ぼ、ぼぼぼ、ぼっちちゃうわ!
南雲家から大学までは、自動車でおよそ四十分から五十分と言ったところ。電車なら駅までの移動時間や乗降の猶予を見て一時間ちょいだ。
ハジメの望む学科があり、かつ多様な学部がある大学。その上で十分に通える範囲にある……という条件で絞った結果だ。
高校卒業を機会に実家を出る……という多くのクラスメイトが取った選択を、ハジメ達は最初から考慮にも入れなかった。
小学校に通い始めたミュウがいるし、使い勝手を改良し続けた地下工房もある。
何より、ユエ達が嫌がったのだ。わざわざ菫や愁と離れて暮らす意味が分からないと。
故に実家から通える範囲というのは絶対条件で、それを聞いた時の菫と愁と言ったら。
結婚を機に自分達だけの家を~と言う可能性を考えないではなかったようで、安心して胸を撫で下ろしたのも束の間、テンション爆上げで即興ラップをデュエットし始めたくらいだ。
おかしい。なぜ喜びをラップで表現しようと思ったのか……という点は当然、ラップの出来も、息の合い方も、絶対に何ヶ月も前から練習してただろ! とツッコミを入れたくなるレベルだった。流石は南雲夫妻。おかしい。
ともあれ、だ。
「う~ん、やっぱり私も取りに行こうかなぁ、免許」
「だから取っておきなさいって言ったのに。〝神速〟の方が手軽で速いしなんて言って……」
ハジメが運転する車の後部座席から、香織と雫のそんな話が響いてくる。
学部は異なれど、一年生の間は誰もが時間いっぱいカリキュラムを組むので行動時間はほぼ変らない。一緒に行くのは自然な流れだった。
香織の発言に、信号待ちで停車しつつ、ちらりとバックミラー越しに視線を投げるハジメ。
わざわざ迎えに来てもらってから通学という、ある意味、贅沢な送迎環境に申し訳ないという気持ちでも抱いているのかと思ったのだが、どうやら違うようだ。
「違うよ、雫ちゃん。利便性の話じゃないよ? だって、それだけを考えるなら、確かに〝神速〟通学でいいんだもん」
「とんだパワーワードね」
「ハジメ君やユエだって、やろうと思えば転移通学できるんだし」
「通学の概念が崩壊しそうよね」
ちなみに、朝の貴重な時間を使ってでも転移通学を選ばなかったのは、これもまた〝大学生活を楽しむ〟ことの一つだからだ。
香織ももちろん、毎朝の同乗理由はそれである。
婚姻届けこそ出していないものの、香織の左手の薬指にはしっかりと指輪がはまっている。毎朝、夫の運転する車でおしゃべりしながら通学するという状況を、心から満喫しているのだ。
もちろん、それは雫も同じである。
助手席に座るユエが、肩越しに振り返った。
「……じゃあなに? 運転してみたいってこと? ……ふむ。それは悪くない。後部座席でハジメとイチャイチャできる。私とハジメの専属運転手に、香織はなれ」
「危険運転してほしいの?」
どうやら運転に興味があるわけではないらしい。香織はジト目を送りつつ左斜め前に指を差した。
「やっぱり格好良くない?」
全員が釣られるようにして見やる。
同じく信号待ちしているバイクがいた。黒と鉄色の見るからにタフでごっつい大型バイク――ヤマハのV-MAXだ。排気量1700ccのモンスターバイクである。
搭乗者の長い足が地面をリズミカルにタップしている。艶消しの黒とミラータイプのシールドを使ったフルフェイスヘルメットをつけているので表情は分からないが、大変、機嫌が良さそうだ。
「見た目からしてスマートな女の子だよ? なのに、あんな大型バイクにまたがって……バイクって美脚が更に映えるんだね。背筋がピンッと伸びてて綺麗な姿勢なのに、くびれとか腰元の曲線とかも強調されてて……ちょっとエッチすぎると思います!!」
「……ん。同意しよう。なぜバイクに乗っているだけで扇情的ですらあるのか。というかジャケット、サイズ間違ってない? 胸元、溢れそうですけど? ファスナー、勝手に開きそうですけど? わざとなの? 嫌らしい! いいぞ、もっとやれ!」
「ハジメ、どうしましょう。車内にセクハラおじさんが二人もいるわ」
鼻息の荒い香織とユエに、雫がちょっと退いていた。
「うん、まぁ、確かにあいつがバイクに乗ってる姿はセクシーだなぁとは思うよ。ほら、見ろよ」
特別にカスタマイズされたヘルメットの中で、ぺたんっと垂れウサミミ状態になっていても、地獄ウサミミイヤー(シアの銘々)は健在だ。
ユエと香織の会話が聞こえていたのだろう。上半身を捻るようにしてして振り返るモンスターバイクのライダー――シア。
カシュッとシールドを上げて、はにかむように目を細める。そして、「何を言ってるんですかぁ~」と言いたげに手をパタパタと振る。
それを、ちょうど隣の車線に停車していた若いスーツ姿の女性が目撃。「え? わ、私に手を振ってる? やだ、なんか照れるぅっ」と真っ赤になりながら遠慮がちに手を振り返している。
更には、シアの後ろの方に停車していた原付バイクに乗った青年も、元からシアのスタイルと大型バイクの組み合わせに惹かれて見ていたのだろう。
シールドを上げたことで垣間見えた、目元だけでも分かる美貌に視線が釘付けだ。
「……事故を誘引しないといいのだけど」
「バイク自体に認識阻害でも施すかな? いや、逆に危険か……」
実のところ、こうしてもう直ぐ大学に到着するというところまで長く前後二台で進めることは希だ。
