BLUE ARCHIVE -SONG OF CORAL-   作:Soburero

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Q.セリカ誘拐事件は?
A.それを計画していた奴らが前話の冒頭でぶっ飛ばされたので、誘拐事件はキャンセルです!


5.アウトサイダーズ

「続いてのニュースです。昨夜、MKロジスティクスの配送倉庫で爆発が発生、建物が全壊しました。」

 「現場には爆薬と砲弾の痕跡が発見されたとのことで、ヴァルキューレ当局は事件性があるとみて、捜査を進めています。」

 「また同時刻、同社事務所にて社長が銃撃される事件が発生し、当局は爆発事故と関連があるとみていますが、詳細は分かっていません。――――。」

 

 古びたベッドに腰掛けながらニュースフィードを見つめる。

 どうやら、昨日したことが騒ぎになったらしい。

 あれだけ派手にやったのだから、当然ではあるのだが。

 

(あなたの仕事がニュースになっています。すっかり有名人ですね、レイヴン。)

 

(からかうな。証拠はあまり残していないから、追跡される心配はないはずだが……。)

 

 残していない、というより、倉庫は破壊したから、そもそも残らない。

 レイヴンがやったという証拠は出てこないだろう。

 問題はオフィスの方なのだが――。

 

(まず問題ないでしょう。どちらの事件もキヴォトスでは日常茶飯事ですから。)

(捜査が打ち切られるまでそう時間はかからないはずです。)

 

(……それもそうか。)

 

 エアの言う通り、キヴォトスで銃撃事件は日常茶飯事。

 大方、社員が反乱を起こしたと処理されるのではないだろうか。

 そうなると、俺が抱え込んだドライバーが少々気の毒ではあるが、まあこれも巡り合わせだろうと考えておく。

 やっぱり、この世界の常識に慣れるのは、まだ時間がかかりそうだ。

 

 "あっレイヴン、おはよう。よく眠れた?"

 

 「ああ、おかげさまでな。アビドスの状況は?」

 

 ”大きくは変わらないかな。でも、レイヴンのおかげで、今月は乗り切れるみたい。”

 

 「そうか、ならいい。」

 

 先生が軽くノックをしてから、部屋に入ってくる。

 ニュースフィードを指で弾いて、視界の端へと押しのける。

 実は昨日、アビドスに戻って先生からの説教を受けた後、連日の仕事と先の仕事の徹夜明けで疲れ切っていた俺は、部屋に戻りベッドに倒れこむと、そのまま今日の昼まで一切起きることなく熟睡していた。

 そんな俺を気遣ってか、先生もアビドスも、俺をそのまま寝かせてくれていたようだ。

 

 ”そうだ、実は差し入れがあるんだ。”

 

 「差し入れ?何だ。」

 

 差し入れとは、そんなことをされるほどのことをした覚えはないのだが。

 できれば、ピンが抜かれた手榴弾でなければありがたい。

 先生が手から下げていた袋から、ラップのかかった赤いどんぶりが1つ出てきた。

 

 ”はい、これ。柴関ラーメン特製、チャーシュー丼。寝起きには重いかもしれないけど。”

 

 「……ありがたいが、どうしてこれを?」

 

 ”実はさっき、アビドスのみんなでラーメンを食べに行ってたんだ。”

 ”レイヴンも頑張ってるし、何かご褒美があってもいいと思って、大将に頼んだんだ。”

 ”お代は私が払ってあるから、遠慮なく食べてね。”

 

 「……そう、か。なら、そうさせてもらう。」

 

 こいつ、どこまでお人好しなのだろうか。

 そのうち誰かを庇って銃撃で死ぬんじゃないだろうか。

 この大人ならやりかねない。

 まあ厚意は厚意として、ありがたく受け取ることにした。

 

 どんぶりを受け取ると、まだ熱が残っていることに気づいた。

 急いで持ってきたのか、ついさっき作ってもらったのか、おそらく両方だろうな。

 ラップを外すと、何とも言えない芳醇な香りが鼻をくすぐった。

 においだけで食欲がわいてくる。

 不思議な感覚だ。

 スプーンを刻まれたチャーシューの中に沈め、白飯と共にすくい上げ、そのまま口へ運ぶ。

 

 「……!」

 

