魔王&勇者編 しっ、良い子は見ちゃいけません!
しんとした空気が漂っていた。
陽の光が燦々と降り注いでいながら、陽気な気持ちになど欠片もなれない。むしろ、ひしひしとした絶望という名の濃霧で包み込まれていくような、そんな心持ちにならざるを得なかった。
最初に口を開いたのはハジメだった。
「軍勢の到達時間は?」
あぐらをかいて座り、腕を組んで、眉間にしわを寄せながら尋ねる。声音は震えることもなく安定していて、その座る姿からはどっしりとした重厚さも感じられた。
それで、動揺して揺らいでいた他の者達も少し落ち着きを取り戻したらしい。
一番、絶望に捕まっていたG10も、モノアイをゆっくりと点滅させつつ鉄橋の上に着地。ころりころりと転がってハジメの前にやってくる。見上げるようにモノアイを向けてくる姿は、どこか諦観を感じさせた。
「およそ六時間といったところかと」
「その距離に、聖地シャイアはあるのか?」
「いいえ。聖地はここより西に約一万二千キロの地点にあります」
「……ってことはなんだ? 天機兵のプラントが別に、コルトランの近くにあったってことか?」
「そうなります」
どうやら、マザーの本拠地だという聖地は、日本から西太平洋を横断し、更にアメリカ大陸を横断して東海岸に到達するくらいの距離があるらしい。
そして、コルトランから西に四百キロほど先にある山岳地帯に、別途、天機兵の製造工場及び待機拠点があったようだ。
マッチポンプとしてコルトランを定期的に襲う侵略者は、どうやらそこから送り込まれていたらしい。
人類が万が一にも機械式の移動手段なしでは辿り着けない距離で、かつ、元々旧時代において、コルトラン聖域を守護する天然の要塞だったため利用しやすかったというのがあるのだろう。
「六……時間……はは、それが俺達に残された〝寿命〟ってことか?」
ジャスパーが力なく項垂れながら、しかし、だらりと下げた両手だけは血が滲むほどに握りしめて小さく呟く。
「そんなことさせるわけないっ。そうだ、避難だ! いっそ全員を異世界に避難させて……G10! 電力は!?」
光輝が焦った表情で叫ぶように言う。
差し向けられたのが通常の機兵ではなく、侵略者とされている天機兵の軍勢だというのなら、マザーの〝取り返す〟という言葉は実に不吉だ。ただ取り返すだけなら、通常の機兵団にすべきだからだ。侵略者を差し向けて、民に〝取り返した〟などと言えるわけがない。
ならば……人の命を管理・量産できる楽園のパーツとしか見ていない彼女のことである。虐殺くらいは普通にしかねない。そして、かつてそうしたように、一部を捕らえ、また記憶を改ざんでもして都合の良い楽園を創り直すことだろう。
あるいは、別の場所にスリープ状態の予備の人類でも保管している可能性もなくはない。その場合、今のコルトランにいる人々は皆殺しの可能性もある。
しかし、電力さえあれば、ハジメのゲートで異世界に一時避難できるはず。という光輝の淡い希望は……
「……先程報告した通り、発電施設はシステムも設備も自壊しました。プログラムを見る限り、機兵の内部コンデンサに至るまで自壊命令が出ています。……今のコルトランには、もはや私の内部コンデンサと、ハジメ様の〝エレマギア〟に蓄電された分しか……」
「修理は!? 自力で廃材から召喚装置を作り上げた君だ。修理くらいはできるはずだ!」
「はい、光輝様。おそらく修復は可能です」
「それじゃあ!」
「しかし、ここの設備を使ったとしても、概算で最低十日はかかります」
光輝の顔から表情が抜け落ちる。表情を出せないほど頭を回しているのだ。何か、他に何かっ、人々を救う方法はないかっ、あるはずだ! と。
「G10。地下鉄は今も生きてるのか? 七都を繋いでいたんだろ?」
難しい表情で考え込んでいるハジメが、目を細めながら尋ねる。
「いいえ、ハジメ様。シャイアとコルトランのルートは数十か所において断絶しているようです」
「どうしてそう言い切れる? 聖地とコルトランを繋ぐラインを、マザーは確保していないってのか?」
「僅かな時間だったのでごく一部ではありますが、コルトランのシステムが崩壊する寸前に、いくつかデータファイルをダウンロードしたのです」
システム崩壊を防げない。そう判断した刹那のうちに、G10は逆にシステムの崩壊に付け込んで防衛システムを抜け、最奥に秘匿保存されていたファイルを奪い取ったのだという。もちろん、時間がなくて一部なうえに内容の確認もしないまま、ではあるが。
どうやら、その中に記録があったらしい。なんでも、かつての大戦で海底ラインがダメージを受け、聖地とコルトランを繋ぐ地下ルートは崩壊してしまったようだ。手間がかかりすぎるため、現時点においても復旧はされていないらしい。
「ですが、地下ではなく空ならば生きています」
「空? 航空機があるのか?」
「肯定します。いざという時の脱出用シャトルがあるようです。脱出用とはいっても、ある程度の機兵団や物資も一緒に運ぶためでしょう。大型の貨物運搬用航空機を改修したタイプで、高速度での巡航が可能なようです」
「動くのか? 航続距離や速度は?」
ハジメの問いに、G10は少しトーンを落とした。答えることの意味を見出せない、とでも言いたげに。
