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ありふれた職業で世界最強  作者: 厨二好き/白米良
ありふれたアフターストーリーⅤ
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トータス旅行記㊻ せめてストライキにしてくだしぁ



 かわいい雪兎のぐぱぁにトラウマを植え付けられた後。


 ハジメ達は最初の通路を飛ばしてフロストタートル戦の過去映像を見学し、現在、広大な迷路を見渡せる高台に出てきていた。


 最初の通路には、氷壁の中に生々しい遺体が大量に眠っているからだ。観光に来て、何も多種多様な時代・種族の遺体に囲まれる必要もない。


 感性が一般人な親達には……いや、八重樫家は逸般人なので、むしろいろいろ考察とか始めるかもだが、とにかく、愁達は気分を悪くするだろうという配慮だ。


 そんなわけで、ハジメ達の前には今、広大な大迷路(ラビリンス)が広がっていた。幅四キロ、見えるだけでも奥行き一キロメートル。その先は雪煙に閉ざされた氷の迷路は実に壮観である。


 ただし、今は誰も見ていないが。というか、それどころではないが。


 原因は、一つだ。


 みなの足下に転がっている一人の青年に起きた悲劇のせいである。


――や、やだっ。龍太郎くんが変態!


 〝大変!〟と言いたかったのか、そのままの意味か。なんにせよ、鈴ちゃん的に真っ赤になって両手で顔を覆う必要がある酷い有様が、そこにはあった。


 服ボロボロなセミヌード、特に股間だけはもろ出しな状態で白目を剥いている龍太郎青年である。


 かつて、このラビリンスを見た直後に、ちょっと調子に乗ってしまい〝空を走れんだから、迷路の上を行けばいいじゃんオレ天才!〟みたいな感じで独断専行した結果だ。


 あっさりと転送トラップにはまり、脱出に手間取れば全方位から氷柱による掃射を受ける天井の氷塊の中へ閉じ込められた。それを香織が分解魔法で救助しようとして、少しばかりユエとのじゃれ合いに気を取られたせいで、氷の檻ごとやっちゃったのだ。


「……龍太郎くんっ」

「同じ男として同情を禁じ得ないッ」

「自業自得とはいえ……これは高い代償を払うことになったな」

「ハジメ! お前……何も正直に言うことないだるぉ!? 鬼か! この鬼息子!」

「鬼嫁の派生みたいに言われても困るんだが」


 智一が「とても見ていられない!」と過去の鈴の隣で同じく両手で顔を覆い、虎一と鷲三が沈痛な表情で天を仰ぎ、何が起きたのか分かっていない龍太郎のために真実を隠そうとする皆の前で普通に暴露した過去のハジメを見て、愁が今のハジメの肩をベシベシ叩く。


 同じ男として、龍太郎がマイヒストリーに刻み込んだ真っ黒の辛さが分からないはずがなかった。何せ、周りは揃いも揃って美少女ばかりだ。そんな彼女達が揃って一定の距離を取り、決して目を合わせないどころか体ごと明後日の方向を向きっぱなしなのである。


