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ありふれた職業で世界最強  作者: 厨二好き/白米良
ありふれたアフターストーリーⅥ
480/546

ありふれた休日小話 シアの場合




 バチカンでいろんなもの冒涜系神父がバグって一週間。


「ソアレぇ! 死ぬ気でついてこいッ、ですぅ!!」

『はい喜んでぇ♡』


 宝物庫の中の世界――〝箱庭〟に、裂帛の気合いとねっとり熱い歓喜の声が響いた。


 シアと、その頭の上に鎮座している赤色のスライムもとい、陽光と熱を司る〝火輪の神霊〟にして生粋のシアスキー、ソアレだ。


 一拍おいて、淡青白色の魔力光と陽光の如き霊力の光が天を衝く。


 上空の雲を円状に吹き飛ばす二柱の光。


「右手に魔力を」


 魔力の光柱が集束し、シアの右手に宿った。


「左手ぇにぃっ――霊力をぉ!!」


 ふんぬぅっと力んだ様子を見せつつ、左手には陽光の霊力を集束させる。


「気合一発ッッ――融合ぉ!!」


 ガンッと生身が出したとは思えない音を響かせて、拳が打ち合わされた。


 猛烈な光が箱庭を埋め尽くす。衝撃が波濤となって放散される。


 常識外の太さと強靱さを誇る宝樹の枝葉が衝撃で揺れに揺れ、宝樹前の草原は嵐のように波打ち、西から東へ流れる多くの川から水が飛び散った。


 再び、一拍。


 閃光と衝撃が収まる。その中心には、


「クククッ、遂に、遂にぃ!」


 薄い黒色のオーラを纏うシアの姿があった。自分の両手を見下ろして不敵な笑みを浮かべている。


 なんか、あれだ。力を奪って覚醒し、万能感に酔いしれる悪役っぽい。


 なお、服は弾け飛んでない。今日の装いは気合いを入れるためにトータス時代の戦闘衣装(普段着)を着ているので、神父服とは耐久力の面で気合いが違うのだ。


「成功ですぅ!!」


 ウサミミをピンッ。ガッツポーズは勢いよく天を衝き、いとも簡単に音速を超えたようで破裂音が響き、ついでとばかりに空が割れた。


 いや、きっと錯覚に違いない。一瞬、亀裂が入ったように見えただけだ。


 ここは〝箱庭〟。地球と同じような空が見えていても限りはあり、空間の壁があるけれど……まさか、ガッツポーズでヒビが入るほど柔ではない――はず。


 何はともあれ、一拍。


「「「「「おぉおおおおおおおおお!!」」」」」


 一斉に上がる大歓声。やんややんやの拍手喝采。


 実のところ、この場にはシアとソアレ以外にも大勢いたのだ。


 一週間前、唐突にやって来ては何やら修行と称して自爆し続けるシアを娯楽に――ではなく、それとなく見守り、その成果が出るのをいつの間にか楽しみにしていた者達が。


「すごぉいすごぉい!!」

「シア様素敵!!」

「嬢ちゃんやるなぁ!」

「なんちゅー力や! 魂までバシバシ響いてくるでぇ!」

『理解できぬ。なぜ成功する? というか禍々しくはないか?』

『ひ、人の子は恐ろしいな……』


 上から順に、妖精姉妹のルーン&チーノ、酒呑童子を頭と仰ぐ鬼共、そして同じ妖精界の龍神さん達である。


 他にも宝樹の枝葉や根元にはたくさんの妖精や妖魔が腰掛けていて、シアの周囲にも円状に囲うようにして〝箱庭への移住者〟が、なんかよく分からんけど凄い! と万雷の如き歓声を上げている。


 それに「どうもどうもですぅ!」と手を振って応えるシア。


 照れと嬉しさと達成感が全身から溢れ出ているようだ。表情がやり遂げた者特有の輝きで満ち満ちている。


 当然だろう。


 ユエに危険だからと止められても「私のパッションは止められないッ」と逆に説得し返して試行錯誤を幾度も繰り返し。


 その度に血反吐を吐いたり、動けなくなったり、なんかよく分からないギャグ漫画みたいな爆発をして吹っ飛んだり、ただただ間の抜けた顔で「ばなな!」と連呼するだけになったりもしたが……


