トータス旅行記㊼ 2Pカラーって良いよね
長らく更新できずすみませんでした。本日より再開です。よろしくお願いいたします!
「まったくもぉ! ひどいですよ! あんまりです!」
大迷宮【氷雪洞窟】の奥――幾つもある自身の虚像と戦う広い空間の一つに、そんな憤懣やるかたないといった様子の抗議の声が反響していた。
「過労で倒れたくらいで強制的に眠らせるなんて!」
「狂気の発言だって自覚あるか?」
ハジメが呆れた眼差しを向けるのは、すっかり元の顔色と元気を取り戻したリリアーナだった。
ぷんすこしている。ほっぺはぷくっとふくれて、唇はアヒルのようにツンッと突き出されていた。お手本のようなすねっぷりである。
一斉退職の悪夢にうなされて飛び起きた後、ハジメに〝纏雷〟されて再び休眠状態に入ったかに思われたリリアーナだったが、実は、その二度寝はわずか数秒で終わりを告げていたりする。
「三時間以上も眠る方が狂気です! 人生は有限なんですよ?」
「リリィ……貴女、いつの間にショートスリーパーになったのよ」
「王国は本当に労働基準法を制定できるんでしょうか? 法案を考える会議にはリリィさんを入れない方がいいかもしれません……」
雫と愛子が揃って、いろんな意味で極まっている王女様に溜息を吐く。
つい数分前、つまりリリアーナがリューティリスからの贈り物である安眠機能付きの木棺に放り込まれてからきっかり三時間後のこと。
リリアーナは唐突にカッと目を見開くや否や起き上がり、睡眠は人生の無駄! そもそも寝過ぎれば疲れるじゃないですか! なんて文句と共に、復活した古代のミイラよろしく木棺から飛び出したのである。
そして、既に樹海観光が終わっていて、氷雪洞窟の見学も後半に入っていると知り、ただでさえ未だ悪かった顔色をショックで土気色に変えたのだ。
そこからはもう、あれだ。
もう少し休めと睡眠を促すハジメ達に、リリアーナは裏切られたような表情を見せて、壁際まで後退った。それはもう、猫に追い詰められたネズミのように。
そうして、気遣うハジメ達へ今にも「窮鼠は猫だって噛むんだぞぉ!」と叫びだしそうな様子で、あるいは四面楚歌に陥った兵士が決死の突破を図らんとするような雰囲気で威嚇を開始。
眠らされるくらいなら自害も辞さない!! 後で生き返らせてくださいね! と言わんばかり。
挙げ句の果てには、自分がどれだけハジメ達との観光を楽しみにしていたかと号泣しながら切々と訴え始め……
流石に哀れに思った菫と愁の執り成しもあって、再生魔法と魂魄魔法による心身への治療が行われて今に至るわけである。
「なんのために死ぬほど頑張って仕事を終わらせたと? どんな有様になろうと香織と合流すれば復活できると計算していたからです! だというのにっ、んもぉ!」
キッと睨まれた香織は苦笑せずにいられない。
「だって……ちゃんと普通に休まないとリリィってば味を占めそうな気がしたというか……いつか日本に移住した時、日常的に眠らない生活を送ろうとしない?」
「え、何か問題が?」
キョトンとした表情が恐ろしい。眠らずに済むなら、それが一番良いじゃないと、なんの疑問も抱いていない様子。むしろ、香織達は日常的にそんな便利な生活を送っているのでしょう? 羨ましい……と言いたげだ。
もちろん、ハジメ達はドン引きである。周囲の引き攣った表情に気が付いて、リリアーナは少し視線を泳がせながら言う。
「それはまぁ、私は神代魔法が使えませんから日常的にユエさん達にかけてもらうことになるので、ご面倒をかけるかもしれませんが……」
「……違う、そこじゃない」
ユエからツッコミが入る。なぜ、神話大戦を生き残ったというのに、この姫はこうも生き急ぐような生き方をしているのか、とこめかみをグリグリ。
