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ありふれた職業で世界最強  作者: 厨二好き/白米良
ありふれたアフターストーリーⅤ
434/546

トータス旅行記㊴ 魔王VS深淵卿、ファイッ




「パパ、大丈夫なの! ミュウもみんなも、パパの戦いを恥ずかしいなんて思わないの!」

「いや、俺が恥ずかしいんだよ。頑張ってまで見るべきものでもないし」

「そんな、ボス! あんな名勝負、皆様にお見せしないなんてあり得ません! まさに、歴史に残る激戦だったじゃありませんかっ」

「まさに黒歴史に残る恥戦だったんだよ! あれを名勝負と表現できるのはハウリアだけだ、ド阿呆!」

「ラナお姉さんは少しお口にチャック! パパ……」

「な、なんだよ」

「パパがどうしても嫌なら仕方ないと思うの。だから、おばあちゃんやユエお姉ちゃんはミュウがメッてしてあげる。だから、ね?」

「……ミュウにそこまで言われちゃあ仕方ないな。それに……よく考えたら俺だけ恥ずかしい過去を暴露されたってのは精神的に良くないから、遠藤も仲間♪にした方が良いかもしれないな……」

「理由が酷いの! でも、それでパパが納得できるならエンドウもきっと本望なの!」


 エンドウくんが「むしろ不満しかねぇ!」と言うこと間違いなしな、ミュウの適当な代弁が響いた。基本的に誰に対しても真摯に対応するミュウが、エンドウの扱いだけは心なしか雑になるのはなぜなのか。


 とにもかくにも、ミュウは現在パパを説得中だった。魔王VS深淵卿の過去視をすることを? 否、お義母様を最優先にして制止を無視したユエを、


「アババババッ、ハハハジメメメメ~~~~ごめんなさぁいいいいい~~~~」


 全身〝纏雷〟状態でバックハグ拘束しているハジメから解放するためである。


 真紅の鮮やかなスパークが、ユエの金糸の髪をボンバーヘッド化させている。ティオが羨ましそうに見ている!


 ユエには基本的にだだ甘なハジメの、断固とした措置。


 愁達からすると、ライセン大迷宮の観光で深淵卿の深淵なあれやこれやは既知のことだ。


 なので、まさか一世一代の告白ですら香ばしいとは思いもせず思わず間抜け顔をさらしてしまったとはいえ、そこまで嫌がらなくても……とは思うのだが。


 ハジメにとってはそれだけではないのだ。魔王が傷をつけられたということの意味を、愁達は理解していない。思い出すだけで心が痛いのである。改めて振り返るなど想像するだけで悶絶しそう。


 だからこそ、こうして過去再生を拒絶しているわけだが……


 ミュウの説得(?)で、ハジメは思い直したらしい。思い直した理由が、道連れが欲しいというなんとも酷いものだったが。


 そんなハジメにカムが困った表情で、しかし、きっぱりと言い切る。


「ボス。お言葉ですが、アビスゲートとの戦いは確かに名勝負でしたぞ。我等が次期族長候補として認めたことが何よりの証拠」

「解釈不一致だな。遠藤からしても」


 とは言いつつも、ハジメは〝纏雷〟を解除した。持ち上げられているので身長差で足がぷら~んとしているユエが、更にしなぁ~と萎れている。降ろされる気配はない。どうやら、ハジメはハグまで解除する気はないらしい。


「……あ、あの、ハジメ? そろそろ離して?」

「しばらく抱っこな」

「なぜ!?」

「はずいだろ?」

「とっても!」


 普段ミュウにするように、腕に座らせる形で抱っこし直すハジメ。それどころか、あやすようにゆったりと揺らしながら「よぉしよし、ユエちゃんは良い子だな。良い子だろ? 良い子になれ」なんて圧と揶揄(からか)いがミックスされた言葉まで。


 ミュウが微笑ましそうな笑みを浮かべている。それこそお姉さんが幼子を慈しむように。いつもと立場逆転だ。


 そして、その微笑ましそうな表情は他の者達も同じ。


「……ぁぅ」


 頬が赤く染まるユエ。身をよじって降りようとするが、ハジメの巧みな腕捌きと重心移動で叶わない。空間転移しようにも、直ぐに察知されてピリッと警告の電撃が走る。


「……ハジメ、地味に怒ってる?」

「ハハッ」


 ハジメの視線がユエを見て、両親を見て、最後に香織達を巡った。全員がビクッとする。応えはない。だが、誰もが気が付いた。あ、これは近いうちにOSHIOKIしてやるって目だ! と。


 ユエの羞恥心を刺激するささやかな報復と同じようなものだろうが、やると言ったらやるだろう。魔王だし。


 なので全員が、愁や菫も含めて「ごめんなさぁい!」と謝罪するが……魔王様の微笑みは消えない! 刑の執行は確定らしい。


「まぁ、これから見るのは普通に心にクルものだから、精神安定剤の役割もある。大人しく抱っこ刑に処されとけ」

「……はぁい」


 流石に、赤裸々暴露しすぎたという自覚はあったようで、ユエは抵抗をやめた。


 実は、この広場の周辺にはギル戦士長を筆頭に警備の者達が展開している。我慢できなかった熱狂的なファンの一部が、ハジメ達の観光を邪魔しないように止めるためだ。


 見える範囲にいるので、フェアベルゲンの者達も幼子のように抱っこされるユエに目を丸くしている。余計に恥ずかしい。ユエは耳まで赤くなりながら身を縮こまらせた。それがまた愛らしくて、次第にギル達まで表情を綻ばせていく。


「わ、私達もあんな罰を受けるの?」

「かもしれない、わね……」

「むしろ妾としては、お仕置きならばっちこいっと言いたいが!」

「ハジメさんなら、その辺も考慮した罰になると思いますよ、ティオさん」

「こ、これも魔王流嫌がらせ百八式というやつなんでしょうか?」

「あ、あらあら……どうして雰囲気に流されてしまったのでしょう……私も旅行で浮かれていたのでしょうか?」


 愛子が戦き、レミアのあらあら顔が引き攣っている。


 いつどこで、どんなお仕置きがなされるか、たぶん聞いても「ハハッ」と笑うだけで教えてはくれないだろう。執行日も執行内容も分からない罰ほど恐ろしいものはない。愁と菫は既に、死地へ赴く覚悟を決めたような透き通った表情になっていた。


