表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ありふれた職業で世界最強  作者: 厨二好き/白米良
ありふれたアフターストーリーⅥ
490/546

異世界旅行編 プロローグ

お待たせしました。最後の長編開始です。

どうぞ、よろしくお願いいたします!



 まだ朝の九時前にもかかわらず、太陽の自己主張が激しい。


 雲一つ見当たらない快晴。ギラギラの陽光が窓から無遠慮に入り込み、室内の温度を刻一刻と上げている。それを応援するみたいにセミの方々も大合唱。


 なんとも不安定な天気が続いていた近頃だが、旅行に出発する本日は実に夏らしい空模様だ。


 だがしかし、そんな夏休みに相応しい元気なお天道様とは裏腹に、南雲家のリビングには少しばかりジメッとした空気が漂っていた。


「そろそろ集合時間かしらね? 気をつけて行ってくるのよ、ハジメ。――そう、お母さんを置いて、ね?」

「お土産には期待してるぞ。何せ、お父さんを置いて行くんだから、な」


 南雲夫妻だった。


 朝食もそろそろ食べ終わるだろう頃合い。これ見よがしにしょぼくれた表情をさらし、哀れを誘うかのように緩慢な動きで漬物をポリポリかじっている。目の下には隈までできていた。


 なのでハジメは、


「鬱陶しいなぁ」


 ドストレートに返した。一週間くらい前から何度も繰り返しているやりとりなのでしょうがない。


 (すみれ)(しゅう)が、これまたわざとらしいショック顔を見せる。なんなら「よよよっ」と口に出しながら泣き崩れる姿まで。


「お、おじいちゃん! おばあちゃん! 年末か、来年の春休みには絶対に一緒に行こうなの! なんの心配もないようにミュウ達がし~~~~っかり向こう側を調べておくから!」


 ミュウは本日も優しかった。


 レミアママとお揃いのふんわり白ワンピ(まさに旅行に行く良いところのお嬢さんのよう)をふわふわさせながら身を乗り出し一生懸命にフォローする。


 当然、菫おばあちゃんと愁おじいちゃんの雰囲気は一気に変わった。デレデレだ。


「まぁ! ミュウちゃんったらなんて頼もしいの!」

「鬼息子と違って、ほんとに優しいなぁ。おじいちゃん感動!」


 鬼息子さんがどんどんジト目になっていく。その様子を見てくすりと笑いつつ、食後のお茶を一口味わうユエ。


「……トータス旅行の時のように、またツアーガイドユエができるよう色々と調べてきます。楽しみにしていてください」


 トータス旅行が観光地の豊富な先進国へのツアーとするなら、今回のそれはあまり知られていない異国への個人旅行のようなもの。


 現地の状況によっては、旅程がどう転がるかも分からない。純粋にゆっくり、かつスムーズに観光だけ楽しむ、とはいかない可能性も大だ。


 とすると、確かに下見をしたユエ達によるガイドがあった方が親達には楽だろうし、楽しんでもらえるに違いない。


 という気遣いは当然、菫達も理解しているところで。


 そんな二人へ、トータス時代の服装を彷彿とさせる、けれどより地球のファッションに寄せている衣装でばっちり決めて旅行への意気込みを示しているティオとシアから、違う意味で本気が窺える指摘が飛ぶ。


「というか、義母上殿(ははうえどの)義父上殿(ちちうえどのも)も今は仕事で手一杯じゃろう? むしろ、お二人の方が心配じゃ。どうか妾達がいないからといって無理はされぬよう」

「そうですよ! お二人とも仕事のこととなると寝食をナチュラルに削るんですから! 健康第一です!」


 うんうんっと深く頷いてリリアーナも補足。


「ですね。仕事は一日二十四時間まで。食べられる時に食べられるだけお腹に詰めて、きちんと栄養補給を――」

「リリィさんは黙っててください」

「シアさん酷い……」


 リリアーナが悲しげに目を伏せるが、最近のお気に入りらしい味付け海苔(のり)をパリパリと食べ続けているので(今朝だけで二十枚目)、全然悲しげに見えない。


 むしろ、せっかくハジメとのデートの時と同じ可愛らしい服装なのに、海苔の欠片がボロボロと落ちているのがなんとも言えない。王女よ、それでいいのか……と。


 あらあらと海苔の欠片を取ってあげながら、レミアからもしっかりと。


「栄養たっぷりの料理を作り置きしていますから、忘れずにしっかり食べてくださいね?」


 じっと見つめてくるレミアに、菫と愁は視線を逸らしつつも「「はぁ~い」」と返事をした。ちょっと口元がニマニマしている。


 義理の娘達に母親のように諭されることに居たたまれなさを感じるが、同時に心配されて嬉しくもある。といった感じだろうか。リリアーナのワークスタイルは反面教師にしたいところだが。


