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ありふれた職業で世界最強  作者: 厨二好き/白米良
ありふれたアフターストーリーⅤ
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トータス旅行記58 ボク、悪い怪物じゃないよ、ぷるぷる

24,000字近く書いても最後まで辿り着かない。何年やってもプロットは直ぐに死ぬ。ほんと白米って奴は……

というわけで、今年最後の更新は大晦日になりました。よろしくお願いいたします。


それはそれとして、メリークリスマスです!




「大変っ、申し訳なかった!!」


 公主の謝罪が、キラキラと輝くオアシスの湖畔に木霊する。


 ハジメ達の表情は引き攣っていた。愁や菫など親達も言葉が見つからない様子で視線を泳がせている。


 謝罪が血の滲むような声音だったから、というわけではない。もちろん、受け入れ難いから、というわけでもない。


 まして、野次馬がより一層集まってきているからでも、彼等がしんっと静まり返っているからでもない。


 いや、それらも当然あるにはあるのだが、最大の原因は、この状況が霞むくらい見ていられない事態が足元に転がっているからだったりする。


「うっ、うぅ、私の翼が……」


 片翼の天使が、腹を押さえながらうずくまっていた。嗚咽を漏らしながら、粉微塵に砕け散った自分の片翼を見つめている。とっても悲しげ。


「誰か、私に新たな翼を授けて――」


 信者達に手を伸ばす哀れな天使教団の教祖様。翼を授けてくれるらしいレッド○ルは当然ながらないので、信者の一人が慌てて背負っていた自分の翼を譲ろうとする。が、


「肩甲骨ごと粉砕されたい者は前に出なさい」


 肩越しに振り返ったランズィ公の瞳孔が収縮していたのでスッと背負い直した。


「肩甲骨ごと粉砕されたいということか?」

「「「「「……」」」」」


 一糸乱れぬ動きでスッと翼を下ろす天使モドキ達。無事、スリット深めのじょそう――神官服(?)を着ただけのガチムチ集団になれたようだ。


「酷いです、父上! これは不当な弾圧だ――」

「ぬぅんっ」

「アーーーーッ!?」


 片翼の天使モドキは、その片翼ももぎ取られてしまった。頑丈そうな背負いベルトまで千切れる勢いだったせいか、両肩に深刻なダメージが入った模様。


「香織様が求めるならば許そう。だが、それまでは提案に止めよと命じたはずだ」


 いや、ランズィさん……息子さんの両肩、だらんっとしちゃってますよ。痛みで白目剥いてますよ……とツッコミたいハジメ達。


 もちろん、ランズィが全身から限界突破でもしているかのような怒気と覇気を発しているせいでなんにも言えない。


「香織殿」

「はひっ」


 あまりにショッキングな光景を前に気絶していた香織だが、いつの間にか目を覚ましていたらしい。たぶん、公主パンチが息子の腹にめり込んだ際の大砲のような衝撃音のおかげだろう。


 そのランズィが急に申し訳なさそうな、よく言えば人好きのする穏やかな表情を向けてきたので、思わず飛び跳ねてしまう。一瞬前の鬼面が残像のようにだぶっちゃう……


「見ての通り、愚息は頭がおかしい……ではなく、貴女への感謝と信頼をこじらせておりまして」

「まったく誤魔化せてないですけど同意します」


 香織も割と辛辣。智一パパと薫子ママがギョッとした視線を向ける。公主様に面と向かって、お前の息子は頭おかしいよって不味くない!? と。


「私には彼等の決め事の全てが理解しかねるといいますか、頭がおかしいと思うのですが」

「激しく同意します」

「とはいえ、信仰の域に達している彼等を無理やり押さえつけるのは新たな問題を生み出すだけですので、ほとほと頭を抱えておりました」

「激しく同情します」

「故に、全ての頭のおかしい決め事は、せめて香織様の許可を頂いてから実行するようにと、国主としての命令を発したのですが……」


 暴走したらしい。実は、ランズィが直ぐに迎えに来られなかったのも、天使教団に対応していたからだったりする。


 ハジメ達が来訪する可能性はビィズ達には伝えず、適当に理由を付けて、彼等の要望に応えて建設を認めた天使教団本部に押し込めておくつもりだったのだ。


 だが、どこから情報が漏れたのか、彼等はハジメ達の来訪を嗅ぎつけ、最高の再会とお披露目をすべく、この有様へと至ってしまったわけだ。


「一応、確認させてください、香織殿。()()、お認めになられ――」

「断固拒否!」

「ありがとうございます!」


 なぜ、ランズィさんが深々とお礼を口にするのか。国主と父親、両方の立場での苦悩の深さが垣間見える。唖然としていた智一、愁、鷲三、虎一が我を取り戻し、同情の眼差しを向けてしまう。


 ビィズと教団員達が雷でも受けたようなショック顔になる。


「そ、そんな……お考え直しください! この衣装は少しでも我等の存在を天使様に近づけると共に、遍く人々に一目で天使様の御遣いだと分かる素晴らしい――」

「むしろ、教団も解散してください」

「ご無体な!?」


 香織が真顔だ。こんな香織、見たことないよ! とご両親がショックを覚えるほど感情が見えない。反比例するように教団員達が悲壮な表情でざわめいている。


 と、そこで香織の肩にぽんっと手を置く者が。


「皆さん、少し冷静になりましょう」

「あ、愛ちゃん先生……」


 愛子だ。慈愛の表情がすごい。こう、なんというか、すごく慈愛がこもっている。これには香織だけでなく、ビィズも教団員達も目を丸くしている。


「誰かが誰かを慕い、その良き行いを真似て、また誰かを助ける……その在り方自体は素晴らしいものです」

「……そ、それはそうですけど……」

「確かに、あの格好はやり過ぎでしょう。悪目立ちするだけで、香織さんのイメージをも損ねることになりかねません」

「そうですよね! ならやっぱり――」

「そもそもぉ! 大切なのは姿形ではなくその行い。困っている人を助けてあげたいという、その気持ちと行動こそが大切なのではありませんか?」

「「「「め、女神様……」」」」

「あれ? 愛ちゃん先生?」


 香織の前に出て、両手を広げて、教団員達へ視線を巡らせる愛子先生! これにはハジメ達も目を丸くしている! いや、なんとなく真意を察してドン引きしている!


「皆さんにとって大切なものはなんですか!? 天使様を崇めることですか!? それとも彼女のように誰かの助けになることですか!? 天使教団が結成された意味は!? その教義の本質はどこに!?」

「わ、私達の本当の教義……」

「ねぇ、愛ちゃん先生。ちょっと黙ろう? お口にチャックしよ――」


 香織が後ろで何か言ってるが、愛ちゃん先生は止まらない。止まるわけにはいかないのだ! 香織の気持ちのままに、彼等を解散させはしない! 決して!!


 ほぅら、ビィズ君が揺らいでいる。父親に受けた腹パンもなんのその。己の胸に手を当てて、初心を思い出そうとしている。教団員達もだ。


「もう、分かっていますね? 天使教団の教祖さん」

「女神様……私は、私はっ」

「大丈夫。人は失敗をして学ぶものです。天使様がお認めくださるよう、今度は周りの意見もしっかり聞ききながら進めばいいのです」

「なんと慈悲深い……流石はデビッド殿達が崇める女神様……」

「彼等も私を想うあまり間違えることがあるのです。どうかお手本となり、共に歩んであげてください。だって、きっと目指す場所は同じだから!」

「はっ、ハッ!! 女神様のお言葉、しかと受け止めました! 悔い改めることを誓います! そうだろう、お前達ぃ!!」

「「「「「オォオオオオオオッ!!」」」」」


 後ろで、香織が「ハジメくんっ、お願い止めて! なんか教団自体は解散しない流れになってるよぉ!」と泣きついているが、ハジメは周囲を見て、香織を見て、スッと視線を逸らした。