「というわけで、香織」

「ひゃい!」

「どうせなら、遠藤が帰還した辺りから過去再生してやったらどうだ? ほら、ラナに告白したというのは皆の知るところだけど、母さん達には経緯が分からないだろう? ほんと、いきなり空中で香ばしい言動による告白とか……それでいいのか?って感じだぞ」

「あ~、確かにそうだね」

「ボス、流石です! 私ったら、少し気が(はや)っちゃってましたね! きゃっ、恥ずかしいっ」

「ボス、そろそろラナの姐さんをコロコロしていいですか? いいですね? やりますっ」


 ネアちゃんを筆頭に、ハウリア女性陣が額に青筋を浮かべ今にも暴れ出しそうなのを愛子が〝鎮魂〟している間に、香織が時を更に戻して過去再生を再開した。


 過去映像の中では、ハジメが広場で〝錬成〟を用いた作業をしている。念のため、決戦で失ったアーティファクトを再制作しているようだ。その周りにはユエ達がいて、更にクラスメイト達もいる。


 ちょうど昼時らしく、シアやハウリア達、それにフェアベルゲンの民が広場に昼食を運んで来ている。


「この時期、ハジメは地球に帰るためのアーティファクトを作ったりしていたんだよな?」

「他の子達は何をしていたのかしら……」


 愁と菫が、そう言えば……といった雰囲気で尋ねる。


「いや、帰還のために魔力を溜め込んでいる時期だな。俺製の神結晶に。魔力を無駄遣いしない方針だったから、できることも少なかったしな」

「ゲートで行き来しつつリリィのお手伝い……復興の手助けなんかはよくしていたけどね?」

「そうね。何せ、王都が消滅していたわけだから……神山の瓦礫の撤去とかね」

「後は、それに伴う国同士の調整をするために使者役を生徒の皆には引き受けてもらったりしていましたね。私も、豊穣の女神として各地に訪問してほしいと教会に頼まれて動いていましたし」


 香織と雫、そして愛子の言う通り、基本的にクラスの者達は復興支援に協力して時間を過ごしていた。


 一部、というか信治と良樹はナンパに忙しかったようだが。世界救済の使徒メンバーの一人という肩書きを、それはそれは最大限にアピールして。


 現状、二人に春が訪れていないことが、とても悲しい現実を示している。


「とはいえ、大抵はこの都でのんびりとしておったな」

「あれだけの戦いを生き残ったんですから、それはのんびりもしたくなるでしょうしねぇ」

「それもあるのでしょうが、皆さん、あまりハジメさんから離れたくないというのもあったのではないでしょうか?」


 ティオとシアが苦笑し、レミアが頬に指を当てて思い出すように言うと、智一がさもありなんと首肯した。


「それはそうだろうね。帰還手段を手に入れられるのはハジメ君だけだ。最も強いリーダーでもある。傍を離れ難いだろう」

「決戦を生き残ったとはいっても、いえ、だからこそ怖いわよね。ハジメ君から離れるのは」

「むしろ、愛子。あんたといい、他の子といい、よく復興の協力なんてできていたわね」


 昭子の呆れたような、それでいて称賛するような眼差しに、


「私は大人だし、教師だし……でも、クラスの子達は本当に強くなったと思うよ」


 愛子は謙遜しつつも頬を染めて頷いた。


 過去映像の中で、寄り添うようにして昼食を食べ始めた生徒達を、菫や愁達は目を細めて眺める。


 実は学校でも、ほぼ全ての生徒が昼食時に教室から出ない――つまり、ハジメから離れないとは知らない。温かな光景というより、絶対的安全圏から出てたまるかっという一種のトラウマが混じっているとは思いもしていなかった。


 もっとも、そのうちの一人は別の目的がありそうな雰囲気だったが。


「あら! 優花ちゃんだったかしら? あの子、ハジメを意識しちゃってるんじゃない?」

「お? 本当だな。なかなかのチラ見だぞ」


 どうやら優花も厨房に入っていたらしい。トータス素材での洋食再現に関してはシアと同等以上の実力を誇る料理上手だ。今回も一品だけ作ってみたらしい。


 クラスメイトに好評のようだが、褒め言葉を貰っても上の空な感じで、それを両隣の妙子と奈々がニヤニヤしながら見ている。


『もう、優花ったら。そんなに気になるなら感想聞けばいいじゃない』

『優花っちのヘタレ! おぉ~~い! 南雲っち! 優花っち特製オムレツの味はどうよ!』

『ちょっ、何を聞いてんのよ! 別に気になってなんかないし!』


 真っ赤になってあたふた。そのはずみで皿をひっくり返すが、天性のジャグリング能力で見事にキャッチ――


『すっげぇうめぇ』

『!?』


 し損ねた。無心に頬張るハジメの素っ気なくも本心と分かる感想を聞いて、あからさまに動揺を見せている。


 奈々がファインプレーで自分の皿を滑り込ませ、どうにか中身の落下だけは避ける中、


『お、落としちゃったし! もう一個作ってくるわ!』

『あっ、ちょっ、優花っち! 落ちてないよぉ~~~!』


 ぴゅ~っと去って行ってしまう優花。クラスメイト達がニヤニヤし、信治と良樹は今の今まで美味そうにオムレツを食べていたのに、まるで砂糖の塊でも口にしたような顔になっている。


