魔王&勇者編 人質を撃て!
深淵卿、魂の叫びが木霊する。魂の叫びすぎて浩介モードになってしまうほどに。間違えた。元に戻ってしまうほどに。
『可否を問うているのではありません。〝やれ〟と命じているのです』
卿の狂に当てられてコミカル感が溢れてしまっていたマザーだが、今の声音はゾッとするほど熱がなかった。
それは、かつての〝神の使徒〟を思い出させる無機質な、まさに人ならざる存在の声音だった。
普通の人間なら、本能的な忌避感から言葉を失うか、気味の悪さで背筋を震わせるか……
もちろん、ここにいるのは普通じゃない人だが。
「ばっかじゃねぇの!? ばっかじゃねぇの!? 大切なことだから二回言ってやるよ! ばっかじゃねぇの!」
「遠藤、三回言ってる」
ハジメさんのツッコミなどなんのその。
あまりに衝撃的な事態だったせいか、見知った二人が何故いるのかという疑問をスルーし、それどころか深淵卿モードの副作用すら脇に置いて、浩介はビシッとハジメを指さして虚空に叫ぶ。
「魔王だよ!? あそこにいるのは理不尽と鬼畜をミックスして凶悪でデコレーションした世界で一番やばい奴だよ!? 俺の上司だよ!? ブラック企業も真っ青だよ!」
「南雲ダメだ! 撃っちゃダメだ! ドンナーから手を離すんだ!」
「天之河、そこをどけ。遠藤を殺せない」
勇者のファインプレー。シュラークの銃口も向けようとする魔王相手に、その両手首を掴んで手四つ状態みたいな感じで組み合い、射線から浩介くんを逃がす! ギリギリッ、グググッ……こ、こいつ! 本気で撃つ気だな!?
そんな状況を前に、しかし、マザーの声には僅かな愉悦の感情が乗った。
『ほぅ……これはこれは。地下で採取したエネルギー残滓から転移ポイントを設定しましたが、なるほど。どうやらお前達の使う未知のエネルギーは個体ごとに異なるものらしいですね。だからこそ、仲間を引きずり込む形になったと。実に興味深い』
光輝と組み合っていたハジメの目元がピクリと反応する。力が抜けて自然体となり、光輝はホッと息を吐く。
同時に、浩介が召喚された原因に察しがついた。
地下で壊れた転移装置を解析し、再現。ハジメ達と同じ未知のエネルギーを扱う存在を取り込むため、ハジメの魔力残滓を探知システム及び座標設定に利用したのだろうと。
ならば、選ばれたのが浩介というのは納得がいく。なぜなら、戦闘時においてハジメのアーティファクトを最も多く身につけているのは浩介だからだ。
理由は分からないが、浩介は転移装置が起動するより前の時点で既に完全武装している状態だったのだろう。で、あるなら、より強い力を持つユエ達より、よりハジメの魔力を有する浩介が探知されるというのは理解できることだ。
『その辺りの解析は後にゆっくりするとしましょう。さて、深淵卿』
「浩介です」
今はシリアスタイムなので無視。
『今、自分がどういう状況にあるか、自らの口で説明してあげなさい。私がそうするより、彼等の理解も早まるでしょう』
「え!? い、嫌だ……」
なぜか、浩介が酷く焦った様子で口ごもる。チラッチラッと視線がハジメに飛ぶ。ハジメ達が訝しむ。
『いい加減に理解しなさい。お前に拒否権などありません』
「い、嫌なものは嫌だ! お前、俺を人質にするつもりだろ! ふざけんなっ、そんなの――」
「おい、遠藤。人質ってどういうことだ?」
「エッ!? な、ななな、なんでもないぞ! ああ、何も問題はない! 俺を誰だと思ってるんだ? アビィさんだぞ?」
なるほど、問題を抱えているらしい。実に分かりやすく動揺している。表情が引き攣っているし、目はマグロ並に泳ぎまくっている。
『なるほど。仲間の足手まといにはなりたくないと。ふふ、人間にありがちな不合理で無意味な行動ですね。旧時代を思い出します』
「――っ」
状況理解のため静観していたG10が、思わず反応を見せる。だが、何かを言う前に、マザーは言葉を重ねた。まるで、G10など取るに足らないゴミだとでも言うかのように無視して。