 もはやハジメも止めづらい状況だったのだ。静まり返って成り行きを見ていた野次馬達に、謎の感動が広がっている。


 香織様を慕う気持ちは分かるけど、流石に頭がおかしいよ……と感じてた者達も、真っ当に教団を運営していきそうなビィズ達と、諫め、導いた他派閥の女神様の言葉に歓声をあげている。


「香織様、目が覚めました。心労をおかけしてしまい、誠に申し訳ございませんでした!」

「うん、一瞬で凄まじい心労を感じたよ。だから、目が覚めたなら解散して――」

「これからは他者にこそ目を向け、救済の道とは何かを考えていこうと思います! もちろん、衣装も一新いたします!」

「いえ、衣装というか教団自体を――」

「それでは失礼致します。一刻も早く、この頭のおかしい衣装から着替えねばなりませんから!」

「自分で言う!?って、そうじゃなくて! 話を――」

「行くぞ、お前達! 今度こそ奇抜に走らず質素堅実に教義を実行するのだ!」

「「「「「オォオオオオオオッ!!」」」」」

「話を聞けって言われたばかりだよねぇーーーっ!?」


 野次馬がめっちゃ盛り上がっている。新生天使教団の抱負に、「がんばれ~~」と声援が届く。


 香織は両手で顔を覆った。


 ビィズ達がハジメ達にも一礼し、ダッと駆け去って行く。


 が、少し進んだところでビィズがハッとした様子で立ち止まり振り返った。そして、逡巡しつつも意を決した様子で、


「香織様ぁっ!!」

「……はい?」

「ハローニューワールドは問題ないでしょうか!?」


 問題しかねぇよ。新世界こんにちわってなんだよ……と心のやさぐれ香織が顔を覗かせるが、もはや止める気力を失っていた香織には諦観を抱いたまま、


「……好きにしたらいいんじゃないかな」


 と口にするほかなく。


 ビィズと教団員さん達の表情がパァッ!!! と輝く。野次馬達から「おめでとう!」「おめでとう!」が連呼される。


 ビィズ達はザッと足音を立てて姿勢を正し、両手を翼のように大きく広げて、遍く世に届けとばかりに唱和した。


「「「「「ハローーッ、ニューワールド!!」」」」」


 そうして、嵐は去って行った。


 残されたのは、両手で顔を覆ったまま立ち尽くす大天使様と、その肩にぽんっと手を置いて、優しい表情を見せる女神様で……


「ふふふっ、これからも崇められる者同士、仲良くしていきましょうね? ……一人だけ羞恥心の地獄から抜け出そうなんて許しませんよ? ええ、先生は絶対に許しません!」

「愛ちゃんの悪魔ぁーーーーっ!!」


 某死のノート使いな人の如く「計画通りッ」と言いたげな表情で笑う愛子は、なるほど、女神どころか先生ですらなく悪魔のようだった。魔王の女神様という点からすると、ある意味、とても相応しいと言えるかもしれない。


 昭子お母さんが白崎夫妻に「ごめんなさいっ、うちのバカ娘が本当にごめんなさい!」と平謝りしているが、智一と薫子的に「ある意味、娘が真っ当に慕われるようにしてくれたわけですし……」と苦笑しつつも怒ってはいない様子。


 それよりも、だ。


 霧乃と虎一からジト目がハジメへ。


「あんなに純粋だった先生が、悪魔みたいな扇動術を身につけているなんて、ねぇ?」

「あんな有様に、誰がしたのだろうな?」

「……ごほんっ。きっと、両親からサブカルの英才教育を受けた哀れな息子だと思います」

「「責任転嫁酷くない!?」」


 愁と菫の否定は、ユエ達からさえ注がれた「まぁ、南雲家だもんね」的な視線により虚しい響きを帯びるのだった。


「え~、ごほんっ。改めて、せっかくの来訪に愚息がとんだ迷惑をおかけした」


 なんとも言えない空気が広がる中、ランズィが頑張って歓迎の雰囲気を作ろうとする。


「ようこそ、公都へ。私がランズィ・フォウワード・ゼンゲン。公主として皆さんを歓迎する」


 周囲の人々を考慮してだろう。ランズィ個人というより公主としての顔で歓迎を示されて、知らぬ仲でないハジメも空気を読み、苦笑しつつも差し出された握手に応じた。


「招待をありがとう、ランズィ公。後ろにいるのが俺達の家族だ。あまり長くは滞在できないが、砂漠のオアシスと都を一目見せてやりたくて立ち寄らせてもらった。少し世話になる」

「この上なく光栄なことだ、ハジメ殿」


 神殺しの魔王と公主の親愛を感じるやり取りに、都の人々から再び歓声が上がった。「魔王陛下万歳!」やら「天使様万歳!」などの賛美まで聞こえてくる。


 更には、騒動を聞きつけてた都中の者達が、一目だけでも魔王御一行を拝もうと押し寄せてきているようだった。オアシスの対岸まで、刻一刻と人が増えていっている。


「すまないな。個人的な旅行だったろうに、すっかり外交のようになってしまった」


 こっそりと友人の顔になって困り顔をさらすランズィ。ハジメは気にした様子もなく肩を竦める。


「もう諦めてる。どの町に行っても騒動とは無縁でいられなくてな」

「ははっ、それはそれは。なんとも魔王と呼ばれるに納得であるな?」


 まるで年の離れた友人のような気安さに、増えていく人の多さに少し引き攣り気味だった愁や菫達が意識を二人に戻し、少し驚いたような表情になった。


 ランズィが、やっぱり先程の鬼神の如き雰囲気が幻だったみたいに、穏やかで親愛と敬意に満ちた表情で、自ら愁や菫達に握手を求めていく。


 恐縮はしつつも、初めて王族に会った時のような、おかしな敬語を使ってしまうような緊張はなく、公主の滲み出るような歓迎の雰囲気に嬉しそうに応じていく愁達。


 一通り挨拶が終わると、ランズィは改めて周囲を見回した。公国軍の兵士達が出動し、群衆が押し寄せないよう防波堤になってくれているが、遠目にも着々と人の輪が増えているのが分かる。


 現在進行形で来訪の知らせが都市中に伝わっているのだろう。


「さて、一つ提案なのだが」


 ランズィが少し思案顔をした後、ハジメに向き直った。


「ハジメ殿は、各地にて過去を振り返る旅をしているのだったな?」

「ああ、決戦の前に魔王城の状況を知らせるために見せたことがあると思うが、過去を映像化して見て回っている。流石に、街中での過去再生はしてないけどな」

「うむ。騒動になるからな。ここでも予定にはなかっただろう。が、幸か不幸か、もう騒動になっている」


 悪戯っぽい笑みを浮かべるランズィ。ハジメ「ああ~」と納得の声を漏らした。


 なるほど、確かにオアシスでの出来事を過去再生しても、もはや問題にはならないだろう。民衆にとっては、生ける伝説の偉業の一つを目の当たりにできるのだ。


「皆さんもいかがかな? ご子息やご息女がなされた我が国の救済、私としては是非とも見ていただきたいものだが」


 ランズィの瞳がキラキラしている。彼自身、かつての救済を一人でも多くの人に知ってもらいたい、どれほど自分達が感謝し、感動したのか理解されたい、という思いがこれでもかと滲み出ていた。


