ありふれた休日小話 ティオの場合
遅れてすみません! 急ぎ足で書いたので後ほど少し修正するかもです。
それはそれとして、新年あけましておめでとうございます!
今年もよろしくお願いいたします!
眼下には広大な森林地帯が広がっている。
針葉樹と広葉樹、ヤシの木モドキに果樹、色もバラバラで、なんなら見たこともない奇怪な樹木もあれば、その大きさも大樹と見紛うものから人の身長程度のものまで。
「なんとも節操がねぇな」
『ククッ、創造主に似たのかのぅ?』
〝箱庭〟の空を優雅に飛びながら、黒竜モードのティオと背にあぐらを掻いて騎乗しているハジメが言葉を交わす。
ティオのからかうような声音に、ハジメはなんとも言えない微妙な表情になった。
この世界の中心である宝樹のもとから南へ約四千キロの上空だ。
ハジメとティオはここに至る間にも既に、隣接する湿地帯と砂漠地帯、凍てついた巨大湖のど真ん中にそびえる溶岩垂れ流しの火山などなど目を疑うような矛盾した環境を目撃していた。
宝樹を中心に千数百キロ圏内には、ここまで無秩序な光景はなかったので、どうやら離れれば離れるほどおかしな光景が増えていくようだ。
「疑似太陽の運用で昼夜の区別はできてるが、季節は取り入れてない。おまけに、自然を育む要素も日光や養分じゃあないからな」
だから、決して創造主の「なんでも取り入れちゃおうねぇ!」的な精神が反映されたわけではない、はず。あくまで〝箱庭〟の成り立ち的に仕方ないのだと言い訳じみた言葉を口にするハジメ。
実際、内容自体は正しい。
宝樹の放出するエネルギーが〝箱庭〟を育む全てだ。本来の自然界において必要な自然を育む要素は基本的に必要ない。
しかも、そのエネルギーは地球から流入させている氣力だけではない。各世界からの移住者を想定し、既知のエネルギーも全て素子変換システムで放出している。
つまり、〝箱庭〟は各異世界固有のエネルギーが混在している世界なのである。
それはまぁ、各世界の自然のごった煮みたいな状態になるのも頷ける話で。
「自然環境の管理は基本的にエンティ達に丸投げしているんだが……遠方はまだ手を加えられていないのか? なんにせよ、これは整備のやりがいがありそうだ」
どこかウキウキした様子のハジメ。
〝箱庭〟の創造とは、すなわち世界の創造に等しい難行である。おまけに、自転も公転もない隔離世界だ。
いかにエンティ達が自然を司る神霊とはいえ、勝手が全く違う人造の世界を管理するのは、まだまだ手探りな部分はあるだろう。
宝樹近郊がハジメ達にとって過ごしやすい自然環境になっているのは、きっとエンティ達があえて調整してくれたおかげに違いない。
『整備、のぅ。必要じゃろうか? 自然とは、自然に委ねられているが故だと思うのじゃが? 神霊達も、だからこそ遠方には、あえて手を出していないのやもしれん』
「一理ある。その方が冒険心も満たされそうだしな。だが、シミュレーションゲームも大好物なゲーマーとしては、だ。やっぱ、どうしても現状がモヤモヤするんだよ。もっとこう、きちんと創りたいって気持ちも湧いちまうんだ」
どうやら整備したい願望は、至って私的な理由だったらしい。
『ま、まぁ、ご主人様の世界であるし、好きにしたら良いと思うが……』
「せめて、四方の一角くらいは自分好みに作ってみたいな。もちろん、冒険した後だが。遠藤とも約束してるし」
本やゲームのパッケージを、それはそれは綺麗に棚に並べているハジメである。今時ダウンロード版で良くない? という意見にはそっぽを向き、パッケージ版が出ているなら必ずそちらを選ぶパッケージ主義者だ。
そして、時折コレクションを眺めてはニヤニヤするのである。
そのうちテーマパークみたいに区画整理された自然界……自然(?)界が出来上がりそうじゃなぁと内心で苦笑するティオ。
気が付いたのか、ハジメは誤魔化すように咳払いをして続ける。ちょっと早口で。
「それに、あまりに無秩序だと今回みたいに現地調査が必要な事態が頻発しかねないからな」
『ふむ……確か、エンティが見通せぬエリアがいつの間にか存在している、という話じゃったな?』
「ああ。本来あり得ないはずなんだけどなぁ」
ハジメは腕を組んで小さく唸る。
当然だろう。エンティは宝樹の女神だ。直接見に行かなくとも、宝樹と繋がっている場所は全て知覚できる権能を有する。つまり〝箱庭〟の全てだ。
だが、少し前から南側の果てに近い一部のエリアが知覚できなくなったらしい。
視線を泳がせ、両手の指先を擦り合わせながら、ちょっと不安そうに報告してきたエンティの姿は、まるで初めてのおつかいに失敗した子供のようだった。
わ、私のせいじゃないわ! 女神としての格が足りなかったわけじゃないんだから! だから、ク、クビになんてしないわよね? ね? あんたの女神は私でしょ? ね?