 つらぁい。


 見ているだけでつらぁい。


「香織っ、龍太郎くんになんてことをするの! ちゃんと謝ったの!?」

「うっ、お母さん……それは、その……」


 龍太郎が氷塊ごとちょっと分解されて悲鳴を上げた際、一応、謝ってはいるが、衝撃の事実を告げられて目が死んでからは近づいてもいない。


 薫子(かおるこ)お母さんのお叱りに、香織は気まずそうに視線を逸らした。


「まぁまぁ、薫子さん。それくらいでね?」

(すみれ)さん、でも……」

「うちのユエちゃんがからかったせいでもあるんだし。ほんと、香織ちゃんスキーでごめんなさいね」

「お義母様!? 別に香織のことなんて――」

「はいはい、それはもういいから。ところで、ユエちゃん。まさかと思うけど、この場面を再生したのわざとじゃないわよね?」


 菫お義母さんがゆら~りと振り返る。笑顔だ。ただし、不自然なほど目元が暗い笑顔だ。龍太郎青年の黒歴史を意図的に暴露したんじゃないでしょうね? と無言で問うている。


 ユエはビシッと背筋を伸ばし、ぷるぷるっと首を振った。


「ち、違います! 即座に記憶から消した出来事だったので忘れてただけです! お義母様、信じてください!!」

「うんうん、そうよね。ごめんね、疑うようなことを言って。坂上くんを辱める目的なんてあるわけないわよね。直前にしっかりモザイクもかけてくれてるしね?」


 こくこくっと頷くユエちゃん。菫お義母様には誤魔化せないし誤魔化さない! 実際、本当に忘れていたのだ。こんなことに脳の許容量を消費したくなくて。


「わ、私も完全に記憶から消してたわ。ユエがモザイクしてくれて助かった……」

「ですねぇ。トラップのことは覚えていましたのに……」

「ま、まぁ、ご主人様以外の裸なんぞ見とうないからのぅ。仕方あるまい」


 雫達が止めなかったのも、ユエと同じ理由かららしい。龍太郎にとっては、黒歴史を忘却してもらえていて助かるのか、それともそれほど忌避されて泣きたいのか。


 死んだ目で、今にも膝から崩れ落ちそうな重苦しい雰囲気を背負い、とぼとぼと歩く龍太郎の姿は実に哀れだった。


「龍太郎お兄ちゃん……今度会ったら、優しくしてあげるの」

「あ、あのね、ミュウ。それはそれで……いい? 絶対に今日見たことは口にしちゃダメよ? 普通に、ちょっとだけ優しく、ね?」

「ミュウちゃんみたいな小さな女の子に、この件を口にされた挙げ句、優しい眼差しなんて向けられたら……彼、旅にでも出ちゃうんじゃないかしら?」

「お母さん、変なこと言わないでよ……坂上くん、ただでさえ天之河くんが退学した時、ついて行こうか迷ってたくらいなんだから」


 苦笑いを浮かべる昭子に、愛子は頭痛を堪えるような表情で頭を振った。


 なんにせよ、この過去映像を見たこと、当事者以外が知ってしまったことは黙っていよう、ということで満場一致。


 シアとティオが、悲しい事件を見てしまった余韻を振り払うように話題を変える。


「ハジメさん、迷路はどうします? 攻略の証で転送トラップを解除できれば見学も楽だと思いますけれど」

「転移も無効化されておったからのぅ。普通に行けば、羅針盤で正しいルートだけを通っても半日はかかったはずじゃ」


 魔物の出現くらいは停止できるだろうから、今ならもっと時短で進めるだろうが、いささか面倒であることに変わりはない。


「う~ん……いけそうだな」


 攻略の証を取り出しラビリンスの仕掛けに干渉する。手応えがあり、試しにイメージを伝えてみれば、ラビリンスの入り口から氷壁が融解と凍結を繰り返して直線路を再構築した。


 ユエを横目に見れば、「……ん。空間魔法も邪魔されない。転移できる」と返ってくる。


 フロストタートルを始め、他のフロスト系の魔物も出現を停止させられるのは道中で実証済みだったので心配はしていなかったが、上手くいってハジメの口元も緩む。


「まぁ、ここは特に観光するようなところもありません。羅針盤のおかげで迷わなかったし、先へ進むためのギミックも裏技的にクリアしたんで」


 ところどころさくっと見学して先に進もうと提案するハジメに、特に異論もなく愁達は頷いた。


 実際に、氷壁から突然出てくるフロストオーガなどを打倒しながら、一度も迷わず進んだのだ。光輝達は、事前察知できない魔物の断続的な襲撃を半日も受けて精神的に参っていたようだが、ハジメ達にはあまり苦労を感じる場所ではなかった。


 ただ、唯一見応えがあったのが……


――遅いっ、(もろ)いっ、根性が足りない! ですぅ!


 超人ウサギが、着実にバグウサギへの道を突き進んでいる点だろうか。


 大樹の大迷宮で、デフォルメうー☆ちゃん(中型の人型ゴキブリ)の大群相手に無双していたのも十分に凄かったが、なんというか……


 そう、覇気が違う。


「技術や身体能力が著しく増大したわけではないが……これは完全に精神の成長だな」

「ええ。自信が漲ってるわ。実力だけじゃない。自分の全てに自信があるから、全ての動きにキレが増してる」

「心・技・体。特にどれが劣っていたわけでも、バランスが悪かったわけでもない。ただ、心が突出したのだろう。それに技と体が追いつくべく急成長を始めている段階、と言うべきか」


 虎一、霧乃、鷲三の順に、八重樫家が唸る。


 フロストオーガ相手に、胸を張って、不敵に笑い、戦槌を縦横無尽に振るって一撃必殺を地で行く姿は自信満々で。


 単に戦闘能力が圧倒的なだけではない。シア・ハウリアという少女の魅力が、ここに来て完全開花したような、そんな印象。


 今まで過去映像に出てきた、少女特有の地盤が安定していないようなふわふわした感じがなくなったのだ。言動がいつもと変わらずとも、明らかに内面が違う。大樹を連想させるような存在感を以て、一人の女性として輝く姿には、見学者達も揃って視線を奪われる。


