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ありふれた職業で世界最強  作者: 厨二好き/白米良
ありふれたアフターストーリーⅤ
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トータス旅行記㊾ 意外な才能?



 黒と銀の天使が繰り広げる死闘。それはまさに、〝正道〟と呼称するに相応しい戦いであった。


 かつて交わした約束を守れなかった無力感。


 己の弱さがもたらす劣等感。


 嫉妬、怒り、後悔。


 徹底的に叩き付けられる己の醜さに虚像はあっという間に強化されていき、踊る刃と魔法が心の痛みを肉体に現実化させていく。


 だが同時に、その戦いは美しくもあった。


 必死に抗い、食らいつき、戦い続ける過去の香織の姿は、徐々に洗練されていく舞踏の如き剣撃も相まって、確かに見る者の心に迫るものがあった。


 あったのだが……


『本当は海底遺跡を攻略した後も――』

「いいぞっ、そこだ香織ぃいいいっ! ぶっ倒してしまえぇえええっ」

(あなた)が聖女? ふふ、笑えるね? 心の底では――』

「何がおかしい!? どう見ても聖女だろぉおおお!? 議論の余地があるか!?」

『こんなにも貴女(わたし)の心は醜い――』

「なんだとこの野郎ッッ! さっきから香織の愛らしいお顔でニヤニヤしやがって! もう我慢ならないっ。香織ぃ! 今、お父さんが助けるからなぁ!!」


 智一さんがすっごくうるさかった。


 見学開始の直後も、虚像ユエを見たハジメ並みにテンションアゲアゲでうるさかったが、虚像が過去の香織を言葉責めにして幾ばくもしないうちにあっさりブチギレ、現在進行形でずっと怒鳴りっぱなしだ。虚像さんが何を言ってるのかもよく分からない。


 香織が両手で顔を覆っている。過去の自分の姿より、現在の父親のヒートアップぶりの方が羞恥心を刺激しまくっているらしい。さもありなん。


 とうとう腕まくりをして過去映像に突撃しようとしている智一を、薫子が苦笑しながら羽交い締めにして止めている。


「まぁ、気持ちは分からないでもないなぁ」

「そうねぇ。この試練、端から見ていても気分の良いものではないものね」


 愁と菫も苦笑していると、同じく娘を持つ男親として気持ちは分かると虎一が強く頷く。


「まして、香織ちゃんはある意味、正しくこの試練を受けているようだしな」


 そう、真っ向から〝自分の負の心〟と向き合っているからこその死闘だ。


 どんどん強化されていく虚像に抗いながらも、少しずつ少しずつ心を定め、呑み込み、乗り越え、前へ進んでいく。


 その姿は、少々特殊な方法で試練を攻略したユエ、シア、ティオ以上に〝人が成長する尊さ〟というものが感じられた。


 その証拠に、


『強化が、止まった?』


 遂に虚像の表情が変わった。傾いていた力の天秤が再び均衡を取り戻し始める。


 過去映像の中で激しく衝突する両者。鍔迫り合いになる。だが、香織は引かなかった。押されなかった。至近距離で、目を背けたい己の負の心の具現を真っ直ぐに見つめる。


 そして、虚飾なき言葉をさらけ出す。


『変わりたいよ。ユエみたいに優しくなりたい。シアみたいに強くなりたい。ティオみたいに賢くなりたい。雫ちゃんみたいに可愛くなりた――』

「香織ぃいいいいっ、なんて素直で可愛いらしいんだ! ブラボー! エンジェル! 大丈夫だよ! お父さんは知っている! 香織ほど優しくて強くてかしこ――」

「お父さん、ステイッッ!!」

「ぎゃぁ!?」


 香織の心を聞いて、ユエもシアもティオも、そして雫もほんのり頬を染めながらも包み込むような温かな眼差しになる。


 それもまた尊い光景で誰もがほんわかする――前に、智一さんの親バカぶりで真顔に。娘を溺愛するパパは空気を読むということを知らない!


 なので、遂に耐えきれなくなった愛娘から大剣の腹による脳天への一撃を食らいダウンした。白目を剥いて気絶している。


「ちょっと、香織。やりすぎよ?」

「知らないよっ、お父さんなんて!」


 流石に支え続けるのはしんどかったのだろう。薫子は座り込みつつ、しょうがない人を見るような目を旦那に向けながら膝枕状態になった。香織は香織で、苦言を受けてもぷいっとそっぽを向いてしまう。


