深淵卿第三章 ぐわぁあああっ!?
カチッカチッと時計の進む音だけが響いていた。
静寂に包まれた――取調室に。
クッションが大分くたびれた事務用回転椅子に、肩身が狭そうに縮こまっているのは、もちろん、浩介である。
その向かい側には、スーツ姿で五十歳代くらいの厳つい男性警官が座っている。穏やかに微笑みながらヒリついた空気を出すという器用な技を披露しながら。
もう、かれこれ五分ほど沈黙が続いていた。
いたたまれない。
不可視の〝お巡りさんプレッシャー〟が容赦なく浩介の精神を削る……
(陽晴ちゃんは……うん、大丈夫そうだな)
現実逃避気味に、別室にて女性警官達に甲斐甲斐しく世話を焼かれている陽晴を、部屋の隅に配した分身体を通して確認する。
しきりに勧められるお菓子とジュースの山に苦笑いを浮かべているようだ。
実は、とある理由で交番から警察署に移動となった後、事情聴取が始まる直前に、陽晴がくきゅるるるる~と盛大にお腹を鳴らしてしまうという出来事があった。
よくよく考えれば、陽晴は丸一日以上、水以外を口にしていなかったのだから無理もない。
羞恥のあまり真っ赤になった顔を両手で覆いながらうずくまってしまった陽晴に、険しい表情だった警官達も、思わずほんわり。ひとまずは夕食を、という流れになったのだ。
なお、カツ丼ではなかった。マクドナル○だった。ダッシュで買ってきてくれた若い青年警官は、女性警官さん達の「てめぇ基準で選びやがって! 小さな女の子の夕食だぞゴラァッ!」みたいな目を向けられて震え上がっていたが。
とにもかくにも、そんな夕食を済ませた後である。陽晴的には既にお腹いっぱいなのだろう。
しかし、礼儀正しく、素直で、愛想の良い陽晴に、婦警さん達は既に虜となっているようで、餌付け合戦状態だ。
だからだろうか。先程から、陽晴がチラッチラッと視線を寄越してくる。
助けを求めている感じにも、傍にいてくれていることにホッとしている感じにも見える眼差しを。
(やっぱり陽晴ちゃん、普通に俺を認識してくれてるんだよなぁ)
当然ながら、精神が悲嘆に暮れていたり、最初から強く注意を向けられていたりしない限り、浩介が一般人に気が付かれることはない。実際、陽晴の周囲にいる警官達は誰も分身体の存在に気が付いてない。
認識してくれる人が増えるのは、大変、喜ばしいことである。
たとえ、自分以外は気が付かないうえに分身する浩介に、「わたくし、承知しております! 遠藤様が人でないことは誰にも決して言いませんから!」という確信と決意に満ちたキラキラな眼差しが混じっていても。
「で」
「は、はいぃ!」
意識を陽晴に向けていたところへの不意打ちの声。穏やかなのにツンドラな強面警官の呼びかけに、思わず返事が上擦ってしまう。強面警官さんの目が細められた。コワイ。
「そろそろ真面目に、話してくれる気にはなったか?」
正直に、ではなく。
奇妙な言い回しだが、浩介は納得してしまう。
なぜなら、それこそが、今、陽晴と引き離され、こうして取調室で白い目を向けられている理由だったから。
「君には今、いろいろな違法行為に対する嫌疑がかかっている。それは分かるよな?」
「え、ええ、まぁ……」
未成年者の略取又は誘拐。文化財の損壊に、無許可での催しと撮影(と警察は考えている)。騒動で一般人が転倒しているので傷害あたりも。
なるほど。事実なら中々にキレ味のある人生を送っていることになる。浩介自身が未成年なのに。