 自然と、全員の視線がハジメに向く。


 内面の変化。その原因は既に明確に示されていたから。


 ミュウがとてとてハジメのもとへ。袖をクイクイと引っ張り、純粋な疑問を口にする。


「ねぇねぇ、パパ。シアお姉ちゃんにした〝あれ〟ってなぁに?」

「ん゛ん゛ん゛ん゛っ」

「ミュ、ミュウ、聞こえていたのねっ。耳を塞ぐの、やっぱり少し遅かったんだわ……」


 ハジメが汚い咳払いをし、レミアさんがほんのり頬を染めてミュウを引き取る。


 親達が、なんとも居心地悪そうな感じだ。視線を逸らしている。


 というのも、過去映像に映ってしまったのだ。樹海を出る前夜にシアがハジメと結ばれたという内容の話をしているシーンが。そこで、シアの腰が砕けるような何かをしたという話も。


 これはあれだ。家族で映画を見ていたら、地上波だからと安心していたのに濡れ場が映されて、なんとなく気まずくなるシチュエーションに似ている。


 愁や菫としても、息子と彼女のあれこれを他人様がたくさんいる場所で、しかも不意打ちで聞かされるのはちょっと……という感じだろう。


 レミアは急いでミュウの耳を塞いだのが、今回は少し遅かったらしい。


 みんながなんとなくどういう意味合いなのか理解しているのに、自分だけ〝あれ〟とはなんなのか皆目見当も付かなくて、ミュウちゃんはいたくご不満の様子だ。


 ともあれ、シアの精神的急成長の理由は、念願の成就によって戦闘者としても一人の女としても、絶対的な自信に満ちあふれているが故ということだ。


「いやぁ、照れますねぇ、へへっ。ハジメさんに身も心も受け入れてもらえて……うん、この時の私、絶好調でした!」

「……ん。まさに無敵って感じだった。この後、割と本気の喧嘩でぼっこぼこにされるし」

「「「「「えっ!?」」」」」


 驚愕の声が重なる。親達と、ミュウとレミア、そして愛子から。


 ユエは、義父母や香織の前だと少し子供っぽくなる。おふざけもするし、すこしずれた失敗もする。


 だが、それでもやはり最強の正妻という印象が一番なのだ。それがボコられたなどと、ちょっと信じられない。


「いや何を言ってるんですか、ユエさん。大袈裟ですよ。言って互角ってところです。私だって倒れるまでやられたんですから」

「……だいたい気合いで突破……パワーが正義……止まらないバグウサギ……うっ、頭がっ」

「ユエさん!?」


 この大迷宮、どうやら最強の正妻様ですら飛ばしたい記憶のオンパレードらしい。と理解して、愁達の表情が引き攣る。


 同時に思う。なにそれすごく見たい! と。


「なにそれすごく見たいの!」


 ミュウがみんなの心の声を代弁してくれた。ユエお姉ちゃんとシアお姉ちゃん、本気で喧嘩したら、どっちが強いの? と。


 魔法最強と物理最強の激突。こんな好カードある? と愁と菫の二人は期待の眼差しを息子へと注ぐ。


「うん、俺も見たい。つーわけで、ここの見学はこれくらいにして先へ進もうか」


 反対意見はなかった。


 そのままラビリンス前半部分の終着点に転移で移動したハジメ達。


 芸術的で荘厳な扉に感嘆の声をあげ、過去映像の中でコタツを取り出しくつろぎつつ、遠隔で解錠用アイテムを取ってしまうハジメに呆れの声もあげる。


 呆れつつ、しかし、自動浄化(コタツも使用者も)・自動疲労回復機能付きコタツという魅惑の家具の前には全お家のお父さんお母さんが膝を屈した。我が家にも一台! と。


 実は、某サウスクラウド商会がユンケル商会を通して既にトータスに流通させていて、売れ筋商品の一つだったりする。なので、某サウスクラウドさんはある程度在庫を確保しており問題はなかった。


 そのうち、トータスでも冬はコタツが習慣になるかもしれない。げに恐ろしきは、ファンタジーさえ侵食するコタツの魔力。


 ちなみに、鍋料理で腹ごしらえをする映像の中で、あ~んをされるハジメの姿に不機嫌そうな雫の姿と、客観的に見ればバレバレなのに頑張って取り繕う表情と、現在の雫の恥ずかしげな様子に、全員ニヤニヤしたのは言うまでもない。