「結局、クライマックスは見逃しちゃうのね……」

「よくあることなのよ。ふふ、いつまで経っても可愛い人なんだから」

「どうしてそこで慈愛の表情になるのか、昔から分からないわ」


 昭子さんの呆れ顔に、薫子さんはなぜか慈しみの表情を深くして智一の頭を撫でた。付き合いの長い霧乃が頭痛を堪えるような表情になっている。


 そんな白崎夫妻の有り様はさておき。


「……ふぅん? ほぉ? 香織は私を優しいと思っていると?」

「へぇ、ほほぉ? 香織さんは私のように強くなりたかったんですねぇ?」

「なるほどのぅ、普段はなんだか哀れんでいるような目を向けてくることが多いくせに、ふふ、妾のこと賢い女だと憧れておったんじゃな?」

「わ、私みたいに可愛くって……もぅ、香織の方がどう見ても可愛いじゃない……もぉ!」

「んんっ。ま、まぁ、思っていなくもない感じと言えなくもないような気がしないでもないかな? かな!」


 四者四様のニヤニヤ顔を向けられて、頬を真っ赤に染めながら凄まじく早口になる香織。


 過去映像の中で、天秤の傾きが逆転した。香織の剣撃が、魔法が、少しずつ虚像にかすり始める。


「香織は……やっぱり凄いですね」


 感慨深そうに呟いたのはリリアーナだ。


「ハジメさんが奈落に落ちた後、ただ一人、生存を信じてがむしゃらに頑張っていた時が思い出されます」

「リリィ……」

「神話大戦の時もそうです。使徒の一斉攻撃に誰もが絶望する中、貴女だけが天に手をかざした。受け止めてみせると」


 リリアーナが香織を見やる。香織の友であることが誇らしいというように。


「傷ついて膝を折ることだってあるけれど、最後には立ち上がってやり遂げる……そういうところ、本当に尊敬してますよ」

「ぅ……ストレートに言われると恥ずかしいよ、リリィ」


 口元をむにむにさせて照れる香織に、リリアーナはくすりと笑みを浮かべる。


 二人の様子に同じく微笑を浮かべながら、愛子も口を開いた。どこか誇らしげに。それは、どちらかと言えば、教師が立派に旅立った生徒に向けるような雰囲気だった。


「そうですね。私も、ハジメ君が落ちた時、もう生徒全員で日本に帰ることは叶わないんだと心が折れそうになりました。情けないことに、ショックで直ぐに生徒達を励ますこともままならなくて……」

「愛ちゃん先生……」

「目覚めて直ぐ、ハジメ君を探しに行くと、自分の目で確かめるまでは諦めないと断言した時の強さに、私も励まされました。私には過ぎた生徒だと、でもだからこそ落ち込んでいる場合じゃないと奮起できたんですよ?」

「そ、そうだったんですか……えへへ」


 愛子の本音を聞いてテレテレもじもじしつつ嬉しそうにはにかむ香織だが、それ以上に、母親たる薫子が嬉しそうだった。……もちろん、智一さんは気絶中だ。娘が称賛を受けている場面なのに。残念。いろんな意味で。


