トータス旅行記㉔ この気持ち、まさしく愛ですわ!by皇女
突如、玉座の間に乱入してきた、いろんな意味で異様な人物。
それにより時間の止まったような空気の中、南雲家の面々が思わず声を張り上げた。
「金髪縦ロールのお嬢様、だと!?」
「高笑いしたわ! おまけに語尾が〝ですわ〟だったわ!」
「吊り目のゴージャス系! ドレス姿でデスサイズ持ちとか!」
上から順に、愁、菫、ハジメである。三人は最後に声を揃えて叫んだ。
「「「なんて素晴らしき属性持ち!!」」」
そういうところだぞ、南雲家――みたいな視線が他家の方々から注がれる。
一方で、南雲家の一員であるはずなのにハモれなかったッと、ミュウがどこか悔しそう。レミアママの視線は娘の未来を想って心配そう。
そして、ガハルドや帝国貴族の皆さんは頭が痛そう。ああ、来ちゃったか……みたいな顔だ。
「お褒めにあずかり光栄ですわッ!!」
「動揺しない、だと!?」
智一が動揺していた。別に、彼女がむんっと胸を張った瞬間、ティオにも負けない豊満な胸がばるんっと揺れたからではない。それで動揺していたら奥さんにカンキン――ではなく、OSHIKARIを受けてしまう。そんなヘマはしない。
南雲家の奇行には未だに慣れない身である。なのに、初見で堂々と正面から受け止めた謎のご令嬢に、戦慄すると共になんだか無駄に敗北感を覚えてしまう。
「さぁっ、シア・ハウリア! 楽しい楽しい闘争の時間ですわ! いざ、尋常に!」
未だに白目を剝いてでろ~んとしているユエを膝枕しつつ目を丸くしているシアに、漆黒の大鎌をビシッと突きつけるゴージャス系金髪ドリル美女。
どうやら、この正体不明のご令嬢は、魔王とかその家族とか皇帝陛下の御前とか、そういう目の前の状況をさらっと無視する気らしい。
というか、眼中にない様子。見ているのは、シアただ一人。だんだん目が血走ってきていらっしゃる。美人なだけに凄まじい迫力だ。
ハジメ達の視線が「え、知り合い? このちょっと危ない感じの令嬢と」と疑問を乗せてシアに注がれるが、シアにも見覚えはないらしい。ウサミミと一緒にぶんぶんっと頭を振る。
と、そこで、彼女の正体を知る者――リリアーナが困惑の表情を浮かべながら前に出た。
「あ、あの、トレイシー皇女殿下。いきなり何を――」
そう、この危険人物こそヘルシャー帝国の第一皇女トレイシー・D・ヘルシャーだった。
菫達がギョッとしている。ハジメ達は、一度ちらりとガハルドを見てから、むしろ納得したように頷いた。
「この親にしてこの子あり、だな。まさしく」
「どういう意味だ、こら」
そのままの意味に決まってるだろ、という言外の声にガハルドはふんっと不機嫌そうに鼻を鳴らした。
その皇女殿下は、声をかけてきたリリアーナをチラッと一瞥すると、
「貴女に用はなくってよ。引っ込んでいなさい。腹黒姫!」
「誰が腹黒ですか!」
「いつも、へらへらへらへらと笑って、腹の中では利益奪取の算段ばかり立てている貴女のことでしてよ。以前から言ってますでしょう? わたくし、貴女が嫌いなのですわ!」
「ト、トレイシー様も相変わらずストレートですね……」
「お兄様と結ばれて皇太子妃になったなら、率先して根性を叩き直してやろうと思っていたのですけれど、それもなくなったのなら貴女に興味などないですわ! それより、今はシア・ハウリアでしてよ!」
トレイシーのストレートな物言いに、幼少期から式典やパーティーなどで面識のあるリリアーナは、相変わらずだと馴れた様子で苦笑いを浮かべる。
一方で、シアは「お兄様」という言葉を聞いて、なんとなくトレイシーが挑んでくる理由を察した。