 閑話休題。


 荘厳な扉の先、ラビリンスの後半部分を見て、親達やミュウ、レミア、愛子が感嘆の声をあげた。


 鷲三が興味深げに壁に映った自分を見返しながら言う。


「凍った水面を鏡のようだと表現する言葉に〝氷面鏡(ひもかがみ)〟というのがあるが、この言葉さえ不足だな、これは」

「ミラーハウスなの! テレビで見て行ってみたかったところ!」


 その通り。〝ような〟では済まない反射率を持つ氷で出来た迷路。雪煙で覆われた頭上以外、全てが鏡レベルだ。合わせ鏡となってハジメ達の姿が壁の奥へ奥へと何重にも並んでいる。


 薄暗く、冷気に満ちた場所でもある。だからか、自然と背筋が震えるような薄ら寒さを感じる不気味な場所だった。


 感心と少しの怖さ。それを感じながら思い思いに見学する愁達に、ハジメが解説する。


「ここからは、いよいよこの大迷宮の本領が発揮されます。いや、本当の試練が始まるというべきか……」

「本当の試練? ハジメ、どういうことだ?」

「今までのは試練じゃなかったの?」


 防寒着程度では凍死を免れない極寒の地で、多数の敵に襲われながら、巨大ラビリンスに惑う。十分に凶悪な試練だろうという愁と菫の考えは、確かに間違いではない。


 それでも、だ。


「振るいにかけた程度じゃろうなぁ。ここのコンセプトは、あくまで〝己の負の部分との戦い〟じゃからのぅ」

「そうね。序盤のフロストタートルが最大戦力でしょう。それも、他の大迷宮のラストガーディアンに比べれば見劣りする。なにせ、他の魔物はハジメ達が引き受けてくれたとはいえ、新アーティファクトの機能を初めて使うような私達でさえ勝てたのだもの」


 雫が苦笑いを浮かべて肩をすくめた。そして、己の最終試練を思い出して、どこか遠い目をした。


「自分の弱さを乗り越えるって……本当に難しいことよね」


 実感の伴った言葉に、経験者は苦笑いを。親達は改めて、この大迷宮の恐ろしさと、それを乗り越えた息子・娘に意識を向けた。


 少し引き締められた空気の中、愛子が続きを促す。


「それで、ハジメ君。具体的に何が起きるんですか?」

「迷路を進む中でささやき声が聞こえるようになる。自分の心の声だ。普段、心の奥に抱いていて、目を逸らしているようなことを延々とささやかれる」

「そのうち、鏡の中の自分が勝手に動いたりもするしね」

「本当に、じわじわと精神を追い詰めてくるのよね……」

「え、普通にホラーじゃないですかっ。うぅ、苦手なんですが……」


 香織と雫の補足に、愛子がそっと壁面から離れ視線も上に逸らす。が、氷面鏡の中の自分の視線だけがずっとついて回っているような気がしてぷるぷると震え出した。


 その不気味さは、昭子やレミアも共感するところなのだろう。同じように壁面から距離を取って、


「それは……しんどそうね。ハジメ君、私達は大丈夫なの?」

「今は止められているのですよね?」


 そう不安そうに尋ねるので、ハジメははっきりと頷いた。


 視界の端で、ミュウが荒ぶる鷹のポーズを取っている。壁面の自分を興味津々に、否、期待の眼差しで見つめている。が、ハジメが試練を停止していると聞いて、あからさまにがっかりした。なんて剛の者か。