 過去映像が終盤を迎える中、ハジメが茶化すように、けれどリリアーナ達と同じく敬意と称賛に満ちた声音で言った。


「鈍感で、突撃系で、打ちのめされても成長して強くなるって……よく考えると香織って、めちゃくちゃ主人公属性だな?」

「召喚前、あれだけハジメに突撃していたくせに、奈落に落ちるまで好きって自覚もなかったんだものね」

「ハ、ハジメくん! 雫ちゃんまで!」

「ヒーローの強化イベに親しい者の死亡イベはあるあるよね。ハジメ、あんた、香織ちゃんのヒロインだったのね……」

「お義母さん!?」

「待てよ? そうすると、ユエちゃんと出会って結ばれたというのは、やはりねとられ――」

「それ以上はやめてください、お義父さん! 意識したら、今だって私の脳は破壊されちゃうんですから!!」

「……香織くぅん、元気ぃ? 今から君の大事なハジメちゃんと良いことしちゃいまぁ~す♪」

「前言撤回! ユエは優しくないっ」


 なんて香織の正道で立派な試練攻略にハジメ達が盛り上がる傍らで、ミュウが困った表情になっていた。レミアママの手を取り、眉を八の字に上目遣いになる。


「香織お姉ちゃん、すごいの」

「ええ、そうね」

「すごいのに……すごいからこそ……この後あんなことになるなんて!」

「そ、そうね」


 わっと顔を覆うミュウ。まるで、変えられぬ悲劇の運命を前にしたかのように。


 いや、ようにというか、まさに悲劇を前にしているのだが。試練の内容が感動的であるが故に、なおさら。


 過去映像の中で氷壁の一部が吹き飛んだ。ユエが転がり出てくる。


「「「「「あ……」」」」」


 忘れていたわけではないけれど、過去の香織があんまりにも真っ当に頑張っているものだから無意識に考えないようにしていた、その先の過去に誰もが声を震わせる。


「ご視聴、ありがとうございました」


 香織は過去映像をそっ閉じした。過去を受け入れた者特有の透き通った表情が、そこにあった。


「うぅ、香織さん。改めて言わせてください! ほんっとすみませんでしたぁ!!」

「うん、もういいよ。シアが私の虚像を砲弾代わりにぶん投げたり、雷龍の盾にしたことなんて気にしてないよ」

「それ、めっちゃ気にしてる人のセリフですぅ」


 香織の慈愛の笑みに、むしろ恐怖と罪悪感を掻き立てられつつシアは隣のユエを肘で突いた。小声で「ほら、ユエさんも! あの時も謝ってないんですから!」と謝罪を促す。満面の笑みを浮かべる香織が、スッと視線をユエに移す。


