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ありふれた職業で世界最強  作者: 厨二好き/白米良
ありふれたアフターストーリーⅥ
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コミュニケーション・ブレイク



「ぶるぁああああああああっ!!」

「げぇっ、げっぐげぇっ!?」


 薄い、あるいは透過性があると表現すべきか、ともかく黒色のエネルギーを纏った悪魔――もといダイム長官。


 ガーゴイルさんが、両手を前に突き出して首を振っている。たぶん、「ちょっ、ちょっと待って!?」と言ってる。視線がチラチラとハジメに向いているので、「聞いてないっす、陛下ぁ!」という言外の言葉も聞こえてくる。


 なのでハジメは、


「とりま記録しなきゃ」

「血も涙もない上司で草」


 スマホを取り出し撮影を開始した。浩介が哀れみの目をガーゴイルさんに向ける。


 直後、第二ラウンドのゴングが鳴った。悪鬼羅刹――もといダイム長官がぬぅんっする。ガーゴイルさんが、やっぱりやけくそ気味に雄叫びをあげて立ち向かう。


 衝撃と轟音が迸る中、ハジメは撮影しつつ通話ボタンをポチッた。


『ハジメ、どうしたの?』


 ワンコールで出てくれるユエ。いつもそうだ。なんとなく分かるのか、ハジメからのコールの時だけ神速の抜き撃ちじみた速度で電話に出てくれる。


「エクソシストの長官が魔力と氣力を自力で融合して限界突破っぽい強化状態になったんだけど、何か分かる?」

『何を言ってるのか分からない』


 さもありなん。


 テレビ電話モードにして、ユエに武神父の姿を見せる。


『……なるほど』

「何か分かったか?」

『……彼は人間じゃなかった。証明終了(QED)

「気持ちは分かるんだけどな?」


 ガトリングみたいな連打を繰り出しているダイム長官を見て、ユエはそう結論づけたらしい。


 無理もないだろう。結界際で逃げ場もなく、ガーゴイルさんはガードを固めてひたすら耐えているのだが、その金属製のボディが徐々に砕けているのだ。


 人間業とは思えない。もはや殴打武器にすらしてもらえず足元に落ちている〝聖滅の書〟が、どこか煤けているように見えるのは気のせいだろうか。


『ちょっちょっハジメさん! どういうことですか!? 二つのエネルギーの融合なんてできたんですか!?』


 ユエのほっぺに自分のほっぺをムニィッとくっつけるようにしてシアが画面に割り込んでくる。


「いや、俺も驚いているから電話したんだよ」


 ハジメも考えなかったわけではない。だって、〝エネルギーの融合〟はロマンだから。


 だが、実験は尽く失敗。アウラロッドなど女神にも聞いてみたが、各世界の固有エネルギーを融合させることはできないと断言されている。


 そもそも融合の結果がどうなるかも実験のうちだった。よくある爆発的に力が増幅されるなんて結果を期待もしたが、今は忙しい最中。費用対効果の不明さもあって、ひとまず諦めた研究分野だ。


「そもそも、ダイム長官は氣力を持ってない。なんで扱えるのか、そこから分からん」

『……やっぱり人間じゃない』

「じゃあなんなんだ?」

『……シアと同じバグ? 名状し難い何か、としか……』

『ユエさん、私のことなんだと思ってるんですか』


 と、そこでシアとは逆サイドからティオが画面に割り込んできた。やっぱりユエのほっぺをムニィッとさせるほど密着する。シアとティオに挟まれて〝ひょっとこ〟みたいな口元になっているユエ。