「……液体燃料での飛行も可能です。内部機器の修復程度なら一時間もあれば可能でしょう。カタログスペックでは航続距離は約四万キロ。巡航速度は五千五百キロですが、電気系統の応急処置を鑑みて、その半分程度のスペックと考えていただければと」
流石はSF世界の航空機というべきか。大事を考えて本来の半分のスペックでありながら、地球の戦闘機並みの速度で飛行できるうえに、航続距離も数倍。
きっと、マザーも本来なら完全破壊しておきたかっただろうが、その余裕がなかったのはやはり、ハジメと光輝の力が想定外だったからか。
光輝が、表情に色を取り戻した。だが……
「それなら!」
「ですが、聖地に辿り着いたところで、マザーの打倒は不可能です」
咄嗟に反論したかけた光輝に、G10は恐ろしいほどに淡々とホログラムを起動した。
空中に映し出された光景に、光輝は言葉を呑み込まざるを得なかった。
「なんだ、これ……」
無意識のうちに震える声を漏らしたのはジャスパーだった。隣で、ミンディが腰を抜かしたみたいに座り込む。子供達が、ただ呆然とその光景を見上げている。
無理もなかった。
光輝達ですら絶句しているのだ。限られた世界しか知らない彼等には、まるで異世界、あるいは神話の如き光景だろう。
そう、
「……なるほど。確かに、マザーの聖域だな」
巨大な鉄色の建築物を中心に、浮遊する数多の戦艦、幾重にも周囲を囲う防壁、針山のように突き出した鉄塔と、その鉄塔に備え付けられた凶悪な大型兵器の数々、数えるのも馬鹿らしいほどの機兵の軍勢、聖地と言いながら自然など欠片もない武骨で無機質な要塞というべき機械都市の光景は。
圧倒的な戦力だった。
コルトランでの戦闘など前哨戦に過ぎないと言えるほどに。それは、戦争をするための戦力だった。
ハジメ達がどれほどの力を持っていても、たとえ僅かな時間抗えたとしても、数の暴力で圧殺されることは誰の目にも明らかだった。
怯えたように、リスティの小さな手がハジメの袖をぎゅっと掴んだ。
G10が静かな声音で言った。
「逃げてください」
せめてハジメ達だけでも、と。
光輝が何か言おうとして、しかし、何を言うべきか分からなくて、酸素を求める魚のように口をパクパクと動かす。心の内側に痛みでも抱えているみたいに、胸元を強く握りしめる。
そんな中、空を切り裂くような声が響いた。
「逃げるわけねぇだろ」
誰もが、腕を組んで瞑目しているハジメに意識を向ける。
「忘れたか? 俺には、奴を生かしておけない理由がある」
「……そうだった。召喚装置をどうにかしないと」
理解していてしかるべきこと。自分が冷静でなかったということを自覚して、光輝が恥ずかしそうに頭を掻く。
「しかし、実際にあの戦力では――」
「奴が召喚装置を聖地で再製造するとして、どのくらいでできると思う?」
G10の言葉を遮りハジメが瞑目を解いて尋ねる。思案が終わり、この先の道筋を決めたのか、その瞳に宿る光は強い。そこに絶望など微塵もなく、G10は気圧されたようにモノアイを点滅させた。
「……設計図を転送していないということはないでしょう。おそらく、かかっても一日。いえ、十中八九、半日もあれば再製造可能です」
「お前がここの設備を使って製造する場合は?」
「必要なパーツが直ぐに集まったとしても、製造施設自体が死んでいます。手作業となるので最低でも二日はかかるでしょう」
G10の説明に、ハジメは一言「そうか」と返し、一拍おいて視線を上げた。その表情は、まさに苦虫を噛み潰したようなと表現すべきものだった。
ハジメはおもむろにエレマギアを手にすると、もう片方の手に懐から取り出した羅針盤を握った。深呼吸を一つ。
「っ、ぐぅっ」
真紅のスパークが迸った。エレマギアから溢れ出る莫大な魔力がハジメを経由して羅針盤へと流れ込む。
太陽の光さえ押しのけるような鮮烈な魔力光にジャスパー達が瞠目する中、
「南雲、お前……」
光輝が呻くような声音を漏らす。羅針盤の針がくるくると勢いよく回る光景を見て、何をしているのか、なんのためにしているのか、察せないわけがない。
そう、ハジメが異世界の位置特定をしていることを。それが、この世界から退避するための一手であることを。
それすなわち、コルトランを見捨てるということで……
ハジメの集中を妨げないよう、何か言いたげでありながら口をグッと引き結んで耐える。
数秒とも数分ともつかない時間が、やがて終わった。真紅の光が虚空に溶け込むようにして消えていく。しばらくの間、ハジメの荒い呼吸音が響いた。額に流れる汗を、リスティが小さな手で拭っている。
そんなリスティの頭を少し撫でて、ハジメは大きく息を吐いた。
「残存魔力で転移できる距離にあるのは、トータスだけらしい」
一つ一つ、既知の異世界を位置特定していてはいくら魔力があっても足りない。なので、〝エレマギアで転移可能な距離にある異世界〟で羅針盤を起動したところ、未知の世界とトータスだけが捉えられた。
未知の世界も気になるが今は冒険心を湧きあがらせている場合ではないし、何があるか分からないのに転移するわけにもいかない。
「砂漠の世界の方が近いのかと思ったけど……」
「いや、俺はトータスからの召喚だぞ?」
光輝の呟きに浩介が答える。全員がギョッとした。今初めて、浩介の存在に気が付いたみたいに。特にジャスパー一家の驚きが凄い。一糸乱れぬ動きでザザッと距離を取り、「お前、誰だよ!」みたいな顔になっている。
