トータス旅行記55 とある王女の告白
信じられますか? 来月って、もう新年ですよ……
トータス旅行の最終日、太陽が中天に差しかかる頃合い。ハジメ達の姿はグリューエン大砂漠にあった。赤銅色の世界をフェルニルが飛ぶ。
「凄いなぁ。まるで別世界じゃないか……」
「おぉ? 南雲愁! 虎一君! あっちを見てみろ! あれは……巨大なミミズか?」
「とんでもない群れだな。まるで巨大な壁が移動しているようだ」
愁達が艦橋の窓にへばりつくようにして子供のようにはしゃいでいる。
ちょうど、巨大な肉食ミミズの魔物――サンドワームの群れが大移動しているところに遭遇したようで、菫や薫子達も「え? どこどこ!?」と反対側の窓から駆け寄っていく。
ハジメが、フェルニルを操作して百数十体はいるだろうサンドワームの斜め上の上空を併走するように移動させれば、砂漠に来たことさえない雫、愛子もまた、その巨大魔物の大群の圧巻と称すべき大移動劇に歓声を上げ始めた。
「おや? ミュウちゃんは窓際まで行かないんですか?」
いつもなら真っ先に飛び込んでいくだろうミュウが、一歩引いた位置から大移動を眺めているのに気が付いて、リリアーナが小首を傾げる。
「う、う~ん、ミュウはここでいいの。それより、リリィお姉ちゃんは? 砂漠には来たことあるの?」
なんだか話題を逸らされたような気がしなくもなく、リリアーナは更に小首を傾げつつもにこやかに笑って頷いた。
「はい、ありますよ。一度だけですが、何年か前、ビィズ殿下の成人の祝儀にご招待をいただきました。砂漠超えは危険が付きものなのでそれっきりですが……公都の町並みやオアシスのきらめきは今でも覚えています」
流石に、サンドワームの大移動なんてレアな事態を見るのは初めてですが、と苦笑するリリアーナ。
普通は、目撃した時点で場合によっては死を覚悟しなければならない事態なので。こんな風に安全が確保された場所から優雅に見学などできない。
「そう言えば、今朝ヘリーナさんが言ってましたけど、ランズィさんから昼食の招待を受けているんですよね? 時間的に大丈夫です?」
「ちとフューレンに長居しすぎたかのぅ? 大迷宮を先に見学するとなると、中天を一刻以上、越えてしまいそうじゃが」
「いえ、その辺りはゼンゲン公も承知の上ですので焦る必要はありませんよ。あくまで、訪問してくれれば嬉しい。歓迎する、というレベルの連絡をいただいただけですので」
実のところ、ハジメ達は午前中の間に中立商業都市フューレンに立ち寄っていたりする。
正直な話、フューレンは当初、見学予定地から外れていた。というのも、この世界最大の観光地であり、言わば超巨大なテーマパークみたいなものだから、普通に堪能しようとすれば、それだけで数日を消費してしまうからだ。
中途半端にしか見学できないなら、また今度、今回の旅行で連れて来られなかった者達が参加する時にでも、がっつりと楽しもうと思っていたのである。
何せ、ハジメ達ですら大した観光はできていないのだ。その時はハジメ達にとっても新鮮な感覚で楽しめるはずだと。
それに何より、あそこは……
閉じ込められ、見世物にされ、売られかけた場所だ。ミュウにとって辛い場所でもある。だから、予定を詰めて無理をしてまであえて行く必要はないと判断したのだが……
他の誰でもなく、待ったをかけたのはミュウだった。
「予定を変えさせてごめんなさい、パパ。どうしても、パパやシアお姉ちゃん達がミュウを助けてくれた時のこと、見てほしかったの」
「謝る必要はねぇよ。かなり足早な観光だったが割と楽しめたし……むしろ、謝るのは俺の方だな。ちょっとお前を見くびってた。気にしてるのは俺ばかりってな」
「……ん。ミュウは強い子。私達、ちょっと過保護がすぎるかも?」
「ふふ、かもね。せめてミュウちゃんに相談しておけば良かったね」
配慮はまったくいらなかったらしい。トラウマになっているどころか、そもそも気にした様子もないのだから。
嫌な思い出より、楽しい思い出、嬉しい思い出の方がずっと強く心に刻まれてしっかり前を向いていられるというのは、実はとても難しいことなのだが、ミュウにとっては当たり前にできることらしい。流石というべきか。確かに強い子である。
