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ありふれた職業で世界最強  作者: 厨二好き/白米良
ありふれたアフターストーリーⅥ
484/546

ありふれた休日小話 雫の場合





「ごめんなさい、ハジメ。せっかくのデートだったのに」


 土曜日の午前。一部の学部で講義がある以外ほぼお休みの本日、大学のキャンパスを歩くハジメと雫の姿があった。


 ユエ達の姿はない。例に漏れず、この時間に取っている講義はないからだ。もちろん、それはハジメと雫も同じだ。


 そもそも、今日は久しぶりのデートだ。二人っきりなのは当然。


 では、なぜデートの日にわざわざ大学に来ているのか。


「気にしなくていいって言ったろ? 午後からは時間あるだろうし」

「それはそうだけど……」

「基本的に今日は雫の行きたいところに行く予定だったんだから、雫がいいんなら俺もいいんだよ。友達は大事だしな」

「うん……ありがとう」


 雫の困り顔がふにゃりと緩む。かと思えば一転。


「あれ以来、直接会うのは初めてだから……ちょっと緊張するわ」


 神妙な顔つきで胸元に手を添え、遠くを見る雫。まだ見えてこないが、その視線の先には剣道部の練習場がある。


「不動さん、元気だといいんだけど……」


 何を隠そう、これから会う予定の相手は不動(ふどう)(あかり)――以前、雫に決闘を仕掛けた剣道家の女子高生だ。


 自分の容姿や体格に強烈なコンプレックスを抱いていた彼女は、自分が唯一誇れる剣道でさえ上を行く雫に強いライバル心を持っていた。


 その雫が男のためにあっさり剣道を捨てたと思い込んだ結果、心のタガが外れ、凶行に及んでしまったのだ。


 ……いろんな意味で凶行だった。何せ、白昼にベイ○ー卿のコスプレをして香織に襲いかかったのだから。


「いろんな意味で衝撃的だったな。雫にとっても、俺にとっても」

「正気、削られてたものねぇ」


 当時を思い出してか、ぶるりっと身震いするハジメ。


 無理もない。まさか、ユエ達がハジメに内緒でトータスの某町に巣くう服飾屋の怪物を地球に呼び込んでいたとは知りもせず、尻も危うかったのだから。


 不意打ちの漢女はあまりに酷いと、ユエと正座で向かい合って真顔で諭したくらいである。あまりに切実な様子に、ユエはただひたすら「……はい……はい、ごめんなさい、はい……」と、やらかして上司に叱責される新人社員のような様子で頷きロボと化していた。


 閑話休題。


 不動明はその後、雫と和解し鬱屈した自分の心にも折り合いをつけることができ、更にクリスタベルの肉体魔改造(原理不明)を受けて長身美人となって、剣道の大会でも優秀な成績を収めて名が知られるようになった……という点は、ハジメも知っていることである。


 だが、雫と不動の細かなやりとりまでは特に聞いていない。


「あれからも連絡は取ってたんだよな?」

「大会の前とかに少しだけ。何か力になれればと思っていたんだけど……不要だったみたい」


 少し寂しげな笑みを浮かべながらも、雫の足取りは軽快だ。


 自分と向き合うことに全力だったらしい不動は、雫を前にするとどうしても意識してしまうからと大会の応援に来ることも断っていた。


 雫を拒絶していたわけでは決してないが、直接会うことも、普通の友人のようにおしゃべりしたり遊びに行くことも遠慮していた彼女が、今回は自ら「会いたい」と言ってくれたのだ。「今の自分を見てほしい」と。


 それは嬉しいに決まっている。


「――〝いつか自分を好きになれるよう、努力するわ〟。あの時、彼女はそう言った。きっと実現できたのよ」

「嬉しそうだな。ま、気にかけていた相手との再会だし、そりゃあ旦那とのデートも後回しにするか」

「あら、拗ねてるの?」


 冗談まじりに肩を竦めるハジメに、雫もまた冗談まじりに返す。


 なお、不動は別の大学だ。偶然にも本日、こちらの大学の剣道部と交流試合・練習会が開かれることになり、おそらく、自分が剣道をしている姿も見せたいのだろう。お互いにどこの大学に入ったかは知っていたので、ちょうど良いと連絡をくれたのだ。


 そうこうしているうちに、キャンパスの端っこにある剣道部の練習場が見えてきた。三階建ての体育館のような建物だ。一階が柔道部。二階が空手部、三階が剣道部の練習場となっている。


 赤茶色の床が特徴のエントランスに入ると、柔道部員の気合いの入ったかけ声や迫力ある受け身の音が響いてきた。柔道部の練習場へと通じる金属製の両扉を全開にしているせいだ。


 休憩室も兼ねているエントランスには自販機やベンチもあり、そこで柔道部員と空手部員がジュース缶を片手に思い思いに休息を取っていた。


「お、おい、あれ」

「うわ、すっげぇ美人」


 雫が入った瞬間、空気が変わる。大半の部員達の視線が吸い寄せられた。


 なので、雫は直ぐにハジメの腕に自分の腕を絡めた。左手薬指の指輪が見える角度にすることも忘れない。


 途端、一気に空気が白けた。なんとも手慣れた対応だった。


 ハジメを値踏みするような視線には、ハジメの眼光が返される。大したことではないので特に感情は乗せていない。が、そこはハジメである。無表情に見返すだけで、某冒涜系エクソシストの「貴様を……殺すッッ」と言ってそうな眼光と同等以上の目力があった。


 もちろん、柔道部と空手部の皆さんは何も見なかった。見なかったことにして、妙に冷えた汗を拭いながら会話を再開する。


「そ、そそそ、そう言えば剣道部の見たか?」

「あ、ああ、見た見た。なんか一人だけやべぇのいたよな!」

「交流試合に来てる奴だろ? 確かにやばかったな! めちゃくちゃ目立ってた!」


 階段に向かいながら、雫の耳がピクッと反応。もしや不動さんの話題かしらん? そうよね、あんな美人で強者なら気になるわよね? と、なんだか嬉しくなる――


「女子の体格じゃねぇよな?」

「迫力やばかったわ。何を食ったら、あんなゴリラみたいになるんだよ」

「もはや存在がギャグだわ!」


 おかしそうに笑う部員さん達。


 不動さんの話題ではなく、他に立派な体格の女子部員がいるのかと一瞬困惑する雫。だがまぁ、なんにせよだ。


「「「ヒッ!?」」」


 女の見た目を笑っていることだけは分かるので、肩越しに振り返ってにっこり。


 それを見た柔道&空手部員の皆さんは揃って竦み上がった。なぜだろう。ざっくり袈裟斬りにされた自分を幻視してしまったのは。慌てて自分の体をペタペタ触って確かめている。