 世間一般では変顔のはずなのに、それでもなお可愛いさが損なわれないのは、それこそバグな気がしてならない……とハジメが内心で思っていると。


『もしやと思うが、自然界の氣力をそのまま扱っておるのではないかのぅ?』

「ん? どういうことだ?」

『昔、おったんじゃよ。竜人にな、常人が行う〝自然界の魔力を取り込んで自分の魔力に変換する〟というプロセスを無視して、そのまま扱える者が』

「その人の固有魔法か。つか、それヤバくないか? 無尽蔵だろ?」

『否。負担が多くての、扱える量には限りがあったようじゃ』


 流石は竜人族。知見は相変わらず素晴らしい。


「だが、そんな固有魔法を持ってるなんて話は……」


 チラリとクラウディアを見やると、ぶんぶんっと首を振って否定してきた。


 浩介がなんとも言えない表情で口を開く。


「あのさ、南雲。これ(シウ)(リーウ)に聞いた話なんだけど」

「おう?」

「道士ってさ、本来は仙人に至るために修行している人のこと言うらしいんだけど」

「仙人……」

「その仙人に至ると、自身の氣力だけじゃなくて自然界の氣力をそのまま扱えるとかなんとか……」


 ハジメと浩介の視線が震源地に向く。


 ガーゴイルさんが必死な形相で両手を前に突き出している。ダイム長官を中心にクレーターができていて、彼自身、膝に両手をついて何か耐えている様子だった。


 重力魔法だ。高位悪魔の名に恥じない権能持ちである。


 だが……


「その程度か?」


 全身の筋肉を躍動させ、食いしばった歯の隙間からは唸り声が、血走った目からは血涙が流れ、スーパーサイ○人みたいに黒いオーラを噴き上げている。


 ズンッと一歩、そしてまた一歩。石畳を踏み割るようにしてにじり寄るダイム長官。


 その姿、まるで地獄より這い出んとする怪物のよう……


「仙人?」


 ハジメは指をさしつつ、浩介に問うた。


「……た、多様性の時代だから」


 浩介は消え入りそうな声で、そう言った。あんな仙人がいてもいいじゃない……いいよね? と。


 まぁ、何はともあれ。


『半世紀以上、自らを鍛え続けた御仁じゃろう? 魔力の扱いはエクソシスト随一。まして、その地はご主人様が龍穴を閉じなんだ土地の一つ。氣力も溢れておる』

「なるほどな。一応、理屈は通るなぁ」


 氣力を掌握しているハジメだが、意図的に龍穴――氣力が溢れ出ている地、所謂、霊地や聖地などと呼ばれる場所――を閉じていない場所がある。


 影法師が代々守ってきた霊地の幾つか、土御門の本邸、藤原の屋敷等々、このバチカンもその一つだ。


 魔力を持つ異世界人――地獄界の住人――を先祖に持ち、氣力の世界である地球で例外的に魔力を扱える素質を持つ者がエクソシストだ。


 長い時を経れば当然、その血は薄まる。つまり、地球人として素質の方が濃くなる。


 あくまで論理的に見るなら、確かに二つのエネルギーの素質を元々持っていると考えても良いかもしれない。


 そういう人間が聖地というべき土地で半世紀以上研鑽を積み続けたなら、王樹復活の影響も合わさって自然界の氣力を扱えるようになってもおかしくはない……


 かもしれない。あくまで、どうにか理屈をつけるなら!


 だが、だがしかし、だ。


「だからといって、自力で融合させられる理由にはならないんだが……」


 一人の技術者として頭を抱えるハジメ。


 そこへ、簡潔な答えがもたらされる。


『そんなの気合いですよ!』

「きあい」


 今まで、何度その言葉で常識を破壊されてきたか。スマホを見れば、シアの瞳に炎が見えた。やる気満々だ。


『負けていられません! 私もやってみます! 氣力が無理でも……霊力ならワンチャンいける気がします!! 何せ神霊の加護がありますからね! 早速〝箱庭〟に行ってきます!!』


 言うだけ言って、あっという間に画面から消えるシア。


 その後ろ姿を見送って、ユエは再び画面越しのハジメを見た。


『……どうしてくれるの、ハジメ。シアがまたバグる』

「ま、まだ成功すると決まったわけじゃないから……」


 ハジメは視線を逸らした。虚しい言葉だと自覚があったから。


 シアは間違いなく、またバグるだろう。レベルⅩをプルスウルトラしちゃうに違いない。


「ええっと、南雲。とりまダイム長官のことは置いておいて」


 浩介の視線の先でガーゴイルさんが膝から崩れ落ちた。カンカンカンッとゴングの音が聞こえる気がする。


 グッと拳を掲げるダイム長官。


 その姿、まさに漢ッ。


 オムニブス側の人達が「うぉおおおおおおっ!!」と大歓声を上げている。「ちょ~かん!! ちょ~かんっ!!」とコール音も。


 米国の方々が「え、エクソシズムって凄く物理だったんだ……」「もっとこう、十字架とか聖水とか使うものだとばかり……」「そうか……悪魔って拳で勝てるんだ……」とカルチャーショックを受けたような表情になっている。


「次だ」

「「「「「!!?」」」」」


 長官の「貴様等を……駆逐するッ!!」と言ってそうな眼光が、結界の外縁で呆然としていた他の悪魔達に注がれた。一斉にビクッとなるガーゴイルさん達。


 顔を見合わせ、「お前、行けよ」「いや、お前が行けって」「あんなジジイ、俺なら簡単だって言ってたろ」「お、お前だって自分の方が強いってキメ顔で言ってただろ!!」みたいな押し付け合いをしているっぽい。


 長官がビッと指をさした。またもビクッとなるガーゴイルさん達。


 長官の指先がツ~ッとスライドする。そして、一体のガーゴイルさんの前に止まった。


「お前だ。お前が一番、強そうだ」


 ブンブンブンブンッと首を振るガーゴイル……さっきのガーゴイルさんを(A)とするなら指名されたガーゴイル(B)は隣のガーゴイル(C)を指さした。「こいつの方が強いっすよ!」と。