「……別にいいけどさ。慣れてるし。でも一応言っとくよ? 俺、さっきあんたらを助けた人だからね? 最初からここにいるからね? あと、南雲と天之河、お前等がびっくりしてるのは普通にむかつく」
まぁ、それはいいとして……と、浩介のジト目をスルーしたハジメは、
「転移に必要な魔力量を俺はよく距離に例えてるけどな、実際のところは〝世界の隔たり〟の強さに比例している。物理的な距離はあまり関係ないからな」
「つまり、トータスとこの世界の隔たりの方が、砂漠の世界より薄いってことか」
「まぁ、そんな感じだ。世界間の位置関係ってのは、本当に言葉にしづらい感覚的なものなんだけどな」
「そして、何事もなかったみたいに俺はスルーされるんだな……」
スルーされるのだ。リスティちゃんがトコトコと浩介に歩み寄って、優しくポンポンと撫でた。幼女の優しさに浩介の表情は綻び……直後、リスティちゃんが口元に人差し指を当てて「し~~っ」としたことで、目が死ぬ。
幼女に「今、大事なお話してるところだから静かにしてなきゃメッ!」と注意されて、「はい……すみません」と、膝から崩れ落ちるようにして三角座りになる。「俺、いつも小さい子からこんな扱い……どこかに、俺に優しくしてくれるちびっ子はいないのか……」と内心で愚痴る。
そんな浩介をやはり放置して、ハジメは溜息を一つこぼした。
「一発で地球に行ければ、それがベストだったんだが……まぁ、しかたない」
地球であれば電力を確保できる。そうすれば、地球に残した両親などの保護対象を確保したうえでトータスにも砂漠の世界にも最短時間で転移が可能だ。
十分な魔力と、十全の戦争準備が最もスムーズにできる。
トータスの場合だと、まず地球に転移するための魔力の確保に少し時間を食うだろう。協力を求め、魔力の譲渡などを受ければ多少の時間短縮は可能だが、マザーが召喚装置の再製造を終えるまでに、地球の保護対象を全員確保できるかは非常にシビアだ。
(人質の有効性に関しては、もうあまりあてにできない。真っ先に召喚装置の破壊にかかったわけだからな。だが……)
マザーは外敵などいないはずのこの世界で、楽園と言いながら本体を別の場所に置いていた。強気の正体は、まさにそこにあった。ならば、本当の懐で、なんの躊躇いもなく召喚をするだろうか。
可能性は低い。マザーは、予想を超えるハジメ達の力を目の当たりにしたのだ。はっきり言って、召喚はマザーにとって危険すぎる賭けのようなもの。何が飛び出すか分からないガチャのようなものだ。
とはいえ、あくまで可能性は低いというだけ。ゼロではない。
故に、急がなければならない。可能な限り早く、守るべき者達のもとへ。そして、マザーを完封できるだけの戦力を整えなければならない。
「南雲……やっぱり、当初のプランでいく気なんだな?」
「それ以外に道があるか?」
「……」
光輝が俯いた。胸元を握り締めたまま。
当初のプラン――ハジメとジャスパー一家だけ異世界へ。そして、光輝はハジメが戦力を整えて戻ってくるまでゲリラ戦で時間を稼ぐ。
しかし、今はその前提が大きく崩れている。天機兵の大軍が、コルトランそのものに牙を剥いているのだ。
マザーの目を自分に向けさせる。〝寿命処理〟されそうな人を、その都度助ける。そんな当初の予定とは大きくかけ離れている状況なのだ。残ったところで物量に敗北するのは目に見えているのだから、確かに、それしか道はない。
「もう、他の連中のノーリスクを維持するのは無理だ。身内の安全を〝祈る〟なんざ、自分をぶちのめしたくなるけどな」
苦々しい表情は、それが故。身内の安全にすら〝祈り〟が入ってしまう現状で、他世界の顔も知らない大勢を慮ることなどできない。既に、その状況は過ぎてしまった。
ハジメの視線が、うつむいている光輝へ向く。ギリギリと音が聞こえてきそうなほど、強く歯を食いしばっている。
「天之河。状況は変わった。分かってるだろう?」
言外の、〝お前も一度、一緒に戻れ〟という言葉に、しかし、光輝は真っ直ぐ視線を合わせて首を振った。
「いや、残るよ」
ハジメと光輝の視線が交わる。
「もう、全ては守れないぞ?」
「けど、少しは守れる」
「プランは?」
「雲上界に可能な限り避難を。呼びかけて戦える者を集める。レーザー系は無理でも、実弾系の銃火器なら機兵から奪って使えるだろ?」
「上手くいく可能性は低いな」
「シナリオがいる。まぁ、見本はあるからどうにかするよ。悪辣な煽動が得意な知り合いがいるからさ。参考にする」
「勇者のセリフじゃねぇな。……もう少し体が癒えたら転移する。それまでに草案を作ってみろ。容赦なく添削してやるよ」
「流石、神を利用することに関しては、右に出る者がいない奴の言うことは違うね」
「お前を神にしてやろうか」
「俺に死ねと?」
なんて会話に、G10やジャスパー達がキョロキョロと視線を泳がせ、浩介が生暖かい眼差しを向けている。
「なに見てんだ、遠藤。撃つぞ」
「変な目で見ないでくれ、遠藤。斬るよ?」
「いちいち俺を殺しにかかるのやめてくれるぅ!? それと、このやり取りいい加減にうぜぇ! 定番になんかさせないからな!」
地団太を踏み、むすっと不機嫌そうな顔をする浩介。だが、直後には肩を竦めて光輝に言葉を向けた。
「で、俺も残るってことでいいんだよな?」
「……いいのか? 文字通り、死地になる」