「行きましょう、ハジメ」

「うっす」


 組んでいた腕を離し、ここにいたくないと言わんばかりにズンズンッと階段を上っていく雫。


 口元に「やるなぁ」と笑みを浮かべながら、ハジメは、その後ろを粛々とついていった。


 そうして。


「――あ、八重樫…………久しぶりね?」

「ふ、不動さん……」


 雫は再会した。




 なぜか元の姿に戻っている不動明と。




 目をまん丸にして、練習場の入り口で立ち尽くしてしまう雫。


 ちょうど休憩時間だったのだろう。それもあって唐突に姿を見せた美人な部外者の姿に、男女関係なく自然と注目が集まる。男子の一部は少しざわついた。


 比較的に入り口に近い場所で他の部員と話をしていた不動が、一言、断りを入れてこちらにやってくる。


 その体格は、やはり道着越しでも分かるほど筋骨隆々で、身長も以前と同じ180cm……いや、更に成長して190cmを超えているのではないか。


「今日は来てくれてありがとう。相変わらず美人ね、八重樫」

「え? あ、いえ、そんな……」

「ふふ、どうしたの? そんな鳩が豆鉄砲でも食ったような顔して」

「えっと、だって不動さん、貴女……」


 戸惑う雫に、不動はさもありなんと言いたげに肩を竦める。そして、雫とハジメの横を抜けて廊下に出た。肩越しに振り返り、ふっと笑う。


「ここじゃ落ち着かないでしょうから、取りあえず外に出ない?」

「え、ええ、そうね。えっと、大丈夫? 交流試合って聞いたけど」

「ちょうど一段落ついたところよ。練習会に入る前に休憩していたところだから大丈夫」

「そう……分かったわ」

「南雲もお久しぶり。その節は随分と世話になったわ」

「お、おう。元気そうで何よりだ」


 先導するように階段を下りていく不動さん。


 その後ろ姿を、ハジメですら目を丸くしたまま見送っている。魔神とさえ呼ばれる男を動揺させるとは、ある意味快挙というべきか。


「どうしたの? 行きましょう?」

「「あ、はい」」


 ニコッと笑って促す不動に、ハジメと雫は思わずコクコクと頷き従った。


 完全に話のペースを握られている点も、ハジメに配慮する各国の重鎮が見たら顎が外れるほど驚くに違いない。


 外に出たハジメ達は、近場にある屋外の小さな憩いの場に入った。四人がけのテーブルセットが六つほど置かれている日当たりの良い場所だ。


 他には誰もおらず、そのうちの一つにハジメと雫が並んで、向かい側に不動が座る。金属製のイスがギィッと悲鳴を上げた。


 どうやら目の前の立派な体格は、幻の類いではないようだ。


 ここに来る途中で「改めて、今日は時間を作ってくれてありがとう」と、不動がお礼も兼ねて買ってくれた缶コーヒーを一口。ふぅっと一息入れて。


「「なんで戻ってるのぉ!?」」


 とうとう我慢できず、ハジメと雫はハモりながら声を張り上げた。


 予想通りの反応だったのだろう。不動さんは口元に手を当てて、おかしそうに笑い声を上げた。かと思えば、穏やかな眼差しで小首を傾げて、


「私、迷惑をかけた時と同じに見える?」


 なんてことを言った。


 思わず顔を見合わせるハジメと雫。改めて不動を見やる。


 確かに、傍目には元に戻っている。体格はアメコミのヒーローみたいだし、頑丈そうな顔の輪郭も、鋭い目元も、野太い声も同じだ。


 だが、だが以前と同じかと改めて問われると……


「……いえ、いえ同じには見えないわ。不動さん、貴女……なんだか綺麗になったわね」

「ああ。さっきのは撤回させてくれ。見違えたよ」

「ふふ、ありがとう。二人にそう言ってもらえて嬉しいわ」


 髪が艶やかだ。濡れ羽色の黒で、髪型も練習の後だというのに意識して整えられている。


 太かった眉も綺麗に整えられ、肌は驚くほど滑らか。汗を掻くことを想定したメイクもばっちりだ。


 なるほど。確かに以前とは違う。大元の姿は戻っているけれど、彼女自身が最大限に自分を気遣っているのが分かる。


「少しだけ影響は残ってるけどね。たぶん、クリスタベル先生の置き土産だと思うわ」


 一重が二重に、割れていた顎はすっきり、目立っていた頬骨も少し引っ込んで顎までのラインがすっきりしている。睫毛も豊富で綺麗にカールしていた。


 いわゆるプチ整形レベルの肉体変化は残っているようだ。


 だが、その点はきっと今の彼女の変化にとって些細なことに違いない。


 何より変わったのは雰囲気だ。


 穏やかで、どっしりと地に根を生やしたような安定した空気。瞳に宿る穏やかで優しい色合い。周りがよく見えていて、自信に溢れているのがよく分かる。


 鍛え上げられた肉体美と、自信と優しさに満ちた雰囲気、そして卓越したメイク技術も合わさって、まるで、芸術の偉人が作った古代の美しき女戦士の彫像のようだ。


 元々が濃い顔立ちだったこともあって、どこか日本人離れした、雫とは別ベクトルのエキゾチックな美人といった印象である。


「なんだか姉御とか姐さんって呼ばれてそうだな」

「ちょっとハジメ――」

「あら、よく分かったわね? 先輩方にまでそう呼ばれてるのよ。老けてるという意味じゃなくて、頼れるって意味合いのようだから訂正もし難くて……少し困ってるわ」


 本当に呼ばれてるんかい! と内心ツッコミつつも、同じく年上から〝お姉様〟と呼ばれ慕われているので、物凄く親近感が湧く雫さん。


 ちなみに、不動さんは実際にめちゃくちゃ頼りにされている。強くたくましく、女心が誰よりも分かって、しかも凄く優しい。はっきり言おう。彼女の大学では、魂の妹が生まれ始めていると!