大抵はシアが先行するか、間に車が入って離れていく。自動車が多くて走りづらい、あるいはやたらと信号にひっかかる……というような、有り体に言えば気分次第でシアがコースを変えることもよくあるのだ。
だから、バイクで気持ちよさそうに走るシアをずっと追うような形で走るのは、この二ヶ月の間でも片手で数えるくらいしかない。
つまり、改めて眺めているうちに、香織の中に憧れが出てきたということだろう。
「まぁ、バイクの免許取るってんならいいんじゃないか? シアも喜ぶだろう」
「そうだね……時間ができたら考えてみようかな?」
シアがコクコクッと激しく頷いている。ついでにサムズアップも。本当に絵になるな……と全員が思った。
あと、隣の車のお姉さん。貴女にしてるわけじゃないからサムズアップは返さないで大丈夫。シアの頷きに、なんだか「私の口パクとジェスチャーに返答してくれた!?」みたいな喜び表情をしているけど勘違いだから……だから、後ろの青年よ。君もお姉さんに嫉妬の目を向けるんじゃない……
「っていうか、ハジメ君もよく免許取れたね?」
信号が変わってシアが発進していくのを眺めつつ、香織が小首を傾げる。
「え? 落ちると思われてたのか?」
「違う違う! 時間の話だよ。いったいいつの間に取ったの?」
ここ数ヶ月のハジメの多忙さは誰もが知るところ。
勉学は当然、王樹復活の弊害の件、世界樹の枝葉復活計画、変わりゆく世界情勢への対応、自身の設立した会社の経営関連、更には種々の研究開発etc.
アワークリスタルを使っていても、なお時間不足と断じざるを得ない。一人の人間がこなせる量を明らかに超えている。
だから、仲間内から〝一人だけ一日七十二時間〟〝暇という概念を異世界に忘れてきた男〟〝忙しいアピールしないことに、もはや恐怖を感じさせる怪物〟〝ブラック企業が求める人材のお手本〟〝誰よりも働く魔王様〟等と言われたりするのだ。
「ああ、そういうことか。あれだよ。一発試験ってやつだ」
「合格したの!? あれって教習所を卒業しなくていい代わりに、すっごく難易度が高いって聞いたよ!?」
「確か、五パーセントとかじゃなかったかしら? 合格率」
「だな」
そう、ハジメさん、免許試験場に直接赴いて試験を受ける方法――いわゆる飛び込み試験で一発合格したのだ。
もともと戦闘機動ができるくらい熟した運転技術があるのは誰もが知るところ。魔法式VRゲームを使えば地球産自動車の練習も好きなだけできる。なので、必要なのは知識を詰め込むこと。
「……二人共、驚きすぎ? ハジメなら合格できて当然」
「いえ、本当にそう簡単じゃないわよ?」
「そうだよ、ユエ。運転技術自体はあっても交通ルールを知らないと意味ないんだから」
「……それこそ今更。ハジメは既に知識があったでしょ?」
「「?」」
なんの話? と首を傾げる香織と雫に、ユエはやれやれと肩を竦めた。雫はともかく、香織は知ってるでしょう? と。
「――〝犯罪者を見たらアクセルを踏め。教習所で教えられる〟って言ってたでしょ?」
「それ違うから!」
「ハジメ!? ユエに何を教えてるの!?」
「いや、うん。あくまでトータス式道交法だから、うん」
いや、それはそれで問題あるでしょ……という視線が香織と雫から。
なお、ユエが言っているのは、かつて不穏な王国から密かに脱出していたリリアーナが、身を隠していた隊商ごと賊に襲われていた時、それを助けるためにアクセルを全開にしたハジメの教えである。
「まぁ、なんだ。勉強は普通にしたぞ。アワークリスタルも使って隙間時間にな。で、後は、ちょっとズルかもしれないが、〝瞬光〟を微妙に発動しながら受けた」
つまり、覚えた知識の再確認や見落としがないか、それらを見る試験官の反応自体も含めて、ハジメの認識上では人の数倍も時間をかけて丁寧にクリアしていったというわけだ。
「なるほどね。私も同じようにすればワンチャンあったかしら? 普通に教習所を卒業したのだけど……聞いた後だと時間がもったいなかった気がするわね。教えてくれたら良かったのに」
「トータスで運転していたわけでもないんだ。時間的に余裕がなかったわけではないんだし、大事なことなんだから、きちんと教習所で教えてもらった方がいいに決まってる」
「それは……そうね。うん、その通りだわ。いつか買う車も、きちんとルールに則った車検に通るものにするわ。この擬態したブリーゼみたいなのじゃなくてね」
納得しつつも、悪戯っぽい笑みを浮かべてチクと刺してくる雫。
そう、この車、実は見た目こそJeepのラングラーだが中身はブリーゼなのである。つまり、がっちがちに武装したままの魔力駆動車だ。エンジン音もボディも擬態である。流体金属ちゃんが頑張っているのだ。なお、Jeepのラングラーに擬態しているのは、元々の形が似ているからである。
「べ、別にいいだろ。シアと違って、わざわざ中身に興味を持って見てくる奴なんていないし、車検の時とかはまた擬態でどうにかするし……」
「別に何も言ってないわよ?」
「バレそうになったらニューラ・ラ○ザー・ニューでピカッとすればいいわけで」
「一言、言っていいかしら?」
「家族も乗せるんだ。武装もしていない車なんて、危なっかしてくて今更乗る気になれないんだよ」
「うん、一言、言わせなさい」