 ハジメもまた、そんな両親の姿を見て小さく笑いつつ、


「ま、今回の旅行でゲートや通信機の設置が上手く行ったら、もっと気軽にいろんな世界を行き来できるようになるから」


 とフォローを入れる。


 異世界での安全の確保という観点以上に、普通に仕事で行けないという大人の悲しみから息子に八つ当たりしていただけなので、菫と愁も肩を竦めて雰囲気を普段のそれに戻した。


 なお、目の下の隈も旅行に行けないショックから出来たものではなく、普通に仕事に没頭しちゃった自業自得の結果である。


 夏休み特別番外読み切りストーリーと、夏休み中に発売する新作ゲームのあれこれで、現在、二人とも割と鉄火場にいるような状況なのだ。


「はいはい、分かりましたよ~」

「智一くん達と休みを合わせるの大変だからなぁ。できればまた一緒に行きたいが、そうなるとやっぱり来年に期待かな?」


 トータス旅行が本当に楽しかったのだろう。行くならまた白崎家や八重樫家、畑山家も一緒がいいというのは普段から聞いている話だ。


 親は親同士で、やはり通じ合うものや楽しみ方というものがあるのだろう。


 と、そこでリビングのドアが輝きを帯びた。


 新しく作ったゲートだ。白崎家や八重樫家、愛子の家のドアと直通になっている。キーワードの詠唱一つで開いた先が南雲家のリビングになる仕組みだ。


「おはようございまぁーす!」


 弾むような声音で元気に挨拶したのは香織だった。


 白のキャミソールに薄手の黒いカーディガン。下は珍しくジーンズだ。髪をアップにして、蝶を模した可愛らしいバレッタで止めている。普段、雫がしそうなファッションだ。


 荷物は全て〝宝物庫〟なのだろう。手ぶらで気軽に入ってくる。ドア一枚向こう側が南雲家なので実質同居と変わらない。既に挨拶の言葉が「お邪魔します」じゃないことからもすっかり南雲家の一員だ。


 ハジメ達が口々に「おはよう」と返す中、ユエだけ香織を上から下まで眺めて目を眇めた。たぶん、ファッションが被ったからだろう。細部は違う点も多いが、遠目に見れば十分にペアルックである。髪型まで一緒であるからなおさら。