神妙な顔付きで頷く浩介に、うんうんと頷き、ようやく話ができるかなと強面警官さんは言葉を重ね――
「君の身元は――」
「ぐわぁああああああっ!?」
突如響き渡った悲鳴。
その主は浩介だった。胸元を握り締め、苦痛に喘ぎ悶える。
普通、話している相手がこんな状態になれば慌てるだろう。だが、強面警官さんは全く焦らない。心配する様子もない。
むしろ、「またか」とうんざりした様子で腕を組み、深く椅子に背を預けてしまう。
びっくりするくらい白けた目だった。今にも「このクソガキが……」と口走りそうな目だった。
それもそのはずである。
「ぐわぁあああああ、あ、痛くない……」
悲鳴を上げた時と同じくらい唐突に素に戻る浩介が、そこにいた。
「あと、何回それをすれば満足するんだ?」
「ち、違うんです! 本当に突然胸が痛くなって!」
「良心の呵責で?」
「違いますぅ!」
「首筋も熱くなるんだったか?」
「そ、そうなんです! それでスッと痛みがなくなって!」
「あ、そう」
信じてない。それはもう欠片も。と分かるくらい冷え冷えとした強面警官さんの雰囲気。
これでもう十回目なのだから当然だろう。
「俺さ、もう三十年警察官やってるけど、そんな雑な誤魔化し方する子、初めてだぞ」
「し、信じてください! 本当に痛くなるんです!」
「じゃあ何かの病気だといけないしな、直ぐに病院に行こうか」
「それはちょっと……」
「……」
なるほど、「このガキ、ふざけてやがる……」と思われるのも仕方ないし、いい加減に怒って取調室に放り込まれるのも無理はない。
そもそも、浩介自体がわけの分からない存在なのだ。
ホテルからの「言動が支離滅裂な青年が、ボロボロの服を着た十歳くらいの女の子をホテルに連れ込もうとしている」という通報を受けて、最初に駆けつけた警官が交番でいろいろ事情を探ってみれば。
なんか既に修学旅行を終えて帰っている学校の生徒だと言うし、その身分証も持っている。
だが、それだと学校側に置いて行かれたということになるわけで、そんなことあり得るはずがない。
ホテルの従業員も、当該修学旅行生の中に浩介を見た覚えのある者はおらず、引率の先生も特に生徒がいないと捜している様子はなかったという。
そもそも、生徒が一人いないのに呑気に修学旅行をして、そのまま気が付かずに帰るなんてあり得ない!
必然、身分を偽っていることになるわけだが、それだと、なぜ直ぐに奇妙だと思われるような嘘を吐いたのか。わけが分からない。
ならば、と考えられるのが、伏見稲荷での事件との関与だ。
何やら大立ち回りがあったらしく、画像や動画が出回っていた。
だが、不思議なことに、どういう方法かは分からないが分身しまくっている者だけがモザイクでもかかっているみたいにぼやけており、辛うじて〝着物姿の少女を片腕に抱えた男〟くらいしか分からなかった。
一応、目撃証言も多数あるのだが、それも人物像となると途端に曖昧となりはっきりしない。
とはいえ、タイミング的にも最低限の特徴的にも合致しているので、きっと浩介と陽晴は無許可撮影の出演者で、それを主催した大人達を庇っているのでは……と疑ったのだ。
実在の高校名と在校生を名乗る意味は相変わらず不明だが、もしかしたら、気絶していたのに気が付けば現場から消えていたらしい大人達と合流するための合い言葉的なものだったのでは、と。
だというのに!
