「男として死ぬなら」と崖に立った 取り戻せた私、手術なし性別変更
最初の「違和感」は4歳の時だった。
いつも一緒に遊んでいた女の子と、近所の銭湯で偶然会った。その子のからだは、明らかに自分のからだと違っていた。
「私は女の子じゃないんだ」。そう自覚した瞬間だった。母に聞くと、こう言われた。
「神様が間違っておちんちんをつけたの。だからつけておきなさい」――。
「おとこおんな」と呼ばれ、いじめられた
大井まりあさん(63)=札幌市=は幼少期から病弱だった。母は医者から「3歳まで生きられないかもしれない」と言われていた。元々女の子が欲しかった母は、「長く生きられないのなら女の子として育てよう」と考えた。
本名とは別につけた「マリア」という名前で呼び、かわいらしい洋服を着させてくれた。
遊びは、ままごとや人形遊びが中心。一緒に遊ぶのも女の子ばかりだった。
男子用の制服を着て通い始めた幼稚園。いじめを受けるようになった。「おとこおんな」と呼ばれ、たたかれた。
小学校に入ると、いじめはエスカレートした。
ハエの死骸を入れた給食のスープを無理やり飲まされた。椅子に敷いた座布団の中に画びょうを仕込まれ、座ってしまった。
先生に相談しても、「お前が男らしくないからだ」と取り合ってくれない。父からは「女々しい」と怒られた。母にいたっては教育方針を変え、「男なんだから」の一点張り。八方ふさがりだった。
8歳の時、ラジオでたまたま聴いたフルートの演奏に感動し、母にフルートを買ってもらった。中高でも「オカマ」といじめられたが、吹奏楽部でのフルート演奏には熱中できた。
大学の学部は、ほぼ100%が男子だった。男でいることを強いられ、「男を演じなきゃいけないことがつらかった」。
早く死んで、女に生まれ変わりたい
恋愛対象は女性。アルバイト先で知り合った女性と結婚した。23歳。「結婚すれば男性として生きることに、自分の中で折り合いがつけられる」と思った。
でも、勤務先では男社会になじめなかった。飲み会が嫌で、拒むと「付き合いが悪い」と疎まれた。職場を転々とした。
抑圧感、仕事のストレスが重なり、心のバランスを保てなくなった。44歳で、双極性障害と診断された。仕事はできなくなり、妻とは離婚した。
薬による治療で少しずつ、状態は良くなったが、1人になり、先のことを考えた。このまま男の体で老いて死ぬのか。それなら早く死んで、女に生まれ変わりたい。
2022年4月のある日。60歳を前に、何度も下見をした室蘭市の断崖絶壁から飛び降りて死のうと思った。
早朝4時の暗闇。すぐに死ねると思ったが、なかなか決心できない。何分経ったか、何十分経ったか。前のめりに飛び込もうとした瞬間、年配の女性から「やめなさい」と抱え上げられた。
精神科に入院した。主治医は泣きながら「生きててくれて良かった」と言ってくれた。「このまま死ねずに生きるなら、女として生きたい」。そう主治医に打ち明けると、背中を押してくれた。
「すべてが自分を取り戻す作業だった」
それまで、性的マイノリティーのことは知っていたが、自分とは縁のないことだと思っていた。女として生きることは諦めていた。でも、カミングアウトすると「霧が晴れたようだった」。
退院後、男物の衣類は捨て、下着も服も女物に替えた。戸籍の名前を、かつて母が呼んでくれた「まりあ」に変えた。女性の体になるため、ホルモン療法も始めた。
戸籍の性別も「女」に変えたかったが、性別適合手術を受けないといけないことに疑問を感じていた。手術を受けない人や、受けられない人のための団体「ノンオペ・トランスジェンダー北海道」を立ち上げた。
心臓疾患があり手術を受けていない自身も、札幌家裁に性別変更を申し立て、今年8月末に認められた。「手術なし」で認められるのは、全国でもまれなケースだった。
病院の診察券を男性を表す「M」から女性の「F」に変えてもらい、性別変更を実感した。マイナンバーカードの性別も「女」になった。
「カミングアウトしてから、すべてが『自分』を取り戻す作業だった。同じ思いで苦しむ人たちに『何とかなるんだ』って伝わってほしい」
この春から、憧れていた着物店で働いている。月に一度、老人福祉施設などでフルートの演奏会も開く。聴いてもらう人たちには、自分のすべてをさらけ出してから演奏するようにしている。
「だって、私は私だから」
札幌家裁「外観要件」を違法と判断
生まれた時の性別とは異なる性別で生きるトランスジェンダーの人たち。「性同一性障害特例法」は、戸籍上の性別を変えるのに五つの要件を定めている。そのうち「生殖腺がないか、その機能を永続的に欠く」(生殖不能要件)と「変更する性別の性器に似た外観を備えている」(外観要件)を合わせて「手術要件」と呼ばれている。
最高裁は2023年10月、「強度の身体的侵襲である手術を受けるか、性自認に従った法令上の取り扱いを受ける重要な法的利益を放棄するかという、過酷な二者択一を迫っている」として、生殖不能要件は憲法13条に反して「違憲・無効」とする決定を出した。
しかし、外観要件は判断を示さなかった。大井さんのようなトランス女性が外観要件を満たすためには、これまでと変わらず陰茎や精巣の切除などの手術が必要になる――。当事者や支援者の間には、そんな不平等が生まれる懸念が広まった。
ところが今年9月、札幌家裁が外観要件を違憲・無効とし、性別変更を認める初の司法判断を示した。「外観要件を課すことは医学的な合理的関連性が認められない」と言及した。
代理人を務めた須田布美子弁護士(札幌弁護士会)は「身体的、経済的事情から性別適合手術のみならず、ホルモン療法をも受けられないトランスジェンダーにも性別変更の道を開くもので、意義の大きい判断だ」と評価する。
この家裁決定は、ほかの裁判所の家事審判に拘束力はないものの、同種の家事審判に影響を与える可能性がある。
「トランスジェンダー入門」の共著などがある高井ゆと里・東京大学特任研究員は「トランスジェンダーの人たちは権利保障されない現在のマイナス状態をゼロにしたいと言っているだけ。医療と法律をセットにすることは、いらぬ差別を生む。国には法整備で解決する責任がある」と話す。
◇
札幌弁護士会は「にじいろ法律相談」として、毎月第2火曜日と第4金曜日に、弁護士による無料電話相談(080・6090・2216)を実施している。
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