常識という言葉の定義から説いてくれる雫のありがたいお言葉を、左から右へ華麗にスルーしていると、
「ほ、ほら、雫ちゃん。その辺でね? ハジメ君の武装癖は不治の病みたいなものだから」
「……ん。それにもう直ぐ着く」
大学が見えてきた。
大学構内の駐車場は基本的に学生は利用できない。特別な理由がある場合だけだ。
なので、少し逸れて民間の月極駐車場に向かう。シアは大学の敷地を迂回するようにして〝ごうおん!〟のサークル専用の駐輪場へ向かうので、ここでお別れ。
軽く手を振るシアにユエ達が手を振り返す中、本来なら学生には中々厳しい月額料金がかかる駐車場(それでもスペースを取れたのは運が良かった)に入っていく。
「昼はどうする?」
契約しているスペースに向かいつつ、ハジメが尋ねた。
「もちろん、一緒するよ」
「ええ、私もよ。せっかく共通科目を受ける日なんだから」
実のところ、香織と雫、それにシアも、毎日一緒に昼食をとっているわけではなかったりする。
敷地が広大なので食堂の類いも幾つかあるのだが、学部が違うので最寄りの食事処も異なるのだ。
もちろん、昼の度に合流できないわけではないが、せっかく地元と関係のない大勢の人と接することができる環境に身を置いているのに、いつも身内だけで過ごすというのは少しいただけない。良き大学生活のためにも、それぞれの学部で、それぞれの新しい交友関係も大事にすべきだろう。
という考えのもと、趣味友達ができたシアはもちろん、香織や雫も、最近は新しい友人とランチをしたりしているのだ。
ただ、キャンパス内では全く会わない……というのでは、それはそれで同じ大学にした意味がない。
なので、全学部共通科目(学部に関係なく履修できる基礎科目)は合わせて一緒に受講し、その講義が昼に直近の時間割である日などは一緒に過ごす、という形を取っているのである。
「そうか。それじゃあ昼前の講義で合流だな。いつも通り、昼飯は外でいいだろう? 行ってみたいところあれば決めておいてくれ」
「うん、分かった!」
「昨日、ちょうど同じ講義を受けている子に気になるお店を聞いたのよね。詳細を聞いておくわ」
ハジメの言葉に、香織も雫も楽しそうに笑い合う。
なお、〝昼を外で〟というのは、ユエ、シア、香織、雫が集まると、それはもう目立つからである。なので、基本的に四人が揃う時は学食ではなく学外の店に食べに行くのだ。
もちろん、認識阻害などを使えばゆっくり食事をするくらいわけないのだが……
実のところ、シア、香織、雫の三人は既婚者であることは公言しているものの、その相手が同じ大学に通う他学部の学生――ハジメであることは濁している。
リアルハーレムメンバーの一人であることが恥ずかしいから、という理由ではもちろんない。が、やはり世間一般的に〝普通〟とはかけ離れた関係性であることは事実。
新しい交友関係を築くにあたっては障害となり得るのが現実であり、第一印象を損なえば、その払拭には多大な根気と労力を有するのもまた事実だ。
なので、受け入れてくれる人柄の友人を作るか、受け入れてくれるくらい親しくなってから紹介したいという考えなのだ。
「……ハジメ、優花達はどうするの?」
ちょうど契約したスペースに駐車し終えたタイミングで、ユエが尋ねた。
「うん? 来るなら連絡してくるんじゃないか?」
「ハジメ君、冷たい! 優花ちゃんのことなんだと思ってるの!」
「いや、友人だが……」
「ハジメ、酷いわ。毎度毎度、ラインで遠回しにお昼の予定を聞き出して、遠回しに合流しようとする優花の身にもなってちょうだい」
そんなこと言われても……と困った顔になるハジメ。
いつまで経っても素直になれない優花ちゃんの文章力は日に日に上がっている。よくもまぁ、そんなにバリエーションがあるものだと思うくらい。
とはいえ、だ。
「……ハジメ、優花はもう限界」
「な、何がだ?」
深刻そうな表情のユエに、擬態エンジン音を止めながら聞き返す。
「……予定を聞き出す口上も、お昼を一緒する文句も、もう尽きかけてる。この前なんて、とうとう偶然を装って合流してきた」
居たたまれなかったらしい。思わず、優花の手を握って、恥ずかしがる本人のことなどお構いなしに、そのまま店に連れて行ったくらい。
「…………宮崎とか玉井の奴が誘うだろ? どうせあの二人も一緒に来るんだし」
「「「……」」」
ユエ達が揃ってジト目になった。本来なら、下心がありそうな女が近づいてくればガードするはずの三人なのに。
なぜ、妻三人から咎めるような目を向けられなければならないのか。別に、ハジメは鈍感ではない。けど、だ。気持ちをはっきり口にしていない相手を、自分から誘うというのは妻子ある身としては違うと思うのだ。至って当たり前の配慮のはずである。
なのに、当の妻から「やれやれだぜ」みたいな眼差しを向けられるとは……
なんとも腑に落ちない気持ちになりつつも、「連絡しとくよ」と答えるハジメ。
三人が納得したように表情を和らげ頷く。
なんだか高校時代に比べ、ユエ達の優花に対する態度が柔らかいというか、手のかかる子の保護者みたいというか。
共に過ごす時間が圧倒的に減ったせいか、確かに不器用さというか、健気さというか、そういうものが以前より目立つ気がしないでもない優花である。
その辺りに、何か母性的なものでもくすぐられているのだろうか?