「改めて、ありがとうございました、ハジメさん。それにシアさん達も」
レミアが深々と頭を下げる。
ミュウが預けられた後の保安署襲撃やオークション会場まで過去視したわけではない。理由は幾つかあるが、やはり犯罪者集団とはいえ人死にが大量に出た場所を朝っぱらから見て回るのは、流石に気が引けたからだ。
最後の盛大な〝花火〟も同じく。流石に大都市全体に、都市が真っ赤に燃えているような光景や、天から雷の龍が落ちまくる過去映像を投射するわけにもいかなかったから。
なので、実際にレミア達が見たのはミュウとハジメ&シア、そしてユエ達との邂逅シーンだ。
だが、それだけでも十分、娘の陥っていた危機的で過酷な状況は伝わったのだろう。レミアは涙ぐみ、菫や薫子達に寄り添われていた。
「感謝ならもう十分に受け取ってるよ。……むしろ、ちと居心地が悪い。ミュウを率先して助けようとしたのはシアだ。シアがいなけりゃ俺は……地下を流れていく命に、見て見ぬふりをしていたかもしれない」
「ハジメさん……」
「パパ……」
レミアとミュウに、苦い笑みを見せるハジメ。シアを横目に、嘆息を一つ。
「そして、ミュウに出会えていなければ、俺はもっと多くを切り捨てる道を選んでいたかもしれない」
少なくとも、ミュウがいなければ宿場町ホルアドのギルド支部に寄ることはなかっただろう。そうすれば浩介の救援要請を受け取ることもなかった。
香織が同行しないなら、砂漠でビィズを助けることもなかっただろうし、アンカジの現状も放置していたかもしれない。
その後に辿る道も、きっと変わっていた。
あるいは、それこそ全てを失う道だったのかもしれない。
全ては考えてもしかたのない〝IF〟の話だ。だけれど、ハジメにはどうしてか、バッドエンドにしかならない気がして、そうすると、彼女達との出会いこそが自分を良い未来へ導いてくれていたとしか思えなくて。
だから、しみじみと、心の底から感謝するように言うのだ。
「出会えて……本当に良かったよ」
ソファーに深く腰を下ろして腕を組むハジメの姿に、ユエ達は目を奪われていた。
どうやら、ミュウとの出会いを振り返って、最も感傷に浸っていたのは他の誰でもないハジメだったようだ。
なんだか堪らなくなって、ミュウがワッと飛びついた。
しがみついてくるミュウを抱き留めながら、酷く優しい表情で頭を撫でるハジメに、ユエ達もまた堪らない気持ちになって一斉に飛びついていく。
「……ん!? レミアが私の下に!?」
「ユエさんより速く飛びついたと? やりますねぇ!」
「うふふっ」
「うっ、ティオさん、重い……」
「リリィよ、良い度胸じゃな」
「ちょっ、お前等っ。埋もれるっ、埋もれ――」
いつの間にか、雫と愛子まで戻ってきていて、ちょっと躊躇った後に、ユエ達の上に折り重なるようにしてダイブ。ハジメの姿が見えなくなる。
「ちょっとちょっと。こっちが普通に観光している間に、何をエモい空気になってるのよ」
「巨大ミミズなんか見てる場合じゃなかったな」
菫と愁も戻ってきた。いつの間にか、サンドワームの群れは地中に潜っていったようだ。後ろから微笑ましそうな表情で智一達も戻ってくる。会話自体は聞こえていたようだ。
「それにしても、ミュウちゃんとハジメ君が初めて出会った時の光景……なんだか、まさに運命の出会いって感じで素敵だったわ」
「じっと二人で見つめ合っちゃってねぇ?」
「子供は、その人が安全かどうかじっと見つめて確かめるものだし、ハジメ君もそれが分かっていて目を逸らさなかったのだろうけど……ええ、確かにそれ以上の何かを感じる邂逅だったわね」
薫子、昭子、霧乃がそれぞれの娘を引き剥がしつつ感想を口にし合う。
「みゅ! なんだかね、パパの目を見た時にね、感じたの。あ、この人だ。この人の傍にいれば大丈夫だって」
「……めちゃ分かるぅ」
「すっごく分かるぅ」
ハジメに抱きついたままミュウがそう言えば、ユエと香織が激しく同意した。なぜかエモい雰囲気を壊しそうなチャラい口調だったので全員がスルーした。
「でも、目つきが鋭くてちょっぴり怖くもあって……」
「うっ、わ、悪かったな……小さな子供に接する機会なんざ滅多にないから……どうすりゃいいのか分からなかったんだよ」
