BLUE ARCHIVE -SONG OF CORAL- 作:Soburero
本来良いことのはずなんだけど、文字が増えすぎると読みづらくなるジレンマ……
”大将、こんにちは。”
「おお、先生か。それと、噂のアビドスの新入生だな。」
「レイヴンだ、よろしく頼む。」
「ああ、よろしくな。」
便利屋の襲撃から翌日、俺と先生は昼食を取ろうと、柴関ラーメンに来ていた。
どうやらアビドスから俺の話を聞いていたようで、大将はすぐに俺がレイヴンだと気づいた。
どんな風に話をしていたかは、聞かない方が良いだろうか。
忘れる前に、空のどんぶりを袋から取り出す。
「これを返しておく。旨かったぞ。」
「そりゃよかった。何せ初めて作ったからな。」
”本当に美味しそうに食べてましたよ。耳も動くくらい。”
「シャーレ……。」
「はははっ、そりゃ何よりだ。それじゃ、好きな所に座ってくれ。」
シャーレめ、余計なことを言いおって。
大将から生暖かい反応をされたのが、妙に気恥ずかしい。
感情を抑え込みながら、カウンターのスツールに座り、メニューを開く。
当然ラーメンが売りだろうが、それ以外にもギョーザやから揚げなど、いろいろ載っている。
「……何を頼もうか。」
”ここは看板と同じ名前の、柴関ラーメンがいいと思うよ。”
ラーメンだけでも味に種類があるようで、つい目移りしてしまう。
ここは先達の言葉に従うとしよう。
「……そうさせてもらう。柴関ラーメンを、チャーシュー付きで。」
”私も同じのを。”
「あいよっ。」
昨日のチャーシュー丼は、この大将の手作りだったか。
既にここまで、美味しい匂いが漂ってきている。
これならハズレは無いだろう。
”……そんなに楽しみ?また耳が動いてるよ?”
「……お前は人をからかうのが趣味なのか?」
”ごめんね、レイヴンが可愛いから、つい。”
「……勝手にしろ。」
頭に手を置き耳を抑える。今度は両方だ。
こいつ、どれだけ人をからかえば気が済むんだ。
そういう病気なのか?
いずれにせよ、程々にしてほしいものだ。
『先生、言っておきますけど、レイヴンは私のパートナーですからね。』
”大丈夫、分かってるよ。エアから盗ったりしないから。”
『本当ですよね……?』
エアは一体何を心配しているんだ、俺のパートナーはお前だけだぞ。
どれだけ一緒にやってきたと思ってる。
先生にパートナーが務まるとも思えないしな。
そう考えていると、不意にドアが開いた音がした。
「あ、あの、今から4人って入れますか……?」
「大丈夫だよ、そこのテーブルに座ってくれ。」
「あ、ありがとうございます!アル様、入れますって!」
「大将、失礼するわ。」
便利屋達の入場か、奴らも飯を食いに来たようだな。
「お、昨日の嬢ちゃん達か。仕事はどうだった?」
「うっ……。も、もちろん上手くいったわ!私たちはプロフェッショナルなアウトローだもの!」
「途中で捕まっちゃったけどねー。」
「ムツキ、それは今言わなくてもいいでしょ!?」
「そうかそうか、どっちにしても腹が減ってるだろ?好きなものを頼んでくれ。」
「……そうさせてもらうわ。」
どうやら、昨日もここに来ていたらしい。
便利屋もリピーターになっているとはな。
それだけ大将が作るラーメンに魅力があるということだろうか。
便利屋たちは、俺と先生のちょうど後ろにあるテーブル席へと座っていった。
「……ねえ、あれって……。」
「はぁぁ……!レ、レイヴンと先生です……!アル様、どうしますか?今から私が……!」
「はいストップ、手を出すなって昨日言われたでしょ。」
「あ、そ、そうでした……!すみませんすみません……!」
ふむ、どうやら昨日の忠告を忘れていないようだな。
ここを戦場に変えるのは忍びない、奴らに自制心があって助かった。
「ほらほら、そんなことより、早くラーメン――。」
「……社長、どうしたの?」