あえて無言無表情で対応してみたハジメに、最後には少し涙目になって訴えるエンティの姿は、まさに〝かわいそうは可愛い〟を体現していた。
ユエ達が揃って庇護欲を誘われ、ハジメに冷たい目を向けちゃうくらい。
なお、ティオだけはハジメのドSっぷりにハァハァしていたのは言うまでもない。
「宝樹との繋がりが切れたか、切れかかっているエリアが存在する? 空間か重力の調整をミスったか? あるいは固有エネルギー同士が干渉でもし合って?」
ブツブツと呟きながら考察に思考を沈めていくハジメ。
このままだとしばらく帰って来なくなりそうなので、せっかくのデートじゃぞ! とティオは少し慌て気味に話題を振った。
『ちなみに、ご主人様よ。現在、箱庭はどの程度の広さがあるんじゃ?』
「だとすると……おん? 広さ? 一応、地球とほぼ同程度だな。そこで拡大を止めた。箱庭自体は球体空間だ。ただし、地球平面説を地で行く構造だけどな」
おっと、とハジメは意識を現実に戻した。
地球の王樹からほぼ根こそぎ流入させている氣力に無限魔力。
エネルギーは溢れるほどあり、自主的に歯止めをかけなければ〝箱庭〟は際限なく拡大してしまう。なので取り敢えず、ある程度は地球を見本にできるよう同程度の大きさにしたのである。
ただし、星のように球体状の大地があるわけではない。球体は、あくまで空間の形に過ぎない。
球体空間の中心が宝樹で、半球状態に割った時の〝面〟の部分が大地。それが〝箱庭〟の全容だ。
なので、端に行けば行くほど空は低くなり、大地の下にも半球状の何もない広大な空間が存在している。
今のところは、だが。
『む、それほどであったか。ならば、そろそろ翼を速めるべきかの?』
「待ってましたって雰囲気だな?」
どこかわくわくした様子のティオが、首を捻って肩越しに期待の目を向けてくる。
今回の目的は、エンティの知覚外エリアの調査だ。
だが、実際のところ、待ち合わせの時にハジメが口にした「ついでにデート」とは目的が真逆だったりする。
そう、本当は調査こそが〝ついで〟なのだ。
もちろん、〝箱庭〟に起きた不測の事態であるから重要なことではある。
だが、何も忙しい身でいきなりハジメ自身が調べにいかずとも、本来なら雷雲の神霊たるウダル等が率先して調査し、その報告を受けてからでも良かったのだ。何せ、雷速で動けるからして。
それに待ったをかけて、わざわざ自分で出向くことにしたのは、やはりティオとの時間を意識したからに他ならない。
『ふふ、仕方なかろう? 久しぶりに思いっきり羽を伸ばせるのじゃから。地球の空も好きなんじゃが、妾にはちぃっとばかし騒がしいからのぅ。それに――』
都市の輝きを眺めながら夜空を飛ぶのも大好きではあるが、目に見えぬ電子の網や飛行機が飛び交う地球の空は、誤魔化す方法はいくらでもあるとはいえ、ティオにとってはいささか気を遣う空らしい。心情的には〝狭い空〟とも感じてしまうくらいに。
何より、だ。
『ご主人様を乗せるのも久しい』
「……そう言えば〝龍事件〟以降、乗ってなかったな」
『うむ。今の忙しさを切り抜けたら、最低でも週一を所望するのじゃ』
「分かった。なら週替わりで異世界の空を散歩するか」
『それは良い案じゃな!』
忙殺され、地球から離れることも難しいハジメを置いて、一人で異世界の空へ飛びにいっても意味がない。
真にティオが好むのは空を飛ぶこと自体ではなく、〝ハジメを背に乗せて〟飛ぶことだからだ。
遊覧飛行しながら、のんびり語り合う時間が好きで。
アクロバット飛行や速度限界に挑む己に、一喜一憂してくれる様がどうしようもなく愛しくて。
家族と共に過ごす時間だって、もちろん愛しているが……
それでも、ティオもまた一人の女であるから。
〝愛しい男を独り占め〟にできるこの時間は格別なのである。まさに、至福の時間というやつだ。それはテンションも上がるというもの。
そんなティオの心情を察して、ハジメは目を細めた。酷く優しい手つきで艶やかな竜鱗を撫でる。
世界最高クラスの耐久度を誇る自慢の鱗でも、その感触は分かるのだろう。ティオが気持ち良さそうに目を細める。ネコならば喉を鳴らしていそうな雰囲気だ。
ぽんっと、これまた優しく背を叩いたハジメは、一転して挑発的な笑みを浮かべた。
「さて、ティオ。目的地までは、地球なら大陸を縦断して更に海を越え、南極大陸に到達するほどの距離がある」
『うむっ』
ティオの声が弾んでいる。黒色の魔力がうっすらと竜体を輝かせ、そのフォルムを変形させていく。よりスマートに、速度特化の流線型へと。
「魔力も俺も気にしなくていい。――好きに飛べ」
その言葉は配慮というよりむしろ、〝どれだけ好きに飛べるか見せてみろ〟と試しているような声音だった。
少なくとも、そう受け取ったティオは口元にうっすらと笑みを浮かべた。不敵な笑みだ。ハジメの想定を超えて度肝を抜いてやろうという覇気が迸っている。
『心得た! では、ご主人様に与えられた新たな力、存分に使わせてもらおうぞ!! 振り落とされてくれるなよ?』
ティオから魔力が噴き上がった。風が渦巻く。翼が大きく広げられる。