 それが、きっかけだった。


『園部はいろいろ大変だな』

『どうなるか気になるとこだよなぁ』


 重吾と健太郎が面白そうに笑い合い、そして、健太郎がふと口にしたのだ。


『そういや、お前はどうなんだよ。ラナさんだっけか? 随分とアピールしてたろ。なぁ――浩介』


 返事は――ない。


 何気なくした己の問いかけと、返ってこない言葉に、ピタッと止まる健太郎君。重吾君も、急に何かを思い出したように、スプーンを口に入れる手前で動きを止める。


 二人して周囲をキョロキョロ。


 いない。どこにも見当たらない。


 テーブルの下を覗いてみる。周囲の木上も確認。地面に転がっていないか、枝に引っかかっていたりしないか、誰かの背後に潜んでいないか……


『いないな』

『ああ、いない』


 健太郎と重吾は顔を見合わせた。そして、慣れた様子で必死に記憶を探り出す。


『最後にあいつを見たの、いつだ?』

『……あ~、確か……えっと……ラナさんに何回目かのアプローチするって言って、内容を相談された時……だから……』

『それ、一週間くらい前じゃなかったか?』

『前……だったな』


 再び顔を見合わせる健太郎と重吾。つ~っと冷や汗を流す。あれぇ? 浩介を一週間も見てないぞ? と。


 その過去映像を見て、


「「「「「浩介くんっ」」」」」


 愁と菫、智一と薫子、そして昭子が泣きそうな顔になりつつ、手で口元を覆う。一番仲の良い友達にさえ、一週間もいないことに気が付かれないなんて! と。


 ただし、


「凄まじい隠形能力だな。否、存在の希薄化というべきか」

「……ぜひ、うちに欲しい人材だ」

「おっと、八重樫殿。アビスゲートはハウリアの跡継ぎですぞ? お忘れなく」

「それ以前に、ハジメ君の懐刀かしらね? 良い隠密を手にしたわ」


 逸般人の皆さんから大変好評の様子。


「ふふ、私のこうくんは人気者ね!」

「ケッ、なぁにが〝私の〟よ。幸福絶頂の時に捨てられて悲嘆にくれろ」


 ミナさんのやさぐれ具合が加速している。いや、ボスに相手にしてもらえない欲求不満ウサギ達はみんな同じ様子だ。


 それに、ハジメ達がなんとも言えない表情になっている間に、健太郎と重吾は調査に乗り出した。


 ちょっと慌てつつ、直ぐ近くにいた同パーティーの綾子や真央に聞くが心当たりなし。なので、ラナに直接聞きに行くが、


『知らないわよ。ふっ、どうやら私の行く業火の道に恐れをなしたようね……なしちゃったようね……』


 最初はかなり不機嫌そうに香ばしく答え、しかし、最後にはちょっと寂しそうに言うラナさん。連日の猛アピールはすっかり鳴りを潜め、一週間ほど姿も見ていないらしい。


『あ~あ、ラナったらひどぅ~い! 年下の男の子が頑張って想いを伝えてくれていたのに~♪ きっずつっけたぁ~!』


 ミナさんがケケケッと意地の悪い笑み浮かべながらラナの頬を突く。


『う、うるさいわね! なんでそんな嬉しそうなのよ!』

『ぶっちゃけモテる姿が羨ましかった。愛想を尽かされていい気味だと思ってるわ!』

『このっ、性悪ウサギぃ!』


 ぶっちゃけ、『もう、私にそんな気はないのに猛アピールされちゃって困るわぁ~、ほんと困っちゃうわぁ~♪』と口にしつつも満更でもなさそうなラナの態度には、ハウリア女性一同、『うっぜぇ~』と思っていたところなので、全員がミナに同意らしい。


 先程の優花に向けていたのとは別種のニヤニヤ顔がいっぱい。身内の不幸は蜜の味だぜぇと思っていそうな邪悪な笑顔だった。


 とにもかくにも、だ。


 健太郎と重吾は互いに頷き、そして、声を張り上げた。


『『愛ちゃん先生ぇ! 浩介がいませんっ!!』』

『エッ!?』


 過去映像の中で、愛子が虚を突かれたように肩をふるわせる。


 それから急遽点呼と聞き込みをするも、やっぱりこの一週間、浩介の姿を見た者はおらず。


『今更、あいつがやられるような手合いはいないと思うが……』

『で、でもよぉ、南雲……』

『分かった分かった。あちこち連絡とって人海戦術で探ってみるか。まったく、無駄に魔力を使えないってのに、あいつどこをほっつき歩いてんだ』


 なんだかんだ言いつつも、とりあえずアルフレリックなど各組織の指揮者に連絡しようとするハジメを見て、健太郎達がほっと息を吐く。魔王の要請なら各国のトップ陣すら動くのだ。捜索の手は広い。


 だがそこで、流石に手間を取らせすぎることに恐縮したのか、ラナが盛大に視線を泳がせながら進み出た。


『ボ、ボス! 私に心当たりがなくもないこともないことはない感じです!』

『どっちだよ』


 全員の視線がラナに注がれる。その明らかな挙動不審に誰もが訝しむ。


 ハジメが胡乱な眼差しで『吐け』とだけ言うと、ラナは引き攣った誤魔化し笑いをしながら言った。


『も、もしかしてなんですけど、いや、ほんと外れている可能性の方が大きいと言いますか。ええ、流石に、そんな馬鹿なことは……と思うんですけどね』

『はよ吐け』

『うっ………………………………ライセン大迷宮の攻略に行った、かもです。はい』

『『『『『『はぁ?』』』』』』


 それは『はぁ?』である。なぜ決戦を生き残った後に命がけの迷宮ダイブなんぞをする必要があるというのか。


『どういうことだ?』

『いや、もしかすると別の大迷宮かもしれませんけどぉ、一番近い大迷宮がそこですし……ゲートを設置した町も近くにあるので……』

『そういうことを聞いてるんじゃない。なんであいつが、今更そんな無謀な挑戦をしているのかって聞いてるんだよ』


 もはやマグロより早く回遊しまくるラナの瞳。


 だが、問い詰めて答えを聞き出す必要はなかった。事情はなんであれ、とりあえず『私が様子を見てきましょうか?』と、ライセン大迷宮なら攻略し慣れたシアが申し出た直後のこと。


『や、やっと帰って……来たぞっ』

『『浩介!?』』


 当の本人が帰還したのだ。都のゲートを使い、この広場まで歩いてきたのだろう。入り口付近の木にもたれかかるようにして、荒い息を繰り返している。


 その姿に、誰もが驚いた。まさに、満身創痍だったからだ。衣服は擦り切れ、あちこち破れているし、ところどころ血も滲んでいる。何より、精神的に疲労していることが誰の目にも明らかだった。