 とはいえ、皆が皆、こんな試練を体験したいわけがないというのは分かるのだろう。わがままを言うことはなく、代わりにというべきかパパにおずおずと尋ねた。


「パパ」

「うん?」

「パパが聞こえたささやきって、やっぱり……」


 見上げてくる瞳には気遣いが見える。ハジメの手を、そっと小さな手で握ってくれている。ハジメは苦笑しつつ、ミュウの頭を優しく撫でた。


「ああ。恥ずかしながら、父さん達に受け入れられるか――」

「心に秘めたサウスクラウド・ザ・ファーストさんだったの?」

「ぐはぁっ!?」


 唐突に娘から刺されて崩れ落ちる魔王。


「「ミュウちゃんがいきなり刺しにいった!?」」

「こ、こら! ミュウったら何を言い出すの!」


 愁と菫が戦慄の眼差しをミュウに向け、レミアが慌ててミュウを引き寄せる。内なる心の声といえば、ミュウにとってアビスゲートさんだったのだろう。


 つまり、ここの試練は皆の内なるアビスゲートを呼び起こすものと捉えていたようだ。恐ろしい。いろんな意味で。


「ミュウちゃん、違うんですよ。そういう意味で己と戦うんじゃないんです! アビスゲートと一緒にしちゃダメですよ!」

「確かに、遠藤君はいつも自分と戦ってる印象だけどね! あれは、遠藤君がちょっと変わってるだけだから!」

「……ん。ミュウ、エンドウのあれは心の弱さじゃないでしょ? ただ恥ずかしいだけ」

「うむ。香ばしい己の言動に自爆しておるだけじゃ。痛々しくて見ておれんじゃろ?」


 そして、唐突に遠く離れた地で刺されまくる浩介くん。


 なお、本人は現在、自宅で真面目にお勉強中なのだが、「あれ? なんか胸の奥が痛い? あれ? なんで涙が……」と唐突な情緒不安定ぶりをさらし、それを目撃した妹の真実(まなみ)ちゃんに病院行きを説得されていたりする。(数時間前にも、唐突にハジメとのラナをかけた真剣バトルを思い出して羞恥心から転げ回っていたせいもある)。


「そ、そうなの?」

「あ、ああ、そうなんだ、ミュウ。パパはな、家に帰れても、父さん達に変わっちまった自分を受け入れてもらえるか、その不安を突かれたんだ」


 娘の誤解を解くために、断じて! 内なるサウスクラウド・ザ・ファーストなどいない! ということを分かってもらうために! 正直に弱かった部分を口にするハジメ。


 乗り越えたからこそ、香織達も特に躊躇(ためら)うことなく、けれど少し恥ずかしげに当時の弱みを吐露(とろ)する。


「私は劣等感だったね。主にユエに対する」

「……ん~、私は未来への不安だった。今、こうして一緒にいられる未来を、どこかで信じ切れていないって」

「私は罪悪感でしたねぇ。なんと言っても、私が原因で一族が大変な目に遭ったのは事実でしたから」

「妾は復讐心じゃな。高潔たらんとする竜人には相応しくない感情じゃて。あとは、ご主人様をそれに利用しようとしていた下心に関してか」

「私は……まぁ、ハジメへの気持ちと引け目ね。それから自分への抑圧について、ね」


 智一と薫子は自然と二人で香織の頭を撫で、鷲三は瞑目。虎一と霧乃は雫の両肩にそれぞれを力強く手を置いた。愁と菫は、ティオの告白に少し驚きを見せている。


「あんただったら、きっと教師なのに生徒に手を出したこと――」

「お母さん? 分かってるからそれ以上言わないで!」


 場の空気を軽くしたかったのか、それとも少し蚊帳の外な感じがあったせいか、昭子のからかうような予想に、愛子は最後まで言わせねぇよと言いたげにジト目を返す。


 実際には、愛子の場合、生徒を死なせてしまったことや、己の無力感に関して突かれるだろうなとハジメは予想して苦笑いを浮かべつつも、


「まぁ、この先の最終試練を見ればいろいろ分かってしまうので……誰か、見せたくない奴はいるか?」


 あえて見せるものでもない。この試練はある意味、自問自答なのだ。普通に恥ずかしいだろう。と思って改めて念のために尋ねる。


「私は香織が頑張ったところ、是非とも見せてもらいたいわ」

「ああ、私もだ。香織が嫌だというなら仕方ないが……」

「ううん、いいよ? 既に乗り越えたことだからね。ちょっと恥ずかしいけど。あと……うん、最終的にはいろいろめちゃくちゃになったから、その原因さん達の酷い所業も見てもらいたいしね! ね!」

「「……」」


 ぐりんっと顔を向けてくる香織に、ユエとシアは揃ってそっぽを向いた。ぴゅ~ぴゅぴゅ~とわざとらしく口笛を吹いている。


「雫、良いか? 私は……知りたい。知らねばならん。今更ではあるが、お前をどんな気持ちにさせていたのかを」

「……もぅ、おじいちゃんたら。そんな深刻な顔しないで。別にいいわよ。情けないところたくさん見せちゃうけど……香織の言う通り、乗り越えたんだから。大事な、そう、私にとっては必要不可欠な試練だったと思うわ」


