家賃

「・・・やられた」

パンと牛乳しか入っていないはずのコンビニ袋のなかに仔実装と蛆実装が紛れ込んでいる
どうやらコンビニを出たときに放り込まれたようだ
先週行われた一斉駆除のおかげで野良実装がほとんど見当たらなかったせいで完全に油断していた
俺は実装石を虐待する趣味を持ち合わせているわけではない
しかし、飼育したいと思うほど実装石が好きなわけでもない
飼えない以上はどこかに放してやるぐらいしか解決法は無さそうだ
何処に逃がそうかと考えていると、俺が見ている事に気付いた仔実装は左手で蛆を抱き上げ、テッチュンと鳴いて右
手を顔の横に当てた
どうやら俺に媚びているようだ
まぁ、媚びられたからといって考えを変えるほど俺は優しくもヘタレでもない
「いや、媚びても何もないぞ?
 俺はお前らを飼うつもりは全くない
 明日にでも公園に放してやるからおとなしくしてろ」
 
俺の言葉を聞いた仔実装は表情が凍りつき、左手に抱えていた蛆実装をポトリと落とした
いきなり落とされた蛆実装はレフェェと情けない声で泣きはじめた
しかし、仔実装の立っていたパンの袋がクッションになったらしく蛆に怪我は無かった

「お前らには悪いがいきなり袋に紛れ込んできた実装を飼うほど俺の心は広くないんでな
 別に危害を加えたりはしないしそのパンも食べていいからおとなしく諦めてくれ」

そう言って俺が袋の口を結ぼうとすると、仔実装が必死の形相で何か喋りかけてきた
残念なことに俺はリンガルを持っていないので態度や喋り方で判断するしかないのだが、
どうやらこいつは俺に飼ってくれと懇願しているようだ
まぁ、いくら一斉駆除の後だとはいっても仔実装と蛆だけで生きていけるほど野良の世界は甘くないのだろう
もう一度媚を売ったり糞を投げて暴れたりしないところを見ると、こいつはそれなりに賢い個体のようだ

いつまでも俺に向かって頭を下げて何か喋っている仔実装を見ていると、少しばかり意地の悪い考えが浮かんできた

「そこまでするんならしかたない、お前らを飼ってやるよ」
俺の言葉を理解したらしい仔実装はテッチューと声をあげ蛆を抱きしめた
飼いになれた嬉しさではしゃいでいる仔実装とよくわかっていないがとりあえずはしゃいでいる蛆
しかし、2匹のはしゃぎ声は俺の言葉によって遮られた
「・・・ただし、それには条件がある」
2匹はきょとんとした表情で俺の顔を見つめる
「この部屋は俺の住処だ
ここで暮らしたいのならお前らから家賃を貰うことにする」
仔実装はなんで自分がそんなことをしなければいけないのかとでも言いた気に喚いていたが
「文句があるのなら今から公園に捨てに行くぞ?」
と言うと仔実装は静かになった
「家賃といってもお前らから金を取ろうとは思っていない
 持っていないものは出せないだろうからな
 家賃はお前の髪の毛で貰う」
 
家賃が自分の髪だと聞いた仔実装はまた喚き始めた
いくら仔実装だといってもあまり騒がれると近所迷惑になる
俺は喚き散らす仔実装の頭を軽くはたいた

「話を最後まで聞け
 いきなり髪の毛を全部貰ったりはしない
 今日はもう遅いからの家賃は1本だけだ
 ただ、明日以降は朝に前の日の倍の本数を貰うことにするがそれでいいか?」

仔実装は下を向いてしばらく考え込んでいたが、やがてゆっくりと顔を上げて大きく頷いた
髪の毛を少し失うことよりも飼いになれることを選んだようだ

「その態度は家賃を払うということでいいんだな?
 それじゃぁ今日の分の家賃を頂くぞ」
俺は仔と蛆の髪の毛を一本ずつ鋏で切った

その日から、俺は仔実装と蛆実装の飼い主となった
飼ってやると約束した以上はそれなりの待遇でもてなしてやった
寝床は余っていたダンボールに細く千切った新聞と古くなったバスタオルを入れたもの
餌は特に高級な品ではない一般的な実装フードを朝と夜に与えた
オモチャは缶コーヒーについていたミニカーを寝床に入れておいた
会社から帰ってくれば蛆の腹をかるくつついてやったりもした
仔も蛆も俺によく懐いている
もちろん、毎朝仕事に出かける前には家賃を徴収している
初めのうちは髪を失うことに抵抗があったようだが、
痛くないように鋏で切ってやっていることと失う本数が少ないせいかしばらくすると仔実装は自分から髪の毛を差し出
すようになった

