山上徹也の刑の減軽を求める嘆願書

 

                 理    由

  山上徹也の犯行には何ら恨みが感じられない。なぜなら、自らの人生を破壊した人間に対する恨みがあるとすると、その頭部や心臓などを狙うはずであるが、首などの命中させているだけという態様からして、動機を発見して確定することは困難である。

 使い終わった67歳の政治家を処分しただけと大人全体から思われていることからしても、政治的センセーションを巻き起こすような事件ではない。生活に使い終わった高齢者の職員を捨てただけであるとすれば、誰も興味をそそられる余地がない。

 「令和元年のテロリズム」という書籍の、令和4年のテロリズムという本によれば、事件発生の跡地には少年が座っているだけという写真の添付もみられる。そうすると少年らが生活ごみを処分したという趣旨の事件として、何ら面白味もなく、政治的センセーションをかもすような機能を営む事件ではない。

 発生から3年も経過しており、大人は誰もこのようなものに興味をもっていない。

 係属している裁判所も地方の裁判所で、ガキが遊んでいる事件であることは明らかである。大人全体は白けているだけで、盛り上がっているのは、山上徹也に欲情した一部の報道のガキだけである。まともに法律の素養がある層からすれば、その趣意の大半は看破できているのであるから、誰も相手にしていない。

 逆に、令和7年になってから東京都で発生している事件、すなわち、24歳保険会社従業員刺殺事件、白石隆浩死刑囚の死刑執行など、大人の社会で将来有意な素材が処分されている事件こそ、法律家に欲情され、興味をそそっている。生活に要らないものを処分しただけという令和4年の事件とこれらの事件では趣旨が異なる。

 山上徹也に欲情しているのはマスコミの一部のガキだけであり、現時点ではすでに正体が看破されているのであるから、世間の誰も興味をもっていない。新聞などで、19回の公判全整理手続きがあり、令和8年1月21日に判決があるという内容からしても、誰も興味がないのであり、被告人を死刑等にする必要もない。新しい安倍晋三は埼玉県警などの警察官として働いているからであり、白々しい事件をこれ以上維持する実益はどこにも発見されない。

                                以 上