 ガーゴイル(C)が「ちょっ、おまっ、汚ぇぞ、この悪魔!」と、さしてきた指を叩き落とす。


「いいや、お前だ」

「ゲェッ!?」


 一瞬にして光の鎖が伸びてガーゴイル(B)の足を絡め取る。


 見れば、長官が〝聖滅の書〟を踏んでいた。実はハジメの魔改造により、開かなくても明確に効果をイメージできたなら、触れているだけで発動できるようになったのだが……


 だからと言って「なるほど。踏んでいればいいのだな?」とはならないだろう。


 一応、バチカンが誇る最上級の神器で、彼は聖職者なのだが。


「げぎゃぁあああっ、ぐげぇええええっ」


 結界の内側へ引きずり込まれるガーゴイル(B)さん。転倒し、必死に地面を這いずりながら仲間に手を伸ばしている。「助けてぇっ」と。


 もちろん、目を逸らす。「ああはなりたくねぇな」「ちげぇねぇ」と言ってそう。


 再び聞こえ始めた轟音と、やけくそ気味の悪魔の雄叫び。


「それで、この状況についてなんだけど」


 それを横目に、浩介はハジメに問うた。


 ちょうどユエ達との会話を終えて電話を切ったハジメが、撮影だけは続行しつつ答える。


「さっきも言いかけたが米国との会談があってな?」


 米国側の事情、要望、今後の協力態勢に関することを簡潔に伝えるハジメ。


「とはいえ、だ。あっちは信仰がポピュラーというか、信心深い国民が多いだろう? 政府の中にも当然、そういう者は多い」

「なるほど。中身が悪魔の出向員では不安というわけなのですね?」


 クラウディアの方が先に察したらしい。


 米国の超常現象に対応するに、協力はやぶさかではない。だが、出向員を出すにしても無い袖は振れない。


 陰陽師は当然、帰還者の仲間も数は多くないのだ。


 広大な国土を守るにはどうしても、まとまった数の戦力がいる。故に、悪魔を宿したゴーレムの派遣は必須だ。


 だがしかし、客観的に見ると、だ。


「そうか。〝悪魔と手を結ぶ〟って字面も聞こえも悪いもんなぁ」

「強硬派を抑えるために早急な会談を持ちかけてくれたんだ。なのに交渉の内容が〝悪魔と手を結んできたよ!〟では、まぁ、こじれるわな」


 困り顔で肩を竦めるハジメ。


 そういう意味では妖魔は論外だ。米国からすれば同じ〝デーモン〟である。なのに、己の想念にこそ忠実という本性からして、ハジメ的にも使い勝手が悪く、厳選も必要になる。陰陽師の使役も海を超えて、というのは難しい。


 そして、米国的には妖魔より悪魔の方が理解しやすい存在で、かつ、歴史的にも受け入れやすいアンチ組織がある。そう、まさに教会であり、総本山たるバチカンのことだ。


「だから、長官が戦っているのですね? いえ、もしやバチカンの承認も得るという話になっているのでは?」

「流石は聖女。話が早い。そういうことだ」


 悪魔にはきちんと首輪がついている。必要ならいつでも滅ぼせる。利用することを神は咎めない。


 と、他ならぬ第三者たるバチカンが認定するのだ。


 それでも心情的に難色を示す信心深い者はいるだろうが、現状、これ以上の説得力は存在しないだろう。


「後は俺を介さず、直接バチカンとあちらさんが協定でも結べば、結構、不安も不満も取り除けるんじゃねぇかな?」

「そういうことか」


 もちろん、エクソシストにだって人数に限りはある。先の事件で死傷者が多数出たことで戦力も減じているから。


 広大な米国全土をカバーできるほどのエクソシストは派遣できない。が、万が一、悪魔ゴーレムが暴走した場合の対応を確約するくらいなら可能だ。


「マグダネス局長とヴァネッサは?」

「あの局長さんが、こういう機会をスルーするわけないだろ?」

「ああ……マウントと取引かな? 超常現象と実戦経験のある部隊を保有してるわけだし」

「そうそう。向こうでできるだろう新部署に潜り込ませんだろ。アドバイザーと称してスパイの一人や二人」

「抜け目ねぇなぁ……」


 ちなみに、ヴァネッサはマグダネス局長の護衛兼、実戦経験の証明要員だ。


 対悪魔はバチカンが担うとして、米国の抱える本来にして喫緊の問題は〝人間〟である。


 超常現象を扱う人間や組織を相手に、どのような危険を想定し、どう立ち回るべきか。


 米国側が用意した実際の事例をもとに、アドバイスする形で有用性を証明するわけである。


 既にそれは済んでいて、マグダネス局長の交渉は成功しているらしかった。


「にしても……」

「あん?」

「いろいろ動いてんだなぁ、やっぱ……」


 大広間が紅蓮に染まる。ガーゴイル(B)さんが地獄の業火を召喚したらしい。結界内が火炎に埋め尽くされ、米国の方々が悲鳴を上げている。


 炎の狭間に悪魔の引き攣ったような声が響いた。まるで、「や、やっちまった、やっちまったぜ、へへっ。陛下に殺されちまう……へへっ」と言ってそうな絶望的な声だった。


 どうやら、ダイム長官の圧に心で負けて、ハジメの〝殺すな〟という命令が頭からすっ飛んでしまったらしい。


 だが、その心配は無用だった。


「ぬるい」

「ゲェ!!?」


 ダイム長官は無傷だった。淡い球体状の輝きが彼を包んで炎から守っている。


 〝聖滅の書〟を踏んでいるので、五つの能力の一つ〝結界〟を発動したのだろう。


 そのまま金属書をつま先で蹴り上げる。


 まったくもって書物への敬意も丁寧さもない!!


 だが、鎖は解かれる。〝聖滅の書〟がここにきて初めて開かれた!! 書物ちゃんが輝いている! どこか嬉しそうな気がしないでもない!


 だがしかし、


「ぬぅんんんっ!!」


 ダイム長官はやっぱり読まなかった。書物を広げた状態でぶん回す。そう、まるで扇のように。


 人外の握力で握り込まれた〝聖滅の書〟が、面積を最大限に広げて常軌を逸した膂力で扇がれたのだ。


 当然のように突風が発生する。周囲の炎はそれだけでかき消され、前面の炎は勢いを増してガーゴイル(B)さんに返る。


「げぇえええっ!!?」


 金属ボディが融解しそう! と慌てて結界を張るガーゴイル(B)さん。


 そして、やっぱり読んでもらえない〝聖滅の書〟さん。心なしか輝きに陰りが? もし泣く機能があったなら、きっとホロリとしていたに違いない。


 何はともあれ、だ。


 ……たぶん、もう十分だ。


 米国の皆さんが既に腰を抜かしている。バチカンのエクソシストは化け物かっと震えていらっしゃる。


 いざとなれば悪魔に対抗できることの証明は、既に十分にされていると言えるだろう。


 だが、


「……力が滾る。感謝するぞ、悪魔」


 なんか言い始めた。枢機卿が「ダイム、もう良いぞ~」と言ってるが聞こえていない。あるいは聞く耳を持たないつもりか。


 あと、なんか全身が熱を帯びてか赤くなってきている気がする……


「私は一つ上のステージへ行けそうだ」


 結界の外で「あれ? ダイム? おい、ダイム! 聞いておるのか!?」と枢機卿が怒鳴っているが、その声は全然届いていない様子。


 開かれたままの〝聖滅の書〟の中心に沿って、まるで(しおり)のように巻かれる鎖。一言「硬化」と呟けば、鎖がビンッと張って棒状に、金属書も開いたまま固定されてしまった。


 これもハジメが施した新たな機能の一つ。こんな使い方は想定していないけど!