 舌にのせた瞬間、まずうま味が脳を刺激する。

 早く次を食わせろと、口の中に唾液があふれていく。

 次に塩気と甘み、どちらかに偏っていることのない、絶妙なバランスだ。

 奥歯に運んで噛み潰せば、さらにうま味がしみだしてくる。

 いかんな、咀嚼が止まらない。

 2口目は、ゆでもやしと共に。

 ホロホロのチャーシューとシャキシャキのもやしが調和する。

 食べていて楽しいという感覚は初めてだ。

 ネギも添えれば、鼻に抜ける強い香り。

 これがまた、たっぷりかけられたタレとよく合う。

 半分に割られた煮卵も、半熟かつ味が染みている。

 箸休めにと思って食べたが、休める気が全く起きない。

 先生が隣にいることも忘れて、目の前のごちそうにがっついてしまう。

 

 ”口に合ったみたいだね、良かったよ。”

 

 「……何故わかる?」

 

 ”その様子でわかるし、それに……。”

 ”……耳、パタパタ動いてるから。”

 

 「……むっ。あまり見るな……。」

 

 心の中を見透かされたようで、妙に気恥しい。

 動きを抑えるために、手で耳を抑えるが、隠せるのは片方だけ。

 結局もう片方は、今も自分の意に反して動き続けている。

 

 ”あはは、ごめんね。”

 ”お皿は明日にでも一緒に返しに行こう。”

 

 「ああ、そうしよう。」

 

 柴関ラーメンか。

 チャーシュー丼がこれだけ旨いなら、きっとほかのメニューも旨いはずだ。

 店に着いたら、まず何を食べようか。

 明日の楽しみが出来た。

 そんなことを考えながら、再び目の前のチャーシュー丼をかきこむのだった。

 

 ――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 「あ、レイヴンさん、おはようございます。」

 

 「ああ、おはよう。」

 

 教室に入ると、すでに全員集まっているようだった。

 彼女たちにとっては、これが日常なのだろう。

 いつの間にか、俺にとっても日常になり始めている。

 

 「おっ、ビッグなアウトローのお目覚めだねー。」

 

 「ホシノ先輩、あんまりレイヴンをからかわないで。」

 

 「ふふっ、レイヴンちゃんのおかげで、借金の返済に一歩近づきました。ありがとうございます!」

 

 「むぐっ、ほほひ、ははしへふへ(ノノミ、放してくれ)。」

 

 「うふふっ、ダメでーす☆」

 

 突然ノノミに抱きすくめられる。

 しかも、頭を胸元に抱え込むような形でだ。

 視界は真っ暗だし、身動きも取れない。

 俺の方が身長が高いから、腰と膝を軽く曲げることになる。

 体を軽く揺すった程度では、ほどける気配もない。

 こいつこんなに力が強かったのか。

 

 「うん、これなら本当に借金を返しきれるかも。」

 「……やり方は、ちょっとアレだけど……。」

 

 ”まあまあ、状況としては仕方なかったから。”

 

 「ぷはっ、ハァ……。それで、これからどうするんだ、アビドス?」

 

 何とか頭の拘束を振りほどき、背骨をまっすぐ伸ばす。

 今度はノノミが俺に抱き着くような形になったことで、ノノミの頭がちょうど俺の胸あたりにきている。

 ちょっと寂しそうな顔をしながらも、こちらを放す様子はない。

 いい加減放してくれ。

 お前に抱きしめられると苦しいんだ。

 

 「うーん、今のところは、今まで通りやるしかないよねぇ。」

 

 「そうですよね、カイザーがレイヴンさんに引っ掛かってくれれば早いんですけど……。」

 

 ”こればかりは、相手の動きを待つしかないよね。”

 ”連邦生徒会でも調べてるんだけど、明確に違法って証拠は、中々出てこなくて……。”

 

 まあ、そうだろうな。

 連中も、影の中の歩き方は心得ているだろう。

 情報を掴めるかどうかは、俺に掛かっているのも変わらないようだ。

 それとノノミ、どんな顔をしたところでもう抱きしめさせてはやらんぞ。

 ふくれっ面をしてもダメだ。

 

 「やっぱり、カイザーの銀行を襲うのが1番いい。5分で1億。」

 

 「それは会議でダメって言われたでしょ!?」

 

 「そうですよ、シロコ先輩。先輩の計画、かなり無理が、って、あれ……?」

 

 「……?アヤネちゃん、どうかしましたか?」

 