「ハジメさんが排眠のアーティファクトを作ってくだされば問題ないのですが、現状、皆さんに支給されていないということは用意するのは難しいのでしょうし……」
「はいみん? はい……みん……排眠、か? 不眠じゃなくて睡眠を排除するって意味の造語なら、眠らないことへのとんでもねぇ狂気的な意志を感じるな。震えるぞ……」
「当然のように、あれば私達が常用すると思っている点が恐ろしいですね」
「のぅ、ご主人様よ。もうリリィをさらってしまってはどうかの? 魔王らしく」
「みゅ……一度、お仕事から無理やりでも引き離した方がいいと思うの!」
「あらあら、エリセンに到着したら、ぜひ我が家でくつろいでくださいな。海辺でゆったりバカンスしましょうね……でないと手遅れになるかもしれませんから」
「なんだか散々な言われようですが!?」
ちょっと仕事に傾倒しすぎているきらいは感じていた。言葉の端々、顔色、そしてクゼリー団長の件しかり。
だから、初っ端から再生魔法や魂魄魔法には頼らず、普通に――ドラクエの死亡キャラを引き連れるようなスタイルになったことは、この際、脇に置いておいて――睡眠による休養を取らせたのだ。
神代魔法さえあれば無限に働けるかも……なんてことを意識させないように。
正直、本当はハジメ的にアワークリスタルだって使わせたくなかったのだ。旅行を切望していたから例外的に貸し出しただけで、無理ができる環境なら無理をしてしまう責任感の塊のようなお姫様だから。
というか、たとえ無理をしても、せっかく時間差があるのだから休養も取ってくるだろうと思っていたのに、本当に仕事用としてしか使わないとか……
どうやら、このお姫様、相当やばいところまで来ちゃってるらしい。
「き、きっと一時的なものよね?」
香織の母――薫子が、十代半ばの女の子の発想じゃない……まるで自分が社畜であることに気が付くこともできなくなっているサラリーマンのようだわ! と哀れみのこもった眼差しを向けながら言う。
すると、夫の智一が「それはそうだろう」と困ったような表情になりながら頷いた。
「復興で忙しかった弊害だろう。鉄火場のような案件中は精神的にハイになりやすいからね」
「死に物狂いでタスクをこなしながら、いい加減休ませてくれ! と思っていても、それが長く続くと……ようやく仕事を終えても、なんとなく虚無るんだ……無意識に仕事を探しちゃうんだよな……」
智一と愁の見解はとても実感がこもっていた。
加熱していた感覚をもとに戻すには、少し時間がかかる。かかるが、元には戻る。
だから、リリアーナも大忙しの復興業務が終わり、以前に近しい日常が戻ってくれば落ち着くだろう。今回は、旅行の時間を捻出するために、いつも以上に頑張ったせいで少し暴走気味なだけで。
と付け加えれば、なんとなく激動の異世界生活を終えた後の自分達を思い出してか、ハジメ達も納得の表情になった。
……まさか、実際に日本に移住した後も何も変わらず、真性のワーカーホリックだったと判明するとは思いもせずに。
何はともあれ、「解せない……」と言いたげな表情のリリアーナを尻目に、気を取り直すようにしてティオが咳払いを一つ響かせた。
「そろそろ良かろう? 絶妙な場面で止められて、流石の妾も少し恥ずかしいんじゃが……」
予期せぬリリアーナの覚醒で中断していたが、実は現在、ティオの試練を過去再生している途中だったりする。
広々とした空間の中央には地面と天井を繋ぐ水晶のような樹があり、その近くで二人のティオが静止していた。
ティオの言う通り、ちょうど虚像にぶん殴られた瞬間だったので、過去のティオの顔面がひょっとこみたいになっている。
「……グッジョブ、私」
「まさかのわざと!?」
ユエ様の絶技だったらしい。なんて無駄な技だろう。
パチンッとフィンガースナップの音が響き、過去映像が再び動き出す。黒と白の閃光が飛び交い、風と炎が乱舞する。