「結果的に問題はないようだが……もしかして、俺がクリスタベルを故郷に帰したせいか? だとしたら悪かったな。いや、他に選択肢はなかったんだけども」

「いいえ、関係ないわ。先生は私が元の見た目に戻ろうとするって分かっていたんだと思うの」

「どういうことだ?」

「〝元に戻りたくなったら、筋肉と語り合いなさい〟――あの人は、そう言ったわ」

「なるほど。意味が分からない」

「筋トレよ。静かに筋肉と向き合ったら元に戻れたの」

「なるほど、やっぱり意味が分からない」

「筋肉、やはり筋肉ね。鍛え上げられた筋肉は大抵の問題を解決するのよ」

「そうだね、プロテインだね」


 死んだ目で漢女式肉体改造術への理解を放り投げたハジメに代わり、雫が経緯を尋ねる。〝どうやって〟はもういいから〝どうして〟の部分を。


「〝美人〟というものを経験して良い思いもさせてもらったわ。世界が輝いて見えたし、お得なことがたくさんあった。でも――」

「でも?」


 少し困り顔になって、甘いコーヒーを一口。喉を潤して、当時を思い出して遠い目になる不動さん。


「いろいろ見えたものがあるからっていうのもあるけれど、やっぱり一番は……お母さんがね、ちょっと寂しそうな顔をしたのよ」

「……不動さんの変化に対する周囲の認識については、ある程度対応したけど……ご家族には貴女自身で説明するって言ってたものね」

「ええ。なんだかんだ浮かれていたのね。最初は気が付かなかったし、お父さんは普通に喜んでいたんだけど……もちろん、お母さんも綺麗になった私を見て祝福してくれたのよ? でもね、しばらくして、気が付いちゃったのよね」


 不動明は父親似だ。それはもう凄く父親似だ。遺伝子、働き過ぎだろ! とツッコミをいれたくなるくらい。それでも、自分の容姿や体格に悩む娘を知っていても、母親は娘の姿も全部まとめて愛していたのだろう。


 美人になって楽しそうに日々を語る娘の言葉をニコニコと笑顔で聞きながらも、その瞳の奥に一抹の寂しさを滲ませるほどに。


 心に余裕ができて周囲のことが見えるようになって、不動明は初めてそのことに気が付いたのだ。


 そうして、気が付いてしまったら……


「美人の方が得なことが多いのは確かだけれどね。私は私のまま、私を磨こうと思ったのよ。たぶん、それが本当の意味で、私にとって〝自分を心から好きになれる方法〟だと思ったから」

「……そう、そうなのね」


 穏やかに微笑む不動を見て、雫はなんだか胸の奥を締め付けられるような心持ちになった。たぶんそれは、感動だろう。雫は、生き方さえも美しく見える不動明の意志と在り方に感動したのだ。


 だから


「本当に素敵よ。今の不動さん」


 ただ一言、けれど、心からの称賛と、そんな自分を見せに来てくれた感謝を込めて、そう言葉を返したのだった。


 その言葉を噛み締めるようにして瞑目した不動。一拍おいて、以前は抱えていた陰りも卑屈さも消え去った綺麗な笑みを浮べて、


「ふふ、ありがとう。貴女が私の気持ちを正面から受け止めてくれたおかげよ」


 そう、返したのだった。


 穏やかに見つめ合う二人。必然、なんだか自分がお邪魔虫のようで居心地が悪くなるハジメさん。缶コーヒーを飲んで間を持たせつつ、「ここはあれか? やっぱり〝後は若い二人で〟とか言って退散すべきか?」とか内心で悩む。


 それに気が付いてか、不動さんが少し申し訳なさそうな表情で視線を転じる。


「南雲も、たくさん面倒をかけたわ。改めて、あの時はごめんなさい。あの白崎さんって子にも、近いうちに改めて謝りに行かせてちょうだい」


 気遣われたことに苦笑しつつ、ハジメは頷いた。


「それなら、今度一緒に遊びにでも行ったらどうだ?」

「え? 遊びに?」

「自分を好きになるって当初の目標を達成できたなら、雫との友人付き合いも解禁だろう? 良い機会だと思うんだけどな」

「ちょ、ちょっとハジメ? 何を言い出すの?」

「だって寂しかったんだろ? 連絡先交換したのに、あんまり話したり遊びに行ったりできなかったこと」

「そ、それは……」


 唐突なハジメの暴露に、不動はキョトンとした。ついっと視線を雫へ転じれば、恥ずかしそうに頬を染めて視線を泳がせる雫の姿が。


 かわいい……と、不動は素直にそう思った。と同時に納得した。


「なるほどね。南雲も、八重樫のこれにやられたわけね?」

「これにもやられた、かなぁ。正確には」

「二人ともなんの話よ!」


 何か自分を除け者にして分かり合っている不動とハジメに、雫は更に赤くなる。そんな雫へ、不動は快活に笑った。


(あかり)でいいわ。私も雫と呼ぶから。いいでしょう?」

「! ええ、もちろんよ!」


 テーブル越しに差し出された不動の大きな手に、雫は飛びつくようにして手を重ねた。サイズは違えど、二人の掌の固さはよく似ていて、それにやっぱり嬉しくなって、二人は更に深い笑みを交わしたのだった。
