 アヤネが手元のタブレットで何かを確認し始める。

 内容は大方予想はつくが、奴らも飽きないものだ。

 それとも、これだけのコストを投じてでも、アビドスを手に入れる価値を見出しているのだろうか。

 

 「……大規模な集団が、アビドスに向かってきています!エアさん、解析お願いします!」

 

 「まさか、またヘルメット団?」

 

 「……それならいいがな。」

 

 『解析完了。ゲヘナ学園所属、便利屋68、および傭兵が複数。傭兵は便利屋に雇われているようです。』

 『おそらくは、カイザーが便利屋に依頼を出したのでしょう。』

 

 なるほど、今度はプロを雇ったらしい。

 プロといっても、やっているのは生徒だろうから、練度などたかが知れているだろうが。

 それでも油断は禁物だ。

 

 「はあぁ!?あいつらホンっとに諦めが悪いわね!」

 「っていうか便利屋もなんでそんな依頼受けるのよ!ラーメンも無料で特盛にしてあげたのに!」

 

 ”……向かってくる以上、戦うしかない。”

 

 「待て、俺に考えがある。」

 

 ”……また一人で突っ込むとかだったら、今回は駄目だからね。”

 

 「安心しろ。今回はちゃんとした作戦だ。」

 

 相手も俺も傭兵だ。

 どう対処すればいいかは、俺もよく知っている。

 ここは、フラットウェルの手口を使わせてもらおう。

 

 「エア、奴らに回線を繋げ。」

 

 ――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 「はぁ、気が重い……。」

 

 陸八魔アルは、報酬につられて依頼を受けたことを後悔していた。

 まさか、柴関ラーメンでよくしてくれた人たちと、これから戦わなければならないなんて。

 不幸な巡り合わせか、それとも悪魔のいたずらか。

 いずれにせよ、私の心には不安が重く圧し掛かっていた。

 

 「もーしっかりしなよアルちゃん、仕事受けちゃったんだし。」

 

 「そうだよ社長、受けた以上こなさないと。」

 

 「ア、アル様、やっぱり私が1人で全員ぶっ潰してきましょうか!?」

 

 そんな私の様子を見かねてか、便利屋68の社員達が私を鼓舞する。

 正直アビドスには本当に申し訳ないとは思っているが、これも真のアウトローに至るための試練として、何とか自分を奮い立たせる。

 

 「だ、大丈夫よハルカ!私は便利屋68の社長なのよ!この程度じゃへこたれないわ!」

 

 「あれー、さっき気が重いって落ち込んでなかったっけ?」

 

 「ムツキ、今それはいいでしょ!?」

 

 「……ハァ。」

 

 いつも通りの社員達の様子に、わずかだが緊張がほぐれていく。

 本当にいい仲間たちを持った。

 ただ……。

 

 オワッタラナニタベル?

 カケソバガイイナ、エキマエノ。

 アー、アソコオイシイヨネ。

 

 全財産をはたいて雇った傭兵たちは、やる気が出ている様子が全く見えない。

 まあ、時給を値切りに値切って何とか雇った人たちだから、自業自得といえばそれまでなのだが。

 本当に不安でしょうがない。

 どこかから助け舟でも出てくれないか、と考えていると、唐突にスマホのスピーカーから聞きなれない女性の声が響いてきた。

 

 『通信で失礼します。独立傭兵レイヴン、オペレーターのエアです。』

 

 「えぇ!?なになになに!?」

 

 「ハッキング!?どうやって……!?」

 

 どうやらこの場にいる全員のスマホを瞬時にハッキングしたようで、自分の周りから同じ声がいくつも響いている。

 こちらの動揺を知ってか知らずか、エアと名乗る女性は言葉を続ける。

 

 『簡潔に言いましょう。アビドスから手を引いてください。』

 『応じていただければ、元の依頼の提示額の、倍額を支払いましょう。』

 

 「ば、ばばば倍額!?どうしましょうアル様ぁ!?」

 

 「えぇ?アビドスって万年金欠って話じゃなかったっけ?」

 

 「……そのはずだけど。」

 

 バイダッテ、ドウスル?

 ナニモセズニ、バイノキュウリョウガデルノ?

 

 まずい、傭兵たちにも動揺が広がっている。

 レイヴンとはアビドスが雇った傭兵だと思われるが、そんなお金の余裕があるなんて聞かされていない。

 いったいどこから、どうやって雇ったの?