「……か、香織。その、えっと、あの……」

「うんうん、なぁに?」


 にこにこしながら「ほら、謝ってもいいんだよ? 素直になっちゃいなよ」と促す香織へ、チラチラと上目遣いを向けつつ、刻一刻と顔を赤らめていくユエさん。


 うっ、ぐぅっ、と呻き声を漏らしながら何やら物凄く葛藤している。


「ユエお姉ちゃん、きちんとごめんなさいした方が……」

「ふぐぅっ」

「歯ぎしりの音が聞こえるのは気のせいか?」

「力みすぎて、握り締めた手が真っ白になっておるぞ」

「そ、そこまで嫌なのね……」


 ミュウにまで微妙な表情で諭されて、ユエさんの葛藤はピークに。


 そうして、一拍。


 何やら吹っ切れたように「ふぅーっ」と大きく息を吐き、香織に向き合った。決然とした様子で、「香織」と呼びかける。


 そして、「なぁに?」と聖女のような笑顔で問う香織へ、ぐっと力を込めて、力強く言い放った。


「たとえ私が百パーセント悪くても! 下げたくない頭は下げられないッッ!!」

「「「「「最低だぁっ」」」」」

「言うと思ったよ!!」

「「「「「理解度が半端ないっ」」」」」


 誰もが呆れ顔に、あるいは頭痛を堪えるような表情になった。ハジメだけ、「なんて名言だ。……いつか俺も使いたいな」とかなんとか感銘を受けた様子だったが。


「ユエお姉ちゃん……」

「……ミュウ、覚えておくといい。人には誰しも譲れないものがある。それは、身命を賭して守らないといけない!」

「香織お姉ちゃんに頭を下げないことに、命を懸けてるの?」

「無論ッ」

「……ミュウの中で、〝いや、それは人としてダメだと思うの〟という気持ちと、〝なるほど。そういうのもあるのか〟という気持ちがぶつかり合ってるの」

「ミュウ、迷い無く前者を取って。ママとの約束よ」

「みゅ……」


 ミュウへの悪影響(?)は、何もハジメパパだけから与えられているわけではないらしい。


「はぁ、もういいよ。ずっと前のことだし。私が逆の立場でも謝らないからね! 死んでもね!」


 いや、お前もかい! というツッコミが親達から香織へ視線で放たれる。


「でも、ミュウちゃん、お手本にしなくていいからね。悪いことしたら、ちゃんと謝らなきゃだよ?」

「は、はいなの……」


 どう見ても、なんて説得力のない言葉なのだろうと思っていることが丸わかりの雰囲気を漂わせているミュウ。


 香織も感じているのだろう。愁達の視線も相まって居たたまれなくなったようで、ごほんっと咳払いを一つ。


「次はハジメくんかな? 楽しみだね!」

「智一さんはいいのか?」


 露骨な話題転換に苦笑しつつ、ハジメの視線が未だに気絶中の智一に注がれる。答えたのは薫子だった。


「いいのよ、ハジメ君。むしろ、今起きたら〝もう一度!〟とか〝録画を!〟とかいろいろとうるさいだろうから、運ぶのが負担でないならこのままにしておきたいのだけど」

「えぇ……まぁ、先程までのリリィと同じ方法で運べばいいんで負担ではないですけど……」


 意外にシビアな判断をする奥さんに、同情混じりの表情を智一へ向けるハジメ。


 例の木棺を再び召喚すると、薫子は智一を抱え上げ木棺へと収めていく。その間も顔は常に慈愛の笑みを湛えていた。


 なぜだろう。成人男性を抱え上げるのに、特に苦労した様子もないのは。木棺に入れる手際がやたらと洗練されているように見えるのは。


 なぜだろう。慈愛の微笑みに妙な恐怖を感じるのは。


 大事なものはしまっちゃいましょうねぇ~~という声が聞こえてきそう。


「……なんて似た者母娘」

「ユエ? それどういう意味かな?」


 意味は言わずもがな。みんな理解しちゃっている。ということは、白崎母娘以外の全員の顔を見れば一目瞭然だった。


 少し身震いしつつハジメが〝ゲート〟を開く中、昭子が引き攣り顔で傍らの娘にささやく。


「……ねぇ、愛子。よくよく思い返すとこの旅行、ちょっと意識を失う人が多すぎないかしら?」

「え? そんなこと……」


 ティオの始まりの痴態を見たアドゥル、帝国では雫に腹パンされたユエやハウリアの恐怖に貴族達が、樹海ではアルテナなどが、リリアーナは言わずもがな。


「あれ? 私達の旅行、気絶する人多すぎ?」

「行く先々で人が意識喪失する旅行って……言葉にすると呪われてるみたいよねぇ」


 畑山親子は顔を見合わせ、ハハッと乾いた笑みを浮かべ合った。そして、何事もなかったようにハジメ達の後について〝ゲート〟を抜けたのだった。


 世の中には、気にするだけ無駄なことも、損なこともあるのだと、帰還者騒動などでよく理解しているから。










 ハジメの試練が過去再生されてしばし。


「「「「「お、おぉ……」」」」」


 あちこちから感嘆とも驚愕ともつかない声が上がっていた。誰もが、ユエ達でさえ食い入るようにして見ている。


 それは、出来の良いアクション映画にのめり込む観客の姿に似ていた。


 今まで見てきた試練とて、それはそれはアクション映画さながらの激闘ではあった。だが、ファンタジーだ。異世界のファンタジーそのものの戦いだった。


 だから、ハジメの試練はある種、衝撃的だったのだ。


 特に、地球に生まれた者達にとって、それはユエ達の試練よりずっと現実感のある、それでいてまさにアクション映画そのものと称すべき戦闘だった。


「ガンナー同士の戦いとなると……一気にファンタジー色が薄れるな」


 鷲三が顎をなでさすりながら呟くように言う。誰も返事をしないが、内心では強く同意していた。


 連続する発砲音。瞬くマズルフラッシュと乱れ飛ぶ紅と黒の閃光。


 虚像の白いドンナーが突き出されると、それをハジメのシュラークが払いのけ射線を逸らす。


 同時にドンナーを発砲するが、虚像は半回転してかわし、白のシュラークを撃ち返す。


 ハジメもまた回転してかわし、互いにドンナーを照準した刹那、銃口がピタリと向き合い、空中で寸分違わず衝突した二つの弾丸がひしゃげて地面に落ちる。


 照準し、払い、撃ち返し、かわし、また照準し、射線をずらし、撃ち返す。


 本来、殴打の応酬を繰り広げるべき近距離で、互いに紙一重で射線から逃れつつ、己の銃弾を叩き込もうとする。


 紅色の閃光と黒色の閃光が、あたかも銃弾を拳代わりにしたような近接戦闘を繰り広げる二人を中心に四方八方へ飛び散る光景は圧巻の一言。


 そう、それは二人の銃使いが織りなす近接銃格闘術(ガン=カタ)による闘争だった。


「パパ、かっこいいの! すごいの!!」

「お、そうか?」


 ハジメの銃技が絶技の域にあることは、ここまでの旅行でも分かっていること。実際に旅を共にしたミュウならなおさら。


 だが、やはり鷲三の言う通り、拮抗した破格の銃使い同士の戦いは、ここがファンタジー世界であることを一時忘れるほど新鮮で、心躍るものであったようだ。親達やユエ達の表情を見れば一目瞭然である。