 それから、ハジメと雫の姿は大学の食堂にあった。


 昼食はとっくに済ませて、食後のお茶を飲みながらまったりしているところだ。


「それにしても、濃い午前だったわね。まだ二時とは思えないわ」

「ほんとそれな。雫と不動が手合わせするのは予想してたけど……まさか、あんなことになるなんてな……」


 顔を見合わせ、揃って苦笑する。


 ハジメの言葉通り、友誼を結んだ雫と不動はあの後、剣道で試合をすることになったのだ。


 最初は、せっかくだからと練習会の見学だけしていた雫とハジメだったが、そうするとだ。当然、他の事情をよく知らない部員達は二人の存在が気になって仕方ない。


 で、不動が関係を説明したのだが、その内容から雫が剣道の練達だと知れてしまったのだ。中には、雑誌に取り上げられたこともある中学・高校時代の雫を思い出した者もいた。


 そうなれば自然な流れとして雫の剣道が見たい! となるわけで。


 他者への影響を気にして剣道を辞めた雫であるから、ここでも当然断った。そんな雫を諭したのは、他の誰でもない不動だった。


「他人への気遣いは貴女の美徳だけど、自分が楽しむために剣道をしたっていいじゃない? 剣道、嫌いなわけじゃないでしょ?」


 と。しかも、最初から剣を交えるつもりだったようで、わざわざ雫サイズの道着や防具の予備を持って来ていたのだ。


 そうまでされれば、雫とて乗り気になる。ハジメに「全力は出せずとも本気を出せるように」とアーティファクトによる縛りも与えてもらえればなおさら。


 手合わせの結果は……言わずもがな。


 非公式ながら、両大学にとって伝説の試合となったようだ。しばらくの間、大学の区別なく部員達に囲まれた雫が、激しい勧誘合戦に巻き込まれたのは言うまでもない。


 もっとも、ハジメと雫が思い浮かべているのは、実のところそこではなかったりする。


「あの二人、大丈夫かしらね?」

「どうだろうな……しばらく、お互い相談相手を務めることになりそうだけど、結局は、あいつら次第だしなぁ」

「まぁ、そうね」


 ある意味、事件と言っても過言ではないそれは、雫と不動の真剣勝負中に起きた。


 見学しているハジメのもとに意外な来客があったのだ。


 予定していなかった耐久配信のせいでレポート提出が遅れ、休日返上で図書館に籠もっていた根本くんである。


 ハジメも雫も目立つものだから、たまたま大学に来ていることを噂話に聞いて休憩がてら様子を見に来たのだ。


 で、彼は雷に打たれた。もちろん、比喩である。


「人って、あんな絵に描いたような一目惚れするんだな」

「私はその瞬間を見ていないのだけど……ふふ、彼、真っ赤だったわね」


 そう、なんとなんとである。


 手合わせを終えて、ちょうど面を取った不動さんの満足げな微笑を見た瞬間、あの根本くんのハートがパイルバンカーにぶち抜かれたのだ。


 曰く、


「リ、リアルマリー○様がいる……」


 ということらしい。


 少し前にハジメ達が盛り上がった格闘ゲームのキャラだ。素晴らしい肉体美と闘争心に加え、繊細さと優しさをも併せ持った魅力的な女性キャラである。


 実は根本くん、気に食わない相手に愉悦したい時はサイコパワー老紳士を使うが、最推しのキャラは、そのマ○ーザなのだ。


 理由は一つ。彼にとって、ガチムチの女性こそがドストライクだから。自身が小柄で筋肉のつきにくい体質だからだろうか。気が付けば、女性でありながら大柄で強く、かつ優しさも兼ね揃えた女性にどうしようもなく心惹かれるせいへ――好みになっていたのである。


「あいつ、基本的に親しくない相手には物凄く人見知りなはずなんだが……ああまで根性を見せられるとな」

「そうね。いきなり私だけ呼ぶし、隣には様子のおかしい根本君がいるし、何事かと思ったけれど、話を聞いているうちに、私、スミレ先生の作品を読んでる時くらいキュンッとしちゃったわ」


 ハジメの襟首を掴み、「彼女は!? 彼女はいったいどこのどなた!?」と必死に問いかける根本に、ハジメが唖然呆然となすがままになったのは言うまでもない。


 勧誘合戦で囲まれている雫に〝念話〟で思わずヘルプを出すくらい、ハジメもまた友人の豹変に動揺してしまったのだ。


 最終的には雫も「あらまぁ!」とオカンのような反応を見せつつ、取り敢えずお互いの友人ということで紹介することに。


 もちろん、雫を勧誘したい剣道部関係者一同もぞろぞろ。


 そんな大勢の部員達さえ見えてない様子でガッチガチに緊張している根本君のことを、不思議そうに見下ろす不動さんに、ハジメはハジメなりに頑張って〝良い感じ〟に友人を紹介。そして、雫もまたそれとなく不動の耳元に状況を説明。


 雫の言っている意味が分からなくて、少しの間、宇宙猫みたいになっている不動さんに、根本君は己の陰キャぶりを踏みつけて漢を見せた。


 ドストレートな告白である。


 これにはハジメもギョッ!? 部員さん達も揃ってギョギョギョッ!? 雫だけ「やるわねっ、根本君! 良いガッツよ!」と大興奮。


「状況を理解した不動さん、ほんと可愛かったわ~~」

「そうだな。せっかくだからって、ここで昼食を一緒にした時も、二人共ずっと真っ赤だったしな。なんか見てるこっちがそわそわしたわ」


 初々しいとは、まさにこのことである。


 最初は信じ難い様子だった不動さんだが、ハジメが根本や米蔵とのエピソードを話したり、信頼できる男であることを説明したり、何より根本の本気と分かる目を見て次第に信じていった。


