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ありふれた職業で世界最強  作者: 厨二好き/白米良
ありふれたアフターストーリーⅣ
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トータス旅行記㉗ 皇族はもうダメかもしれない




『大丈夫です。さぁ、心を楽にしてください』


 とても、本当にとても優しい声音だった。


 慈愛すら感じる言葉。優しい雰囲気に天使の如き微笑。


『何も心配することはありません』


 強烈な恐怖と怒り、砕かれてなお(くすぶ)るプライド。負の感情に囚われていた者達が、次第に恍惚の表情となっていく。


『信じてください』


 美しい銀の羽が舞う。後光が差している。世界は光に溢れ、自分達は今、神の慈しみを受けている……


『そう、信じるのです』


 ああ、どうして、祖国の在り様が変わることに、あれほど嫌悪してしまったのだろう。


 どうして、その原因たる男に、あんなにも邪な感情を抱いてしまったのだろう。


 自分達が恥ずかしい。


 変化を恐れることなどないのだ。


 だって、ほら。こんなにも身近に神を感じるのだから。


 だから、だから!


『ハジメくんを! 信じるのです!』

『『『『おおっ、我等が使徒様! 我等が信ずべき南雲ハジメ様!』』』』


 香織様の言う通り! 南雲ハジメ様を信じるのだ!


『ハジメくんのすることに間違いはありません! ハジメくんが黒といえば全てが黒く染まるのです! 共に染められましょう! それこそ素晴らしき世界!』

『『『『ハジメ様に染められる!! 素晴らしき世界!!』』』』

『ハジメくんを信じましょう! 信じる者は救われる!』

『『『『ハジメ様を信じれば救われる!!』』』』

『むしろ、信じることは義務なんです! いいですか? 義務ですよ!』

『『『『はい! 我々は完璧にハジメ様を信じています!』』』』

『ハジメくん、万歳!』

『『『『ハジメ様、万歳!! 万歳!! 万歳!!』』』』

『ハジメくん好き!』

『『『『ハジメ様、好き!! 好き!! 好き!!』』』』


 唐突に、オロロロロロ~~~ッという嘔吐の音が響いた。


 それで、ようやく目の前の異常な光景に奪われていた意識を取り戻し、その場の者達が視線を転じる。


 そこには当のハジメ君が四つん這い状態で虹色のキラキラを吐き出している姿があった。


 虹色は、たぶん、咄嗟にユエがかけた幻術のエフェクトだろう。傍らに膝をついて、ハジメの背をサスサスと労わっている。


 無理もない。


 だって、好き好きと復唱しているのは、みんな脂ぎったおっさんなのだから。


 シアが過去映像の中の見た目だけは神々しい元凶をそっと指さし、思考をストップしてそうな透き通った微笑を浮かべて言う。


「見てくださいよ、皆さん。恐いでしょう? あれ、香織さんなんですよ?」

「あんなヤバい新興宗教の教祖が私の娘であるはずがないっ!!」

「お父さん!?」


 バッと目を逸らして叫ぶ智一パパ。


 帝城の皇帝演説用のテラスにて、奴隷解放宣言がなされた当時の過去映像を見た後のことだ。


 香織が〝使徒モード〟で神々しい登場を果たし、銀の羽を天上の祝福の如く舞わせる様は、まさに神話の一ページ。(※結界を張ったうえでの上映会なので帝都民には見えていません)


 智一が狂喜乱舞したのは言うまでもなく、薫子も顔を真っ赤にして娘の晴れ舞台(?)に歓声をあげた。


 愛娘が帝都中の人々から畏敬と憧れの目を向けられているのである。しかも、やはり恥ずかしいようで凛々しい雰囲気ながら羞恥で頬を染めているのだ。


 もう、誇らしいやら可愛いやら。当然の反応である。


 たとえ、都合の良いことも悪いこともだいたい神意の捏造で対応し、集団心理を利用した過剰なまでの演出で煽動し、後の具体的な施策は皇族の命を盾にしての丸投げという悪辣極まりない裏事情のあれこれに、他の者達が揃って悪魔を見る目でハジメ監督を見ていたとしても、だ。