「おいおい、接射状態でなくても銃弾を銃弾で撃ち落としたぞ! 狙ってやったのか、ハジメ君!!」

「え、ええ、まぁ」


 虎一の興奮具合が凄い。今までの冷静な人柄――八重樫家的暴走などは除く――からはほど遠い子供のような目の輝きに、ハジメが少し引く。


「うちのお父さん、ハリウッド系のアクション映画好きなのよ。特にスタイリッシュなガンアクションとかやるやつね」

「そうだったのか。良い趣味だな」

「ハジメ君! あれは自分の虚像故に動きが読めるからできるのかいっ? それとも、誰が相手でもできるのかいっ? どっちなんだい!!」

「なんかキャラ崩壊してません? 某筋肉芸人じみたイントネーションなんですが」

「どっちっ、なんだぁいっ」

「で、できますよ」

「エクセレントッッ」

「お父さんっ、落ち着いて!」


 虎一さんのキャラ崩壊はともかく、虚像と過去のハジメの対決は実に映えるというか、見応えのあるものなのは確かだった。


 空中ガンスピンリロードや同ヵ所六連早撃ち、地面のくぼみを使った跳弾射撃に、円月輪を用いた空間跳躍射撃まで。


「本当に見応えがあるわ。銃撃戦になると、ハジメ君の技の冴えが際立つわね」

「現実でこんな銃撃戦を見られることはないでしょうね」


 映像の中で一度離れた虚像と過去のハジメ。ようやく一息吐いて、霧乃と薫子がほぅと溜息を漏らす。


 ……実は、日本とか英国の某トップクラスの裏のエージェントさんなら、もちろんハジメには遠く及ばないまでも映画さながらのガンアクションができたりするのだが……


 それを知るのはまだ先の話。


「ハジメくんと銃で勝負できる人なんていないから、私達でも新鮮だね」

「ですねぇ。……じっと見ていたらレールガンの速さにも慣れそうなので、そうしたらドリュッケンの砲撃モードで対決できないこともなさそうですけど……」

「シアよ……お主、今、雷速並みの速度でも対応できそうとかなんとか、とんでもないこと言っておるという自覚は――」

「弾丸を撃ち込む暇があるなら近づいて殴った方が早いのでやりませんしね!」


 将来、レールガンどころか雷の化身の雷化攻撃すら視認して回避するのだが、これまた知るのはまだ先の話。


 愛子が大変疑わしい横目をシアに向けて言う。


「むしろ、シアさんなら避けるより〝レールガンくらい受け止めながら突進すればいいですぅ!〟なんて言いそうです。こう、銃弾もカァンッと音を立てて弾く感じで」

「愛ちゃん先生……それはもうターミネー○ーなのよ」

「……白コートのハジメも格好いい♡ 今度、着てもらおう。それでデート」

「ユ、ユエさんだけ目の付け所が違う……リアルに瞳の奥に♡マークが浮かぶ人、初めて見ました……」

「あ、あらあら……魔法でしょうか?」


 リリアーナとレミアがギョッとした目をユエに向けている。両手を胸の前で組み、恋する乙女の表情になっているユエの瞳には、確かにピンクの♡マークが浮かんでいた。変成魔法か、それとも幻術か。


 なんにせよ、浮ついた鑑賞会はそこまでだった。


『――故郷に、まだ居場所があるなんて本当に思っているのか?』


 虚像が、遂に口撃を始める。言葉の弾丸をも放ち始める。


 人殺しの化け物に居場所なんてあるはずがないと。両親は変わり果てた息子の姿に、さぞかしショックを受けるだろうなと。


 故郷に帰るという願望こそがハジメの根幹。だからこそ、そこに関する全てに拒絶されることを恐れていると。


 ユエ達は理解していることだが、菫と愁以外の親達やリリアーナにとっては意外だったのだろう。どんな障害も不敵に笑って乗り越えるのがハジメなのだと思っていたから。


 菫と愁がおかしそうに息子を横目に見ながら言う。


「うちの子ったら、ふふ、玄関の前ですっごく緊張してたのよ?」

「抱き締めてやった途端、安堵したみたいに力を抜いてな」

「やめてくれよ、恥ずかしい」


 帰宅直後のことを暴露されて、ハジメの頬が赤らむ。


 ミュウにとっても、パパの意外な一面だったようで、そっとハジメの手を取った。上目遣いにハジメを見る瞳には、もちろん失望などなく、むしろパパの弱い部分を知れて嬉しいという喜びが宿っているようだった。


 それは他の親達も同じだったのだろう。


「ふん、やっと子供らしい一面を見られて、むしろ安心したよ」

「智一さん、起きてたんですか?」

「あれだけ銃撃音がしていれば起きるさ。頭がズキズキするけどね」


 木棺から這い出し、香織の回復魔法で頭部をペカーと光らせる智一。神妙な顔つきなので、絵面が実にシュール。まるで頭頂部が寂しいおじさんに、アニメ特有の謎の光が差しているみたい。


「こんな経験をしてしまって心は大人にならざるを得なかったとしても、君は帰ってきたんだ。なら、まだ子供でいることが許される、ということを覚えておくといい」

「…………ええ、覚えておきます。ありがとう、智一さん」

「ふんっ。まだ子供だから、香織とも節度ある付き合いが必要だということだよ!」


 照れ隠しなのか最後に普段通りの悪態じみた言葉を口にしてしまう智一だったが、前言は本心なのだろう。


 いろいろとすべきことがあり、できることが多く、ハジメにしかできないこともたくさんあるが、身近な大人に甘える心を忘れる必要はないと。


 愁が「あれ? 俺より父親っぽくない?」と息子と智一を交互に見やりながら少しばかり焦燥を見せる中、虚像の糾弾じみた口撃が佳境に入る。


『だからお前は、畑山愛子の言葉を無視できなかった――』

「ふへぇ!? 私!?」


 唐突に虚像の口から飛び出た自分の名前に、愛子が素っ頓狂な声を上げる。


「ああ、ウルに行った時にも言ったろ? 生き方を諭されて感謝してるって話だ」

「な、なるほど」


 確かに聞いた。とはいえ、まさか試練に持ち出されるほどハジメの中で重視されているとは思っておらず、虚像が口にした〝恩師と仰ぐのは~〟という言葉も相まって、愛子は照れくさそうに頬を赤らめた。代わりにというべきか、昭子が誇らしげに胸を張っている。