 そうすれば、今度はプチパニックである。おそらく、二人だけにしたらずっと互いを意識したまま、しかし、沈黙が横たわり続ける昼食会になっただろう。


 何せ、お互いに奥手中の奥手であるからして。


 ハジメと雫も、途中から必死である。共通の話題を探り、話を振り、ジョークを交えて笑いを誘い、隙あらば二人が直接会話できるよう計らう。


 お互いの大事な友人にやってきた唐突な春を、逃させてたまるかと大奮闘。


「ま、結果的に上手くいきそうで良かったよ」

「ええ、ほんと。ふふっ、恋のキューピッド役に少しでもなれたのなら、デートの予定を変更して良かったわね?」

「そうだな」


 ひとまずは、お友達からということで連絡先の交換には成功。ここから先、あの二人がどうなるかは分からない。


 身長差三十センチ以上、各々リアルと電子世界の一分野でトップクラスなカップルが生まれるのか否か。それは神のみぞ知る、というやつだ。


 だが、心から応援はしたいと思う。


「後で米蔵に連絡しねぇと」

「後で香織に相談しましょ」


 お茶を一口。ふっと笑い合う。お互いの友人の未来が楽しみで仕方なかった。


「ま、それはそれとして、だ」

「ええ、そうね」


 不動は既に大学の剣道部仲間と共に帰路についている。根本はもちろん、レポートの続きをしに図書館へダッシュだ。


 もう、大学に用はない。食後、既に一時間は経っている。そして、


「確か、会場は十七時までのはずだから、今ならまだ間に合うと思うんだが……」

「まぁ、ダメでもショップ巡りはできるでしょう? またの機会で良いわよ」


 今日予定していた本来のデート――コスプレイベントを見に行ったり、ファンシー系のショップ巡りをし、雫の大好きな〝可愛い〟をたっぷり堪能する――には、まだ間に合う。


 にもかかわらず、二人が大学の食堂なんかでのんびりしているのは、いったいなぜか。


「あいつ、どこで道草食ってんだ?」

「愛ちゃんから連絡をもらった時間を考えれば、もう到着していてもおかしくないのだけど……」


 そう、待ち人が(しかたなく)いるからだ。


 その待ち人とはもちろん――


「あ」


 雫がハジメ越しに目を見開く。一種異様な雰囲気がぬるりとやってきた!


「――悪」


 食堂の入り口にゆらりと立つ女子高生。風もないのにゆらめくツインテ。


「――即」


 片手には木刀。剣の極意たる無形の構えの如く、だらりと下げたまま一歩前へ。


 なんだ、あの子は!? と、平日とは比べるべくもないが、それでも相応にいる学生達もまたギョッと目を見開き、その直後だった。


「――殺ッ」


 素晴らしい踏み込み。お行儀悪くもテーブルを踏み台に驚異的な跳躍を見せ、盛大に真っ白なおパンツを晒しながらも重力さえ味方に付けて一撃必倒!!


「チェストォオオオオオオオオオオッ!!!」


 にっくきハジメの脳天に背後からの唐竹割りが叩き込まれる!


 寸止めなんてとんでもない。傍目にはマジで殺りに来ている! 誰の目にも必殺の意志が伝わるほど気迫と憤怒に満ちた一撃。警告の声を出す暇もない。


 誰もが幻視した。次の瞬間、男の頭部が地面に叩き付けたトマトのようにブシャッと砕け散る光景を! 


 もちろん、


「やっと来たか、遅いぞ後輩」


 片手の指先二本で、いとも簡単にパシッと白刃取りされるのだが。


「くっ、先輩を倒すために鍛えてきた私の龍槌○がっ」

「いつから人斬り○刀斎になった?」

「やっぱり見よう見まね水鳥乱舞にすべきでしたか!」

「え? できんの!? エルデン世界最強キャラの技だぞ!?」

「先輩を打倒しお姉様を救うためなら不可能とて可能にする! それが(ソウルシスター)ッ!」


 なんか盛り上がってる。勇者と魔王の最終決戦みたいな雰囲気で。


 場所は魔王城じゃなくて大学の食堂だが。


 なので、


「いい加減にしなさい!」

「アバッ!?」


 いつの間にか回り込んでいた雫お姉様の拳骨が、襲撃者――日野凜(ひのりん)こと後輩ちゃんの頭部に落ちた。


 痛そうな鈍い音と同時に、べしゃっと床に落ちる後輩ちゃん。前に投げ出されたツインテと手足をカサカサ動かす様は、まるでクワガタのよう。


 それで、ようやく凍り付いた食堂の時間が動き出した。一気に騒然とした空気が広がる。


 一部、「よっしゃぁっ。ついに来たぜ、この時が!」「毎日、あのハーレム野郎が修羅場に陥って刺されますようにって祈ってた甲斐があったぜ! 神様ありがとう!」「てか、女子高生にも手を出してたのか! 鬼畜野郎がっ」「くそっ、惜しかった! JKちゃんナイスガッツ!」と盛り上がっている者達もいるようだが。


 その声にちょっと頬を引き攣らせつつも、ハジメはひとまず凶器を取り上げた。


 直後、バッタのように跳ね起きた後輩ちゃんが、そのままやっぱりバッタようにぴょんぴょんしながら手を伸ばしてくる。


「返してくださいっ、私の洞爺湖(とうやこ)!」

「良い木刀だと思ったら、北海道まで行ったのか?」

「なんやかんやトラブルに巻き込まれて!」


 流石、後輩ちゃん。北海道に行くにしても、単純に旅行なんてことはないらしい。


 柄の部分に洞爺湖と彫られた有名な木刀は、ハジメもちょっと欲しいと思っていたものだったので、飛びついてくる後輩ちゃんの頭を片手で押さえながらも羨ましそうに鑑賞する。


 その間に雫が呆れ顔で間に入った。


「愛ちゃん先生から連絡は受けてるわよ。まったく何をしてるのよ。というか、もう少し早く来ると思っていたのだけど……」


 もしそっちで会ったら確保してください! と連絡を受け、放置しても良かったのだが、そう言えばしばらく会ってないしなぁ、と待つことにしたのだ。


「ごめんなさい、お姉様。三回も職質されかけたり、ひったくりを討ち取ったり、迷子を交番に届けたりしてたものですから」

「あ~、うん、そう」


 もうツッコミは入れない。たとえ、三回も職質()()()()()ということが、三回とも逃げ切ったという意味だったとしても、ひったくりを〝捕まえた〟ではなく、あえて〝討ち取った〟と表現しても、疲れるので言及なんて絶対にしてあげない。


「そんなことより!」


 洞爺湖の奪還は諦めて、雫お姉様にこれでもかと抱きつく後輩ちゃん。さりげなく大きなお胸の谷間に顔を埋めてぐりぐり。


 ついでに、スンハッスンハッ! カーーッ、きくぅっ、久しぶりのお姉様成分ッ! 五臓六腑にしみわたるぜぇっ、とお姉様の愛しの匂いも堪能。


 周囲の皆さんが、あれぇ? そこは女同士の争いが生まれるところでは? あるいは、お互いに「この女だれよ!」と男を責めるところでは? と困惑する中、後輩ちゃんは爆弾を投下した。


 TPOという概念を踏みつけにするような、とっても大きな声で。


「どういうことですか、お姉様! 来年には子作りするって!!」

「ちょっとぉっ!!」


 子作りするって~、子作りするってぇええ~、子作りするってぇえええ~!!