「でもでも、その後パパがいろいろ買いに行ってくれている間に、シアお姉ちゃんがすっごく優しくしてくれて、ミュウを見る目とか撫でる手つきとかがママみたいで、パパのこともいろいろ教えてくれて、だから直ぐに安心できたの!」
「えへへ、ママみたいでした? へへへっ」
「うん! あのね、シアお姉ちゃん、改めて言わせてください。ミュウを真っ先に追いかけてくれてありがとうなの。いっぱい優しくしてくれて、ありがとうなの! ミュウ、シアお姉ちゃんが一緒に居てくれて、すっごく安心したの!」
「くぅっふぅうううっ、どうっ、いたしましてっ――ですぅっ」
満開の花のような笑みで、パパから離れて抱きついてくるミュウの破壊力は凄まじいものだったらしい。
シアお姉ちゃん、轟沈。
くずおれるように膝を折り、片手でミュウを抱き締め返すも、もう片方の手は必死に鼻を押さえている。きっと幸福の赤い汁が出るのをせき止めているからに違いない。ウサミミとウサシッポが残像を生じさせる勢いで荒ぶっている。
気持ちは分かると生暖かい目になりつつ、全員がソファーに戻ってきたので、ハジメは再度、グリューエン大火山に進路を修正した。
「それはそれとして、ご主人様よ。ウィル坊達のこと許してやって――」
「その話はするな、ティオ」
ミュウを離す気がまったくなさそうなシアと、その胸に埋没して若干苦しそうなミュウを微笑ましく見つめていたティオが、ふと思い出したように口にした言葉を、ハジメは切り付けるような鋭さで遮った。
珍しくふくれっ面だ。先程までとは一転して、大変機嫌が悪そう。
「あら、ハジメ。まだあのことを気にしてるの? 別にいいじゃないの! 息子が彫像になってるなんて、親として鼻高々よ!」
「立派な記念碑になって……父さん、涙が出ちまったよ」
「ああそうだな。羞恥心で弾けそうな俺を見て、涙が出るほど笑い転げてたな!」
そうなのである。
まだ朝早い時間にもかかわらず、各所で過去再生できなかった理由の一つがこれだ。
冒険者ギルドや治安局、そして王国との交渉窓口を担当するクデタ伯爵家が中心となって、ハジメ達がかつて潰した犯罪組織フリートホーフのアジトがあった跡地は今や立派な観光名所になっていたのである。
あの魔王陛下が子供達を救った地。
異種族であることなど関係なく、傷つけられた海人族の少女に愛と守護を与えた地。
みたいな感じで。
これには豊穣と勝利の女神である愛子様もにっこり。
「ハジメ君! とても素敵でしたよ! ミュウちゃんを抱っこして空を見上げるハジメ君の姿は神々しくさえありました! ええ、王都にある私の彫像なんかよりずっと!」
「……分かったから。仲間ができて嬉しいのは十分に分かったから。詳細を口にしないでくれ……」
片腕に海人の少女を座らせて、西の空を仰ぐ眼帯の青年像。
異種族共存で一致する世界の新しい価値観を象徴する像であり、西の海にある故郷へ少女を送り届けようと決意しているが如き姿には〝神をも殺す力を有しながら、たった一人の少女を守らんとする高潔さと慈愛が感じられる〟らしく、人のあるべき姿を象徴する像でもあると、大変好評らしい。
それどころか、である。
霧乃と昭子が楽しげな笑みを浮かべながら言う。
「あら、冗談ぬきに素敵じゃない? 魔王と愛娘の出会いの物語、なんてお芝居も大好評のようだし」
「俳優さん、よく捜したわよね。中々、似ていると思うわ」
二人がわざわざ取り出したのはパンフレット。そこには白髪眼帯のイケメンが、海人の少女を片腕に抱き締めつつ、何やら爆炎や強面のおっさん達に囲まれながら香ばしいポーズを取っている姿が映っている。
それを見た瞬間、
「んぁあああああああっ!!?」
「パパぁ!?」
「……んんっ!? しっかりしてハジメぇー!!」
ハジメは両手で顔を覆いながらソファーから転げ落ちた。ビッタンビッタンと打ち上げられた魚みたいに跳ね回っている。ご両親も傍らで腹を抱えながら転げ回っている。
「ねぇねぇ、レミアさん。どんな気持ちなの? 娘と旦那が彫像になって、しかもその出会いがお芝居にまでなって連日満員御礼なんて」
「えっと……うふふ、恥ずかしいですけれど、嬉しいですよ?」