 苦節(?)一週間、大学もあるのでアワークリスタルも使い総計一ヶ月。


 遂に、〝異世界エネルギーの自力融合〟という本来はあり得ない事象を気合いで成し遂げたのだから。


 ちなみに、そんなシアの頭の上では。


『んぎぃ、ふへぇはぁっ、くぉおおおっ』


 なんか、頭の上の赤スライムがみょんみょんしていた。オブラートに包まずに言うなら悶絶しているように見える。


「む? 気合いですよ、ソアレ! 融合自体はコツを掴みました。負荷耐性も少しずつついてる気がします! 後はひたすら回数をこなして肉体と魂を慣らすだけ! 私が慣れるまで負担の肩代わり、頼みますよ!」

『シ、シアが私を頼ってくれている……ふへっ、なんのこれしきぃっ』


 どうやら、そういうことらしい。


 シアのために躊躇なく、絶叫をあげながら魂を引き千切るが所業――分御霊を作ったソアレ(本体)である。


 ならば、たとえ魂魄自体に凄まじい負担がかかり、やり過ぎれば深刻な損傷をしてしまい兼ねない禁忌というべき技であっても、その負担の大部分を背負ってあげるくらい、どうということもないッッということらしい。


 なんと恐ろしき――じゃなく美しき情念か。この神霊、本当にシアのためならなんでもしそうである。


 実際、無限魔力と素子変換システムで霊力も潤沢なので、もうスライム状態でいる必要性はないのだが、スライムの方がシアにくっついていられるという理由でソアレだけはスライム形態を好んで使っている。


 本来はプライドがエベレストより高い神霊の中でも、成層圏突破クラスのソアレが、だ。


 彼女のシアスキーレベルは留まるところを知らないようで、日々醸成されているようである。


 もしかしたら、母たるルトリアにさえ場合によっては喧嘩を売るのではないだろうか?


 こちらにいるのはあくまで分御霊だが……


 いつか星霊界に行った時、きっと記憶を共有するだろう本体がどんな反応を示すか。楽しみなような怖いような。


 まぁ、それはそれとして。


「マジかぁ……」


 宝樹に背を預けて腕を組み、シアの様子を見ていたハジメが、ちょっと頬を引き攣らせながら呟いた。


――今日はなんだかいけそうな気がしますぅ!!


 そう言ってお披露目宣言したシア。


 ちょうど〝箱庭〟に用事があったので、予定の時間まで見守ることにしたのだが……


 まさか本当に成功させるとは。


 シアならいつかやっちゃうだろうなぁとは思ってはいた。だが、ソアレに負担の大部分を担って貰っているとはいえ、ダイム長官のような半世紀以上かけて積み上げた下地なく、たった一ヶ月である。


 もはや驚きを通り越して少し呆れてしまう。ほんと、どこまで行くんだ、このバグウサギ……と。


「ね、ねぇ。あれ、大丈夫よね? ソアレの奴、なんかトゲトゲしてるんだけど」


 ハジメの視界に栗色の髪が二房、ちょろんっと落ちてくる。


 相変わらず、ハジメの頭にお尻を乗っけて座るのが好きな流天の神霊にして宝樹の女神たるエンティが、上から覗き込んできたのだ。


「内側から常に爆破でもされてるみたいだよな」

「呑気に言ってる場合じゃないんだけど!」


 めっちゃ明滅しながらウニみたいに棘を生やしまくっている赤スライム。確かにやばそうだ。


 だが、聞こえてくるのは『シアのため! シアのため! そう思えばこの痛みもあふんっ♡』である。


「大丈夫じゃないか?」

「う、う~ん……」


 めちゃくちゃ複雑そうなエンティちゃん。


 腐っても神霊だから耐えられているが、それとて危ないことに変わりはない。本来、あり得ないことなのだから何が起こるか、神霊の身でも分からない。


 だが、当の同胞(ソアレ)が嬉々として引き受けているのだ。他の何人(なんびと)にもこの役目は譲らないッッと、ちょっと邪悪な気配まで漂わせて威嚇するほど。


 しかも、シアから「頑張れ頑張れ、ソ・ア・レ! ですぅ」とエールを送られて幸せそうでさえある。オブラートに包まず言うならアヘアヘしている。見ていられない。


 エンティは同胞から視線を逸らした。


「シアのためとはいえ、ああはなりたくないわ」

「なるなよ。俺の世界の女神がアレは嫌だぞ」

「ぅ」


 〝俺の世界の女神〟に反応しちゃうエンティちゃん。ほわっと頬を染めて、しかし表情はしかめっ面。素足でハジメの頬を挟んでムニムニし出す。ついでに、ドラムでも叩くみたいに、両手の指先で額をペチペチ。