「それにしても、白髪に純白の着物……うん、いいな」
ハジメの意外な言葉に、「エッ」とティオが頬を染めて反応する。と同時に、菫や薫子、昭子や霧乃も、色違いのティオにうっとりした様子で称賛の言葉を響かせた。
「ほんと、虚像のティオちゃん、綺麗よね!」
「肌も魔力の色も純白のようだから、とても幻想的だわ……」
「みゅ! 雪女のお姉さんみたいなの!」
「まるで踊っているみたいね? 回る度に着物の袖や裾、それに髪が広がって……動きも鏡に映しているみたいだわ……素敵」
「舞闘、とはまさにこのことね。竜人と聞くとパワー押しのイメージがどうしても先行してしまうけれど、実際は技巧者よね。素晴らしいわ」
「な、なんじゃろう、この複雑な感情は。褒められておるはずなんじゃが……皆の目が虚像に釘付けのせいで素直に喜べんっ」
実際、霧乃の言う通り、それは舞のようであった。
黒のティオと、白の虚像。一方が風の刃を放てば、他方はそれを優雅な手つきで絡め取り、炎を乗せてお返しする。くるりと回って回避と同時にブレスを放てば、相手もまたくるりと回ってブレスを返す。
接近して組み打ちに突入しても、否、至近距離だからこそ、互いの腕を弾き、逸らし、あるいは流し、相手が踏み込めば下がり、横に回り込めば相手も完璧なタイミングで反対側に回り込み、結局は正面にて相対し……という一連の動きは、ますます舞踏の様相を呈していく。
魔法の細やかな技巧はよく知っているハジメ達だが、実のところ、ティオの対人近接戦闘はほとんど見たことがない。シアの訓練に付き合っているところは度々見ているが、こと実戦においては特に。
「新鮮だな。ティオのこういう戦い方は」
「……ん。パーティーで戦う時のティオは、盾と砲台的な役目を重視するから」
「天職が守護者だからか、守りと支援が基本行動なんですよね。でも、組み手は凄いですよ。打撃戦はともかく、関節技とかだと良い勝負ができますからね」
「旅の間、よく特訓に付き合ってもらってたよね、シア。それはそれとして、動きが少しハジメくんの近接銃格闘術に似てるかも?」
「確かに、ブレスを接射しようとして互いに腕を弾いて逸らすところとか、ハジメが剣を相手にドンナーでやるのと似てるわね」
「あの……ハジメ君? 皆さん? さっきのミュウちゃんの発言はスルーでいいんですか――あ、はい。いいんですね、もう」
曖昧な表情で頷くハジメに、愛子は曖昧な表情で視線を逸らした。
「しかし……なるほど、これは嫌らしい試練だな」
女性陣がティオと虚像に見惚れている中、しかし、鷲三と虎一の表情は険しかった。
二人の眼力は、ほんの少しずつだがティオが押されていることを見抜いていた。
そして、その原因が、虚像の放つ舌鋒鋭い指摘であるということも。
『何が高潔なる種族か。そのような禍々しい炎を身の内に飼う者が、誇りを語るとは片腹痛いわ』
見透かすような、嘲笑うような、そんな声音と同時にティオの反応が遅れる。否、虚像の速度が上がった。
過去のティオが腹部に強烈な殴打を喰らって、体をくの字に曲げたまま吹き飛ぶ。
転倒こそしなかったものの、相応のダメージがあったのだろう。地を滑る足が僅かに震える。真一文字に引き結ばれていた口元から、微かに「カフッ」と呼気が漏れ出た。
それで、見惚れていた女性陣の意識も戦いの内容に向いたようだ。
『妾の中に誇れるものなどあるはずがない。そうであろう?』
『……』
『復讐! 復讐! 復讐! 大切な全てを踏み躙った教会に、裏切った者共に、阿鼻叫喚の悲鳴をあげさせたい! 同胞に、父と母にっ、そうしたように磔にしてやりたい! そうであろう!!』
『……』
『クラルスの猛き炎は妾の代で消えたのじゃ。妾の中にあるのは――憎悪と憤怒の黒き炎のみ!』
『……』
