田中澄江たなかすみえ
1908~2000
脚本家・作家
脚本家・作家の田中澄江。激動の時代を生きる女性を描いた映画やテレビドラマの脚本を数多く手がけ、多くの人の共感を呼んだ。また、山の自然や草花を愛し、随筆集「花の百名山」を書いたことでも知られている。
田中澄江は明治41年、東京で生まれた。学生時代から詩や短歌を発表し、卒業後も創作活動を続けた。昭和9年、劇作家の田中千禾夫と結婚。戦後は3人の子どもを育てながら、映画などの脚本を手がけた。代表作に成瀬己喜男監督の「めし」などがある。昭和30年代には、朝の連続テレビ小説「うず潮」や「虹」を始め、テレビドラマの脚本に力を注ぎ放送文化賞を受賞した。
一方、趣味の登山を長年にわたって続け、高山植物の花々との出会いを何より大切にした。こうした体験をもとに、72歳の時に随筆集「花の百名山」を発表した。野の花と自らの生き方を重ね合わせる田中澄江。その人生観が語られる
田中澄江たなかすみえ
脚本家・作家
脚本家・作家の田中澄江。激動の時代を生きる女性を描いた映画やテレビドラマの脚本を数多く手がけ、多くの人の共感を呼んだ。また、山の自然や草花を愛し、随筆集「花の百名山」を書いたことでも知られている。 田中澄江は明治41年、東京で生まれた。学生時代から詩や短歌を発表し、卒業後も創作活動を続けた。昭和9年、劇作家の田中千禾夫と結婚。戦後は3人の子どもを育てながら、映画などの脚本を手がけた。代表作に成瀬己喜男監督の「めし」などがある。昭和30年代には、朝の連続テレビ小説「うず潮」や「虹」を始め、テレビドラマの脚本に力を注ぎ放送文化賞を受賞した。 一方、趣味の登山を長年にわたって続け、高山植物の花々との出会いを何より大切にした。こうした体験をもとに、72歳の時に随筆集「花の百名山」を発表した。野の花と自らの生き方を重ね合わせる田中澄江。その人生観が語られる