 表情とは裏腹に、照れと上機嫌ぶりが仕草に滲み出ている。なんと分かりやすいツンデレか。


 鬱陶しいので足を掴んで放り投げるハジメさん。


「きゃ~~っ!? な、何するのよぉ! あんたってば、いつになったら私をきちんと敬うのよぉ!」


 空中でくるくるふわんっと回り、重力を完全に無視した軽やかさでやっぱり頭の上に戻ってくるエンティ。


 踊り子みたいな衣装と相まって動き自体は思わず見惚れてしまうほど優雅なのだが、いかんせん、どこか子供っぽい性格が顔に出てしまうので威厳が皆無だ。


「敬ってる敬ってる。偉大なエンティ様ばんざぁ~い」

「違うでしょ! そうじゃないでしょ! もっと心を込めて〝敬愛してます〟って言うのよ! あと〝エンティ様可愛いです〟も付け足せば完璧よ! ほらっほらっ」


 じゃれてくる子供(?)をあしらいつつ、何やら歓声が上がっているので、ハジメは改めてシアの方を見た。


 妖魔達が集まって即席の円形闘技場みたいなものができている。その中央でシアと一体の大鬼が向かい合ってた。


 どうやら腕試しするらしい。肉体と魂を慣らすには実戦が一番ということか。あるいは、シアが発する力の波動を感じて、鬼の方が闘争本能を刺激されたか。


 両者ともに拳を打ち鳴らし、不敵な笑みを浮かべて向かい合っている。と、直後、大鬼が仕掛けた。尋常ならざる速度で踏み込み、大ぶりの拳を叩き付ける。


 大鬼の身長が三メートルを超えているので、端から見れば巨大な岩を頭上から叩き付けるような有様だが……


 衝撃音。そして、


「な、なんやとぉっ」

「今、何かしましたか?」


 シアはガードすらしなかった。直立不動のまま微動だにしていない。不敵な笑みを浮かべたまま、やっぱり悪役みたいなセリフを口にする。


 巌の如き大鬼の拳を頭部に受けて、そよ風程度の影響しか感じていないらしい。


 そして、そして、だ。


 お気づきになられただろうか? この女、本来の身体強化はほとんどしていないのである。


 つまり、まだまだ上がある……キャァアアアアッ!!(by心のハジメ)