「どうして身元の確認が取れてしまうんだろうなぁ」
「なんか面倒をおかけしてすみませぐわぁああああああっ!?」
「いや、それはもう本当にいいから」
「ち、違ッ、アッ、首あっつぅ~~~くない?」
この現在進行形でふざけているようにしか見えない青年は、本当に学生証通りだと確認が取れてしまって、警察側は更に混乱に見舞われた。
いや、違う意味でも混乱に見舞われたのだが……
というのも、学校側に連絡してみたところ、最初は教頭先生が対応してくれて浩介の在籍確認も取れたのだが、こちらの事情を話した途端、
『教頭先生が倒れたぞ~~ッ!!』
『いかんっ、吐血しているぞ! 胃に穴が空いたんだ!』
『修学旅行が何事もなく終わったって気を抜いた直後だったから!』
『幸子先生! カツラを戻してあげてる場合じゃありません! 救急車を!』
『なんて惨いっ。愛子先生はどこに!?』
『報告だけして今日は帰りましたよ!』
『今すぐ呼び戻せぇっ』
という感じの騒動が電話越しに届き、なんだかそれどころではなくなってしまったのだ。
しかも、だ。
実家の方にも連絡したのだが、今度は兄を名乗る者が、
『はぁ!? 今度は幼女だと!? クソアビスゲートさんがぁっ。構いません! 死刑にしてやってください!』
と怨嗟の滲む声音で怒声を上げ、電話を切る始末。
強面警官さん達がしばらく呆然としてしまったのは言うまでもない。
そのうえ。
「なんで上の方から〝署に移送して保護しておけ〟なんて命令が来るんだろうな?」
いったい向こうでどんなやりとりがあったのか。なぜか警察庁のかなり上の方から、そんな命令まで下りてきたのである。
で、浩介が未成年ということもあり、移送後、最初は応接室で夕食をとってもらってから穏やかに事情を聞こうとしたのだが、いざ話を聞くとなった途端、「ぐわぁああああああっ!?」し始めた、というわけだった。
「まぁ、君が〝帰還者〟の一人だからなんだろうが」
「あはは……」
目の前で乾いた笑い声をあげる浩介を見て、強面警官さんは目を細めた。
帰還者。その名はまだまだ記憶に新しい。高校の一クラスの集団失踪である。警察として管轄違いと言えど話題にならないはずがなく、捜査協力をしたこともある。
まさか、その当事者の一人だったとは……
彼等を中心に起きた過熱報道や奇妙な事件。そして、それらの不気味なほどあっさりとした終息を思い出し、警官の男は「下っ端が知るべきじゃあないことなんだろうなぁ」と内心で嘆息する。
だが、明白な証拠こそないものの十中八九、膝元の大事な大事な観光名所で好き勝手した連中の関係者で、記憶喪失の子供まで関わっているのだ。
はいそうですか、と引き下がっては警察官の名折れである。
そう思って、こうして事情を聞こうとしているのだが……
「あっ、また来た! なんなんだよいったいぐわぁあああ、あ? 割と慣れてきた?」
これである。話す気はない、ということか。
強面警官さんの顔が疲れたようにしなびた、ように見えた。
「あの、なんか本当にすみません。ふざけてるわけじゃないんです。本当に」
「……」
「そ、そうだ! 陽晴ちゃんの家族は……何か連絡はありましたか?」
「……連絡はない。問い合わせも。そもそも捜索願いも行方不明者の登録もないからな」
「そう、ですか」
「一応、引き続き調べてはいるけど、〝ふじわらひなた〟という名前だけじゃあ中々……。せめて漢字が分かれば助かるんだが」
「ですよね~。陽晴ちゃん、スマホも財布も何も持ってないから」
「……君が持ってたりしてな?」
「しませんよ!」
なんてやりとりをしている間にも、陽晴の父親なり母親なりが迎えに来るのではないか。そんな淡い期待こそが、浩介が大人しく任意同行に応じた理由の一つだった。
捜索願いなどが出ていれば直ぐに身元も判明したのだろうが、やはり、そう簡単な話ではないらしい。と思わず溜息を吐く。