「今更だろ。それとも俺の力は不要か? 勇者」
腕を組んで、そう問いかける浩介に、光輝は思わずくすりと笑みをこぼした。
「いや、ぜひとも力を貸してくれ。深淵卿」
「うん、なんか格好つけて〝勇者〟とか呼んじゃってなんだけど、深淵卿はやめてくれる?」
「分かったよ、アビスゲート」
「いや、だから――」
「G10。そういうことだ。俺達はこの方針でいく」
「南雲様……」
「はい、来ました。唐突な空気扱い。知ってる知ってる。もう、俺の言葉なんて誰も聞いてないんだよね。別に悲しくないけどね……あ、ちょっと君。リスティちゃんだっけ? 撫でないで。そんな哀れみに満ちた目で俺を慰めないで。普通に悲しくなるから……」
再び三角座りを始めた影の薄い人は置いておいて、ハジメはG10に強く輝く目を向けた。
「で、お前はどうする? ここで終わりにするか? 別に、心が折れたと廃材の山に埋もれていても構わないぞ?」
「……意地の悪いことをおっしゃいますね」
「二百年ものの意地の前じゃあ、弾丸一発程度の力もないと思うけどな」
「ふふ、そうですね。ええ、その通りです」
パチパチと火花を散らしつつも浮きあがったG10は、そのままコンソールへ向かいだした。
「まだ使えそうなコルトランの機能がないか調べてみます。自前の電力でどこまでできるかは分かりませんが……それと、奪ったデータの精査も。攻守ともに、少しでも助けになれるよう私もできることを致します」
不安定な浮遊ではあるが、G10の後ろ姿からは諦観が消えていた。それに、ハジメ達は顔を見合わせ小さく笑みを浮かべる。
改めて、ハジメは体を横たえた。少しでも早く体を癒し、少しでも早くトータスへ向かうために。
現状でも問題はないだろうが、莫大というのもおこがましい魔力を扱う以上、万が一に備えて、肉体は少しでも良い状態にしておくべきという意図故だ。
リスティが、となりで何故か大の字になった。それを見て、数人の子が同じくハジメの周りで転がり始める。
ほんのひと時の、息を吐く時間が訪れた。
ハジメが、立ったままのジャスパーへ休憩するよう伝えつつ、転移の際の注意事項を伝える。
「ジャスパー、もう少し回復したら直ぐに異世界へ渡る。特に準備は必要ないだろうが、子供達からは目を離すな」
「それは、もちろんそうするけどよ……」
なぜか、歯切れの悪いジャスパー。眉間にしわを寄せて、難しい表情をしている。ミンディや子供達が不思議そうにジャスパーを見ているが、それにも気が付かない様子だ。
「残存魔力――エネルギー的に、異世界への道を開けるのは五秒程度だ。年少組は抱えられるだけ抱えて、一気に飛び込まないと取り残されるぞ」
「……分かった」
「……ミンディ、しっかり頼むぞ?」
「は、はいっ」
その場に腰を下ろしたジャスパーの返答は、やはりどこか鈍い。ハジメは目をすがめ、なんとも不安だとミンディに水を向けた。
ミンディもまたジャスパーの様子を怪訝に思っているようでチラチラと視線を向けるが、そこは子供達の姉代わり、あるいは母親代わりである。テキパキと子供達を周囲に座らせて、好奇心のままにどこかへ行こうとする子達を捕まえている。
様子のおかしいジャスパーに、ハジメと同じく横たわった光輝が気遣うような声で口を開きかける。
「ジャスパー? 何か気にかかることでも――」
あるのかい? と尋ねようとして、直後、ギチギチ、ガシャガシャと金属のこすれるような音が。
「ッ!?」
「まさかっ」
「また遠隔操作ってやつか!?」
ハジメ、光輝、浩介が三者三様の反応を見せて臨戦態勢を取る。跳ね起き、視線を向けた先には……
「イ、イ゛ぃ……イ゛……イ゛ッ!!」
なんか、聞き覚えのある声を発しているマザーの素体がいた。下手くそなマリオネットみたいにぎこちなく立ち上がり、両目部分をチカチカと点滅させている。
「そんな馬鹿な。遠隔操作の兆候はありません!」
G10の叫ぶような声が響いた。
光輝が痛みに顔をしかめながら聖剣を抜刀しようとする。何かする前に両断するつもりで。
「疾っ――」
頑丈な金属製のボディとはいえ、まだ素体のまま。流体金属の攻防一体型外皮を纏われる前に斬――
「ィ゛イ゛イ゛イ゛ッ!!」
ろうとして、その寸前に思わず手を止めてしまった。
だって、マザーの素体が両手で万歳してるから。降参の意でないことは、なんとなく察せられる。同時に、その名状し難い鳴き声と万歳スタイルは、めちゃくちゃ覚えがある。
「ま、まさか……」
嘘だろ……と声を漏らしたのはハジメだ。光輝と浩介も似たような表情。
マザーの素体は、ぎこちない動き故につまずいて、四つん這いになったり、這いずったり、まるで某貞子さんみたいな動きでまた立ち上がったりと、ちょっとホラーチックな動きで少しずつ近づいてくる。
ハジメを目指して。
と、次の瞬間、
「イ゛ーーーッ!!(あるじぃーーーっ!!)」
と、泣く子も黙るようなおぞましい絶叫を上げながら、スプリンターも真っ青な全力疾走を開始。リスティが「きゃぁーーーっ」と実に女の子らしい悲鳴を上げ、他の子供達も阿鼻叫喚の大パニック。
そうして最後にはルパ○ダイブを決めて――
「気持ち悪いわっ!!」
ハジメの手刀を食らって地に落ちた。かと思えば、直ぐに正座して「イ゛ー!」と両手万歳。マザーの凶悪ぶりを知っているハジメ達としては、実に悪夢のような光景。