『誤魔化すことはできんよ。沈黙は盾になり得ん。妾はお主じゃ。ティオ・クラルスの心そのものじゃ。分かるであろう?』
咆哮が鳴り響いた。純白の荘厳な竜が出現する。たった一息の間にティオへと肉迫し、強烈な竜爪が振るわれる。
それを間一髪でかわしたティオもまた黒竜へと転変し、体当たりを返すが……
虚像は揺るがず、むしろ、ティオの方が僅かに後退してしまう。
「ま、そういうことなんじゃよ。宿願を果たした今でも、妾の中には黒い炎がある。今は火種のように鎮まっておるがな? きっと、生涯、死ぬまで消えぬのだろう。妾が、あの日のことを忘却せん限り」
自然と全員の視線が過去映像から、肩をすくめる今のティオへと向いていた。
大迫害と祖国の滅亡。それらによって当時に芽生えた負の感情は今なおティオの心の深い部分に根付いている。黒い炎とは、すなわち傷だ。ティオの、生涯消えぬ心の傷なのだ。
それを理解して、菫や愁、他の親達も心配そうな表情になる。
だが、直ぐに目を瞬かせることになった。
ティオの表情が口にした内容とは裏腹に晴れ晴れとしていたからだ。
「心配めされるな、義母上殿、義父上殿よ。試練の結果は既に出ておるのじゃから」
「……そう、ね。ティオちゃんはこの試練を乗り越えたのだものね」
「乗り越えるというのは吹っ切るということだけじゃない。呑み込んで、あるいは抱いたまま、それでも前に進むということ……ということなのかな?」
「うむうむ。流石は義父上殿じゃ。まったくもってその通りじゃよ」
二人の理解に嬉しそうに破顔するティオ。それは、とても綺麗な笑顔だった。
実際、そこから先の展開は、まさにティオ・クラルスの揺るがぬこと山の如しと言うべきものだった。
途中で鈴と龍太郎が合流し、押されているティオに先程までの菫達のような表情を見せるが、結果は〝圧倒〟だ。
「なんとまぁ……心を読み取る試練を相手に、意図通りに心を読み取らせるとは」
虎一が、それこそ虎が唸るような声を漏らして感嘆している。他の者達も同じだ。ハジメ達でさえ、聞いていたのと実際に見たのとではやはり違うのだろう。爽快なまでのどんでん返しに、思わず呆れ半分感心半分の笑い声を上げてしまうほど。
それもそのはずだ。
ありとあらゆる方法で負の感情に陥れ、その底なし沼に堕とそうとする試練を前に、いったい誰が〝自身の心理状態を調整することで、意図的に虚像の強弱をもコントロールしていた〟などと思うだろうか。
「え、ええ? どういうことなの、ティオお姉ちゃん」
「ふむ、ミュウには少し難しかったかえ? つまりじゃな――全ては妾の掌の上であったということじゃ!」
「! す、すごいの!」
「うむっ、すごいじゃろ!」
「みゅ! つまりティオお姉ちゃんは、自分の虚像さんに痛めつけられてハァハァしたかったということなの! どんな時でも新しいハァハァを求めるティオお姉ちゃんは、やっぱり世界一の変態さんなの!」
「!!!? ハァハァッ!!」
一応、ティオの真意は過去映像の中で口にした通り、負の感情を徹底的に刺激されても己を保てるか、自覚なき負の感情がありはしないか、それを確かめるためだった。
断じて、自分に痛めつけられるなんて、こんなアブノーマルで刺激的な好機は二度とない! 逃してなるものか! と張り切ったわけではない……はずだ。
「ティオ……お前……」
「ちょっと待つのじゃ! なんでご主人様が〝まさか本当に?〟みたいな顔をしとるんじゃ!? そんなわけなかろう!?」
「……ティオ、セルフで喜べるなんて……」
「喜ばんが!?」
「ティオさん……なんて安上がりな女なんですか!」
「喜ばんと言ったが!?」
ハジメ、ユエ、シアのいじり(?)に、涙目で「ほれ、見よ! 見よ!」と過去映像へ指をさすティオさん。どうやら自前の再生魔法で干渉し、少し前に戻したようだ。リピート再生オン!