 大鬼の表情が傍目にも分かるほど引き攣る。口元が「嘘やろ?」と呟いたのが見えた。


 シアの手がそっと前に出された。軽く押しのけるような仕草。


 ただそれだけで、


「うぉおおおおおおおお!!?」


 大鬼が派手に吹っ飛ぶ。ギャラリー兼壁役になっていた仲間の鬼達が慌てて受け止めるが、その鬼達さえ踏ん張る足で地を削ってしまう。


 ごふっと呼気をもらし、鳩尾のあたりを片手で押さえ顔をしかめる大鬼。


 どこか愕然とした様子で顔を上げる。視線の先には、掌をこちらに向けて突き出したままのシアがいる。


 その手がくるりと反転した。指先がちょいちょいと曲げられる。


 何よりも分かりやすい挑発。


 大鬼の額がピキった。


「上等じゃゴラァッ!!」


 妖気が爆発的に噴き出した。赤黒いオーラで全身を覆い、ただでさえ巨大な肉体が更に肥大化。筋肉ダルマが先程の倍以上の速度で肉薄した。


 拳が振り下ろされ、地面にクレーターが生まれる。衝撃波と地響きが箱庭に伝播する。


 凄まじい威力だ。シアのレベⅥ相当の拳打に勝るとも劣らない威力があるのではないだろうか。どうやら相当名のある鬼らしい。


「くっ、どこに行ったぁ!?」

「ここです」


 ハッと振り返れば、数メートルも離れた位置で悠然と佇むシアの姿が。


「速いじゃねぇか! だがよぉ、避けたってことは当たれば痛ぇってことだよなぁ!」

「いいえ? 服が汚れそうだと思って」

「鬼を侮るか!? 舐め腐りおって! 全力で来んかぁいっ」

「いいでしょう。……一瞬も目をそらすな、ですぅ!」


 刹那、シアが消えた。少なくとも大鬼にはそう見えた。と認識した瞬間には、目の前に。


 ギョッとしつつも、大鬼とて歴戦を誇る古い鬼だ。肉体は反射で動く。思考するより速く鋼鉄さえ軽々粉砕する拳が最速最短のフックとなってシアの頭部を狙った。


 が、やはり消える。


 そして、背筋が粟立つ。


 この瞬間、大鬼の視界はスローモーションとなった。体が反射で振り返ろうと動くが、本能が察している。「あ、これはあかん……」と。


 肩越しに、最初に見えたのは背後に回り込んで拳を弓矢の如く引き絞るシアの姿。目が光を帯びていて、その光の残像が美しくも恐ろしく――


 なんてことを意識した刹那、視界が巨大な拳で埋め尽くされた。


 まるで壁だ。人間で言うなら目の前にダンプカーが迫っているような感覚。


 それが、シアの拳圧に恐れおののく心が見せた幻覚であると気が付いたのは、ぴたりっと寸止めされた後。


 一拍遅れて、凄まじい衝撃音が響き渡り、ついでに「「「「「ぎゃぁあああああああっ!?」」」」」という悲鳴も重なった。


 大鬼が恐る恐る肩越しに振り返ると、そこには草原が放射状に抉れ、北側の丘陵がくり抜かれたみたいに消し飛んでいる光景と、ギャラリーの妖魔達が木の葉のように宙を舞っている光景が広がっていた。


 衝撃だけ、大鬼を素通りして背後に抜けたのだ。


 もし直撃していたら、果たして大鬼はどうなっていたか。


 考えるまでもなかった。ぶわっと冷や汗が噴き出る。


「まだ、やります?」

「………………………………こ、降参や」


 にこっと笑うシアが恐ろしい。妖気を消した大鬼は引き攣り顔のまま棒立ちするしかなかった。


 そんな光景を見て、衝撃とは逆方向――宝樹側にいた妖魔や妖精達は万雷の拍手と喝采を送り、エンティは「あ~~っ、私の庭がぁっ。ちょっとシア! 何するのよぉ!! 自然は大事に! でしょぉ!?」と半泣きで飛んでいく。


 で、ハジメはというと……大鬼とそっくりの表情で呟いた。


「これ、どこのワ○パンマン?」


 女性なのでワンパ○ウーマンか。いずれにしろ、だ。


「フハッ、フハハハハハハハッ、素晴らしい!! 実に素晴らしいッ!! この力があれば、私は更なる高みへ行けるッッ。今ならなんでもできそうですっ。フッハッハッハッハッ」