「……レイヴンね。」
「何の用だ、便利屋。」
赤髪の生徒が近づいてくる。
名前は確か、アルといったか。
昨日戦闘前に確認したきりだから曖昧だ。
「これ、返しておくわ!これは貴女が使うべきよ。」
「持っておけ、お前たちへの正当な報酬のつもりで渡している。」
「それでもよ!何より、何もせずにお金を受け取るなんて、私の信念に反するわ!」
アルが俺に、昨日渡したであろう札束を2つ突き返してくる。
自分の信念に従っているようだが、こちらにも矜持がある。
腰からリボルバーを引き抜いて、クルクルと回しながら口を開く。
「……そうか。なら、その金の分だけ鉛玉を撃ちこんで、お前たちに返してやろう。」
「うぐっ……。」
「お互い傭兵なんだ、何をするにも、金が必要なのは分かってる。持っておけ。」
「……そうね、そうするわ。ありがとう。」
こちらの説得に納得したのか、アルは札束を握ったまま、自分の席に戻っていった。
地獄の沙汰も金次第、札束で殴るのも戦術の1つ。
傭兵として生きていくのであれば、力はどれだけあってもいい。
どこにも属さず独立するとなれば、尚更だろう。
「札束が出てくるとはな、俺もそれだけ稼いでみたいよ。ほらっ、チャーシュー麵おまち!」
”いただきます。”
そうこうしているうちに、大将がどんぶりを2つ運んできた。
中身はチャーシューがたっぷり乗った、醤油ベースのラーメンだ。
匂いで分かる、これは確実に旨い。
いざ実食、と割り箸を取ると、横で先生が手を合わせていた。
何かの儀式だろうか。
真似をする必要は無さそうだな。
割り箸を割って、2本の棒を指へ添える。
使い方はエアに教えられているが、正直まだ慣れていない。
やや苦戦しながら麺を掴み、息を吹きかけ熱を飛ばす。
そして、程よく冷めた麺を口に運び、一気にすする。
うん、旨い、間違いない。
リピーターが出るのも納得の旨さだ。
口を火傷しそうになるのも忘れて、何度も箸を動かしていく。
「いい食べっぷりだな。替え玉が欲しかったら言いな。」
「……そうさせてもらう。」
替え玉、麺だけだがおかわりも出来ると。
これは頼まないわけにはいかない。
こんなに旨いものが1玉で終われるわけがない。
食べられるだけ食べてしまおう。
そんなことを考えていると、エアからの伝言が。
『レイヴン、大規模な集団がこちらに近づいています。団体客でしょうか?』
「アビドスではなく、こちらにか?」
『はい。武装されているようですが、傭兵にしては装備が整っています。』
エアが表示したレーダーで確認すると、離れた位置に居るものの、かなりの人数がこちらに近づいている。
カイザーに雇われたヘルメット団や傭兵であれば、アビドスを狙うはずだ、柴関ラーメンに来る理由は無い。
まさか友人を連れて食べに来たとでも言うのか?
「……大将、今日団体客が来るという話は聞いているか?」
「いや、聞いてないな。セリカちゃんが取り違えたか?」
”ちょっとアビドスのみんなにも聞いてみる。もしかしたら迷っているのかも。”
「……まさか……。」
「あちゃー、そのまさか?」
便利屋が何やら不穏なセリフを呟いた。
少し話を聞こうと便利屋達に向き直ろうとしたが、エアからの警告によって遮られる。
『待ってください。高速の飛翔体が複数、こちらに接近しています。これは……。』
『――迫撃砲!?』
「伏せろォォーッ!!!」
その時、大地を大きく揺るがす衝撃と共に、柴関ラーメンは木端微塵となった。
――――――――――――――――――――――――――――――――
「クッ……!ウオォォ……!」
両手をついて体を持ち上げ、上半身を反らすことで圧し掛かる瓦礫を押しのける。
砲撃された直後だからか、あたり一面に煙が立ち込めている。
色々と考えは浮かんでくるが、まずは安全の確保だ。
”ゲホッゲホッ、レイヴン、大丈夫?”