(陽晴ちゃんが一般人でないことは確定だから、家族が公的機関に捜索を頼んでないのは頷けない話ではないよなぁ)
あるいは、襲撃者はどういう方法か不明だが陽晴の場所を特定できていたので、両親も同じように娘の所在を掴んで駆けつけてくるかもしれない。という期待もあったのだが、今のところ音沙汰はない。
(一族って言ってたことだけが気がかりだ)
まさか、ご両親までもが襲撃者達と同じスタンスだったなら。あるいは、本当に襲撃者達の親玉が両親だったなら……
そうであってくれるなと心から思う。
あんな小さな子供が、家族から敵意を向けられるなんて想像もしたくない。心が、あまりに冷えてしまう。
嫌な想像を頭を振って払い、気持ちを切り替える。
(さて、上の方からの命令ってことは、南雲達に俺の現状が伝わって、なんか手を打ってくれたと考えていいはずだから……)
一応、警察に来たほかの理由としては、既にホテルには身元を提示してしまっているので下手に逃げると実家や学校に必要以上に迷惑をかけてしまうことや、そうなればまたマスコミが騒ぎ出し面倒であること、なんか着信拒否が解除されないので(たぶん、着信拒否したこと自体を忘れられている、泣きたい)、警察を通じて現状を伝えてもらえる、というのもある。
あとは、
(陽晴ちゃんは相当疲れているはずだし、とりあえず、今日はこのまま警察署に泊まらせてもらうか)
陽晴を休ませたいというのも理由の一つだった。流石に警察に囲まれている中で襲撃はしないだろうと。
(まぁ、この状態異常みたいなの、連中の攻撃だろうけど)
今のところ陽晴に害はないようだし、どういうわけか何もしなくても数秒で治まるので、ひとまず様子見している。
「で、だな。君」
「あ、はい」
「お偉いさんからお達しがあった以上、誰かしら迎えに来るんだろうが、その前に知ってることを話してくれんかね?」
「と言われましても……」
ある意味、警察を利用している状況なので、浩介としても少々心苦しい。
と思っていると、そこで想定外に早いことに〝お迎え〟が来たらしい。
「まぁまぁ、学生さんをそういじめるもんじゃありませんよぉ」
ガチャと取調室の扉を開いて入ってきたのは、特徴がないことが特徴と言われそうなゆる~い雰囲気の中年の男だった。
表情もにこやかだが、なんだろうか。長く、あるいは濃い経験を持つ者だけが直感的に分かる〝油断できない人〟という印象を受ける。
「あんたは?」
強面警官が胡乱な目を向けて、警戒心の滲む声音で問うた。
男は懐から名刺を取り出し、それを差し出しながら、
「どうもどうも。公安の服部と申します」
ゆる~い雰囲気で、そう名乗った。
それから。
浩介達の姿は京都市内にあるマンションの一室にあった。
「どうぞどうぞ、自分の家だと思ってくつろいじゃってください」
随分と腰が低い感じで浩介と陽晴を室内へ促す。公安が所有するセーフハウスの一つらしい。
「遠藤様……」
袖口をキュッと掴まれて、浩介は陽晴へ視線を転じた。少し不安そうな瞳が自分を見上げていた。
よくよく考えれば、警察署という信頼すべき場所から、よく知らない人に連れ出されてよく知らないマンションの一室にやって来ているのだ。不安を感じるのは当然である。警察署でも、陽晴達を連れ出すことで結構揉めたので、なおさら。
「え~と、ここに来るまでにも話したけど、この人は知り合いの警察の人だから大丈夫だよ」
「あらま、これは申し訳ない。不安にさせてしまいましたか」
やっぱり平身低頭といった感じで頭を下げる服部に、陽晴は少し慌てて「失礼しました」と逆に頭を下げる。
一応、ここに来るまでの車中で最低限の説明はしていた。
すなわち、帰還者事件の概要と、浩介が帰還者と呼ばれる集団の一人であること。
特殊な力を持っていること。
そして、帰還者と政府の調整役、あるいは窓口係なのが、この服部幸太朗であること。