 だが、その眼差しは強い。男子三日会わざれば刮目して見よ、とはよく言ったものだ。何か、一皮むけたような凄みがあった。口元などは緊張が感じられるものの、不敵な笑みを描いている。


『ま、まさか……』


 その呟きはラナから。両手を口元に添えて、目を見開いて驚きをあらわにしてる。


 そんなラナへ、浩介は愛しげに目を細めた。だが、それも僅かな間のこと。


 直ぐさま、もたれていた木から離れ、二本の足でしっかりと地を踏みしめながら前へと進む。そう、ハジメを真っ直ぐに睨みながら。


 そして、大きく息を吸うと目を丸くしているハジメに、ビシッと指を突きつけて、


『魔王南雲ハジメっ。俺と勝負しろ!』


 天すら衝かんとばかりに気合いの入った言葉を迸らせた。


 魔王への、まさかの宣戦布告である。当然、クラスメイトはパニック!


『浩介ぇ、正気に戻れぇ! 自殺なんて止めろぉ!』

『白崎さんっ、綾子ぉ、誰でもいい! 早く回復魔法をっ。頭を念入りに頼む!』

『ハジメくん、早まらないでっ。遠藤くんは、その、ちょっと疲れているだけなんです! 頭がっ』


 重吾、健太郎、そして愛子の悲鳴じみた声が響いた。更に、光輝と龍太郎、そして鈴がハジメと浩介の間に、悲壮な表情で割って入る!


『な、南雲ぉ! 遠藤を殺るなら……まず俺を殺ってくれぇっ』

『どうにか時間を稼ぐっ。その馬鹿を早く正気に戻せ!』

『恵里……今、そっちに行くね……』

『お前等、俺をなんだと思ってんだ』


 そんな怪獣パニック映画みたいな有様に陥った場で、しかし、浩介は全てをスルーした。


 思いの丈を、ラナにとってはかる~い気持ちで言ってしまったことの暴露話を、叫んだ。


『ラナさんっ。大好きっす! 貴女が出した条件――ボスに傷の一つでもつけられるなら、考えなくもないって言葉、信じてます! ラナさんの目の前で、南雲にめっきりくっきり、傷をつけてやりますっ!!!』

『あ、ちょっ、それはっ』


 焦るラナ。全員の視線がラナに注がれる。そして、一斉に唱和された。


『『『『『またハウリアかっ!!!』』』』』


 なんだ、愛想尽かされてなかったのか……と残念に思いつつも、これでボスの寵愛レースから一人、有力者が脱落したとニヤニヤ笑うハウリアを見ると、もうなんとも言えない。


 ついでに、ラナは冷や汗を流しながらも頬を染めて、もじもじ。最終的に誤魔化すように『テヘ☆ペロ♪』した点には、もう言葉もない。本当に厄介だな! と。


 何はともあれ、だ。


「なるほどねぇ。それで戦闘モードになった浩介君は、さっきの香ばしい宣戦布告をするわけね」

「良かったわ。あの痛々しい――じゃなくて、ちょっとおふざけが入っている告白だけじゃなくて、ちゃんと素の状態でも想いを告げていたのね」

「なかなかストレートね。浩介君ったら漢を魅せるじゃない」


 菫、薫子、霧乃的には好印象らしい。


 その視線の先では、浩介がババッとキレのある動きで腕をクロスし、やたらとキレのあるターンを行い、ちょっと斜めに傾きながら片手を広げて顔に添えて、フッと笑う姿があった。


 前言撤回したくなる。


「あれはどうかと思うけれど……でも、ラナさん、素敵ね。年下の男の子からあんな風に告白されるなんて、やっぱり嬉しかったでしょう? おばさん、見てるだけでドキドキしちゃったわ」


 昭子の感想に、ラナは「えへ、えへへ。まぁ、何度邪険にしても変わらなかったですし、ふへっ」とでれでれ顔だ。足下にぺっと唾が吐かれた。誰だろう。ハウリアだろう。


『黒よりなお黒く染まり行く深淵の渦。深き闇より出でし漆黒の刃は、母なる星の抱擁すら斬り裂く罪科の証。しかして、我が身に一時の自由を与えんっ!!』


 重力魔法の発動。それにより浮き始める浩介。大迷宮攻略の証を見せられて、誰もが驚く。


 そして、ハジメも驚く。え? ただ浮くだけであんな詠唱が必要なの? 俺の知識の中に、あんな詠唱ないんだけど? という驚愕を込めてユエを見る。


 過去のユエさんが首を振った。あんな詠唱、知らない! と。っていうか、魔力の流れ的に、九割くらい無駄な詠唱っぽい! と。


 香ばしいポーズのまま、まるで舞台装置のワイヤーにつり上げられる人みたいに浮いていく浩介が、遂に名乗りを上げた。


 本当はカニ座だけど今だけは乙女座と名乗りたいコウスケ・E・アビスゲートである! と。


 敬愛するキャラのセリフを使われたハジメも、イラッとして思わず応戦してしまう。


 宙に浮くための重力魔法〝黒渦〟の発動と同時に巻き上げたらしい、舞い散る木の葉を足場に宙を駆けてくる卿に、ハジメは容赦なく発砲した。


 もちろん、弾丸は非殺傷のゴム弾に換装済みではあるし、電磁加速も使ってはいない。しかし、その狙いは額、心臓部、鳩尾、股間と急所ばかりの同時撃ちだ。


『甘いぞ、魔王!!』

『!?』


 勝負は一瞬かと思われたが、曲がりなりにも大迷宮攻略者というべきか。半身になりながら、卿は解除していなかった〝黒渦〟をサイドに移し、弾丸を逸らして見せる。


 そのまま手に持ったナイフ――ライセン大迷宮の最終試練の間で手に入れたアザンチウム製のそれを投擲した。更に、


『深淵を前に侮ること、それすなわち深淵に呑まれるものと知れ! ――〝深き深淵之闇〟!!』

『いや、何回〝深淵〟って言ってんだよ!ってかお前、ほんとどうした!?』


 この時点でのハジメは、浩介の特殊な〝限界突破〟――〝深淵卿〟を知らない。故に、クラスメイトが唐突に厨二的な言動を取り始めた挙げ句、そのまま襲い来るというわけの分からない状況なのだ。それは困惑もする。