『侮ってくれるなよ。妾を誰と心得る。――誇り高き竜人、クラルス族が末裔。ティオ・クラルスなるぞ!』
王の覇気というべきものに溢れた姿で虚像を消し飛ばす、まさにクライマックスの場面が映し出された。
黒髪と黒の和装をふわりと翻して、揺るぎなく、静謐と気品をお供に踵を返す姿は、もはや一枚の絵画に収めたくなるほど。典雅極まりない姿だ。
「そ、そんな……ティオさんでさえ、これほどの王族ムーブを? 私が王女なのに雑な扱いなのは、このレベルに達する必要が?」
なんか一人だけショックを受けているお姫様もいたが、取り敢えず置いておいて。
「どうじゃ! かっこ良かろう?」
ふんすっと胸を張るティオ。
確かに、普段の〝受け入れて! これが妾の変態全開!!〟なティオとのギャップは凄まじく、アドゥル・クラルスに近しい敬意を抱かざるを得ないものがある。
あるが……
「まぁ、確かに格好いいといえば格好いいんだが……」
「……ん。でももう見てるし」
「ですね。スーパーティオタイムなら大樹の試練で」
「なん……じゃと?」
だから、そこまでインパクトはないと? と愕然とした様子で菫達へ視線を巡らせるティオ。
ティオ的に、ここはとっておきの場面だったらしい。
――こんな素敵な一面があるのね!
――凄いな、ティオさん! 流石は竜人族のお姫様!
――竜人の里では完全にやっかいもの――ごほんっごほんっ。いろいろ言われていたけれど、本当は立派な竜人だったのね!
――ただの変態じゃなかったんだ!
――決める時は決める。なら普段が変態でも仕方ないね! むしろ、変態の方が素敵だね!
というような称賛を存分に浴びることができるだろうと、旅行の数日前から妄想してハァハァしていたのだ。
だが、どうやら目論みは完全に外れたらしい。
「見せ方とか、見せる順番とかって……大事よね?」
クリエイターらしい菫の発言に、愁達も同意しつつ微妙な表情を返さざるを得ない。
確かに、試練を欺くほどの精神力は凄かった。
戦い方も美しく、見惚れた。
けれど、改めてティオに対する認識とか印象が一変したかと言われると……
「ま、まぁ、ティオちゃんの立派な部分は旅行前から分かってるから、ね?」
「気にすることはないんじゃないかな?」
「……」
義母と義父の気遣いが、今は逆に心へ刺さる。あと、妙に優しい表情で肩をぽんぽんしてくるリリアーナが地味に鬱陶しい。
精神を揺さぶる試練の間で、今更、精神的に揺さぶられるティオさん。
「ごほんっ。それはそれとして、ハジメ君」
「なんですか、智一さん」
微妙な空気を変えるように、智一がハジメへ水を向ける。
「その過去映像の中のティオさん、いや、虚像の指摘だが……」
あの日、北の山脈地帯で南雲ハジメについて行こうと決めたのは、〝この男は使える〟と思ったから。
復讐の成就に、少なくとも神を打倒する強力な一手として。
虚像は嘘偽りなき本人の心の具現。
それすなわち、虚像の言葉は紛れもないティオの本心。
故に、初めてティオの打算的な心情を聞いた菫と愁以外の親達は、実のところ、過去映像でその部分が流れた時、割と憂慮に駆られていた。
ここでの過去映像は、ハジメも初見だ。
実は今でも秘していた事実なのでは? だとしたらスルーすべきか。いや、逆にそれはそれで後でこじれかねないのでは……
なんて少しばかりやきもきしてしまっていたのだ。
