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ありふれた職業で世界最強  作者: 厨二好き/白米良
ありふれたアフターストーリーⅥ
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ミュウの春休み 戦場の爪痕




 盛大な波飛沫をV字に上げて、海を割るようにBD号が進む。


 水を寄せ付けない結界が船全体を包んでいるので、海上を進みながらも水滴一つ付いてないのがなんとも奇妙な光景だった。


 なのに、結界を通る対象をある程度選別できる機能のおかげで海風は十二分に通るものだから、なおさらである。


「おぉ~っ、すごいすごい! 海風きもてぃ! 最高ぉ~っです!! 空の旅より、クーネ的に好みかもしれません!!」


 海風で荒ぶるツインテールを気にした様子もなく、甲板の手すりから身を乗り出してはしゃぐクーネ。


「どうやらクーちゃんも海の女の適性があるようだな、なの」

「海中も素敵でした……。水の膜が船を覆って、陽の光でゆらゆら揺らめく光景が本当に綺麗で、ふふ、お魚さんが飛び込んできてしまった時は思わず声を上げてしまいましたし」


 手すりに背中を預け、腕を組み、「世界は異なれど海はあたいの庭よ」みたいな雰囲気を醸し出しながら姐さんぶっているミュウ。


 陽晴は陽晴で、片手で髪を押さえて気持ちよさそうに海風を浴びながら、特異な潜水体験を思い出してうっとりとしている。


 実に絵になる。どこかの深淵卿のように香ばしさ溢れる今のミュウよりも。


 それもそのはずだ。お金持ちの定番といえば豪華クルーザー。夏は海外の海で、クルーザーに乗ってバカンス! 一般人が想像する富裕層の休暇を、藤原家はきっちりかっちり毎年やってる。〝船上でのバカンス〟は陽晴が一番慣れているだろう。


「それにしても……やはり、こういう衣装はなかなか慣れませんね……」


 てれてれとおへそを隠すように手をお腹に添える陽晴。


 白を基調としたひらひらゆったりパンツルック。ヘソ出し肩出し、裾に向かうにつれ透明度が増していく生地。例えるなら踊り子の衣装というべきか。


 歓迎式典でクーネが着た礼装のラフ版というべき衣装である。


 海と言えば水着だが、実際に海に入って遊ぶわけではない。なので、それに近しい衣装をと思い三人お揃いで着ることにしたのだ。つまり、ミュウとクーネも同じ衣装である。


 ミュウは薄い水色で、クーネは淡い黄色という色違いではあるが。


 初日に色違いのお揃いパジャマを贈られたお礼として、後方領地の観光中に誂えたものだ。出発前にサイズを計ったので、元々クーネが用意していたお土産であるフリーサイズの伝統衣装と違い、ミュウと陽晴の体型にジャストフィットしている。


 王都に戻った後、送別会の時にシンクレア王国から頂いたたくさんの贈り物の一つだ。


 そう、そんな贈り物の一つを早速着用できている今日は、旅行の六日目である。


 後方領地を回り、昨日、王都に戻って盛大な送別会をしてもらって、現在は大陸の外に出て北へ北へと直進しているところだった。


「ヒナちゃん、とっても似合ってるの! 写真はばっちり撮ったから、帰ったら遠藤に見せてやるといいの。興奮間違いなしなの!」

「い、いえ、遠藤様は至って健全な方なので興奮はしないと思いますが……」


 九歳の少女の踊り子衣装で興奮する大学生……なるほど、やばい。遠藤様に興味は持ってもらいたいけれど、今の自分に興奮する姿はなんかやだ。可愛いね、似合ってるよ、くらいは言って欲しいけれど……


 と、乙女心を胸にもじもじする陽晴ちゃん。


「ヒーちゃんも水着くらいは着たことがあるのではないですか? そんなに恥ずかしいでしょうか? とクーネは疑問なのですが」


 不思議そうに小首を傾げるクーネ。なお、シンクレアの女性水着といえば基本的にセパレートタイプだ。


「わ、わたくしはワンピースタイプのものしか着たことがないのです。お父様がそれしかお許しにならなかったので」


 さもありなん。


 基本的に陽晴が海で過ごす時というのは、プライベートビーチかプライベートクルーザーで身内や使用人、ボディガード以外いない状態だ。


 なので、千景お母さんは「別にいいじゃない。好きなの着たら」と寛容だったのだが、「小学生でセパレートタイプなど早すぎる!」と、大晴パパがガンとして譲らなかったらしい。


「ですが少し興味はあったので、こういう衣装を着られて嬉しく思います。クーちゃん、ありがとうございます」

「えへへ、喜んでもらえたなら良かったです!」

「ミュウからもありがとうなの。パパはお姉ちゃん達に何日も踊り子衣装を着せてイチャイチャしちゃうくらい、こういう衣装が好きだから嬉しいの!」

「「え、あ……そうなんですね」」


 思わずハモるクーネと陽晴。


 魔王様に、そんな趣味があったとは……いや、むしろだからこそ魔王様?


 あらぬ誤解が少女達の間に広がる。


 一応、アンカジ公国の伝統衣装も踊り子タイプで、かつて滞在した時にユエ達がその衣装で過ごしていただけの話なのだが……


 トータス旅行の時、過去視でそれを見たミュウ的には、〝パパは無類の踊り子衣装好き〟に見えたらしい。パパ、えっちな目をしていたの……と。パパが聞いたら死にたくなるだろう。


「そ、そう言えばミーちゃんの生まれた世界にも砂漠の国があるんですよね? 初日のパジャマパーティーの時にそう聞いたと、クーネは記憶しています」


 なんとなく魔王様のいけない部分を垣間見てしまった気がして、慌てて話題を逸らすクーネ。実に空気が読める。


「みゅ! アンカジ公国っていうの。そう言えば、クーちゃんの国といろいろ似てるかも? 伝統のドレスとか、肌や髪色も。公女様であるアイリーお姉ちゃんも、すっごくお国を大切にしている人だから、クーちゃんとは話が合うかもなの」

「ほぇ~、砂漠という環境だと自然と文化や価値観も似てくるものなのかもしれませんねぇ。いつかミーちゃんの故郷も見てみたいですし、その時はぜひ視察に窺いたいものです。クーネ、異世界の砂漠の国に興味津々ですよ!」