 その困惑の隙こそ、深淵卿の狙いだったのか。


 深き深淵の~と、頭痛が痛いみたいな詠唱の後に発生した強烈な閃光。そう、闇なのに閃光。


 もちろん、そんな目くらまし程度でハジメが怯むはずもなく、しかし、浩介の言動が明らかにおかしいので警戒心から魔法を構成する〝核〟を撃ち抜き霧散させる。


 その瞬間、ハジメの背筋にぞわっと怖気が走った。決戦以降感じたことのなかった本能的な危機感。数多の戦闘経験がもたらした第六感ともいうべき警告に体がほとんど無意識のうちに反応する。


 〝空力〟の足場を蹴って身を捩ったハジメの胸元を、間一髪のところでショートソードが通り過ぎた。


『空間転移!? いや、魔力体? 分身かよ!』

『ご名答だっ、魔王よ! 我が深淵の妙技、とくとご堪能あれ!!』

『その口調、マジでどうにかなんねぇのか!? かゆいんだわ! 精神的に!!』

『ハーハッハッハッ! 刺激的であろう!? 気に入ってもらえて何よりだ!』

『ライセンがキツくて頭がおかしくなったのか!?』

『むしろ絶好調である! 我は深淵に目覚めたのだ! 深淵の使徒、アビスゲートである!』

『意味が分からない! 奈落を出てから一番こえぇ体験してるぞっ』

『クハッ。我が一番とは光栄だ! さぁ、踊ろうではないか、魔王よ! 愛しき者のために! 我が求愛のダンスは、貴殿の本気があって初めて完成するのだから!!』

『やっぱり意味が分からない!ってか、それ以上、香ばしい言動を取るんじゃねぇ!!』


 そんな会話をしている間にも、銃弾が分身体を撃ち抜き、しかし、直ぐに二体目が反対側から仕掛け、更に本体が魔法を撃ち込んでくる。


 本体に弾丸を撃ち込めども、常に体の周りに周回させている重力球が軌道を逸らし、それどころか隙あらばハジメのバランスを崩しにくる。


 見た目は一進一退の攻防で、なるほど、中々に見応えのある戦いだ。


 とはいえ、である。


 やはり、地力が違う。浩介の攻撃は、必死に発動した重力魔法を以てしても一切届かない。


 何度消されても分身体を生み出し怒濤の手数で攻め立てるが、レールガンも、他のアーティファクトもなく、ただドンナー&シュラークのゴム弾と体術のみで対応されている。


 リロードの隙を狙おうにも、極まった空中ガンスピンリロードには、もはや隙なんてものはない。


 逆に言えば、魔王相手に戦いになっているだけでも称賛ものではあるのだが……


 いつの間にか、祈るように胸の前で手を合わせていたラナや、感嘆の声を上げて見入っていたクラスメイト達の視線の先で、とうとう一発の弾丸が卿の鳩尾を捉えた。


『ごはぁっ!?』


 呼気を吐き出し、地に落ちる卿。どうにか受け身を取るが、痛みと衝撃で直ぐには立ち上がれない。片膝を突いたまま、宙から降りてくるハジメを睨むだけ。


『なぁ、遠藤。お前の言動がぶっ飛んだ原因はともかく、事情は察してる。ラナが鬼畜な条件を出したってことだろう? 自分と付き合いたければって』

『……フッ、流石は魔王だ。貴殿に傷の一つでもつけねば、彼女の特別になる資格はないのだよ』


 本当にてめぇは……と、ラナを睨むハジメ。しかし、ラナの視線はうずくまる卿にだけ注がれていて、その事実にハジメは『おや?』と面白いものを見たような表情になる。


 既に、両者の気持ちは明らかだろう。大迷宮を攻略しただけでも驚愕ものなのだから。


 戦いを見守っていた健太郎達も、その根性と偉大な成果を叩き出した浩介に感嘆の目を向けている。ユエやシア達ですら、だ。


 だから、苦笑いを浮かべながらもハジメは助け船を出した。


『おい、ラナ。もういいんじゃねぇか? 遠藤がどれだけ本気かは分かっただろう?』

『そ、それは……』

『どんな結論を出すかはお前次第だが、もう気持ちは――』

『黙ってもらおうか、南雲ハジメ』


 その声音は、ハジメに言葉を呑み込ませるに十二分の迫力があった。


 思わず、誰もが視線を吸い寄せられる。元々、精神的にも肉体的にも疲労はたまりにたまっていたのだろう。今の短い戦闘だけで、既に体が震え始めている。


 だが、それでも立ち上がある姿に弱々しさは皆無で、むしろ、覇気は刻一刻と増していくようだった。


『彼女は言った。大迷宮の攻略と、貴殿への傷一つと。()()はそれを承諾した』

『お、おい、遠藤?』

『そして、誓ったのだ。必ず成し遂げて見せると。それこそが、吾輩の想いが真実であることの証明であると』


 もう数少ないライセン製のナイフを二本引き抜き、握り締めて構える。


 何より雄弁な、決闘続行の合図。


『男の誓いに、訂正はないっ!!』


 その雄叫びは、遠藤浩介の意地だった。


 惚れた女性が敬愛を捧げる男を前に、貴女の気持ちを自分に向けさせて見せるという、一人の男としての意地だった。


 その本気の気持ちに、ラナの顔がボバッと爆発したみたいに真っ赤に染まる。それは過去も現在も同じ。ユエ達の『おぉ~』という、なんか凄いものを見ている! という感嘆の声も同じだ。


 そして、そんな男の意地を通す宣誓は、魔王にも確かに届いていた。


 ハジメの表情が変わる。ドンナーで肩をとんとんしつつ、溜息を一つ。


『……そうか。まぁ、なんだ。悪かった。お前を侮った』


 謝罪を一言。ドンナー&シュラークのシリンダーが開放され、ゴム弾が飛び出す。代わりに、通常弾がリロードされた。そのうえ、パリッパリッと真紅のスパークが二丁を中心に広がり始める。