 単純にハイになっているのか、それとも融合技にはダイム長官がそうであったように戦闘狂(バーサーカー)化する副作用があるのか。


 シアが本格的に闇落ちキャラみたいになってきているので、


「さて、話が通じればいいんだが……いざって時は止められるかな?」


 と、ちょっと不安になりつつもハジメはシアのもとへ歩き出したのだった。











 数分後。


「いやぁ、すみません。ちょっと理性が飛んでたかもです」


 たははっと恥ずかしそうに笑うシアがいた。


「やっぱ魂魄に影響が出る技みたいだなぁ。精神状態を強制的にリセットするアーティファクトも作っておくか」

「何度かやってるうちに慣れると思うんですけどね」

「とはいえ、限度はあるだろう。……最大でも、持って三分くらいか?」

「う~ん、どうでしょう? ひとまずそれくらいでしょうけど、なんとなく繰り返し鍛錬することで延びそうな気はするんですよね」

「繰り返し……その度にエンティが泣くことになるわけだな」


 宝樹の根元でハジメが呆れ顔を東へ向けた。


 地形が変わっていた。丘陵が消し飛んだ北側と同じように、一直線にハーフパイプ状に抉れている。そこに近隣の川の水が流れ込んで、新たな支流ができかけていた。


 ハジメが止めに行った際、まったく話を聞いていないハイテンションなシアちゃんの、ハジメに見せびらかしたくて無造作に放った拳圧が原因である。


 〝見てくださいっ、ハジメさん! 七条大槍○音けぇ~~んなんちゃって♪〟とかなんとか言いながら、笑顔で。


 もう一度、敢えて言うが、腰を入れて本気で放った拳ではなく、無造作に放った一撃である。


 それはまるでバルス・ヒュベリオンの如き極太のレーザーのようであった。ただし、太陽光とは正反対の光を吸収しそうな黒々としたレーザーだったが。


「後でエンティに謝っとけよ。シアに膝元を壊されたことにショック受けてたからな?」

「あぅ、ほんとに反省ですね。無意味な自然破壊、ダメ絶対! しっかり謝ります」


 ウサミミがしょぼんっとしている。本気で反省しているようだ。


「でも、ハジメさん……」

「うん?」

「止め方、他になかったんですかぁ?」


 シアがウサミミで引っ張って顔を隠した。頬が染まっている。もじもじもしていらっしゃる。


「しょうがないだろ、聞くウサミミを持ちません状態ではしゃいでたんだから。危うく、俺まで一戦しなきゃならない流れだったろ」

「そ、それは申し訳なかったんですけどぉ~、流石に皆が見ている前で、もぉ!」


 シアがチラリと上を見やり、直ぐに恥ずかしそうに顔を伏せた。


 つられてハジメも頭上を仰ぐと、頭上の枝の上から妖精姉妹(ルーン&チーノ)が覗いていた。両手で目元を覆いつつ、しっかり指の隙間から見ている。二人とも顔が真っ赤だ。同時に期待も感じる。「続きは? ねぇねぇ、続きは?」と言ってるみたいに。


 それは、他の妖精達も一緒だ。枝葉の陰に隠れつつ、興味津々で覗き見している。


 エンティに指図されながら荒れた大地を元に戻す作業を手伝っている妖魔達もチラホラこちらを気にしているようだ。


 中には露骨に――主に鬼だが――ニヤニヤした下品な視線を送ってくる者も。


 原因は、ハジメの止め方である。


「あちこち揉みしだくどころか、押し倒してキスなんて……私、これから箱庭で妖精や妖魔の皆さんにどんな顔して接すればいいんですかぁ!」


 まぁ、そういうことである。


 制止の言葉はスルーされ、力尽くとなれば嬉々として戦いそうなシアを前に、ハジメは、ならば仕方ないと違う意味で襲ったわけだ。


 妖精達の「ひゃぁ~~っ」という黄色い歓声が木霊し、鬼達の囃し立てるような声が飛び交い、龍神など神格持ちからは呆れたような視線を頂戴する中、数十秒ほどキスした結果、自然と融合技は解除され、シア自身もとろんっとした表情で呆けたのである。


 一応、苦笑しつつも悪かったと口にするハジメ。シアの頭をぽんぽんしつつ、ちょっと真剣になって言葉を重ねる。


「ひとまず融合技――あ~、名称はなんか決めてるのか?」

「もちろん、咸卦(かんか)○――」

「却下」

「ヘル・アンド・ヘ○ン――」

「権利関係でまずそうなのは全部却下ッ!!」

「むぅ……じゃあひとまず融合闘技(仮)でいいですぅ」


 ちょっと不満そうなシアに咳払いを返しつつ、ハジメは気を取り直して続ける。


「融合闘技は――」

「融合闘技(仮)」

「ごほんっ! 融合闘技(仮)は成功したんだし、今後は少し無茶を控えて計画的に鍛錬してくれ。俺も危険性が減るように原理とか再現性とか研究してみるからさ。皆、なんだかんだ心配だったんだ」

「うぅ、分かりましたぁ。ソアレもしばらく休憩が必要そうですし、言う通りにします」

「いや、休憩が必要そうというか……」


 ようやくダイム長官を見て滾りに滾ったパッションが静まったようで、素直に聞き分ける武神ウサギ。


 だが、代償は重かったようだ。――ソアレの。


『ばなな!』

「ソアレ! ソアレ、聞こえているか!? しっかりしろ!!」

『ばぁなぁナァ!!』

「ダメだ、バナナしか言わん。手遅れだ」

「……見ろ、この顔を。幸せそうだろう? これでも神霊だぞ」


 少し離れた場所で、赤色スライムを掌に乗せて声をかけている雷雲の神霊ウダルがいた。


 何を言っても、なぜか「ばなな」しか言わない同胞に、氷雪の神霊バラフも大地の神霊オロスも哀れみの表情だ。


 氷の大鷲とロックゴーレムの姿なので人型のウダルのように表情は分からないのだが、声音や雰囲気だけでも「こうはなりたくない」みたいな感情が伝わってくる。


 一応、魂魄を保護し、あるいは癒やすアーティファクトは渡してあるし、なんだかんだ言いつつウダル達が回復してあげているようなので時間経過で元に戻ると思うが……


「負担の肩代わりとか、普段のお前ならしそうにないことを躊躇いなく頼む辺り、なんかソアレにだけ冷たくないか?」

「そうですよ?」

「そうですよ!? 意図的に雑な扱いをしてるのか!?」

「そうですよ?」

「そうですよ!?」


 なんともらしくない応答である。シアのにこやかな笑顔がちょっと怖い。


「何かあったのか?」

「別に……ただ、宝樹の中にソアレ専用の部屋みたいな場所があるんですけど、そこに私の隠し撮り写真が壁全面にびっしり張り付けられていたからって、〝こいつになら何してもいいかな?〟とか思ってないです」