ついさっきまで俺の下に居た先生が声を掛けてくる。
まず心配すべきは、銃弾1発で死ぬ自分だろうに。
咄嗟にこいつを抱え込んだのは正解だったようだ。
「問題ない、お前は?」
”私は平気だよ、ありがとう。”
「ならいい。大将、便利屋!生きてるか!?」
「ゲホッ、ああ、何とかな。」
「こっちも平気ー!」
先生を引き起こしながら、他の奴らの生存を確認する。
どうやら全員、ケガこそしているが無事のようだ。
それにしても、いきなり砲撃してくるとは、どんな神経をしているんだ。
「ううぅ、昨日と今日と、どうしてこんなにツイてないのよ……!」
「あぁぁあ、アル様、大丈夫ですか!?」
「……やっぱりか。社長、すぐに逃げた方が良い。」
「どうした、便利屋。」
「……風紀委員会が来る。」
「えぇっ!?ちょっとマズいじゃない!もしヒナ委員長がいたらどうしようもないわよ!?」
風紀委員会だと?
治安維持組織が警告も無しに砲撃してきたというのか。
これがキヴォトス流の挨拶なのか、連中の頭のネジが飛んでるのか。
恐らく後者だろうがな。
『……なるほど、ゲヘナ風紀委員会からの砲撃でしたか。』
『通信を試みます、少し時間をください。』
『ゲヘナ風紀委員会に通達、こちらは独立傭兵レイヴン、オペレーターです。』
『あなた方から、迫撃砲による、警告なき攻撃を受けました。理由の説明を求めます。』
『説明なき場合、意図的な攻撃と見なし、実力で対処します。繰り返します。――――。』
「……何か知っていそうだな、便利屋。話せ。」
エアが通信を行っている間、便利屋の事情通であろうカヨコを睨みつける。
まさか、こいつらが呼び寄せたんじゃないだろうな。
「……あいつら、私達を追いかけてきたんだと思う。」
「私達全員、ゲヘナで指名手配されてるからねー。」
そのまさかだったか。
こんな事になるなら、昨日全員始末しておくべきだった。
だがレーダーを確認すると、あまりにも反応が多すぎる。
数十人クラスの部隊が複数、それぞれ装甲車を中心に陣形を組んでいるようだ。
これに加え、迫撃砲陣地も展開されているだろう。
この部隊を便利屋にぶつける為だけに動かしたというのか?
「……たった4人にこれだけの戦力を?どう考えても過剰だ。」
「私もそう思う。多分、本当の狙いは私達じゃない。」
”え?それってどういうこと?”