 そもそも雇うお金や、私たちに払おうとしているお金はどこから?

 お金も物資も尽きているから、数で押していけば何とかなると思っていたのに。

 このまま傭兵たちまで寝返ることになったら――。

 

 「……あたしは乗った!アビドスには手を出さない!」

 

 「えええぇ!?な、何言ってるのよぉ!?」

 

 「わ、私もやめる!」

 

 「あたしも。あんだけ時給絞られちゃ、やる気なんか出ないって。」

 

 「賛成ー。じゃ、そういうことだから、あとはヨロシクー。」

 

 「待って待って、もう給料は払ってるでしょ!?何でやめちゃうのよー!?」

 

 「いや、アタシらバイトだし。」

 

 「金出してくれた方に着くのが傭兵ってもんでしょ。」

 

 非常にまずい、考えうる限り最悪の展開だ。

 まさか雇った傭兵全員が裏切ってくるなんて。

 こんなことになるなら、値切らなければ良かった。

 いや、値切らなかったらそもそもこれだけの数を雇えていないのだが。

 見栄を張ってデカい仕事を受けるんじゃなかった。

 

 「うううぅぅ……!ア、アル様を裏切るなんて……っ!」

 

 「あちゃー、結構マズいよね、これ?」

 

 「……レイヴン、一体何者……?」

 

 『あとは貴女方だけです、便利屋68。こちらの要求を呑んでもらえませんか?』

 

 どうやら取引は私たちにも有効らしい。

 元の2倍の報酬が、1度うなずくだけで手に入るなんて、まずありえない好条件だろう。

 頭では取引を受ける方が賢いと分かっているが、今まで積み上げられたプライドがそれを許さない。

 

 「……そうしたいけど……っ!」

 「ダメよ!私たちは便利屋68!受けた依頼はきっちりこなすわ!」

 「仕事を途中で投げ出すなんて、アウトローじゃないもの!」

 

 「あははっ!そう来なくっちゃ!」

 

 「さ、さすがアル様ですっ!」

 

 「やっぱりこうなった……。」

 

 その瞬間、4つの人影が急に目の前に現れる。

 アビドスだ。

 全員が臨戦態勢をとっており、銃口もしっかりこちらに向いている。

 後ろにいる傭兵たちは、流れ弾に当たらないために路地の横に避けていった。

 

 「――ッ!?こいつら、どこから!?」

 

 『……もう1度お聞きします。アビドスから手を引いてもらえませんか?』

 

 彼女たちは本気のようだ。

 今取引に応じなかったら、ここで始末するつもりなのだろう。

 冷汗が頬を伝う。

 今すぐ逃げ出したい。

 けれど――。

 

 「……ッ!嫌よッ!答えは変わらないわ!」

 

 『……そうですか、残念です。』

 

 瞬間、横から目の前に投げ込まれる、手のひら大の筒。

 それが炸裂すると、強烈な閃光と耳をつんざく轟音が体を包んだ。

 視界と思考が真っ白になる。

 地面がどこにあるかさえ分からない。

 手をついて地面を探そうとすると、体に突き刺さる大量の銃弾。

 どこから、誰から撃たれているかなんて分からない。

 武器だけは手放さないようにと考えてはいたのだが、銃弾の雨の中では、そんな決意も無意味になる。

 一瞬が無限になるような、引き伸ばされた時間の中で、私は独り言つ。

 受けるんじゃなかった、こんな仕事。

 

 射撃開始から数秒ほど、便利屋全員のヘイローが消えたことを確認してから近づき始める。

 フラッシュバンで怯ませて、5人からの一斉射撃だ。持つわけがない。

 アビドスが便利屋たちを回収していき、レイヴンは未だ動かずにいた傭兵たちに近づいていく。

 

 「……ヤッバ。容赦なしじゃん……。」

 

 「断ったらアタシらもやられてた、ってコト……!?」

 

 「よく話を聞いてくれた。約束の報酬だ。」

 

 「そ、それはいいんだけどさ……。」

 

 適当な1人に狙いを定め、札束を2つ押し付ける。

 いくらで契約していたのかは知らないが、彼女たちで分配するなら十分な額だろう。

 

 「……な、なあ、そいつらどうするんだ?」

 

 傭兵の1人がこちらに問いかけてくるが、知る由などないだろう。

 