 もちろん、シンクレア王国がまだまだ安定からは遠い現状を思えば、そう易々と女王が異世界へ出かけるなど無理な話ではある。


 とはいえ、いつかの夢として語るなら実に魅力的だ。


「その時は、ぜひまた三人で遊びましょう。わたくしを置いていかないでくださいね?」


 茶目っ気たっぷりに陽晴が笑う。ミュウはファサッと髪をかき上げた。


「まっかせろいっ、なの! 二人に海人族の水着――ほとんど普段着だけど、それをプレゼントしてあげる。ふふ、ビキニってやつだぜ、なの!」


 実際、海人族の衣装は極めて際どい。子供に至るまで。陸にいる時はワンピースやパレオを身につけたりもするが……基本、女性はビキニタイプの水着を普段着にしている。


「うっ、それは……いえっ、郷に入っては郷に従えといいますので、わたくしも頑張りますっ」


 両手をグッと握って、羞恥心と戦う覚悟(?)を決める陽晴ちゃん。


 そんな陽晴を見て、それから以前に会ったことのある香織や雫を思い出して、クーネはなんとなく思う。


「やはり地球とトータスでも価値観は違うのでしょうか? 地球の女性はおくゆかしいというか、肌をあまり見せたがらないといいますか……一方でトータスの方は開放的? に感じたといいますか……」

「みゅ? 世界の違いというより、それは国とか個人の違いだと思うけど……」


 なぜ、そんな結論に? とミュウが首を傾げる。クーネは真顔で答えた。


「だって、海人族は露出多めなのでしょう? ティオ様も胸元が全開でした。今にも零れ落ちそうなほど。ユエお姉様は存在がえっちです。そして何より……シア様が、ほら、あれですし……」

「は、反論できないの……」

「あ、はは……中央交易領地ヴィアラッテラ、でしたか? ……大変なことになっていましたね……」


 三人は顔を見合わせた。


 ミュウがそっと呟いて〝宝物庫〟を輝かせる。甲板上に各領地で頂いたお土産品が大量に出てきた。


 特産の食べ物や工芸品はもちろん、各領地の紋章を刻んだ特別な衣装や装飾品。希少な宝石や鉱石などなど。陽晴の分も預かっているが、今回はミュウの分だけ。それでも足元が埋まるくらいにはたくさんある。


 三人で女の子座りして戦利品を囲むミュウ達。


 クーネが、お土産の山の中から突き出す特徴的な髪飾り(?)を手に取った。陽晴は、その髪飾りの形が刺繍された布袋を山から掻き出し、中身を取り出した。それを広げる。ちょっと赤面する。


 再び顔を見合わせるミュウ達。しばし、なんとも言えない空気が漂い……


「なんか、うちのシアお姉ちゃんがごめんなさいなの……」

「い、いえ、シア様のせいではありませんから……ちょっとヴィアラッテラの皆が頭おかしい――じゃなくて、こじらせて――でもなくて、はっちゃけすぎている? だけですから」

「クーちゃん、本音が漏れていますよ」


 三人は自然と思い出していた。


 アークエットを観光した後、次に訪れた観光地――後方の商業における中心地というべき領地ヴィアラッテラを。ある意味もっとも強烈な印象を与えてくれた観光地を。











 太陽が中天を少し通り過ぎた頃合い。


「「「「「ようこそ!! (うるわ)しのヴィアラッテラへ!!!」」」」」


 例に漏れず、光輝達は二番目の観光地たる中央交易領地ヴィアラッテラで熱烈な歓迎を受けていた。


 BD号はアークエットの時と同じく領都から少し離れた街道沿いに着陸しているのだが、領都の正門からBD号の直ぐ手前まで、街道の両サイドに沿うようにしてびっしりと領民が列を成している。


 誰もが満面の笑みで、甲板から自分達を見下ろす光輝達を見上げていた。


 実際に救世主を見たわけではない人達ばかりだから、歓迎と感謝の気持ちだけでなく、推しの芸能人に会えると狂喜乱舞するファンの如き喜びと好奇心で瞳を輝かせている。


 その先頭、BD号のタラップの手前で、まるで舞台俳優の如く両腕を広げて歓迎を示すのは領主であるアッフェーリ・ヴィアラッテラだ。


 隣には当然、夫人もいる。四十代半ばのはずだが、金髪も褐色の肌にも艶があり、童顔かつ小柄なこともあって随分と若々しい見た目だ。


 その更に横には光輝と同い年くらいの青年と、高校生になりたてくらいの少女の姿も。息子と娘だろう。両親と同じ金髪褐色肌で、揃って容姿端麗だ。


 夫人は顔が真っ赤だ。非常に羞恥心を感じているらしい。


 逆に娘は父親同様に、何も恥じることはないと言わんばかりに胸を張っていた。


 そんな彼、彼女達の歓迎に、しかし、光輝達は反応しなかった。否、できなかったというべきか。


 各地の領主関係者は当然、クーネやモアナ達王都勢も、そしてコミュ力最強のミュウですらポカンッと口を開けて間抜け面をさらすか、お手本のような引き攣り顔になっている。


「な、な、なんですかこれはぁーーーーーっ!?」


 流石は女王というべきか。最初に我に返ったのはクーネだった。絶叫がりんりんと木霊する。


「アッフェーリぃいいい!!」

「はい、陛下!!」

「説明なさい!!」

「何をでしょうぉ!!!」

「その格好に決まってんだろっ、あぁん!?」


 スペンサーが「へ、陛下、お口が悪ぅございますぞっ。気持ちは……分かりますが」と耳元に言い添える。


 本当にね、と光輝達はスペンサーに同意した。確かに、動揺する気持ちは分かる。自分達もめちゃ動揺してるから。


 ヴィアラッテラに到着し、少しだけ待っていてほしいとアッフェーリが願い出たのは、ほんの数十分前のことだ。せっかくなので留守を預かる妻達と領民達に救世主の来訪を伝え、少しでも歓迎のムードを作らせてもらいたいとのことだった。


 光輝とクーネは了承した。


 そして、そのたった十数分後には領民が雪崩を打つように都から出てきて、その先頭をアロースに家族を乗せて戻って来たアッフェーリと共に、この眼下の異様な光景を作ったのだ。


 そう、


「おおっ、この衣装ですな! もちろん、救世主様御一行のお一人にして、我が麗しのヴィアラッテラの救い人――シア・ハウリア様の衣装でございますっ」

「でしょうねぇっ!!」


 領民総シア化計画!! と言わんばかりに、麗しのヴィアラッテラ女子達(一部男子達も)は統一された格好をしていたのだ!