 開いた大きな金属書と、そこから延びる一本の鎖棒。それを肩に担ぐ姿、まるで戦斧を持つ戦士の如く。


「ウォオオオオオオオオオッ!!」


 凄まじい咆哮が上がった! 


 枢機卿が「あの戦闘バカを止めろぉ!」とエクソシスト達に叫び、「誰かこいつを止めてぇ!」とガーゴイル(B)さんも叫んでいる。


 エクソシスト達とガーゴイルさん達は……仲良く視線を逸らした。


 なんて有様を横目に、相変わらず記録を取っているハジメへ、浩介は奥歯に物が詰まったような雰囲気で言う。


「南雲さ、ありがたいっちゃあありがたいんだけど……あんまり遠慮しなくていいからな?」


 目を眇めるハジメ。いきなりなんだと訝しんでいる。


 浩介は頭をかりかりと掻きながら、苦笑気味に続けた。


「お前が俺の新生活に配慮して、なるべく情報を回さないようにしてくれてんのは分かってる。実際、それで助かってるし」

「大学生活だけじゃないからな、お前の場合。保安局も陰陽寮も、それにバチカンのことも、なんだかんだ走り回ってるだろ」

「うん、まぁ、そうなんだけど……」


 対応課で(のぼる)から真央や明人の話を聞いた時のことを思い出す。


 今回の件も、相当重要なことなのに情報が回っていない。おそらく、偶然にも時間が合わなければ、今のような説明もなかっただろう。


 事後報告で簡潔に、あるいはヴァネッサやクラウディアを通して、という感じか。


 実際、ハジメからの依頼がなくても多忙を極めている浩介である。


 なので気遣いは素直に嬉しいし、助かる。それは本当だ。


 ただ、なんというか……


 自分以上に忙しいはずのハジメが、実際にこういう国家間のやりとりが絡むような大きな案件に東奔西走している姿を見ると、だ。


「ふふ、南雲さん。浩介様は寂しいのですよ、きっと」

「はぁ? さびしいぃ?」

「ちょっ、クレア!?」


 素っ頓狂な声を上げるハジメに、図星なのか焦ったように手をわたわたさせる浩介。


 クラウディアが微笑ましそうに目を細め、くすりと笑い声を上げる。


「気遣いは助かるけれど、それでいろんなことが知らないうちに進んで行くのは、なんだか自分が必要ないみたいで寂しい……もっと今までみたいに頼ってくれていいのに。という感じでしょうか、浩介様?」

「ち、違うが!?」


 反射的に否定するが、ちょっと耳が赤い点、どう見ても図星だった。


「遠藤、お前……」

「いや、ほんと違うぞ! だから、そんな微妙な目で俺を見るな!」

「すまねぇ……」

「謝るな! 余計になんか恥ずかし――」

「俺が課した過酷な労働環境のせいで、すっかりブラック社員みたいな思考に」

「誰が社畜だっ。ちげぇわ!!」


 取り返しの付かないことをしてしまった……みたいな雰囲気で顔を両手で覆うハジメさん。


 かと思えば直ぐに顔をあげてニヤッと笑う。


「ま、お前が望むなら是非もない。死ぬほど働いてもらうとするか」

「やっべ……やぶ蛇だったかも?」


 やっぱり今まで通り気遣ってくれてOKよ? と引き攣り顔で言い直す浩介だったが、ハジメは「うんうん、そうだね。プロテインだね」と完全無視。上機嫌で浩介と肩を組んだ。


「これからはちゃんと情報も共有すっから安心してくれ。さびしん坊」

「不安でもねぇし寂しくもねぇわ。ぶっ飛ばすぞ、この野郎」

「最近はお互いに忙しくて近況も語り合えなかったしなぁ」

「……なんか俺、めんどくさい彼女扱いされてない? きもいんだけど」


 今、日本のとある場所で何かを感じ取った某妹がニチャッしていたりする。それを見て、隣の少年エクソシストが「ヒッ」と声を上げていたりも。


 ハジメの腕をぺいっと引き剥がし、ジト目を返す浩介。クラウディアの微笑ましそうな表情が、なんだか無性に恥ずかしい。


「そ、それより、他になんか情報ないのかよ。俺を使った方が手っ取り早い系のさ」

「う~ん、そりゃあまぁめちゃくちゃあるんだが……」


 とはいえ、本当に遠慮なく投げると浩介がパンクしかねない。なので、もう少し頼ることは変わらないが、ある程度、仕事は選ぶ必要がある。


「この件で何か手伝うか?」

「いや。とりま、急ぎの仕事は〝人にしか見えない中身悪魔のゴーレム量産〟だからな。領分違いだろ?」

「それは……そうだな」

「後でお前のPCに情報と仕事リストを送っとく。確認してくれ」

「おう」


 なんて友情を感じるやりとりの中、二人は気が付いていなかった。


 背後で、ガーゴイル(B)さんがいつの間にかスクラップになっていて、既にガーゴイル(C)さんに代わっていることに。


 そのガーゴイル(C)さんが必死の形相で「陛下ぁ! もう終わりでいいですよね!? この悪魔を止めてぇ!」と訴えかけている。


 もちろん、ダイム長官の咆哮でかき消されるが。


 もう、そこまで来たら普通に戦斧を持てばいいじゃないとツッコミを入れずにはいられない扱いの〝聖滅の書・戦斧モード(何を言ってるのか分からない)〟を両手で掲げ、片脚を振り上げる長官。