薫子の揶揄うような雰囲気での質問に、しかし、流石はレミアさんというべきか。ちょっぴり頬を染めるだけで、普通に喜んでいらっしゃる。むしろ、誇らしげでさえありそうだ。
ユエがむんっと腕を組んで唇を尖らせる。
「……時間さえあれば、あの脚本書いた奴を突き止めたのに。なんで西の海に辿り着いた後、レミアと結ばれることになってるの? 私は認めてないが? あらあらうふふしてただけなのに!」
「あらあら、ユエさん。お芝居には〝尺〟というものがあるそうですよ?」
「くっ、確かに……お義母様も〝映像化で場面カットがあるのはしょうがないことなの……〟って言ってたけど!」
「まぁまぁ、ユエ。いいじゃない!」
「そうですそうです。私や香織さん、ティオさんも既に結ばれた設定で、エリセンで大団円を迎えたっていいじゃないですか」
「うむ。メインはあくまでご主人様とミュウの出会いとじゃからな。妾がお嫁さんになっていても、それは仕方ない! 良き脚本であったと思うぞ!」
「……そこ! そこも気に食わない! くっ、みんな自分が良い扱いだからって……」
雫と愛子が切なそうに見ている。実際に旅に同行していなかったのだから省かれていても仕方ない。
ちなみに、実際には演劇を見る時間はなかったのだが、それでも内容をある程度把握しているのは小説版が出ているからである。当然ながら、それぞれ一冊ずつ購入していたりする。
それをパッと読んだ感じ、ユエ達の言う通りの改変がなされていたのだが、脚本家の人は余程入念に調査したのだろう。最後の方には〝実際にはこうだったようだ〟という、やたらと正確な情報が、注釈としてきちんと付けられていたりする。
「それにしても、びっくりしたの……。このミュウ役の子、あの時、一緒に捕まっていた子だなんて……」
パンフレットに載っている海人族の少女。エメラルドグリーンの髪や海人族特有の耳はカツラや作り物なのだろう。
パンフレットの後ろにはメインキャストの宣材写真が載っており、そこに載っているミュウ役の子は、なんと驚いたことに人身売買の現場からハジメ達が助け出した子供の一人だったのだ。
「道理で監禁されている間の状況とか会話とか、俺が助けた時のこととかリアリティがあると思ったよ」
ハジメがむすっとした顔で起き上がった。どうにか羞恥心を乗り切った……いや、うっすら輝いている。愛子がさりげなく〝鎮魂〟したらしい。
「ちなみにですが、冒険者ギルドにはハジメさんが助けた時に言葉を交わした男の子が見習いとして働いているそうですよ」
「あん? どういうことだ、リリィ」
ふと思い出すのは、オークション会場の地下で保護した子供達のこと。確か、ミュウを知らないか尋ねたハジメに答えてくれた少年がいたことを思い出す。
自分も恐かっただろうに、おまけにミュウは亜人だったのに〝怯えていたのに励ましてあげられなかった〟と悔しそうにしていた。
「〝悔しいなら強くなれ。それしか道はない。次に何かあった時は、お前がやれ〟――あの魔王陛下にそう言われた少年のことは、小説にも出ていますよ?」
「いや、パッとしか読んでないし。そもそも、そんなこと言ったか――」
「……ん、言った。確かに言った。今回は俺がやっとくからって。あの時の子、すっごくキラキラした目でハジメを見てた」
覚えてるでしょ? 照れ隠し? と揶揄うような表情でユエに指摘されると、図星だったのか、ハジメは咳払いをして照れを誤魔化した。
「まさかと思うが……」
「ええ。ハジメさんに憧れて、今度は自分が誰かを助けるんだと、ハジメさんのように誰かを助けられる男になるんだと、そう言って何日もギルドに直談判しに来たそうです」
もちろん、自由業な冒険者といえど年齢制限はある。十歳に満たない子供を冒険者と認めるなんてあり得ない。
が、そこで〝魔王陛下に助けられた子供〟という面が、いろんな意味で効き目があったようで。
「どういう形であれ、魔王陛下と関係のある者は注目を集めてしまいます。歴史家関係の人達の調査しかり、情報屋関係者しかり」
「ああ~、劇や小説の中でも取り上げられる少年の将来に関わる、となれば問答無用の門前払いはできなかった……というわけか」
「ですね。ご家族の説得も効果はなかったようで、イルワ支部長も、政治的なメリット、彼の保護などいろいろ考慮して、ギルド職員の見習いという形で傍に置くことにしたわけです」