かつて、天空の世界で見せた音速超えの飛行術。
風の抵抗を極限まで減らし、それどころか竜巻として纏うことで推進力にさえした超音速飛行の絶技。
それが今、発動――しなかった。
代わりに生み出されたのは、
『――〝黒渦〟』
不可視の重力場。
そう、重力魔法だ。基本中の基本にして、任意の方向へ自由落下することで〝疑似飛行〟を可能とする神代魔法である。
前方へ、一気に落ちる。と同時に、
『ゆっくぞぉーーーーっ!!』
翼を一打ち。圧縮した風を解放してロケットスタートの如き推進力に変えつつ、そのまま体にぴたりと密着させて直滑降モードに入る。
真っ直ぐ前へ、砲弾の如く。
空気の破裂音が轟いた。瞬く間に音速を突破したのだ。
白い大気の膜が発生している。だが、それすらも次の瞬間には消えて、ぐんっと意識さえ置き去りにされそうな加速がかかった。
見れば、後方へ夜天の如く煌めく黒い魔力光が棚引いている。自由落下に加えて、風属性魔法によるジェット推進も併用しているのだ。
言うなれば、戦闘機が垂直落下しながら、かつアフターバーナーを全開にしている状態というべきか。
速度は既に超音速の領域。否、その二倍を超えて更に加速し、マッハ3、そしてマッハ4の領域へ。
『ふふふっ、ふはははっ! 良い! 良いぞぉ! 以前から使ってみたいと思っておったが、やはり重力魔法は素晴らしい!!』
かつて、天竜界にて空戦機を追いかけた時、自力ではマッハ2くらいが限界だった。ハジメが騎乗し、鞭打って〝痛覚変換〟のフルスロットル状態になれば数秒程度はマッハ4の領域にも到達できたが……
結局、空戦機には逃げられてしまった。
加えて言うなら、空戦における軌道の細やかさ、鋭さという点でも重力自在というべき使い手のユエに及ばず。
天空の覇者を自負するに、なんとも座りが悪いと感じなくもなかったのだが……
『とくとご覧じよ! 妾は今、戦闘機を完全に超えるのじゃ!』
興奮が伝わるハイテンションな咆哮が轟く。
刹那、空を斬り裂くレーザーの如く加速していたティオの姿が、消えた。
否、そう見えるほどの急激な軌道変更を行ったのだ。
遠目に見る者がいれば、遙か空の上で、まるで黒いレーザーが鏡面に反射したような光景に口をあんぐりと開いたに違いない。
音速の四倍以上の速度下での鋭角ターン。
地球の戦闘機はもちろん天竜界の空戦機ですら、パイロット諸共、空の藻屑になること請け合いの変態機動だ。
重力操作だけではない。世界最高の耐久力を誇る〝黒竜〟だからこそできる絶技。
『ばれるろぉ~る! はい・よぉよぉ~! しざ~ずからのぉ~いんめるまんたぁ~ん!』
黒い流星が縦横無尽に空を舞う。
体表の竜鱗の微妙な変化、折りたたんだ翼の僅かな挙動、尾による絶妙なバランス調整。
優れたマジシャンが操るカードの如く、大気と風を完全なる支配下に置くティオの飛行術。
重力自在のユエの飛翔に風の魔法だけで匹敵していたティオだ。そこに、その重力自在も加わればどうなるのか。
その答えが、今、示されていた。
(これほどかっ)
空間固定と結界のアーティファクトで振り落とされることだけはないが、人外の肉体をして悲鳴を上げざるを得ないほどの負荷に、ハジメは思わず歯を食いしばる。
今までの比ではない、常人では認識さえ追いつかない緩急自在の機動。
あえて表現するなら、曲射混じりの乱反射するレーザーとでも言うべきか。
戦闘機の速度に、ユエの如き細やかで鋭い機動力。
おそろしきは、今の状態が〝ノーマルモード〟であるという点。
そう、ティオにはまだ〝痛覚変換〟による強化も、それどころか昇華魔法による強化さえも残されているのだ。
『どうじゃ!? ご主人様よ!』
弾みに弾んだ声音が響く。
一段どころか二段も三段も進化した自身の飛翔能力に、そして重力から解放されたことによる自由感に興奮が収まらないようだ。まるで、ずっと欲しかった玩具を与えられた少女のようである。
それに微笑ましく思いつつ、ハジメは掛け値なしの称賛を送った。
「もう、誰も異論さえ口にできねぇよ。お前が、天空の覇者だ」
『くっふぅーーっ!!』
確かに、単純な移動速度という意味では、まだ香織の〝神速〟がある。だが、これはあくまで移動時間の短縮魔法だ。
言うなれば、〝疑似高速魔法〟ではなく〝疑似転移魔法〟。厳密には飛翔ですらない。
そして、神の使徒としての銀翼による飛翔術もマッハ4の曲芸飛行には及ばず、風の扱いもティオの右に出る者はいない。
遙か空において天衣無縫。
まさに、そう表現するのに相応しい今のティオの姿を見れば、確かに異論など出ようはずがなかった。
『では、ご主人様よ』
「ああ。そろそろ落ち着いて――」
『昇華魔法の重ね掛けといこうではないか!』
「エッ、ちょっ、待て――」
『妾は今、一筋の光とならん! いざっ! ヒィーーハァーーーッ!!』
「完全にハイになってやが――んんんんんんっ!!!?」
自由落下? 生温い。
圧縮した風によるジェット? まだ足りぬ!
前へ無限に引き寄せる重力場を!
圧縮した炎の爆発をも推進力に!