リリアーナが皇太子妃となる相手なら、間違いなく首チョンパされたかつての皇太子――バイアス・D・ヘルシャーのことであり、ならば、ハウリアに恨みを持つのは自然なこと。なので、とても面倒そうな表情になってしまう。
「決闘でしたっけ?」
「死合いですわ! 血湧き肉躍る、本気の闘争ですわ!」
「どっちでもいいですけど……見ての通り、今は立て込んでるんですよ」
もう少しで復活しそうとはいえユエはまだ膝枕状態だし、何より今は家族旅行中なのだ。そんな血生臭いことに関わる理由もなければ、義務も義理もない。
たとえ、それが皇女のままならぬ復讐心にもとづくものであっても。
なので、シアは冷めた目をトレイシーに向けて、その要求を切り捨てた。
「受ける理由もないので、お断りします」
「承知しましたわ! では、いざ開戦!!」
「話、聞いてましたぁ!?」
ズダンッと、ピンヒールを履いているとは思えない鋭い踏み込みを見せ、なぜか復讐心というより嬉々とした雰囲気を撒き散らしながら突進してくるトレイシーさん。
刹那、彼女の持つ大鎌から凄まじい勢いでドス黒いオーラが迸り、咄嗟に、ハジメ、香織、雫、ティオの四人は親達(八重樫家の面々を除く)とミュウ達を退避させた。
想像以上に鋭い大鎌の横薙ぎが風を切り裂く音を立てながらシアに襲いかかる。
とはいえ、相手はシアである。バグだのチートだのとハジメ達ですら戦慄しちゃう武神ウサギである。皇女とは思えない凄絶な一撃であっても避けるくらい容易く、シアはユエを横抱きにしてサッとバックステップ。
と、その瞬間、
「斬首の時間ですわぁっ――エグゼスぅううう!!」
「わわわ!?」
大鎌から噴き出していたオーラが、突如、孤月を描いてシアを追撃した。
思わず不意を突かれるシア。
瘴気みたいなオーラを放っている時点で大鎌がアーティファクトであることは分かっていた。しかし、その威力がおかしい。飛び出た漆黒の斬撃は、まるで〝勇者が放つ天翔閃〟だ。
トレイシーがトータスの人間である以上、勇者のスペックとは比べるべくもないはずであり、であるならその威力の源は大鎌にほかならない。
ハジメのアーティファクトではない。まして、使い手はトータスの人間。ならば、想定を上回る威力など出るはずがない――その先入観がシアの不意を突いた。
もっとも、だからといって直撃を許すほどシアは甘くない。
ぴょんっと側宙するようにして斬撃を回避。背後でガハルドの、
「こっちに撃つんじゃねぇ! 後ろの幕に当ったらあの絵が……うぉおおおっ」
という必死に迎撃する声や、貴族の皆さんの、
「伏せろぉ!」
「真っ二つはいやぁっ」
「あの絵を見るのはもっといやぁっ」
「やっと垂れ幕で隠しても脅しに来なくなったのにぃ!」
「陛下! ファイトォ!」
という悲鳴(?)が木霊するが、帝国の人達なのでスルー。
「読んでましたわ!」
着地直後のシアの懐へ、まさに先読みしたような絶妙なタイミングでトレイシーが踏み込んできた。薙ぎ払った大鎌はそのままに、漆黒のオーラを拳に集束して突き出してくる。床に亀裂が入るほどの踏み込みに加え、素晴らしく腰の入った一撃。
その瞬間だった。
「……んん、もぅ! なんなの! もっと優しくして――」
「あっ、ユエさんダメですぅ」
これまた絶妙なタイミングで復活したユエ様がぐずりだした。飛び出そうとしたのか重力魔法まで発動する。しかも、シアが移動しようとした方向とは正反対に。
仕方ないと言えば仕方ない。腹パン(リバーブロー+バースト乙女力)を食らったかと思えば、何やらめちゃくちゃ騒がしいし、体感的にぴょんぴょんぐるぐると揺さぶれるし、最悪の寝起きだったのだから。