 直後、凄まじい踏み下ろしが地を割った。衝撃波と、その反動で隆起した地面が無数の棘となってガーゴイル(C)さんを滅多打ちにする。「ぐげぇ!?」という悲鳴が微かに聞こえた。


「あ、そうだ。一つ、情報共有しときたいことあったんだ」

「お、なんだ?」


 枢機卿が止めるのを諦めていらっしゃる。米国の方々に引き攣り笑顔で語りかけることに必死だ。いろいろな意味で、イメージダウンを防ぎたいのだろう。


 チラチラと視線がクラウディアに飛んでいる。それに気が付いて、クラウディアも制止の声を上げ始めた。


 そんな壮絶な現場はよそに、ハジメは満面の笑みで言った。


「俺、友達できたわ。大学の」

「……」


 スンッとなる浩介。一拍おいて、ちょっと引き攣った表情で首を傾げる。


「それ、共有すべき情報か?」

「しかも! ちゃんと男の友達だぞ!」

「それっ、共有すべき情報かッ!!?」

「ほら、見ろよこれ。実は米国との会談の後に親睦会があってな?」


 記録そっちのけでスマホの画面を見せてくるハジメ。よほど嬉しかったのか、周囲の状況も浩介の虚無顔もサラッとスルー。


 画面には、どこかの店に集まる大勢の大学生が映っていた。


 ユエ、シア、香織、雫は当然、優花に奈々、それに淳史といったお馴染みのメンバーは当然、更に十数人の男女が映っている。


 みんな楽しそうだ。いかにも大学生活をエンジョイしています的な雰囲気が伝わってくる。浩介の瞳から光が消える。


「会談が長引いた時はどうしようかと思ったが、なんとか間に合って良かったよ。ユエ達が事前に俺達の関係を説明してくれていたし、そもそも香織達が大丈夫だと判断した奴らだからな。皆、良い奴だった。当然、少しは女性陣から尋問されちまったけど」

「へ~、大変でしたね」

「ほら、ここの四人。ちょっと強面だが良い奴らでな。今度、遊ぶ約束もしたんだ」

「それは良かったですね」

「あ、あと、信じられるか?」

「あぁ?」

「なんと中学時代のゲーム友達とも再会したんだ。こっちも今度、誰かの家に泊まりがけで、一日中ゲーム三昧しようって話になってて」

「あ、そう」


 クラウディアの「ちょうか~ん!! 止まってくださぁ~~い!」という声が響いている。


 戦場の音楽はますます激しさを増し、ダイム長官は今や赤熱化しているのかと思うほど肉体を真っ赤に発熱させている。


 遂には戦斧を捨てた。打ち捨てられ、地面に転がる〝聖滅の書〟ちゃんがかわいそう……


「行儀の良い振りはもうやめだ。今より俺はただのパトリック・ダイム。戦士だッッ」

「いいえ、貴方はエクソシストの長官なのですよぉ! 正気に戻ってぇ!」


 全身を赤く染めた筋骨隆々の老人が、両手を広げて悪魔に襲いかかる。


 そのあまりの速度と突進の圧力に反応が遅れるガーゴイル(C)さん。


 両手ですくい上げられるようにして直上へぶっ飛ばされ、更にジャンプした長官に空中で掴まれて叩き落とされる。


 なんか、あのTYOUKAN、戦えば戦うほど進化してない? というツッコミもそこかしこから聞こえてくる。


 もちろん、お互いに別の意味で近況報告に夢中の二人は普通にスルー。


「そりゃあ死ぬほど忙しいからさ、泊まりがけで一日中遊ぶとか当分は無理だろうなって思っていたんだが、ユエ達が代わりに頑張ってくれるって言うからさ。けど、お前が手伝ってくれるなら、ユエ達の負担も少なくできそうだ」

「お前が友達と遊ぶ時間を俺が作るのね。なるほどね。ところでお前、深淵って覗いたことある?」


 ガーゴイル(C)さんが、踏みつけを食らう前に消えた。


 〝神速〟だ! 全身の亀裂も砕けた手足も一瞬で復元。再生魔法の権能を持つ高位悪魔だったらしい。


 だが、それを見てもダイム長官は不敵な笑みを浮かべるのみ。


 跳躍。人外の跳躍力で、まるで隕石の如く頭上より襲来。


 ガーゴイル(C)さんが再び〝神速〟で逃げる。どうやら香織ほど使えるわけでなく、数メートルを、ある程度のインターバルを挟んで使える程度のようだ。


 普通なら、それでも十分。人間に捉えられる速度ではない。


 が、長官は地面に突っ込むや両腕をも突き込み、雄叫びを上げながら引き抜いた。


 否、それはまるで地面のちゃぶ台返し。地面の広範囲に亀裂が走り、かと思えば光が迸る。「なんの光ぃ!?」と誰もが目を剥いた直後、結界内が噴火した。と錯覚するほどの勢いで地面が吹っ飛んだ。意味が分からない。


 当然、ガーゴイル(C)さんも「うそでしょ……」みたいな表情をしたまま爆発の衝撃に巻き込まれ錐揉みした。


「で、そっちはどうよ、遠藤。友達できた?」

「……」

「医学部の友達なんて皆エリートじゃないのか? 話は合う? どうなんだ、遠藤? おぉ~い、遠藤?」

「……さっきの話はなしだ。お前の仕事なんて一生手伝ってやんねぇっ!!」

「!!?」


 物理的にマウントを取られるガーゴイル(C)さん。


 無邪気な友達マウントを取られる浩介君。


 と、そのタイミングで、ついに修羅場――TYOUKANとガーゴイル(C)さんの――に終わりが訪れた。


 再生速度を上回る連撃を放っていた長官が、拳を振り上げた姿勢のまま唐突に動きを止めたのだ。


 おや? 何やら様子が……と息を呑んで見守る観衆。


 一拍おいて、長官の全身からブシューーーーッと血が噴き出した。ギャグマンガみたいな勢いで。


「「「「「ちょーーーかぁーーーーんっっ!!!?」」」」」


 どうやら肉体的な限界が来たらしい。


 今度は違う意味で真っ赤に染まる長官。ガーゴイル(C)さんがチャンスッとばかりに逃げ出す。結界の外へ! 生き残った喜びにちょっと泣きながら!


