないのだ。
「どうか! この通りだ!」
ぐっと頭を下げるエリック。ルイス達も続く。彼等も幼馴染みとの再会を心から望んでいる。それが分かる懇願ぶりだった。
シアがハジメを見る。他の面々もハジメを見やった。肩を竦めるハジメ。
「俺は特に問題ないが……了解を取るべきはダリア当人だろう?」
「ですね。まず私達が会いに行きます。それで、現状をダリアさんに伝えて、気持ちを確かめて、それでOKならエリックさん達を呼ぶ。そういう感じでもいいですか?」
「至極当然の判断だ。十分だよ。ありがとう」
ほっと表情を緩めるエリック達。
「それじゃあ早速行くか?」
「行きましょう!」
ハジメが問えば、シアが待ちきれないといった様子でウサミミをみょんみょんっさせる。ユエ達にも否はなく立ち上がった。
「〝転移〟で行くんだな?」
エリックが尋ねた。ハジメが羅針盤を取り出しながら「ああ」と頷く。
「そうか……。あえて場所は聞かないでおこう。もし、ダリアが俺達と会うことを良しとしなければ、せめて伝言を頼みたい」
「どんなです?」
シアが小首を傾げる。エリック達は顔を見合わせ頷き合った。
「――すまなかった。そして、ありがとう。お前の献身は確かに実っている。いつでも帰りを待っている、と」
「ふふ、了解です! ちゃんと伝えますよ!」
別に喧嘩別れしたわけでもないのだ。現在の状況において、ダリアが拒むことはないだろうと半ば確信しつつも、シアは請け負った。
と、その時。
「んん? これは……」
「……ハジメ? どうしたの?」
羅針盤を発動していたハジメが訝しむような表情になった。出発する気満々でハジメの傍に寄ってきていた龍太郎達も小首を傾げる。
「いや、場所が刻一刻と変わっててな……伝わるイメージも周囲の風景が流線型というか……なんか凄い勢いで移動してるな、こりゃ」
「ダリアさんって足が速い人なのね」
優花が素直な感想を口にする。同時に、だから何? みたいな表情だ。たぶん、〝凄い勢い〟のレベル感が伝わってない。
と察して、ハジメは苦笑を浮かべた。
「ま、行きゃ分かるな。進路予測して少し先の方にゲートを開くぞ。シア、通過しそうになったら呼び止めてくれ。いや、場合によって確保してくれ」
「え!? どういう意味です――」
「ほらほら、行くぞ! もたもたしてたらあっという間に通り過ぎちまうからな!」
ほんと、どういうこと!? それ人間が出せる速度じゃないよね!? とようやく速度感を理解し困惑する一同。
「ダリアって、そんなに足が速かったか?」
「い、いえ。補助系統の霊術を使えば相当でしたが、もう使えませんから……」
なんてエリックとルイスの困惑の言葉を背後に、
「と、とにかく行ってきます!」
「あ、ああ! よろしく頼む!」
シア達は開いた〝ゲート〟に慌ただしく飛び込んでいったのだった。
そうして、クリスタルキーにより開かれた〝ゲート〟を出て数秒後。
うねった木々や膨大な年輪を重ねただろう巨木、種々の草花で満ちた樹海と称すべき場所をキョロキョロと見回していたハジメ達は、目撃した。
――ォオオオオオオオオオンッ!!
