2025年のドラフト会議では現在スタンフォード大学でプレーする佐々木麟太郎が2球団からの指名を受けた。佐々木の指名が可能である旨はドラフト会議以前からいくつかの報道がなされていたが、実際にドラフト1位で指名がされ、しかも2球団に指名を受けたことで会場が騒然としたとのことだ。
 報道によると2023年に新人選手選択会議規約が改定され「海外の学校に在学中の選手との選手契約締結交渉権は、選択会議翌年の7月末日までとする。」との一文が追加されたとのこと(2023年10月25日の報知新聞の記事)。

 ただ、佐々木麟太郎の指名については、新人選手選択会議規約の内容との関係で不可解なことがある。

 昨年のドラフト会議にてオリックスが指名対象でない選手を指名しようとして指摘を受けたことで指名を取り下げるというハプニングがあった(2024年10月24日の日刊スポーツの記事)。
 真偽不明ながらこのときにオリックスが指名しようとした選手が佐々木であったとの報道も存在した。また、ドラフト前にはMLBのドラフト対象選手は前年のNPBドラフト対象にも該当するとの報道もなされた(2025年10月23日の日刊スポーツの記事)。裏を返すとMLBのドラフト対象選手は前々年以前のNPBドラフト対象には該当しないともとれる表現である。仮にそうであるならば、2024年には佐々木はNPBのドラフトでは指名することができなかったということになり、オリックスが指名しようとした選手が佐々木であったこととも整合する。

 しかし、新人選手選択会議規約をその文言通りに読むとこのように理解できるだろうか。

 残念なことにNPBは野球協約その他の規約の類を公開しておらず、選手会ホームページで公開されている新人選手選択会議規約も2010年のものが最新で、報道されているような2023年に改訂された後の新人選手選択会議規約は確認することができない。
 他に参考になりそうな情報としては、NPBがホームページで公開している「新人選手選択会議(ドラフト会議)の概要」の2022年版2023年版がある。
 コピペしたんじゃないかと思われるほどに違いが見つけづらいページになっているが、最後の部分だけが異なっている。

2022年版では
      • 球団が選択した選手と会議の翌年3月末日までに選手契約を締結、支配下選手公示することができなかった場合は、球団はその選手に対する交渉権を失う。 ただし、日本野球連盟所属選手との交渉権は会議の翌年1月末日までとする。
となっているのに対し、2023年版では
      • 球団が選択した選手と会議の翌年の3月末日までに選手契約を締結、支配下選手公示することができなかった場合は、球団はその選手に対する交渉権を失う。ただし、日本野球連盟所属選手との交渉権は、会議翌年の1月末日までとし、海外の学校に在学中の選手との交渉権は、会議翌年の7月末日までとする。
となっており、ただし書きの部分に海外の学校に在学中の選手との交渉権は、会議翌年の7月末日までとする旨の記載が追加されていることが分かる。それ以外の部分は指名の対象となる「新人選手」の定義や日本高等学校野球連盟に所属する選手(概ね高校野球部員)、全日本大学野球連盟に所属する選手(概ね大学野球部員)、日本野球連盟に所属する選手(概ね社会人選手)それぞれに関しての指名の制限も含めて一切の変更がない。
 このためおそらく指名の対象等に関する条文は変更していないと思われるため、参考にはなってしまうが、2010年度の新人選手選択会議規約を見ていく。