「メディーック! メディーック!!」


 治癒系の神器を使えるエクソシストが駆け寄って治癒を施すが、そもそもどこが悪いのか分からない。長官自身、白目を剥いたまま意識喪失状態だ。


 クラウディアが駆け出し、ガーゴイル(C)さんに聖十字架を突きつけて引き戻す。


 一撃で存在ごと消滅させられる最強の神器を突きつけられては、ガーゴイル(C)さんも従うほかない。


 横たえられた長官に再生魔法を施すと傷が塞がったのは当然、意識も戻った。しかし……


「む、体がぴくりとも動かん……」

「南雲さぁーーんっ。手を貸してほしいのですぅーーーっ!!」


 クラウディアからの救援要請が響き渡る。


 元ボッチ大学生として、ようやく遠藤の現状を察し、「やっべ、やっちまった?」と視線を泳がせていたハジメが、


「お、お~、任せろぉ~」

「……」


 これ幸いと駆け出していく。かと思えばピタリと止まり、肩越しに様子を窺うように浩介を見やる。ものすっごいジト目が返ってきて口元が引き攣る。


 浩介の心情が手に取るように分かるのだろう。珍しくも猛省した様子だ。なので、これまた珍しくも励ましの言葉をポロリ。


「大丈夫だ、問題ない。お前なら直ぐ友達できる――」

「同情なんていらねぇ! 一ヶ月だ! 一ヶ月でマウント取り返してやるからな!」

「お、おう……」


 今にもホロリと涙を零しそうな様子で指を突きつけて睨んでくる浩介に、ハジメはなんとも言えない表情で返事をしつつ、ダイム長官の元へ去っていった。


「浩介さん」


 するりと、いつの間にか傍に寄ってきていたヴァネッサが声をかけてくる。


 騒然とする現場の隙を突いて、マグダネス局長の元から逃げ出すことに成功したらしい。


「よぉ、ヴァネッサ。そっちは――」

「目標は、達成可能な範囲で定めないと心を病む原因になりますよ?」

「どういう意味だゴラァッ」


 可哀想な者を見る目、あるいは夢物語を語る駄目な彼氏をなお慈しむ目とでも言おうか。なんにせよ、実に腹の立つ表情だった。


 だがしかし。


 一ヶ月以内に友達を作る……浩介が……


 なるほど。確かに至難だ。健太郎や重吾と友達になれたのだって、数多の奇跡があってのことだったのだから。


「お、俺は魔王の右腕。不可能を可能にする深淵卿だ、ぜ?」


 声が震えている。


「よくよく考えると、強襲課の方々とは友達と言って良いのでは? バーナードさんのお家にも夕食の招待を受けて行ったことがあるでしょう?」

「……同年代の、大学の友達がいいんだ……」

「プランが必要ですね」


 計画を以て挑まないといけないレベルなのか……と遠い目になる浩介。


「ま、そんなことよりも」

「そんなこと!?」


 ひどぅい!? ヴァネッサはいつからそんな冷たい奴になったの!? 頭がちょっとSOUSAKANなだけで根は優しかったじゃない! みたいな目で見やる浩介。


 だが、ニッコニコと実に楽しそうな笑みを前に、キョトンとしてしまう。


「どうした? なんか随分と楽しそうだな?」


 少し離れた戦場跡地では、「なに? 魂が離れていく? やべぇっ」「ど、どういうことなのですかぁ!?」なんて緊迫した感じが漂っているが、まぁ、南雲が対処するなら大丈夫だろうと特に気にはしない。


「どうしたも何も、二日ぶりですよ。浩介さんとまともにお話するのは。嬉しいに決まっているじゃありませんか」

「お、おぅ、そっか……忙しかったもんな」

「ええ、本当に。何度、局長の後頭部に膝蹴りを叩き込んでやろうと思ったことか」

「やめてあげてよぉ!」


 英国の鉄の女とか言われていても、マグダネス局長は普通の人間なのだ。


 浩介たっての希望でいろいろバフ系のアーティファクトを渡しているヴァネッサの一撃を食らったら、普通に潰れたトマトになりかねない。


「まったく。せっかく浩介さんと同棲しているというのに、前より時間が減っている気がしてなりません。局長め、私ばっかり連れ回しやがって……」

「エミリーの実家にいた時も、お前、普通に飯食いに来てたもんな」


 実際、ヴァネッサがマグダネス局長のお供をする機会は随分と増えている。特に組織的・政治的な駆け引きが必要な仕事に、だ。


 そのせいで、今は食事の時間すら共にできないことが多い。ヴァネッサは相当ストレスを溜めているようである。


(もしかしてだけど……局長さん、ヴァネッサのこと後釜に考えてたりしないか?)