だが、そのせいでシアはバランスを崩し、トレイシーの拳が迫り、たとえ防御するにしても、よりにもよって帝国の皇女に一撃をもらうなんて、なんだかハウリアとしての矜持が許さなくて――
「そぉい!」
「んん!?」
咄嗟に、身近なものを盾にした。
しちゃったのである。
そう、飛び出そうとしたユエの首根っこを掴んで、引き寄せる形で。その結果は当然。
「へぶぅ!?」
ユエ様、本日二度目の腹パンを食らう。
トレイシーが「あっ」と動きを止め、ハジメ達からも「あっ」とやっちまった感の漂う声が漏れ出す。
「……きょ、今日は、やく、び? ガクッ」
ユエ様、本日二度目の気絶。白目を添えて。
しんっとした空気が漂った。シアに首根っこを掴まれてネコみたいに宙づりになっているユエが、ぷら~んぷら~んと虚しく揺れている。
一拍。
二拍。
シアは、そっとユエを横抱きに抱え直すと、ドン引きしている周囲に視線を巡らせ、天を仰ぎ、だら~んとしているユエに視線を落として――叫んだ。
「なんて酷いことをっ。これがっ、これが帝国のやり方かぁっ! ですぅ!」
「「「「責任転嫁、汚い! さすがハウリアきたない!」」」」
まるでお約束を守るように、一斉にツッコミを入れてくれる帝国貴族の皆さん。
だが、芸人のノリでツッコミを入れたわけでないのは、やっぱハウリアはやべぇわぁ~、魔王の正妻を盾にするとかマジで頭おかしいわぁ~、みたいな顔から明白だ。
「ふっ、流石ですわね、シア・ハウリア! 必要とあらば身内とて盾にする! まさに狂気のウサギさん! 惚れ惚れしますわ!」
その発言がやべぇよ、という智一達良識的な大人組の視線をものともせず、気を取り直したトレイシーは大鎌を切り払い、ニィイイイッと凄惨な笑みを浮かべた。
なんだかとっても楽しそう。そして、なんだかとっても……シアを見る目が熱っぽい。
なんとなく、シアは思った。ベクトルは違えど、某森人族の変態姫を彷彿とさせる……と。
ぞわぞわっと嫌な怖気が走って、思わず声を張り上げるシア。
「ちょっ、皇帝! あなたの娘でしょう!? 止めてください!」
「あ~、悪いが相手をしてやってくれ。決戦以降、ずっとその調子でな。そろそろ発散させなきゃやべぇなぁと思ってたんだ。ハウリアの里に単身突撃しそうで」
そんなことになったら、いったいどんな卑劣で外道な報復をしてくることか。こぇ~と頭を振るガハルド。
「ふざけんなですぅ! こっそり忍び寄って頭頂部の髪だけ強制永久脱毛させますよ!」
「そういうとこだぞ! 汚ねぇ! さすがハウリアきたねぇ! 真っ向勝負で来いってんだ! くそがっ」
「シア・ハウリア! 今はわたくしとの逢瀬を楽しんでくださいましぃ!」
もうこいつら本当にイヤ! と頭を抱えるガハルドをスルーして、紅潮した頬と、楽しくて楽しくて仕方ない! と言いたげに歪む口元を携えて再突撃するトレイシー。
シアはキッと睨みつけた。いい加減うっとうしいと、ワンパンKOするつもりで。
が、そこでまさかの待ったをかける人物が。
「シア。悪いが少し相手をしてやってくれ。五分ワンラウンド。その間はKOなしな?」
「ハジメさん!?」
「魔王様ぁ、感謝ですわぁっ!」
ユエを抱っこしたまま大鎌の斬撃を回避。同時にハジメの方を見てみれば、何やら手元に視線を落としている。紙の束だ。ついでに、シアの優秀な〝超地獄ウサミミイヤー〟が、ハジメの呟きを拾う。
「……なるほど。斬り込み隊長候補か。極めて好戦的で戦闘狂。だが、脳筋ではない。個人戦でなければ必要に応じて引き際は弁え、部隊の指揮能力も高い……天職〝魔道師〟? 魔法道具の習熟に天性の才能あり? つまりアーティファクト使いってことか。ふむ……」