ハジメが、頭痛を堪えるようにこめかみをグリグリと揉みほぐしながら尋ねる。
「あ~、お前、もしかして……ノガリか?」
「イ゛!」
ノガリさんらしい。
「マジか……いやほんと、マジで?」
「南雲、よく考えれば別に不思議じゃなくないか? ノガリさん、自爆したあと普通にエガリさんのボディに憑依してたし」
「ま、まぁ、ちょっと驚いたけど、よく考えれば南雲のグリムリーパーシリーズも、いつの間にかよく分からない存在が憑依してるしな」
「だからってお前、マザーの素体を乗っ取るとか……」
「イ゛ーーッ! イ゛~イ゛イ゛♪」
「あ? 念願の人型です? 性能も最高? 私はこの時を待っていた? ……あ、そう」
だんだんと考えるのが面倒になってきた様子のハジメ。なんでマザーの素体でもしゃべれないんだ、とか。マザーの素体を乗っ取れるなら、もっと早く他の機兵を乗っ取れよ、とか。言いたいことはいろいろあるが、疲れたように座り込む。
「あの、ハジメ様? その方はノガリ様、なのですか?」
「らしいな。そういや、エガリは――」
「イ゛イ゛ィ゛!!」
「あ、ああ。ドンナーとシュラークを拾ってきてくれたのか。ありがとよ」
「イ゛~イ゛? イ゛! イ゛!!」
なんとなく、「褒めるくらいなら人型ボディをください、主ぃ! ノガリちゃんだけずるい!」みたいなことを言ってそう。なんか必死にノガリへ脚を差してるし。ノガリもノガリで、エガリに対し某見下しすぎな海賊女帝っぽいポーズを取ってるし。
「まぁ、とりあえず安全だ。……安全、だと思う。こいつらの存在は」
「そ、そうですか……」
「というか、使えるならG10が乗り移った方がいいんじゃないか?」
と、ハジメが言った途端、ノガリが器用にも正座したままズザザザッと後退った。おまけに、両腕で自分を抱きしめるようにしてヨヨヨッと足を崩す。あたかも「私の体に酷いことしないでっ」と訴えているみたいに。
「あの、大丈夫ですよ? 私達AIのコアは、それほど簡単に移設できませんから。遠隔操作はコンデンサが破壊されている以上、動力がなくて無理ですし……? ?? あの、どうやって動かしているのですか? いや、そもそもシステムも自壊しているはずなのに、どうやってクラッキングを……」
「やめとけ、G10。こいつらは不思議存在。それで納得しとけ。深く考えたらドツボにはまって狂気に落ちるぞ」
「お、おそろしい……」
なんとも言えない空気が漂う。
胆力のある幼女リスティが、そろりそろりとノガリに近づいてちょんちょんと突いたり、エガリが「ねぇ、主ぃ! 私のボディを~」とおねだりするようにハジメを突いたりしている中、気を取り直したハジメが、じろじろとノガリを観察する。
「おい、ノガリ」
「イ゛?」
「その素体のシステムやコンデンサは自壊しているらしいが、お前の力でオプション装備を操ったりはできるのか?」
「イ゛~」
「やっぱ、流石に無理か……」
「イ゛ッ! イ゛ッ!」
「なに? 外部機器へのアクセス機能は生きてる? 演算とかは自分が肩代わり? なるほど、それでPC代わりにはなれるわけか」
「イ゛~!!」
「へぇ、マザーが遠隔操作している時には既に憑依してたのか。咄嗟にマザーを止めようとして、どうにかその機能だけは自壊を防いだわけか。やるじゃねぇか。それなら、G10の手伝いをしてやれよ」
「イ゛!!」
「なに? ご褒美に改良してほしい? …………ふむ。ロボ、それも神気取りの素体になれる超高性能なロボ……女性型……アーティファクトとSF技術を融合した魔導人形……俺が主……従者………………メイド? スーパーメイドロボ?」
何やらぶつぶつと呟き出したハジメ。
光輝と浩介は顔を見合わせた。なんで普通に会話しているんだ……と、今更と分かっていても思わずにはいられない。同時に、やべぇ奴にやべぇ技術が渡ってしまったのでは? という懸念も過る。
あと、視界の隅で、リスティちゃんが普通にノガリ&エガリと会話しているのと、それを見たミンディが混乱に目を回し始めているのも見えたが、これ以上の混沌は望まないので暗黙のうちに了解し合いスルーすることに。
そうして、それから十分ほど。
コルトランの民を誘導するシナリオを作り終え、回復薬の効果が十分に出た頃合い。体内魔力の残量や体の芯に残る強い倦怠感はともかく、ある程度の外傷と気力は癒えたことを確認して、ハジメは立ち上がった。
「さて。それじゃあ、そろそろ行く。エガリとノガリは天之河達のサポートをしてやれ。グリムタートルも置いていくから、指揮は任せる」
「「イ゛ィ゛!!」」
「南雲、とびっきりの戦力を期待してる」
「なんならハウリアを連れてきてもいいんじゃないか? 機兵程度なら、存分に引っ掻き回してくれるぞ」
「それなら最近、ますます増殖が止まらない漢女共を連れてくるさ」
「「それはやめろ!」」
そんな軽口を叩きつつも、前にそうしたように浩介が拳を突き出せば、光輝が笑いながら拳を合わせ、ちょっと顔をしかめつつも、ハジメもまた拳を合わせた。
「ジャスパー、ミンディ、準備しろ」
ハジメが声をかければ、ミンディが直ぐに子供達を集める。年少組を抱っこし、年長組に手を繋がせる。
が、ジャスパーは座り込んだまま……
「おい、ジャスパー。何をして――」
「俺も……、俺も残るッ」