大きな二本角と白い体毛にエメラルドグリーン色の鱗(?)がある大型トラックくらいの巨大な獣が、右側から木々や枝葉をバッキバキに薙ぎ倒しながら飛び出してきたのを。
ジンオウ○さん!? ジンオ○ガさんじゃないか! と思わず口にしそうになったハジメだが、
「ぁぁぁああああああああああぁぁぁぁぁ~~~~」
人の悲鳴(?)が聞こえてきて口を噤む。
ハジメ達には見向きもせず凄まじい速度で目の前を通過していく巨獣の、その首筋あたりに必死の形相のメイドさんの姿が見えたから。
首の上に乗っているのではない。あくまで側面にしがみついている。今にも振り落とされそう。
悲鳴(?)が、F1レースのマシンが通過した時みたいに響いて右から左へ消えていく。
左側の木々が薙ぎ倒される轟音と共に、その姿も樹海の奥へ消えていった。
そして、
「うぉおおおおおっ、急げぇーーっ。里長を見失うぞぉおおおっ」
「姫さまぁ!! 早く、壁ドンしてぇ! そいつ止めてぇ!」
「やべぇ! やっぱり縄張り争いする気だ! 後ろからも来てるぞぉ!!」
「閃光蟲ぅ! 用意しとけぇ!」
その後を、これまた大型バイクくらいはありそうな狼(?)に乗って追っていく〝世紀末のヒャッハー共〟みたいな連中と、
――ガァアアアアアアッ!!
そんな彼等と、ぽかんっとしているハジメ達の頭上に差す影――赤みがかった鱗と棘の生えた尾の巨大なドラゴンが通過していくのも目撃。
ちなみに、ヒャッハーみたいな連中は皆、身長より大きそうな武器を背負っていた。いかにも生き物の体から取った素材を加工したっぽい無骨な作りの。
「「「「「……」」」」」
全てが嵐の如く通り過ぎ、森に静寂が帰ってくる。チッチッチッと鳴く小鳥さんが、シアの頭の上にポテッと着地した。あらかわいい。
呼び止めろと言ったのに、というツッコミをハジメは入れなかった。
誰も、言えなかった。
スゥ~~~~ッと揃って深呼吸である。胸の内の困惑を収めるために。
でも、とりあえず、これだけは言いたかったのだろう。
龍太郎が薙ぎ倒され即席の獣道ができた左側の森の奥を指さしながら、顔だけはハジメに向けて問うた。
「この世界って、リアルモン○ンの世界だったのか!?」
ちょっと嬉しそうなのは、龍太郎が某モンスターをハントするゲームの大ファンだからだろう。ランス愛好家である。
「あの、今のは……精霊獣? いや、でも彼等は聖地に撤退したはずで……」
シアが困惑顔をハジメに向けてくる。星樹の孤島にダリアがいなかったのは確か。ならば、あるいは別の世界に転移した? と問いたげな表情だ。もちろん、違う。
遠き地ではあるが、ここは確かに王国がある大陸の内部。精霊獣がいるはずのない場所だ。
巨獣の正体、ダリアを里長とか姫様とか呼んでいたヒャッハー達。
気になることがドッと増えた。
とはいえ、ひとまずは、だ。遠くから轟音が響いてくるので。
「ごほんっ――。一狩り行こう、ぜ?」
ハジメは、そう冗談っぽく号令をかけたのだった。好奇心を抑えられない様子で。
なぜか? それはもちろん、ハジメもまた歴戦の太刀使いだからである。ゲームの中では。
キラキラした目で反応したのは淳史と昇、そしてミュウだけだった。
いつもお読みいただきありがとうございます。
感想・意見・誤字脱字報告もありがとうございます。
精霊獣が去った影響が生態系になかったわけもなく…そんな話を次回、少し書きたく思います。白米がモンハンW&IBやってるのはあんまり関係ないです。初めての弓…楽しいです。
※ネタ紹介
・スーパーハウリア人
言わずもがな『ドラゴンボール』のスーパーサイヤ人より。シアが超ハウリア化して髪が逆立ったら……それはむしろ〝ゴンさん〟では?と思ってしまったのでなることはないです。
・リアルギャルゲーしたのか、俺以外の奴と
元ネタ知らなかったので調べたら、恋愛ドラマアプリのCMのセリフだったみたいです。
・ゲンドウポーズ
『エヴァンゲリオン』の碇ゲンドウより。
・巨獣&飛竜
『モンスターハンター』のジンオウガ&リオレウスより。狼(?)はR&SBのガルクから。白米はナルガクルガさんが推し。特に希少種。かっこいい。