「……すぐに分かるよ。」
カヨコの言葉で新たな疑問が頭の中に生まれてくるが、通信に流れてきた聞きなれない声によってすぐにかき消された。
『こちら、ゲヘナ学園風紀委員会行政官、天雨アコです。独立傭兵レイヴン、そちらの通達を受理しました。』
『我々風紀委員会は現在、ゲヘナ学園における指名手配犯、便利屋68の構成員4名の確保のために行動中です。』
『そのあたりには便利屋しかいないと思っていたのですが、あなたにも当たってしまったようですね。』
『あなた方が砲撃したのは、ごく一般的な飲食店でした。少し考えれば、他にも民間人がいることは分かるでしょう。』
『それを承知で砲撃したというのですか?』
『まさか、こちらの資料では、その辺りはすでに廃墟になっているので、民間人がいるとは思わなかったんです。』
『これはこちらの落ち度ですね、申し訳ありません。』
『調査員を派遣して、現地を確認すれば済んだ話です。便利屋に対しても、いきなり攻撃する必要は無いでしょう。』
『便利屋がアビドスに居ることが分かっていれば、アビドス生徒会に協力を要請すればいいでしょう。』
『更に言うなら、この辺りはアビドスの自治区内です。あなたがやっているのは、明確な越権行為です。』
『直ちにアビドス自治区から退去してください。これ以上の攻撃は、アビドスへの侵攻と見なします。』
『あなたの言う通りですね、本当に申し訳ありません。』
『ですが、あなたが便利屋に対し金銭を渡した、という話も聞いているのですが。』
『これがもし本当なら、ゲヘナ学園の治安維持活動に対する妨害行為として、あなた達から話を聞かないといけません。』
『……何が言いたいんですか?』
『初めからあなた達もターゲットということですよ、独立傭兵レイヴン。そして、シャーレの先生も。』
『お店を吹き飛ばしてしまったのは申し訳ないのですが、コラテラルダメージというものです。』
『早めに降参することをお勧めしますよ?』
『……忠告には感謝します。ですが、後悔するのは、あなた達です。』
『全力で対処します。』
『残念ですが、仕方がありませんね。』
『風紀委員会、便利屋68、独立傭兵レイヴン、シャーレの先生を確保しなさい。』
『ただし、シャーレの先生は丁重に扱うように。ケガをさせてはいけませんから。』
『全部隊、攻撃を許可します!』
「……やってくれるな、風紀委員会。」
なるほど、最初の砲撃から作戦通りだったというわけか。
関係の無い一般人ごと吹き飛ばしておいて、コラテラルダメージだと?
ふざけてやがる。
この作戦を考えたやつの頭にネジ穴があるか、頭を切り開いて直接確認してやりたい。
だがまずは、俺達を捕まえに来る連中に、キツイ1発をお見舞いしてやらないと。
「こりゃマズいな。俺はシェルターに行く!お前らも気をつけろよ!」
”分かりました、気をつけてください、大将!”
「アッハハハッ!風紀委員の奴ら、やってくれるじゃん!」
「いきなりアル様を襲うなんて、許さない許さない……ッ!」
「……もう集まってきてる、こうなったら戦うしかない。」
「しょうがないわね、やってやるわよ!レイヴ――ヒイッ!?」
この時、陸八魔アルが見ていたのは、怒りの感情が頂点に達した、1匹の猟犬の姿であった。
頭に備えられた耳は限界まで後ろに倒れており、2つの目は今すぐ獲物に喰らい付いてやると、爛々と光っていた。
あまりに強い光が宿っているせいか、左目からは光を引いている。
全身からは異常に強い覇気――否、殺気――が放たれており、気の強くないものが当てられたら、気絶してしまうだろう。
既にレイヴンの両手には、LMGとショットガンが握られており、持ち手からミシミシと小さな悲鳴が聞こえてくる。
レイヴンは便利屋達に顔を向けずに指示を出す。
その時の声は、猟犬が獲物を前にして放つ、唸り声を思わせた。
「……便利屋、前線部隊を足止めしろ。俺は迫撃砲から片づける。シャーレは便利屋の指揮を執れ。」
その両目は、己の楽しみをぶち壊しにした、風紀委員会に向けられていた。
「ちょっと待って、あの数と1人で戦うつもり?」
”レイヴン、今回はみんなと――。”
「やれ。」
”ハイッッ!!!”
『データリンク開始。通信システムの掌握完了。敵部隊の通信を封鎖します。』
エアからの報告を合図に、レイヴンは影を残して走り出す。
声を掛ける暇もなく、砲兵隊が居るであろう方向に向かって消えてしまった。
”……行っちゃった。”
「とにかく、もう戦うしかない!先生、指揮をお願い!」
”分かった、任せて!”