 妙に響いたその言葉に食堂がしんっと静まり返る。かと思えば、


「南雲先輩の子なんて認めない! 産むなら私の子を産みましょう!」

「何を言い出すの、この子は!?」

「それがダメなら、私がお姉様の子を産みます!!」

「もう黙りなさい! このお馬鹿!!」


 爛々と獣のように輝く後輩ちゃんの瞳が割と本気で怖くて、思わず投げ捨てる雫お姉様。


 後輩ちゃんは「あぁんっ」と卑猥な声を上げてくずおれつつ、なぜかハジメをキッと睨み付けた。


「学生の間はないと思ってたのに、まだお姉様を取り返す猶予はあると思っていたのに! 在学中に孕ませるつもりなんて、この鬼畜先輩! 私の温めていた〝お姉様百合堕とし計画〟が台無しじゃないですか!」

「いや、知らねぇよ。なんだその計画。見ろよ、雫が悪寒を感じて身震いしてんじゃねぇか」

「くぅっ、学生の身でありながらポンポンをおっきくしたお姉様なんて、そんなお姉様なんて……うっ」


 何を想像したのか。後輩ちゃんの鼻からプシッと真っ赤な愛が噴き出す。こわい。雫お姉様が無意識のうちに後退る。


 なんかしばらく見ないうちにパワーアップしてるっぽい。日常的に会えなくなったことで、いろいろ溜まってしまっているのか。


 そんなハジメ達のやり取りを見て、静まり返っていた食堂が一気にざわめく! 先程の比ではない! どういうこと!? どういうことなの!? と困惑と混乱がそこかしこから!


 それはそうだ。不埒なハーレム野郎が遂に修羅場ったと思ったら、実は男を巡る戦いではなく、女の方を巡る戦いだったのだから。


 というか、さも当然のように女の子同士で子作りしようとしていることが、混乱に拍車をかける。


「そもそも女同士で子供はできません!」


 小学生の先生が生徒に言い聞かせるような指摘が雫から迸った。


 そうだよね? そうだよね? 実はどっちかが男の娘ってことはないよね? 仮に医学的な可能性の話だとしても、今はまだ無理だよね? と雫の発言に頷く周囲の皆さん。


 だがしかし、立ち上がった後輩ちゃんは力強く、それこそ確信に満ちた雰囲気で堂々と断言した。


「何を言いますか! おちん○んくらい後から生やせます!!」


 そうなの!? 今の医学すごくね!? と驚愕&動揺する周囲の皆さん。


「ですよね!? 南雲先輩の力ならおちん○んくらい!」


 そうなの!? 南雲先輩すごくね!? と混乱&動揺する周囲の皆さん。


「まぁ、今ならTSも可能だと思うが」


 嘘でしょ!? 本当にできるんだ!? と、もはや常識が崩壊してお目々がぐるぐるし始める周囲の皆さん。


「お前のような危険人物に施すわけないだろ。雫が危ない」

「ならお姉様におちん○んを! 私ならいつでもウェルカム!!」

「するわけないだろうが」

「くっ、是が非でもお姉様を孕ませる気ですね! こうなったら南雲先輩のおちん○んをチェストして女の子にするしかっ」

「なんつー恐ろしいことを。おいこら、やめろ。血走った目で俺の股間を凝視するな」


 カオスが加速する食堂で、声高に欲望と野望を叫ぶどうしようもない暴走モードの後輩ちゃん。


 なので、とうとうお姉様がキレた。


「いい加減にしなさぁーーーいっ!!」

「グゥェアアアッ!!?」


 無刀取りの要領でハジメから奪った洞爺湖で、後輩ちゃんの腹に〝胴〟を決める雫お姉様。先程まで高レベルな剣道をしていたせいか、技が冴えてるぅ!