 だからだろうか。いつもの悪癖が発動。


「……香織? どうしたの?」

「え? どうしたのって……何が?」


 おはよう、とハジメ達が言葉を返す前に、ユエがきょとんとした表情を()()()そう言った。


 戸惑う香織に、ユエは何かを察したような呆れ顔に変える。いっそ見事なほど鮮やかな変化だ。演技っぽさなし。女優である(香織に悪戯するとき限定)。


「……旅行は明日だけど?」

「え……え!? あれ!? ほんとに!?」


 慌ててスマホを取り出して日付を確認し出す香織さん。こういうところは、いつまでも経っても純粋だ。


 ユエの口元がクックックッと悪い笑みを浮べている。


「朝から何やってるのよ」


 という呆れの言葉は、ちょうど香織の後からゲートを抜けてきた雫からだった。


 ポニテはいつも通り。フリルブラウスに、珍しくもミニスカート姿だ。美脚が惜しげもなく晒されている。普段、香織が好みそうな格好だ。


 もしかしなくても示し合わせたのかもしれない。せっかくの旅行だから普段と逆の衣装を着ようと。


 ハジメの視線を感じたのだろう。ちょっと照れたように足をもじもじしつつも菫達へ丁寧にご挨拶する雫。一拍おいて、香織に苦笑を向ける。


「そうやってすぐに引っかかるから、ユエも味を占めちゃうのよ?」

「……朝から踊ってくれてありがとう。白崎・ピエロ・香織」

「最低のセカンドネームつけるのやめてくれる!?」


 リビングの賑やかさが一気に増した。


 香織が来た時点で台所に入っていたレミアが、くすくすと笑いながら麦茶を三つ、トレーに乗せて戻ってくる。


 そろそろ集合時間なので、時間をきっちり守る彼女が遅れるはずないと確信してのことだろう。


 案の定、リビングのゲートが輝いた。


「お邪魔――んっんっ。おはようございますっ」


 入ってきたのは愛子。香織や雫と違って、まだ〝旦那の実家感〟が拭えないようで、ちょっと言葉に詰まる。


 薄い生地の、オーバーサイズなパーカーを着ている。下はショートパンツでも履いているのか、パーカーに隠れて見えない。


 なかなかやりおる! みたいな視線が女性陣から。誰かさんが散々似合うというから、遂に外でもパーカーファッションを着るようになったのか。それとも、今回はプライベートかつ異世界への旅行だから逆に気が緩んでいるのか……


 それはさておき。


「ああ、おはよう、愛子」

「……ん、おはよう、愛子。…………ん? どうしたの? なんか表情が固い?」


 ハジメ達が挨拶を返した後、腹いせ? なのかなんなのか、香織に強制ツインテールの刑に大人しく処されているユエが小首を傾げる。


 よく気が付くなぁと、レミアから麦茶を貰って礼を口にするや否や一気に飲み干した愛子は苦笑を浮べた。


「私の分身がちょっと……」

「何か問題でも出たか? 大丈夫そうに見えたんだが……」

「いえ、問題はないんですけど……むしろ、問題がなさすぎるというか」

「?」


 首を傾げるハジメ。ユエのツインテが羨ましくなったのか、おねだりしたミュウも香織にツインテにされている傍らで、愛子は嘆息を零す。


「どうしてなんでしょう? 私の言動をトレースするはずなのに、普段の私よりずっと愛想がいいというか、なんかやることなすことスマートというか……」


 なお、最近ようやくスムーズにタメ口で話せるようになってきていた愛子が元の丁寧語で話しているのは、分身体を遠隔で操作する必要が出た場合、分身体では丁寧語で、本体はタメ口で、という切り替えをできる気がしなかったからである。


 あと、今回の旅行は身内以外も参加予定なのだが、彼等・彼女等にまでタメ口で話すのは、やっぱり元生徒という意識が働いて難しいらしい。


 そんな不器用な愛子らしい理由で、今回の旅行中は元の丁寧語主体でいくと決めたのだが……


 この点も、なぜか分身体は完璧な切り替えができていたりする。


「なんだ、魂魄の転写をする時に〝理想的な自分〟でも念じたか?」


 冗談めかして言うハジメに、愛子は視線を泳がせた。……図星だったのかもしれない。


 本来、そんなことで分身体の言動に影響が出るはずはないので、ハジメ達も「え? マジ? 気のせいじゃ?」といった表情だ。


「あら、良いことじゃない。安心して学校のことも任せられるでしょ?」


 その辺りの魔法のことはよく分からない菫であるから、あっけらかんと言う。それに後を押しされたみたいにコクコクと頷く愛子。


「そ、そうですよね! うん、改悪じゃないから大丈夫! きっと!」

「なんか自分に言い聞かせてないか?」


 実は、三日前にはできていた分身体に、この三日間、完璧に家事炊事をこなされて世話を焼かれていたとは言えない。


 まして、最終確認でこっそり見守っていたところ、ご近所さんへのさりげない挨拶から、学校での先生や生徒とのやりとりでも、むしろ自分よりしっかりした大人の雰囲気で対応していたなんてことは。


 分身体の意図しない言動なんて、普通に問題ありなのだが……


(客観的に見た自分のダメっぷりを再調整するとかキツいです……)


 という理由で目を逸らしたダメな愛子であった。


 ちなみに、この時の愛子は知るよしもなかった。目を逸らした結果、生徒達から分身愛子が〝スーパー愛ちゃんモード〟とか〝覚醒愛ちゃん〟と呼ばれて、でも本来の小動物チックな面も確かに残っていて、そのギャップのせいで元々高かった人気が更に爆上がりするなんてことは。