 聞かなかったことにした、とも言えるが。


 なのに、だ。


 過去再生は、演説が終わった後の余計な部分(香織的に)まで流してしまった。


 そう、実は当時、テラスに面した屋内にある控室の一室にて、帝国貴族の一部がハジメに対する罵詈雑言を口にしていたのである。


 興国から現在までの国の在り方や価値観をひっくり返されるのだ。既得権益を失う不安・不満は当然、祖国の未来を想えば愛国心から愚痴が吐き出されるのは当然だろう。


 実際、なんとか状況を変えられないか。奴隷解放について何か抜け道はないか。


 そんな策謀まで密かにしていたわけであるが……


 運悪く、香織さん、気が付いちゃったのだ。


 オコである。それはもうプンスカッと。


 で、その結果、心優しい香織さんは暴力に訴えることなく、彼等を説き伏せにかかったわけである。


 使徒の立場を全力で利用して逃げ出すことを許さずに。


 皆さんは間違ってはいない。けれど、少し考え方を変えてみて? と肯定と思考誘導を繰り返しながら。


 最後には、ハジメの良いところを心ゆくまでたっぷりと。


 で、あの有様になったというわけだ。


「……ん。香織ったら、あの時、急にいなくなったと思ったら、こんなことをしていたなんて」

「貴族のおじさん達、途中からお目目がぐるぐるし始めたの……」

「まぁ、息継ぎしてる?って思うほどの怒涛トークだものね。使徒の美貌と、あの無駄に神々しい雰囲気も合わさっちゃうと、私のように慣れていない人には洗脳効果があっても不思議じゃないわ」

「嫌な慣れですね、雫……」


 リリアーナの同情と呆れ交じりの視線に、雫はスッと視線を逸らした。


 ティオが「というか……」と、少し表情を引き攣らせながら呟く。


「妾的に、香織が笑顔で鍵を閉めたのが普通に怖かったんじゃが……」

「あ、それ、私も思いました。後手で鍵を閉める仕草に、妙な慣れを感じたんですが……」


 愛子が身震いする。


 映像の中で、ハジメ否定派を結成しそうだった貴族のおじさん達の部屋に、スッと音もなく滑り込んだ香織。


 今後についての話し合いのため忙しそうだったとはいえ、ハジメ達の誰にも気が付かれずに離れた動きもまた、ちょっと幽霊じみていた。


 だが、何より引いたのは、使徒様が部屋に突然やってきて驚く貴族のおじさん達を前に、見惚れるようなニコニコ笑顔のまま、後手でガチャッと施錠したシーン。


 某英国紳士なスパイの「マナーが、作るんだ。人を」よりももっと恐ろしい何かを誰もが感じたのだ。


「畑山先生、香織ちゃんのあれは、たぶん母親譲りですよ」

「え?」


 何か知っているらしい霧乃お母さん。


「智一君にすり寄る他の女の子相手に、よくやってましたから。昔から」

「か、かんきん――んんっ、じゃなくて、密室でのお話をですか?」

「愛子、あんた誤魔化せてないわよ」


 昭子お母さんの的確なツッコミ。


「それだけじゃなくて、智一君の布教もね」

「布教!?」

「〝お掃除だけじゃキリがないの。だから、恋愛感情を崇拝に変えてあげれば、勝手に近づかず、でもよく働く――ごほんっ、協力してくれる兵隊――ごほんっ、お友達になってくれるのよ〟って言ってました。恐かったので、一言一句覚えてますよ」

「ほんとにコワイッ」

「大学時代なんて、ほとんど新興宗教の教祖みたいになっていて……」

「似た者母娘!!」


 愛子も的確なツッコミ。似た者母娘だ。


 それはそれとして、全員の視線が薫子(かおるこ)に向く。


 何やら「嘘だ嘘だ……僕の天使は天使だから、あんな教祖なわけがない。いつの間にか信者が外堀を埋めて――うっ、頭がっ」とトラウマを思い出しかけて(うずくま)っている智一さんを、心から心配そうに介抱している。


 だが……


 気のせいだろうか。


 同じく、「恐ろしいもんを見ちまった……」と崩れ落ちているハジメの介抱に参加しつつ、ユエとバチバチし合っている娘へチラッと送った視線は――


 流石、私の娘! 素晴らしいわ!