「なるほど」
「ミュウはあんまり覚えていないけど……あの時の子達が劇に出ていたり、パパみたいになりたいって頑張っていたり…………うふふっ、なんだか嬉しいの!」
ミュウのほんわり笑顔が場を明るくほっこりさせた。誰もが同意するように、温かな表情で頷く。
が、一人だけ、先程から妙に考え込むような表情になっていた者が。
「あれ? 雫ちゃん? どうしたの? そんな難しそうな顔して」
「あ、いえ……そうね、空気を壊すようでなんだか申し訳ないのだけど……」
首を傾げるハジメ達の前で、雫は眉間に皺を寄せながら唸るように言う。
「ねぇ、リリィ」
「はい? どうしました、雫」
「ちょっと聞きたいのだけど……貴女、随分と詳しいのね。中立都市の、一ギルド支部の見習いの雇用についてまで詳細を知ってるなんて」
「? 何を言ってるんですか、雫。私、王女ですよ? そのくらい知っていて当然ではありませんか」
困惑顔を見せるリリアーナ。
確かに困惑するのも分かる。国とギルド間の話し合いでは話題に上がらないレベルだが、それでもちょっとした雑談で聞きかじったというのは十分にあるだろう。
雫は何が聞きたいのかと誰もが訝しむ中、雫はますます目を細めて、リリアーナの瞳を観察するような目つきで質問を重ねた。
「そうよね。でも、フューレンに関することでそこまで詳しいのなら、当然、演劇のことも小説のことも事前に知っていたはずよね? 仕事に忙殺されているからフューレンの流行り物を知らない、なんてことは言わないでしょう?」
「……ええ、もちろんです!」
「じゃあ、どうして事前に言ってあげなかったの? ハジメが恥ずかしがるのは分かっていたでしょうに」
「雫の時と同じですよ。知らなければ羞恥心を感じずに済む。でしょ? 元々は旅程に入っていなかったわけですし、知らずに済むならそれに越したことはないかな、と」
「まるで、知ってほしくなかったように聞こえるのは気のせいかしら?」
「……何が言いたいんでしょうか?」
おや? なんだか空気が不穏だぞ……? とハジメ達も親達も注目する中、雫は一拍おいて、核心に切り込んだ。
「魔王父娘の物語と、仮面ピンクの物語はちょっと事情が異なるじゃない。個人的な羞恥心うんぬんでスルーしていい話題じゃないと思うのよ」
「えっと……事情ですか?」
「世間一般には、仮面ピンクが私だと知られていないわ。正体不明のヒーローよ」
「……それが?」
「ねぇ、思うのだけど…………神殺しの魔王や、その身内の話を、勝手に創作するなんて許されるのかしら?」
そこまで聞いて、次第にハジメ達の表情が変わっていく。確かにそうだと。
例えば、ハジメ達のグッズや訪れた場所の観光地化くらいならまだいいだろう。
だが、演劇や小説となると話は異なる。まして、創作が入っているとなればなおさら。
本来、各国の実在かつ現役の王族を勝手に使って、実際の出来事を脚色したような話を流布するなんて、普通に考えればとんでもない不敬なのだ。
ならば、世界を救い、各国が配慮する〝神殺しの魔王と身内〟なら余計にそうだろう。
歴史家達が〝真実〟を後世に伝えようと奮闘する中で、それを曖昧にするような創作物なんてものを勝手に作るのは、流石に許容限度を超えているはずだ。たとえ、最後に真実を注釈として加えていたとしても。
鷲三が顎を撫でながら、納得したように頷きつつ孫娘の言いたいことをまとめる。
「ふむ。雫、つまりお前はこう言いたいのだな? 仮面ピンクの物語は正体不明だから勝手に創作されても不敬とはならない。だが、ハジメ君を題材にした創作物は、しかもそれで金儲けをするなら、権力者の許可がないとあり得ない。そして、実際に取り締まりされていない以上、その権力者の許可が出ているに違いない、と」
「ええ、そうよ。お爺ちゃん」
「重ねて確認するが……トータスにおいて、ハジメ君や身内を題材にしても良いと許可を出せるほどの権力者というのは……いるのかね?」
「いないわ。たった一人の例外を除いてね」
全員の視線がスッと流れた。
リリアーナへ。
「ここにいるな。国王代理で、その魔王の身内でもある奴が」