 教師陣からの評価も上々で、期待値が上がりまくることも。教頭先生がいろんな意味で更に振り回されることになるなんてことも。


 それどころか、どこぞの吸血姫様の如く妖艶な雰囲気を見せることがあり、愛ちゃん先生の童顔&小柄な見た目とのギャップに、性別を問わず一部の生徒が情緒(あるいは性癖?)を狂わされたり、新任の先生が熱い視線を向けるようになったりもすることも。


 解決は、新学期のプルプル震える小動物な愛ちゃん先生(本物)に委ねられている。


 閑話休題。


 朝食をすっかり片付けて、お茶を飲みながら過ごすこと少し。時計の針が集合時間の五分前を指した。


 まるでそれを見計らったかのように、ピンポーンとチャイムが鳴る。


 親達に代わって、今回の旅行に参加する仲間がやって来たようだ。


「ミュウが出るの!」


 香織にしてもらった出来たてツインテをフリフリさせつつ椅子から飛び降りる。


 体操選手の如く両手を万歳で着地を決めて、更に椅子をインターフォンの下までスイーッと押していき、ピョンッと飛び乗る。


 ディスプレイを覗くと、そこにはデニムのショートパンツに編み上げサンダル、オフショルダーのブラウスを着た人物が。


 シュシュでまとめた茶髪の先を指先でくるくるイジイジしている。視線もそわそわ。可愛くネイルし足先も落ち着かなげにトントンしている。


「優花お姉ちゃんなの!」


 と報告しつつ通話ボタンをポチッとな。


 優花の方にもブツッと繋がった音が聞こえたのだろう。ワタワタした様子で前屈みになり、カメラとマイクに顔を近づける。


『しょっのっ、園部っ、です! おはようございますっ。きょ、今日は旅行に参加させてもら――』


 なんかカミカミだった。たぶん、あれだ。菫か愁が出ると思い込んでいたのだろう。


 ハジメ達はともかく、未だに菫と愁の前ではやたらと恐縮する優花である。まして、今回の訪問は客観的に見れば息子さんとのお泊まり旅行が目的なわけで、妙に意識してしまっているに違いない。


 まぁ、そんなことはどうでもよくて。


「合い言葉を言え、なの」

『え? ……えっ!? 合い言葉!? なにそれ、知らない……』


 ミュウからの唐突な要求に激しく動揺する優花。それはそうだろう。ハジメ達も「合い言葉?」と首を傾げているのだから、知らなくて当然である。


「今からする質問に答えるのだ! さもなくば、その門は開かぬもんっ」

『そ、そんなっ。せっかく一ヶ月前から新しい服を揃えて、エステとか美容院にも行ったのに!』


 既に〝合い言葉〟じゃない点や、優花ちゃん張り切り過ぎだろ……というツッコミはさておき。


 動揺のせいか、話している相手がミュウであることも意識の外にありそうな優花ちゃんへ、ミュウはフッと笑って問うた。


「パパの格好いいと思うところを三つ挙げるのだ!」

『えっと、えっと……頼りになるところ、半端はしないところ、即断即決なところ、楽観視しないところ、直ぐに対策を考え出すところ、なんだかんだ気遣ってくれるところ、コーヒーを飲む姿が様になってるところ、それから――』


 三つと言ったのに、指折り数えながら次々と回答する優花に、ユエ達が「ほほぅ?」とか「うんうん、分かってるね」と、まるで面接官みたいな表情で頷いている。


 両親がニチャァとした顔で見てくるので、ハジメは凄く気まずそう。


 そんな中、流石に途中で気が付いたようで、


『――って何を言わせんのよ!!』

「お、おう、なんかすまぬなの」


 優花は真っ赤になって怒鳴り散らかした。


 ミュウもミュウで、右ストレートを打ってこいと構えたら猛烈な連打が放たれてきた! みたいな表情で動揺している。


 なお、優花の背後では、お向かいの奥様がちょうど新聞を取りに出てきていたのだが、その表情が「あらまぁ! 今日はいったいなんの騒ぎかしら! さぁ、続けて?」みたいな好奇心に満ちた眼差しを送っていたりする。