 「……お前たちが知ることか?」

 

 わずかな逡巡のち、傭兵たちは来た方向に向けて歩き出した。

 そして彼女たちは学ぶ。

 アビドスに手を出さないようにしよう、と。

 砂の街の、昼下がりの決闘であった。

 

 ――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 「……んっ。んぅ……?」

 

 硬い床の上で目が覚める。

 寝違えてしまったのか、全身が痛い。

 いや、何かおかしい。

 そもそも私たちは仕事でアビドスに向かっていたはずだ。

 傭兵に裏切られて、アビドスのみんなから撃たれて、それで――。

 

 「……ええっ!ちょっとここドコ!?何で私、っていうか全員縛られてるの!?」

 

 「拉致られたんだよ、アビドスに。」

 

 「ここまでしてくるのは意外だったねー。」

 

 教室と思わしき部屋の中には、私と同じく両手を後ろ手に縛られた、ムツキとカヨコがいた。

 ハルカはまだ寝ているらしい。

 まずは、ハルカを起こさないと。

 

 「何で2人ともそんなに冷静なのよ!ハ、ハルカ起きて!このままじゃヤバいから!」

 

 「ふぇ……?はああぁぁぁあぁ!?な、何でアル様が縛られてるんですか!?」

 

 「分かんないけど考えるのは後!ここから逃げ――。」

 

 「起きたか、便利屋。」

 

 ハルカが起きると同時に、体がとても大きい、犬の耳を携えた誰かが入ってきた。

 こんな生徒、アビドスには居なかったはず。

 まさか、この人が――。

 

 「――ッ!へえ、アンタがレイヴンか。初めまして。」

 

 「そうだな、初めまして。」

 

 そう、通信で名前が出てきた、アビドスの傭兵、レイヴンその人であった。

 右手に大型のリボルバーを握りながらドアに寄りかかることで、出入り口を塞いでいる。

 

 「ねーこれほどいてよ。縄が食い込んで痛いんだけど。」

 

 「そうも行かん。お前たちに話があるからな。」

 

 「へぇ、アタシたちを縛り上げなきゃ聞けないような話なんだ。」

 

 「その通りだ。」

 

 ムツキとカヨコの問いかけに対し、一切表情を動かすことなく答える。

 氷とも違う、まるで機械のような、嫌な冷たさをまとった人物だ。

 人を見透かすような真っ赤な瞳が私たちを射抜く。

 

 「……単刀直入に言おう、アビドスから手を引け。」

 

 「こっちもそうも行かないのよ!今までなかったビッグな仕事だったし、傭兵達を雇ったせいでお金が……!」

 

 「……アンタの話、もし断ったら?」

 

 「そうだな……アビドスの砂漠から、そのまま歩いて帰ってもらう。どれほど歩くことになるかは知らんがな。」

 

 そのまま、もしかして手を縛られたまま帰れということだろうか。

 冗談じゃない、そんなことをすれば遭難するに決まってる。

 レイヴンはリボルバーにゆっくりと弾を込めており、異様な威圧感を放っている。

 アウトローとも呼べないこの雰囲気は一体――。

 

 「ふーん、アンタ、交渉のやり方も知らないんだね。脅迫って言うんだよ、ソレ。」

 

 「分かっているなら話は早い。俺も面倒な言い回しは嫌いでな。」

 「アビドスから手を引け、さもなくば殺す。」

 

 「えッ!?こ、コロ……!?」

 

 ついに言った。言われてしまった。

 やっぱり私たちを始末するつもりだ。

 リボルバーのシリンダーがシャーシに収まっているから、下手に動けば間違いなく撃たれる。

 どうすれば見逃してもらえるか、どうすればみんなで逃げられるか必死に考える。

 

 「うわー本当に言ってきたよ……。どうするアルちゃん?」

 

 「…………――――。」

 

 「……ハ、ハルカ?どうしたの?」

 

 ハルカの様子がおかしい。

 うつむいて何かをブツブツと呟いているようだが、まさか。

 

 「……アル様を騙して、アル様を裏切らせて、アル様を殺そうとするなんて……ッ!」

 「許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さないッ!!!」

 

 「ハルカ、待って!」

 

 アルの制止もむなしく飛び出したハルカの鳩尾に、レイヴンのつま先が突き刺さる。

 レイヴンが軽く足を上げたと思ったら、次の瞬間にはハルカに直撃している。異常な速さだ。

 