『全員、広場から出てくれ。ユエ、外縁に沿って結界を頼む。香織、蘇生の準備をしておいてくれ』

『……んっ』

『そ、蘇生まで? でも……ううん、分かったっ』


 ユエは即座に頷き、香織は戸惑いつつも、浩介の表情とラナの期待と不安の入り交じった表情を見て強く首肯した。


 シアが、どこか楽しそうな表情でラナの背中に手を添える。外縁部に移動を促す。


 途中で振り返ったラナは、言葉を探して、けれど見つからなくて、しどろもどろな様子で浩介に声をかけた。が、


『あ、あの……』

『言葉は不要だ。ただ、見ていてくれればいい。その果ての結論なら、どんな答えだろうと――俺は受け入れる』

『……』


 ラナはしばらく浩介の背中を見つめて、そして何かを決めたように強い眼差しになると、無言で踵を返した。


 あんまりにも二人の世界だったものだから、これには流石にミナ達も口を挟めず、むしろ、今回ばかりはと浩介にエールを送るような眼差しを向ける。


 人のいなくなった広場で向かい合うハジメと浩介。


『分かってると思うが、ユエ達の前で俺が無様をさらすことはない。本気で挑んでくるってんなら――本気で潰すぞ』


 神殺しの魔王、本気の闘志。常人なら泡を吹いて倒れるだろう強烈な気配を前に、卿はしかし、冷や汗を流しながらも不敵に笑った。


『ククッ。それでこそだ、魔王。やはり、吾輩と貴殿は運命の赤い糸で結ばれていたようだ。そうとも、我々は戦う運命にあった!』

『ここでグラハ○さん出すのはやめろ馬鹿! 本気だって言ってんだろうが!』

『もちろん、本気で拝借し、本気で言っている!』

『始まる前からもう、お前が嫌いになりそうなんだが!』

『私はむしろ――抱き締めたいぞ、魔王! 応えてくれたこと、感謝するっ』

『くそが! すっかりハウリアにお似合いになりやがって!』


 シリアスになりきれない言葉の応酬。だが、第二ラウンドの初手は、より苛烈だった。


『いっぺん死んでこい!』

『闇に呑まれよ、魔王! ――〝黒天窮〟ッッ!!』


 最初から、蘇生頼みの必殺。


 容赦なきレールガンが卿を狙い、それを読んでいたのか引き金が引かれる前に横っ飛びして回避する卿。


 ハジメの方はハジメの方で、実は周辺に潜ませていた分身体複数人による奥義を発動されて、追撃できずに退避に全力を尽くす。


『おいおいおいおいっ、元がなきゃあ蘇生もできるか分からねぇんだぞ! 殺しにきてんなぁ、おい!』


 幸いというべきか。まだまだ重力魔法の扱いが未熟な卿であるから、ブラックホールを創り出す奥義は、せいぜいが直径一メートルくらいの小型のものだ。


 なので、引き寄せる力の範囲からどうにか脱出できたハジメだが、その凶悪さを知るが故に冷や汗が噴き出るのは避けられない。


『この程度で殺せるなら、神殺しの魔王などとは呼ばれまい!』


 回避されるのは予測済み。しかし、吸引力で動きが鈍るのは免れまい! と言わんばかりに分身体が襲いかかってきた。それもまた先程とはレベルが違う。


『はぁ!? 何体出せるんだ!?』

『言ったはずだ。我は深淵に目覚めたと! 深淵に限りなどあるはずなかろうよ!』

『いや、そんな常識みたいに説かれても!』


 わらわらわらわらわらわらわらわらっと、木々の間から溢れ出てくる分身体達。その数、あっという間に百体を超える。


 まさに数の暴力だ。〝黒天窮〟という奥義を囮に、このまま圧殺でもする気か。


 たまらず、ハジメは宝物庫を輝かせた。宙に出現したのはクロスビット七機。


『作り直したばかりだってのに、もう出番かよ』


 なんて苦笑いを浮かべつつ、接近してくる分身達を片っ端から蹂躙していく。


 群がっては消し飛ばされ、群がっては消し飛ばされ。


 それはまさに、映画マトリック○のワンシーン。黒服と相まって、エージェントス○スと主人公の戦いのようだ。


 分身体から分身体を生み出し無限に増殖していく卿の姿に、ユエ達や健太郎達が唖然としている。


『な、なんじゃ、あの魔法は。妾の知識にもないんじゃが?』

『……ん。私も知らない。あれ、本当に人類?』

『あはは……ラナさん、もしかしてとんでもない人に好かれちゃったんじゃないですか?』

『すごい……ボスを相手にあそこまで……決戦の時より更に強くなってる……』

『わぁ、ラナさんの瞳にハートが見えるよ。私はむしろ、大樹の迷宮で負ったトラウマを思い出しそうだけど……』

『やめて、香織! 遠藤君は黒ごまなの! 思い出させないで!』

『シズシズ、黒ごまって……何を連想したか隠せてないよ』

『なぁ、光輝。もしかして、お前より遠藤の方が強くね?』

『……勇者って、なんなんだろうな……ああ、そっか。肩書きだけ強そうな奴、かな? うん、それなら俺にお似合いだ。へへ……』


 光輝が闇落ちしそうな感じだが、誰も気にしない。それより、二人の戦いに釘付けだ。


 遂に、ハジメが真紅の魔力を噴き上げた。〝限界突破〟を発動したのだ。まだ、アーティファクト兵器はそれほど復活させていないので、地力での勝負に入ったらしい。


 残像が発生するほどの速度でリロードの射撃を繰り返し、円月輪オレステスも用いて空間跳躍多角攻撃まで加え始める。ロケット&ミサイルランチャー〝アグニ・オルカン〟も、クロスビットもフル稼働だ。