 ぷんすかっと怒りながら――いや、羞恥心を誤魔化しているだけか? とにかく、真っ赤な顔のまま南雲家に入る優花。


「おはようっ、今日は良い天気ね!」


 自棄が入ってそうな勢いのある挨拶だった。


「優花ちゃん、おはよう。朝から息子を褒めてくれてありがとね?」

「いやぁ、我が息子のことながら鼻が高いよ」

「うっ、菫さんも愁さんもおはようございますっ!!」


 ご両親の言葉の内容はスルーして、きっちり頭を下げてご挨拶。勢いで乗り切ろうとしているのがバレバレだが、あえてツッコミは入れないであげる。


「園部」

「何よっ。言っとくけど、あくまで一般論だからね!」

「分かった分かった。それより、悪かったな。直接来てもらって」


 優花の家にドア型ゲートはない。だが、普通にハジメなりユエなりがゲートを開いて迎え入れてもいいわけで、なのになぜ優花は直接やってきたのか。


「それは別にいいけど……それより他の皆は?」


 リビングの壁掛け時計を見上げて、次いで室内を見回す優花。


 香織がニコニコ顔で進み出る。


「あのね、優花ちゃん」

「な、何よ、香織」


 一歩後退る。優花は知っているのだ。香織の微妙な笑顔の違いを。


 これは、これは悪い笑顔だ!


「龍太郎君と鈴ちゃん、それに妙子ちゃんに相川君。あと奈々ちゃんと玉井君が参加するって話だったよね?」

「え、ええ、そうよ。それが何――」

「あれは嘘だよ」

「!?」


 目を大きく見開いた優花は、ユエ達へ真偽を確かめるような眼差しを巡らせる。


 ユエがにっこり笑って答えた。


「……他には誰も来ない。私達と優花だけ」

「!!?」


 更に一歩後退る優花。そんな馬鹿な、と言いたげな表情だ。それはそうだろう。だって、


「嘘でしょ? ちょっと待って。じゃあなに? 結婚して初の家族旅行でしょ? 実質ハネムーンみたいなもんでしょ? その中に私だけ紛れ込む感じ?」

「そんな感じですぅ」

「そんな感じじゃな」

「そんな感じですねぇ」


 引き攣り顔で現実を確認する優花に、シアとティオとリリアーナがうんうんと頷いた。


 優花はスゥーッと息を吸った。そして、


「実家に帰らせていただきますっ」


 ダッと(きびす)を返した。もちろん、ユエと香織に捕まる。


「離してぇ! 帰らせてぇ!」

「「良いではないかぁ、良いではないかぁ~~」」

「何も良くないわよ! なにその空気読めてない奴! それに、どうせ旅行中もイチャイチャするんでしょ! パワーアップ版でね! まだまだ新婚だもの! その中に部外者が一人? バカッ、居たたまれないわ!!」


 でしょうね、とハジメと雫、そして愛子は顔を見合わせた。なんとも言えない表情だ。レミアだけ相変わらずあらあらうふふしている。


 香織が神妙な顔で優花をなだめる。


「まぁまぁ、優花ちゃん。よく考えてみて?」

「何をよ!」

「良い機会だって」

「どういう意味よぉ!」

「……優花。最近、ハジメとのつかず離れずな関係も悪くないかもって日和ってない?」

「…………日和ってないし!」


 ちょっと間があった点はあえて触れず。大学生モードでは優花よりちょっぴり背の高いユエが肩越しに優花の耳元へ口を寄せる。


「……優花のこと、私は嫌いじゃない」

「ちょっ、耳元でささやかないで! 吐息が――」

「……むしろ、好きな方」

「んんっ」

「……だから、ね? 優花、そろそろはっきりしよ?」

「うぎゅぅ~~~」


 唇が耳に触れるほどの距離でささやかれるユエの甘い言葉。


 魔法も機材も使わない天然〝自律感覚絶頂反応(ASMR)〟により、脳が直接ぞわぞわするような心地よい感覚が優花を襲う!