智一の指摘に、薫子と昭子が「き、聞いちゃうのね?」と僅かな緊張を見せる。八重樫家は落ち着いた雰囲気ではあるものの、真っ直ぐにハジメを見つめている。
ハジメは、そんな智一達の心情を吹き飛ばすようにカラリと笑った。
「そんな気まずそうにしないでください。元々分かっていましたし、この試練の後にティオからも告白されてますから」
「そ、そうか……いや、そうだな。ティオさんが自ら見て良いと言ったのだから、それはそうだ。余計な心配だったね」
「いえ、お気遣いには感謝しますよ」
ほっとした空気が流れる中、ティオがそっとハジメに寄り添う。ハジメの肩にちょこんっと指先を乗せて、愛しさに溢れる眼差しを向ける。
「うむうむ。妾の下心など、ご主人様には最初からお見通しであったのじゃ。そんな女を傍にいさせてくれたうえ、復讐心さえ受け入れて、教会と相対する機会までわざわざくれたのじゃよ」
「私を助けてくれた時ですね。確かに、高度八千メートル上空まで飛翔で駆けつけるより、本来ならユエさんが〝ゲート〟で来る方が速いですから……」
愛子の補足に、なるほど……と納得の表情を見せる智一達。同時に、なんだかんだで当時からティオを大切に想っていたのだなぁと、少しばかりにやけた顔をハジメに向けてしまう。
その親達のにやけ顔のせいか、それとも慈愛のこもった瞳で見つめてくるティオのせいか、どこか照れたようにそっぽを向くハジメ。
「……グリューエンで、フリードに正体を晒しても俺達を助けてくれたからな。あの時のことがなければ、同じようにしたかは分からなかったぞ」
「つまり、あの時から妾を信頼してくれていたというわけじゃな? 死闘の最中にあっても、妾を思い出し配慮してくれるほどに、の?」
「……」
「……ハジメぇ? てぇ~れてるぅ~~?」
「ハジメさぁん? てぇ~れてますぅ~~?」
「なんでユエとシアが煽るんだよ。っていうか、巻き舌うめぇな」
ティオがぐいっとハジメの腕を掻き抱き、その立派な双丘の間に埋める。頬を染めてはにかむティオは、まさに恋する乙女。親達の前だからか、明らかに照れた様子のハジメの横顔を、それはもう幸せそうな表情で見つめている。
「おっと、これは当てられてしまうなぁ」
「ふふ、素敵よ、ハジメ君もティオさんも」
白崎夫妻を筆頭に、なんとも微笑ましそうな眼差しを親達から向けられて、しかも、ミュウや香織達からも、くすりと優しい笑みを向けられて、ハジメは遂に耐えきれなくなったらしい。
「もうティオの試練見学はいいよな? 次はシアあたりに行くか。ユエ、香織と続くしな」
クリスタルキーで直接シアの試練の間に転移すべく、羅針盤を取り出すハジメ。
その姿にユエ達は顔を見合わせ、再びくすりと。
和やかな雰囲気が流れる中、鷲三が言う。
「しかし、己を利用しようという者の同行を許容するとは……当時の状況的に未だ余裕もなかっただろうに懐の深いことだ」
声音に含まれているのは、先程までのからかうようなニュアンスのない、純粋な感心だった。
「ハジメさんは普通に拒否していたような?」
「……ん。ティオが無理やりついてきた感はある。なんかお嫁に行けない体にされたと言いふらしまくるって脅していたような?」
「昔のことを掘り起こさんでくれんか?」
酷い。いろんな意味で。エモい空気が壊れていく……
「それでも、当時のハジメのスタンスからすると、イヤイヤながらもティオちゃんの同行を許したのは、やっぱり少し意外ね?」