誰よりも楽園を渇望した男が、そう叫んだ。どっしりと座って、ここを動かないと示しながら。
「何を言ってる?」
「家族を頼む。ミンディと子供達だけ連れていってやってくれ。俺はここに残って……戦う」
ジャスパーの目は、本気だった。真っ直ぐにハジメを見て家族を託し、次いで、光輝へ視線を向けて決意を伝えてくる。
慌てたのはミンディだ。
「兄さん!? 馬鹿なことを言わないで!」
「馬鹿なもんかよ!!」
ミンディの張り上げた声を叩き潰すような、裂帛の感情が込められた声が木霊した。思わず、誰もが口を噤んでしまうほど、それは覇気のある声音だった。
ミンディが一呼吸おいて、静かな声音で尋ねる。
「どうしてなの? 兄さん。どうして急に……」
「気づいちまったからな……」
「気づくって、何に?」
ジャスパーは、天を仰いだ。
「くそったれな世界だと思ってた。こんなゴミ溜めみたいなところから、さっさと逃げ出したいって思ってた。でもよぉ、見ろよ」
降り注ぐ太陽の光を浴びて、眩しそうに目を細める。
――この世界だって、本当はこんなに綺麗じゃねぇか
釣られるようにして、ハジメ達も、ミンディ達も、揃って空を見上げた。世界は異なれど、地上を照らす光は等しく、確かに、美しかった。
「別世界の人間が、こんなボロボロになっても戦おうとしてやがる。たった一人で、二百年も戦ってきた奴がいる」
各々に、自分のための事情はある。けれども、その戦いの果てには、この世界の未来がある。
「なのに、俺だけ逃げていいのかよ? こいつらの兄貴で、あんたらより年上の大人なのに、おんぶに抱っこか? 本当はこの世界だって捨てたもんじゃねぇはずなのに、おんなじ運命背負った奴等を見捨てて、知らない世界こそ楽園だって? それとも、全部終わった後に戻ってきて、もう大丈夫だって笑うのか? 戦った奴らの前で?」
自問自答のような言葉の羅列だった。おそらく、ハジメ達が休憩している間、ずっと心の中で繰り返していたことなのだろう。
「知らなかったときは、ただ逃げればいいと思ってた。家族さえ無事なら、それでいいってよ。けど、家族さえってのは今もそうだけどよ、それでも、この世界のこと、戦ってる奴のこと、綺麗なもん、人として大事なもん知っちまったんなら……もう知らなかったことにはできねぇ! したくねぇ!」
辛くとも、理不尽を憎んでいても、それでもここで生き抜いた人間だから。世界と、人と、そして人同然のAIの輝きを知ってしまったから。
本当の意味での、〝生きる〟ということが、分かってしまったから。
だから、
「胸を張って生きてぇっ!!」
あの頭上に輝く太陽から、悔恨や罪悪感なんかで目を逸らしたくない。
そう己の心を叫んだジャスパーの顔は、なるほど、確かに少し前までとは違う。言うなれば、〝男の顔〟だった。覚悟と、生きることへの誠実さを持ち合わせた、いっぱしの戦士のような顔だった。
りんと響いた声音が木霊して、少し間、誰も口を開かなかった。絶句したように、ただジャスパーを見つめた。
「そう言えばお前は、G10が選んだ男だったな」
「ええ、そうです。だから、彼を選びました」
ハジメが、転移直前の事態に苦笑しつつ、同時に納得したような表情で言った。G10が、震える声音で同意する。
この世界は美しかった。この世界の人間として、胸を張りたい。その言葉は果たして、G10にとってどれほど嬉しい言葉だったのか。奪ったファイルの精査により、激しく点滅していたモノアイが一時的に止まったことが、その感動の度合いを示しているようだった。
光輝が困ったような、それでいて強い共感を覚えているような親しみの浮かぶ表情を見せて言う。
「ジャスパー、死ぬ可能性が高いよ?」
「分かってる。けどよ、それは戦わねぇ理由にならねぇ。そうだろ?」
「うん、そうだ」
「俺一人、追加したって大した戦力にはならねぇ。いや、足手まといだろうな。けど、できることはあるはずだ。ここに避難させんのに、一番時間がかかんのは俺と同じ下界の連中だろう? それなりに顔が利く俺なら、少しくらい避難に役立つはずだ。戦う奴だって、少しくらい増えるかもしれねぇ」
それは、なるほどと頷ける利点だった。ハジメが面白そうな笑みを浮かべる。
「天之河、例のシナリオ、ちょいとキャストを変更しようぜ」
「奇遇だな。俺も今、そうしたいと思ったところだよ」
二人して、ニヤリと悪い笑みを浮かべる。浩介が「ああ、勇者が悪落ちしていく……」と嘆きの表情で呟く。
ジャスパーが、視線を妹へ向けた。
「ミンディ。面倒かけて悪ぃが、ガキ共を頼む」
「兄さん……」
胸を張って生きたいと言いながら、自分の家族は避難させたいという自分を恥じるように、ジャスパーは眉尻を下げた。
ミンディが表情を歪めた。一緒に逃げてほしいと思う。家族全員が生き延びられるなんて、こんなチャンスは他にない。まさに、地獄に垂らされた自分達家族だけの一本の糸。
けれど、兄の魂の叫びは、ミンディの心にも響いていた。兄が、とても眩しく見えた。考えないようにしていた他の人々への罪悪感も湧きあがって、けれど子供達を安全な場所に行かせたくて……
動揺と焦燥と混乱がミンディから言葉を奪う。
と、その時、
「わたしも戦う」
ジャスパーの前に、リスティが立った。両手でファイティングポーズを取って、ふんすっと鼻息を荒くしていく。
「いや、お前、そんなこと――」