 真っ赤になってうつむき、手や素足の指先をキュッと丸めて堪える優花。


 ミュウが「ひゃぁ~~っ」と両手で顔を覆う(もちろん、指の隙間から凝視している)くらいには百合百合しい空気が漂う。


 愁が「朝から尊いなぁ」と両手を合わせて拝み、菫は血走った目で鼻息あらくスマホで撮影している。


「わ、私は負けないっ。べ、別に好きな人なんてぇ、いないんだからぁ!」

「そんなっ、ユエのささやきに耐えた!? あり得ないよっ」

「……馬鹿な。優花のツンデレ力は化け物か!?」


 なんか恐れおののいている香織。ユエのASMRの威力を知っているのだろう。もしかして何かの機会に経験したのだろうか? しかも敗北したことがある? 詳しく聞きたいところだ、と思う菫と愁。


 それはともかく、ユエはユエで自信があったのだろう。驚愕をあらわにしている。


 と、そこでようやく助け船。


「二人共、もういいだろう。どうしてもって言うから協力したが、それ以上は園部がかわいそうだ」

「な、南雲ぉ」


 紅潮した頬に、少し荒い吐息。もじもじと体を震わせる潤んだ瞳の優花は、いろんな意味で中々に凶悪だった。


 なんとなく目を逸らすハジメ。雫が阿吽の呼吸でユエと香織の首根っこを掴み、ネコを運ぶみたいに優花から引き離す。


「悪かったな、園部。それと、お前だけってのも嘘だから安心して旅行に参加してくれ」

「ふわぁ?」


 恐るべしユエのASMR。なんかふわふわしちゃってる優花に、愛子が苦笑しつつ〝鎮魂〟をかける。


 正気(?)に戻る優花。どっちにしろ羞恥心には襲われるようで、両手で顔を覆ってしまう。


 ほら謝りなさいと促され、ネコのように吊られたまま仲良く「ごめんなさい」するユエと香織を横目に、ハジメはクリスタルキーでゲートを開いた。


 すると、ゲートの向こう側――どこかのマンションの一室が見えて。


「へへ、パスワードなんて無駄だぜ、坂上。魔王課サイバー班仕込みのハッキングでお前のPC内を丸裸にしてやるぜ」

「昇……お前やるじゃないか! 見直したぞ! 同棲なんて抜け駆けをした野郎に人誅をお見舞いしてやれ! えぐい性癖の一つや二つ絶対に隠してるぞ!」

「ふざけんなお前等ぁあああっ!! さっさとそこをどけぇ!」


 と、昇、淳史、龍太郎が何やらデスク周りでわちゃわちゃしているかと思えば、


「きゃぁーーっ、鈴ちゃんったら大胆!」

「鈴っち……あんた、変わっちまったね? 昔はこんなエロい下着なんて――」

「うわぁああああっ!? なに勝手に開けてんの!?」


 クローゼットの前で妙子、奈々、鈴がなんとも(かしま)しく騒いでいる。


 そう、ここは龍太郎と鈴が同棲している部屋。ゲートでの迎えが来るまで、他の旅行参加メンバーである淳史と昇、妙子と奈々は二人の自宅で待機していたのだ。


 ついでに、龍太郎と鈴の同棲実態を探るべく調査を開始していたようである。


「あ、南雲!」

「あ、集合時間? ほらっ、下着返して! 時間だよ!」


 自宅で好き勝手する友人達にブチギレそうだった龍太郎&鈴が、救世主を見たような顔になった。


 迎えが来たとあらば仕方ない。「今度はもっと大勢連れて来よう」なんて恐ろしいことを了解し合いつつ淳史達がゲートを潜ってくる。