なんて、やっぱりなんとも釈然としない気持ちになりつつも降車するハジメ。ユエ達も続く。
そうして、大学の正門――ではなく、あまり目立たない場所からキャンパスに入ろうとして――
「……まったく」
ユエから溜息が一つ。
それだけで察するハジメ達。苦笑が浮かぶ。
「――〝散れ〟」
ユエの言葉が奇妙なほど響いて広がる。〝神言〟だ。対象は、今まさに通ろうとしていた裏門の周辺にいる人々のうちの幾人か。
朝のこの時間、利用者の少ない出入り口とはいえ当然、ハジメ達以外の学生や大学関係者もそれなりにいる。ならば、ユエ達に否応なく意識を寄せてしまうのはいつものことではある。
その中には、スマホを弄ったり、友人同士で会話している振りをしたりしつつも、明らかに待っていたであろう者達もいる。
特にユエだ。認識阻害をかけていても既に広まっている美貌である。一目見て一日の活力をもらおう、あるいは推しのアイドルを出待ちしたい的な気持ちも分からなくはない。
故に、特に実害がなければ見逃せる範疇だ。
だが、物陰に姿を隠して撮影しようとしたり、どこにそんな自信があるのか下心ダダ漏れの表情で気安く声をかけようとしたりする者達はいただけない。
「後が絶たないね?」
「言っても、まだ二ヶ月だもの。しょうがないわね。二十歳モードのユエは同性から見ても魅力満載だから」
今、〝神言〟を受けた者のうち半分くらいはご新規さんだ。入学してから既に三桁近い者が〝神言〟を受けて、二度とユエ達に興味を抱けなくされている。
それでも連日、こういう手合いが後を絶たないのは確かにユエの魅力のせいだろう。
少女の姿の時ですら妖艶な雰囲気が滲み出ていて子供とは思われなかったユエである。内面に体が追いついた姿が、神魔の類いさえ見惚れさせるのは妖精界で実証済み。
成長したユエは、時代が時代なら本当にリアル傾国の美女だったろう。ただの一般人が魅了されるのも仕方ない面はある。
だから、ハジメも目に余るレベルでなければいちいち目くじらは立てない。威圧ばかりしていては大学生活に支障が出そうだし、何よりユエが慣れきった作業のようにサクッと対応してしまうから。なので、褒める方に全力を注ぐ。
「手心を加えられてえらいな、ユエ。もうすっかり日本に馴染んでる。立派な平和主義者だ」
「……えっへん。もっと褒めるがよろし」
「いえ、あの……見るからに遊んでそうな上級生が突然、黒髪七三分けになった挙げ句、ビン底伊達眼鏡をかけて、凄く地味な服装に変わったっていう目撃談が多発しているようなのだけど」
「……ハジメを見て鼻で嗤った連中だから仕方ない。己の慈悲深さに感動すら覚える」
「ま、まぁ、確かに警告なしのスマッシュをしなくなっただけでも成長、なのかな?」
「これがどこぞの組織の人間で害意があれば、国外でボランティア活動だからな。将来のために勉強に励む人間にしてあげるなんて、ユエは優しすぎる」
「……ふふ、照れる」
ちなみに、実害がない相手はユエもいちいち相手にしない。無視するだけだ。
それを超えて撮影など軽い害を与えてくる者には、先程と同じ退散させるだけに止めている。
そこに執拗さが加わると興味を抱けなくし、よほど悪質か総合的に見て大学生活の楽しみに弊害が出ると判断した場合だけ性格自体を変える。
という具合に、ユエなりの判断基準があり手当たり次第に性格変更しているわけではないので、確かに自重していると言えばしているのだろう。
「まぁ、私も既婚者だって公言して指輪もしてるのに、下心を持って声をかけてくる人がいるから気持ちは分かるけどね」
「そうね。そういう人に限って根拠のない自信に溢れてるから、基本的に人の話を聞かないし。付きまとわれるくらいなら、ね?」
比較対象がユエだと分が悪いだけで、二人とて人目をガンガンと惹きまくる魅力を持っている。既婚者と名乗って心を砕かれた男は既に数知れず。
既婚者と公言しているのは、もちろん、二人にとって幸福なことであり、そこだけは隠したくなかったからというのが一番の理由だが、男避けというのもあるのだ。
もし名乗っていなければ、今以上に言い寄られていたことだろう。
それを考えれば、認識阻害すら貫通する魅力を持つユエの判断基準を否定はできない。と、ハジメに優しい手つきで頭を撫でられご満悦な様子のユエに苦笑を浮かべる雫と香織。
一応、朝っぱらからユエを見に来ている者達の中には女子もいるのだが、彼女達から小さく「きゃぁっ」と黄色い声が響いてくる。
ユエがあっという間に有名になったのと同時に、ハジメとの仲睦まじさもある程度は広がっているので、それ込みで推している者もいるようだ。
「さて、そろそろ足早にいかないと遅刻しちまう。香織、雫、また後でな?」
「……ん。雫、良さげなお店の情報、お願い。昼休みに、みんなと大学周辺のお店を巡るのはすっごく楽しい」