 後輩ちゃんは女の子がちょっと出しちゃいけない感じの声を漏らし、腹を抱えて膝から崩れ落ちた。


 残心からスッと背筋を伸ばし、洞爺湖をビシッと突きつける雫。


「女の子がおちん○んを連呼するんじゃありません!」


 え? そこ!? みたいな空気感が漂う。まるで子供を叱るオカンのよう……と思ってそうな人と、いやあんたも声高に言うとる……とツッコミを入れてそうな人もちらほら。


 だが、普段なら気が付いて羞恥心に震えるだろう雫は、後輩ちゃんの暴走と発言に少々思うところがあったようで。


「それから、これだけは言っておくわ」


 周囲を忘れたように、「お、お姉様?」と脂汗を流しながら跪いた状態で見上げてくる後輩ちゃんに、それはもう更に声高に叫んだ。


「誰がなんと言おうと、私はハジメの子供を産むわ! 私がそう決めたの! 文句があるなら受けて立つ! かかってきなさい!」


 周囲の皆さんは思った。かっこいいな、おい! と。


 で、自然と視線はもう一人の当事者たるハジメに集まり、


「……」


 羞恥心に耐えるように両手で顔を覆っている姿を目撃。乙女かっと心のツッコミを入れた。


「うぅ、うぅっ」


 生まれたての子鹿のように足をガクブルさせながら立ち上がる後輩ちゃん。


 べそを掻きながら、やっぱりキッとハジメを睨み、次いで切なそうにお姉様を見て、一拍。その決意と覚悟のほどを見て、更にじわっと涙を溜めて……


「うわぁああああああんっ、お姉様なんて! お姉様なんて! 元気な赤ちゃんを産んで幸せになればいいんだぁーーーっ、こんちくしょーーーっ!!」


 そんな捨て台詞(?)を叫びながら、猛スピードで逃げ帰っていったのだった。


「難儀な奴だなぁ。てか行動力ありすぎだろ」

「なんでしょうね……なんだかんだで、何年経っても身近なところにいそうな気がするわ」


 ちょっと疲れた様子ながらも、なんだかんだで後輩ちゃんが嫌いではないハジメと雫である。


 拒絶することはないし、今や南雲家の裏も知る身。確かに、長い付き合いになりそうな予感はあった。


「ま、それはそれとして」


 こっそり後輩ちゃんに発信器をつけておいたので、その反応を愛子のスマホに送りつつ、ハジメは周囲の視線を巡らせ苦笑を浮べた。


「ちょいと目立ちすぎたし、そろそろデートに行くか」

「え? あ……」


 ようやく周囲の目に気が付いた雫が、先程までの言動を思い出して愕然とする。


 熱湯でも被ったみたいに、肌の見える部分が全部真っ赤になる。あわわ、あわわわっと口元が震え、涙目でハジメに縋り付く。


「ハジメ! にゅ、にゅーららい○ーをっ、早く! ピカッってやって! ピカッて!」

「え~、そのうち嫌でも分かるんだから意味ないだろ?」

「〝そのうち〟が訪れるまでの私の精神が持たないのよ!」

「雫」

「なに!? 早く――」

「そんな簡単に人の記憶を飛ばすのはどうかと思うんだ」

「どうしてこのタイミングで常識的になるのよぉ!!」


 意味などないのにハジメの陰に隠れるように体を寄せ、雫は今にも泣きそうな顔でハジメの襟首を掴んでぐわんぐわんっと揺すった。


 うん、かわいい……と満足し、でもやっぱり記憶改ざん用アーティファクトであるニューラ・ライ○ー・ニューは使わないハジメさん。


 別にドSなんてちょっとしか発動してない。少し前に何人かが食堂からダッシュで駆け去って行ったのを感知していたし、友人かSNSかは知らないが今の出来事を拡散している者もいるっぽいので、完全な情報封じは手間がかかる。今場当たり的に対処してもあまり意味はないと判断しただけだ。


 そんなことに時間を使うより、今はどんどん削れているデートの時間の方が大事だからというのもある。


「ほら、とりあえずここから離れよう。人が寄ってきそうだし」

「うぅ、来週からどんな顔で大学に来ればいいのよ……」


 一部の者達、おそらく親しくはないが顔見知りではあるのだろう女子グループが、困惑から立ち直って好奇心を覗かせている。今にも雫のもとに駆け寄ってきそうだ。


 なので、ひとまず退散しようと動き出したのだが……そのタイミングでトゥットゥルー♪ とコール音が。


 ハジメのスマホだ。取り出して画面を見る。途端にハジメの表情が嫌そうに歪んだ。


 そして、少し考える素振りを見せつつも、


「よし、行こう」


 電源を切って懐にしまい直した。


「いやいや、ちょっと待ちましょうか」


 何事もなかったように進もうとしたハジメを、雫が苦笑気味に引き留める。


「今の服部さんでしょう? ハジメのことだから、連絡を入れてほしくない日時は伝えてるはず。なのに連絡してきたということは緊急じゃないの?」

「その可能性はなきにしもあらずかもしれなくもなくもない」

「可能性は大ということね?」


 ハジメは視線を逸らした。


 そんなハジメに困った人を見るような、でも自分とのデートを優先してくれることに嬉しさも滲む笑みを浮かべる雫。


「ほら、かけ直してあげて」

「はぁ、分かった。一応、確認だけする。確認だけ、な」


 スマホを再度取り出し、服部にコール。電話の向こうから安堵が伝わってくる。


 そうして話を聞けば聞くほど、実に面倒な事態が起きているようだった。単純な戦力としてだけでなく、政治的な理由からもハジメが出張った方が良さげな案件だった。


 話を聞いている間、終始仏頂面のハジメ。全身から行きたくないという雰囲気を発している。横目に雫をチラチラ見ているので、その内心は言わずもがな。


 雫は、そんなハジメにくすりと笑みを浮べた。


「手伝ってあげましょう、ハジメ」

「でも、今日のデート楽しみにしてたろ?」

「デートならまたすればいいじゃない。いえ、一緒ならどこで何をしていてもデートでしょう?」

「戦場デートってか? 〝可愛いもの尽くし〟なデートとは雲泥の差だぞ?」

「いいのよ。だって私は、国が頼って畏れる貴方の奥さんで――」


 処理に困っていた木刀〝洞爺湖〟を、ちょうど良いと肩に担いでトンットンッ。


「そんな貴方が愛する〝戦う女〟ですもの」


 かつて氷雪洞窟で〝理想の可愛い女〟より〝誰かのために戦う女〟である自分を肯定した雫。ハジメは、そんな雫だからこそ、その気持ちを受け入れた。


「戦場の私も魅力的でしょ?」

「……ああ、文句なしに」


 にこりと笑って見せる雫に、ハジメは降参するように軽く両手を挙げた。電話の向こう側から『おぉう、妻と喧嘩して家に入れてもらえない私になんて濃厚な惚気を……』と煤けた声音が響いてきたが、そんなのは無視。


「しょうがない。付き合ってくれるか?」

「ええ、どこへでも」


 見つめ合い、ぴったりと寄り添って軽くキス。その甘い雰囲気に、こちらに寄ってきていた女子グループが思わず足を止める。


 その隙を突くようにして、ハジメと雫は未だにカオスが香る食堂から脱出したのだった。


 木刀を持った女子高生の襲撃という修羅場と、食堂で行われた在学中に子供を産む宣言と、そして仲睦まじい二人の様子。


 この後しばらくの間、この話題が大学を大きく騒がせたのは言うまでもない。もちろん、ユエ達に飛び火したことも。













 深夜を回った頃合い。


「結局、一日仕事だったな。政治屋共め、面倒くせぇ」

「そう言わないの。どうにか、どの国も妥協できるレベルに収まったんだから良かったじゃない」


 ハジメと雫の姿は家ではなく、深夜でも明るい街中にあった。


「それで、どこへ行くの?」


 と、少し頬を染めてモジモジする雫。


 元々、今日は泊まりの予定だった。本日は〝可愛いもの尽くし〟を目的としたデートであるから、最後は〝箱庭〟で妖精達と戯れ、そのまま宝樹の中に作られているハジメの部屋で過ごす予定だったのだ。