 その後に、嵐をどうにかやり過ごした人のように疲れた様子で続く龍太郎&鈴ペア。


「優花! 久しぶり!」

「え、あ、うん。久しぶり、妙子?」


 ずっと英国にいた親友からの抱擁に、優花は反射的に応えながらも目を白黒させている。


「お邪魔しまっす! 南雲、誘ってくれてありがとな!」

「トータスとはまた別の異世界かぁ。めっちゃワクワクするわ」


 淳史と昇が菫達に挨拶しつつ、テンション最高潮な様子でハジメの肩をバンバン叩く。


「なんなら同窓会を兼ねて皆で行けたら良かったんだけどねぇ」

「皆も忙しいからしょうがないっしょ。夏休みとはいえ、連絡がつきにくい長期の旅行だかんね」


 と、妙子と奈々もテンション高めで優花を囲む。


「ちょ、ちょっと待って! え? 香織? ユエさん? 奈々達が来るのは嘘だって……」

「ごめんね。それが嘘だよ」

「……素直じゃない優花が悪いと、私は思います」

「二人共、引っ叩いてあげるから潔く頬を差し出しなさい」


 どうやら優花へのドッキリ(?)、本音確認(?)のために、わざと一人だけゲートなしでの来訪をさせ、他の参加者は龍太郎&鈴の家に待機させていたようだ。


 ということに気が付き、優花の額に青筋が浮かんだ。


 詰め寄る優花と、スススッと綺麗にシンクロした後ろ歩きで逃げていく香織とユエ。


 それを尻目に、ハジメは妙子と昇に視線を向ける。


「半分は仕事みたいなもんだろ? 浮かれるのはいいが、ほどほどにな?」

「もぅ、分かってるって。マグダネス局長にも言い含められてるし」

「俺達にとってもチャンスだからな。いろんな世界をよく知る人材なんて、キャリアアップに死ぬほど有利だ。服部さんも大満足のレポートを上げるさ。……全ては(リーウ)さんに認めてもらうために」


 昇のボソッと呟かれた最後のセリフがいろんな意味でちょっと怖いが……


 それはそれとして、実は昇と妙子の同行は服部やマグダネス局長の意向を受けてのものだったりする。


 異世界間の行き来が自由度を増すだろうことは両局もハジメから聞き及んでいるところ。ならば、将来を見据えて異世界担当の人材は喉から手が出るほど欲しい。


 もちろん、プライベートの旅行に局員を同行させてほしいなんて言えない。が、昇と妙子ならワンチャンあり、ということだ。


 そうすれば、リリアーナも将来を踏まえて龍太郎と鈴も一緒に連れて行きたいと提案。二人も行けるなら行きたい! と熱望したという経緯がある。


 優花に関しては、ユエと香織が最初から連れて行くつもりだったようだ。


 大学で旅行の話をしている時などに、優花が一緒に行きたそうにこちらを見ている! 状態を何度か目撃し、しかし、性格的に絶対に自分から言わないだろうなぁ。まして、身内だけの旅行に一人だけついてくるなんてことも絶対にOKしないだろうなぁと推測(完璧な正解)。


 で、奈々と淳史を巻き込んで一緒に行くよう仕向けた結果、このメンバーが集まったというわけだった。


 ちなみに、大半の元クラスメイト達が忙しくて参加できないのは事実だが、参加を熱望する者が他にいなかったわけではない。


 例えば、異世界の美女とお近づきになることしか頭にない某二人組とか、未だにハジメへのアブノーマルな下心を持っている一部の女子とか、お姉様とのワンチャンを狙っている後輩とか。