「お、おいっ、マザー! 違うぞ! 俺はそういうつもりじゃなくて、南雲は――」
『聞きなさい、銃と剣の異界人。お前達の仲間は既に私の手の内にあります――』
「アーーッ、アーーーッ! 聞こえない聞こえな~~~いっ」
奇声を上げてマザーの声を妨害する浩介。もちろん、全員で無視する。
「どういうことだ?」
「南雲っ、所詮は敵の戯言だ! お前はそんなのに惑わされないと、俺は信じて――」
『腹の中に爆弾を仕込みました』
ハジメと光輝の目がバッと浩介に向く。浩介、バッと視線を逸らす。どうやら本当らしい。
ハジメの目が一気にジト目になる。光輝くんは善良な人なので普通に心配そうな表情に。
どっちにしろ、居たたまれない。
「お前、何やってんだよ。英国とバチカンのヒーローが情けないぞ」
「しょ、しょうがないだろ! いきなりの召喚だし! 魔法の類いは全滅だし! 分身もできないわ、右も左も分からないわ、未知の敵がわんさか出てくるわっ、それでも百体以上ぶっ倒したんだぞ! やばい軟体生物っぽいのも、頑張って物理で!」
なるほど、だからふか~い深淵卿モードだったのだ。一人称が我から我輩になっちゃうくらい。
際限なく上がる身体能力だけで、雲上界の複雑に入り組んだ施設内を逃げ回りつつ、マザーの私兵を倒していた。それも、コアを破壊しないと無限に再生する〝侵略者〟を含めた機兵の混成部隊を、マザーがハジメや光輝に手を回せないほどに。
「あ~、なるほど。深淵卿モードでも身体強化していけば魔力は減るからなぁ。一時的に迎合して、状況把握に努めることにしたわけか」
「そうそう。保険として、あの軟体生物が体の一部を千切って、それをごっくんさせられちまったんだけど……まぁ、それは、な?」
浩介の視線がチラッと自分の手元に向いた。そこには浩介用の〝宝物庫〟がある。
おそらく、マザーの要求通り敵と戦いながら消耗した魔力の回復を待ち、戦いに紛れて宝物庫を発動。直接、腹の中から爆弾を召還して取り除くつもりだったのだろう。
吐いて出すというのもできるのだろうが、その素振りを見せた途端、爆破される危険性は高い。
宝物庫の起動にも労力と時間は相応に必要だが、そもそもマザーは宝物庫のことを知らない。それはつまり、戦闘のための魔力行使なのか、宝物庫起動のための魔力行使なのか、その区別はつかないということだ。
で、あるなら、爆弾が腹の中にあるというのは、マザーを油断させるうえで逆に良い囮となる。
このまま戦ってもじり貧なのは自明のこと。それなら、首輪を付けられているフリをして情報収集に努める、という浩介の判断は実に冷静で合理的であった。
分かるだろ? 分かるよな? 分からないわけがないよな? 俺にはちゃんとプランがあるんだよ? ね? と、浩介はどこか必死な感じで訴える。
『状況は理解できましたね? では武装を解除し、私に従いなさい。さもなくば……分かりますね?』
「遠藤が弾け飛ぶ、か」
補足したのは光輝。ハジメは無言で、ジッと浩介を見つめる。その姿が、マザーには従属を受け入れたように見えたのだろう。愉悦をたっぷりと含んだ忍び笑いが微かに響いた。
「南雲、俺のことは気にしなくて――うぐっ!?」
ハジメに見つめられて冷や汗をダラダラ流し始めた浩介が、咄嗟に何かを言おうとするが、その言葉は唐突に塞き止められた。痛みによって。
浩介が胃の辺りを押さえながら片膝を突く。どうやら流体金属の爆弾を腹の中で動かされたらしい。小さな〝侵略者〟が入っているのと変わらないのだろう。
『悪いようにはしません。そのエネルギーの解析に協力すれば、元の世界にも帰してあげましょう』
「ま、まて! 穏便に――んぐぅ!?」
痛みに耐えながら、なお浩介が必死に何かを訴えようとする。しかし、直後、天井からドロリッと落ちてきた鉄色の流体がその口を塞いでしまい、やはり言葉を止められる。