 と、称賛しているような……


「ふむ。慕情を崇拝に……ハウリアの女共にも使えるか? もとよりボスのことは崇拝しているが……いや、別の感情に変えるという点では有効か……」

「こらっ、ネアちゃん! そんな恐い発想しちゃいけません!」

「ハッ!? 申し訳ありません、お義母様! ネアったら悪い子ですね! 猛省しまっす!」

「絵に描いたようなニパーッ笑顔……ネアちゃん、実は二重人格だったりしないかい?」

「お義父様がお望みなら、三重でも四重でも頑張ります!」

「頑張らなくていいよ! 何かと頑張る方向がおかしいからね!?」


 ネアの不穏かつ素直な美少女っぷりのギャップも恐ろしいが、取り敢えず菫と愁に任せて、ハジメはトレイシー皇女に水を向けた。


「トレイシー! あのおっさん達は今、どうしてる!?」

「ご安心を。帝都にはいませんわ。自分の領地に帰らせていますから」


 トレイシー曰く、元より、彼等は奴隷商とも太いパイプを持ち、帝国人からしても相当悪辣な扱いをしていた生粋の差別主義者らしい。


 なので、皇帝の敗北宣言後の処理において、彼等の暗躍は想定済み。


 最初から、場合によっては排除する気だったようだ。皇族の命がかかっていたのだから、そこら辺に容赦の余地はなかったという。


「ですが、後の会議でさりげなく内心を確認したところ、気持ち悪いくらい協力的でしたので……」

「なるほど。それで領地に帰す程度で済ませたのか」

「監視付きで、ですわ。普段の彼等からすれば異様でしたもの。ですが、納得しましたわ。香織様によって処理済みでしたのね」

「処理とか言わないでください! 私はただお話しただけだから!」

「香織、そういうのはなOHANASHIと言うんだぞ?」


 ハジメのげんなりした視線に、香織はふっと視線を逸らした。


 その先で、「大丈夫、大丈夫よ、あなた。何も心配いらないの」と囁きかける母と、「シンパイイラナイ、モウナニモコワクナイ」と呟いている父を見た。


 もう、どこに目を向ければいいのか分からない! 取り敢えず、ミュウちゃん! お姉ちゃんにスマイルをください!


 ミュウ、メッ! 見ちゃいけません!


 ママ!? 


 レミアさん!?