『――ただの依存だ』


 ユエに対する愛情まで否定される過去のハジメ。故郷に拒絶された時に心の拠り所とする保険に過ぎないのだと。


 それにもまた驚愕の表情になる親達。つい横目にユエを見てしまうが、


「……ん。むしろ、どろっどろに依存してくれればいいのに」

「香織みたいなこと言わないでくれよ」

「そんなこと言ったことないよね!? よね!?」

「香織さん……全身から滲み出ちゃうものってあるんですよ」

「嘘でしょ!?」


 いつも通りの賑やかなやり取りに、既に共有されていることなのだと理解してホッと胸を撫で下ろす。


「でも、パパ、怪我をし始めてるの。ここからどうやって勝ったの?」

「ん~、まぁ、開き直りのごり押しだ。香織の頑張りを見た後だと恥ずかしくなるくらいにな。直ぐに分かる」


 過去のこととはいえハラハラしている様子のミュウだったが、ハジメの言う通り、結果は直ぐに映し出された。


 ハジメの一手が、遂に虚像を捉えたのだ。虚像曰く、力の天秤は傾いていないらしい。ハジメは己から目を逸らしてもいないが、乗り越えてもいないという。だが、その一手以降、ハジメは虚像を少しずつ上回っていく。


 困惑する虚像に、ハジメは言い放った。


『いつだってそうだった。悩みを解決するまで動けませんなんて、甘ったれたことが許されたか?』


 自然と、誰もが奈落の底で見たハジメの生存競争を思い出していた。


 確かにそうだ。ハジメには悩むなんて〝贅沢〟は許されていなかった。それでもなお、前へ進み続けた。進まないと死ぬから。家に帰るという些細な願望さえ叶えられなかったから。


 つまり、ハジメにとってこの試練は、あの時と、そして今までしてきた戦いと大して変わらないということで。


『感謝するよ。おかげで、じっくりと自分の動きを確認できた』


 ハジメは、最初から虚像なんぞと向き合ってはいなかったのだ。だって今までもずっと、〝己の負の心〟なんて、自覚はすれど何一つ解決しないまま、ずっと()()()()()進んできたのだ。


 ハジメが見ていたのは、変わらず〝敵の動き〟だけ。


 観察し、分析し、対策し、ほんの僅かでもいいから凌駕する。自分の癖や無駄な動きを理解し、一歩だけ先をゆく。今、この瞬間に。


 そうして生き抜いてきたのだ。先へ進んできたのだ。


「なるほど。確かにこれは、あの奈落でハジメ君がやってきたことだな」


 鷲三が納得したように頷いた直後、決着はついた。


 ユエに対する心の保険としての気持ちは否定せずとも、九割九分九厘は愛情だと言い放って。


 ユエが身悶えている。「んっもぉ! ハジメったら!」とイヤンイヤンしている。香織達はジト目だ。こんな時でも惚気ないと気が済まないのかと。ほら見て、虚像さえも呆れ顔になってるじゃない! と。


「ま、まぁ、こんなところだな。俺の試練は」


 若干、居心地悪そうに視線を逸らすハジメ。


 中央にそびえる氷の樹に、ほんの少しだけ感情のさざ波が見える瞳を向けて、けれど、直ぐに新たに出来た道へと進み出す過去のハジメを最後に、ユエもまた咳払いをしつつ過去再生を解除した。


 最後に見えた背中は、奈落で爪熊を殺し、想いを新たに暗闇へ進み出した時とよく似ていた。


「何よ、ごり押しごり押しって黒歴史みたいに語るから、どれだけ情けない姿を見られるのかと思えば……頑張ったじゃないの」

「確かに自分の気持ちには向き合っていないかもしれないが……やると決めたことを何があっても貫くってのも立派だぞ? よくやったな、ハジメ」

「……んんっ。だから、恥ずかしいっての」

「……この部屋に来てから、ハジメの照れた顔がたくさん見れて大変満足」

「ユエさん、空気読んでください。今は親子の時間なんですよ!」


 菫と愁がハジメの肩に手を添え、優しい目を向けている――傍らで、ハジメの照れた顔を写真にパッシャッパッシャと収めまくるユエ様。この似た者カップルめっと、シア達が呆れ顔になっている。