ドォンドォンドォンと連続した爆発音を遙か後方に置き去りにしながら加速加速加速。
重力場の引き寄せる力が激増し、風による推進力が数倍に跳ね上がり、更に、足裏に発生させた爆風が、あたかも砲弾を発射するが如く竜体を何度も弾き出す。
音速の五倍――
六倍――
七倍――
『科学がなんぼのもんじゃぁーーーーいっ!!』
「……」
ハジメの返事がない。更にアーティファクトを出して負荷対策に一生懸命なので。
その間にも、限界速度への挑戦は更に高みへと進んでいく。
そうして――
「最終的にマッハ11か……しかも〝痛覚変換〟なしで」
『鞭打ってくれても良かったのじゃぞ?』
「もうちょっと準備してからで頼む」
どちらかというと心の準備的な意味で。
いくら嗜虐心を常備しているハジメであっても、変態的な喘ぎ声を漏らしながらマッハ11で飛ぶドラゴンを見るのは――キツいのだ。
『まぁ、久しぶりに思いっきり飛べたのでな、満足じゃよ』
「そりゃあ良かった」
音速の十倍超えなんて冗談じみたレベルの、純粋な〝速さ〟を体感するのはハジメとしても初体験だ。ティオの上機嫌ぶりには共感できたし、ハジメも負荷対策をきちんとしてからは十分に楽しめたから。
そんな感情が伝わっているのだろう。更に機嫌良くなってか、竜尾がふりふりし出す。
「それはそれとして、重力魔法は問題なく使えているようだな?」
『うむ、問題ない。知識差がないか、ユエと確認した時も問題なかったのじゃ。心配はしておらなんだがな』
「そうか……なら、天之河で事前に実験しておいた甲斐があったよ」
『う、うむ』
いとも容易く行われる人体実験(勇者限定)に少し視線を泳がせるティオ。
もう少し配慮してやっては……と思わなくもないが、本人了承のもとであるし、その恩恵に預かった身なので強くは言えない。
そう、ティオが重力魔法を使えるのは、ライセン大迷宮を攻略したからではない。例の光輝が壊れたり悶絶したり昇天したりしながらも再生魔法を会得したのと同じ方法だったのだ。
「やっぱり、自前で昇華・魂魄・再生魔法が使えるひけん――ティオへの定着の方が容易だし確実だったな」
『今、被験者って言いかけんかった?』
「適性の影響力が知りたいな。天之河もティオも高い魔法適性を持っているから、次は魔法適性の低い者を対象にしよう」
『まるで、妾が実験第二段階の被験者であったっぽく聞こえるんじゃが……なぁ、ご主人様よ。安全は確立した上でやってくれたんじゃよな? 信じていいんじゃよなぁ?』
「……俺はもう全部の神代魔法を持ってるし、多少じゃ壊れず魔法適性の低い者。かつ持っていない神代魔法がある奴……ふむ」
『逃げるのじゃーーっ! シアよぉ、今すぐ、超逃げるのじゃーーっ』
「最終的に、魔力なしの対象に魔力と一緒に定着できるようになれば、なお良し。一つの技法として完成だな」
『ミュウか!? ミュウのことか!? さては最初からそれが目的じゃな!? そのためなら妾達の犠牲も厭わんとは! このマッドパパサイエンティストめっ』
「ところで、ティオ。黒神龍化のプロセス短縮はどうなってる? 進捗は?」
『露骨な話題転換ッ、いや、もしや本当に些事扱い……?』
大丈夫大丈夫、勇者で散々実験したから安全だ! 重力魔法、欲しかったんだろ? スーパーミレディGを倒すの面倒なんだろう? ほぅら、俺の手を取れば簡単に力を得られるぞぉ! お空を今まで以上に飛び放題だぞぉ~。
なんて、今思うと怪しい契約を持ちかけて魔法少女を量産する白い畜生モドキみたいな誘い文句だった気がしないでもないが……
少し動揺しつつも、まぁミュウのためならいいかと深く考えないようにして咳払いを一つ。
マッハ1強くらいの巡航速度で南の果てに飛翔しながら、ハジメの問いに答える。
『ご主人様に言われたとおり練習しておるよ。以前ほど力を高めんでも龍神化できそうじゃ』
「そうか……龍事件の時、お前に影響が出た時は焦ったが不幸中の幸いだったかもしれないな」
実は、重力魔法の自力継承以外にも、ティオは新たな力に目覚めつつあった。
それが〝黒神龍化の簡易化〟だ。
日本そのものが〝龍〟であるという衝撃の事実が発覚した事件のおり、ティオは〝箱庭〟で動けない状態だった。
〝龍〟が全ての龍と竜種に干渉できる権能を有していたからだ。寝起きのような状態ですら、伝承の存在でさえも疑似的に蘇らせ意のままに操った脅威は記憶に新しい。
そして、その影響は竜人であるティオも例外ではなかったのである。
〝箱庭〟という隔離空間で、かつ数多のアーティファクトによる防護、そしてティオ自身の神代魔法と精神耐性で事なきは得たが……
『それにしても、良く思いついたものじゃな』
「……天啓ってやつかな? なんか、ふと浮かんできたんだよ。まぁ、〝龍〟のことがなくても、少し考察すれば普通に思いつくようなことだろう」
ティオ達竜人族が竜化できるのは、種族的に〝竜化の因子〟が魂魄に混じっているからだ。
という話は、トータスでの最終決戦前、新たな魔法として他種族の黒竜化と眷属化を会得する際に、ハジメとティオの間で確認済みのこと。
何せ、その魔法はティオの〝竜の因子〟を複製して対象に組み込むという仕組みであるが故。
「まして、〝龍〟の干渉に耐え続けた結果、以前より強く〝竜化の因子〟――いや、他者も含めて〝竜の因子〟自体を認識できるようになったってんなら、そらまぁ誰でも思いつくだろ」
肩を竦めて、ハジメはさらりと無茶なことを口にする。
「――ティオだって、〝龍〟と同等とはいかずとも似たようなことができるんじゃないか? なんて考えはな」