「ふふ、分かったわ。任せてちょうだい」
手を繋いで寄り添いながら去って行くハジメとユエを見送りつつ、香織と雫は顔を見合わせた。目を見れば分かる。思いは同じであるようだ。
すなわち。
――早く、新しい友達にハジメを紹介したいなぁ
互いにくすりと笑い合い、二人もまたそれぞれの講義に向かうべく足早にその場を去ったのだった。
それから時間はあっという間に流れ。
昼前の全学部共通学科が行われている大講義室にて、春夏秋冬関係なく常にバリエーション豊かな麦わら帽子を被っていることで有名な老教授が少し早めの終わりを告げた。
麦わら帽子を軽く上げて挨拶するのも教授の癖だ。なお、ハジメは一度も教授が同じ麦わら帽子を被っている姿を見たことがない。とんだ麦わら帽子マニアだ。
果たして、全講義が終了するまでの間にコレクションが尽きるところは確認できるのか。ハジメのちょっとした楽しみだったりする。
閑話休題。
五百人は収容できる大講義室の端の方で、前後二列、前にハジメとユエ、後ろにシアを挟んで香織と雫が座っている。
緩やかな階段状になっているので、ハジメとユエは少し見上げる形で振り返った。
「やっぱり教授の話は面白いな。バチカンとか実際の裏の世界を知っている身としては」
「ですねぇ。なのに居眠りしている生徒の多いこと多いこと。なぜでしょう?」
「う~ん、日本人ってもともと宗教にあまり興味ない人が多いから、かな?」
「……なら、なぜこの講義を取ったの?」
「単位欲しさ、じゃないかしら?」
三桁の人数が動けば出入り口も混雑する。なので、人混みが解消されるまでおしゃべりに興じるハジメ達。
なお、受講しているのは〝宗教学概論〟だ。一年生には不人気で、しかし、単位の取りやすさから上級生が穴埋め的によく受ける講義だったりする。
同期があまりいないだろうというのが受講理由の一つだが、興味があったのも事実だ。
歴史と宗教は切っても切り離せず、そして往々にしてオカルト関係は宗教と結び付くことが多い。
オカルトが現実問題として現れ始めている今において、宗教とその歴史を学ぶことも役立つのではと考えたのだ。
実際に役立つかどうかは別としても想像以上に興味深かったのは良いことだ。老教授の話し方が上手いというのもあるだろうが。
「……目的と手段が逆転してるような? まぁ、いいけど。それより雫、お店の情報はゲットできた?」
少しの間、不思議な生き物を見るような目を講義室から出て行く上級生に向けるも、直ぐにキラキラした期待の目を雫に向け直すユエ。
この大学近辺は飲食店が多い。金額の割にボリュームたっぷりな食堂的な店から、ちょっと高めのおしゃれなお店まで。お気に入りの店を見つけるのが、ユエのちょっとしたマイブームなのだ。
しかし、いつもなら期待にしっかり応える雫が、今日は珍しくも歯切れが悪い。何か言いよどみ、困ったような表情にも。
だが、雫がその理由を話す前に、香織の方が先に口を開いた。
「あ、遮って悪いんだけど、ちょっといいかな?」
「……ん? なに、香織? おすすめの店を見つけたの?」
「どれだけお店巡りしたいの。そうじゃなくて」
こちらも少し困った表情だ。訝しむユエ達に、香織はスマホをチラ見しつつ言葉を続けた。
「あのね、どうもハジメ君のことバレちゃったみたいで」
「バレたって……つまり、新しくできた友達にってことか?」
こくりと頷く香織。雫が「香織も同じ話があるみたいね」と苦笑を漏らす。
「まぁ、持ったほうじゃないですかね? うちのサークルの人達も結構前から既にハジメさんのこと特定してましたし」
シア曰く、一月くらい前に根掘り葉掘り聞かれたらしい。
当然ながらユエの存在も既知だったので、シアの言う相手がハジメなら二股じゃないのかと、それは心配そうに、あるいは憤りと共に問い詰められたのだとか。
「聞いてないんだが?」
「言ってないですからね。既に説得済みというか、納得には至らないまでも〝まぁ、とりあえずシアがいいならいいか〟みたいな感じです。いずれきちんと紹介するならOKみたいな?」
良くも悪くも、自分の相棒にぞっこんな人達なので、シアが困っていないなら口は出さないということらしい。
まさに、そういうサッパリしたところこそ、居心地が良いとシアが感じたところであり、サークルに入ることを決めた理由なのだろう。
「まぁ、今の世の中、情報が回るのは早いからな。完全に隠していたわけじゃないし、確かに二ヶ月は持った方か……」
「あはは、そうだね~。絶対に隠したいことじゃないみたいだって、今朝、ハジメ君の車から降りてきたところを見て思ったみたい」
いくら広大な敷地と数多の人が行き交う大学と言えど、同じキャンパスである以上、関係を特定されるのはやはり時間の問題だったようだ。