 南雲親子の雰囲気にほっこりすればいいのか、フラッシュを放ちまくるユエに同じく呆れ顔になればいいのか。感情が混乱する智一達。


「次、雫で一応、全員で見るのは最後だな」


 照れくさい気持ちへの誤魔化しも兼ねて、ハジメが最後の見学地への〝ゲート〟を開こうとする。


 と、そこで、ミュウがハジメの服の裾をクイックイッと引っ張った。


「どうした、ミュウ」

「パパ、また的当てしたいの! ミュウでも撃てる銃が欲しいの!」


 どうやら、ハジメパパの銃撃戦を見て、銃を撃ちたい願望が湧き上がったらしい。


「いつかミュウ専用のどんなぁとしゅらーくぅをプレゼントしてくれるって言ってたの。いつくれるの?」

「ハジメ君! 君という奴は! こんな幼子に銃を渡す気……いや、待てよ? 〝また的当てしたい〟? まさか撃たせたことがあるのかい!?」


 倫理と常識の守護者、智一さんが目を吊り上げている。


「いやまぁ、旅の中でミュウが撃ってみたいというので、子供用の小さな銃を錬成して撃たせたことがあるんですが……」

「まさか、本当に銃をプレゼントする気じゃないだろうね! レミアさん、母親としてここは苦言を呈するところだよ!」


 情操教育に悪い! と主張する智一で、確かに日本の常識からするとあり得ないことではあるのだが……


 レミアさんは、なぜか困った顔で「確かにそうかもしれませんが……」と歯切れが悪い。


「お父さん、あのね、ハジメくんも闇雲に撃たせたわけじゃないんだよ? 安全にも気を遣ってたし、最初は専用の銃をあげるつもりもなかったの」

「香織? どういうことだい?」

「……ミュウちゃん、射撃の才能があるんだよ」

「射撃の才能?」


 旅の中で、お祭りの射的感覚というか、ちょっとした休憩中の余興としてやってみた的当て。


 ユエやシア、香織にティオの四人は揃って、実に射撃の初心者らしい有様で散々な結果だった。十メートル先のダーツ盤サイズの的に掠りもしないという。


 ミュウにはミニサイズのドンナーを用意し、他は同じ条件で撃たせた。


 当然ながら、ミュウもまた掠りもしなかった。


 ただし、最初の数発は。


 少しずつ少しずつ修正されていく弾道。気が付けば的はボロボロで、再度、的を用意すれば十発も撃つ頃には中心を捉えまくるという光景が目の前に。誰もが目を点にしたのは言うまでもない。


「その後、動く的とかもやらせてみたんですが、何発か撃つと自分で修正して当てていくんですよね。うちの子、マジで天才」


 こればかりはただの親バカ発言ではないらしい。


 百聞は一見にしかず、とデリンジャーサイズの小型のリボルバーを即席で錬成したハジメ。炸薬量を減らした弾丸も用意し、ミュウに手渡す。


「ミュウ、ちょいと部屋の隅まで行って射的してみな?」

「いいの!? やるのーーーっ!!」


 リボルバー銃を、まるで宝物を抱えるみたいに抱き締めてながらステテテーッと走って行くミュウ。半信半疑の親達やリリアーナ、愛子を連れて追随しつつ、拳サイズの重力石を複数、適当な位置にばらまく。


 以前教えられた通りに、手際よく弾丸を装填し、綺麗なウィーバースタンスを取るミュウ。


「だ、大丈夫なのかい? 銃というのは反動が凄いんだろう? 腕や肩を痛めることもあると聞いたことがあるよ?」

「威力は抑えているので大丈夫です。それに……ミュウのやつ、普通に衝撃を逃がすんで」

「えぇ?」


 心配そうな親達に見守られつつ、


「パパ! あの石を撃てば良いの?」

「おう」

「むっふぅ! 久しぶりの射的なの!」


 気合い十分、お目々キラキラ。ガンナーの愛娘は、パパの戦う姿を見てきたせいか射撃が大変お好きらしい。


 とはいえ、幼女だ。数十メートル以上離れた宙にふよふよと浮く的に当てるなんて、と誰もが思っていると――


「すぅーーーっ」

「「「「「!?」」」」」


 深呼吸を一回。深く吸い、深く息を吐いて、ピタッと止まる呼吸。その瞬間、ミュウの目がスッと細められた。


 今までの無邪気で天真爛漫なキラキラお目々は錯覚だったのかと思うほど、鮮やかなまでに変容した眼差し。


 それはまさに――鷹の目!!


 引き金は、流れる水の如く自然に引かれた。


 パァンッと響く音。銃弾が重力石の一つを掠めたようで、真横へずれる。


 無言のままボルトを引いて再装填。修正。引き金を、引く。


「あ、当たった……」


 智一が信じられないと言いたげな様子で言葉を漏らす。


 その間にも撃鉄が起こされ、照準、発砲される。次の重力石が弾け飛ぶ。普段のミュウからは想像もできない鋭い眼差しが獲物を捉えて離さない!