『うぅむ。後から答え合わせように言われればそうかもしれんが……』
創造者気質で、発想力こそ最大の強みと言っても過言ではないハジメと同列に語られても……と、ティオの声音に苦笑が滲む。
『星どころか宇宙ごと滅ぼせそうな怪物の力じゃぞ? 普通、自分にもできるはず! とは思わんよ』
「そうか?」
それはそうだ。世界規模の干渉範囲に、現存する者どころか〝竜伝承の疑似的復活と使役〟すら可能にする埒外の存在に比肩しようなど、普通はあっさり思い至らないし、思い至っても実行には及ばないだろう。
何かのスポーツを趣味でしている者が、歴史に名を残すであろう不動の絶対王者やその神業を見て、「自分にもできそうじゃない?」とは思わないのと一緒だ。
だが、アイデアを聞いた当初、「そんな無茶な」と頬を引き攣らせたティオに、ハジメは奇妙なほど確信している雰囲気で「ティオならできる」と告げたのだ。
「でも、改めて考えれば無茶な話でもないだろ? 他種族の黒竜化も、その眷属化もできたんだ。支配力という意味では、〝龍〟の権能と似たようなもんだろ?」
『簡単に言いおって……まぁ、妾ならと期待されるのは素直に嬉しいがのぅ』
「ああ、期待してる。信頼もな」
竜族限定ならば〝神言〟を超える圧倒的な支配力を。
たとえ神格を有する存在でも、絶対的なアドバンテージを。
ティオなら可能だ。期待に応えてくれる。確実に。ならば――
「〝龍〟さえも封殺できるさ。ティオならきっと。いや、絶対に」
『やはり、最終目的はそこかぁ』
期待は嬉しいけれど、ちぃっとばっかし重すぎやしないかのぅ~と、またも苦笑を滲ませてしまうティオ。
そう、ハジメがティオに更なる修練を提案した最大の理由はそこだった。
『確かに、あの時、皆が奔走する中で妾だけ動けんかったことには忸怩たる思いがあるんじゃが……』
やはり無茶では? という思いが流石に拭えない。
そもそも現状だって封殺はできているのだ。最強の陰陽師が敷いた幾重もの封じに、厳重な警備。加えて、そもそも復活に絶対的に必要な氣力の全てをハジメは掌握している。
これ以上ない完璧な封印だ。
だが、それでもハジメは満足できないらしい。
「世の中に絶対はない。保険はいくらあってもいい」
『まぁ、そうじゃな』
実にハジメらしいと思う。切り札の量産が十八番だなんて、とんでもスタイルがデフォなのは伊達ではない。
そう納得し、
(ふふ、旦那様がせっかく全幅の信頼を置いてくれているのじゃ。無茶だろうがなんだろうが、やってやろうではないか)
と、やる気を更に充填するティオ。
だが、続いた言葉には思わず顔をしかめてしまった。
「それに俺がいなくても問題ないようにしときたいしな」
『………………〝俺がいなくても〟? なんじゃ、縁起でもないことを』
少しの驚きの後、ティオは思わず声音に怒りを滲ませてしまった。
ハジメとしては本当に何気ない、特に意識していない表現だったのだろう。ティオの声音の変化にキョトンとしている。
が、一拍おいて自分の発言を振り返り、少し考える素振りを見せ、「ああ……」と苦笑を浮かべて首を振った。
「そういう意味じゃない。この先、異世界に行ったっきり直ぐに帰れない状況があるかもしれないだろ? 地球から離れられない現状みたいに」
『あ、ああ……そういう意味じゃったか。すまぬ、よく考えずともそうじゃよな。なぜか、そういう風に聞こえてしまってのぅ』
「いや、俺も悪かった。なんかポロリと出ちまってな。もう少し言い方ってもんがあったよな」
『うむ、少しドキリとしてしもうたよ』
「気をつける。……けど、そうだな。よくよく考えれば、確かに、そういう意味でも対策は必要だよな。ミュウの将来とか、そのずっと先のことを考えるなら」
『む?』
少し速度を緩めて、首を回すティオ。肩越しにハジメを見やる。
「最近、少し考えることがある。まだ、ユエにも話してないが……」
『聞かせておくれ、ご主人様よ』
どこか神妙な雰囲気のハジメに、ティオもまた落ち着いた声音を返す。
普段の変態ムーブも嫌いではないが、こういう時、穏やかでありながら真剣に耳を傾けてくれていることが分かるティオの雰囲気が、ハジメは好きだった。
話の内容的に、わざわざ今、話題にすることでもないのだが……
こういう雰囲気のティオを前にすると、素直に言葉が出ていってしまう。
「俺達は、いつ終わるのかという話だ」
『ふむ……寿命の話かの?』
「察しが良くて助かる。正直な話、俺達が老衰で死ぬことは、いや、他の原因であれ不本意に死ぬことはもうないと言っても構わないだろう?」
『そうじゃな。今や望む限り生き続けることができよう』
神代魔法の神髄に、使徒化など神域の技法、そして無限のエネルギー。致命傷も病も、ハジメ達を殺しきることはできない。
ならば、だ。
「俺達は、いつか自分で終わりの日を選ぶことになる。数百年程度で満足するほど殊勝じゃないが、かと言って永遠の生なんてのも……ちょっと想像できない」
『そうじゃな。いつかその日は来るじゃろう。生きることに満足し切った、その時が』
一拍おいて、ティオは得心したように頷いた。
『なるほど。その時、遺された者や未来に憂いを残したくないということじゃな? ご主人様にしか対応できない事柄を減らしておきたいと』
「ああ、そうだ。特に意識していたわけじゃないが、ティオの勘違いで、今、そう思ったよ」
ハジメがいない時に、再び〝龍〟が目覚めかけたら?
封印が解け、氣力の掌握もできなかったら?