「確実に思っとる」


 ソアレさん、本格的にストーカーしてるらしい。


 一応、〝箱庭〟の調査や記録用に見た景色を紙等に念写できるアーティファクトを、妖精や妖魔達用として幾つか宝樹に置いてあるのだが……


 どうやら本来の用途を無視して、ソアレさん、私欲を満たすために使っていたようだ。


 これは擁護の余地なし。


「それより、そろそろ待ち合わせの時間じゃないです?」

「おう、そうだな。っても、あいつはまだ来てないみたいだが」

「仕事が押してるんですかね? 私達の中で一番〝社会人〟してますから」

「そうだなぁ。何もかも違う異文化の中で、まさかこんな短期間でここまで仕事を任せられるとは思ってもみなかった。こういうの年の功っていうんだろうな」

「それ、本人を前に言っちゃダメですからね?」

「流石にそれくらいは分かってる」


 シアのジト目に肩をすくめるハジメ。


「ただ、普段の変態ぶりさえなければ本当に尊敬できる良い女なのにと思ってしまうのは、もう仕方ないだろう?」

「それは、あはは……否定できませんねぇ」


 苦笑しつつ、シアは何か思案する素振りを見せた。う~んと小さく唸り、周囲に視線を巡らせて、よしっと頷く。


「どうした?」

「ちょっと時間があるようなので」


 おもむろに宝物庫を光らせるシア。ヴィレ・ドリュッケンが出てくる。


 何事かと目を丸くするハジメを置いて、シアは神装モードを発動させた。戦槌の周囲に七色の法陣が出現する。


 手首だけでヴィレ・ドリュッケンを一回転させ、その内の一つ、闇色の法陣を打撃面に押しつけつつ、そのまま判を押すように地面へ打ち付けた。


 途端に、ドパッと闇が溢れ出し、渦を巻くようにしてハジメとシアの周囲を闇の中に閉ざしていく。


「おいおい、何事だ?」

「これで周囲からは見えませんね! 時間までイチャイチャしましょ♪」


 灯りの代わりに魔力を発して仄かな淡青白色の輝きを帯びたシアは、にへっと笑ってハジメに正面から抱き付いた。


 少し驚くも、直ぐに柔らかな表情になって腕を回すハジメ。


 抱き締め返される感触に、シアのウサミミは力が抜けたようにふにゃんっとハジメの肩にしなだれかかり、表情も嬉しそうに綻んだ。片足が自然とハジメに絡みつく。隙間なんて許さないと言わんばかりに密着する。


「大丈夫です。押し倒して襲ったりはしませんから」

「それ、どちらかというと男のセリフ――」

「さきっちょだけ、さきっちょだけですっ」

「だからそれ、女の子があんまり言うべきじゃないセリフ――」


 ちょんっと唇の先が触れる程度のキスを数回。どうやら、さっきので気持ちが高ぶってしまったらしい。とはいえ、この後のハジメの予定を考慮して、家族同士が親愛を示すためにするような軽いキスに止めているので配慮はしているようだ。


「つい先日、結構イチャついたと思うんだが?」

「いきなり押し倒してきたハジメさんが悪いんです。それに、先日のツーリングデートはほら、ちょっと予定が変わっちゃいましたし」

「シアは愛されキャラだな。言葉だけじゃ安心しきれなかったんだろ」


 実はほんの二日ほど前に、シアとハジメは二人っきりで日帰りのツーリングデートをしていたりする。


 海岸線を飛ばし、温泉と食事を堪能して帰宅する半日デートの予定だったのだが……


 その予定を嬉しそうにサークル仲間に話してしまったのが失敗だった。


 なんと、シアが所属する大学のバイク系サークル〝ごうおん!〟の仲間が、偶然を装って温泉宿に先回りしていたのである。


 例の親睦会でハジメとシア達の関係に納得したものの、あくまで一応だ。やはり、シアが都合の良い女扱いされていないか心配だったらしい。


 普段なら人の恋路に踏み込むようなタイプではない者ばかりなのだが、ハジメとシア達の関係性が特殊すぎるのと、やはり皆シアという後輩が心底気に入っているようで、一度は自分の目でデートの様子を確認せずにはいられなかったようだ。