「支障がないなら是非とも見たいところだけどなぁ……」

「ええ。流石に、この注目の中で街中見学はできそうにないしね。少しでも見られる機会があるなら、ね?」


 愁と菫の遠慮がちな同意に、智一達も頷く。


 やろうと思えば、群衆を強制的に解散させることは可能だろう。公主やハジメの号令しかり、集団心理で動こうとしないのなら、ユエの大規模魔法で意識干渉したり。


 だが、好奇心以上に敬愛の気持ちで集まってきた人々への対応としては、ハジメ達は気にせずとも、親達は気にするだろう。


 ならば、周囲の人々も一緒に楽しんでしまおうというランズィの提案は、そういう意味でも良きものに思えた。


「そんじゃあ……驚いた群衆がパニックにならないよう、告知だけはしておくか」


 ティオに過去再生を頼みつつ、ランズィに拡声用のアーティファクトを渡すハジメ。


 過去再生というサプライズイベントが公主より告知され、歓声にも似たどよめきが広がっていくが、ティオがオアシスに過去再生を展開すると直ぐに誰もが口を閉ざした。


 浮かび上がる、かつて公都の民を苦しめた元凶。オアシスに巣くう巨大なスライムの魔物に息を呑む音がそこかしこから。


 山のようなそれからおびただしい数の触手が放たれた際には、ただの映像と分かっていてもあちこちから悲鳴が上がった。


 それを、ユエとティオが一切寄せ付けず、最後にハジメが紅色の閃光による一撃で仕留めれば、一瞬の静寂の後に歓声が広がっていく。


 時が一気に進み、再生魔法を手に入れたハジメ達が再びアンカジを訪れる。


 巨大スライムを倒しても汚染されたままだったオアシスが、香織の再生魔法により白菫色に輝きに包まれる光景は、得も言われぬ美しさがあった。


 歓声が再び沈黙に支配される。だがそれは、先の驚愕から来るものではなく、この世のものとは思えない神秘を目の当たりにした感動故であることは一目瞭然だった。


 過去映像の中でランズィの部下が水質を調べる。


――戻っています

――もう一度、言ってくれ


 信じられないと呟くように報告した部下の言葉に、過去のランズィが震えを隠せていない声音で確認する。


 そのやりとりは、ランズィが持ったままだった拡声用アーティファトをわざわざ使ったおかげで広く群衆へ伝わった。


 当然、最後の報告は明瞭に、確かな熱量と今にも泣きそうな感動と共に。


――オアシスに異常なし! 元のオアシスです! 完全に浄化されています!


 爆発が発生した。と錯覚するような大歓声が一気に広がった。過去映像から響く歓声だけではない。現実の、今、伝説の一端を目の当たりにした人々の歓声だ。


 魔王陛下万歳!


 大天使様万歳!


 そんな唱和がどんどん熱量と音量を増して広がっていく。空気が震え、オアシスの湖面が微かに波紋を打つほどに凄まじい熱気だ。否、もはや熱狂的というべきか。


「香織お姉ちゃん、すっごく綺麗だったの! すごかったの!」

「そ、そうかな? えへへ」

「ミュウちゃんの言う通りよ、香織。思わず見惚れちゃったわ」

「雫ちゃんまで! もぅ、恥ずかしいってば」

「流石はお父さんの娘だ! まさに大天使だ! これは教団ができるのも頷けるよ! むしろ、まだまだ信者が足りない――」

「お父さん! その話はしないで!」


 無邪気で純粋な称賛と尊敬を向けてくるミュウにでれっと相好を崩し、雫の言葉に恥じらうように頬を染め、父親をキッと睨み付ける。智一パパ、落ち込む。


 唱和で会話もしづらい中、ユエが防音の結界を張りつつも一人、不満そうなジト目を香織へ向けた。


「……むぅ。なんか〝流石は魔王様の正妻様!〟みたいな声が結構聞こえるのだけど? これって香織のこと?」

「状況的にそうだね! 皆にはそう見えちゃうんだね! ごめんね、ユエ!」


 欠片もごめんと思ってなさそうな満開の笑顔だった。ユエ様、一瞬ピキる。


 が、直ぐに小さな溜息を吐くと、香織自身がびっくりするほど優しい眼差しになった。


「……実質、一人で、二日間も病魔に冒された人々を支え続けた。そして、神代魔法もしっかり会得して、こうして成果も出した」

「ユ、ユエ? どうしちゃったの? 何か悪いものでも食べて――」

「……お黙り、バカオリ。私はただ、当時言ってなかったことを言いたいだけ」


 そっと手が伸びる。ユエの手が香織の頭に触れる。


「……まぁ、そこそこ、ちょっとばっかし……香織にしては……よく頑張りました」

「…………なに、その渋々感の滲む〝頑張りました〟は。もぅ…………そういうところだからね!」


 前髪で目元が隠れているけれど、赤く染まった頬までは隠せない。


 そして、そんな香織の表情を、身長差をいいことに覗き込んで独り占めにしつつニヤつくユエの耳先もまた、ちょっぴり赤くなっていることにも気が付かない者はいない。


「パパ!」

「なんだ、ミュウ」

「これがてぇてぇってコトぉ!?」

「フッ、完全に理解したな、ミュウ」

「ハジメさん、ミュウ……またそういう知識を……」


 苦笑するレミアママは、ひとまず脇に置いておき。父娘でうんうんと感じ入ったように頷き合えば、なんとなく〝魔王の本当の正妻様〟と〝魔王の大天使様〟の尊い雰囲気を感じ取ったのだろう。


 群衆もまたはやし立てるような声をあげていく。


 親達の「あらまぁ♪」に、ユエと香織はバッと身を離して背を向け合ったが、もういろいろと遅い。


「改めて、感謝させてほしい。ハジメ殿、香織殿、そしてユエ殿達に、このような素晴らしいご子息とご息女を育てられたご家族にも。砂漠の民は、決してこの恩を忘れない」


 微笑ましくユエと香織を見ていたランズィが、改めて握手を求めて手を差し出した。


 それに応えながらも、ハジメは少し居心地が悪そうに頬を掻いた。


「もののついでって側面が強いから、流石にそう何度も感謝されるとむず痒いんだが……特に、公国には破格の待遇を受けた。俺としては、それでチャラでいいと思っている」

「待遇? 救国の英雄一行を歓迎するのは当然だと思うが?」

「いや、そこじゃなくて」


 ティオに目配せするハジメ。意図をくみ取ったティオが、民衆の一部に風属性魔法で拡大した声を響かせる。「そこを少し空けておくれ」と。


 兵士達の誘導もあって、割と直ぐに空間ができた。そこに過去再生が施されれば、流れたのはかつての異端者狩りの光景で。


 ハジメを異端者として連行しようとする司教と神殿騎士達に、真っ向から〝否〟と立ちはだかったのは、何を隠そうランズィであった。


「話を聞いた時は、まさかと思いましたよ」


 司教の宣告を聞いて顔を歪める過去のランズィと、不安そうな彼の部下達を見ながら、リリアーナが言う。


「教会の権威は絶対でした。異端者認定された者を庇うなんて、天地がひっくり返ってもあり得ないことでした。なぜならそれは、自ら世界の敵になると宣言するのと同義だったのですから」


 だというのに、瞑目した過去のランズィは、一拍おいて覚悟の定まった公主の顔で、ハジメ達を引き渡せという司教に返答を叩き付けたのだ。


 断る、と。


 大恩ある者達に仇なすことは許さない、と。


 これ以上ないほど明確に、異端者認定をした教会の決定こそ間違いであると言ってのけたのである。


 これには当のハジメ達もびっくりだ。思わず「いいのか?」と確認してしまうほど。


「砂漠の民は、過酷な環境で支え合って生きてきたせいか、その結束力は北大陸随一であるという話はよく聞くところですが……こうして実際に目にすると……上手く言葉にできませんが、王国も見習わねばと思いますね」

「リリアーナ姫にそう言って貰えるとは光栄の極みだよ」


 過去映像の中に、ランズィの部下だけでなく、都の人々までハジメ達を守らんと神殿騎士を睨み付ける姿が映った。


 当時を知らぬ公都外の人々も、これには度肝を抜かれたようで、直ぐ近くにいる公都の人々に驚きと称賛のこもった目を向ける。


 当時、渦中に居た者もこの場にいるのだろう。まさか、あんたも? というような目を向けられて、照れたように、あるいは誇らしそうに頷いている光景があちこちで見られた。


「これは……なんというか……くぅっ」

「ちょっとあなた、なに泣いてんのよ」


 愁が目頭を押さえ、旦那を肘で突きながらも菫の目尻にも光るものが溜まっていた。


「おいおい、なに二人して泣いてんだ?」

「しょ、しょうがないでしょ? 息子が……こんな大勢の人に庇われて……嬉しくない親がいるかってのよ!」

「いや、なんでキレ気味なんだよ……」

「なんかこう、感情がうわぁーってなってんのよ! 分かるでしょ!」


 分かるらしい。少なくとも智一や薫子達、親としてはよく。物凄く頷いているし、智一も薫子も奥歯を噛み締めるような表情になっている。


 そこへ、ランズィの国民への呼びかけが木霊した。


 それは弁明でも説得でもなかった。


――己の心で判断せよ!