 ウサミミを象った頭飾りをつけ、シアが当時着ていた服装を真似たデザインの服を着ていたのである。


 ちなみに、当時のシアの服装は、戦闘に赴くとあって他のメンバーと同様にトータス時代の衣装だった。


 あのほぼ水着みたいな服装である。激しい動きなんかしたら普通にパンツが見えてしまうような。なお、本人曰く「見せない動き方がありますから! 仮に見られても、既に日本で買った見せパンなので恥ずかしくない!」らしい。


 ハジメには未だに普通の下着とどこか違うのか分からない。ショートパンツのようなデザインですらない、むしろシアのむっちりしたお尻に食い込んでエロい――略。


 ともかく、細部はそれぞれアレンジされているとはいえ、そんな際どいシアスタイル+ウサミミ&ウサシッポの装飾が、元より交易の中心地としてファッションにも明るかったヴィアラッテラ女子の間で空前絶後の大流行となっているらしい。


 全ては、強くて可愛いシア様への憧れ故に。


 ちなみにパート2だが、ウサミミだけならヴィアラッテラ男子達もつけている。アッフェーリも例に漏れない。そして、アッフェーリは戦士ではないのにガチムチだ。身長が二メートル近いプロレスラーみたいな体格である。で、ウサミミである。ハウリアと気が合いそう。


 ガチムチ巨漢が実に良い笑顔でウサミミをゆらゆらさせている……


 クーネは悪夢でも見たような表情で、しかし、流石は女王というべきか、どうにか平静を心がけて問うた。


「報告書には、こんなこと書いていませんでしたが?」

「新たな流行の兆しあり。戦勝に伴い新事業として広げたく、と報告させて頂きましたぞ!」

「まさかこんなのとは思わないでしょう……」

「ハハッ、実は今日というめでたき日にお披露目したく、あえてぼかしておりました!!」

「でしょうねぇ!!」

「ヴィアラッテラ男子一同、心から感謝しております。何がとは言いませんが! 毎日、非常に眼福であると!」

「ほぼ言ってますよ、アッフェーリ」


 甲板から見渡せば、なるほど。男性達の笑顔の意味がまた少し違って見える。


 シア様ありがとう! シア様を呼んでくれた救世主もありがとう! おかげで周りの女性が毎日素敵な衣装で心がぴょんぴょんします! 今日もごはんがおいしい! と言っているように見える。


「見て下さい、クーネ様。妻のこの恥ずかしげな様子を。それがまたなんとも扇情的でございましょう? それに加えて、ふりふり揺れるウサミミとシッポの可愛いことと言ったら! まさにファッションの革命! おかげで毎日心が躍ります! 今日も食事が美味いのなんの! ハッハッハ! 近々、次男か次女が生まれるやもしれませんな!」


 実際に言いおった。他ならぬ領主が。ヴィアラッテラ男子一同、少年からお年寄りまで深く頷いていらっしゃる。


 それを見て、ヴィアラッテラ女子の皆さんも満更ではない様子。


 憧れの人の格好をして、身近な男性達が視線を注ぐのだ。素晴らしいと称賛するのだ。


 元より情熱的な性格の人が多く集まる都であるから、今の状況は男女共に大変満足のいくものらしい。


「うちのクーネたんに何を聞かせてるの、アッフェーリ? ミュウちゃんや陽晴ちゃんもいるのよ? 私の拳が唸るわよ? 何にとは言わないけれど」

「!? 申し訳ございませんでしたぁっ、モアナ様!!」


 モアナの瞳孔の開ききった目がご機嫌な領主の股間をロックオン。それに気が付いたアッフェーリさんは真っ青になって頭を下げた。次男か次女が作れなくなってしまう! と。


 そんな旦那さんの背中を、赤面&涙目でぽかぽかぺちぺちしている夫人。羞恥やら嬉しさやら怒りやら、もうなんだかいっぱいいっぱいの様子だ。なんというか、とても可愛らしい人だった。領主が情熱を再燃させるのも頷ける。


 なんにせよ、領主夫婦の関係は非常に良好なようで大変結構なことだった。


 と、どうにか割り切るクーネ女王。


 だってしょうがないだろう。


「まったく、殿方というものは」


 八歳の女の子のセリフではないが、クーネが肩越しにジト目になるのも無理はない。


「なんと素晴らしい。流石は麗しのヴィアラッテラ」

「確かにこれは革命だ。女性がつけるウサミミというものに、これほど心惹かれるとは」

「アッフェーリ殿めっ、うらやまけしからんっ」

「この光景が毎日、だと? ……そろそろ私も引退して移住するか」


 各地の領主達が揃って絶賛と羨望をアッフェーリに向けているのだもの!


 この流行を推奨し、全力で推していこうだなんて……あんた、漢だぜ! と言わんばかりに感心している。パラパラと拍手が混じるほど!


 奥さんが留守番中で傍にいないからか、本心がダダ漏れである。部下の女性や娘さん達が蔑みの目を向けてることに気が付かないほど、麗しのヴィアラッテラ女子に夢中だ!


「あ、あの、陛下。もしや、あの方の衣装を真似るのは不敬に当たりましたでしょうか?」


 クーネの表情から、アッフェーリが恐る恐る尋ねる。


 ハッとした表情で領民達がクーネを見る。嘘でしょ? 嘘だと言ってよ! と言ってそうな懇願の眼差しも全ての男性達から。


「いえ、そこはクーネではなくご本人次第でしょうけども……」


 チラッと光輝を見やるクーネ。全員の視線がザッと一糸乱れぬ動きで光輝に向いた。怖い。


「い、いやぁ、俺に聞かれても。連絡は取れないこともないけど……」


 こんなことでコストのかかる異世界間通信なんてしたくない。という本音が透けて見える。


「ミュウちゃんだったら仮の許可を出すくらいいいんじゃないかな?」


 ザッと全員の視線がミュウに向いた。直ぐ隣にいた陽晴が「うっ」と声を漏らして引いている。それほどの圧のある眼差しの群れ。


 ミュウは少し視線を泳がせつつ考える素振りを見せた。


 その間に、アッフェーリが近場の領民達に「魔王様のご息女様だ。つまり、シア様のお身内だ!」と伝えれば、さざ波の如き速さで後方の列まで伝播していく。


 固唾を呑む領民と領主達。


 ミュウはそろりとクーネに歩み寄った。欄干の上で仁王立ちしていたクーネが、器用にもそのまましゃがんで耳を寄せる。ミュウは背伸びをしつつ口元を手で隠すようにして小声で尋ねた。