先生はシッテムの箱を起動して、便利屋は指示に従って陣形を組んでいく。
先生の心には、既にレイヴンに対する心配はなく、風紀委員会をどうフォローするか、その1点で埋め尽くされていた。
――――――――――――――――――――――――――――――――
「アコ行政官、アコ先輩!?ダメだ、通じないや。」
「何やってんだあの横乳、これじゃ撃てないぞ。」
「いっそオープン回線使う?」
「バカ、それじゃ連中にも聞こえるだろうが。」
「……ねえ、何かこっち来てない?」
「ヒナ委員長かな?増援かも。」
「……いや、ありゃレイヴンだ!こっちに来るぞ!!」
「嘘ぉ!?いくら何でも早すぎない!?」
「いいから撃て!やられるぞ!!」
こちらに気づいた砲兵隊たちが弾幕を展開するが、大した脅威じゃない。
ジグザグに動くことで照準を逸らし、避けきれない銃弾は体をわずかに動かし、傾斜を作ることで直撃を回避する。
ACSと原理は同じだ。
弾幕を掻い潜りながら、砲兵隊に急接近する。
「は、速す――!」
勢いそのままドロップキックの要領で踏みつけることで、攻撃しつつ減速する。
これで1人。
「ごぇ……ッ!」
「ギ……ッ!?」
集団の1人目掛けて急接近、体を踏み台にして駆け上がり、脳天にショットガンを叩きこむ。
そいつが倒れこむ前にさらに踏み台にして跳躍、隣にいたもう1人に蹴りをお見舞いする。
接地したらLMGを乱射しながら飛び下がることで1人処理。
これで3人。
「ォボォ……ッ!?」
相手を軸にしながら旋回しつつLMGを乱射、足が止まった奴から狙いを定めていく。
体を沈めながら急加速、そのまま当身で吹き飛ばし、迫撃砲に叩きつける。
「カヒュ……ッ!」
「――ッッ!!?」
姿勢はそのまま再加速、足を掴んだら振り回し、集団に向けて放り投げる。
これで3人。
「ま、待って、待って、降さ――!」
腰が抜けたやつの胸を踏みつけ、逃走を封じる。
迫撃砲を掴んで目いっぱい持ち上げ、全身の勢いを利用して顔面に振り下ろす。
これで最後。
『……迫撃砲陣地を制圧。次に向かいましょう。』
――――――――――――――――――――――――――――――――
「行政官も何考えてるんですかねぇ、シャーレの先生も捕まえろなんて。」
「分からん。どうせ委員長の役に立ちたいからと、余計なことを言ってるんだろうけどな。」
「アコちゃん先輩も学習しませんねー。余計な仕事増やしてるって気づかないのかな?」
「ホント、あたし達をこんな辺鄙なとこに駆り出――。」
ブシュゥー!
「ゲホッゲホッ!なにこれ……!?」
「――ッ!?煙幕か!」
スモークグレネードで視界を塞ぐ。
連中は何も見えないが、こちらはマーキングのおかげで丸見えだ。
適当な1人の襟首を掴んで、装甲車に叩きつける。
「――ッ!?」
ショットガンを喉元に突き付けて、そのままぶっ放す。
集団の上を飛びながら旋回、LMGを撃ち下ろす。
相手が腰から下げている手榴弾のピンを抜き、相手ごと集団の中央目掛けて放り投げる。
殴りかかってきた奴は膝を蹴ってへし折り、頭が下がった所をストンプ。
「クソッ!全員煙から出ろ!急げッ!!」
「ぁギ……ッ!!」
「う、ぁ……。」
「ガ、ァア……ッ!」
逃げようとした者から仕留めていく。
膝を打って手を付かせ、頭に向けて乱射。
首を掴んで持ち上げ、顔面にLMGを乱射。
そのまま砲弾として放り投げる。
頭を掴んで地面に何度も叩きつける。
そろそろ連中の数も少なくなってきた。
「何だ……!?何なんだ、お前は……ッ!?」
ズドン!