「こっちも少し前から分かっていたみたいなんだけれど……私に気のある素振りを見せていた人が、どうやらハジメに絡みにいったそうなのよね……」
「……察した。私が真面目君にしたから周囲の子達が引いた?」
「ええ。ハジメのことヤバイ人かもって」
それで様子見をしていたらしい。ハジメが心配そうに尋ねる。
「せっかくできた友達、離れちまったか?」
「何人かはそうね。でも、逆に興味を持ってくれて友達になれた子もいるわ。で、その特に仲良くしてくれている子達がね、いい加減に会わせろっ、話をさせろって」
「あ、雫ちゃんもなんだ。こっちもね、そういう話になったんだ。お昼、学食に連れてきてよって。私の方は、ハジメ君よりユエ目当てな気がしないでもないけど」
香織も雫も困ったような表情ではあるものの、不快には感じていないらしいことが表情から見て分かる。
それだけ気の置けない関係を築けた相手ということなのだろう。たった二ヶ月で、自分達の特殊な関係を教えても良いと判断できるほどの友人を作れる点、香織も雫も流石のコミュ力というべきか。
なんにせよ内心でホッと胸を撫で下ろしつつ、ならば応えねばとハジメは頷いた。
「分かった。そういうことなら今日は学食にしよう。ユエもいいか?」
「……正妻として分からせねばなるまい。いざ、出陣」
「「戦わないでね?」」
フッと笑うユエ様。ちょっと不安になりつつ、香織と雫はそれぞれの友人にメッセージを送り出した。
「それなら私も呼んでみますかね。自由人が多いので来るかは分かりませんけど」
ついでとばかりにシアも連絡を取り始める。
だいぶ人が捌けてがらんとし始めた講義室。ふと、「そう言えば」と香織が尋ねた。
「ハジメ君からは、あまり友達の話、聞かないね?」
「!」
なぜか、ビクッとするハジメさん。
「……香織、どうしてそんな残酷なことを聞けるの?」
「何が!?」
雫とシアが察する。え、まさか……みたいな表情だ。ハジメさん、胸元を手で押さえる。何かが刺さったみたいに。
「まさか……ハジメさん、まだ友達ができてない――」
「い、いいいるが!?」
かつて、こんなに動揺しているハジメを見たことがあっただろうか? 今度は逆にシアと雫が胸元を手で押さえた。居たたまれない。香織も察しちゃう。
「やめろ、そんな目で俺を見るな。本当にいるからな。友達……候補、いや、既に友達といっても過言ではない、と言えなくもないはずの――」
「ごめんね、ハジメ君! もう無理しなくていいから!」
「謝るんじゃない! それは同情という名の暴力だぞ!」
「……ちなみに、私は友達ができた」
「なんで追い打ちをかけた?」
ドヤ顔のユエ様に、まさかの裏切りを受けたハジメがショック顔である。
ちなみに、ユエの場合、友達というか後輩に慕われる先輩みたいな感じだ。
人間離れした美しさは格別、最初の頃は、なんとなく人生経験の差とか人としての厚みのようなものを感じて気後れするところがあったようなのだが、ユエはユエで人たらしである。
同性には気遣いもできるし包容力もある。謙遜はあまりしないが傲慢な感じはなく、むしろ優しい。己に絶対の自信を持っていて揺るぎない雰囲気も伝わってくる。
そんな女性に微笑みかけられ、普通にお話なんてして、あまつさえ気遣われたりなんかすれば、並の女子では抗えるはずもなく。
おまけに、既婚者だ。
男の視線を釘付けにはすれど全く相手にせず、それどころか夫との仲睦まじさを見せつけるように片時も離れない。
それとて、異性に対して感じが悪いわけではなく普通に会話くらいはする。ただ、ハジメに向ける言動とは誰の目から見ても絶対的な差があるのだ。
隔絶した美貌も理由ではあるが、全身で「この人の傍にいることが私の幸せ」と伝えてくる姿には、もはや嫉妬も起きず。
むしろ、そんな夫婦関係には憧憬すら抱くほど。
そんなわけで。
「……連日、女の子達に話しかけられたり遊びに誘われたりして大変」
「もしかして、喧嘩売ってるか?」
夫婦喧嘩の危機。
「……ハジメへの迸る愛情で、うちの学科の男の子達も既に嫉妬を通り越して普通に接してくれてるし?」
「ありがとな。友人ができない俺のために一計を案じてくれて」
優しい眼差しをユエに向けられて、ハジメの表情は盛大に引き攣った。頑張って笑顔を作っているが、声が震えていらっしゃる。
というか、友人ができないって言っちゃった……とシア達がなんとも言えない表情に。
そんなシア達に、ハジメはちょっと視線を泳がせながら言う。
「しょうがないだろ……こっちでも香織達のことが伝わり始めているんだ。確かに、普通に接してくれる奴は増えていたけど……また遠巻きにするようになって……」
「えっと、なんかごめんね?」
「謝らないでくれ、香織。俺だって引くわ。同期の男が、こんな可愛い奥さんがいるのに、リアル一夫多妻を実行してるなんて知ったら、『こいつ、ふざけてやがる!』とか『絶対やべぇ奴だ!』って」