リリアーナは笑顔だ。なんにもやましいことなんてありませんと、動揺もなく静かに佇んでいる。
だが、ここにいる者達を前にしては、たとえ百八の笑顔仮面を持つポーカーフェイス王女であっても分が悪い。
ハジメの目が徐々に据わっていく中、目がちょっとずつ血走っている雫が音もなく歩み寄っていく。
「ねぇ、リリィ。仮面ピンク物語と、魔王父娘の演劇や小説の流通の仕方ってなんだか似てるわね?」
「そうでしょうか? フューレンは最大の商業都市ですから、日々、いろいろな出し物がありますし……」
「実は、一応ね? トレイシー殿下に仮面ピンク物語を少し読ませてもらったのだけど、どうも魔王父娘物語と文章の雰囲気や表現の仕方がそっくりなのよ」
「あら、そういえばそうかもしれませんね! 凄い発見ですよ、雫! これで正体不明の作者に一歩近づけるかもしれません!」
むんっと両手を握って意気込むリリアーナ。傍目には、まったくやましさなど抱えていないように見える。
とはいえ、親達は苦笑気味に、ユエ達は呆れ顔に、そしてハジメはヤクザみたいな顔になっており半ば確信しているようだった。
雫が血走った目のまま、リリアーナの両肩をガッと掴む。ハジメが、その背後からハイライトの消えた目で覗き込んでくる。
リリアーナの額から冷たい汗が一筋、流れ落ちた……
「ねぇ、皆さん。ちょっと落ち着きましょう? 疑心暗鬼はいけません。疑いは人の心を狭め、無用の争いを生みます。さぁ、深呼吸をして。全てを受け入れ許せるような、おおらかな気持ちになって――」
「ねぇ、答えてちょうだい。違うというのなら、ねぇ、リリィ。他に誰がいるというの? 許可を出せる者に心当たりがあるの?」
「そ、それは……ハッ、そうです! 考えたくはありませんが……母かもしれません! いえ、そうです! シモンさんも怪しいですよ! 諸国漫遊しているのです。各地にいる間に、そういったものを創作し流していてもおかしくありません!」
こ、この姫、母親と教皇を売りやがった! と親達とユエ達に戦慄の表情が走る!
「これは由々しき問題ですね! 私、一度王宮に戻ります! 戻って母とシモンさんを調査します!」
そう言って、自前の宝物庫から専用の王宮直通のゲートキーを取り出すリリアーナ。
キレのある動きでしゃがみ込み、すぽんっと雫の拘束から抜け出し、そのまま流れるように背後の空間へ鍵を――
「帰すわけないだろ」
「アッ、私の鍵ぃ!」
ひょいと鍵を取り上げられたリリアーナが、焦った顔でゲートキーを取り返そうとぴょんぴょんする。
「で? どうせ逃げられるわけないんだから、さっさと吐けよ」
「ちょ、ちょっとなんのことか分からないですね……」
冷や汗がだらだらと流れているリリアーナ。もはやポーカーフェイスも剥がれ落ちた。
「あくまでシラを切ると?」
「そ、そう言われましても……無実なので」
「そうか」
目を決して合わせようとしないリリアーナを冷たい目で見下ろすハジメは、直後、宝物庫から振り子のようなものを取り出した。
「あ、あのぉ、ハジメさん? それは?」
「人をただの村人にする尋問用アーティファクト――の試作品だ。ネーミングも効果もまだ確定していないから、質問の答え以上にペラペラと秘密をしゃべっちまうかもしれない。それこそ国家機密から思春期特有の恥ずかしい痴態まで――」
「私がやりました」
誰もが思った。この子、めちゃくちゃ秘密を抱えてそうだな……と。
しかも、国家機密のところに比べて痴態の部分に異常に速く反応したので、きっと、うん、自称恋愛小説マスター故にあれこれあるんだろうと、親達からはなんとなく生暖かい眼差しが注がれる。
ある意味、墓穴を掘ったリリアーナは顔を真っ赤に染めると、
「うぅっ、私は悪くない! 私は悪くない! 悪いのは戦争なんだ! 潤沢な国家予算・万歳! 私は王女! 祖国の復興のためなら身内の羞恥心だって売る女!」
「こ、こいつっ、開き直りやがった」
「リリィ、あなたねぇ」
自棄になったのか、とうとう思いっきり自白した。そして、ハジメと雫に物凄く冷たい目で見られるや、ようやく観念したのか、しおしおと萎れだし、
「お金が………お金が欲しかったんです…………」
両手で顔を覆いながらくずおれた。一国の王女様なのに、なんて有様。