 救国の英雄を、見殺しにするか。それとも守るか。


 公主が守ると決めたのだ。後に続かぬ砂漠の民はいなかった。それはきっと、不当を強いる信仰に、砂漠の民の誇りが勝った瞬間でもあったのだろう。


 覚悟ガン決まりで殺気立った民衆には、さしもの司教と神殿騎士達もすごすごと退散するほかなく。


 それを最後に過去映像が終われば、今度はランズィと公国を称える大絶賛の大合唱が広がった。


 何せ、あの魔王陛下一行を、神殺しの偉業の前に守っていたのだ。歴史家や詩人が既に伝えていることではあるが、実際に自分の目で見るのとでは実感の度合いが違う。


 オアシスの周辺はもう、胸熱の映画を見た後のように大盛りあがりで、完全にお祭り騒ぎである。


 そんな中、愁が目元を袖で乱暴に拭いながら、ランズィに歩み寄った。


「息子を庇っていただき、本当にありがとうございます」

「我等は、砂漠の民として、その信義に則り当然のことをしたまで。それに、打算もあった。ハジメ殿達の方が教会勢力よりも恐ろしいのでは? と敵に回さぬ合理的な判断でもあったのだ」


 だから、感謝されるようなことではないと肩を竦めるランズィに、しかし、続いて菫や智一達まで口々に感謝を口にし、それどころか是非何かお礼をなんて言い始めるので、ランズィの眉が次第に八の字を描いていく。


「オアシスは砂漠の民にとって命と同義。それを穢されるは命を踏み躙られるに等しく、その絶望は、砂漠の民でなければ真に理解はできないこと。貴殿等の想像を遥かに超えて、我等は感謝しているのだ。だから――」


 周囲の公国を称える声もますます広がり、ハジメ達の偉業を広めたかっただけのはずが思わぬ方向に行きそうで、まるで釈明でもするみたいに心情を語るランズィ。


「ははっ、ではお互いに感謝している、これからも息子共々よろしくお願いしますということで、この場はお互いに引きましょうか?」

「ああ、愁殿。そうさせていただこう。尤も、うちの息子はご子息と違ってあの有様だが……」

「あ、はは……きっと、うん、大丈夫ですよ」

「そうでなければ困る……」


 どうやら父親同士の友情が生まれたようだ。


 ランズィは側近に指示を出し、群衆の誘導を兵士達に任せつつ、対外的にもこの場を締め括るように襟を正し、声を張り上げた。


「お互いに敬意を抱ける関係にあること、誠に嬉しく思う! この先の未来においても、末永く我が国と貴殿等との友愛の続かんことを!」


 再び、大きな歓声が幾重にも重なって木霊した。


 王宮へと案内すべく先陣を切るランズィに、人々は自然と道を開け、宮殿まで人垣の道が出来上がった。


 そこを通っていく魔王一行に、誰もが恭しく一礼し、通り過ぎれば称える声が響き渡り。

 

 結局、王国でも帝国でもパレードは勘弁だと言っていた愁や菫達も成り行きで体験することになってしまったわけで。


 日本人の(さが)か、親達は思わずペコペコとお礼を返しながら進んでしまい、ハジメ達は揃って苦笑してしまうのだった。

















 その後。


 宮殿でのもてなしを受け、夕方に差し掛かる前に公都を出発したハジメ達は、現在、メルジーネ海底遺跡へ向けて潜水艇を走らせていた。


「それにしても、ユエちゃん達のドレス姿、素敵だったわねぇ~。過去映像なのがもったいなかったわ」

「そうね、時間がなくて残念だわ。うちの雫にも着せたかったのに」

「何を言ってるのよ、お母さん! わ、私には無理に決まってるでしょ! シアじゃあるまいし!」

「おっと、唐突に刺されたんですが、雫さん? なぜ、名指しなんです? ユエさん達だって着ていたのに。もしや、私のファッションセンス自体に何か文句でも?」

「というか、香織! ダメじゃないか! あんな、あんな露出の多い衣装でハジメ君にベタベタと! ハジメ君! 君もだ! だらしのない顔をして!」

「いや、そうは言われましても……」

「もう、分かったからいい加減にしてよ、お父さん。ずぅううううっと文句言ってるんだから!」


 せっかくだからと爽快に海上を走る潜水艇の甲板に出て、広大な大海原の絶景と海風を楽しみつつ、そんな王宮での出来事に対する感想を交わす一行。


 鷲三が智一の気持ちは分かると苦笑を浮かべ、薫子と昭子も微妙な表情に。


「まぁ、確かに、あの踊り子のようなドレスは目のやり場に少々困るだろうな」

「アンカジ公国の伝統的なドレスとのことですけど、ちょっと扇情的ですよね?」

「お土産にって私達の分まで頂いてしまったけれど……おばさんになんてもの渡すのかしら。いえ、善意しかないのは分かるのだけど……うちの旦那、私がこんな衣装を持っていることを知った時点で卒倒するわね。それか、私を病院に連れて行くか」


 過去映像で、オアシスを浄化した後の三日ほどの滞在期間を見学した時のことだ。


 土壌汚染への対応と、後は強く引き留められただけで特筆することのない休息の日々だったのだが、なぜか香織がどうしてもと言うので見てみたのだ。


 その過程で、当時、贈り物として貰った踊り子モドキのドレスを、ユエ達は着ていたのだが……香織が見せたかったのは別の部分で。


「非常にしょうもなかったのぅ」

「……うるさい」

「海底遺跡を攻略してから、香織に対する接し方が明らかに変わったものなぁ。始まりの悪戯といったところかの?」

「……ティオ、黙って」

「お互いに遠慮が欠片もなくなったというのは良いことではあるが……ククッ、三百年以上生きる吸血姫が……まるで思春期の少女のように、ふふふっ、しかも空間魔法をただの悪戯に使うとは……改めて見ても、ふはっ」

「……うぅ、笑うな!」

「ユエお姉ちゃん、香織お姉ちゃんだけにはミュウよりお子ちゃまなの」

「ミュウ!?」

「もっと言って! ミュウちゃんもティオももっと言ってやって! 空間遮断障壁なんて高度なものを、私がぶつかってひっくり返るのを楽しむためだけに使うようなおバカさんは、もっと呆れてあげて!」


 ちなみに、そんなのは序の口で、見えない壁に囲まれて困惑しながらパントマイムモドキする香織を見て、その眼前で笑い転げたり、香織がお花摘みをしている最中に空間の窓を開いてこんにちはしたり。


 シアをして「エグい」と評価する悪戯をしていたりする。


「いや、香織。お前、地球でも普通に無限ループ化した廊下を歩かされたり、玄関に入った瞬間、どこぞに飛ばされたりしてるだろ。今更じゃねぇか」

「今は反撃できるからいいの! でも当時の私は無力だったんだよ!」

「……般若を引き連れてのリアル鬼ごっこに、心底肝が冷えましたが何か?」


 はっきり言おう。ユエの幼稚さというか酷さというか、ティオが言うところの〝始まりの所業〟を見せて呆れてもらいたかったのだろうけど。


 そもそもの話、香織もまたユエに対し、ユエがハジメのために用意したフルーツをパクって、さも自分が用意したかのように渡したり、ユエの下着をわざとらしく間違えたふりをして身につけ「道理でサイズが合わなかったわけだよ!」と本人の目の前で言い放ったり、割とエグい仕打ちをしているので、どっちもどっちだったりする。