加えて、帰還直後の騒動から数えて十代目窓口係であり、今のところ最長記録を更新し続けていること、などだ。ちなみに、最短記録は二日である。そのタイトルホルダーな彼は今、田舎で苺を育てているらしい。
「まぁ、俺もなんで服部さんが来たのかよく分からないんだけど……」
「いえ、遠藤様がいてくださるのなら、わたくしはそれで」
「そっか」
カーテン越しにチラチラと外を確認していた服部は、そんな二人のやり取りを聞いて、一応、一言忠告した。
「遠藤さん。くれぐれも変な気はおこさないでくださいよ」
「どういう意味!?」
「貴方との付き合いはそれほどありませんが……まぁ、まおう――ごほんっ。南雲さんからはいろいろ説明を受けてますんで」
「どういう説明かすんごく気になる!」
それはまぁ、ほら、旅先で次々と女性を……と服部が口にすれば、陽晴の純粋な瞳がジッと浩介を見つめ始めちゃう。
「それよりも! なんで服部さんが来たのか、教えてほしいんですけど!」
強引に話題をずらす浩介。純粋な陽晴ちゃんアイが未だ見ている。
新品同様のソファーに対面で座り、一息吐くと、服部はおもむろに口を開いた。
「一つはですね、伏見の件ですよ、遠藤さん」
「伏見の……あ~、えっと、すみません。画像とか出回ってるからってことですか?」
「ええ。なんせ重要文化財での騒動ですからね。警察はもちろん、関係各所激オコなんですわ。ネット上のやつは南雲さんが手を打ってくださるらしいですが、行政側の動きは私等が対応しませんとね。こればっかりは電話だけじゃなく、やっぱり直接対面でやる方が効果的なもんでして」
ほら、魔王様に任せたら、みんな頭がハッピーになりかねないですから、と苦笑い気味に言う服部。
ここで苦笑いできる辺りが窓口係最長記録保持者でいられる理由なのだろう。
「すんません、いろいろ迷惑をかけます」
「……ご面倒をおかけします、服部様」
「いえいえ、私なんぞ。どうやらそちらの方が面倒事を抱えていらっしゃるようで」
服部の目が僅かに細められた。
「あれ、フェイクじゃないんですよね?」
動画や画像には、浩介達が相対していた白い靄の怪物は映っていない。襲撃者達の奇妙な術も。
しかし、何かがなされて、結果的に物理的な破壊が起きていたのは確認している。
普通はトリックや動画自体を疑うところだが、服部は〝そういうものの存在〟を知ってしまっている側だ。
「違いますね。連中の目的は陽晴ちゃんらしくて」
掻い摘まんで、浩介が今までのことを話すと、服部は「日本も存外ファンタジーだったようで」と嘆息しつつ天を仰いだ。
「では、藤原さんの正体も連中の目的もまだ分かっていないんですね」
「まぁ、それは直に分かると思いますけど……それより、南雲達は? ずっと着拒されてて泣きそうなんですが」
「遠藤様、元気出してください」
なでなで。ありがとう、陽晴ちゃん。ところで服部さん、なんで手錠出した?
「あ~、それなんですがね。どうにも政府内の一部や諸外国の動きがきな臭くて」
「え? どういうことですか?」
「下手をしたら第二次帰還者騒動に発展しかねないかも、と。あぁ、胃が痛い」
「いやいやいや、本当にどういうこと!?」
曰く、政府内、あるいは一部の有力な政治家を中心に、帰還者に対する動きが見られるのだという。それも、あまりよくない方向で。
同時に、公安がリストアップしているような諸外国の人間も、嫌なタイミングで入国していたり、彼等同士で争ったり、あるいは不審な行動が見られるのだとか。
「一つ一つは大したことないんですがタイミングがねぇ」
「なるほど。南雲達はその対応に追われているってことですか?」
「ええ。特に、帰還者のご家族の中には視線を感じたり尾行されている気がしたりと、どうにも不安を抱くような出来事が起きているようで」