――――――――――――――――――――――――――――――――
『第3小隊、応答しなさい!第3小隊!何で誰も応答しないんですか!?』
「アコ、これはどういう事!一体何が起きてるの!」
『い、委員長!?これは、その……ッ!』
部下の1人からの報告で、またアコが独断で部隊を動かしていることを知った私、空﨑ヒナは、装甲車の中でアコの通信を聞いていた。
またなのかとげんなりしつつ、様子をうかがっていたのだが、何かおかしい。
アコが動かした部隊と連絡が取れないのだ。
何故こんな事になったのか、その答えは直ぐに知ることとなった。
『ゲヘナ風紀委員長、空﨑ヒナ、通信で失礼します。独立傭兵レイヴン、オペレーターのエアです。』
『私たちは、ゲヘナ風紀委員会からの先制攻撃を受けたため、実力で対処しています。』
「……アコ、この話は本当なの?」
『……ッ!?本当なわけ無いじゃないですか!いくら私の独断で動かし――。』
『交戦直前の通信ログを記録しています。再生しますね。』
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『調査員を派遣して、現地を確認すれば済んだ話です。便利屋に対しても、いきなり攻撃する必要は無いでしょう。』
『便利屋がアビドスに居ることが分かっていれば、アビドス生徒会に協力を要請すればいいでしょう。』
『更に言うなら、この辺りはアビドスの自治区内です。あなたがやっているのは、明確な越権行為です。』
『直ちにアビドス自治区から退去してください。これ以上の攻撃は、アビドスへの侵攻と見なします。』
『あなたの言う通りですね、本当に申し訳ありません。』
『ですが、あなたが便利屋に対し金銭を渡した、という話も聞いているのですが。』
『これがもし本当なら、ゲヘナ学園の治安維持活動に対する妨害行為として、あなた達から話を聞かないといけません。』
『……何が言いたいんですか?』
『初めからあなた達もターゲットということですよ、独立傭兵レイヴン。そして、シャーレの先生も。』
『お店を吹き飛ばしてしまったのは申し訳ないのですが、コラテラルダメージというものです。』
『早めに降参することをお勧めしますよ?』
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なるほど、確かに意図的な先制攻撃と見られても仕方ない発言だ。
というより、アコは初めからそのつもりだったのだろう。
それでも、私の最大の疑問が1つ残っている。
「……状況は分かった。でも、他の部員たちと通信が出来ないのはどうして?」
『私が通信システムを掌握しているからです。先に言っておくと、戦闘が終わるまで解除する気はありませんよ。』
『あなた達が全滅するか、投降するかの2択です。』
『ちなみに、増援として配備された後方部隊は、既に約半数がレイヴンによって戦闘不能となっています。』
彼女の話を信じるなら、たった1人で数十人単位の戦闘員を片づけたことになる。
通信が遮断され、各部隊が孤立していたとしても、実現するには相応の実力が必要だ。
だが、私の記憶の中には、この作戦を実現させられるであろう人物が、片手で数えられるだけいる。
今更1人増えた所で、何ら不思議ではない。
「――ッ!?待って!通信を繋いでくれれば、私から戦闘を辞めさせる!これ以上戦う必要は無い!」
『そうでしょうね。ですが、これは私たちの信条でもあるのです。』
『先に撃たれた以上、撃ってきた者は敵です。敵は、すべて排除します。』
「……止まる気はないのね。」
『もちろんです。止めたいのであれば、ご自由にどうぞ。』
『止めることが出来れば、の話ですが。』
『それでは、失礼します。良い1日を。』