 そのうえ、だ。


「でも香織? お母さんね、流石に女の子があんな姿を見せちゃダメだと思うのよ」


 薫子さんが溜息交じりに指摘する、過去の香織が滞在最終日に見せた、雫でさえ見たことのないマジギレ姿は……


 かっぴらいた目に収縮した瞳孔、青筋の浮かぶ額に、真一文字に食いしばられた口元、般若を幻視してしまう鬼気を纏い、なのに無表情・無言。


 そんな姿のまま、ただのヒーラーのくせにプロのスプリンターも称賛しそうな綺麗なフォームでシュタタタタタタッとユエを追いかける姿は……


 八重樫家の皆さんが思わず「物の怪の類いか!?」と身構え、ミュウが「ひぅっ!?」と悲鳴を上げてママの胸元に飛び込み、何事にも基本的に動じないレミアママがフリーズするほどの迫力があった。


 つまり、香織の方が、印象的な意味ではダメージが深かった。


「わ、私がチンピラに危害を加えられた時の、若い頃の薫子そっくりだ……」という智一の呟きを聞いてしまった昭子さんとリリアーナは、無意識に一歩、薫子さんから離れていたりする。


「まぁ、恐怖のあまり魔法を使うことも忘れて、ちょっと涙目で逃げ惑っていたユエは可愛かったけどな」

「それが一番見られたくなかった!」


 らしい。ふふんっと笑う香織。いや、あの姿を見せた以上、ほとんど共倒れだぞ……とツッコミたいところだったが、火に油を注ぐ趣味は誰にもないので口を噤む。


「それにしても! アイリーさん、初めてお会いしましたけど素敵な公女様でしたね!」


 愛子が空気を読んで話題の転換を図った。だが、話題のチョイスがいささかまずかったようだ。リリアーナが微笑を浮かべた。本心を隠す時に使う、お得意の笑顔仮面だ!


 それに気が付いているのかいないのか、愁と菫が面白げに頷く。


「確かに素敵だったわね。あの踊り子ドレスのせいでもあるけれど、色気があってスタイルも凄かったわ」


 チョコレート色の肌に、年齢にそぐわない出るところは出て引っ込むべきところは引っ込んでいる、それどころか女豹の如くスマートに鍛えられたボディ。金髪翡翠眼の容姿は、砂漠のお姫様というに相応しい可憐さ。


 ランズィがお茶会を開いてくれたのだが、その席にアイリーも挨拶に来て、そのまま談笑に加わったのである。


 なお、リリアーナ王女とは同い年である。


「みゅ! アイリーお姉ちゃんはとぉ~~っても優しいの! ミュウみたいな妹が欲しかったって、いっぱいお世話してくれたの!」

「ちょっと危ない顔してたけどなぁ。まぁ、ミュウの可愛さを前にデレちまうのは自然の摂理だから仕方ないが」

「恐るべきはミュウちゃんの魅力よね? 侍女さん達までメロメロだったじゃない。むしろ、ハジメ達よりミュウとの再会を喜んでたわよ?」

「数時間で出発するとお伝えした瞬間、絶望したような顔になっていましたもんね……」


 雫と愛子の言う通りであった。ハジメ達が大火山攻略に赴いていて、香織も患者の世話に奔走していた時、主にミュウの世話を焼いてくれていたのはアイリー公女とお付きの侍女達だったのだ。


 もちろん、そこには英雄の娘だからという理由もあったが、過去映像を見る限り、途中からは完全にミュウ自体に好意を抱いたが故に世話を焼いてたのは明らかだった。


 加えて、


「ふふ、ところでハジメ、実はちょっと残念だったんじゃない? ランズィさんに、冗談交じりとはいえ婚姻を提案されたのに、ね?」

「こっちに来て初めてじゃないか? お前とのそういう関係をきっぱりはっきり断られたの」

「……なんで二人してニヤニヤしてんだよ。残念なわけあるか」


 そんなところも強く印象に残る珍しい部分だった。


『お父様! 冗談はよしてください!』


 と、アイリー公女は割とはっきり拒絶したのである。世界の救世主とお近づきになりたい者はごまんといる中で、謙遜や照れではなく、はっきり無理だと言ってのけたのだ。


 しかも、反射的な自分の物言いでは失礼に当たると思ったのか、直ぐに青ざめてハジメに謝罪しつつ、弁明を兼ねて、真っ直ぐな瞳で己の将来を語ったのである。


 すなわち、


『兄があの有様なのに、国を放って嫁ぐなどできません。いざという時は私が砂漠に生きる者達を導きます。兄の継承に問題がなくなったなら、多種共存の未来のため、私はフェアベルゲンか魔人族の地位ある方に嫁ぎたく思います』


 まさに、公女であった。自ら進んで祖国と世界の未来のために、自分には何ができるのかを考えていたのだ。


 更に彼女は、リリアーナを見て敬意と、ほんの少しの悔しさを滲ませた。


『できることなら、私も戦場に行きたかった。私とて戦士の心得はあるのですから。同じ年の姫が最前線で指揮を執り、父と戦士達が死地に飛び込む中、ただ祈り待つことがどれだけ歯がゆかったか……』


 だからこそ、戦後の未来でこそ、自分は祖国と世界の役に立ちたいのだと。


 魔王一家との繋がりはリリアーナ姫が持ってくれているのだから、自分もまた繋がりの薄い他の種族の方と心を通わせ、多種族共存未来の架け橋になりたいと。


 リリアーナもそうだが、とても十四歳の女の子がする発想、決意とは思えなかった。ハジメやユエ達ですら、思わず茶を飲む手を止めて聞き入ってしまうほど、そこには確固たる熱意と意志が感じられたのだ。


 だからだろう。


 思わず言っちゃったのだ。


『マジもんのお姫様だな』

『本物のお姫様なの~!』


 的なことを、ハジメとミュウを筆頭に、愁や菫達まで。


 しかも、だ。見ちゃったのだ。その後、別に揶揄するつもりなんてまったくなかったけれど、本当になんとなしに――王国の王女様を。


 だって、最近はほら、あれだから。いろいろと発覚しちゃってるから……


『なぜそこで私を見るんですかぁ!!』


 宮殿に、そんな王女の怒声が響き渡ったのは言うまでもない。


「なんですか、皆さんアイリー様のことで盛り上がって。当てつけですか? それとも見習えという忠告ですか? 仕方ありませんね? アイリー様ほどスタイルよくありませんし? 色気ないですし? ええ、姫らしからぬ姫でしょうし、ね! ねぇ!」