そんな事態を想像すれば、ティオの竜種限定の絶対優位力は確かに魅力的だ。ティオが技法を確立し、それをアーティファクトに応用できれば後世においても誰かがどうにかできる。
そのことを今まで考えていなかったわけではないが、ティオと言葉を交わしているうちに、ハジメは今まで以上に強く実感したようだ。
そんなハジメの様子を一瞥して。
『……ふむ、そうか。なるほど。〝未来のため〟か』
「? どうした?」
会話が一段落ついたかと思えば、ティオの様子がどこかおかしい。
そわそわしているというか、言うべきか言うまいか迷っている様子というか。
浮き足立っているようにも、少し緊張しているようにも見えるというか。
やがて何か決心したのか、スッと定まった雰囲気で再び肩越しに目を向けてくるティオ。ハジメは小首を傾げつつも、その眼差しを受け止めた。
『ご主人様よ、一つ聞きたいことがあるんじゃが』
「おう? なんだ?」
『ご主人様は――』
ティオが思いのほか真剣な声音で何かを尋ねようとした、その寸前だった。
「あ?」
『おや?』
ティオの言葉が止まり、揃って前方へ視線を向ける。おまけに、揃って疑問の声も漏れ出した。
「ティオ」
『承知』
会話を一時中断し、ティオは滞空状態へ。ハジメもまたティオの背で立ち上がった。
「どうやら目的地に着いたようだな」
『そのようじゃ。見るからに異変じゃのぅ』
前方を、目を細めるようにして睨む二人。
一見、何もない。相変わらず植生ごちゃまぜの自然が広がっているだけだ。
遠くには山脈も見える。東には巨大な湖があるし、西は見渡す限り森林地帯だ。
なんの変哲もない平穏な自然の情景。
そうとしか見えないが……二人の感覚は誤魔化せない。
「空間魔法か? いや、それ以外にも平穏に見せる幻術の類いが使われてるな」
『魂魄魔法系かのぅ? いずれにしろ、じゃ』
「ああ」
二人の雰囲気ががらりと変わった。意識が戦闘を想定したものに切り替わったのだ。警戒心が瞳に滲み出る。
当然だろう。
何せ、目の前の不可視の隔たりは、超高度な技法を持って作られた〝結界〟なのだから。
想定していた自然現象や〝箱庭〟自体の不調・トラブルではない。
明らかに外部の、引いては女神たるエンティの目を誤魔化すために意図的に展開されたものだ。
同時にそれは、それほどの技量を持った存在が、空間の壁の向こう側にいるということ。それもエンティに隠れて、何かをしているということだ。
「人の庭で何をやってくれてんだか」
『反乱は疑いたくないがのぅ』
宝物庫からクリスタルキーを取り出し、空間の壁の向こうへゲートを繋げる。
最悪の事態も想定しつつ、準備OKと頷き合って、ハジメとティオは一気に踏み込んだ。そして――
「これはまた……」
『なんということじゃ……』
切り替わった景色を、悲惨な光景を目撃した。
世界が赤い。見渡す限り地獄の業火に包まれている。豊かな自然など欠片もなく、天は荒れ狂い雷鳴と稲光で覆われ、大地は一部が隆起し、あるいは巨大なクレーターやら亀裂やらが生み出されていて、大気は荒れ狂っている。
まさに、この世の終わりのような光景だった。
警戒心は解かずとも、思わず絶句してしまうハジメとティオ。
自然と原因へ視線が吸い寄せられる。
竜巻のように渦巻く巨大な血風が存在していた。その赤い渦に、これまた巨大な影が映っている。六枚の翼を持つ人型のシルエット。
悪魔だ。それ以外にあり得ない。これこそ悪魔だと誰だって一目見ただけで分かる凶悪で恐ろしい気配を放っている。
が、この戦場を地獄たらしめているのは、彼の存在だけが原因ではなかった。
対峙する存在がいた。
後光を背負い、とぐろを巻く巨大な白き龍。天より降り注ぐ雨を束ね、周囲に渦巻く激流として侍らせている姿は、なんとも荘厳で美しい。大抵の存在が自然と畏敬の念を抱くであろう神威が放たれている。
そして、
「おいおい、どうなってる? 何があった……」
『よ、よもや戦争か?』
その両者の周囲でも、グリムリーパーの皮を脱いで本性をあらわにした何十体もの悪魔共と、同じく何十体という東西を問わぬドラゴン種が熾烈な戦いを繰り広げていたのである。
いずれもネームドクラスの大悪魔と伝承のドラゴン達だ。
それは世界の終わりのような光景も出来上がるという話。
『とにかく、ご主人様よ。仲裁せねば!』
「そうだな」
どちらかが反乱でも起こそうとして、一方が止めているのか。あるいは、互いの存在が許容できなくなったのか。
いずれにしろ、お互いに殺しにかかっているのは事実。
容易に止まるとは思えないが、それでもやらねばならない。ハジメはひとまず、己の存在に気が付かせるため魔力を練った。特大の〝念話〟をぶちかますつもりで。
同時に、バルス・ヒュベリオンも召喚した。
話を聞いて仲裁できればいい。だが、それが無理で、こちらにも敵意を向けてきたのなら……と冷徹な決断を下す。
そうして――
『汚い! さすが悪魔! 実に汚い! 我等の領土を侵した罪、今こそ償うがいい!』
『何が我等の領土か! そもそも南の地は我等が先に目を付けていたのだぞ!! この神気取りのヘビモドキめっ!!』
『き、貴様ぁっ、また我を愚弄したな! 貴様なんぞ幼児の犬であろうが! なぁにが大罪戦隊だ! 恥を知れ!』
『きっさまぁ、口が過ぎるぞ!!』
『貴様の悪意に塗れた言動より遙かに高貴であるわ! 痴れ者めぇ!』
『貴様とて、いつもいつも見下した目を向けてくるであろうが! その傲慢、今日こそ叩き直してくれるわ!』
『傲慢を司る貴様に言われたくないわぁっ!!』
んんっ!? と首を傾げるハジメとティオ。