 神代魔法を手に入れるためだけではない。これから先、八重樫雫が前を向いて生きるために必要なことだった。と、綺麗な微笑を浮かべて祖父の手を取る雫。


「乗り越えられた自分を、八重樫の娘であることを、誇りに思ってる。右往左往する自分を見られるのは恥ずかしいけれど……(はじ)はないわ」


 だから、試練の内容を見聞きしても、どうか自分を責めないでと真っ直ぐな眼差しを向けてくる孫娘に、鷲三は少し目を見張り、ふっと笑みを零した。


「……どうやら未熟者は私のようだな。勝手に気負って、孫娘に気遣われていては世話がない」


 なぁ? と鷲三が振り返れば、そこには同じような表情を浮かべる虎一と霧乃が。実は、二人も相当気負っていたらしい。


「ユエちゃん達もいいのね?」

「……はい、お義母様。とは言っても、私は乗り越えたという感じではなく、ごり押しな感じなのが微妙なところなんですが」

「私も特に見るべきところはないですねぇ。普通にパワーで押し切りましたし」


 シアに限っては、虚像の自分に「試練を受ける前に既に乗り越えていた」と言わせたほどだ。とはいえ、二人の喧嘩の原因に通じるところなので見学することは決定だ。


 ティオもまた、さらりと衝撃的なことを言っておいて特に問題はないとのことなので見学することに。


「一応、確認しておくが、ここにおらぬ者に関しては見ないということで良かろうな? 流石に、内面に関する試練で了解なく過去を覗き見するのはのぅ?」

「ただでさえ、坂上は悲しい事件を知られちまったしな」


 ハジメが異論はないよな? と視線を巡らせば、当然ながら見たいという者はおらず――


 一瞬、「アビスゲートさんはいっぱい見られてるけどいいのかな?」という疑問が皆の頭に過ったが、なんとなく暗黙の内に「まぁいいか」と満場一致した。


 地球で、妹にタクシーを呼ばれて半強制的に病院に連れて行かれている浩介くんが、「あれ? また涙が……」とホロリとし、真実(まなみ)ちゃんとタクシードライバーのおっちゃんがドン引きしていたりするが、それはまた別のお話。


 と、そこで鷲三が困った表情で挙手をした。言いたいことを理解してハジメが頷く。


「天之河のことですね。後で、個別で見てもらうという形でいいでしょうか? 父さん達にはその間、ヴァンドゥル・シュネーの館で休憩しておいてもらうという形で」

「ああ、それで構わない。ありがとう、ハジメ君」

「すまないが、私と霧乃も同席させてくれ」

「ハジメ君、お願いできる?」

「ええ、八重樫家なら」


 愁達が少し戸惑いを見せている。鷲三は少し眉尻を下げて、せめてもの説明をと口を開いた。


「光輝もまた……八重樫家の門下生だった。雫同様に、我々には見届ける義務と責任があると考える。……本当に今更なのだがな」


 愁達は納得したように頷いた。雫が前に進み出て、それなら私もと参加を伝える。


「それじゃあ一気に最終試練の間まで行こうか」

「みゅ? ここはささやき声だけなの?」

「いや、最後に意識誘導されて同士討ちしてしまう戦闘が待ってる。疑似太陽とダイヤモンドダストによる光線の乱反射の中での戦いだ」

「見たいの! どうして飛ばすの?」

「雪煙が降りてきて分断されちまうんだ。視界が通らないから、過去映像を見ても何が起きているのかまったく分からない」


 もちろん、羅針盤で当時のハジメ達の位置を正確に割り出し、一人一人の間近まで寄ってから過去再生するなら見られなくもないが、はっきり言ってそこまでして見るものでもない。旅行の予定的にも、時間を使う場面ではないという判断だ。


 なるほど、とミュウも納得顔を見せる。


 そうして、ひとまずハジメの最終試練の間に飛ぼうとユエが〝ゲート〟を開きかけた――その時だった。


「ん? 今、何か聞こえたような……」


 不意に、愁がきょろきょろし出した。気のせいか? と首を傾げた直後、


「あら? 今の私の声?」

「あ、私にも何か聞こえたぞ!」


 菫と智一も目を見開いてきょろきょろ。


「ご主人様よ、試練は停止しておるのでは?」

「してるはずだ。俺には何も聞こえないが……」


 視線で問えば、ユエ達も他の者達も首を振った。


 どういうことだ? とハジメ達が警戒心から目を細めた直後だった。


「なっ、ち、違うんだ! あれは仕方なかったんだ!!」

「父さん!? どうしたんだっ、大丈夫か!?」


 愁が目に見えてうろたえた。頭を抱え、いやいやと涙目に首を振る。明らかに試練が発動している。とはいえ、ここまで劇的な反応はおかしい。じわじわと弱みを自覚させるのが、この迷路の役割のはずだ。


 何かまずい。不測の事態が起きている。そう判断して、ハジメはユエに視線を飛ばした。とにかく大迷宮の外に出ようと。阿吽の呼吸でユエが応え、外への〝ゲート〟を開く。


 が、その前に、愁はとうとう耐えきれずに叫んだ。


「許してくれぇ! エンディングでヒロインとモブおじの入れ替えバグが起きたのはっ、確かにうちの不手際でしたぁあああああ!!」

「やめろぉおおおっ!! あの地獄を思い出させないでくれぇ! 俺にも効くぅっ」


 ハジメが崩れ落ちた。同じく膝を折った愁の隣で、父息子仲良くイヤッイヤッと頭を振っている。


 新作ゲームが既に生産に入った段階で分かってしまった最悪のバグ。三日で修正パッチのプログラムを組んだ延長デスマーチを思い出したらしい。


 己の〝負の部分をささやく〟というより、〝地獄を思い出させる〟という事態に、ユエ達が混乱している。「どういうこと!?」と慌てて駆け寄るが、今度は菫と智一が発狂した。


