「アウトプット(表現)ばかりが続いて、インプットする時間が足りていないと感じたら、それが“休め”というサインなんです」(俳優・小栗旬さん)
第一線の俳優として、また多くの俳優を抱える芸能プロダクションの社長として日々走り続けている小栗旬さん。そんな彼が、2025年10月10日の世界メンタルヘルスデーにあわせて行われたPodcast番組『B-side Talk ~心の健康ケアしてる?』の公開収録で語ったのが、冒頭の言葉だ。
トークテーマは“じょうずにやすもう”。番組MCを務めるタレントの小原ブラスさん、アイドルグループ「フィロソフィーのダンス」の奥津マリリさん、そして心療内科医の鈴木裕介さんとともに、“上手な休み方”やセルフケアについて語った。
コロナ禍で変わった、休養への向き合い方
仕事と休養は分離したものではなく、質の高い休養は仕事のパフォーマンスにもつながっていく。
俳優のような表現者にとっても、きちんと休んで心身の調子を整えることは、長く活躍するためにも欠かせない。俳優として活躍し続け、「ほどよく休みながら仕事ができている」という小栗さんにとっての“休養のサイン”は明確だ。
「僕らはアウトプット(表現すること)が多い仕事なので、それが続いてインプットする時間が足りていないと感じたら、『そろそろ休め』というサインなんじゃないかなと思っています。そのときは自分から『ちょっと休ませてください』と(周囲に)相談するようにしています」(小栗さん)
ただ、作品ごとにチームで動くため、制作中に突然休むことは難しい。休養のタイミングもチーム全体の理解と協力が不可欠で、周囲とコミュニケーションを取りながら休養する期間を設けるようにしているという。
10代の頃から芸能界で活動を続ける小栗さんは、「休むことへの考え方は、(以前と比べて)だいぶ変わった」と話す。
「今から2、30年前は、仕事を『休みたい』と自ら言えるような雰囲気ではなくて、みんなが無理をしながら働いていたように思います。でも、コロナ禍以降は“体調不良の場合はきちんと休むべきだ”というムードになってきて、『休みたい』と言えない環境ではなくなったかな、と感じています」(小栗さん)
「頭が求めること」と「身体が求めること」の違い
仕事の効率を上げる方法などはたくさんの情報があるのに、「良い休み方」については、ほとんどの人にとって学ぶ機会はない。心療内科医として、これまで多くの人と向き合ってきた鈴木裕介さんは、良い休み方とは「身体が本当に求めているリズムを取り戻すこと」だと話す。
「日中は活動し、夜間は休むという人間本来の身体のリズムに沿わない生活ができてしまう現代は、多くの人が夜間に(消化の悪い)ラーメンを食べたりゲームをしたりと“頭が求めること”をしがちです。
でも、良く休むには“身体が求めること”をする必要があり、まずは頭と身体が求めていることの差に気がつくことが大切なんです」(鈴木さん)
頭の快楽を満たすためにしたことが、身体にとって負担になってしまうことはよくある。たとえば、深夜にラーメンを食べれば、消化にエネルギーを使い、身体に負担がかかってしまう。
それでも、「基本的には頭の欲求のほうが勝ってしまい、そうなると身体の自然なリズムが後回しになり、身体に負担が蓄積されていく」と鈴木さんは警鐘を鳴らす。
「身体が欲することを続けるには“習慣”にすることが大事なんです。たとえば、『起床後10分間は身体を使う時間』と決めて習慣にしていくことから始めるのがいいでしょう。
(中略)習慣化には(意志の強さなどに頼らないで続けられる)工夫が必要で、歯磨きなどのすでに習慣化していることとセットにすれば、継続しやすくなるはずです」(鈴木さん)
また、「ストレスに気付き適切に対処する方法である“コーピング”をたくさん用意しておくことが重要」だと語る。
「例として、嫌なことが起きたとき『失敗した、もうだめだ』と思うのではなく、『全体のうち、今はまだ半分の段階だ』と考えることもできます。
すると、全体の流れの中で相対的に現在地を捉え直すことができ、ストレスが軽くなるはずです。このような考え方の工夫をたくさん持っている人はストレスへの対処が上手で、ピンチに直面しても『逆境が来たな』と余裕を持って対処できるようになります」(鈴木さん)
「素の状態がわからない」俳優ならではの悩みとは?
表舞台に立つ俳優やアーティストは常に大衆からのイメージを守ることが求められる。たとえ不安や悩みを抱えていても、周囲に打ち明けづらいことも少なくない。
小栗さんが、俳優によくある悩みとして挙げたのは、「自分の素の状態がわからなくなること」だ。
「僕たち(主に日本で活躍する俳優)は体系的な学びのプロセスを経て、今にたどり着いているわけではないので、(初心に帰って何か気づきを得ようとしても)初心が何だったのか分からなくなりがちです。その状態のまま、目の前の仕事に埋もれていってしまいます」(小栗さん)
日本の演劇界では、欧米で一般的な「アクティングコーチ」のように、俳優に寄り添い、客観的なアドバイスをくれる存在が確立されていない。そのため、役を突き詰めるほど自分を見失い、メンタルバランスを崩すこともあるという。
「僕らの仕事は現場に行ったら常にホームランを打たなきゃいけないので、野球でいう“素振り”のようにリラックスして練習できる環境がなかなかないんですよね。
自分的にはリラックスしているつもりでも、(極度の)緊張感の中に常にいると、メンタルのバランスが崩れる瞬間もあります。
(中略)ただ、最近の現場では『自分たちのメンタルをどうやって安定させるか』ということが話題に上がるようになり、それだけでも大きな進歩だなと思いますね」(小栗さん)
心に寄り添うカウンセリングを社会のインフラに
鈴木さんは、専門家によるカウンセリングというとハードルが高いことのように思われるが、自覚症状の有無に関わらず、誰にとっても有意義なことだと語る。
「カウンセリングの機能には、大きく分けて『寄り添い』と『問題解決』の2つがありますが、とくに難しいのは『寄り添い』です。
寄り添われることで、心を病んで孤独になった状態がケアされて回復するのは、ヒト(人間)などの霊長類が持っている性質です。でも、人間の心はより複雑なので、心の痛みに対する深い理解があるカウンセラーに話を聞いてもらったり、問題解決を示唆してもらったりするのは、とても価値が高いことだと思います」(鈴木さん)
鈴木さんは、海外ではカウンセリングが日常的なセルフケアとして根付いている一方で、日本ではまだ当たり前の文化として定着していない状況を指摘。「カウンセリングがもっと身近になり、(誰でも気軽に活用できる)インフラになればいいと思う」と未来への期待を語った。
今回のイベントから浮き彫りになったのは、「休養」や「セルフケア」の根本的な認識を変える必要があることだ。頭と身体の声を丁寧に聞き分け、自分にとって本当に必要なケアを選択する。そして、カウンセリングのような専門的なサポートを“特別なこと”ではなく、日常的なメンテナンスとして取り入れる。そんな新しい「心の健康」への向き合い方が、これからの時代に必要なのかもしれない。
(文:流石香織、編集:中島日和[Mashing Up])