「久しぶりの二人っきりの時間だったので、本来なら怒るところなんですけど……」


 温泉宿に到着して、「あれ? なんだか見覚えのあるバイクの群れが……」と思いつつ入ってみれば、案の定、ロビーにたむろするサークル仲間。


 一番ボーイッシュな先輩が「やぁ、偶然だね、シア」と白々しくも挨拶してきた時は流石にピキッたシアであるが……


「単なる出歯亀なら怒れたんだろうけどな」

「ですぅ。心から心配してくれているのが分かっちゃいますし、謝ってもくれたので……へへ、逆にちょっと嬉しくなっちゃいますよね」

「だな。良い友達ができたじゃねぇか。俺も嬉しいよ」

「えへへっ」


 ちなみに、温泉は混浴したかったので部屋付属タイプだった。


 そんな場所で若い二人――今や事実上の夫婦が裸のお付き合いをしていれば何も起きないはずがなく!


 温泉の後の食事を共にすることになったのだが、まぁ、サークルの皆さんは女性であり、シアが本当に無理をしていないか注視しているわけで。


 それは普通に気が付く。温泉が原因なだけではなさそうな上気した頬とか、潤んだ瞳とか、艶のある雰囲気とかで。


 夕べは――もとい、この短時間で随分とお楽しみされたんですね? なんて茶化した四年生のゆるふわ先輩は、仲間全員から頭を叩かれていた。


 見抜かれたシアはもちろん、食事の間ずっと穴蔵に引っ込んだウサギのように大人しかった。


「それに、やっぱりツーリングは大勢でする方が楽しいですしね。帰り道、夕日に照らされた海岸線を通信機でおしゃべりしながら走るのは最高でした」

「いつ指摘されるかって俺は冷や冷やだったが……」


 実は、ハジメが乗車していたのはシュタイフである。なんの関係もない一般人相手なら車載の認識阻害機能で誤魔化せるからだ。少なくとも、たまに半日だけ乗るくらいなら。


 だが、バイク大好き人間の集まりとなれば話は別だ。


 一度バイクに注目されてしまえば、別のアーティファクトで暗示でもかけないと誤魔化しは難しい。そして、彼女達がバイクに注目しないはずもない。


 魔力駆動車というあり得ない構造をしていることまでは分からずとも、市販品にはない違法改造車なのは一目瞭然であるから、当然、ハジメに対する視線は冷たくなるだろう。シアとの関係でも疑念がぶり返すに違いない。