「どうしてっ、どうして締め切り直前に白紙の原稿が出てくるのぉおおおおおおおっ!?」

「んんっ!? お義母様!? しっかりしてください!」


 菫には、〝負の部分〟に変わって〝絶望〟が。


「薫子ぉっ、お願いだから()()()()かける鍵を取り付けるのはやめてくれぇ!!」

「お父さんっ!?っていうか、お母さん!?」

「ち、違うのよ! あれは冗談だから!――あ? 私も今、何か聞こえたような……」


 智一が想起した〝恐怖〟に、香織が母へなんとも言えない表情を向けると、薫子が耳を押さえ始めた。否、薫子だけではない。今度はミュウとレミアも反応した。


「むぅ、ご主人様よ、しっかりせい! どうやら攻略外の者へ徐々に影響が出ているようじゃ。これはある種の警告かもしれん!」

「っ、なんで今更? とにかく〝魂殻〟を装備させろ!」


 ハジメが〝宝物庫〟を輝かせ、状態異常を防ぐアーティファクト〝魂殻〟のネックレスをティオに投げた。


 神の言霊さえ防ぐアーティファクトだ。ティオが素早くシア、香織、雫に投げ渡せば、手分けして攻略外メンバーへ身につけさせていく。


 ハジメも急いで愁と菫に装着させると、途端にささやき――といより想起がなくなったようで、二人とも落ち着きを見せた。


「お、恐ろしいイメージだった……」

「なんて絶望的なイメージを見せるのよ……」


 愁と菫が汗を袖で拭いながら立ち上がる。その直後、頭上から細い糸のような渦巻く雪煙が降りてきた。


 ハジメ達が警戒する前で、それはくるくると空中で捻れて文字を描き出していく。


 空中に描かれたそれを見て、ハジメ達の表情は引き攣った。


『攻略者ならばともかく、そうでない者が大迷宮でうろちょろするな! 観光のつもりか? 馬鹿め! ここは試練を与える場所だ。遊び場ではない!!』


 どうやらヴァンドゥルさん、こういう事態を想定していたらしい。攻略者でない者を安易に中に入れるなとお叱りが飛んできた。


 どういう仕組みか詳細は分からないが、何かしらの感知機能があって、後はミレディ無きライセン大迷宮のウザコメと同じ要領で、条件を満たした場合に、それに合わせた文字が出るようになっているのだろう。


 オスカーの日記曰く、『ヴァンという男は、気難しく、傲慢で、眼鏡の素晴らしさをまったく理解しないエセ芸術家』らしいので、確かにこういうものを仕掛けていてもおかしくはない。眼鏡の部分はどうでもいいが。


 ユエが小声で文字を翻訳すると、親達やミュウ達は半分が唖然と、もう半分は気まずそうに顔を見合わせた。


『あと、たとえ攻略者でも、眼鏡をかけている奴は即刻出て行け。名前に〝め〟か〝が〟か〝ね〟が入ってる奴もだ』


 眼鏡の部分はマジでどうでもいい! と更に表情が引き攣るハジメ達。どんだけオスカーと犬猿の仲なんだよ、とツッコミを入れたい。


『だが、マフラーの良さが分かる奴は許す。ゆっくりしていくがいい』

「なんなんだよ」


 ぶわっと消えていく雪煙の文字。本当になんなんだよ……と、ハジメをして疲労感を覚えさせられた。


 とにもかくにも、攻略者以外が観光気分でうろつくのをヴァンドゥルさんは良しとしていないらしい。先程のも、攻略者以外に対する追い出し用の仕掛けだったのだろう。試練ではないから〝負の感情〟をささやくようなことはせず、手っ取り早くトラウマを想起させたに違いない。時間差があったのは、ティオの言う通り警告の意味合いが強かったからだろう。


「父さん、母さん。異常はあるか?」

「いや、このネックレスをつけたらピタリと止まったぞ」

「ええ、もう大丈夫よ」


 智一も問題ない――いや、ちょっと震えているので未だ問題はありそうだが。奥さんが寄り添っているので大丈夫だろう。まさか、寄り添われているから震えているわけではないだろうし。たぶん。