 完全にへそを曲げていらっしゃる姫がいた。


 アイリー公女の話題であんまりにも盛り上がるものだから、笑顔仮面を投げ捨てたらしい。頬をリスのように膨らませ、腕を組んで、これでもかと不機嫌アピールをしてくる。


「別にそんなこと言ってないだろ?」

「態度に出てるんですぅ! どうせ、アイリー様の方が私より魅力があると思ってるんですね! あのナイスバディにドキドキしたんですね! 私にはしないでしょうにぃ!」


 このまま放置しておくと、かなり面倒な方向にこじれそうである。


「公女の在り方には感心したが、それはリリィもだろう? 魅力でも負けてないし、何より、ここにいる全員がお前を尊敬しているよ」

「……本当に?」


 遂には三角座りになり、立てた膝に隠れるようにして視線を巡らせるリリアーナ。次々と頷きや同意が返ってくる。


「そもそもだ。姫らしからぬ姫って、お前、ここに選手権があればぶっちぎりナンバーワンのドM姫がいるじゃねぇか」

「久しぶりの不意打ちご褒美!? んんぬぅっ、効くぅっ」

「あ、本当ですね。私、大丈夫です……私、ちゃんと姫です!」

「ちゃんとした姫からの追撃っ、ありがたし!」


 ビックンビックンしてる竜人の姫(?)は、脇に置いておいて。


「お、この辺りだな。そろそろ潜行していくぞ」


 どうやら海底遺跡のある座標に到着したらしい。ハジメに促され、ミュウを筆頭に愁達もわくわくした様子で船内へと入っていく。


 フェルニルとは比べるべくもなく、十数人ともなれば窮屈に感じるコックピット併設の船室で、初見の者達は窓際に着席させていく。


 ゴウッと微かな音を立てると同時に、一気に船内が薄暗くなった。瞬く間に海中に潜っていき、陽の光が遠ざかっていく。


 スキューバダイビングの経験くらいはあれど、流石に潜水艇で海中遊泳をしたことがある親はいない。鷲三からさえ「おぉ」と嬉しそうな声が漏れ出す。


 その感嘆は、潜水艇が全方位へライトを放ちながらどんどん海底へと潜っていき、そして、巨大な紋章の描かれた岩壁が轟音を響かせながら開いたところでピークを迎えた。


「ロマンがあるなぁ!」


 海底の巨大扉というだけで、海賊系やトレジャー系の創作物を思い浮かべたのだろう。愁の声が弾んでいる。


「ちなみに、今回はメルジーネの攻略の証で開けたけど、本来はグリューエンの攻略の証を使うんだ」

「あれは綺麗でしたねぇ。ペンダントが月明かりを溜め込んで、一筋の光で道を指し示すなんて、良いセンスですよ」

「……ん。ミレディなんか煽り看板と回転扉。落差が酷すぎ」


 頭を振るユエに苦笑しつつも、それはさぞかしファンタジーな光景だったろうと愁は感嘆の声を漏らした。


 潜水艇が迷宮内部へ入っていく。


 当時より遙かに改良されているので激流に流されることも、それどころか揺れることもない。ぴたりと激流の中で停止している。


 が、一つ以前とは変わった点が。


「ひっ」

「ハ、ハジメ君! あれは大丈夫なのかい!?」


 薫子が小さな悲鳴を上げて窓際から離れ、智一が慌てたように指をさす。


 その先には、巨大なサメがいた。体長三メートルはあるだろう。それがコバンザメの如く壁に張り付いている。しかも、その張り付く方法が、氷で体を固定するというもので。


 赤黒い瞳から魔物と分かるから、サメのくせに氷結の固有魔法持ちとは……


「前回、あんなのいたか?」

「いや、おらんかったと思うのじゃ。妾とシアはずっと外を見ておったからのぅ」

「ですね。あ、ほら。前に襲ってきた魚群の魔物は普通にいますよ」

「まぁ、攻略の証がある以上、襲ってくることはないし……大丈夫ですよ、智一さん」


 安堵の吐息が智一以外からも漏れ聞こえる中、円環状の巨大洞窟を進んで行く潜水艇。


「ここはどういう仕掛けなんだ? 流れるプールのような形だと思うが」

「この激流と魔物を掻いくぐって抜け道を見つける感じかしらね?」

「流石は虎一さんと霧乃さん。概ね正解です」


 実際は、グリューエンの攻略の証に残った月明かりを各所にある紋様に注ぎ、扉を開けなければならない。


 そう説明すると、話には聞いてた雫やリリアーナ、そして愛子でさえ表情が引き攣った。


「当然、この世界の人に潜水艇なんてないわよね?」

「……似た物はありますよ、雫。結界魔法を併用しながらになりますが、漁業関係や海底調査をする時に内部空間のある船を使います。もちろん、武装はないですし、こんな激流にも抗えませんけど」

「つまり、迎え撃つにも、姿勢制御にも魔法を使わないといけないわけですね」


 五カ所の紋章の意味とギミックに気が付くのに、何周するのか。


 魔力が持たない……と、それは引き攣り顔になるというものだ。何せ、ここは海中である。それも激流の洞窟内部。魔力が切れた時点で死が確定してしまうのだ。


「……ん~、ある意味、警告だと思う。グリューエンの竜巻とか、オルクスの表層百層みたいに、ここをクリアできない程度の実力なら引き返せっていう」

「徹底的に魔力を使わせるギミックなのも、今思えば示唆なのかもね? ここは魔力をいっぱい使う大迷宮だよって」


 ユエと香織の推測は、きっと的を射ているのだろう。実際に、この後に控える大規模な幻影世界では、魔力だけが対抗手段なのだから。


 二周ほどして激流トンネルを見学した後、門を開いて水路を進み、その先で降下する。以前のように落下したりはしない。今や潜水艇にも重力制御が搭載されているので、ゆっくりと地面に下りる。


「……サメの他にも何匹か新手がいたな?」

「ハジメくん、ここにもいるみたいだよ?」


 愁達は、頭上で落ちてくることもなくたゆたう水面を物珍しげに眺めているが、ハジメ達は別のことに気を取られていた。


 ティオがさっそく過去再生をして、フジツボによる超圧縮水流攻撃の雨を映し出しつつ、愁達に説明しているのを横目に、壁際へ視線を巡らせる。


「保護色の……カニ、ですかね?」

「……ん。ハサミが伸縮するみたい」

「その様子だと、というか映像を見る限り前はいなかったのかしら?」


 そう、雫の言う通り、またも以前は見なかった新手の魔物である。カベに張り付く人の子供ほどのサイズのカニ。


 保護色だったが、ハジメが攻略の証をかざした途端に姿を見せた。途端に、薫子や昭子から小さな悲鳴があがる。大きなカニが壁一面にびっしりと張り付いて、カチャカチャと動き回っているのだ。集合体恐怖症でなくても怖気が走る。


「ミュ、ミュウちゃんとレミアちゃんは平気そうね?」


 菫が気持ち悪そうに壁際から離れてハジメの傍に寄りながら尋ねると、二人はキョトンとした表情に。


「カニですよ?」

「ただのカニなの」

「……海人族だものね」


 それはそうだ。むしろ、カニの大群なんて「ヒャッハー、大漁だぜぇ!」のお祭り騒ぎである。魔物であっても見た目で引くということはないのだろう。


「ここから先は水に浸かるから、水面上に障壁を張って歩く方がいいよな?」

「……ん? 凍らせれば?」

「それだと水中の魔物とか見学できないだろ?」

「あ、だったら私がやりますよ! 結界師ですからね! ハジメさんに頂いたアーティファクトもあるので、長時間でなければお手伝いさせてください!」


 どうやら見学しているだけというのが、ちょっと心苦しかったらしい。リリアーナが、自分でも役に立てそうだからとぴょんぴょん跳ねながらアピールしてくる。


 ハジメは心配顔になった。


「いいのか? 今日の旅行が終わったら、お前、また激務だろ? 疲れちまうぞ?」

「? 何を言ってるんですか? 私のお仕事は主に書類の処理ですよ? 座って書いてるだけなのに疲れるわけないじゃないですかやだぁ~。おかしなハジメさん♪ でも心配してくれるのは嬉しいです!」

「……そういうとこだぞ。ほんとに」


 そのうち「体は書類でできている」とか言い出すかもしれない。〝無限の(アンリミテッド)仕事(ワーク)〟……執務室限定で展開される固有結界。なんて嫌な魔法だろうか。


 ダメだこの姫、やっぱりただの社畜だ……と、全員の心が一つになったのは言うまでもない。


 とはいえ、リリアーナ当人がやる気十分なので断るのも不憫に感じ、ひとまず任せる形で腰付近まで海水に満たされた洞窟を進んで行く。


 輝く障壁を足場にしているので、真下を通るヘビやヒトデのような魔物の姿がよく見えて、まるでちょっとした水族館のようであった。


「……あ、ティオ。ここは過去映像なしで――」

「任せよ、ユエ。もちろん映すのじゃ」

「ん!?」


 身長の低いユエを、ハジメが肩車している過去映像が映った。恥ずかしそうに赤面するユエと、ミュウのようで可愛いとからかうシア達、そして一人だけ「果てろ」と辛辣な罵倒を受ける香織の姿が飛び込んでくる。


 愁や菫達、それに雫や愛子、リリアーナも微笑ましげな表情になるので、今のユエも赤面状態だ。


「……ぅう、ティオのあほぉ」

「ふふふ、こんな可愛らしいユエは皆で共有せんと――アタタ、悪かった悪かった。だから小さな雷の礫を放つのは、アダッ!? ちょっ、どんどん威力が高く――イ゛ッ、マッ、速度まで弾丸のように!? アァッ!?」