 国家利益最優先主義の人だ。対外勢力と密接な関係を持つ局員を重要なポストにつけるとは思えない。


 思えないのだが……最近のヴァネッサに対する言動を見ると、どうにも〝後継者育成〟の文字が脳裏を過ってしまうのだ。


 もちろん、保安局局長の座がマグダネスの一存で決まるなんてことはない。


 けれど、数十年後の未来を見据えて、なんらかの意図で芽を育てておく……みたいなことは考えていそうである。


「いっそ仕事を辞めて専業主婦になっても良いですか?」

「え、別にいいけど」

「んんっ」


 ヴァネッサ、ニヤついた笑みでジャブを繰り出したらカウンターを食らって赤面する。


 最近、少し伸ばしているらしい髪を指先でいじいじ。


 ベリーショートがショートくらいの長さになっているのだが、女性とは不思議なものだ。それだけで随分と雰囲気が変わる。頬を染めていると尚更。


 普段は〝冷徹な捜査官〟か〝ふざけたSOUSAKAN〟のどちらかの姿ばかりだが、浩介は別に鈍くはない。もうずっと前から分かっている。


「でも、辞めないだろ?」

「まぁ、ええ……」

「好きだもんな、今の仕事。誇りを持ってやってるし」

「分かりますか?」

「分かるよ」


 なんだかんだ言って、保安局の局員をしているヴァネッサはかっこいいのだ。言うと調子に乗りまくるので言わないが。


 それでも、ヴァネッサはとても満足そうだ。腰に手を当てて、えっへんとドヤ顔である。ついでに片手で少し長くなった前髪をふぁさっとしちゃう。


「ま、できる捜査官である私は仕事もきっちりこなしつつ、恋人とデートだってできちゃうわけですね。まさにリア充。無敵」

「リア充という言葉は、新しい友達ができない今の俺には効く言葉だけどヴァネッサが楽しそうだから許すよ」

「というわけで、浩介さん」

「うん、聞いてないな」


 ヴァネッサが浩介の手を取る。片膝をついて、まるでプロポーズでもするような雰囲気で、なぜかキメ顔で言った。


「数日以内に休暇をもぎ取るんでアキバに連れてってください。デートしましょう、デート」

「デートよりアキバに行くことの方が重要っぽくない?」


 瞳がキラキラだ。


 ちなみに、その後ろでは「戻ってこぉい! 死ぬには早いぞぉ!」「ちょうーかぁーーん! しっかりしてください!」「ええい、香織か愛子はまだか!? いつまでも持たんぞ!」みたいな切迫したやりとりが。


 再び意識を失ったらしいダイム長官にアラクネさんやら何やらアーティファクトを使って必死に蘇生を試みているハジメがいる。あと、いつの間にかティオも。


 どうやら単純な魂魄魔法だけでは蘇生できない状況らしい。魂魄魔法のエキスパートが必要なようだ。


 あの融合技、やはり相当危険だったのだろう。ユエはユエで血相を変えてシアを止めに行っているようである。


「そんなことはありません。誰と行くかが重要なんです。恋人と聖地デートする。最高の休日じゃあありませんか。この前のアキバデートの続きと行きましょう」

「分かったよ、分かった。どこでも好きなとこに行こう。最近、マジで大変そうだしな」

「ひゃっほぉう!!」


 流石にちょっと心配になってチラチラとハジメ達の方を見やる浩介とヴァネッサだったが、ゲートを開いて香織が到着したことでひとまず安堵する。


 香織が、状況を見て目を見開き、空中に何かを集める仕草をするや否や「ハァイッ!!」とバレーボールのアタックを決めるが如き仕草をしたり、その直後、「ぶるぁああああああああああああっ!!!」と雄叫びを上げながら長官が復活する光景を見て、わけが分からないよ……と思ったが。


「あ、あとDIYも手伝ってください。今の部屋にはまだロマン収納がないので」

「それはむしろ手伝わせてくれ! というか俺の部屋にも欲しい。本棚の後ろに刃物系を並べたい!」

「いいですねぇ! 手裏剣とかクナイなら私も仕込みたい! 分けてください!」

「しょうがねぇなぁ! じゃあショットガン分けてくれよ! ベッドの下に仕込むから!」


 武器が仕込まれた自室はロマン! と長官が一命を取り留めてホッとした雰囲気が漂う現場の端ではしゃぐオタク二人。


 いえ~い! とハイタッチする姿、実に仲良きかな。


 もちろん、鬼の局長が気が付く。


「ヴァネッサ!! 何を遊んでいるの? さっさと来なさい!」

「すみません、局長。今、DIY計画がいいところで――」

「貴女がデスクに隠し持っていたレア物? のトレーディングカードをまとめてシュレッダーにかけるわよ?」

「!!!? なぜそれを!? こっそり眺めて心の癒やしにしてただけなのに、この悪魔!」


 米国の方々が、「え? 保安局の局長ってまさか中身が……」みたいな顔になっている。その疑念を悪魔みたいな形相で「比喩よ」と切り捨てるマグダネス局長。


「仕方ありません……浩介さん、私とお話できなくてさぞ寂しいことと思いますが」

「いや、そうでもないけど。一回一回の会話のインパクトやべぇし」

「私が印象的で忘れ難いなんて嬉しいことを」

「はよ戻れ。局長さんが懐からなんかのカードを覗かせてるぞ」

「!!!? 既に没収済み!?」


 急いで踵を返すヴァネッサ。


 どうやらダイム長官も無事に復活し、対悪魔の検証も十分ということで、後は細かい点を詰める交渉に入るようだ。


 枢機卿が精神的に疲れきった表情で別室への案内を始めている。ハジメも参加するのだろう。香織やティオが苦笑しつつゲートを通じて帰って行くのを見送っている。


 あと、戦いの途中から壁際で膝を抱えて座り込んでいた悪魔さん達の前にもゲートが。


「家だ……家に帰れるッッ!!」「ほら、光だ! 見えるだろ!?」「頑張れ! 今連れ帰ってやるからな!」とスクラップと化した(A)~(C)を担ぎ上げて、汚い泣き声を上げながら退散していく。