 「コヒュ……ッ!」

 

 衝撃で頭が下がったハルカに対し、つま先を引き抜き、円を描くように持ち上げる。

 そして、高く振り上げられたかかとが、ハルカの後頭部へと叩きつけられた。

 相当な速度で叩きつられたためか、ハルカは勢いそのまま顔面を地面へと押し付けることになった。

 

 「ハルカッ!」

 

 「……ッ!やってくれるじゃ――。」

 

 ハルカへの所業に大人しくしていられなくなったムツキとカヨコが立ち上がろうとした瞬間。

 2人の頭は2つの爆音と共に、ドアから遠ざかるように吹き飛ばされた。

 レイヴンの右手には、銃口から硝煙が揺らめいているリボルバーが握られている。

 

 「ぐッ!うあっ……!」

 

 「……ッ!!痛ッたぁ……っ!」

 

 「ムツキッ!カヨコッ!」

 

 「起きていられるか、存外タフだな。」

 

 「……ッ!こんなのッ……!仲間を縛り上げて、痛めつけて!こんなこと、ただの外道がすることよッ!」

 

 もう見ていられない。

 仲間が傷ついていくところを見たくない。

 怒りのままに啖呵を切るが、当のレイヴンにはちっとも効いていないようだ。

 彼女がゆっくりとこちらに近づき、しゃがみ込みながら私の眉間に銃口を押し付けてくる。

 

 「それがどうした。」

 「選べ、2つに1つだ。」

 「手を引くか、死ぬか。」

 

 「……ッ!」

 

 何の感情も見えない真っ赤な瞳が眼前に迫る。

 きっと彼女は、私たちのことを何とも思ってない。

 カヨコの言う通り、これは取引じゃなくて脅迫だ。

 脅しに屈するのはプライドが許さないが――。

 

 「……分かったわ!アビドスからは手を引く!もう仕事も受けない!だから……!」

 「……だから、社員達に手を出さないで頂戴……!」

 

 仲間達を失う方が、もっと嫌だ。

 

 「……いいだろう、取引成立だ。」

 

 レイヴンが私から離れると、リボルバーでドアを2回叩いた。

 すると、開いたドアからぞろぞろとアビドスのメンバーが入ってきた。

 最初に入ってきたピンク髪の子は、確か――。

 

 「いやー、うちの子が迷惑かけちゃってごめんねー。」

 

 「今縄をほどきますからね。」

 

 「え、ええ、ありが、とう?」

 

 「はい、皆さんの荷物と銃です。取り上げちゃってごめんなさい。」

 

 「その、それだけこっちも切羽詰まってるって、分かってもらえると嬉しいわ。」

 

 「はい、救急箱。必要なら使って。」

 

 今までの対応と打って変わって、非常に手厚いアフターフォローだ。

 一体どういうことなのか、っていうか小鳥遊ホシノはレイヴンをうちの子と呼んでいた。

 何が起きているのかさっぱり分からない。

 

 「……急に優しくなるじゃん。」

 

 「緩急が凄くて、頭が追い付かない……。」

 

 「あ、あの、一体どういうことなんですか……?」

 

 仲間たちもどういうことなのか分かっていないようだ。

 というより、レイヴンからの攻撃を受けて話せる状態まで回復してくれたことは嬉しいのだが、もう状況に頭が追い付かない。

 

 ”実は、このアビドスは、カイザーから嫌がらせを受けていてね。”

 ”多分、君たちの雇い主もカイザーなんでしょ?”

 

 「そ、その、雇い主は私たちもハッキリ分かってなくて……。でも、どうしてカイザーがアビドスを狙っているの?」

 

 そう、報酬額につられてしまったため、依頼主のことなどよく調べなかったのだ。

 なので、私たちの仕事にカイザーが関わっているなんて分からない。

 それでも、企業の普通の動きでないことは確かだ。

 

 ”……私たちも、理由はハッキリとは分かってないんだ。”

 ”でも、必ず目的を突き止めて、止めさせてみせるよ。”

 

 「そうだったのね……。」

 

 どうやらアビドスも、こういった手段を取らなければいけないほど追い詰められていたようだ。

 企業が本気になったら、アビドスはひとたまりもないだろう。

 それでも、わずかな可能性を信じて、大きな力と戦っているようだ。

 