 そんなやり取りを横目に、 ハジメのオロロ~を絨毯には影響を与えずに燃やして処理するという無駄に高度な正妻技を披露しつつ、ユエがやれやれと肩を竦める。


「……まったく。これだから真正のヤンデレは。勝手に布教とか派閥を作ろうだとか、とんだ危険人物」

「ユエさん、〝ハジメ賛歌〟とか〝ハジメポエム〟とか〝ハジメ事典(wiki)〟なんてものを実用・保存用・布教用で作ってませんでした?」

「……シアが何を言ってるのか、ちょっと分からない」


 ハジメを称えよ! 全てはハジメのために! という点において、ユエ様と香織さんの思想・信条は完全に一致している。


 この辺りが喧嘩するほど仲が良い証拠なのだが、本人達に自覚はない。


「それで、我がある――魔王様。この後はどういたしますの? 帝都へ?」


 カオスになりつつある場を、パンッパンッと柏手を打ってトレイシーが変えてくれる。


 ストレスという名の戦闘欲が発散された賢者モードの皇女様は、普通にできる女だった。玉座の間の狂態が嘘のようである。


「そうだなぁ。ちょっとハウリアが皇族を捕らえたシーンとか、個人的には見てみたい気もするんだが……」

「わたくし的には情けないところをお見せしたくはないのですけど」


 苦い表情のトレイシーに、シアがハジメの肩から顔をひょこっと出して尋ねる。


「ちなみに、皇女さんはどうやって捕まったんです?」

「まぁ、シア・ハウリア。わたくしと貴女の仲ではありませんの。どうぞ気軽に〝愛しのハニー〟とお呼びになって?」

「気軽さが微塵もねぇです」


 いいから説明しろや皇女、と言われ、トレイシーがちょっぴり寂しそうにしつつも説明するところによると……


 どうやら、リリアーナがバイアス元皇太子のものになるのが(しゃく)で、自室で不貞寝していたところ、部屋の中に強力な催眠作用のあるガスを注入されたらしい。


「わたくし達、皇族には家族の情なんてものは、ほぼないと言えますの。弱肉強食ですわ」

「殺伐だな……」

「ええ。ですから、決闘でこそ玉座の主を決めるべしというのは不変であっても、油断はできませんわ。権力闘争は普段から存在するのです」

「つまり、なんです?」

「自室ともなれば、物理的にも魔法的にも堅牢そのものである、ということですわ」


 と、そこで言葉を切って、ハジメにニッコリ笑顔を向けたトレイシー。


「まさか、壁にガス注入用の穴が空いてるなんて思いもしませんでしたわ。希代の錬成師でもない限り不可能なはずなのですけど、ね?」

「なんてこった……ハウリアめ、恐ろしい連中だ」

「ハジメさん……」


 一瞬の躊躇いもない鮮やかな責任転嫁だった。シアのジト目が強烈だ。


「まぁ、それでも懐剣で腕を刺して、どうにか意識を保ったのですけど……」

「……あのガスを吸って起きていられるとか、貴女、本当に人間?」


 旦那とハウリア達の悪だくみを微笑ましく見ていたユエからツッコミが入る。断言するが、睡眠ガスの効力は本物だ。誤爆(テガスベッター)という名の実験により、チート級の耐性を持つ某勇者ですら一瞬でスヤァ~したのである。


「称賛は受け取れませんわね。意識を保つので精一杯で、その後は踏み込んできたハウリア達とまともに戦えませんでしたもの」

「いえ、ちょっとは戦った時点で普通じゃないわよ」


 今度は雫のツッコミ。どうやら、話している間に他の者達も落ち着きを取り戻し、こちらの会話を聞く態勢に入っていたらしい。


 肩を竦め、トレイシーは「ご案内しますわ。誓約の首飾りを外して発狂死したトレックお兄様が、当時、拘束されたサロンへ」と、どこかに先導していく。


「戦いなどとは言えませんわよ。ハウリアったら、部屋に踏み込んでおきながら、私が起きていると知るや否や決して近づかず、吹き矢で攻撃してきましたのよ? それも麻痺薬をたっぷり塗ったやつを」


 わたくし、ハリネズミになった気分でしたわ、と何故か楽しそうに語るトレイシー。まるで、お友達との素敵な思い出を語るかのような口ぶりだ。


 ハウリアもハウリアで戦慄したに違いない。体中に三十本近い麻痺矢を刺されまくって、なお、フーッフーッと息荒く戦意を滾らせた皇女を見て。


「ハッ。そう言えば、エコーチームが言ってました。仁王立ちで気絶した皇女がいて、マジビビったって」

「弁慶かよ」


 ネアちゃんの「お前だったんかい!」みたいな眼差しには、他の者達も同じ心境だと激しく共感した。


「あの徹底して合理的かつ冷徹な戦闘……ふふ、今思い出してもうっとりしてしまいますわ。近づいてさえくれば一人くらい刺し違えられましたのに。もぅ、ハウリアったら揃いも揃って素敵なんですから!」