 なので、車載以外のアーティファクトもフル活用して、そもそもシュタイフに意識が向かないようにするので必死だったのだ。


「こういう時のために、やっぱ俺も本格的に市販のバイク購入を考えるかな?」

「いいですね! 何に乗ります!?」

「食いつきすげぇな」


 立派なお胸がこぼれ落ちそうなほどむにゅ~~っと密着し、キラキラの瞳で見上げてくるシア。めちゃくちゃ嬉しそうである。


 困り顔になりつつも、そんなシアが可愛くてつい頭を撫でてしまうハジメ。


 とびっきりの優しい眼差しで問う。


「それなら、今度のデートはバイク屋巡りなんてどうだ? 一緒に、俺に合うバイクを選んでくれよ」

「この世に、これほど素敵な誘い文句があります? 返事は一択! 喜んで!!」


 本当にバイク好きというかなんというか。


 よほど嬉しかったのか、シアは頬を上気させて顔をぐりぐりとハジメの胸板に押しつけた。


 かと思えば、また軽くキス。にへぇ~とだらしのない笑みを浮かべて、ウサミミもぺたんと密着させて。


 淡青白色の儚い魔力光だけが照らす暗闇の中で、二人は時間が来るまでそれは楽しそうに、そしてぴたりと寄り添いながら囁き合うように語り合ったのだった。







 そうして。


 夢中でしていたおしゃべりが一段落を迎えて、ふと、否、ようやく気が付く。暗闇のベールの外に、いつの間にか慣れ親しんだ気配があることに。


 顔を見合わせ、時計を見やればあら不思議。予定より二十分は経過していた。


 慌てて暗闇を解くシア。直後、大変不機嫌そうな声が投げつけられた。


「随分とお楽しみでしたね? とでも言うべきかのぅ? こういう時は」


 ティオだった。すっごいジト目だった。


 ブラウスにタイトスカート、黒のストッキングという如何にも仕事帰りの女性という感じの装いで、腕を組んでいらっしゃる。


 ハジメとシアは再び顔を見合わせた。いったいいつから来ていたのか。


〝箱庭〟に外部から入ってきた者がいるなら、創造者たるハジメはその時点で気が付くし、シアとて感知能力は仲間内でも一番である。


 それでも気が付かなかったのは、それだけ互いに夢中だったわけで。


「妾とのデートの前に睦み合うのは、まぁ、妾が遅刻したのも悪いので良いとして、その当人が到着しても放置とはどういう了見じゃろう? 放置プレイ? 放置プレイというわけかの? え? なんぞ言うことはありゃせんか?」


 笑顔でピキっていらっしゃる。この放置プレイは、どうやら気持ち良くはなかったらしい。


 わざとなら話は別だが、普通に忘れられていたら流石に思うところがあるようだ。


 それでも、物理的な結界ではない暗闇のベールに突撃して来ないで律儀に待っていた辺り、ティオの人の良さが出ているというかなんというか。


 なので、ハジメとシアは頷き合い、言った。


「「あと一時間、延長で」」

「んっっふぅっ!!? こ、この状況であえて更に放置じゃと!? ハァハァッ、なんと高度な技をっ――良かろう! 大人しく待とうではないか! 正座で! 何時間でもッ」


 ワンッとお座りするティオさん。先程までの不機嫌ぶりはどこへやら。頬を染めてハァハァしている。今のは大変良かったらしい。


 放置プレイはこうでないとッッみたいな表情だ。


 それを見てハジメとシアは、機嫌が直ったようだと頷き合いパァンッとハイタッチを決めた。ティオの不機嫌問題、即時一件落着!!


 そうして、


「じゃあ私はエンティさんを手伝ってから帰りますね!」

「おう、じゃあな」

「なんじゃと!? 掌くるくるではないか! 妾の情緒がめちゃくちゃにされるぅ!!」


 正座で悶えるティオを放置して、シアはエンティのもとへ去っていった。


「んじゃあティオ。デートに行くか」

「何事もなかったかのように!?」

「まぁ、箱庭の調査の方が重要なんだけどな」

「それ、あえて言わんで良くないかのぅ!?」


 酷い! でも、ちょっと気持ちいぃ! と思っているのが丸わかりのだらしのない表情になりつつ立ち上がったティオは、


「ご主人様よ、用意は良いか?」

「いいぞ」

「鞭は持ったか?」

「持ってるぞ」

「嗜虐心は?」

「常備してる」

「妾用の替えのパンティーは!」

「忘れた――」

「なんじゃと!?」

「んだけど、箱庭に入る寸前でユエが持たせてくれた」

「ならば問題なし! いざ!」


 最後にそれだけ確認しつつ、いそいそと竜化したのだった。


いつもお読み頂きありがとうございます。

感想・意見・誤字脱字報告もありがとうございます。


今後の予定について。

そろそろ最後の長編に入りたいなと考えています。が、せっかくなのでその前にハジメやユエ達主要キャラ各々がメインのお話を何か書いてあげたいなぁと。ありふれた休日の小話程度ですが、お付き合いいただければ嬉しいです!

(陽晴や緋月など一部キャラは長編の中で触れられればと思っています)


なお、やっとかないといけない年末年始の予定が色々とあるので、すみませんが本年度の更新は本日で最後とさせていただきます。次回は……一応、13日とさせてください。


何はともあれ、今年も一緒に楽しんでくださりありがとうございました!

メリークリマス! & 良いお年を!!



※ネタ紹介

・ワンパンマン

 アニメ版五話のサイタマVSジェノスをイメージ。ショート動画に実写版が流れてきた時は吹いた。びっくりするほど出来が良かったです。

・七条大槍無音拳

 『ネギま』のタカミチ先生より。

・ヘルアンドヘブン

 『勇者王ガオガイガー』より。

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― 新着の感想 ―
ティオ、替えのぱんつ、自分で用意しないのか…………。 駄竜め!
>シュタイフみたいなバイク ……G-Strider?
やっぱティオさんはティオさんですね やっぱこうでないとwww
感想一覧
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