「クーちゃん的に、シアお姉ちゃんファッションが流行るのは困る?」

「……別に困るわけじゃありません。そもそも服装は個人の自由ですから、シア様がお嫌でなければクーネが口を出すことではないでしょうし」


 実際、ミュウや陽晴と共に個人的に楽しむ分には、むしろクーネ自身も興味があるくらいだ。特にウサミミ&ウサシッポがかわいい……と。


 ただ、万が一、王都の戦士達までウサミミを付け始めたらと思うと……


 あと王国の人口の半数以上の普段着が水着レベルの露出となると風紀的に大丈夫かしらん? という不安も拭えない。だって、周囲の男共が実際に興奮してるし。領主、数十年ぶりの子作りしようとしてるし。


 なので、なんとも言えない表情になってしまうクーネ。微妙な葛藤が見える。


 それを見て、ミュウは「ふむ」と一つ頷いた。


 そして、固唾を呑む領主達と領民達に向かって、


「ええっと、どんな服を着たいかは個人の自由なので特に問題はないと思います!」


 声高に結論を叫んだ。


 その瞬間、割れんばかりの拍手喝采が空気を震わせる。まるで戦勝宣言した時の王都のよう! そこまで嬉しいか!? とクーネもモアナも顔が引き攣っていくのを止められない。


 ミュウは湧き上がるヴィアラッテラの人々と各地の領主達の前でスマホを取り出した。


 ササッと操作しつつ船の縁に上り、クーネの隣に立つ。


「ちなみに!!」


 ミュウの声でスンッと静かになる領民達。条件があるとでも思ったのか真剣な表情だ。


 そんな彼等の前で、スマホから放たれた光が空中に拡大された写真を写し出した。内部に保存している写真をホログラムのように投影する機能だ。


 その写真には、


「シ、シア様だ! シア様がご光臨されたぞ!!」


 ミュウとシアが川辺でピースするツーショットが写っていた。キャンプに行った時のやつだ。アッフェーリ、大興奮。もちろん、領民達も大興奮。


 だが、直ぐに異変に気が付く。


「む? 露出が……少ない? ウ、ウサミミは……」


 デニムのホットパンツにノースリーブのシャツ。下はスポーツサンダル。相変わらず露出は多めだが、トータス時代の衣装ほどではない。ホットパンツはゆったり目のデザインだし、シャツもヘソ出しではないからだ。


 日本に移住してからは、きちんと人目を気にして露出控えめにしているのである。もちろん、傍目にはウサミミも見えない。


「シアお姉ちゃんは、こんな服装も好きです!!」

「馬鹿なっ、おみ足が隠されている、だとっ!?」


 写真がスライド表示される。森の中の散歩道で撮った南雲家の集合写真だ。シアはカーゴパンツにスニーカー、上はヘソ出しだが胸元は隠れるシャツを着ている。秋に紅葉を見に行った時の写真である。


「寒い日はこんな感じ!!」

「そんな!? シア様がモコモコしていらっしゃる!?」


 上はライトダウン、ぽんぽんつきニット、下はジーンズとブーツだ。ミュウと一緒に雪だるまを作っている時の写真である。


 ざわつく領民達。愕然とするアッフェーリと領主達。


 そんな彼等に、ミュウは言った。


「シアお姉ちゃんはおしゃれさん! ウサミミを見せない時も、ちゃんと服を着ている時も――ありまぁーーすっ!!」


 なんだってぇーーっ!? という驚愕が迸る。追加で一撃。


「皆さんが真似ているその服装は、シアお姉ちゃんの――――戦闘服ですっ!! いろんな意味で!」

「「「「「いろんな意味で!?」」」」」


 いろんな意味(意味深)。なんとなく察する領民の皆さん。そうか……露出過多なこの衣装、乙女の戦闘服だったのか。普段着じゃないんだな……と顔を見合わせる。


 ミュウちゃん、止めの一撃。


「シアお姉ちゃんのお写真、いっぱい見せてあげるので! 真似たいなら皆さんもい~~っぱいおしゃれさんになりましょう!」


 これが、露出過多もウサミミ戦士(おっさん)も蔓延しないたった一つの冴えた扇動。


「シアお姉ちゃんが大好きな異世界のファッション、知りたくないですかーーーっなの!」


 領民と領主達の心は一つだった。


「「「「「知りたいでぇ~~~~っす!!!」」」」」


 この日、ヴィアラッテラに新たなファッションの概念が大量に入荷されたのだった。












「振り返れば、ヴィアラッテラでの時間はほとんどミーちゃんのファッション講義だったような……すみません、ミーちゃん。クーネがもっとしっかりしていれば」


 回想から戻って、クーネが申し訳なさそうに眉を八の字にする。


「謝らないで、クーちゃん。十分に観光もできたの。ね? ヒナちゃん」

「はい、それはもう十分に。それにヴィアラッテラ最高と謳われる職人の方々がお作りになった、これらもいただけましたし」


 ウサミミと、シアのコスプレグッズ……。もちろん、ミュウサイズ。陽晴の分もある。ウサミミは本物と見紛う出来だ。どうやれば、模造品でこのモフモフ感を出せるのか。


 なお、今のヴィアラッテラには普通にウサミミとコスプレグッズが店頭に並んでいる。これからは戦闘服(意味深)として売るそうだ。もちろん、ミュウから写真付きで解説してもらった他の服装も順次出していくらしい。


「ヴィアラッテラ発信の新たな服飾がシンクレアを席巻しそうですね。ミーちゃん、最後には〝伝道師様〟と呼ばれて崇められていましたし」

「照れるぜ、なの。でも、実はほとんどママの受け売りなの」

「ふふ、ミュウちゃんのお母様は服飾デザインのお仕事をされていますものね。ご自身の教えたことで娘が評価されていると知れば、きっとお喜びなりますよ」


 くすりと笑い合って、各領地のお土産品を手に取って思い出話に花を咲かせて(?)いく三人。


 例えば三日目に訪れた海沿いの領地パラブレッロでは、海鮮料理を堪能したり、この世界独自の漁業船――海のアロースとも呼ばれる大きな海蛇(サルーパ)を調教し牽引させる船――を実際に操船してみたり。