 ビシバシからズダダダダッに変わっていく雷の弾丸の乱れ撃ちがティオを打ちのめす中、ユエの袖を引く者が。ミュウだった。


「ユエお姉ちゃん」

「ミュウ?」

「あそこはミュウの場所です」

「……ん!? まさかの注意!?」

「乗るのは構いませんが、ちゃんとミュウの許可を取ってください」

「しかも許可制!?」


 真顔だ。冗談の類いではないらしい。パパの肩車はミュウの譲れぬ部分のようだ。


 妙な迫力に押されて、ユエは視線を泳がせながら「……りょ、了解です」と言葉を返した。にっこりするミュウ。正妻様のまさかの敗北? と戦慄の眼差しがミュウに注がれる。


 と、そこで鷲三が過去映像と現在を見比べ、怪訝そうに疑問を口にした。


「随分と様相が異なるな? 魔物の種類と数が段違いなのだが……」

「ああ、やっぱり気が付きますよね」


 やはり、ここもであった。以前はいなかった魔物がわんさか。


 過去映像の中で、「弱すぎないか」と呟いていたハジメだが、これが本来だというなら大迷宮に相応しい鬱陶しさだと思う程度には数も種類も多い。


「これはやっぱり、推測が当たってたんだろうなぁ」

「推測? ハジメ、なんのことだ?」


 愁の疑問に、この先に行けばよりはっきりするかもと足を速めるハジメ。


 そうして辿り着いたのは、かつてハジメ達に撤退を選ばせ、最後まで苦戦させた存在。魔石という弱点を持たぬ古代の怪物。クリオネモドキ――〝悪食〟と遭遇した空間だ。


 だが、案の定というべきか、悪食はいなかった。


 代わりに、そこには体長三メートルを超えるタコらしき魔物が鎮座していた。


 過去映像の中でハジメ達が悪食との戦いを始める中、巨大タコを止めるため攻略の証をかざすハジメから先程の推測が口にされる。


「やっぱり、悪食はこの大迷宮の魔物じゃなかったんだよ」

「どういうことよ、ハジメ。まさに、大迷宮の中で戦ってるじゃない」


 この空間自体が腹の中、というパニック映画よろしくな状況に視線を奪われながらも、菫が首を傾げる。


「そもそもおかしかったんだ。魔石のない魔物って点もそうだが、何より攻略後に襲ってきたんだぞ? それも大迷宮の外に出てきてまで」


 鷲三と虎一が納得したように頷いた。


「それは……確かにおかしな話だな。〝大迷宮のガーディアン〟という存在意義が無視されている」

「試練という大迷宮の存在意義もだな」


 試練が終わった後に不意打ちするなど、ただ殺しに来ただけとしか思えない。解放者の意図が読めず、確かに彼等が用意した試練とは思えなかった。


「おそらくだが、こいつは大迷宮に入り込んで餌場にしてやがったんじゃないか?」

「なるほどね。どれだけ食べても時間が経てばリポップする……なんでも食べられるなら、これ以上の食料庫はないわよね?」


 過去映像の中の香織に、どこか心配そうな目を向けつつ雫が補足すれば、レミアが頬に手を添え疑問顔になった。中々に鋭い指摘が転がり出る。


「ですけど……解放者の方々が、魔物に入り込まれる可能性を残すでしょうか? 試練の成否に関わりますのに」

「そうだな……そこはらしくない気もするが……もしかすると、織り込み済みではあったのかもな?」

「織り込み済み、ですか?」

「ああ。防御を突破して入り込める魔物がいたなら、それはそれで試練になると」


 ふと何か思いついたようで、ハジメの口角が上がる。


「あるいは、リーさんは悪食を〝遙か昔から存在する怪物〟と言ってたからな。ミレディ達も襲われたことがあるのかもしれない」


 その脅威と性質を知っていたのなら、制御の効かない怪物の侵入を絶対に防ぐ! と息巻くより、偶然に任せてそのまま試練にしてしまうのもあり……と考える方が、いかにも理不尽を与えるのがお得意な解放者にはあり得る話だ。


 と、そこで、愛子がふと気が付いて声を上げた。


「あら? ミュウちゃん? どうしたんですか?」


 悪食との戦いが始まってから妙に口数の少なかったミュウ。いつの間にか一番後ろまで下がっているうえ、愛子に問われて盛大に視線を泳がせた。


 明らかに様子がおかしい。ハジメが心配して、ミュウの前で膝を突いて視線の高さを合わせる。


「どうした、ミュウ。何か心配ごとか? それとも体調が悪いのか?」

「え? う、う~ん、なんでもないの。うん」

「いや、なんでもないってことはないだろ。話してみろ」


 ますます視線が泳ぐミュウちゃん。その視線が、過去映像の中の悪食とハジメパパの間を行き来し始める。


「あ、あのね、パパ」

「おう」


 どうしたのだろう、一度過去映像を止めてミュウに注目する中、ミュウは人差し指をつんつんと合わせながら、上目遣いになる。


「もし、あくまでももし、なんだけど」

「おう?」

「あーちゃ――ごほんっ。あの悪食さんが、こう、指先くらいだけでも生きていたとしたら……どうする?」

「……………………」


 ハジメさん、いろいろ察して天を仰いだ。ユエ達が白目を剥きそう。レミアママ、両手で顔を覆う。愁達も「うわぁ」となんとも言えない表情に。


「あ、あのね! でもでも、あーちゃ――じゃなくて悪食さんも、もう人は襲わないと思うの! ちょっと食べようとしただけで燃やしたり爆破するなんて、なんたる鬼畜外道! しかも燃える我輩を見て嗤うなんて、人コワイって言って――じゃなくて、思ってると思うの!」

「あ~、うん、そう……」


 もはや、どこからツッコミを入れればいいのか分からない。気力も湧かない。


「一つだけ教えてくれ、ミュウ。そいつ、危ないと感じたか?」

「ううん。助けてくれたお礼だからって使徒さんにさらわれた時、助けようとしてくれたみたいだし」

「マジかよ」


 それは後でエリセンに到着したら見てみるとして。


「パ、パパ?」

「うん、まぁ、探し出してまで殺さないから安心してくれ」

「! はいなの!」


 もはや何も言うまい。どうやら、ハジメというか人自体にトラウマを持ってしまったようだし。


 おそらくだが、一欠片くらい残っていたところ、偶然にも……いや、もはや惹き寄せられたというべきかもしれないが、ミュウに助けられたのだろう。それで、ミュウだけは助けようとしたに違いない。


 自分で推測しておいて、何を言ってるのか分からないが。


「ごほんっ。ええっと、つまり、本来の魔物は悪食に食べられていたということでしょうけど……」


 シアが話の軌道を戻した。過去映像に、パイルバンカーで地面に穴を開けて撤退していくハジメ達の姿が映る。


「そうすると、ちょっとこいつの実力が気になりますね?」


 静かに、部屋の中央に佇む巨大タコ。改めて見ると魔物らしい特徴がちらほら。


 まず、足の数が十六本ある。普通のタコの倍だ。しかも、半数の足先は明らかに金属製だった。装備を纏っているのではなく、硬化しているというべきか。


 金属足は、まるでカマキリの鎌のように折りたたまれる形になっている。古典的なお化けのポーズにも見えて、ミュウなどは「ちょっとかわいいの」とニコニコだ。


「戦ってみたいのか?」

「ですね!」


 やっぱりハウリアだなぁ、とは思っても口にしない優しさが、この一行にはあった。


 時計を見て、ハジメは少し時間に余裕があると判断した。


 実は今現在、ヘリーナがエリセンにゲートで跳んでいて、パーティーの準備をしてくれているのだが、一応、約束の時間は日没の頃合いとしているのだ。


 野外でのBBQである。旅行最後の夜は盛大にして構わないだろうと、エリセンの人々や各国の重鎮の参加を認めているのだが、その辺りをヘリーナがワンオペで調整してくれているのである。


 先にエリセンに寄って、必要な物資や食料など用意しておこうかと手伝いも申し出たのだが、


『どうぞ、委細お任せを。先に海底遺跡の見学を楽しんでいらしてください。魔王陛下一行を盛大に歓迎し、以てパーティーの開始とする。旅行最後の夜を始めるには、その方が相応しいかと存じます』