終末戦争もかくやという殺意塗れの闘争のただ中から、なんか酷く幼稚な罵り合いが響いてきた。
よくよく耳を澄ませば、戦場の轟音をすり抜けて微かに他の悪魔やドラゴン達も何か言い合っているのが聞こえてくる。
「…………なんか、侮られたとか、お気に入りの場所を取ったとか、騙した騙されたとか…………」
『う、うむ。単に態度が気に食わないとか、最近退屈だからとか、なんというかその……』
随分と私的な闘争理由が飛び交っていた。
ハジメはティオを見た。ティオも肩越しに振り返りハジメを見やった。同時に頷く。
『ぬ? ! 魔王陛下ではないか! 聞いて頂きたい! 近頃の龍神共と来たら――』
『なに? 創造主殿ではないか! 心して聞いてもらいたい! 貴殿もこやつらの主ならば、しっかりと躾というものを――』
なんということはない。
影と白龍が揃って爪先を相手に向け合い何か訴えてくる姿を見れば、そして、言動の数々を聞けば分かる。
これは戦争じゃない。
ただの、そう――喧嘩だ。
『魔王陛下! 聞いておるか!?』
『創造主殿! 聞いているのか!?』
ハジメとティオは揃って、クソデカ溜息を吐いた。そして、綺麗にハモって叫んだのだった。
「『しょうもなッッ!!』」
何事かと気負った分、脱力感が半端なかったのは言うまでもない。
南の最果て。
悪魔と龍が実にくだらない理由で大喧嘩していた場所から更に数千キロほど南下した、〝箱庭〟の行き止まり――の少し手前にて。
「まったく……毎日楽しそうで何よりだよ」
「まぁまぁ、良いのではないか? 悪さをしていたわけでもなく、場所も遠方を選んでおる。結界も張って宝樹や他の移住者に迷惑にならぬように喧嘩していたわけじゃし」
そよ風が吹く見渡す限りの草原のど真ん中で、片膝を立てて座るハジメがどこか疲れた様子で愚痴を吐いた。
その隣で、竜化を解いたティオもまた、くつろいだ様子で足を崩して座っている。
「毎度、壊した自然も直しておるようじゃしな。今回はちょいと熱くなりすぎて、〝知覚できないということを知覚された〟ようで大事になってしまったがの」
実は、あの種族間大喧嘩は既に何度か行われているらしい。
〝どちらが上か分からせてやる〟という意気込みはあれど、本気で滅ぼすつもりまではないようで、特に下位の悪魔やドラゴンの大半は、定期的に行われるお祭り騒ぎみたいに思っているらしい。
ハジメのソウルブレイクパンチ(堅すぎるシア用に作った魂魄に直接響く義手パンチ。痛いけど一切怪我を負わないギャグ補正パンチとも言う)で喧嘩両成敗された〝るしふぁ~〟と白龍から聞いた話だ。
結論は一つだった。もう好きにしろよ、である。
〝箱庭〟や他の種族に被害が出ないならば、と釘は差しておいたが、後は放置することにしたのだ。
だって、どっちが種族として上だと思うかとか、どこどこの土地は自分達のものだと認めてほしいとか、いちいち争いながら言い募ってくる両者がとても面倒臭かったのだ。
聖書に出てくる魔王や、伝承の龍神とは思えないくらいに。
(新しい手つかずの世界に心躍らせておるんじゃろうなぁ。気づいておらんようじゃが、ご主人様と似た者同士じゃぞ?)
と思いつつも内心に留めておくティオ。
何はともあれ、エンティに原因を連絡して一件落着だ。
直しているとはいえ自然破壊上等で定期的に争っていたと白状され、しかも、自分の知覚能力がまんまと欺かれていたと知って、エンティは怒髪天を衝く勢いでプンスカしていたが。
「改めて住み分けとか、揉めたときの取り決めとか、女神公認決闘場の創設とか、エンティの奴、なんかいろいろ言ってたから、もう今回みたいなことはないと思いたいな」
「こういうのが文明の始まりなのかのぅ? そのうち各世界の移住者ごとに社会や文化が形成されたりするのやもしれんなぁ」
この世界がどのような発展をしていくのか、ティオは楽しそうに目を細めながら前方を見上げた。それに釣られて、ハジメも視線を上げる。
その視線の先にあるのもまた、この世界の可能性の一つだった。
常識外れの、それでいて雄大な、この世界の〝果て〟を示す驚異の景色。
大地だ。大地の壁が遙か上空までそそり立っていた。
山がそびえているという意味ではない。ここが谷で崖を見ているという意味でもない。
言葉通り、大地が途中で折れ曲がるようにして垂直に続いているのだ。木々は真っ直ぐこちら側へ、つまり水平に伸びている。木の葉もまた下に落ちず、垂直の大地に向かって落ちていく。重力方向が変わっているのだ。
「報告は受けていたが、実際に見るとすげぇな」
「空間の拡張は止めても、宝樹から流れ込むエネルギーは大地を成長させる。結果、大地は空間の境界に沿って上下に広がっていく……じゃったな」
「ああ。このまま数年も経てば反転した大地の空なんてものが見れるんだろうな」
「ご主人様の好きなSF系アニメに出てくるコロニーのように、じゃな?」
「そうそう」
植物の蔦や根が岩や建物の壁を張って上へ上へと伸びていくように、〝箱庭〟はいずれ地球と同じように球体の大地になることだろう。
ただし、あくまで外ではなく生命を内側に内包した特殊な星に。
生成される大地には重力場を発生させる鉱石が含まれるようにしてあるので、いずれ天井を歩くこともできるに違いない。
そうしてしばらく、他のどんな世界でも見ない光景を堪能していると。
「新しい命さえも、生まれてきそうじゃな」
なんてことをティオが呟いた。どこか含みのある声音で。
「そうだな。この世界の可能性は無限大だ。そうなったらそうなったで楽しみだよ」
「そうか、楽しみか。ならば、ご主人様よ」
「うん?」