「ユエ! ティオ!」

「……ん!」

「承知じゃ!」


 二人から精神鎮静の魂魄魔法が飛ぶ。危うく賢者モードが解除されそうになっていたトレイシーの荒ぶる魂が鎮められた。


 そうこうしているうちに、どうやらトレイシーは目的の場所に辿り着いたようだ。


 ちょっと皇族がお茶会なんかに使うサロンらしい。


 そうして、その扉を開けようとして……不意に声が聞こえてきた。


「早く、早く避難しなくっちゃ。魔王様一行が来ているなんて……突然すぎますっ」

「殿下、お急ぎを! 彼等は今は正面テラスにいるはずですから、今のうちに帝都を脱出しましょう! 辺境伯のところまで逃げられれば、きっと大丈夫です!」

「うぅ、どうしてこんなことにっ。ハウリアは堂々と城内をうろつくし、トレイシーお姉様も変わり果ててしまうし……」

「泣き言を言っている場合ではありません! 立食パーティーに参加させられてもよいのですか!」

「そんなことになったら死んでしまいますっ、お母様!」

「私もですわ! だから、今は逃げることに専念するのです!」

「はい!」


 廊下の曲がり角の奥から聞こえてくる声は、幼い女の子ものと、その母親と思しきもの。それに、侍女らしき女性の声。


 まるで、現在進行形で帝城に襲撃を受け、必死の脱出を図っているかのような緊迫感が伝わってくる。


 ハジメ達は顔を見合わせた。


「あら、アリエルとアマンドラ様が来られるみたいですわね」


 と、トレイシーが口にした途端、それが聞こえたのだろうか。パタパタパタッと足音が早くなった。


 そうして、


「トレイシーお姉様! わたくし――」


 角から飛び出してきたのは、銀髪碧眼の、それはもう可愛らしい七、八歳くらいの女の子。フリルたっぷりのドレスに、くりくりの大きな瞳。まさに絵に描いたような〝お姫様〟だ。


 その小さなお姫様は、どうやらトレイシーの声が聞こえてダッシュしたらしい。少し息を荒げながらも、どこか希望に縋るような様子でトレイシーを見て……


 気が付く。


 小さなウサミミと、大きなウサミミに。


 目が合う。ハウリア二体と。ただでさえ大きな瞳が、これでもかと見開かれた。


 まるで、決して見てはならない絶望を見てしまったかのような、あるいは、この世の全ての悪と対峙してしまったかのような、そんな様子。


 一拍。


 シアとネアが、こてんっと首を傾げる――


「イ、イヤァアアアアアアアアアアアアアッ!!?」


 帝城に、絶叫が迸った。むしろ、ハジメ達の方がビックゥッと震えてしまうほどの、凄まじい悲鳴。


 かと思えば、小さなお姫様の愛らしい瞳が、ぐりんっと裏返る。完全に白目である。


 そして、そのまま真後ろに倒れ込んだ。


「いや、こっちが怖いんですけど!?」


 シアの言葉に同意する暇もない。


「アリエル! いったいどうし――ィイイイイヤァアアアアアアアアアーーッ!?」


 これまた美しい、一目見て高貴と分かるご婦人が、この世のものとは思えない悲鳴を上げて白目を剥いた。で、倒れた。


「お待ちください! 前に出られるのは危険――ァアアアアアアアアアッ!?」


 追いかけてきた侍女さんもまた、白目を剥いてパタリ。


 しんっとした空気が漂った。


 親達はもちろん、あんまりな事態にハジメ達まで硬直してしまっている。ミュウに至っては完全に怯えていた。


 だって、ものすごいんだもの。形相が。


 その凄まじさを例えるなら、そう、あれだ。


 某呪いのビデオを見て、テレビから這い出す例のあの人を目撃してしまった被害者達の、発見された時の顔だ。


 美幼女と美女の顔が、恐怖と苦悶に歪みまくっているのである。なまじ元がいいだけに凄絶だ。


「末の妹のアリエルと、そのお母君、それと専属侍女ですわね。先程、〝家族の情は()()ない〟と言いましたが、その数少ない例外ですわ。わたくしを慕ってくれていますのよ」