「自分を客観視できてるのねぇ」
雫の苦笑がまたも心に突き刺さる。シアと香織が手を伸ばして肩をポンポンしてくれる。
「だがしかし。だがしかし、だ。希望はある」
「……ん。二人、友達になれそう。一人は元から友達だったみたいだし」
「え? でもハジメさん、アビィはここにいませんよ?」
「お前の中で、俺の友人ポジが遠藤しかいないことはよく分かった」
俺にだって召喚される前からの友達くらいいるわ! と思いを込めてジト目を返すハジメ。香織が口元に手を当てて驚愕をあらわにする。
「そんな……そんな嘘、悲しいだけだよ!」
「嘘じゃないが!?」
「だって私、ずっとハジメ君を見ていたんだよ! 高校からだけど、ハジメ君が男子と遊んでいるなんて情報、一度も掴んだことないよ!」
「ナチュラルに怖ぇこと言うのやめてもらっていいか?」
そんなだからユエに〝ストーカオリ〟〝ヤミ崎バカオリさん〟とか言われるのだ。と視線で返しつつ、
「本当にいるんだよ。……中学入りたての頃からの付き合いでな、何度も背中を預け合った戦友とも言える奴だ」
「ね、ねぇ、ハジメ。それってもしかして、イマジナリーフレ――」
「言わせねぇよ!?」
今日のハジメさんはテンション高めだ。ごほんっと咳払いして心の安定を図る。
「偶然にも同じ大学、同じ学科に入学していたことを最近知ったんだよ」
「? そんなご友人が同じ学科に入学していたのに、知ったのは最近なんですか?」
「……そうだ」
「ハジメさんともあろう人が気が付かなかったと? あれ? というか、そのご友人が、なんで〝友人候補〟に下がってるんです?」
「…………それは、なんというか……」
「……シア、それはしょうがない。ハジメとその子、今まで一度も会ったことなかったらしいから」
「「「やっぱりイマジナリーフレ――」」」
「だから言わせねぇよ!」
すっかり人が少なくなった講義室だが、いるにはいる。弁当を食べている少数グループが、ハジメに同情的な眼差しを向けていた。聞こえていたらしい。
それを極力無視しつつ、ハジメは絞り出すように言った。
「俺はゲーマーだぞ。当然、ネットゲームもよくやってた」
「「あ」」
雫と香織はピンッと来たようだ。そう、つまりハジメの会ったことはないけど背中を何度も預け合った戦友というのは他でもない――ネトゲ友達だ。
奇しくも、VRゲームを発展させたいという同じ夢を持っていて、その話の中でお互いのことに気が付いたのである。
――ま、まさか君は……〝土下座師範〟か!?
――そういうお前は……〝至上のケツアゴ〟!?
ちなみに、ふざけているわけでも頭がおかしくなったわけでもない。ユエが一瞬そういう目で二人を見たが、ネトゲをする時のハンドルネームである。
ちなみにパート2だが、〝至上のケツアゴ〟さんは別にケツアゴではない。ケツアゴに憧れているだけのごく普通の青年である。スキンヘッドで眉毛もなかったりするが。
「お互い、リアル生活を犠牲にしながらも数々の困難を乗り越えたゲーマーだからな。偶然のオフ会にテンションも上がったし、会話自体も意気投合したんだが……」
ちなみに、ケツアゴの高校時代の友人も一緒に入学しており、彼こそ二人目の友人候補である。
小柄で気の弱そうな眼鏡キャラだが、FPS系のプロゲーマーチームに勧誘されるほどゲームでは強気で、実際に強いらしい。なお、ハンドルネームは〝伊達真眼鏡〟だ。彼の視力は左右とも0.1で伊達ではないが。
「なるほど。ハジメさんのただれたリアル生活を知って様子見されてるんですね?」
「〝ただれた〟の部分、必要あったか?」
再びジト目になるハジメに、ユエが提案する。
「……ハジメ。二人も呼んだら? せっかく私達の関係をそれぞれの友人に話すなら、一緒に、ね?」
実際、ユエの目から見てもケツアゴ達は良き人に見えた。ハジメとユエが結婚していることを聞いた時、最初に出た言葉が「そうだったのか……おめでとう、土下座」と祝福の言葉である辺り、確かに人柄が出ている。
「いや、やめておこう。今度、久しぶりにゲームをしようって話になったからな、その時にでもゆっくり話すさ」
「……ふふ、そう。分かった。楽しんで」
「おう」
と、その時だった。そろそろ移動しようかと席を立った直後、ハジメのスマホが着信を伝えてきた。
懐からスマホを取り出し画面を見た途端、ハジメの表情が嫌そうなものになる。
「……ん? ハットリから?」
「みたいだな。ちょっと待っててくれ」
画面を覗き込んだユエの言葉に、なんとなくこの後の展開を察して「あちゃ~」みたいな顔になるシア達。
「……服部さん、俺、今、大学なんだが?」
第一声でこちらの状況を牽制がてら伝えるが……
物凄く面倒そうな顔になっていくハジメ。会話の内容は分からないが、少しだけ漏れ聞こえる服部――帰還者対応課のリーダーの声は実に必死だった。こう、恥も外聞もなくお願いしている感じというか。