浩介の視線が光輝へ向いた。訴える眼差しを受け取って、光輝は一瞬考える素振りを見せるものの、その視線をチラッとハジメへ転じると何かを察したらしい。浩介に向き直って、小さく、けれど力強く頷く。浩介から安堵が滲み出る。
そんな中、マザーは悪意の滲み出た声音で、
『拒否するというのなら、この楽園を侵す異物として排除することになります』
天井、壁、床から鉄色の流体金属〝侵略者〟改め、天上存在マザーの真なる軍勢――流体金属型機兵〝天機兵〟を大量に送り込んでくる。
瞬く間に空間を埋め尽くしていく鉄色は、やはり、どこかスライムに似ていた。隣り合う天機兵同士で絡み合ったかと思うと、次から次に融合していき体積を山のように増大させていく。
『無意味に果てたいというのなら、望み通りに致しましょう』
全長十メートルはあるだろうか。蠢く巨大な鉄のヒトデモドキ。否、増加した触手の数からすれば、もはやヒトデモドキという表現も相応しくない。
青い光のラインを無数に走らせ、唯一の弱点だったコアの数は無数。より不死性を高め、おびただしい数の触手をうねらせる姿はなんとも形容の難しい、されど、天の軍勢というにはあまりにおぞましい――モンスターだ。
『無駄死にすることはありません。そう、そこにいる死に損ないの仲間のように』
「っ、マザーッ」
遂に、マザーがG10へ意識を向けた。否、きっと最初から意識していて、けれどあえて無視していたのだろう。
G10は憤怒もあらわに前へと出て叫んだ。
「マスターはっ、みんなは無駄死になどしていませんっ!! お前の力を削ぎ落とし、未来に希望を繋げたっ」
『ええ、確かに、お前達の最後の戦いにはしてやられました。失われた多くの技術を思えば、己の傲りを認めざるを得ないでしょう』
「そうです。お前の傲慢さを、人類は――」
言葉が遮られる。悪意と嘲笑に塗れた言葉で。
『ですが、それだけです。もはや私の世界は万全。だからこそ、異世界へと望みを繋いだのでしょうが……ふふ、その希望も』
マザーの言わんとするところを察して、G10は後ろの二人へ視線を向ける。
「っ……ハジメ様? 光輝様?」
応えは、返ってこなかった。ハジメは痛みに蹲る浩介を見つめ続けている。
G10も状況は理解していた。マザーにより召喚された彼がハジメの仲間であり、もしかしたら耳にしていた家族なのかもしれないということを。
苦しむ仲間を前にして、命を握られて、〝それでも協力を〟と願うことなど、G10にはできなかった。
光輝も同じ。目を合わせようともしない。ハジメの隣で、まるで全てを諦めたかのように瞑目し、静寂を保っている。
それを見れば、分かってしまう。理解、できてしまう。
天秤は、マザーの方へ傾いたのだと。
マザーが嗤う。金属を掻き毟ったような不快な嗤い声が反響する。
「まさか……あのような残骸から、こんな短時間で再現されるなんて……」
全てはそこだった。この段階で、まさかハジメ達の身内がマザーに召喚されるなんて予想外だった。
『お前の二百年と、私の二百年が同じだとでも? 空間干渉系統の技術は完全に逸失したわけではありません。それ以外の基礎技術についても、お前以上に扱えるのは自明のこと。所詮は探査船の管理AIに過ぎないお前が、全てのAIの母たる私に勝るわけがないでしょう?』
マザーの言葉が、絶望と共にG10の感情を侵食する。
何を間違えた? どこで間違えた? もっともっと時間をかけるべきだったのか。そもそも、関係のない異世界の人を巻き込んだことが間違いで、これはその罰だというのだろうか。
悲願を心に地下を這いずった二百年。ハジメ達には言っていないが、実のところ、稼働限界に来ていた。
碌なメンテナンスもなく、廃材のパーツで誤魔化し誤魔化し命を繋いできたのだ。心臓とも言える大事な発電部位も、作業用機へ供給し続けることで通常よりずっと早く損耗していた。それは文字通り命を削るが如くであり、G10が生み出せる電力など既に微々たるものだった。