菫の指摘に、ハジメは嫌そうに顔をしかめた。そして、未だに抱きついているティオに視線を向けるや、溜息を一つ。
「いや、母さん。考えてもみてくれよ」
「うん?」
「こいつに、もし俺を利用する意図がなかったなら、ケツパイルが忘れられなくてついてきた残念駄竜ってことになるんだぞ?」
「「「「「あっ」」」」」
「あっ、じゃないが!?」
ティオが抗議の声をあげるが、エモい空気は消し飛んだ。「まさか……ティオ(さん)……実は?」みたいな視線が四方八方から突き刺さる。
「俺だってさ、やっちまったとは思ったよ。まさかケツパイルしたら希代の変態が生まれるなんてさ」
認めたくないものなのだ。自分自身の、若さ故の過ちというものは。と言いたげに首を振るハジメ。
「俺が生み出してしまったモンスターではあるが、きっと変態的な理由だけでついてくるわけじゃない。他の理由があるはずだ!って思いたかった。で、ティオをそれとなく観察して、その言動や様子から打算に気が付いたってわけだ」
「気が付いたきっかけがまさかじゃな!? 聞きとうなかったっ」
「けどな、俺は安心したよ。ケツパイル目的でついてこられるより、復讐に利用しようっていう方がずっとまともで健全だからな」
「そんな百万円の壺を今なら十万円で買えるっみたいな理由で!?」
心が広いから同行を認めたわけではなかったらしい。
別に、だからどうというわけでもないけれど……でもなんだかなぁと言いたげな微妙な表情になるティオさん。
「それに、元々は勇者の――天之河の調査で来たって言ってたからな。どこかであいつになすりつければ良いやと思っていたんだ」
「そんなこと思っておったのか!?」
オルクスで再会した時、香織の告白やら、それに起因して光輝が決闘をしかけてきたりやらで、すっかり失念していたが……と、当時の考えを打ち明けるハジメ。
「ああ。実は最初、ホルアドの町についたら……お前だけ置いて行こうと思ってた」
「衝撃の事実!?」
「オルクス大迷宮にはきっと天之河達が潜ってるだろうし、運が良ければあいつが拾ってくれるだろうと思って」
「そんな犬猫を捨てるみたいに!? 一度拾ったら最後まで責任を持たんか!」
「……ティオ、お顔を引き締めて? ハァハァしかけてるから」
「捨てられかけていたと聞いて興奮しないでくださいよ……」
犬猫扱い自体には文句なさそうな、いやむしろ嬉しそうなティオを見て、そして悪びれる様子もないハジメを見て、全員が思った。お似合いだと。
「よし、見つけた。行くぞ」
ハジメがクリスタルキーで〝ゲート〟を開く。ほぼ同じ空間が奥に広がっている。
予定が少し押していることもあって直ぐに過去再生を始めるユエ。
見始めてしばし。
またも全員が心を一つに同じことを思った。
『いったい、どれだけの家族が私のせいで――』
『シャオラァアアアアアッ』
『貴女が見つかりさえしなければ誰も傷つかずに――』
『どらっしゃぁああああっ』
『家族を想うなら独りで――』
『オラオラオラオラオラオラオラオラオラッッ!!』
『私という存在が――ちょっ、まっ――』
『ふんぬぅーーーっ!!』
『なんで力が上がって――!?』
『ウリィイイイイイイッ!!』
『いい加減に私の話を聞いてぇ~~~~~っ!!』
脳筋ウサギが脳筋すぎて、試練が試練になってない……と。
虚像のシアがとうとう泣き言のような悲鳴を上げているのが酷く哀れだ。だって、シアちゃんったら本当にぜんっぜん話を聞いてくれないんだもの!