まずは第1条の新人選手の定義から

第1条(新人選手)
 この規約において新人選手とは、日本の中学校、高等学校、日本高等学校野球連盟加盟に関する規定で加盟が認められている学校、大学、全日本大学野球連盟の理事会において加盟が認められた団体に在学し、又は在学した経験を持ち、いまだいずれの日本の球団とも選手契約を締結したことのない選手をいう。日本の中学校、高等学校、大学に在学した経験を持たない場合であっても、日本国籍を有するものは新人選手とする。 
 この条文からすれば、佐々木は日本の中学校及び高等学校に在学した経験を持ち、いまだいずれの日本の球団とも選手契約を締結したことのない選手に該当するため、「新人選手」ということになる。
 ただし、「新人選手」に該当しても一定の場合にはドラフトで指名することができない。ドラフトで指名することができない選手に関する規定は以下の通りだ。
第3条(日本野球連盟の選手)
 日本野球連盟に所属する選手に対しては、同連盟と日本プロフェッショナル野球組織との間の協定に基づき、次の通り取り扱う。
(1)球団は、日本野球連盟所属選手が同連盟に登録後2年(シーズン)間はその選手と選手契約を締結しない。ただし、高校卒業の選手ならびに中学卒業の選手については、その選手が同連盟に登録後3年(シーズン)間は選手契約を締結しない。同連盟所属選手が大学(短大、専門学校を含む)中退選手(体育会に籍のあったもの)である場合は、この契約禁止期間を登録後2年(シーズン)とする。
(以下略)

第5条(選択選手)
(1)第1条にいう日本の学校に在学している選手に対しては、選択会議開催の翌年3月卒業見込みのものに限り選択することができる。なお、高等専門学校に在学している選手に対しては、選択会議開催の翌年3月に3年次終了見込みのものに限り選択することができる。
(2)日本の大学に在学している選手については、4年間在学している場合は、前項と同様に扱う。

第6条(中途退学選手)
球団は、第1条にいう日本の学校に在学した経験を持つ選手であって、選択会議開催の年の 4月1日以降に退学したものを選択することはできない。

第7条(外国のプロ野球選手)
新人選手であって、外国のプロフェッショナル野球組織に属する選手又は過去に属したこと のある選手は、毎年、選択会議の7日前までに、いずれかの球団が選択の対象選手とする旨 をコミッショナーに文書で通知し、コミッショナーがその選手が選択できる選手であること を、その都度全球団へ通告しなければ、いずれの球団もその選手を選択することはできない。

 これらの規定を要約すると、新人選手であっても
1、社会人野球の選手は日本野球連盟に所属後2年間(高卒、中卒の場合3年間)は指名できない。
2、日本国内の高校生に関しては翌年卒業見込みの選手、大学生に関しては翌年卒業見込みかすでに4年間以上在学している選手、高専生に関しては翌年に3年次終了見込みの選手しか指名できない。
3、その年の4月1日以降に高校や大学等を退学した選手は翌年のドラフト会議まで指名できない。
4、海外のプロ野球に所属しているか、過去に所属していた選手(マック鈴木や多田野、田沢などが該当)については、事前にコミッショナーへの通知等が必要で、その手続きなしには指名できない。
ということになる。

 さて、佐々木麟太郎はこれらの指名できない新人選手のいずれかに該当するだろうか。
 佐々木麟太郎は大学に所属している選手ではあるものの、5条は「日本の学校」「日本の大学」としていることからも、海外の大学に所属している選手はこの規定に該当しない。文字通りに読めば、海外の学校に所属している新人選手は、卒業見込みであろうがなかろうが、1年生だろうが2年生だろうが3年生だろうが指名が可能なように読める。
 また、佐々木麟太郎は海外のプロ野球選手ではなく、その経験もないので7条にも該当しない。

 そうすると、新人選手選択会議規約を読む限りは、2024年の段階から佐々木麟太郎をドラフトで指名することは可能であったとも思われる。このため、2024年の時点では指名対象でなかったかのような報道は不可解だ。

 では、このような不可解な現象はどのように理解されるだろうか。

 まず考えられるのは、実際には2023年の改定は海外の学校に所属している新人選手に対する交渉期限の延長にとどまらず、海外の学校に所属している新人選手について、一定の場合には指名することができないとの改定も同時になされていた可能性である。現状では2023年版の新人選手選択会議規約がいかなるかたちでも公開されていないので確認しようがないが、あり得ないことではない。
 ただし、このような報道が一切なされていない点は不自然ではあるし、文字通り規約を読めば指名が可能であるかのように読めたことから混乱が生じたとも考えられる(規約上は明確に指名対象となっていないにもかかわらず指名がなされたというのは不自然)ため、この可能性は低いのではないかと思う。