「流石にサルーパ自体の贈り物は遠慮させていただきましたけど、わたくし、ウミヘビさんの印象が変わりました。存外に可愛らしいものなのですね」

「アロースと同じくらい知能が高く、温厚な生き物ですからね。あの円らな瞳が愛らしいという方は多いですよ」

「ミュウが海に飛び込んだら、いっぱい寄ってきて一緒に泳いでくれたの!」

「ミーちゃん、二度としないでくださいね? 我慢できねぇの! なんて言って二十メートルはある崖上からダイブした時は肝が冷えましたからね? クーネとの約束ですよ!」


 それはそれはお手本のように美しいダイブだった。プロの飛び込み選手みたいに、ほとんど波飛沫も上がらないほど。


 真っ青になる光輝や領主達をよそに、スイーッと滑るように泳ぐ姿は流石、海の申し子たる海人族といった感じだったが。


 心配そうに寄ってきた大量のサルーパが周囲を泳ぐ様は、まさに捕食される寸前の幼児といった有様で、光輝は更に青ざめて聖剣を抜いたほどだったのだが……


「ミュウちゃん、瞬く間にサルーパさん達と仲良くなってましたね?」

「目と目で通じ合えるの」


 らしい。およそ普通の人間には不可能な潜水能力と水泳能力を持つ海人族である。水中を快速で飛ばせば、サルーパはリュ~ッリュ~ッと独特な鳴き声を上げなら追随。


 あたかもシンクロナイズドスイミングでもしているみたいに、どこか楽しげにミュウと海の舞踏を披露した。


 これにはクーネや陽晴達はもちろん、現地の領民達も拍手喝采だ。


「もてなすつもりが、むしろ自分達の方がもてなされてしまったと、領主(レジエ)が苦笑いしていましたね」

「ミュウちゃん、パラブレッロに伝わるお伽噺の登場人物になぞらえて〝海の愛し子〟と呼ばれていましたね」

「う、敬われるのはちょっと困ったの。異世界の海を堪能したかっただけなのに」


 伝説の再来だ! と特にご年配の方々には敬愛の念を持たれたのである。


 それはそれとして、三人はお土産に埋もれているパラブレッロ産のお土産については中々言及しなかった。互いに口火は誰が切る? みたいに視線を交わし合っている。


 それもそのはずだ。


「……なんか、うちのティオお姉ちゃんがごめんなさいなの」

「い、いえ! ティオ様が悪いわけではありませんから! こ、これはこれで素敵な彫像といいますか、ええ、クーネは好きといいますか……」

「……どう見てもやべぇ邪神像にしか見えないのに?」


 クーネはスッと視線を逸らした。陽晴も苦笑している。


 ごとりと重そうな音を立てて、ミュウがちょっと触りたくなさそうに領主レジエからお土産に持たされたものを三人の中心に置く。


 それは黒竜だった。ティオの竜化状態を模した彫像だった。職人の腕が光る、細部までこだわった見事な逸品だ。


 もっとも、再現度の高さがいつだって最良の結果をもたらすわけではない。


 そう、例えば、顔面部分がやたらとだらしなく緩んでいて、言わば恍惚顔であるところや。叱られた犬のように尾を股の間に巻き込んでいるところや、片腕を伸ばして尻を抑えているところなどなど。


 なんというか、見た目は邪竜なのに雰囲気は淫靡という名状し難い冒涜性が滲み出ているというか。


 当時、ティオは額と尻にゴム弾を撃ち込まれた挙げ句、ゲートを通じて海にポイ捨てされるという仕打ちを受けて絶賛歓喜中だったので仕方ない。ハジメの気遣いだ。万が一に備えて力の底上げ(痛覚変換)をしてあげたのである。


「むしろ、こんなティオ様の彫像を大量生産して、それどころか偶像崇拝しちゃってるパラブレッロの皆を許してください」


 頭を下げるクーネ。陽晴がひょこっとお土産の山から鎖を引っ張る。その先には子供の掌サイズの黒竜ティオがいた。やっぱり同じポーズと表情だ。


 これは、今のパラブレッロ民にとって、言わばクリスチャンが身につける十字架のようなものらしい。彫像は一家に一つ置く用で、町の中心には巨大なこの像が鎮座している。


 一種の守り神として、パラブレッロの人達は日々感謝と崇拝を捧げているそうだ。どうかしている。


「やっぱりうちのティオお姉ちゃんがごめんなさいなの。領主のレジエさん、ちょっと目が死にかけてたの……」


 実は、レジエ・パラブレッロはまだ二十歳になったばかりの青年だ。ティオの救援以降、ほんの数日で代替わりしたのである。他ならぬ父親にして前領主クライヴ・パラブレッロの命令で。


 なんでも、海から響いてきた荒ぶる吐息(ハァハァ)と、喘ぐような気持ち悪い呟きが延々と頭を巡って頭がおかしくなりそうで引退したらしい。


 で、しっかり感謝と崇拝を捧げないと、今度は守り神ではなく祟り神になるかもしれないと恐れ、ティオの偶像崇拝を最後の命令として発令したとのことだった。


 もちろん、後方の領地にも情報が共有された今はティオが救世主一行の一人で邪神でもなんでもないと分かっているのだが……


 前領主の最後の命令とあってレジエ的にも容易に取り下げができず……新たな宗教が生まれそうな状況と、その教祖が父親になりそうな予感で、若き領主の前髪は早くも撤退を始めている。


「きっかけはなんであれ感謝と畏敬の念は本当ですから、もう領民の皆様も礼拝が習慣化し始めているようですしね……」

「なんか本当にティオお姉ちゃんが……ううんっ、元凶であるうちのパパが、いやでも、やっぱりティオお姉ちゃんもごめんなさい!」

「い、いえいえ、本当に気にしないでください! 魔王様方が悪いことなんて何もありませんから! 感謝しかないですよ!」

「で、でも他の領地でも……」


 ミュウが申し訳なさそうに一際目立つお土産を手に取った。いや、担いだというべきか。なんとなし肩紐に腕を通してリュックのように背負う。


「どうして香織お姉ちゃんに救われた人は翼を授かりたがるのか、なの……」


 第二集積領地リッズガル。香織が死者蘇生の奇跡を使い、更には〝暗き者〟を塵に還すという圧倒的で絶対的な戦いを見せた領地だ。


 何があったのかは言わずもがな。かつてトータス旅行をした際、アンカジ公国で見た光景がリッズガルでも広がっていたのだ。リッズガルの皆さん、ハローニューワールド!