 などと恭しく提案されてしまえば、任せるとしか言えないわけで。ヘリーナさん、マジ有能さん。今や魔剣使いだし。


 閑話休題。


「念のため、防壁は展開しておこう」

「……ん。空間遮断結界にしておく」


 リリアーナが働きたそうにしていたが、流石に大迷宮の魔物との戦闘を前に、彼女の結界だけを頼りにするのは危険だ。


 親達を下がらせ、ミュウは抱っこし、来た道もティオが警戒につく。


 そうして、シア一人が巨大タコの前に出て肩越しに振り返り、合図代わりのニッとした笑顔を見せた直後、ハジメは攻略の証への魔力注入をやめた。


 刹那。


 大砲の轟音が鼓膜をつんざいた。ついでに、


「ぶべぇ!?」


 そんな声も聞こえてくる。シアが顔面スライディングしていた。


 これには時が止まる。唖然呆然である。


 だって、あのシアが、である。顔面をぶん殴られて吹っ飛んだのだ。大鎌で首を狙われてもカァンッと音を立てて弾いちゃうバグウサギが、である。


「お、おい、シア? 大丈夫か?」

「ぺっ。いい(もの)、持ってるじゃないですか」

「あ、大丈夫だ」


 口に入った泥を吐き出し、ウサミミをウサッとウサらせる。起き上がりながら好戦的な笑みを浮かべるシアは、うん、まぁ大丈夫そうだ。


 もっとも、口の端を切ったのか、ピッと親指で弾いた瞬間に血が飛んだのは驚きだったが。


「……油断しすぎ」

「なめすぎじゃな。強化ゼロで何をしとる」

「ド反省ですぅ!」


 ユエとティオの呆れ混じりの苦言に、シアは魔力を噴き上げることで応じた。直後、無数の轟音と衝撃波が空間を襲った。


 まるで砲撃戦だ。巨大タコの八本の足がアンカーのように地面に打ち込まれ、同時に残り八本の金属足が霞めば、両足をどっしりと踏ん張ったシアの拳もまた消失する。


 超速度での殴打戦だ。シアの眼前に無数の衝撃の花が咲き、天井や壁から余波だけで砕けた破片が飛び散っていく。


「あれって……タコに見せかけたシャコじゃないですか?」

「愛子さん、シャコとは?」

「小さなエビに似た海の生き物ですよ、リリィさん。前脚で打撃を繰り出して餌を取るんですが……」

「香織に付き合って読んだ漫画で見たことあるわ……実際、水槽を砕いちゃうくらい威力があるのよね?」

「つまり、こういうことかな? タコの柔軟性と手数にシャコの打撃力を加えた魔物っていう……」


 なにその凶悪な魔物……と言いたげに、ちょっと引き攣った顔で戦いを見守るハジメ達。


 その視線の先で、シアが仕掛けた。


「レベルⅤ」


 ドンッと地面が爆ぜる。八撃同時殴打をかいくぐり、本体に拳を打ち込む。これまた人体が出せるとは思えない衝撃音が響き渡った。


 普通の生物なら吹き飛ぶか、少なくとも内臓が蹂躙されるだろう破壊力。


 だがしかし、


「むむっ、この感触――衝撃を吸収したんですね!?」


 それどころか、巨大タコが赤黒い光を纏った直後、一瞬で戻った八本の足から爆発な衝撃が放たれた。


「ぬぅううっですぅ!」


 あのシアが、五割の力とはいえ吹き飛ばされた。ガードの上から、である。


「なんてこった」

「何か知っているのか、ハジメ」


 親子でメタルでギアソリな雰囲気を醸し出しつつ、ハジメが魔眼石をピカらせる。


「あのタコ、どうやら衝撃を吸収した挙げ句、それを自分の殴打に乗せて放てるらしい」

「なんだと? つまり、シアちゃんの攻撃を受ければ受けるほど、奴の拳の威力は上がっていくということか!?」

「ああ、その通りだ父さん! 奴は、物理特化タイプ(シア)の天敵だ!」

「君達、親子でいったい何をしてるんだい?」


 智一さんには分からない遊びである。


「……シアぁ~、相性が最悪みたい。もうやめたら?」

「ご冗談でしょう、ユエさん! 見てくださいよ、あいつを!」

「……え?」

「武器なんか捨ててかかってこい。どうした? 怖いのか?って! さぁ、拳で語り合おうぜって目をしてるじゃないですか!」

「……いや、してないと思う」


 タコ特有の長方形のような瞳。感情すら見えない……


「ねぇ、シア! 迷宮のコンセプト的にも、魔法で倒すべき相手なんだと思うよ!」

「それは逃げです!」

「普通の戦術じゃないかな!?」


 香織の言葉も届かない。完全に武神ウサギのスイッチが入っている。


「大丈夫です、皆さん! 対策はあります!」


 シアが大きく右足を後退させ、左手を照準するように前へ突き出し、矢を引き絞るように右拳を引いた。


 対策って? と首を傾げるハジメ達に背を向けたまま、シアは言った。


「二之打ち不要(いらず)!! 次は考えない! 衝撃吸収を上回る破壊力を以て一撃必倒ですぅ!!」

「「「「「やっぱりただの脳筋戦法だった……」」」」」


 さもありなん。


 そして、結果もまた同じく。


 巨大タコは上半身ごと内側から破裂するように吹き飛び、余波で洞窟内が半壊しかけ、危うくパイルバンカーなしで地下水路に落ちかけたハジメ達が、シアに強烈なジト目を向けたのは言うまでもない。


 が、シアはとっても満足そうだった。震脚で砕けた地面から飛び出した噴水と、天井にぶつかって落ちてきた血肉のシャワーの中で、それはもう満面の笑みで「ウリィイイイイイイッ!!」と。


 それはまるで、お手本のような蛮族スタイルであった。












 それから。


 ハジメ達は当然ながら地下水路を流れることはなく、正規のルートを進み。


 道中、物理耐性の高そうな魔物をやり過ごしつつ、しばらくして水の壁に行き当たった。潜水艇が通れるほどの一面の水壁だ。


 あたかも水族館で巨大水槽の前にいるような感覚。けれど、そこにガラスや壁はなく、手を差し入れれば無抵抗に水没する。


 奥は不自然に暗く見通せないが、攻略の証がある以上、トラップや魔物に襲われることはないだろうと、潜水艇を出して乗り込み、そのまま水壁の向こうへ。


 そうして、やってきた巨大な球体状水中空間でハジメ達を出迎えたのは……


「おいおい……まさか、あれと戦えと?」

「冗談でしょう!? 解放者の時代に、あんなものが存在したというのですか!?」


 ハジメの引き攣った声音に、誰よりも驚いている様子のリリアーナの声が重なる。


 だが、それも無理のないことだろう。


 なぜなら、そこには――


「潜水艇……いや、小型の戦闘艦か?」


 見るからに凶悪な、あらゆるアーティファクトで武装した潜水艦があったのだから。


いつもお読みいただきありがとうございます。

感想・意見・誤字脱字報告もありがとうございます。


※ネタ紹介

・アンリミテッド~

 ⇒Fateのエミヤさんより。

・悪食とミュウの出会い

 ⇒オーバーラップ様の書籍6巻の紹介ページにある「アンケート」に答えると読める「あとがきのアトガキ」より。今も読めるのかな…

・武器なんか捨ててかかってこい

 ⇒コマンドーより。


※13巻付属OVA「幻の冒険と奇蹟の邂逅」およびアニメ2期Blu-ray特典の未放送エピ「ありふれた寄り道で世界最強」が、Dアニメ様で先行配信されています。よろしければ是非!


PS

そろそろARIAの時期ですね。今年の淀みを浄化して新年を迎える準備をしないと。


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― 新着の感想 ―
なんかそろそろミュウのお友達リストが欲しくなるな。何人いるんだよ
ウサウサのJETピストル……
物理が効かないなら、それを上回る物理で殴ればいいじゃない、という訳の分からない理不尽!
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