咄嗟にダメだと言いそうになったジャスパーだったが、それを遮るようにして、
「お、俺も戦う!」
「私も!」
「僕も残る!!」
「ジャス兄だけ置いていくなんて絶対にダメ!」
「光輝にぃも残るんでしょ? なら大丈夫だよ!」
「ほら、えっと、あの人……なんか影の薄い変な人も一緒だし!」
「ハジメ兄が戻ってきたら勝てるんだよな!? ならその間、近所の奴等を俺達で守ってやろうぜ!」
なんて、リスティの後ろに他の子供達まで集まって、そんなことを言い始める。
「ダ、ダメだ! お前等、分かってない――」
「いえ、兄さん。分かってます、みんな。兄さんと同じなんです」
「ミンディ?」
先程までの動揺した様子が嘘のように、ミンディが微笑んだ。子供達の方が先に意思を示したことに、少し恥じたみたいに頬を染めて、けれど、眼差しだけは強く真っ直ぐに。
「私達も、胸を張って生きたいんです」
家族の、今まで一番強く輝く眼差しの集中砲火を受けて、ジャスパーの反論の言葉は打ち砕かれた。
助けを求めるようにハジメを見やるが、そのハジメは「早く戻る理由が増えたな」と肩を竦めてしまう。
「お父さんの娘ならば、ひかない、こびない、かえりみない!」
「どこで覚えた、そんな言葉――」
「「イ゛ィ!!」」
「あ、うん。お前等が犯人な。普通に会話できてる点はこの際つっこまねぇけど……とりあえず、お父さんじゃねぇから」
「生きることは戦うこと。欲しいものは戦って手に入れる!」
「幼女のくせに、なんでそう好戦的なんだよ。……ミュウに会わせねぇほうがいいかな……」
行動力の権化――リスティちゃん。家族を守り、生き延び、娘の座も勝ち取って見せるとシャドーボクシングする姿と、それを困った表情で見守るハジメの姿に、場の空気が和む。
「すまねぇ、ハジメさんよ。ころころ変わっちまって悪いが、俺等は残ることにする」
「そうかい。まぁ、せいぜい天之河を盾にして生き延びろ。頑張れたら、ご褒美にマザーをぶちのめしてやる」
「はは、期待させてもらうぜ」
結局、トータスに転移するのは自分一人ということになって、苦笑いを浮かべるハジメ。
そうして、いざ転移する前に、G10から何かマザー関連で有用な情報を得られたか確認しようとして……
「G10。どうだ? 時間がかかるなら、俺はもう行くが」
「少しだけお待ちください。ファイルの奥に更に秘匿されたデータ群を発見しまして、固有のプロテクトがかけられているので解除を試みているのですが、もう少しで……」
「お前がそこまで手こずるって、随分と厳重に保管されたデータみたいだな」
浩介の攪乱があったとはいえ、マザーが管理する雲上界のセキュリティーをクラッキングできたG10が、十分近くかけても開けないデータ。
少し興味を引かれ、待つことにしたハジメ。
結果的に、それは正解だった。
「開けました。これは……」
内容の精査を始めたG10。その僅か十秒後。
「あ、ああ……そんな……なんという……」
愕然とした声を響かせた。自然と、全員の視線が引き付けられる。
「どうした? 何かマザーの弱点でも見つけたか?」
少し期待して尋ねたハジメに、G10は静かな声音で返した。その声は、絶望的ではない。ハジメを信じ、けれど、追い詰められて崖っぷちに立っていて必死に踏ん張っているような、そんな声音だった。
「逆です。このデータは……マザーの最大の強みに関するものです」
「強み? どういうことだ?」
「エネルギーです。かつて、ストール・ハーデンが手にした莫大なエネルギー。その正体と、管理・制御に関する情報です」
曰く、そのエネルギーはハーデンによって〝星精力〟と名付けられたらしい。
もちろん、世には知られていない。この星そのものに流れる未知のエネルギーであり、ストール・ハーデンだけが観測に成功していたが故に。
ハーデンは、その星精力を密かに研究し続けた。そして、まるで人体を巡る血管のようにこの星を巡っていること、かつ、そのエネルギーが集中して地上に噴き出すスポットが存在することをも発見したらしい。
前者は〝星脈〟、後者は〝星点〟と名付けられた。
「だからこそ、ハーデンは真っ先に聖地を狙ったのです。聖地こそが、いえ、正確には聖地を聖地たらしめる〝聖樹〟という名の、世界最大の星点を手中に収めるために」
「……聖樹、だと?」
ハジメの呟きは、必死に絶望に抗わんとしているG10には届かず、代わりに光輝や浩介の表情に戦慄が走った。
「まさか……」
「そのまさかです、光輝様。マザーはハーデン殺害と同時に、それを手中に収めました」
星精力そのものだけでは意味がない。そのエネルギーを有用なものとするためには、電気エネルギーや熱エネルギーなど、既存の機器の動力源となるエネルギーに変換する必要がある。
そう、
「星精力を自在に既知のエネルギーへ変換できる〝素子配列相互変換システム〟」
それにより、マザーはこの星を巡るエネルギーそのものを使えるのだ。
「無尽蔵のエネルギーが、マザーの手にはあるのです。マザーに挑むということは、すなわち、この星に挑むようなもの……。道理で……消耗などしなかったはずです」
かつての大戦を思い出してか、G10の声音に悔しさが滲む。
沈黙が場を支配しそうになった。やることは変わらない。しかし、改めてマザーの強大さを実感し、ハジメがどれだけ莫大な魔力を溜めてきても魔力霧散効果と合わせて不利すぎるのではと歯噛みしそうになる。