 救いは、まだ頭のおかしい信者集団にはなっていなかったことか。ヴィアラッテラと同じく〝素敵だから〟という憧れレベルだった。つまり、ヴィアラッテラのウサミミが、リッズガルでは翼というわけだ。


「鈴お姉ちゃんと龍太郎お兄さんが助けに行ったところは……」

「エーラッハの皆、完全にトラウマを抱えていましたね。ロスコーみたいに」

「虫に対して異常なまでに過敏といいますか……屋敷の中に虫が入ってきていないか血眼になって捜す様は少し恐ろしく思ってしまいました……」


 小バエが一匹。ミュウ達が領主の館に招かれた際に紛れ込んでいたそれに、使用人達は某薩摩の剣士よろしく「「「「「キィエエエエエエエッ」」」」」と絶叫しながら飛びかかったのだ。


 素晴らしく俊敏な動きだった。女性も男性も関係なく、それぞれ食器用ナイフや手ぬぐいを拳に巻いた即席メリケンサックやら掃除用具やらで、「絶対に初撃で仕留めるッッ」的な気迫と共に。


 そして、小バエ一匹を十数人がかりで駆除するという完全なるオーバーキルをするや否や、「大変失礼しました。ここに虫はいません! どうぞ、おくつろぎください!」と、今の今まで晒していた鬼気迫る表情が嘘だったみたいに、輝かしい笑顔になったのである。


 怖かった。特産である最高に美味しいフルーツをご馳走になっていた最中のことである。完全に不意打ちだったので尚更。「何事ぉ!?」とミュウ達三人は仲良く飛び上がり、そのままヒシッと抱き合ったくらいだ。


 なお、光輝とモアナとアウラロッドも同じ状態だった。彼等の絶対虫殺すマン&ウーマンぶりは勇者と元戦士の女王、そして元女神すら竦ませるものだったらしい。


「エーラッハは最大の果樹栽培を担う領地。果樹園に虫は付きものなんですが……」


 害虫駆除は当然するものの、特に害のない虫は普通に共存していたエーラッハ。虫が苦手な人も少なかった。


 しかし今は、総エーラッハ民が心を一つにしている。「駆逐してやるっ。この領地から一匹残らず!!」と。


 虫型の〝暗き者〟を蹂躙し、あるいは主に隠れてこっそりと捕食していた鈴の虫軍団のグロ度マックスな戦場は、エーラッハの人達に消えないトラウマと狂気を与えてしまったらしい。


 一応、益虫もいるので領主は必死に諫めているようだが……領民達のトラウマは深い。


「鈴お姉ちゃんがごめんなさい! でも、鈴お姉ちゃんは虫にしか好かれない可哀想な人で! イナバさんも雇用契約が切れてたから!」

「あっ、いえ、責めているわけじゃありませんよ。あと少し遅れていたら今頃エーラッハは崩壊していたかもしれないのですから感謝しかありません。領主のポストレもそう言っていたでしょう?」

「……みゅ。それじゃあ、愛子お姉ちゃん達に頼まなくていい? 魂魄魔法で心を治してあげて――」

「ぜひお願いします」

「あ、はい」


 真顔のクーネにミュウはコクコクと頷いた。それに苦笑しつつ、陽晴はお土産の中から黒く塗られた木刀を手に取った。


「結局、八重樫様が救援に向かわれたアンドレアルが一番平和だったかもしれませんね」


 変わった点といえば、領都の一角が京都のお土産屋さんみたいになっていたことくらいか。つまり、黒い木刀やら模造刀がやたらと売られていたのである。


 子供達の間では、それでチャンバラごっこするのが流行っており、自警団の間では居合斬りの練習が流行っているらしい。


 近々、ガンマンの早撃ち大会みたいに、抜刀術の速度を競う大会が開かれるとか。


「流石は雫お姉ちゃんなの。どんな時でも結果的に一番平穏!」

「確かに……ユエお姉様が救援に向かって下さった最南端の領地(ラスヴィート)も……ある意味、一番まずい気がしないでもないですし」


 顔を上げて、進路の先の水平線をなんとなしに見やるクーネ。陽晴が布に包まれた額縁を取り出す。布を丁寧に解くと、そこにはなんとも神々しい女神の絵が。


 大人モードのユエが三重の輪後光を背に、まるで民を迎え入れるようにゆるく手を広げている。その後ろは暗雲だが禍々しさはない。天使の梯子というべき光が幾筋も差し込んでいて逆に神々しさを助長している。


 ミュウが別の絵を取り出せば、そこには夜を支配する女王様の如く、雷の龍を侍らせて艶然と微笑むユエの姿が。


 他にもあらゆる構図で描かれた芸術的なユエの絵画が幾枚も。


 しかして、そのタイトルには――


「――〝フォルティーナ様の降臨〟」

「こっちは〝いと尊きフォルティーナ様の微笑み〟、ですね」


 全てに〝フォルティーナ様〟の名が入っていた。奇しくも、ラスヴィートは芸術家が多い領地であったこともあって、瞬く間に当時のユエを表現した作品が溢れたのだ。


 ミュウと陽晴がクーネを見やる。クーネは頭を抱えていた。


「情報共有はしたのですよ? この方はフォルティーナ様ではないと。魔王様の奥方様だとちゃんと通達したのです!」


 だがしかし、神域&大人モードのユエはそう――あまりに美しすぎたのだ。常軌を逸した神々しさだったのだ。非現実的で、圧倒的で、老若男女の区別なく理性を溶かしてしまうほど魅惑的だったのだ。


 そんな存在が、いくら救世主様のお仲間とはいえ一人の男の奥方なんてあるはずがない! あってたまるか! ならばあの方こそが女神! つまりフォルティーナ様に違いない! QED! と。