最悪だ。
面倒な出張からようやく帰ってこれたと思ったら、これだ。
私はこれから、この事態を引き起こした、レイヴンとやらと戦わなければならないのか。
色々考えなければいけないことが頭に浮かぶが、まずは目の前の事態に集中しないと。
『い、委員長、私は――。』
「アコ、もういい!通信を切って待機していなさい!」
『……分かりました。』
「これじゃ間に合わない、もっと飛ばして!」
「無理っすよ!これで目一杯踏んでます!」
「……イオリ、チナツ。」
お願い、持ちこたえて。
――――――――――――――――――――――――――――――――
「クソッ!増援はまだなのか!?通信は!?」
「ダメです、イオリ先輩!通信繋がりません!」
「なんッでだよ!!アコちゃんは何してるんだ!!」
「隊長、撤退しましょう!奴らにこだわっていても消耗するだけです!!」
「イオリ、これ以上やられたらもう持ちません!退きましょう!」
口々に撤退を進言される。チナツからも言われる始末だ。
だが、私達は風紀委員会。みんなが訓練を受けている。
いくら通信が通じなくたって、こちらに合流することはできるはずだ。
「――ッ!!いや、ダメだ!増援が来るまで、何とか持ちこたえるんだ!!」
「その増援がどこにいるんだって聞いてんだよこの突撃バカ野郎ォ!!!」
「誰が突撃バカだ!?いいから持たせるぞッ!!」
不意に弾幕が薄くなった。
背後に人の気配を感じる。
増援か、遅いじゃないか。
「――ッ!やっと来た――。」
その日、銀鏡イオリは風紀委員会に所属したことを、初めて後悔した。
目の前にいるのは、何だ?
熊か、虎か、あるいは狼か。
人の姿をしているが、人が放っていいプレッシャーではない。
人の心を持つものが、あんな目をするはずがない。
人として生きてきたものが、あんな姿勢をとるわけがない。
銀鏡イオリは初めて感じた異常性に恐怖していた。
彼女が生まれ持った本能が。
彼女が経験によって育てた直感が。
彼女が今まで蓄えてきた知性が。
彼女の中にある全てが、目の前の存在に対し、一斉に警鐘を鳴らしたのだ。
バケモノ。そう、今私の目の前にいるのは、バケモノだ。
銀鏡イオリは、初めて出会ったレイヴンに対し、そう結論を出すほかなかった。
「……ッ!?そ、そこで止まれ!」
奴はゆっくりとこちらに近づいてくる。
膝を立てて銃を構え、狙撃姿勢をとる。
いつの間にか、銃声は止んでいた。
「止まれ!それ以上近づいたら撃つぞ!」
銃を向けても止まる気配はない。
放たれるプレッシャーは益々強まっていく。
銃口が震える。照準が定まらない。
「と、止まれッ!止まれって言ってるだろッ!!!」
息が荒くなる。冷汗が止まらない。
奴に1歩近づかれるたび、死のイメージが強くなる。
奴がこちらに飛びかかろうと、大きく身をかがめた瞬間――。
「……やめましょう、イオリ。私たちの負けです。」
「――ッッ!!」
チナツが私の銃を掴んで、銃口を無理やり下げさせた。
「私たちは投降します。これ以上戦いません。」
「……何言ってるのさチナツちゃん!?ここまでやっておいて降参って!?」
奴と向き合った時から分かっていた。
もし引き金を引けば、死ぬのはこちらだったのだ。
相手に降伏するのは無様だが、死ぬよりずっとマシだ。
「……銃を捨てろ。」
「隊長!?一体何で――。」
「銃を捨てて投降しろ!これは隊長命令だッ!!」
銃を捨てて膝をつき、両手を上げて降伏する。
奴は私のそばまで近づき、こう呟いた。
「賢明だ。」
ドスが利いているなんてものじゃない、明確な怒りと殺意が伝わる声だった。
本気で怒った委員長でさえ、ここまで恐ろしくはない。
本当に、本当に引き金を引かなくて良かったと、心の中で安堵する。