 爆炎と衝撃が荒れ狂い、結界がなければ周囲一帯更地になっていそうな有様である。


『……分身の数だけじゃねぇな。スペックが上がってる。ッ、そうか。お前のそれも〝限界突破〟か。特殊派生に目覚めたってことかよ』

『ハハッ、流石は魔王殿だ! そう、深淵卿とは、時間経過と共にスペックを引き上げる限界突破の特殊派生! 時間がかかる代わりに衰弱の副作用がない、まさに深淵の力である!!』

『どの辺りが深淵なのかさっぱりだが!?』

『……うん、だよね。〝効果:凄絶なる戦いの最中、深淵卿は闇よりなお暗き底よりやってくる。さぁ、闇のベールよ、暗き亡者よ、深淵に力を! それは、夢幻にして無限の力……〟とかステプレに書かれても、わけ分からないよね?』

『唐突に元に戻るなよ、忙しい奴だなぁ』


 とはいえ、とハジメは笑う。


『まだ扱いに慣れていないようだな? 動きが単調だ。――見えてるぞ』


 真紅の閃光が、無数の分身体の合間をすり抜けるようにして伸びた。


『ぐぁっ!?』


 同時に木霊したのは卿の苦悶の声。呆れるほどの数の分身体の中から、本体だけを見抜いて撃ち抜いてきたハジメの技量に、さしもの卿の表情も引き攣る。


 脇腹を抉られ鮮血が散り、ギャラリーから悲鳴が上がった。


『ぐっ、これだけの数で攻めて、なお届かんか! アーティファクトを揃える前にと急いで帰ったのだがな!』

『重力魔法の扱いがもう少し上手けりゃ、あるいはってところだ』

『フッ、逸ったか。やはり恐ろしいものだな、貴殿は』

『ここが底なら、お前に勝ち目はもうないが……どうする? というか、お前の香ばしい言動で心が辛いから、そろそろ終わりにしたいんだが』

『降参しろと? それはできない相談だ!!』


 雄叫びを上げ、更に雪崩打つ深淵卿だが、ハジメもハジメで〝覇潰〟を発動。卿の奮戦に応えるべく、出し惜しみなしで戦いに応じる。


 故に、卿の刃は届かず。


 遂に、消し飛ばされた分身体が復活しなくなり。


 そして、


『しまっ――!?』


 クロスビットに頭上を取られ、魔力衝撃波付きのバースト弾を受けてしまう。


『こうくーーーーーーんっ!!』

『『『『『こうくん!?』』』』』


 ラナの悲鳴と、既に愛称呼びになっていることにギョッとするユエ達。


 血飛沫にまみれながら地に落ちた卿は、それでも血反吐で地面を塗らしつつも起き上がろうとする。


『ぐっ、がはっ』

『……ここまでだな』


 目の前に着地したハジメから、抑揚のない声が降ってくる。


 視線を上げると、最初に見えたのは銃口。そして、見下ろす魔王の瞳。分身体はすっかり霧散してしまって、卿の体からも魔力のオーラが消えていく。


 届かなかった。刃を掠らせることもできなかった。


 それが、現実だった。


 落胆の気配がギャラリー達から漂う。魔王に挑む卿を、誰もが自然と応援していたのだ。ラナと浩介の行く先を、見てみたいと思わせられたのだ。


 それほどに壮絶で、それほどに心迫る戦いだった。言動はともかくとして。


『最後に、言っておくことはあるか?』


 卿は、意地でも降参しないだろう。ならば、撃つしかない。蘇生できるので、ハジメに躊躇いはないだろう。


 どこからどう見てもチェックメイトという場面で、なのに卿は視線をラナへ向け、彼女が泣きそうな表情で一心に見てくれていることに――笑った。


 そして、ハジメに言葉を返した。


『あるとも』

『聞こう』


 感情を排したような、けれど真摯さを感じられる声音で促すハジメに、卿はようやく顔を向けて――


『この手だけは使いたくなかった。貴殿に、トラウマを与えてしまうかもしれないからな!』

『なに? それはどういう――!』


 ハジメは、ハッと振り返った。


 余力なく消え去ってしまったと思っていた分身体。だが、それは見せかけだったらしい。


 戦闘は不可能。維持するだけで精一杯。たった一体だけの分身。


 ずっと隠れて準備していたアビスゲート卿の切り札中の切り札が、今、発動した!


『喰らうがいい! 人呼んで、アビスゲート・スペシャル!!』

『なっ、これは!?』


 ハジメは見た。見てしまった。振り返った先にいた存在を。


 ギャラリー達は言葉を失った。というか、困惑した。


 なぜなら、そこにいた分身体は――


『フッ、我こそ神殺しの魔王。真紅を纏い、黎明を告げる存在!!』


 白髪のカツラを被り、眼帯をつけ、義手っぽく金属製の腕装備をつけ、黒コートを纏ったハジメ――のコスプレをしていたから!


 その魔王様のコスプレ分身体が、キレッキレのターンをしながら、片手を顔に添えて、ちょっと傾くという香ばしいポーズを取る! そう、宣戦布告の時の卿みたいに!


 そして、サァーーーッと血の気が引いていくハジメを前に、フッしながら香ばしく名乗りを上げた!!


『魂に刻め! 我が名は、覇天真紅の極黒魔王――サウスクラウド・ザ・ファーストである!!!』

『イヤァアアアアアアアアアアアアアアッ!?』


 ハジメから、まるで変態に遭遇した女の子のような、まさかの悲鳴が上がった。ドンナーとシュラークを取り落とし、〝ムンクの叫び〟みたいなポーズにまでなる。


 その瞬間だった。


『今だっ、自爆はロマン!!』


 本体の合図と同時に、全身に小石を仕込んでいた分身体が自爆。超至近距離で破片手榴弾の爆発じみた最後の攻撃が発動した。


 流石はハジメというべきか。半ば発狂していても体は勝手に危機を察して動く。


 卿の本体が自爆に巻き込まれて吹き飛ぶ中でも、ハジメだけはきっちり衝撃の範囲内から抜け出した。


 抜け出したが……


『ぐぅっ、これでも……ダメ、か…………ん? いや、ハハッ!! 南雲! それ! 傷!』

『え? あ? お、おぉ?』


 頬についた僅かな傷。避けきれずに、小石の一つが掠ったらしい。


 奇しくも、それはかつて旅の同行を認めてもらおうと奮戦したシアが、ユエにつけた傷と同じ場所だった。


『俺の、俺の勝ちだ!! そうだろ!?』

『…………あ~、いろいろ言いたいことはあるが…………ああ、お前の勝ちだ』


 苦笑い気味にハジメが認めれば、その瞬間、ギャラリーから大歓声が上がった。


 いつの間にかフェアベルゲンの人々も集まっていて、事情を聞いていただろう。大騒ぎしている。健太郎達は、ただただ『すげぇっ』と壊れた機械のように繰り返し、ユエ達も『まさか本当にやり遂げるとは……』と言いたげな様子で目をぱちくりしている。