修学旅行から帰って早々にうんざりしつつも、念のため、クラス一丸となって防備を固めつつ、ハジメ達が調査に乗り出しているのだとか。
「う~ん、確かに嫌なタイミングだなぁ」
「ですよねぇ。遠藤さんの件と関わりがあるのか分かりませんが……まぁ、とにかく、遠藤さんの援護に手を回せないので、代わりに行政側に対する援軍くらいはと、そういう意味でも私が来たというわけですね」
「俺達に直接ってんなら問題ないですけど、家族とか知人友人まで守るとなると、そりゃあ大変ですからね。分かりました。その辺り、協力してもらえるだけでも有り難いです」
「微力で申し訳ないですがね」
何はともあれ。
「服部さんから連絡してもらっていいですか。着拒解除、忘れてるよ。遠藤、泣いてるよって」
「は、ははは……直ぐに」
虚無ってる瞳の浩介に、服部は苦笑いを浮かべつつ席を立った。
いろいろ分かったこちらの事情も含め、連絡するために廊下へと出て行く。
「遠藤様。戻らなくてよろしいのですか?」
「う~ん、それだと陽晴ちゃんに余計な手間をとらせることになるしなぁ」
当たり前のように、仲間のもとへ戻るなら、陽晴を置いて行くのではなく連れて行くという選択をする浩介に、陽晴は嬉しそうに口元を緩める。
それに気が付かず、浩介は腕を組んで少し考える素振りを見せつつ言う。
「どうしても俺が必要なら連絡してくるだろう。俺は着拒なんてしないからな! しないからな!」
「遠藤様。お任せください。いつかお仲間とお会いした時、この陽晴がきっちりと物申して差し上げます! 着拒ダメ! 絶対!」
「あ、うん、ありがとう?」
少女に「着信拒否しないであげてください!」と庇われるのも、それはそれで辛い……と思いつつも、鼻息荒くふんすっとやる気を出している陽晴には何も言えない。
ごほんっと咳払いを一つ。
「とにかく、まずは陽晴ちゃんの事情を知るところからだ」
「しかし……どのように?」
「もう少しで、俺の分身体がホテル近くのゴミ箱に隠した男を運んでくるから、そいつから聞き出す」
「あ……わ、わたくし、あの方のこと忘れておりました……」
恥ずかしそうに着物の袖で顔を隠す陽晴。誤魔化すように尋ねる。
「あの方、もうお目覚めなのでは? やはり口を噤んでおられるのでしょうか?」
「いや、それがまだ目覚めてないんだ」
「それは……」
明らかに異常だ。あるいは、打ち所が悪くて危険な状態なのでは? と、自分を襲撃してきた者の一人だというのに心配そうな表情になる陽晴。
浩介は首を振った。
「たぶんだけど、俺と同じで遠隔で何か攻撃を受けているんだと思う」
「まさか……口封じ、ということでございますか?」
浩介曰く、何をしても目覚めないのだという。それどころか、顔色も刻一刻と悪くなり衰弱していっているように見えたのだとか。
なので、警察署にいる間に、隙を見て三体目の分身体に回復効果のあるアーティファクトを持ち出させて男に施したところ、どうにか小康状態を保っているという。
「遠藤様は、もう苦しくはございませんか? 警察署を出る少し前から苦しまれることがないようにお見受けしますが……」
そう言って、陽晴は心配そうに浩介の胸元をさすった。身を乗り出し、半ば浩介にもたれかかるようにして心音も聞こうとする。
浩介が苦しそうな時、胸元を押さえていたのを見ていたのだ。もう何度も大丈夫だと言っているのだが、眉は八の字に垂れ下がり、本当に案じているのが分かる。
そんな陽晴を安心させるように、頭をぽんぽんと撫でてやりながら、浩介は殊更に明るい口調で言う。
「大丈夫大丈夫。たぶん効かないから諦めたんじゃないかな。まったく痛む様子はないよ」
「それなら良いのですが……」
「とにかく、俺には効かないから……というか、どうも効果はあるけど弾けるようだからさ、捕まえた男も本体である俺の傍なら……」
「目を覚ますかもしれない、というわけなのですね?」