「……っ!遅かった……!」
「ヒナ委員長!?どうしてここに!?」
空﨑ヒナがアビドスに到着したのは、イオリたち前線部隊が降伏した直後であった。
彼女たちがこうなっているということは、後方部隊も含めて全滅しているのだろう。
これを成したであろう一際体格の大きい生徒、レイヴンに向き合う。
「……お前が頭か、遅かったな。」
「ゲヘナ風紀委員長、空﨑ヒナよ。あなたがレイヴンね。」
正面から向き合い、目を合わせた時点で、直感が囁く。
正面から戦うな。こいつは危険だ。
なるほど、これは部下たちが敵わないわけだ。
要注意人物達と同格か、あるいはそれ以上か。
普通の生徒が放っていい威圧感ではない。
戦い慣れている、否、殺し慣れていることを本能で理解する。
彼女は何者なのか、後で情報部に調べさせなければ。
そう考えていると、ヒナの耳に無線が飛び込んでくる。
『こちら、アビドス高等学校廃校対策委員会の、奥空アヤネです。アビドス高校生徒会の代理としてお聞きします。』
『今回の戦闘は、アビドス自治区に対する自治権の侵害です。どんな理由があったんですか?』
「……私の部下の1人が暴走したの。この事態は、私の監督不行き届きが原因よ。」
「ゲヘナ風紀委員会を代表して、アビドス廃校対策委員会に対して、正式に謝罪する。」
「へぇー、ゲヘナの風紀委員長が頭を下げてるなんて、珍しいこともあるんだねぇ。」
桃色の髪と小さな体躯、右手に握られたショットガン。
雰囲気こそ変わっているが、彼女は私自身が調査したから、よく覚えている。
アビドス生徒会の副会長――。
「――ッ!小鳥遊ホシノ……。」
「遅かったな、もう終わったぞ。」
「ごめんねーみんな、昼寝してたら遅れちゃった。」
「はぁ、昼寝ぇ!?それだったらせめて教室で寝ててよ!レイヴンが増援を倒してくれなかったら大変だったんだから!」
「うへぇ、今日はお外で寝たい気分だったんだよー。許してー。」
さっきまで戦っていたとは思えない、ゆるゆるの会話が飛び交う。
彼女は本当に小鳥遊ホシノなのか、もしかして姉妹がいたのでは?
そんな疑問を置き去りにする声がレイヴンから放たれる。
「それで、まだやるか、風紀委員会?」
「いえ、もう十分。イオリ、チナツ、撤収準備!負傷者の応急処置を急いで!」
「ちょっと待ってくれ委員長!あいつら、便利屋はどうするんだ!」
「……イオリ、こっちの状況が分かって言ってるの?」
「うっ……。」
もうこちらに戦力は残っていない、確保しようにも手が足りない。
何より、レイヴンと戦えば私もタダでは済まない。
そうなれば、ゲヘナの治安は急速に悪化するだろう。
今私が倒れるわけにはいかないのだ。
「……今後、ゲヘナの風紀委員会はアビドスに無断で侵入することはしない。どうか許してほしい。」
『……分かりました。アビドスで何かするときは、私達に一言お願いします。』
「感謝するわ。風紀委員会、総員撤収!すぐにアビドスから出るわよ!」
アビドスの生徒たちと便利屋が、シャーレの先生と共に去っていく。
アコのせいで、調べなければいけないことも、やらなければならない後処理も山積みだ。
1日2日の徹夜では乗り切れないだろう。
アコにはしばらく書類漬けになってもらわなければ。
本当に、面倒くさいことだらけだ。
「……レイヴン、一体何者なの?」
独立傭兵レイヴン、そのオペレーターのエア。
彼女たちは、同じ人間なのだろうか。
ふとそんなことを思いながら、私達はアビドスを後にした。
強い奴が強い奴を一目見ただけで強いって理解するやつ、私のお気に入りの展開です。
中の文字がおどろおどろしいのは見逃してください。
次回
クレイジーハイスト!
一緒に銀行強盗、する?
次回も気長にお待ちくださいませ……