 そんな中、真っ先に駆けつけてきたのは、もちろんラナだった。


『こうくんっ!!』

『エッ!? こうくん!?』


 本当に精根尽き果てて動けない浩介に、ラナは覆い被さるようにして抱きついた。


 あ、なんかすっげぇ良い匂いする……てか、柔らか……と陶然として、何が起きているのか分からなくなる浩介だったが、次第に現実を認識して赤面する。


『ラ、ラララ、ラナさん!? 何を!?』

『ハッ!? ち、違うのよ、今のは! えっと、ええっと……フッ、なかなかやるわね、アビスゲート。まさかボスに、本当に傷をつけるなんて凄すぎるわ! それにすっごくかっこ良かったし――じゃなくて、その、あの――』


 バッと体を離し、真っ赤になりながらしどろもどろにしゃべりまくるラナお姉さん。


 集まってきたギャラリーの中からミナが歩み出て、その頭をベシッと叩く。


『な、何するのよ!』

『ちゃんと聞いてあげなさいよ。この後に及んで、照れて誤魔化すのはハウリアの女失格よ』

『うっ』


 叱咤されて、ラナは真っ赤な顔のまま浩介に視線を戻した。上目遣いで見つめてくる姿に、浩介は心臓を押さえて呼吸を必死に整えている。


 誰もが固唾を呑んで見守る中、浩介はどうにか体を起こし、ラナの手を取った。


『えっと、改めて言います。俺、ラナさんが好きです。きっかけは、隠形した俺ですら見つけてくれたことだけど……それだけじゃなくて、今は、貴女の人柄も好きです。俺、いろいろ頑張るんでっ、付き合ってください!』


 その返事は、ラナの表情を見れば言葉にせずとも分かりきっていた。


『……………………はぃ』


 小さな、けれどはっきりした声音で、ラナは浩介の想いに応えたのだった。


『『『エンダァアアアアアアアアアアアアッ』』』


 鈴、奈々、妙子の三人が叫んだのと同時に、再び大歓声が巻き起こる。


 香織が再生魔法の光を浩介に降り注がせたので、まるで天から祝福でもされているかのような光景が広がった。


 それが余計に場を盛り上げ、フェアベルゲンの広場にはしばらくの間、いくつもの祝福の声が木霊し続けるのだった。






 そうして、ラナがミナやシア達に揉みくちゃにされている間。


『遠藤』

『南雲……』


 ハジメと浩介は改めて向かい合った。激戦を繰り広げた二人を、ユエ達や健太郎達が静かに見守る。


 表情を綻ばせながら、肩を竦めるハジメは祝福の言葉を贈った。


『おめでとさん』

『……おう、ありがとな。……その、今の言葉だけじゃなくて、本気で戦ってくれて』

『まぁ、気持ちは分かったからな』


 男臭く笑い合い、お互いに握手しようと手を伸ばす――わけではなく。


 その手は、それぞれの顔を覆うように添えられた。


 なんだなんだと困惑するユエや健太郎達の前で、二人は同時に――膝から崩れ落ちた。


『痛いよぉ、心が痛いよぉ~。ごめんよぉ、南雲ごめんよぉ~』

『ばかやろぉ、あれはダメだろぉ、ばかやろぉ』


 浩介は深淵卿モード深度Vの有様をお披露目してしまったことに。


 ハジメは言わずもがな。サウスクラウド・ザ・ファーストを見てしまったが故に。


 決して消えないだろう心の傷によって、二人は仲良く、膝に顔を埋めたのだった。








「「……サウスクラウド・ザ・ファースト。ブホォッ」」


 過去映像が消えて、しんっとした空気の中、それを最初に壊したのは愁と菫だった。


 微妙に、他の親達も肩が震えているような気がする。


 ラナだけ通常運転でうっとりと当時を思いやっているが。


「……え、え~と、ハジメ? 大丈夫?」

「パ、パパ? あの、かっこよかったの!」


 反応のないハジメを気遣って、ユエ達が声をかけるが……やはり、反応はなし。


 おや? よく見ると目をつぶっているような……


 と、そこで異変を察知して近くに来たギル戦士長が驚いた声で言った。


「驚いた。まさか俺の特技を習得しかけているとは。流石だな」

「「「「「えっ!?」」」」」


 どうやらハジメさん、完全シャットアウトモードの奥義を、いつの間にか習得しかけているらしい。このまま普通に受け答えができれば完璧だ。


 道連れのために許容した過去映像で、まさか新たな境地に達するとはこれいかに。


「ハ、ハジメ! 起きて! しっかりして!」

「パパ! ミュウのこと分かる!?」


 ユエとミュウの声に、他の者達も異変に気が付いてハジメに声をかける。揺さぶる。


 しかし……


 それからしばらくの間、ハジメは仏のような穏やかな表情で微動だにしなかったのだった。


いつもお読みいただきありがとうございます。

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― 新着の感想 ―
さすが深淵卿 容赦なく心をえぐってくる
[良い点] はい。この回だけは四周目か五周目ですが、何回読んでも、爆笑と感動感涙と胸キュンの嵐になります、ので、最高に大好きな回です!な点! 私的には最初の大戦時以来の浩介ラナペア推しの大ファンですの…
[一言] 最強の魔王一家の共通の弱点「精神攻撃」 皆さん黒歴史に弱すぎやしませんかね
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