「可能性を待っておらんで、新たな命を妾達で作らんか?」
「……お前なぁ」
せっかく世界の果てまでデートに来て、他じゃ見られない景色を前にのんびりくつろいでいるというのに……
まぁた空気を読まず変態ムーブを、と思ってジト目を隣に向けるハジメ。
だが、そこにはハァハァしている変態はいなかった。
予想外に真剣な表情があって、ハジメは思わず言葉を止めてしまった。
その隙を突くようにして、ティオはハジメを押し倒した。
「お、おい、ティオ」
「先程、聞きそびれたこと、改めて聞かせておくれ」
大の字になったハジメに覆い被さるようにして、至近距離から目を合わせてくるティオ。
やはり普段のふざけた雰囲気はない。真剣に問うていると理解させられる。
「ご主人様は、子供についてどう考えておる?」
「……」
みなまで言われずとも、その質問がティオと、あるいはユエ達との間に子供を授かることについて、つまり将来についてどう考えているかと問うていることに気が付かないほど、ハジメは鈍感ではなかった。
「妾達はな、既に話し合っておる」
「ユエ達とか?」
「そうじゃ。いずれ授かりたい。そして、授かるなら皆同じタイミングが良い。子供達ができる限り同じ時を過ごせる方が望ましい故に、とな」
「そうか……」
「問題は、その〝いずれ〟が〝いつか〟じゃ」
「結論は?」
「少なくとも大学を卒業してからで良いじゃろう、ということになった」
「なるほど?」
だが、それで終わりなら、今、こんな風に押し倒されていない。ティオに限って抜け駆けなんてことはないだろう。
表情に疑問が浮かぶハジメ。その頬を愛しげに撫でつつ、ティオは若干熱がこもり始めた声音で続ける。
「しかし、本音を言うとな? 妾、今すぐにでも欲しいのじゃ」
それは、とても珍しいことだった。剥き出しの欲をティオが見せるなんて。
普段の変態ムーブから欲望に忠実な性格に見えて、個人的かつ大事な気持ちについては、実は誰よりも我慢するのがティオだ。他者の欲をこそ優先する性分だから。
ユエ達との話し合いでも、だから多数意見に頷いたのだろう。
「本音では……少なくともユエも同じじゃろう。しかし、ユエは常にご主人様第一主義なのでな。それとなく気持ちを伝えつつも、大学生活を楽しみたいであろうご主人様の気持ちを、結局は優先する」
「そう、だな……」
「妾も、だから賛同した。しかし、ご主人様は言った。未来のために遺せるものを、と」
それは明らかに、自分の子供を、あるいは更に先の子孫を意識した言葉だ。
ハジメは、自分達が思っていた以上に、自分達との子供のことを意識してくれているのではないか? 望んでくれているのではないか? ならば、子供を強く望んでも困らせないのではないか?
そう思うと、言わずにはいられなかったのだ。
「ご主人様よ」
「……ああ」
「妾、ご主人様の故郷において社会性を身につけたぞ。学生とは立場が違う」
囁くように、素直な気持ちを伝えてくるティオから、ハジメは目を離せなかった。
「高校を卒業したじゃろ? 結婚もした。仕事は軌道に乗っていて、妾にはユエ達よりも時間がある。妾、育てる自信があるのじゃ。妾自身の子だけでなく、必要な時は必要なだけユエ達の子も皆まとめて面倒を見られる自信が。何より、強く強く切望しておる」
豊かな胸がハジメの胸板の上で押し潰された。それほどに密着して、唇が触れるほどの近さで、ティオの黄金の瞳がハジメを射貫く。
「後は何が必要かの? 貴方の子を授かるのに。教えてたもう?」
吐息の交わる距離で、見つめ合うハジメとティオ。
ハジメは、素直に参ったと思った。
ティオの言う通り、意識していなかったわけではない。むしろ、最近はやたらと未来のことを、引いては子供のことが頭を過ぎるようになった。
忙殺されて深くは考えていなかったが……
そんな姿に遠慮させていたのなら申し訳なく思う。同時に、ティオのお願いに心を射貫かれたような気持ちになった。
だから、ハジメは自問自答した。今、ここで答えを出すために。
数秒か、数十秒か。
じっと答えを待つティオに、ハジメはついに口を開いた。
「直ぐには無理だ。やるべきことが多いし、俺自身、お前に任せればいいなんて気持ちで子供を授かりたいとは思わない」
「……そうか」
目を伏せるティオ。長い睫毛が悲しそうに震えている。
そんなティオの頬に、ハジメは手を添えた。再び目を合わせてくるティオに、「だが」と続ける。真剣な眼差しで宣言する。
「四年も待たせない」
目を見開くティオに、頬を撫でながら気持ちを返す。
「俺自身、強く望んでる。だから、今抱えている問題をさっさと片付けて……そうだな。異世界旅行から帰ったら、改めて皆で決めるのはどうだ? 明るい家族計画ってやつを」
「……良い。うむ、良い返事じゃ! 朗報を得たぞ! ふふっ、とても楽しみじゃっ」
綺麗な笑みがティオの顔に浮かんだ。満開の花の如くとは、まさにこの笑顔のことだと思うくらいに。
愛しさと嬉しさに溢れる口づけをしばし。
ティオは幸せを噛み締めるようにハジメの胸元へ頬をすり寄せた。
それからしばらく。
中々帰ってこないハジメとティオを気にして、女神の権能で二人を知覚したエンティが真っ赤な顔をしながら怒鳴り声(念話)をしてくるまで、二人は世界の果てで至福の休日を過ごしたのだった。
改めまして、あけましておめでとうございます。今年も一緒に楽しんでいただけると嬉しいです。よろしくお願いいたします!
※ネタ紹介
・垂直にそびえる大地
映画『インセプション』や映画『ドクターストレンジ』で、町がパズルみたいに折れて垂直になったりするシーンのイメージです。