 影響を受け始めていたミュウ達も、すっかりささやき声は遮断されたようだ。


「どうするの、ハジメ。やっぱり出た方がいいのかしら?」

「いや、対策できているなら気にすることないだろう」


 やはり、本格的な禁止事項というより、〝お叱り〟に近いものだったのだろう。もしかすると、マフラーを巻いておけば〝魂殻〟がなくても本当に問題ないかもしれない。それくらいのものだ。


 ただ、ハジメ達は忘れていた。


 この場には、もう一人、ほぼ存在を忘れかけられていた人物がいることを。


 ひっそりと最後尾を音もなくついて来ていた者がいたことを。


「うっ、うぅっ」

「うん? なんです? 今、うめき声のようなものが……」

「え、シアに影響が? でも攻略者だよ?」


 香織が驚いている間にも、シアはウサミミをピコピコと揺らして音の発生源を突き止めた。


 視線が向く。それを辿って、皆の視線も向く。


 次の瞬間だった。


「やめて! お願いしますっ、行かないで!!」

「リリィ!!」


 そう、王女なのに棺に入れられてずっと死人のように眠っていたリリアーナだった。あ、そう言えばいたわ! みたいな感じで全員が目を見開く。


 何やらうなされている。手を虚空へ必死に伸ばしている。


「どうして! 私を一人にしないでくださいっ」


 誰かを引き留めようと、大切な人に置いていかれまいと(すが)り付いているようだ。胸を締め付けるような、悲鳴のような声音だった。


 余程酷い悪夢を見ているのだろう。今の彼女にとって、それほどまでに置いていかれたくない相手なんて――


 全員の視線がハジメに向く。


 ハジメは頷き、急いで〝魂殻〟のアーティファクトを取り出し、リリアーナから悪夢を取り払おうとして――


 その前に、切実な、心からの、魂の叫びが木霊した。


「一斉退職はイヤァーーーッ!!!」


 呪法で蘇ったミイラよろしく。棺からガバッと起き上がり、未だ消えぬ(くま)と血走った目をそのままに手を伸ばす王女様。続けて「労働基準法を制定しますからぁああああっ」と叫んでいる。なんて悪夢だ。いや、ほんと、いろんな意味で。


 ハァハァしているリリアーナに、ハジメはそっとネックレスをかけた。


「あ、あれ? ここはどこ? 私は王女?」


 なぜ、そこに疑問を持つ……と哀れみが一同の心を覆う。


 なので、ハジメは優しい微笑を向け、


「いいから、もう少し寝てな?」

「アバッ」


 〝纏雷〟でバチンッと。


 王女様を、再び優しい眠りへと誘ったのだった。


 ちなみに、王国の人々はリリアーナ姫を心から敬愛しているので、一斉退職なんて起きたことはない。たとえ、「二十四時間、一緒に働けますか?」と真顔で問われても、彼等彼女等は逃げないだろう。つまり、ただの杞憂。


 だとすると、ヴァンドゥルさんの仕掛けの効果と微妙にずれるので……


 王女様は、いつだって恐怖しているらしい。


 臣下達の一斉退職を。


 それがまた、ハジメ達になんとも言えない表情をさせたのは言うまでもない。


いつもお読みいただきありがとうございます。

感想・意見・誤字脱字報告もありがとうございます。


※ネタ紹介

・ヒロインとモブおじ入れ替えバグ

 ⇒日常から逆輸入。まだニコ漫画で読めます!

・名前に〝め〟か〝が〟か〝ね〟が入ってる奴

 ⇒こちらも日常から逆輸入。


現在9月発売予定の13巻の書籍化作業とBlu-ray特典小説の執筆をやっておりまして、しばらく更新が不定期になりそうです。アフター書くのは楽しいので出来る限り更新しますが気長に待っていただければ嬉しいです。一応13巻で本編最終巻となりますので、Web版もできれば同じ時期に、少なくとも年内には良い感じに最終回を迎えられればなと思っています。

なお、OVAのキービジュなど発表されましたので気になる方はぜひ!

よろしくお願い致します。

公式Twitter : https://twitter.com/ARIFURETA_info



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― 新着の感想 ―
[一言] Blu-rayと13巻最高でした。以上
[気になる点] 未更新3ヶ月 相変わらず現状不明だけどもしや何か病気とか? 13刊も何やら怪しいし。 ORのHPにも他の作品の情報は出てるのにありふれは特典情報載って無いし。 何か一言活動報告に挙げる…
[良い点] アニメ3期おめでとうございます!! そしてありがとうございます!!!!心から待ってましたー!! 楽しみ過ぎる~~ [気になる点] どこまでだろう…ラストまで?詰め込んだら入る? でもあんま…
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