なんか、トレイシー皇女を見極めているっぽい。隣にいるリリアーナが「あっ、それヘリーナに渡されていた資料!」と声を漏らしている。
「ハジメさん!? ハジメさぁ~~ん! 私、皇女の相手とか嫌なんですけど――」
「引き受けてくれたら、後でユエのご機嫌取りに協力してやる」
「!? しゃあねぇですね! おらぁっ、かかってこいやぁっ、皇女ぉ! ですぅ!」
「アハッ! そうこなくてはぁっ。たっぷり相手をしてくださいましぃ、シア・ハウリアぁ! ですわぁ!」
どういうことか説明を! と訴えたいシアだったが、ハジメの言葉で即座に掌返し。
だって、目を覚ました後のユエが恐いのだもの、是非もないよね!
というわけで、
「ティオさんっ、パ~ス!」
「おおう!? 扱いが雑じゃな!」
ユエをポ~イ! するシア。確かに雑である。が、ティオを選んだのは胸部のクッション性を考慮してのこと。一応、配慮はしているのだ。
そんなこんなで本格的に始まった玉座の間での〝帝国第一皇女VSハウリア最強〟。まるで、かつての〝皇帝VSハウリア最精鋭部隊〟の焼き直しのようである。
「シアちゃんなら大丈夫だと思うけれど……あの皇女様、ちょっと危ない感じじゃない?」
「だよなぁ。おい、ハジメ。お前、ちょくちょく面接の審査みたいなことしてるが本当に何を企んでるんだ?」
「そうですそうです! お義父様! もっと言ってやってください! ヘリーナといったいどんな策謀を巡らせているのかって!」
菫と愁が心配そうにハジメを見る。シアが怪我をするとは思わないが、相手はちょっと常軌を逸した執着を見せている皇女様だ。
皇帝陛下の御前であるし、国際問題しかり、これから観光しようというのに好ましくない事態にならないかと思っているのだろう。
一番の臣下と旦那様の暗躍を知りたいだけのリリアーナはスルーしつつ、智一と薫子もチラチラとガハルドや帝国貴族達を気にしながら疑問を口にする。
「お、おい、ハジメ君。陛下は許可されたが……本当に大丈夫なのかい? なんか、もう私の目では追えないレベルのファンタジーな戦いになっているんだが。激しすぎない? もう、これ殺し合いじゃない?」
「ああ……立派な装飾品がどんどん壊れて……あっ、柱が吹き飛んだわ! 綺麗な彫刻がほどこされていたのに……これ、後で弁償とか言われないかしら?」
「大丈夫です、問題ありません」
オタクじゃなくたって、そこはかとなく不安を抱かずにはいられない言葉に、智一と薫子が目に見えて動揺する。
視線の先では、ズガガガガッとか、ドゴンッスバンッという破壊的な音が間断なく響き、その度に美しき玉座の間が紛争地帯へと早変わりしていく。
「おーーーほっほっほっほっ! 楽しいぃ! 楽しいですわぁっ!! 流石はシア・ハウリア! わたくしの攻撃が掠りもしない! 濡れてしまいますわぁっ」
「こ、このド変態! というか首ばっかり狙いすぎでしょう! そんなんじゃあ千年かけたって当たりませんよ!」
「何を言いますの! 首刈りこそ闘争の美学! まして相手はハウリア最強! ならば、首を刈らずして勝利とは言えませんわ! 常識的に考えて!」
「そんな常識っ……常識……くっ、うちの家族を思うと反論し難いですぅっ」
高笑いと、うんざりしているような悪態が飛び交う。
トレイシーによりもたらされるのは、一瞬の停滞もなく描き続けられる円の軌跡。それは、手首や腕、歩法、体全体を使っての円運動が生み出す無限の斬撃だ。
超重量武器に分類されるだろうに、バトンのように高速回転させ続け、しかも的確な攻撃に転化している技量は圧巻の一言。超高速連撃と漆黒の大鎌が放つドス黒いオーラが相まって、傍目には局所的な黒い暴風にすら見える。