 あるいは、はは~ん? さては嫉妬だな? ラスヴィートだけフォルティーナ様が降臨したから嫉妬して別人だと言い張っているんだな? とか。


 他にも、本当は姿を晒したくなったフォルティーナ様の意向を汲んだ王家が誤魔化しているに違いない。分かってる分かってる。そういうことにしときますよ、とか。


「どうあっても別人だと理解しない! する気がない! 妄信です! 完全なる妄信ですよ! みんなユエお姉様に魅了されてしまってます!」

「うちのユエお姉ちゃんがごめんなさい」

「ユエお姉様の魅力の前に抗えるわけがないので仕方ないです! クーネも大人モードのユエお姉様によしよしされたい。耳元で囁かれたい――」

「クーちゃん! 正気に戻ってください!」


 ペチペチと陽晴に頬を叩かれてハッと我を取り戻すクーネ。いつの間にか、絵画を抱き締めて妄想に耽ってしまっていた。げに恐ろしきはユエの魅力か。


 ちなみに、クーネはこの中で一番ユエの絵画を手に入れている。


「ごほんっ。とにかく、フォルティーナ様が不敬だとお怒りにならなければいいのですが……」


 この世界における恵樹の化身への想いが信仰心であったなら、きっとラスヴィートの領民達もここまではっちゃけなかっただろう。


 しかし、実際は信仰ではなく、ましてフォルティーナを崇める宗教があるわけでもない。人々が日々、自然やその恵みに感謝する気持ちと同じで、畏敬というより親愛の気持ちなのだ。


「ラスヴィートの方々は少し宗教じみてきていましたね。フォルティーナ様からすると、別人が自分の名前で信仰され始めているという状況ですから……」

「ヒーちゃん、それ以上、言わないでください……」

「というか、フォルティーナ様の前にパパがどう思うか……一応、報告しておくの。利害の一致で絵画撲滅キャンペーンが始まるかも」

「ミーちゃん、それは存分に言っておいてください。ただし、クーネの絵画は死んでも渡しませんから」

「ク、クーちゃん……」


 一番魅了されているのは、やはりこの小さな女王様かもしれない。強い憧れがあるのだろう。こんな大人のお姉さんになりたいという。実の姉が泣きそう。


 と、そこで不意にBD号が高度を上げ始めた。ふわりとした浮遊感にクーネが「ほわっ」と声を上げ、恥ずかしそうに俯いた。


 波飛沫がなくなり、海面が遠くなっていく。


「三人とも、随分と話が弾んでるみたいだね」

「クーネたん、楽しそうね。昔はお姉ちゃんお姉ちゃんとずっと後ろをついてきたのに――」

「という妄想をしていたんですね――アッ、痛いっ」

「お姉ちゃん、少し寂しい」


 右腕部の螺旋階段から光輝、モアナ、アウラロッドの三人が降りてくる。


 女の子が三人、大量のお土産を囲って女の子座りで熱心におしゃべりしている姿は、頭部の展望台からも見えていたのだろう。とても微笑ましそうだ。


 モアナは慈愛の表情をクーネに向けている。アウラロッドは額を抑えながら涙目だ。デコピンされたせいで。


「光輝お兄さん……弾んでいるというか……その、パパ達の救援って、割と戦場の爪痕? 的なものを残してるなぁ~って」

「確かにね!」

「本当にね!」


 光輝とモアナは激しく同意した。特にモアナは、シンクレアの文化が各領地から凄まじく変わっていくのでは? それも混沌とした文化に、という懸念が隠せていない。


「ま、まぁ、大切なのは命です! 多くの民が救われた。それ以上に大事な事実はありません! ないとクーネは断言しますよ!」

「クーネたん、ちょっと無理してない? 自棄(やけ)気味というか……」

「新時代、万歳! シンクレアは変わっていくのです!」

「やっぱり、自棄が入っているね」


 立ち上がって、船首へダッシュ。仁王立ちして片手を腰にあて、大海原を指さす女王様。シンクレアの明日はこっちだ! これでいいのだ!


 ミュウはたまらずダッシュで駆け寄った。背後から抱きつき、


「パパに報告しておくの! 戦後のケアもしてもらえませんかってお願いしておくから!」


 と叫ぶ。クーネは振り返り、今度は自分から抱きついた。


「ミーちゃん!! 好き!!」


 友情を確かめ合う少女二人。陽晴が出遅れたと言わんばかりに慌てて走り寄り、抱き合うクーネとミュウの手前で少しオロオロ。一拍おいて、えいやっと抱きつく。仲間はずれが嫌だったらしい。かわいい。