 もちろん、全員却下した。


 理由は言わずもがなである。


 奈々達が旅行に行けるメンバーに選ばれたことが悔しくて妬ましくて、本人達には「行きたいけど忙しいからぁ~」と強がって伝えたようだが。


 閑話休題。


 リリアーナが龍太郎と鈴の手を取って力説する。


「そうですよ! 将来、我が国の騎士団を担うお二人には、しっかりと他の世界のことを知ってもらい、人脈も築いていただかないと困りますからね!」

「その将来、もうリリィの中では確定なのな……」

「久々にカオリン達と遊べると思って、お邪魔じゃないなら参加したいってだけだったんだけど……」


 龍太郎と鈴の顔に苦笑が浮かぶ。が、それも束の間。


「やっぱり旅行は大勢で行った方が楽しいの! みんな、来てくれてありがとうなの! いっぱい楽しむの!」


 トータス旅行の時のように愁達は来られず、陽晴も陰陽寮の仕事や土御門の祭事、大企業のご令嬢としての役目などなど夏休みに入って多忙を極めるようで残念ながら不参加。


 身内だけの旅行に不満なんてあるはずもないが、でも、ちょっぴり寂しいなと思っていたところに、よく知るお兄さんお姉さんがテンション高めで来てくれたのだ。


 ミュウ的に、最高の集合時間になったようだ。


 屈託のない満面の笑みに、鬼の形相だった優花もふにゃり。龍太郎達男子陣は「へへっ」と照れたように笑い、鈴達女性陣もキュンッとしたのか相好を崩しまくっている。


「はいはい、場も温まったところで、そろそろ時間でしょ? 出発しなさいな。私達もそろそろ出ないとだし」

「だな。気を付けて、でも全力で楽しんでこいよ!」


 パンパンッと手を叩いて菫が席を立ち、愁がサムズアップをしてくる。


 それに頷きつつ、


「ああ、そうするよ。最終日にはパーティーの予定だ。箱庭でやると思うけど、これには遠藤や天之河、他の連中やその家族も参加するってことだから」

「分かってるわよ。それまでに一段落つけとくわ」

「さっきも言ったが土産をたくさん頼むぞ? 仕事を頑張った親にご褒美をくれ」

「それ、子供側のセリフだと思うんだけどなぁ」

「……ふふ、期待していてください」


 呆れ気味のハジメの隣で、ユエが胸を張ってサムズアップを返す。シア達もそれぞれ出発前の挨拶を交わしていく。


 そうして、


「それじゃあ、出発しようか」


 その言葉に、やっぱりテンション高く「「「「「おーーっ」」」」」と返事が木霊し、ハジメ達は地下の〝世界扉〟のエントランスから、遂に異世界旅行へと旅立ったのだった。












 扉の向こう側に、荘厳な輝きを纏う巨大な樹が見えた。


 視界の全てを奪うような天を衝く星霊界の大樹――星樹。


 世界を渡ったハジメ達を出迎えたのは、その化身。この世界の創世からの女神。


 純白の輝きを纏い後光を背負って遥か高みから見下ろしてくる姿、神威を放つ七柱の神霊まで従える光景は、ああ、なるほどと対峙した者に納得を与える。


 彼女は神であると。尊く、偉大で、頭を垂れるべき相手だと。


 初めて謁見した者達――特に優花達が息を呑んでいる。蛇に睨まれた蛙の如く硬直してしまっている。


 逆に、先頭を行くハジメは目を眇めた。敵意は感じない。が、歓迎も感じない。そして、威圧感はこれでもかと魂を圧してくる。


 神霊の分御霊を通じて事前に連絡はしたはずだ。来訪の許可も取った。なのに、なんだ? このヒリついた気配は。何を考えている?


 ハジメと星樹の化身――ルトリアの間に緊迫感が漂う。それをあえて無視するように、あるいは雰囲気を変えようとしてか、元気溌剌&親愛たっぷりな笑顔でシアが飛び出した。


「ルトリアさぁん! お久しぶりです!!」


 その直後だった。おそらく、反射的な行動だ。


 女神ルトリアは、凄まじい速度で――


「ヒッ、お腹はもう殴らないでっ」


 お腹を抱えてうずくまった。


 今度は違う意味で凍りつく現場。シアも笑顔のまま固まっている。


 よく見れば、神霊達(本体)の目が泳いでいるような?


 何はともあれ、だ。


 どうやら、この世界の女神様。


 トラウマを抱えているようである。





いつもお読みいただきありがとうございます。

感想・意見・誤字脱字報告もありがとうございます。


トータス旅行記とは違うメンバーを参加させたいと思い、今回は元愛ちゃん護衛隊(仁村君、すまない)と本編後半メンバー(光輝君、すまない)としました。

光輝sideや浩介sideでも動きはあり、その話もいずれ書くつもりです。それぞれの出来事が最終的にハジメsideとも繋がっていく、かも? できればいいなぁ。(白米のプロットの逝きやすさは周知の事実なので断言はしません!(力強い断言))

なんにせよ、最後まで一緒に楽しんでいただければ嬉しいです! よろしくお願いいたします!


※ネタ紹介

・開かぬもん

 ゲーム『SEKIRO』より。ボス「大手門は、開かぬ門…」プレイヤー「いいや、開くもん!」までがセットだと思っている。

・あれは嘘だ

 もう何度目かも分からない『コマンドー』の名台詞。


※お知らせ

ありふれアニメ3期に関して、公式HPにて新キービジュアルが出ました。シア、凜々しい…。また、特報PVも出たようです。

よろしければぜひ、見に行ってみてください!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
なんか見たことあるメンツだなあと思ってたら愛ちゃん親衛隊と勇者パーティだったのね 最終章頑張ってください! 楽しみです♪
[一言] ありふれ一期を見てから読み始めたので古参ってわけじゃ無いんですけど、この作品がきっかけでなろうデビューしたので結構思い入れがあるんですよね。そんな作品が完成してしまうというのは嬉しいんですけ…
[気になる点] 良かった!卿sideもあるんですね。 まだ、嫁~ズが七人揃ってませんもんね? 揃うまではこの作品が続くと信じてます
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