 至極冷静なトレイシーの声が、今はとてもありがたかった。


 先程のシアの言葉通り、「むしろ、こっちが怖ぇよ。突然やってきたホラーだよ」と言いたい状態だから。


「ちなみに、彼女達はパーティーに出席していましたわ。知り合いや兄の首がぽんぽんっと飛ぶ光景を見たせいかしら? あれ以来、母娘そろって自室から全く出なくなってしまっていたのですけれど……騒がしい人達ですわね?」


 いや、そういう問題じゃない。そらトラウマにもなるわ。と、納得してしまうハジメ達。


 自然と、その視線はトラウマのトリガーに向く。


 そう、シアとネアのウサミミに。


 親達からの視線が、痛い……


 なので、


「見てくださいよ、皆さん。恐いものでしょう? あれ、身内が元凶なんですよ?」


 と、少し茶目っ気を入れてネタに走ってみるシア。


 だが、肩を竦める仕草も微笑交じりのすまし顔も、直ぐに引き攣り顔に変わった。


「おい! さっきからなんだ! 騒がしいぞ!」

「ちょっとお兄様! 悲鳴が聞こえませんでしたの!? 危険ですから開けないでくださいまし!」 


 サロンの扉が開き、二十歳前くらいの銀髪イケメン青年と、その後ろから十代前半くらいの金髪碧眼の美少女が姿を見せ、シアと目が合う。ツ~っと視線が上に上がり、ウサミミを目視。途端に、


「いやぁあああああああああ!?

「ギャァアアアアアアアアアッ!?」


 と悲鳴を上げて白目&気絶。なお、女の子みたいな悲鳴が青年で、おっさんみたいな悲鳴が美少女である。


「弟のハンドラーと、妹のマイアラですわ」


 バイアスとトレック亡き今、最年長の皇子であり、トレイシーを蹴落として、かつての強き帝国を取り戻さんとする野心家の弟と、甘い汁を吸うことに腐心するのが常の狡賢い妹らしい。


 なんて説明を受けている間にも、


「アリエル様! アマンドラ様! 馬車の用意がァアアアアアアアアア!?」

「ハンドラー様!? いったい何があったので――ヒィイイイイイイイッ!?」

「あ、あ、あ、ハウリアァアアアアアアアアア!?」


 騒ぎを聞きつけて、次々にやってきては悲鳴を上げて白目を剥いていく侍女さんや使用人や兵士達。


 廊下が、刻一刻と増えていく発狂者達で埋められていく……


 どうやら、まともに機能できる使用人はトレイシーの専属チームだけらしい。きっと他の皇族の専属達は、普段からハウリアの大使達との接触を避けるために必死に違いない。まるで、宇宙船の中に入り込んだエイリアンから逃げるクルーの如く。


 ドミノ倒しのように悲鳴と恐怖が伝播していく帝城内は、当然ながら大騒ぎだ。


 もはや、皇族に対する捕縛シーンの上映会など不要。白目を剥く皇子達という結果だけを以て、既にお腹いっぱいである。


「帝城に残った爪痕は、想像以上に深かったようだな……」

「恐縮ですっ」

「ネアちゃん、たぶん褒められてないの」


 なんて会話をしつつ、ハジメ達はそそくさと現場を去ったのだった。


いつもお読みいただきありがとうございます。

感想・意見・誤字脱字報告もありがとうございます。


※ネタ

・信じることは義務なんです!

⇒某幸福な委員会のフレーズより。久々に曲を聞いたら耳から離れない……

 本作ではハジメ君信頼安心委員会という感じです。

・マナーが人を作る

⇒キングスマンより



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― 新着の感想 ―
……もしかして召喚前からチート持ち、思ってたより多かったんではないか?
ハウリアの残した巨大な爪痕、大きすぎる!
[一言] 『一秒でも生き延びれば、そのとき、最愛のあの人が全てを終わらせてくれているかもしれない。 いや、きっと終わらせてくれる。そう、信じている。』 神話大戦で香織の狂信が数万の人々を救ってるからな…
感想一覧
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