 そこで考えられるのは、日米間選手契約に関する協定による制限である。佐々木麟太郎が北米の大学に所属していることから、MLBのドラフト指名対象選手となっていることから、MLBとの間での協定によって指名が制限されるということも考えられることだ。しかし、当の協定にはそのような記載は一切ない。北米でプレイしている選手とNPBの球団が契約をしようとする場合、アマチュア選手であっても、MLBのコミッショナー事務局に身分照会をかけなければならないが、MLB球団や傘下のマイナー球団の現役選手や保留選手等の名簿に登載されていない選手については、NPBの球団は契約や交渉を制限されることはない。
 したがって、この説も可能性としては低いと思われる。

 それ以外では、具体的な規約は存在しないものの、MLBやNCAAへの配慮からMLBのドラフト指名対象となりうる選手については、MLBの球団による指名、契約の機会を奪うようなドラフト指名はしないこととしたということが考えられる。先に示した2025年10月23日の日刊スポーツの記事には以下のような記載がある。

 日本野球機構(NPB)は今春、米大リーグ機構(MLB)および全米大学体育協会(NCAA)と協議し、「MLBのドラフト対象選手は前年のNPBドラフト対象にも該当する」との共通認識を確認。
 ここでMLBのみならず、NCAAも協議相手になっていることが分かる。MLBとNCAAとの間ではドラフト指名の対象となる選手についての協定が存在するが、仮にNPB球団は新人選手選択会議規約1条の新人選手に該当する北米の学校の選手を在学年数にかかわらず指名できるとしてしまうと、MLB球団は指名できない北米の学校の選手をNPB球団は指名が可能ということになってしまう。これはMLB球団は良い顔をしないだろうし、NCAAにとっても思わぬところで選手が抜けてしまうことになる。
 これをやってしまうと、日米間選手契約に関する協定の破棄、日本のアマチュア選手に対して、同じことをやられる危険性すらある(もっとも、それをやられた場合には、日本の学生野球団体の方が強く抵抗をしそう)ことから、双方の調整を図ったというのはそれなりにあり得そうな展開ではある。

 以上真相は不明ながら、NPBが佐々木麟太郎のドラフト指名(さらにはその後の契約)を昨年の時点では認めなかったことは、結論としては理解できるものだ。ただ、本来であれば、指名が可能な選手が誰であるかが規約上は明確でないということは好ましくないことは言うまでもない。この点は規約上も明確にされることが望ましい(し、いい加減NPBは協約その他の規約を公開してほしい)。
 仮に佐々木麟太郎に対する先例が生きてくるとなると、北米の学校に所属している新人選手(日本の学校に所属していた経験があるかまたは日本国籍がある選手で留学した選手というのは、今後も出てくるだろう)については、在学中には一定の場合に指名が制限されることになるだろう。しかし、これがMLBではなく他の海外のプロ野球の指名対象となっている新人選手の場合にはどうなるかは明らかではない。新人選手選択会議規約は日本の学校に所属しているか、所属していた経験がある、または日本国籍を有する選手は、ドラフト会議での指名を経ずにNPB球団と契約することができないとしている。この学校には高校(高野連に登録している高専や各種学校を含む)、大学だけでなく、中学校も含まれる(なぜか小学校は含まれない)上に、野球部員であったかどうかも関係がない。このため、日本国籍を有しているか、そうでなくとも日本国内の学校に所属した経験があった選手が、海外留学をした場合には、留学先のプロ野球団体とNPBの双方の指名対象となることは今後も起こりうる。
 当該団体のドラフト会議の規約では、所属している球団の戦力均衡や当該国のアマチュア団体との協定のために、アマチュア選手を自由に獲得できないにもかかわらず、その団体に所属していない海外の球団はそのような縛りを受けずに指名が可能となると双方の団体での紛争に繋がるだろう(これはドラフト会議のような制度がなく、選手の獲得が自由に行える他のプロスポーツでは生じ得ない、クローズドリーグ特有の問題と言える)。この点からもNPBのドラフト会議と海外のプロ野球団体のドラフト会議、双方の指名対象となっている(あるいは潜在的にその可能性がある)選手についての指名の制限については規定化されることが望ましいと思う。