 しばらく少女達の微笑ましい様子を眺めた後。


「ええっと、いいかな? そろそろ到着すると思うんだけど……」

「おや、もうですか? 流石に早いですね!」


 ミュウと陽晴から身を離したクーネ。三人仲良く手を繋いで戻ってくる。


 ミュウがいそいそとお土産を〝宝物庫〟に戻している間に、クーネは申し訳なさそうに眉を八の字にして光輝を見上げた。


「すみません、光輝様。わざわざクーネのお願いを聞いていただいて」

「気にしないでいいよ。どうせ進路上だし、モアナからもお願いされたことだからね」

「直接の交友こそ長らくなかったけれど、手紙の返事すらもないというのは私も気になってはいたから……」


 旅行六日目の今日、BD号は予定通り恵樹のもとへ向かっている。場所はほぼ特定済みだ。


 光輝が懐から取り出した懐中時計をパカリと開く。日本時間を正確に刻む時計であり、同時に四本目の紅い針が当該世界の大樹を指し示すアーティファクトだ。


 ハジメが羅針盤で探し当てた各世界の大樹の場所を記録した、大樹の位置のみを指し示す能力限定版の羅針盤である。光輝は〝樹導盤〟と呼んでいる。


 その紅い針は真っ直ぐに前方を指していた。


 ただし、向かっているのは、シンクレア王国に対して星のほぼ反対側にある恵樹の場所ではなく、その進路上にある島国――シルトレーテ王国だ。


「確か、パラブレッロで見た海蛇(サルーパ)を使ってやり取りをしているんだっけ?」

「そうよ、光輝。海を通すのが最も安全な伝達方法だから」

「サルーパはお利口さんですからね。シャバルシャンとも同じやり方です。山岳地帯を越えるより早いし安全なんです」


 小さな瓶に、水に強い布とインクで書いた伝書を入れ、それを丸呑みしてもらって運ぶのだ。現地で向こう側の連絡員に吐き出す形で渡すのである。


「クーちゃん。海に〝暗き者〟はいないのですか?」

「そうですね。不思議なことに確認されたことはありません」


 飛行系や虫系もいるのに、海棲の〝暗き者〟はいない。それどころか海に出て迂回して別の場所を狙うということもほぼしない。


 昔、もしや海水が弱点なのでは? と考えた者が試したことがあるが、ぶっかけられたところで特に気にした様子はなく目論みは外れた。


「そもそも〝暗き者〟について分かっていることは、あまりないのです」

「あいつら捕虜にもできないから尋問できないのよね……直ぐに自殺するのよ。生き恥は晒さないって」


 立場が逆ならシンクレアの戦士も同じことをするとはいえ、モアナの表情は苦々しい。


 瘴気を操ること、自然から瘴気を吸収すること、その蛮族的な性質以外はほとんど分かっていない。情報を得る機会が極端に少ないのだ。


「一応、繁殖方法? は過去に偶然、現場を偵察できた者がいるので記録があるのですけど……」

「は、繁殖方法?」


 光輝が少し動揺する。ミュウちゃんと陽晴ちゃんに聞かせていいのだろうか? と。


 クーネは特に気にした様子もなく続けた。恥ずかしげもない様子から、どうやら光輝が一瞬想像した(なぜかイケメンリーリンが脳裏に浮かんだ)ようなものではないらしい。


「ええ、奴等はどうも瘴気から生まれるらしいですね。複数体で瘴気を放出し、局所的な超高濃度状態を維持するらしいです。目撃者によれば大人が蹲ったくらいの大きさの黒い卵に見えたとか」

「その時は鱗竜種の出生現場だったらしいのだけど、どうも自分達の一部、鱗とか牙とかを切り取って入れていたらしいわ」

「一種の遺伝子情報ってことかな? それで生まれてくる同胞の種別を決める的な……」

「いでんし? というのは分かりませんが、種族を決める方法はおそらくそうだろうと、クーネ達は予測しています」


 ま、生態に関して分かっているのはこれくらいなんですけど、と肩を竦めるクーネ。


「ともかく、《暗き者》がいないだけ海は比較的に安全なわけです。なので、シルトレーテからの返事はもう届いていてもおかしくないのですけどね……」


 従来通りなら一ヶ月前には届いているはずだった。とはいえ、まだ一ヶ月のずれとも言える。海はそれだけで魔境だ。嵐もあれば凶暴な海洋生物だっている。


 不測の事態はいくらでも起きうることだから、そこまで懸念しているわけではない。あくまでついでだ。


「まぁ、最初の方は海中見学とか高速航行とか海を楽しみながら行くつもりだったから、寄り道くらい問題ないし、なんならクーネが直接、向こうの人に黒王討伐を伝えてあげればいいんじゃないかな?」

「はい! ありがとうございます、光輝様!」

「ふふ、引き留められないように気を付けなきゃね? クーネたん」

「でもでもモアナお姉さん! 一応、余裕を見て二日取ったわけだから、島国見学する時間はあると思うの!」

「日本と同じ、異世界の島国……わたくし、気になります!」


 なんて少しの懸念を頭の隅に追いやって、再び姦しく談笑を始めたミュウ達。


 一人、「そうですね。私も異世界の、それも創世からの女神と対面するのは……リタイア組なのでよく考えたら気まずいですし、もう少し心の準備がほしいですし」とかのたまっている元女神がいるが、それは放置して。


 その時だった。緩やかなバカンスの空気が唐突に破られたのは。


『こ、光輝殿! 展望台にお戻りください! いえ、その前に停船を!!』

「!? スペンサーさん?」


 光輝達に代わり展望台に詰めていたスペンサーの、緊迫を孕んだ怒声が、船内のあらゆる場所に設置されている通信機を通して響いた。


 光輝は理由を問わず、とにもかくにもとバングルを使って徐々に速度を落とした。


『ぜ、前方です。そちらからも……見えるでしょうか?』

「スペンサーさん、いったいどうしたんですか?」


 光輝はBD号の高度を少しずつ上げながら、展望台に戻るより早いと思い船首に駆け寄った。いつでも冷静沈着な歴戦の戦士であるスペンサーが、酷く動揺しているように思えて、否応なく緊張感が高まる。


 モアナやミュウ達も急いで光輝の後に続いた。


 そして、見た。


「……え? うそ……」


 クーネが思わずといった様子で呟く。目を見開いている。


 愕然とした様子はモアナ達も同じ。


 それもそのはずだ。


 シルトレーテ王国。日本の九州くらいの大きさの島国は今――凄まじい規模の瘴気に覆われていたのだから。


 海岸線が見えない。現在の高度では島の地平線も見えない。まるで島全体が黒い霧にすっぽりと覆われてしまっているかのようだ。


 少なくとも、シルトレーテ王国の王都が見えるはずの場所は瘴気の中だった。


 その光景に呆然としている間に、それは姿を見せた。


 まるでこちらの接近に気が付いたみたいに、ちょうど中間位置の海の中から。


 例えるなら、天剣モードのアウラロッドに絡みつかれていたミュウの姿をBD号並に巨大化させた姿というべきか。


 無数の触手が絡み合ったような巨大な球だ。凄まじい量の瘴気を噴き出している。怪物の周りだけ歪んで見えるほど。


 あれは《暗き者》なのか?


 見たことも聞いたこともない、あまりに奇怪で巨大な存在に、そんな疑問が首をもたげた――その次の瞬間だった。


「っ、来るッ!!」


 圧倒的な害意と共に、それは凄まじい勢いで急迫した。


 海に《暗き者》はいない。


 その常識が覆された瞬間だった。


いつもお読みいただきありがとうございます。

感想・意見・誤字脱字報告もありがとうございます。


すみません、白米はやっぱりでした……


※ネタ紹介

・駆逐してやる!

 ⇒進撃の巨人より。


※エーラッハの領主名を変更しました。ご指摘下さった方ありがとうございます。

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― 新着の感想 ―
冒頭の文が「盛大な血飛沫を」に見えた私はもう魔王色に染まり切ってると思いました。 大好きなので一気に見返し中で、前回の内容が内容だったので・・・。
[良い点] アッフェーラでのミュウちゃんによるシアのファッション紹介の描写が好きです!という点。 もちろん三人少女のガールズトークは、たとえそれがトラウマティックな戦後処理の必要を訴えるものであったと…
[良い点] ユエお姉様は存在がえっちですwwwwww はい。 [一言] 日常の漫画家さんにこの話描いて貰いたいぃぃぃ!!
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