なるほど、と納得せざるを得ない。
その技の冴えは、まさに、奇剣の達人である皇帝の娘が放つに相応しい絶技だった。
もちろん、並みの武人なら一瞬で細切れにされそうな暴威を前に、シアはその全てを完璧に捌いている。
四方八方から襲い来る斬撃に対し、高速ステップで縦横無尽に駆け回りながら、マトリッ〇スの某エージェントの如く上体に残像を発生させつつ神回避したり、あるいは手を大鎌の腹に添えるようにして軌道を逸らしたりしているのだ。
まったくもって危なげがない。
とはいえ、
「皇女様……すごいね。シア、たぶん身体強化使ってるよね? レベルⅡくらいだと思うけど」
「KOなしっていう縛りがあるし、ハジメの意向を汲んで〝できる限り回避のみ〟って決めてるみたいだけど……それでもシアに追いすがれるだけ凄いわね」
「まぁ、皇女の方も身体強化はしておるようじゃが……それでも、シアに身体強化を使わせている時点で優秀と言わざるを得んのぅ」
香織、雫、ティオが感心の表情を見せる程度には、トレイシーも凄まじい。
そこで、玉座から降りてきたガハルドが腕を組んで鼻を鳴らした。
「あれでも、上の兄二人が逝った今、素の戦闘能力では帝国次席。つまり、俺の次に強い。おまけに、あいつの本領は多彩な魔法具を戦術に組み込むことでな。なりふり構わず、しかも使う魔法具がアーティファクト級だったなら既に俺を超えている」
それは、実質的に帝国最強ということで。
ハジメは少し目を丸くして口を開いた。
「おいおい、帝国は実力至上主義だろう? なら、もしかしなくてもあの皇女が次期皇帝か?」
「そうなるな。正式な決闘で下克上を図られたら、俺は引退だ。引退……できるのになぁ」
目の前のヒートアップする戦闘を見物しながら、なぜかガハルドは溜息を吐いた。どうにも娘に下克上される心配より、下克上してくれないことへの不満があるように見える。
ハジメは首を傾げた。
「不満そうだな?」
「俺はさっさと引退して、フェルニルに乗って世界の果てを冒険したいんだよ。皇帝はもう十分だ。神話決戦で最高の戦いができたからな」
そういうことらしい。あの神話決戦での戦いで、皇帝としての満足を得られたのだろう。あの戦い以上の偉業などないだろうから、それなら自由気ままな冒険者となり、今度はただ一人の男として死ぬまで偉業を追いかけたいようだ。
「なんで皇女は帝位を狙わないんだ?」
「女帝の地位なんかより、ご執心のものがあるからに決まってるだろ」
見りゃ分かるだろ、と顎で示すガハルド。聞くともなしにハジメとガハルドの話を聞いていた愁達も、つられるようにして戦闘に意識を向け直す。
「ああ! ああ! シア・ハウリア! 貴女はどうしてそんなにも素敵なのかしらぁ!」
「ああっもう! そのアルテナみたいな熱っぽい目を向けるんじゃねぇです!」
胸の谷間からぷるんっと取り出した宝石二つを握り潰し、途端、増大した漆黒のオーラを身に纏って更に加速するトレイシー。
ついでとばかりに遠心力でスカートをふわりと広げ、扇情的なガーターベルトと透き通るように滑らかな白い太ももを晒しながら、その太ももに巻かれていた黒い鎖を解き放つ。
その黒い鎖も魔法具かアーティファクトなのだろう。自ら不規則に宙を飛び、絡みつくようにしてシアに巻き付いて拘束する。
ふんっと一瞬で鎖を粉砕するシア。加えて、鎖を掴んで圧倒的膂力で引っ張る。
トレイシーは僅かな停滞もなく、抗わず自ら飛んだ。引き寄せる力すら加速に利用して一気に肉薄し、大鎌を振るう、振るう、振るう!