 「……あの、いきなり襲い掛かって、ごめんなさい。そんな事情があるなんて、知らなかったの。」

 

 「いいっていいって。酷いことしちゃったのはこっちもだしねー。」

 

 「まあ、ラーメンを食べに来るくらいなら、歓迎するわ。」

 

 「はい!お友達が増えるのは、私たちも嬉しいですから!」

 

 敵対していたはずの相手から、歓迎の言葉がかけられる。

 私たちはこんな人たちを撃とうとしていたのかと、また心に罪悪感が圧し掛かってきた。

 

 「……本当に、ありがとう。それじゃあ社員達――。」

 

 「待て。」

 

 「――ッ!まだ、何か?」

 

 「これを持っていけ、餞別だ。」

 

 帰ろうとしていたところで、レイヴンから呼び止められる。

 正直心臓に悪いのでやめてほしい。

 彼女の手に2つ握られている物は――。

 

 「……さ、さささ、さ、札束ァー!?」

 

 「……マジか、本物じゃん。」

 

 「えー!本当にいいの!?太っ腹じゃん!」

 

 「やりましたねアル様!これで事務所の家賃が払えます!」

 

 「い、今それは言わなくていいでしょ!?それに、受け取れないわよ、こんな額!」

 

 今度はお金も渡そうというのか。

 完全に泥棒に追い銭じゃないか。

 いよいよアビドスの目的が分からなくなりそうだ。

 

 「持っていけ。こちらの都合で、依頼主と手を切らせたわけだからな。」

 

 「……そう、そこまで言うなら、貰っていくわ!」

 「それじゃあ約束通り、便利屋68はアビドスには手を出さない。それでいいわね。」

 

 「無論だ。」

 

 「また遊びに来てくださいね!」

 

 「はい。今度また一緒にラーメンを食べに行きましょう。」

 

 アビドスとは、何とか和解できたようだ。

 これ以上の長居は無用だ、引き揚げさせてもらおう。

 レイヴンが怖いから早く帰りたいというのもあるが、今は胸の内にしまっておく。

 

 「……フフッ、そうさせてもらうわ。社員達、撤収よ!」

 

 「じゃあ、まったねー!」

 

 「……それじゃ。」

 

 「そ、それじゃあ、失礼しました!」

 

 便利屋たちが、それぞれ一礼してから教室を後にする。

 便利屋たちを見送ろうと、アビドスの5人が追いかけていった。

 教室に残ったのは、レイヴンと先生だけ。

 

 ”……レイヴン。”

 

 「何だ?」

 

 ”お説教だよ。”

 

 「……ハッ。随分お前に愛されているようだな。」

 

 ”勿論。生徒のことが嫌いな先生なんていないからね。”

 

 砂の街の、昼下がりの午後であった。

 

 ――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 「ハァ……。一時はどうなるかと思った。」

 

 「問答無用って感じだったもんね。まだ頭痛いや。」

 

 「アイツが使ってた銃、.44マグナムどころの威力じゃないからね。まともに撃てる銃じゃなかったと思うけど。」

 

 「す、すみません。私が皆様をお守りできなかったばかりに……!」

 

 「いいっていいって。結果丸く収まったんだし。」

 

 「そうだよ、社長が手を引く判断してくれてよかった。」

 「……社長?」

 

 「あれ、アルちゃん?」

 

 「ア、アル様……?」

 

 「…………こ、」

 

 「「「……こ?」」」

 

 「ごわ゛がっだ~~~~!!!!」

 「ほ、ほんどうにしんじゃうがどおもっだ~~~!!!!」

 「で、でも、みんながしんじゃうのは、もっとやだっだがら……!!!」

 「わたし、わ゛だじ~~~!!!!」

 

 「よしよーし、頑張ったねえアルちゃん。」

 

 「あの、とっても格好良かったです、アル様!」

 

 「本当に助かったよ社長、お疲れ様。」

 

 「うゔううぅ、みんなぁ、ありがとぉ~~~~!!!!!」




どうも、順調に見てくれる人が増えてきて内心裸で小躍りしている投稿者です
この調子で見守っていただけると嬉しさで爆発します

書くと分かる、やっぱアルちゃんいいキャラしてる
すっごい書きやすかったから筆が進みました

次回
風紀を乱すもの
規則違反者はどっちだよ

次回も気長にお待ちくださいませ……
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