「ちなみに、ライフルで百メートル以上先のランダム飛行する偵察機を狙撃させてみたりもしたんですが……ヒットさせた後にミュウはこう言いました」


――むぅ、パパみたいにできない。五ミリもずれたの


「……なるほど。それは、専用の銃を贈りたくもなるな」

「家の地下に空間拡張して射撃場も作ってみようかと。帰還者騒動関連で忙しかったので、まだプレゼントの用意もできてないんですけどね」


 意外な才能に、親達は「あらまぁ」と唖然としている。が、ハジメの気持ちは分かるようで、一拍おいて衝撃から立ち直ると口々にミュウを称賛し始めた。


 ハイライトが消えたような瞳と鋭く細められた目元が、再びいつものふんにゃりほわほわした可愛らしいものに戻っている。先程までが幻覚だったみたいに。


 リリアーナが心底感心した様子でミュウに尋ねた。


「ミュウちゃん、凄いですね。私も神話大戦のおりに試し撃ちさせてもらいましたが、とてもとても、あれほど正確に撃つなんて無理でした。精密射撃には長い練習が必要だと思いますが……何かコツでもあるんですか?」

「ん~~~~~?」


 可愛らしく人差し指をほっぺに当てて考え込むミュウだが、コツと言われてもピンと来なかったのだろう。


 不思議そうな顔で、


「別に当てるだけなら難しくないの。パパの真似をすればいいだけだから!」

「あ、あぁ~、そういう……」


 さもありなん。


 ただ、ミュウの場合〝真似をする〟のレベルが違うだけなのだろう。雰囲気、細かな挙動、視線、的の見方から何まで再現度が高いからこその結果。


 つまり、もともとの射撃センスの高さに〝パパに対する観察力が高い〟というブーストがかかっているのだろう。


 それは言い換えると、


「ふふ、ミュウちゃんはハジメ君が大好きなのねぇ?」


 そういうことなのだろう。高レベルの見様見真似ができてしまうほど、よくよくパパを見ているということだ。


「みゅ? はいなの! 大、大、大好きなの!」

「ミュ、ミュウ……くっ、愛らしさの暴力かよっ」


 素直に両手万歳&満面の笑みで好意を示すミュウに、ハジメは猛烈な照れくささを感じて撃沈した。わっと両手で顔を覆って、感動に震える。


 一方で、ミュウの射撃センスの根幹を聞いたユエ達もまた、


「……だ、だとすると、何度撃っても的に掠りもしない私って……」

「ご主人様への理解度が……ミュウに負けている……ということかの?」

「い、言わないでっ、ユエ、ティオ! なんだか凄い敗北感に襲われるから!」

「雫さん、愛子さん、それにリリアーナさんも、今ここで射撃してみませんか? してみましょうよ。しろ」

「シア!?」

「この流れでするなんて嫌ですよ!」

「私さっき、できなかったって言いましたよね!?」


 そこはかとない敗北感に両手で顔を覆ったのだった。


「ちなみに……レミアさんは?」


 昭子がそっと耳打ちするように尋ねる。ずっと気配を消しているみたいに控えているレミアに。


「……そうですね。大戦のあと樹海で過ごしている時に撃たせてもらったことはあります」


 誰もが忙しくしている時で、たまたまユエ達も傍におらず、射的で遊んでいたハジメとミュウに付き合う形で体験したことがあるのだ。


「へぇ、そうなのね。で、結果はどうだったの?」

「うふふ、内緒です♪」

「あ、なるほど」


 撃ってみろよぉ、仲間だるぉ? そして盛大に外せよぉ~っと、ハジメのドンナー&シュラークをパクったユエ達が雫達を追いかけ回している。


 明言はなくとも、ほんわかほわほわ笑顔を浮かべるレミアを見て全てを察した昭子さんは、「流石は母娘(おやこ)だわ」と呟きつつも、ユエ達の追いかけっこを見て余計なことは言うまいと口を噤んだのだった。


 



いつもお読みいただきありがとうございます。

感想・意見・誤字脱字報告もありがとうございます。


※ネタ紹介

・寝取りムーブするユエさん

 ⇒日常より。

・ミュウの射撃

 ⇒書籍の小篇集『鷹ノ子は鷹』より。



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― 新着の感想 ―
もし、使徒軍団が来襲する前に、ミュウへ専用銃をプレゼントしていたら、どうなっていたんだろう?
ガンカタやっぱりかっこいい ミュウさん強いっすねwww
[一言] デリンジャーサイズのリボルバーなのにボルトを引いて再装填って違うのでは?素人なので、違ってたらすみません
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