一日目は1本、二日目には2本、三日目には4本
初めのうちは失う本数が少なく仔実装の見た目にほとんど変化がなかった
仔実装は毎日が楽しくてしかたがないといった様子で蛆と遊んで暮らしている

それでも、一週間が経過するころには前髪の生えている面積が少し小さくなりはじめた
細い仔実装の髪を一本ずつ数えながら切る作業はそれなりに時間がかかる
正直なところかなり面倒くさい作業ではあるのだが、自分で決めた以上は最後までやり遂げたい

この頃から仔実装は風呂に入れてやるときは意識的に鏡を見ないようにし始めた
家賃の徴収の時も自分からやってくるようなことがなくなりって俺が呼ばない限り俺との間に一定の距離を保とうとする
どうやら日に日に自分の姿が変わっていくことを嫌がっているらしい

朝目覚めても以前のように笑うことは無くただ事務的に蛆を起こし朝食を食べる
俺が会社から帰ってきてもちらりとこちらを見るだけで何もしない
蛆と遊ぶ時も蛆に見えないように憂鬱そうな表情を浮かべていることがある

夜になってもなかなか眠ろうとはせずに一人でミニカーで遊ぶようになった
酷い時は夜中の2時を過ぎてもミニカーのタイヤが転がる音が聞こえていた

そして十日が過ぎるころには仔実装の前髪は全てなくなり後ろ髪も片方だけになっていた
仔実装は風呂に入ることを拒否し、部屋においてある時計などの時間に関係のある物全てを恐れるようになっていた
最初の頃は喜んでみていた仔実装向けのテレビアニメすらも見なくなった

しかし真実は残酷なものだ
時計が無くても日は昇る
朝が来れば家賃を取られる

もう仔実装が笑うことは無く、俺が話しかけても焦点の定まっていない虚ろな瞳でどこか見つめている
餌を与えてもほとんど食べようとはしなくなり、小さな物音にも酷く怯える
時折、前髪の生えていた辺りをさすりながら涙を流している姿も見かけるようになった
俺が寝るために部屋の電気を消すと頭からバスタオルに潜り込みガタガタと震えていた
気絶するように眠りに堕ちてからも苦しそうにうめいている時があり、そろそろ精神的な限界が近いらしい

どれだけ仔実装が怯えたところで11日目の朝はやってくる
本当ならば今日で仔実装の髪は全て無くなるはずだ
けれど、俺はもう家賃として髪を貰ったりはしない

最初は『仔実装は倍々に増えていく家賃の意味に気付くのだろうか?』という好奇心を満たすだけのつもりだった
案の定、仔実装は日数が増すごとに増える負担に気付く事無く俺の提案を呑んだ
最初のうちはそんな仔実装の様子がほほえましかった
しかし、時間が積み重ねられるごとに冗談だとは言い出せなくなった

その気になればこの家から出て行くことも可能であったのに妹である蛆と暮らすために健気に髪を差し出す仔実装に冗談
だったとはとても言えなかった
仔実装の苦悩は俺の苦悩でもあった
だが、もう俺の、いや、俺達の苦しみは消え去る

今日こそ仔実装に全てを話す
心の底から彼女達に謝りたい
仔実装の髪はもう元には戻らないけれど今は質のいい実装石用のカツラも販売されている

最初は実装石に興味を持っていなかったが健気に生きる彼女達の姿を見るうちに考えが変わった
もし、彼女たちが望むのならこの家で一緒に暮らしたい
もう今までのように家賃を請求したりはしないから

「もう朝だぞ
 飯にするからいいかげん起きろ」

仔実装たちを起こすために俺が仔実装たちの寝床を覗き込むと、
その中には前髪を毟られ息絶えている蛆実装と
蛆の前髪を片手に握り、もう片方の手で残った髪を自分の首に巻きつけて窒息死している仔実装だったモノが並んで横たわっていた

スク引用元:実装石虐待保管庫