が、そうなる前に、
「聖樹……未知のエネルギー……相互変換、だと?」
「ハジメ様?」
静かになれば、そこでようやく耳に入ってきた小さな声。ハジメが、ぶつぶつと何やら呟いている。
かと思えば、ガバッと顔を上げ、そのままG10に掴みかかった。
「G10! 聖樹ってのはなんだ!? どういう樹だ!?」
「え、あ、その、聖地の中心に生えている古代木のことで、他に類を見ない巨木であり……」
「画像は!? 画像はないのか!? さっきの聖地の画像でひと際目立っていた鉄色の高層建築物! あれは聖樹を囲ったものじゃないのか!?」
「は、はいぃ! そうです! が、画像は、はいっ、あります!」
目が、血走っている。光輝達が止めるどころか思わず一歩後退ってしまうほどの迫力が、今のハジメにはあった。掴みかかられたG10の声が動揺にゆれるゆれる。
そうして、ホログラムで空中に映し出された聖樹の画像は……
「え……こ、これって」
「た、大樹ウーア・アルトぉ!?」
光輝と浩介の声が響き渡った。
まだ要塞化する前の聖地。その中心にそびえる巨大な木は、確かにハルツィナ樹海にそびえる大樹とうり二つであった。
「そうか……やっぱりそうなのか。世界は繋がって……だが、魔力は未知のエネルギーだと……今までの世界でも固有のエネルギーが……いや、待て、〝そし〟? 〝素子〟か? 配列変換? ……ッ!! G10ェッン!!!」
「はいぃ!!」
「詳細をよこせぇっ!! 変換システムの詳細だぁっ!!」
「直ちにぃっ!!」
異様な迫力が、ハジメを中心に渦巻いていた。
あまり時間がない中で、しかし、ハジメはG10を両手でガシッと掴んだまま、ホログラムのデータを凝視しつつ根掘り葉掘りG10に質問していく。
とてもではないが、「トータスに出発しなくていいの?」と声をかけられる雰囲気ではない。近づいたらナチュラルにドパンッされそうである。
光輝達があわあわおろおろしている間にも時間は過ぎていき……
およそ十分後。
「ククッ」
なんか聞こえた。ヤバめな笑い声が。
「クハッ」
また聞こえた。更にやばくなった笑い声が。
と思った次の瞬間、
「ハーーーーハッハッハッハッハッハッハ!!!」
凄まじい哄笑が響き渡った!! 発生元はもちろんハジメである。片手が顔を覆い、まるで弱者を捻り潰して愉悦に浸る悪魔の如く口元を割いて笑っている!
「お、お父さん――」
「しっ! リスティちゃんっ、見ちゃいけません!」
「ナイスだっ、天之河! なんでか知らないけど南雲の奴っ、完全にマッド錬成師化してやがる! 目がいっちゃってるぞ! 小さい子の目には毒だ!」
「ハァ~~~デェ~~~ンッ!! 文句なしに認めよう! お前は間違いなく天才だぁっ!! ハーーーーハッハッハッハッハッハッハ!!」
「ひぃっ、あの人どうしちまったんだ!?」
「ハ、ハジメさんが壊れたぁ!?」
「怖いよぉ!」
「助けてぇ!」
ジャスパーとミンディを筆頭に子供達もパニックを起こして泣き叫ぶ。それくらい、今のぶっ飛んだ様子のハジメは、名状し難いおそろしさがあった。
かと思えば、ふっと笑い声が止まり、ハジメは真顔で思案を始める。
「じょ、情緒不安定すぎてマジでこえぇよ。天之河、なんか声かけろって!」
「お、俺が!? っ、分かった。……な、なぐもぉ~? 落ち着いたかぁ~?」
「待たれよ」
「「あ、はい」」
バッと手を突き出されて、光輝と浩介は仲良く黙り込んだ。
ジャスパー達が、なんだか頭のおかしい人を見るような戦々恐々とした目でハジメを見ている中、ハジメはG10と改めて向き合い、今度は何やら冷静に話し合いを始めた。
「G10。戦術支援AIとしての意見をくれ」
「は、はい。なんでしょうか?」
「実は――」
「え? そんなことが可能なのですか? 確かに理論上は――」
「この場合、お前なら――」
「なっ、しかしハジメ様。それにはまだ、最低でも十五の障害をクリアしなければ――」
「だが不可能じゃないはずだ。遠藤を――」
「確かにアビスゲート様なら……しかし、そうすると――」
「これでクリアできないか? 問題は、お前の能力的に――」
「……それならノガリ様はいかがでしょう? 接続機能に問題がないなら――」
「解析自体は――」
「データと一緒にウイルスを――」
次第にG10までのめり込み始めた話し合いに、光輝達がいい加減にしびれを切らし始め、ついに声をかけようとする。
「おい、南雲。さっきからいったい何を――」
「天之河、遠藤。予定変更だ」
ようやく話し合いが終わったらしい。
先程のドン引きせずにはいられない有様が嘘のように、ハジメは冷静に、けれど凄まじく不敵な笑みを浮かべて振り返った。
そうして、思わず息を呑む光輝達に驚くべき言葉を言い放った。
「第三プランを見つけたぞ」
いつもお読みいただきありがとうございます。
感想・意見・誤字脱字報告もありがとうございます。
※ネタ紹介
・待たれよ 言わずもがな日常ネタ。白米のお気に入りです。
・超音速貨物飛行機 ネットで見たらマッハ5とか6で飛ぶ超音速旅客機が開発中(構想段階?)らしく、ロマンにあふれていたので出したくなりました。
・ひかない、こびない、かえりみないByリスティ
言わずと知れた北○の拳の名ゼリフ。