菫と愁が「まるで、罪人の告白……それもお手本のような」「ドラマとかで見たことあるなぁ」なんて、なんとも言えない表情で呟き、智一達も実に微妙な表情。
「ミュウちゃん、あんなお姉ちゃんになってはいけませんよ? シアお姉ちゃんとの約束です」
「は、はいなの……」
シアとミュウのやり取りが追い打ちになったのかビクンッと震えるリリアーナに、ハジメが呆れ顔で尋ねる。
「王国の財政状況、そこまで逼迫してんのか?」
「? お金はあればあるだけいいじゃないですか」
「完全にギルティね」
「で、でも雫ちゃん。ある意味、個人の売り上げも国家予算に入れてるってことは、私財を復興に投じているとも言えるわけで……」
「それはそれでギルティね」
自称恋愛小説マスターは、実は仕事に忙殺されていながらも一大ブームを巻き起こすほどの冒険劇や脚本までささっと書けちゃう文才を有していたらしい。
せっかく個人的に稼いだお金を、なんの疑問もなく全て国庫に入れちゃうとか、いろんな意味で健全じゃない。せめて慈善事業の意識くらいは持ってほしい。
まぁ、何はともあれ、だ。
「ハジメ、このお姫様、どうしてくれようかしら?」
「ああ、雫。実はここに、いろんな夢を見せてくれる優れものがあるんだが……」
「え? えっ、ちょっ、お二人共? どうして木棺なんか出して……アッ、やめて! 羽交い締めにしないで! 私をどうする気ですか!? いやぁっ、もう眠るのはイヤァーーーッ!!!」
大火山を見学する一行の後ろに、また木棺がドラ○エよろしく、ふよふよとついていくことになったのは言うまでもない。
そうして、結局リリアーナの旅行はそのまま終わりを迎え……
目が覚めた時には既に、ハジメ達は日本に帰った後なのだった。
「なんて夢を見せるんですかぁーーーーーっ!!!?」
悲鳴と共に跳ね起きたリリアーナ。
薄い防砂用の半球型結界と、周囲で苦笑しているハジメ達、そして前方のグリューエン大火山を丸ごと囲う巨大竜巻を見て全てを悟り、最初に上げた絶叫がそれだった。
「良い罰になったろ」
「本当に恥ずかしかったのよ? やるにしても、今度は事前に相談くらいしてちょうだい」
「うっ、それは……はいぃ。すみませんでした……」
ハジメと雫から一発ずつデコピンを喰らい、流石に反省した様子で謝るリリアーナ。
それで良しとしたようで、雫が抱き上げるようにしてリリアーナを木棺から出し、ハジメも、もう強制睡眠はさせるつもりはないと宝物庫にささっとしまう。
「くっ、なんて恐ろしいアーティファクトなんでしょう……」
「この木棺に、そんな壮絶な目を向ける奴は後にも先にも、きっとお前だけだよ」
さもありなん。「もう眠るのはイヤァーーーッ」なんて絶叫、そうそう聞くものはではない。ハジメ達が帰った後は大丈夫なのか。逆に心配でならない。
気を取り直して、ユエがガイド役を全うしようと前に出る。
「……それはそれとして、どうですかお義母様、お義父様。あれが、一時も途切れることなく火山を囲み続けるグリューエンの竜巻です」
「ああ、圧巻だよ、ユエちゃん。まさに天空の城ラピ○タを実写で見ている気分だ」
「竜巻というより、巨大な回転する砂の壁よね。両端が分からないもの」
愁と菫の感想には、他の者達も全面的に同意らしい。
香織や雫、愛子、レミアやミュウも初見なので、そのスケールが大きすぎる事象に言葉もない様子だ。
智一がしみじみとした様子で言う。
「実は地球のも含めて砂漠自体、訪れたのは初めての経験なんだけど……なんというか、良いものだね。まるで海だ。風で地形が波打って、刻一刻と姿を変える……見ていて飽きない」
「そうね、あなた。……それに、何もない世界だからこそ、なんだか心が洗われるような気がするわ」
薫子も同意すれば、昭子や八重樫家の面々も口々に良い景色だと感嘆の声を上げていく。
既に、全員に周囲を適温に保つアーティファクトは配布済みだ。結界で砂も入ってこない。快適な空間で眺める分には、地平線まで続く赤銅色の世界は確かに幻想的だった。
が、まったくそう思わない子もいるようで。
「砂漠をなめるな、なの」
「「「「「「え?」」」」」」
地の底から響くような声音だった。よく知っている可愛らしい声のはずなのに!