その顔に浮かんでいるのは、苛烈な攻撃に反して、だらしなく緩んだ恍惚のそれ。
「へ、変態だわ……」
「お、お母さん! しーっ」
昭子さんが口元を押さえつつ、思わず言っちゃう。愛子が不敬を心配してしーっをする。
「ティオお姉ちゃん、やったね! なの! 同類が増えるの!」
「いや、ミュウよ。そんな家族が増えるみたいに……」
「ミュウ! しーっ。ティオさんが調子づいてしまうわよ!」
「……のぅ、レミアよ。最近、辛辣な言動が多くないかの? 嬉しいといえば嬉しいのじゃが……なぁなぁ、まさかと思うが、お主、妾のこと嫌いではないよな? ないよな?」
「……あらあら、ティオさんったら。うふふ」
「なんではっきりと答えてくれんのじゃ!? やっぱり情操教育の件なのかえ!? そうなのかえ!?」
とにもかくにも、トレイシー皇女殿下が、帝位をあっさり捨てるほどシアにご執心だというのは確かなようだ。
「だが、復讐という感じでもないようだが……」
バイアスを殺され、しばらくの間だったとはいえ〝誓約の首輪〟なんてものまで付けられたのだ。その首輪で別の兄(第二皇子)も発狂死している。
故に、その復讐心で狂的にハウリアを狙っている……と最初は思っていたハジメである。シアもそれは同じだろう。
しかし、どうにもトレイシーの言動からすると違うようだ。
「あいつなぁ、ハウリアのやり口とか生き様に、すっかり魅せられちまったようなんだよ」
元々、実力至上主義の帝国人は、強さを持って結果を叩き出した者に敬意と称賛を抱く性質だ。
貴族ともなればその傾向は強いし、皇族ならばなおさら。兄弟姉妹ですら公然と死合いで命を狙うし、国を率いる一族であるが故に弱さは大罪であるとすら考える。
もっとも、彼等とて人間である。
一切合切を力の強弱のみ、勝敗のみで割り切れるわけではない。
トレイシーには、首チョンパされたバイアス元皇太子(第一皇子)以外にも、一人の兄(誓約の首輪をつけられた後、そんな馬鹿な話があるか! 俺は首飾りを外すぞぉ! と実際に外してしまい発狂死)、三人の弟と二人の妹(全員が異母兄弟)がいるが、その全員がハウリアに対しては少なからず恨み辛み、または恐怖(トラウマ級)といった負の感情を持っている。
なのだが……
なぜかトレイシーだけは、ハウリアの襲撃の手際とパーティー会場に転がる無数のチョンパ首、自分より強かったはずの次期皇帝たる兄のコロコロしている首を見て〝闘争の美学〟を見出してしまったらしい。
頭がおかしい。実に。
「で、だ。ハウリア最強であるシア・ハウリアに焦がれるようになってな」
「なら、なんで殺しにかかってるんだ?」
「頭がおかしいからじゃねぇか?」
実の父親から頭のおかしい娘認定をされてしまったトレイシーさん。
実父でも理解が難しいようだが、端的に言えば、自分もハウリアのように――ハウリア最強のシアのように強くなりたいという憧憬と、武人として挑みたいという闘争心、自分を見てほしいという畏敬の念にもとづく承認欲求、その他もろもろの迸るパトスがブレンドされてカオス化し、なんか、こんな有様になったらしい。
「元々執着心が強くてな、前はリリアーナ姫に執心していたんだが……」
「え!? ちょっと待ってください、陛下。先程も面と向かって嫌いだと言われたばかりなんですが」
「昔から口ではそう言ってたが、あいつ、姫のことめちゃくちゃ好きだぞ?」
「それなんてツンデレ!? 昔から会う度に腹黒とか笑顔が気持ち悪いとか散々言われてきましたけど!」