陽晴は納得したように頷いた。
「流石は遠藤様です。人の放つ害意などものともしない!」
「俺が人外だから? いい加減にしないと、そのほっぺ摘まみ上げるからね?」
ジト目になる浩介だが、陽晴はなぜか嬉しそう。
と、その時、不意に浩介のスマホが着信音を鳴らした。
「南雲め。ようやく連絡を取る気になったか」
苦笑いしつつ、画面も見ずに繋ぐ。すると、
『こうすけ! 無事なの!?』
「うぇ!? エミリー!?」
キンッとする声で鼓膜をぶっ叩いたのはエミリーだった。どうやら、南雲達の誰かからようやく連絡がいったようだ。心配して慌ててかけてきたらしい。
『ごめんね! 私、聖域で研究に没頭しちゃって……こうすけの分身が消えたことにも気が付かないでっ』
「だ、大丈夫! 俺は大丈夫だから!」
ぐすっと涙声が響いてくる。よほど心配し、かつ、想い人の異変に直ぐに気が付けなかったことを悔いているらしい。
『本当? 本当に大丈夫? 怪我とかしてない?』
「ああ、大丈夫だよ、本当に。いつも通りだ。ちょっとばかし一筋縄ではいかなそうな事件に遭遇しただけだよ。ヒーローの宿命ってやつだろ? 保安局の連中に言わせればさ」
『……ふふ。そうかもね』
浩介の軽口に、ようやく無事を実感したのだろう。エミリーの声音にも落ち着きと明るさが戻る。
『あのね。こっちでもいろいろあって、それで――』
エミリーの方でも何やらあったようだ。電話越しに随分と騒がしい様子が伝わってくる。
だが、その詳細をエミリーが口にする前に、
「遠藤さん。今、南雲さん達と――」
服部が入ってきた。そして、浩介と陽晴を見てスゥッと真顔になった。
「遠藤さん。私がいない間にいったい何をしておいでで?」
「は? 何をって……」
わけが分からないまま、服部の視線を辿る。
胸元にピトッと寄り添う陽晴がいた。そして、浩介の手はそんな陽晴を抱き締めるように回されている。
電話の邪魔をしてはならないと、陽晴が良い子の見本のようにずっと静かにしていたせいか、先程の状態のまま放置してしまっていたらしい。
なるほど、こいつぁやばい。
何がヤバイって、
「あ、あの服部様、誤解です! わたくしはただ、遠藤様が心配で寄り添ってしまっただけで!」
『!?』
「はしたない真似をしてしまったのは、わたくしの方なのです!」
『ッ! ッ!?』
「陽晴ちゃん! それ以上は――」
「遠藤様はただ、わたくしに優しくしてくださっただけなのです!」
『――』
ほら、こういう展開になるから。
電話の向こうから来ちゃうから。恐ろしい気配が。ぬるりっと。
『こうすけ』
「エ、エミリー! 誤解だ! 話を聞いてくれ――」
『マッテテネ? スグニ、アイニイクカラ』
プツッと切れる電話。ツーツーツーと無情にも響く音。
服部が「あちゃぁ」と苦笑いを浮かべ、陽晴が自分のせいでまた誤解させてしまったかとあわあわおろおろしている中、浩介は震える手でスマホをしまった。
そして。
「ぐわぁああああああっ!!」
「遠藤様!?」
頭を抱えてのたうち回ったのだった。
果たして、また遠隔攻撃を受けたからなのか。それとも、別の理由から叫ばずにはいられなかったのか。
いずれにしろ、陽晴に必死に介抱される姿を、服部がこっそりと撮影していたことにも気が付けない程度にはいっぱいいっぱいらしかった。
いつもお読みいただきありがとうございます。
感想・意見・誤字脱字報告もありがとうございます。
すみません、陽晴の事情までいけませんでした。書こうとして気が付いたらエミリーちゃんが出ておりキリがよくなってしまったので(汗
※ネタ紹介
・ぐわぁああああああっ
⇒イメージはニンジャスレイ○ーの悲鳴。アニメには妙にはまりました。
※服部さん
⇒296話「メイドでございます」にて初出。
※認識されやすい浩介
⇒書籍8巻より。メルドの死に落ち込んだ浩介は存在感が増したという話です。