よく分からないが、敵だろ? 敵だよな? 敵なんだろう!? なら、とりあえずぶっ潰す!! と言わんばかりの暴虐ぶり。実にハウリア。
しかも、刻一刻と虚像の動きが鈍っていき、逆にシアは加速していくのだ。手に負えない。
「何この悪夢」
「想像以上に蛮族ムーブで草」
「義母様!? 義父様!?」
過去映像を見ながら、誰もがシアの所業にドン引きしている中、ハジメだけは真剣な眼差しで虚像を見つめていた。
シアが嬉しそうに駆け寄る。
「ハジメさん! ハジメさんなら分かってくれますよね! ああ見えて、私はしっかり虚像の言葉にウサミミを傾けているって――」
「黒髪に褐色肌のシア……いいな」
「ハジメさんの方が話を聞いてなかった!?」
試練の内容より、ハジメ的には色違いのシア達の方が興味深いらしい。
「やっぱ2Pカラーって良いよな。こう、そこはかとなく。……なぁ、ユエ。後で虚像だけを集合させた過去映像とか編集できないか? 写真に撮って保存しておきたい」
「……なんて素直な欲望。もぅ、ハジメったら」
グッとサムズアップを返してくれるユエ様。できるらしい。さすユエ。
「雫の虚像は知っているが……うん、ユエと香織の虚像も楽しみだな」
「パパだけ違う楽しみ方をしている件」
娘の呆れ顔も気にしない。だって、俺だって今は旅行中なんだもの! 楽しんで何が悪い! 最終日にエリセンに到着したら、変成魔法で虚像風水着姿になってもらうのもありかもしれない。
なんて計画をハジメが立てている間にも過去映像は進んでいき。
「うぅん、シアちゃんは圧倒的ね。まるでスティー○ン・セガールの映画でも見てる気分だわ」
「それな。見応えはあるけど安心感も半端ないという……これはますます、噂のユエちゃんVSシアちゃんの戦いに期待しちゃうなぁ」
轟音と雄叫びと虚像の泣き言の狭間に響いた菫と愁の言葉に、他の者達は「確かに」と激しく同意した。そうして、
『弱いっ、遅い、鈍い!! それでも私ですかぁっ!?』
『くそがっ。これだから兎人族はっ――んっんっ。家族の悲鳴を忘れたのですか? あの悲劇は――』
なんか、シアではない人格が一瞬だけ顔を覗かせたような気がしないでもないが、とにもかくにも、ハジメ達はシアの圧倒的試練攻略を今までで一番の安心感を持って鑑賞したのだった。
途中で〝宝物庫〟からポップコーンとコ○・コーラを取り出し、お供にしながら。
いつもお読みいただきありがとうございます。
感想・意見・誤字脱字報告もありがとうございます。
すみません、Blu-ray特典小説の執筆に悪戦苦闘し、また集大成たる13巻を無事に書き上げることができて、疲労やら達成感やらで燃え尽き症候群のような状態に陥っておりました。
とはいえ本編最終巻ですから、お知らせはしたいと思い今話を書き始めれば……やはり書くのは楽しくて復活できそうです。Web版の方も年内完結を目標としているので、もう少しお付き合いいただけると嬉しいです。よろしくお願いいたします!
●更新再開早々に恐縮ですが、お知らせさせてください。9月25日、遂に「ありふれた職業で世界最強」13巻(本編最終巻)が発売です!
右はOVA『幻の冒険と奇跡の邂逅』Blu-ray特典付き特装版です。ミレディ達解放者組とハジメ達現代組が共闘する様はめちゃくちゃエモかった……
なお、〝あとがき〟の後ろには番外エピローグを書かせていただきました。度々ご要望をいただいていて、白米自身もずっと書きたかった〝ミレディのエピローグ〟です。〝もう少しだけミレディにも幸せを〟と思い収録しました。外伝:零のネタバレが少し含まれるので、一応ご注意ください。
また、本編も200pほど加筆・修正しており、登場人物紹介も入れました。ここには本編に出てこなかったモブメイト達の情報も収録しています。
書籍からの人は七年間、Web版当初からという方々は約九年間、お付き合いいただき心から感謝します。皆さんのおかげで最後まで書き上げることができました。白米、感無量でございます! 本当にありがとうございました!
※特典情報は活動報告またはオーバーラップ様のHPにて。
・通常版 blog.over-lap.co.jp/tokuten_arifureta13/
・特装版 arifureta.com/blu-ray/blu-ray-2739/
●時間がなくてお伝えできなかった零コミック8巻(最終巻)と、アニメ2期Blu-ray③も、よろしくお願いいたします。
・Blu-ray③詳細 arifureta.com/blu-ray/blu-ray-2338/