智一達が、否、ハジメ達でさえもバッと視線を転じると、そこにはハイライトの消えた虚無の瞳で虚空を眺めるミュウがいた。
いつもの天真爛漫な雰囲気が嘘のような幽鬼じみた様子に誰もがギョッとする中、ミュウは、まるでささやくような声で、おそらく無意識のうちに呟いた。
「馬車の中でも昼は暑くて暑くて、喉がすごく乾いて、肌はかさかさになって……なのに夜はすごく寒くて……さらわれた他の子達と身を寄せ合ったけど……一人、また一人冷たくなって……」
「「「「「みゅうぅううううううううっ!!!」」」」
ハジメ達が一斉に飛びつく。レミアママが泣き崩れる!
ミュウの地雷は、ここにあったらしい。なるほど。大都市の地下で監禁されていた時よりも、砂漠越えの時こそが最も地獄だったようだ。
道理で、サンドワームの大移動を眺める時も窓際にいかなかったはずだ。
普段は大丈夫なのだろうが、目の前で砂漠をべた褒めされると、より正確に言うなら〝砂漠を舐めた発言をする〟と、黒ミュウがひょっこり顔を出すらしい。
愛子の「鎮魂っ鎮魂っ鎮魂っ」が木霊する。ハジメ達に抱き締められているミュウがペカーッと輝く。
「ハッ!? ミュウはいったい……」
正気を取り戻したらしい。自分の呟きを覚えていない様子に安堵すると同時に、闇の深さを知ったような気がして実に複雑。
「なんでもない! なんでもないんだ、ミュウ」
「ちょっと疲れちゃたのね。ほら、ミュウ、ママが抱っこしてあげるから」
「え? えぇ? 別にミュウは疲れてない……」
「……いいからミュウ! ママに抱っこしてもらって!」
「何も言わなくていいんですよ! ミュウちゃん!」
「甘えよう? もっといっぱい甘えよう!」
口々に甘やかされて、ミュウの頭上には大量の〝?〟が浮いていたが、気にしてなどいられない。
智一達も慌てた様子で言い募る。
「ハジメ君! 砂漠はもう十分だよ! 早く火山の中を案内してくれないかな!」
「まったく、砂漠でのんびりなんてとんでもないわ!」
「一度見れば十分ね! 先へ行きましょう!」
「そうですね! 竜巻に車で突入して内部を楽しんでもらおうと思っていましたが……」
「不要だ、ハジメ君! さぁ、一刻も早く大迷宮へ!」
「鷲三さん、合点承知です」
え? え? と未だに混乱している様子のミュウを尻目に、ハジメは即座にクリスタルキーを取り出し、火山の頂上へと続く〝ゲート〟を作りだした。
そこへ、ミュウの困惑を置き去りに全員が脇目も振らず一目散に飛び込んだのだった。
いつもお読みいただきありがとうございます。
感想・意見・誤字脱字報告もありがとうございます。
一応、当初の目標に掲げていた年内完結について、お詫びとお知らせです。
予定では、11月と12月前半を使って最終章のプロット作成と書き溜めをし、下旬頃に怒濤の連続更新を楽しんでもらって終わりッ!とするはずだったんですが、すみませんッ! 無理っぽいです!
書き溜め中に気が付いた致命的な矛盾、布石の入れ忘れ……調整するほどグダっていくプロット……最終的に根本から作り直しが必要と判断しました。(先週更新できなかった理由。心が折れた……)
というわけで、一からじっくり練り直すので最終章は来年になりそうです。
期待してくれていた方々には申し訳ないですが、もう少し時間をいただきます。
よろしくお願いいたします!
※ネタ紹介
・私は悪くない! 私は悪くない!
⇒テイルズのアビス。悪いのはヴァン先生なんだ!
・ミュウのトラウマ
⇒日常より。でも実際、過酷だったのは間違いない。海の子が砂漠横断に付き合わされるとか地獄以外のなにものでもない。