「いや、嘘じゃない。まだ小さい姫が、計算と笑顔を武器に大人と渡り合う姿を見てな、どうやらいたく感心したらしい。あいつは、基本的に他人には無関心なんだ。気に入った相手じゃないと、いちいち絡んだりしない」
絶対に嘘だ、と驚き以上に疑念満々の目を向けるリリアーナに、ガハルドは「だからこそだ」と続ける。
「あいつは期待していたらしい。リリアーナ姫が、バイアスとの婚約をどんな風に破談させるか、あるいは利用して力を示すのか。誰よりもバイアスではリリアーナ姫に相応しくないと考えていたのはあいつだからな」
なのに、一向にバイアスを手玉にとる気配がない。おまけに、覚悟と言えば聞こえはいいが、トレイシー的に諦観にしか見えない笑顔の仮面を見せる。
貴女は腹黒姫でしょう? 武力はなくとも、その智謀と笑顔の仮面で戦える強者でしょう? いったい何をしていますの?
「って感じで、あいつ的にどうしようもなく気に喰わなかったようだな。まぁ、つまり、好意の裏返しというわけだ」
「な、なるほど……」
勝手と言えば勝手な想いだが、ある意味、最大限に認められていたというわけで、リリアーナはなんとも複雑そうな表情になった。
「ああ、もしかしてだからか? ハウリア襲撃の時、パーティー会場にいなかったのは」
「そういうことだ。要するに拗ねていたわけだ。パーティーをさぼる程度にはな」
ハジメの疑問に、当時、会場にいた香織達が「あっ」となった。そう、トレイシーが現れた時、彼女の正体に思い至らなかったのは、あの会場にいなかったから。
第一皇女ならば、皇太子の婚約パーティーに出席しているのが普通だろう。
皇太子と王国の王女の婚約の意義は大きく、それはそのまま次期皇帝としての地位が約束されるようなもの。
それが気に喰わない一部の異母兄弟は――幼い皇子や皇女の場合は側室である母親達により――自らボイコットしたわけであるが、少なくともトレイシーが婚約パーティーに来なかった理由はそれらしい。
「なるほどな……あの皇女含めて、当時ハウリア達がどんな感じで皇族を確保していったのか、後で過去再生使って見学してみるか」
「嫌なツアーしてやがんな、この野郎」
ガハルドがこれでもかと顔をしかめる。過去再生の言葉から何をする気が察したのだろう。
帝国貴族の皆さんが、「もう二度とあんな悪夢は見たくない」「おっと、私はそろそろ次の仕事が」「私は午後から有休でした。……さっさと帝都から出なくては」なんて言いつつ、こっそり別の出口から退出しようとしている。
と、その時、ピピピッピピピッとアラーム音が鳴った。ハジメの腕時計からだ。
どうやら五分経ったらしい。
「ハジメさん! もういいですね! ぶん殴っていいですね! ワンパンマ〇してもいいですよねぇ!」
「ワンパン〇ンはやめてやれ。肉片も残らないぞ」
蜜月の時間が終わってしまうとあって、トレイシーが悲しそうな顔になる。無駄に美人なので、なんだか凄くいたたまれない。
「至極の時間は一瞬ですわね……ならば、この一撃に全てを込めますわぁっ」
トレイシーも、本気でやればシアに敵わないことは理解しているのだろう。玉砕最高! と割り切って、その悪役令嬢顔を更に凶悪に悪役っぽく歪める。
「気持ち悪い人でしたが、まぁ、その意気は良し! ですぅ! 積み上げた研鑽に免じて、武人として真っ向から叩き伏せてやりますよぉ!」
そうして、二人がある意味、いい感じに最後の瞬間を迎えようとした――その時。