 お部屋に行かないの? と目で訴えてくる雫に自然と頬が緩む。


「まだ日付が変わって少しだ。いつでも会える妖精だけじゃなく、一つくらい〝可愛い〟を堪能してほしいと思ってな。実は、モエさん――望月さんに連絡したんだ」

「望月さん? ……確か、お義母さんのアシスタントの方、だったかしら?」

「ああ。母さんのスタジオでもメイド服を脱がない生粋のメイドスキーで、実際にメイド喫茶を経営してる人だ」


 二十歳の時には自分の店を構え、数年でしっかり軌道に乗せているのだから敏腕メイドさんである。もちろん、スミレ大先生のアシスタントとしても優秀な人だ。


 彼女が高校時代にバイトとしてスミレスタジオに入った時からの付き合いであるから、ハジメとも、もう十年以上の付き合いがある。


 ちなみに、某アメフトスキル使いのウサミミメイド先輩さんが働いているのは、モエさんが経営する店舗の一つだったりする。


「メイド、喫茶?」


 ハジメの言葉を反復し、ハッとする雫。目をまん丸にしてハジメを見やる。


「可愛い格好をしたレイヤーさん達を生で見てみたいって言ってたけど、本当は自分が着るのもちょっと興味あったろ?」


 ニヤッと笑ってそんなことを言うハジメ。


 図星だった。可愛い姿のレイヤーさん達に憧れがあったのは事実で、でも自分がそういう可愛い格好をするのは……と気後れしていたのもまた事実だったりする。何より、気恥ずかしくて、とても人前になんて出られる気がしない。だから、可愛い人達を見てるだけで十分よ、と割り切っていたのだが。


「閉店後の店を使っていいって許可をくれたんだ。予備のメイド服なら好きに着てもらって構わないってさ」

「で、でも……」

「ここのメイド服、フリルがたっぷりだぞ?」

「!」

「正統派タイプも、ミニスカタイプも、なんならオプションも試着し放題だ」

「!!?」

「そして、観客は俺しかいない」

「……」


 気が付けば、とあるビルの前にいた。輝く看板に店の名前が連なっている。そのうちの一つが、三階に目当てのメイド喫茶があることを燦然と示していた。


「可愛いメイド服、着てみたかったんだろぉ~?」

「うぅ……」


 まるで悪魔の誘惑のようだった。雫がもじもじしながら看板とハジメを交互に見ている。頬を染めてそわそわしている。明らかに興味を惹かれている様子だ。


 なので、止めを。


「ちなみに、俺は凄く見たい」

「うっ…………行く」


 興味と欲望が羞恥心に勝利した瞬間だった。


 明かりの消えた店内へ、いざ。


 その後。


 一度は着てみたいと思っていたクラシックな正統派メイド服をひらひらさせながら回ったり、それに称賛の声を贈りまくってくれるハジメに、恥ずかしそうにしつつもご満悦な表情でもじもじしたり。


 定番の「お帰りなさいませ、ご主人様」を言って、はにかみながらカーテシーを決めてみたり。


 二人っきりの環境で気分が高揚したのか肩も胸元も太股も大胆に晒すメイド服に着替えて、ハジメに言われるがままちょっとセクシーなポーズを取ってみたり。


 最終的にはいろいろ吹っ切れて、というかハジメがあまりにも褒めまくったせいか、遂にはウサミミやネコミミなんかを付けてニャンニャンウサウサしてみたり。


 深夜の閉店したはずのメイド喫茶の窓にフラッシュが瞬きまくったのは言うまでもない。


 そうして、


「実はな、雫」

「う、うん、なぁに?」

「モエさんに、奥の休憩室で泊まる許可も貰ってるんだが」

「!」


 モエさん、アシスタント業とメイド喫茶経営を両立するために、昔は店に仕事用デスクと寝床を作って家に帰らない日々を送っていたりする。


 後片付けはちゃんとするんだっぜ☆ と、わざわざ自ら宿泊を提案してきたモエさんに、ハジメは心を込めて返した。流石はモエ姐さん、頭が上がらねぇ。あざっすっと。電話越しだったが、ウインク&サムズアップを決める姿が容易に想像できた。


 そんなわけで、なんやかんやでデートがおじゃんになった二人は。


 この日、夜の喫茶店で存分にご主人様とメイドを堪能(意味深)したのだった。


 翌日、出勤してきた何も知らないメイドさん達は綺麗に整えられた休憩室を見て、しかし、乙女の勘で何かを感じ取り、いったい誰と誰が!? と盛り上がったとかなんとか。


 


いつもお読みいただきありがとうございます。

感想・意見・誤字脱字報告もありがとうございます。


不動明ちゃんは〝アフターⅡの雫編〟に、望月モエさんは〝アフターⅢの『元だけど、おうじょなのよ?』〟に登場しているキャラです。


※ネタ紹介

・鍛え抜かれた筋肉による暴力があれば、大抵のことは解決する

 『最果てのパラディン』より。名言盛り沢山の大好きな作品。その中でも特に好きなセリフ。

・マリーザ

 『ストリートファイター6』に出てくるキャラ。女性キャラの中で一番好き。スト6やり始めた当初は、その使いやすさで大変お世話になりました。

・悪即斬

 『るろうに剣心』の斎藤一より。

龍槌閃りゅうついせん

 『るろうに剣心』より。飛天御剣流の技。

・水鳥乱舞

 『エルデンリング』の最強格のボス〝マレニア〟の技。今でも許せない。

・洞爺湖

 白米は『銀魂』で実在する木刀だと知りました。



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― 新着の感想 ―
美人エンドが個人的にすごくモヤモヤしていたので、女覇王の姿で素敵になってて彼氏候補も出来てよかった
雫さーん 戦場の雫さんもいいけども、、、 不動さん根本さん頑張って! 後輩ちゃんえぐいなあ モエさんそんなすごかったんか メイド雫さん見てみたい!
[良い点] もう、雫ちゃんが、すっごく「妻」の座についていて、「誰が何と言おうと、私はハジメの子供を産むわ! 私がそう決めたの! 文句があるなら受けて立つ! かかってきなさい!」と啖呵を切ったのがとっ…
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