 と、そこで。


「ああ、そうでした」

「ん?」


 忘れ物をした、みたい雰囲気でヴァネッサが戻ってくる。


 そして、物凄く自然な動きで浩介にキスをした。


 僅かに目を見開く浩介。


 「あーーっ、私はし損ねましたのに!!」なんてクラウディアの声が響く。


 その拍子に聖十字架が倒れた。まだ安静にしておくべきと判断されたのか、ダイム長官が担架に乗せられ運ばれていたのだが、その顔面に十字架の角が直撃する。


 更に、タンカの両端を支えていたエクソシスト二人がバランスを崩し転倒。その拍子に長官の顔面と股間に肘やら膝やらを叩き込んでしまう。「ぬぅううううっ!!」という唸り声? が響いてきた。


 当然、米国の方々も気が付いて振り返り、キスをしているヴァネッサと浩介に目を丸く――一部は口笛を吹いているが――している。


 マグダネス局長? もちろん、トレーディングカードを取り出した。レアカード君の運命はいかに。


 ちゅっと艶めかしいリップ音を微かに鳴らし、唇を離すヴァネッサ。たっぷりの感情が乗ったキスだった。


 何より、


「では、お仕事を頑張ってきます、浩介さん」

「……おう」


 その嬉しそうな微笑と熱のこもった瞳を見れば、単なる挨拶でも、まして悪戯でもないことは誰の目にも明らかで。


 そう、浩介は分かっている。


 ふざけた性分だが、ヴァネッサがずっと、最初から本気だということを。


 直接聞いたことはない。


 あの日、同じ局員に裏切られ、大勢の信頼する仲間を殺され、誰を信用していいかも分からない絶望的な状況の中、たった一人でエミリーを守らなければならなかった時、それこそ映画みたいに助けてくれた浩介に。


 エミリーの気持ちだけでなく、自分の心も汲んで、裏切り者(キンバリー)の顔面に拳を打ち込ませてくれた浩介に。


 言葉では表現できないくらい感謝していて、心を鷲掴みにされてしまったなんてことは。


 本当に、心から惚れ込んでいるなんてことは。


 ただ、繰り返すが浩介は鈍くない。公私共に同じ時間を過ごしていれば気が付く。


(まったく……)


 にこっと笑って踵を返し、今度こそ颯爽と去っていくヴァネッサ。


 その後ろ姿を見送りつつ、浩介は照れ笑いを浮かべ、頬を掻いた。


(仕事中は知的クールなお姉さんで、普段はふざけたオタクで、なのに好きな相手には普通に女の顔を見せるんだから……ギャップの権化かよ)


 なんだかんだ、ラナ達に負けないくらいヴァネッサも魅力に溢れる女性で、髪を伸ばし始めたように、最近は特に意識せざるを得ない仕草や表情で魅せるから。


 自称〝三番目のお嫁さん〟を、浩介は否定できないのだ。


 遠目に、ヴァネッサがマグダネス局長にお叱りを受けつつも、自分のリア充ぶりをアピールしている。


 あるいは、米国の方々に帰還者サイドとの親密な関係を見せつける目的もあったのか。


 そういう愛情と強かさを併せ持っている辺りが、マグダネス局長のお眼鏡に叶っているのかもしれない。結局、溜息交じりではあるがトレーディングカードを返却しているから。


 まぁ、それはそれとして、だ。


「こ~う~す~け~さぁ~まぁ~~!!」


 涙目でポテポテと走ってくるクラウディア。当然のようにこけるので、特に慌てることもなく滑り込んで支える。


「ん~~~っ」


 と唇を突き出してくるクラウディアは、きっと背後で平謝りしている同僚達の姿も、無表情で悶絶している長官のことも頭から抜け落ちているに違いない。


 浩介は苦笑を浮かべて、クラウディアの手を引いた。


 そうして、


「浩介様?」

「とりま、長官を手持ちの回復薬で治して、今回の任務の報告書を片付けちまおうぜ」

「え? キスは?」

「飯は家で食いてぇなぁ」

「キスは!?」


 ハハハッと誤魔化し笑いしながら、浩介は場を後にしたのだった。


 二人共大事な人とはいえ、なんとなく連続でするのは気が引けたから。


いつもお読みいただきありがとうございます。

感想・意見・誤字脱字報告もありがとうございます。


今回のサブタイは「コミュニケーション・ブレイクダンス」からです。ハジメの「やっちまった?」を書いた時に、なぜかふとニコ動の懐かしきボスラッシュシリーズを思い出してしまって。なのはStsラッシュが一番好きかも。久しぶりに見直します。


※ネタ紹介

・プルスウルトラ

 『僕のヒーローアカデミア』より。シアは更に向こう側へ!

・行儀の良い振りはもうやめだ

 『エルデンリング』のホーラ・ルーより。第二形態を『HELLSING』のアンデルセン神父とするなら、第三形態がゴッドフレイ、最終形態がホーラ・ルーみたいな感じ? 長官の戦い楽しすぎて自重を忘れましたごめんなさい。

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― 新着の感想 ―
最近、なろうバナー広告ではユエさんが下着誘惑をしているな。
クラウディアが可愛らしいです、
[良い点] 長官、とうとう人間という枠組みから逸脱しているのが。...まだまだ強くなりそうな気がする。 後、ヴァネッサのキス、情熱で心が揺らぎました。 [一言] クレアさんキス惜しかったね。次の機会…
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