「……ところがぎっちょん! 腹パンされたユエさんは怒りを忘れないのでしたぁ!」
「あ、ちょっとユエ!」
実は少し前から復活しつつも気絶したフリをしていたユエががばっと起きて、香織の制止を振り払いつつ特大の雷球をお放ちになった。
なんかいい感じに終わりそうな決闘を、一番いいところでちゃぶ台返し的に終わらせてやろうということらしい。
実に子供っぽい。旅行に来てからというもの、中々にきゃっきゃうふふとはしゃぎ気味でいらっしゃるユエ様である。
そうして、トレイシーとシアをそっくり包み込みそうな雷球が――シアは気合防御するだろうと思ったが、あわよくば困れ! という気持ちを込めた――肉薄し……
その瞬間、
「ここに来てなんたる御馳走! 喰らいなさいな! ――エグゼスぅううう!!」
あろうことか、トレイシーは自ら雷球に突っ込んだ。踊るように大鎌を回転させれば、
「……な、なんだとぉ!?」
ユエのコミカルな驚愕の声が木霊した。なんと、大鎌が雷球を二分割、四分割、八分割と切り裂き、それどころか回転に巻き込むようにして纏わりつかせ、そのまま刀身に吸収してしまったのだ。
「んっふー!! 漲りますわぁっ!! これならいけるッ」
驚愕の第二弾。
漆黒のオーラが天を衝いた。噴火と見紛うほど爆発的な力の増大。
その中心でトレイシー皇女殿下がニィッと楽しげに笑う。まるで、望外の第二ラウンドですわ! とはしゃいでいるみたいに。
そして、
「――〝限界突破〟ぁっ!! ですわ!」
勇者と、例外中の例外たるハジメ、そしてハジメのアーティファクトを所持する者以外、決して有するはずのないそれが発動する。
なお、某存在自体が意味不明な深淵の卿が、実質的に〝限界突破〟と変わらない〝深淵卿〟という意味不明な力を意味不明な経緯で手に入れているが、まったくもって意味不明なのでカウントはしない。
ドリル髪をぎゅるんぎゅるんっなびかせつつ、碧眼を宝石のように輝かせるトレイシーを前に、一拍。
「「「「な、なんですってーっ!?」」」」
シアは言わずもがな。〝限界突破〟の特殊性を知る香織、雫、リリアーナ、そして愛子も声を揃えて驚愕の声を木霊させた。
ハジメですら「え? マジで?」と目を丸くし、ガハルドが苦笑いを浮かべ、ようやく終わりだと気を抜いていた愁達が事態を呑み込めずぽかんっとしている中、ただ一人――
「……け、計画通り!」
ユエだけが随分と気まずそうに、やっちゃった感満載で目を逸らしたのだった。
いつもお読みいただきありがとうございます。
感想・意見・誤字脱字報告もありがとうございます。
中途半端なところで終わってすみません。弾けたですわ系お嬢様って書いてて楽しくて……気が付けば一万字を超え、いつもの更新時間が目前に(汗)。なので、ひとまずここで区切りとさせていただきました。いろいろ疑問があると思いますが次回でまとめて、ということでご容赦いただければと。よろしくお願いします!
※ネタ
・これが帝国のやり方かぁっ
おかずクラブのネタより。調べたら元は長州氏の名言だとか。痺れますね!
・サブタイ「この気持ち、まさしく愛ですわッ」
数多あるグラハム様の名言より。ガンダムシリーズの中でも特に好きなキャラですw トレイシーを裏設定で乙女座にすべきか……それとも、ライセン攻略直後の卿VSハジメの話に備えて卿を乙女座にすべきか……
※一応、旅行記にサブタイつけました。パパッとつけたので、また変更するかもです。