見るまでもなく、電話の向こうでへこへこと頭を下げているのが分かる。
やがて電話を切ったハジメは、盛大な溜息を吐いた。
そして、なんとも申し訳なさそうな表情で香織達へ謝罪を口にした。
「悪い。ちょっと服部さんのヘルプに行ってくる」
「何か問題? 私達も手伝いましょうか?」
雫が真剣な表情で問うてくるが、ハジメは片手をひらひらと振った。
「いや、深刻な話じゃない。今、裏で他国との情報戦がどんどん激化してるのは知ってるだろ?」
世界各地に現れた超自然的現象を起こせる者達。その確保と力の解明に、各国が動き出しているのは周知のこと。
そして、服部率いる対応課が、その最前線で戦うチームの一つであることもまた周知のことだ。
「その件で、秘密裏に交渉を持ちかけてきたところがあるらしい。上手くいけば俺達も服部さんも面倒事への対応が大幅に減りそうなんだが、時間的余裕がちょいとないみたいだ」
詳しい話は分からないが、とにかくハジメが必要らしい。
実は、こういう外交的なやりとりでハジメが呼び出されるのは珍しくない。これも多忙の理由の一つだ。
そして、ハジメが動くのは何もメリットのためだけではかった。
「服部さんには表でも裏でも頑張ってもらってるからな。あの人の頼みなら、そう無下にはできないだろ。胃が穴だらけになっちまうし」
対応課に出入りしている浩介曰く、回復薬入りエナドリや特製胃薬でも修復が間に合ってなさそうとかなんとか。
「そういうことなら仕方ないね。頑張ってね、ハジメ君」
「ああ。ほんと悪いな。友人達にも謝っていたと伝えてくれ。そうだ、なんだったら学食じゃなく予定を合わせて親睦会を開くのもありじゃないか?」
「それいいね! きっと喜ぶと思う! 伝えておくね!」
「お互いの友達同士でも友達になれそうですね。いいじゃないですか」
「あら、それならせっかくだし男子も呼びましょうか? 普通に同期として接してくれる良い人達だから、ハジメとも仲良くしてくれるんじゃないかしら?」
「ナチュラルにオカン属性を発揮するのやめてくれるか?」
「誰がオカンよ!」
とはいえ、同性の交友関係が広がるのはハジメ的に大変嬉しい。それぞれの女友達だけ呼ばれると、十数人の中に男がハジメ一人という酷い噂が立ちそうな絵面になる。
雫達が良い人というなら問題ないだろうし、それならケツアゴと伊達真眼鏡も呼んでみてもいいかもしれない…………とか思いつつ。
「あと、午後の授業だが……」
「……ん。そっちも大丈夫。過去視で見られるよう記録しとく」
「助かる」
言わずとも分かってくれているユエに笑みを返して、「それじゃあ、また後でな」とハジメは足早に去って行った。
その背を見送りながら、
「さて、それじゃあ断りの連絡を入れるわね?」
と、雫がハジメの急用を友人達に伝えようとする。が、ユエが待ったをかけた。
「……待って。そのまま集めて構わない」
「え? でも肝心のハジメがいないわよ?」
香織とシアも首を傾げる中、ユエはフッと笑みを浮かべた。
そうして、
「……親睦会でハジメが質問攻めにされないように、私があらかじめ分からせておく」
「「「何をする気!?」」」
「……大丈夫、安心して。午後の講義が始まるまでには満場一致で私達は祝福されるから」
「「「一つも安心できない!!」」」
「……いざ、出陣!!」
「言葉のチョイス間違えてないかな!? かな!?」
「〝神言〟とか使ったら流石に怒るわよ!?」
「ちょっ、ユエさん! 具体的に何をする気なのか教えてくださいよぉ!」
一人、さっさと歩き出してしまったユエの後を、シア達は若干の不安に駆られながら追いかけたのだった。
一方その頃、教育学部の学舎では。
「おい、玉井」
「おおう?」
玉井淳史が数人の男子に声を掛けられていた。
「お前、あの南雲って奴と友達らしいな?」
「あ~、うん。まぁな」
曖昧な笑みを浮かべたのは、友達であることを否定したかったからではない。自分に迫る男子達の表情が険しかったからだ。
そのうちの一人、確かボクシング部に所属していたと記憶している相手が、そのごつい手を淳史の肩に置いた。
「ちょいと面貸せよ」
「ははは………………」
その手にちらりと視線を落としつつ。
ちょびっとだけ、同じ大学にしちゃったの早まったかなぁと、淳史は乾いた笑い声を上げたのだった。内心で盛大に溜息を吐きながら。
いつもお読みいただきありがとうございます。
感想・意見・誤字脱字報告もありがとうございます。
シアのバイクについて、複数の方がススメてくださったVーMAXにさせていただきました。パワーのあるバイクをパワーで捻じ伏せそうな感じがシアに合うなと。こういうの考えるのって楽しいですよね。何はともあれ、たくさんのご意見ありがとうございました!