この戦いでフル稼働させたせいで、勝利した後にマザーの発電施設を使わない限り完全停止――死は免れないほどに。
瀬戸際の状況で、全てを賭けたのだ。約束を果たすために。
『無駄死にを好む者達の最後の希望……なるほど、お前もまた、無駄死にが好みらしい。ああ、せっかくの機会です。聞かせてくれませんか、G10P55-B409』
「なに……を……」
『もし、過去に戻れるとしたら……仲間に、どのような言葉を?』
「……ぁ……ッーーーー!!!」
それは、ある種の発狂だったのだろうか。G10から絶叫とも金属同士の擦過音ともつかない音が発せられた。小さなスパークが無数に走り、モノアイが激しく明滅し、過負荷によってボロボロの球体ボディが更に亀裂をこさえていく。
そうして、大切な仲間のために、たった一人で戦い続けた金属の戦士が暴走する――その寸前。
「見えたぞ」
そんな小さな呟きと共に、一発の炸裂音が。
そして、
「んんーーーーっ!!?」
悲鳴が。
見れば、ハジメがドンナーを構えている。銃口から白煙が上がっている。
哄笑をあげていたマザーと、暴走しかけていたG10が思わずピタリッと停止し、そして銃口の先へ意識を向けた。
浩介が撃たれていた。お腹のど真ん中を。
『「エッ!?」』
二百年、否、たぶん生まれてこの方、双方共に出したことがないだろう驚愕の声が漏れる。
だが、まだまだ序の口!
G10の隣をゆらりと影が通り抜けた。あまりに自然で、センサーは移動する物体を捉えているのに、まるで舞う木の葉に意識が向かないのと同じように、G10も、そしてマザーも反応できない――踏み込み。
静寂を破った光輝が、まるで引き絞られた弓が遂に解き放たれたみたいに抜刀する。
目標はもちろん、浩介くんのお腹!
「ひぎぃーーーー!?」
一閃にて、風穴の空いた部分に重ねるようにサクッと斬る! ついでに二閃目で口元の流体金属も斬り飛ばす!
唇に感じた刃の気配におののく余裕もない。
「イ゛ィ゛!!」
「んぎょへぇ!?」
かっさばかれたお腹――胃の中にエガリさんが突入。浩介が痛みによって芸術的ブリッジをしながら白眼を剝く。
けど、異世界で鍛え上げた肉体と、この一年のあれこれ(深淵卿モード、深度Vを何度も使用とか)で地味に強度を増している精神力が気絶を許さない!
「リアルエイリ○ンはいやぁあああああああっ!!!」
「イ゛ィ゛イ゛イ゛ッ゛(爆弾取ったどーーーーっ)!!!」
血塗れのわしゃわしゃした脚が浩介の腹から出てきた。それはまさに、某子供エイリア○の如く。
正気度をガン削りする、スプラッタな光景がそこにはあった。
再び白眼を剝いた浩介に、ノガリさんが糸で素早く縫合&止血をし、ありったけの回復薬と痛み止めをぶち込む。光輝も急いで手持ちの回復薬をぶっかける。
その間に、エガリさんも爆弾を「イ゛ィ゛!(そぉい!)」して遠くに投げ捨て、ついで素早く洗浄機で血を洗い流す。
……
……
……
人質に発生した、まさかの猟奇的傷害事件。それも、犯人は人質の身内。
G10もマザーも絶句せざるを得ない! 怨敵のはずなのに、双方仲良くドン引き状態で反応できず。
その間に、お腹を抱えてプルプルしている浩介を光輝が助けを起こす。
「遠藤! 大丈夫か!」
返答はもちろん、
「大丈夫なわけあるかぁああああああああっ!!!」
怒髪天を衝くような絶叫だった。
大変よろしい。元気いっぱいだ。普通に泣いているが、きっと爆弾から解放された喜びの涙に違いない。
だから、ハジメも良い笑顔で小さくガッツポーズ。
「よし!」
「何が〝よし!〟だゴラァッ!? 南雲っ、お前っ、マジで深淵卿フルコースすんぞ!? おぉ!?」
何やら浩介くんがキレまくっている……と、ハジメは心底不思議そうな表情で首を傾げた。
魔眼で念入りに観察して爆弾の熱源を的確に撃ち抜き機能停止させ、万が一に備えて光輝が腹を斬ってエガリが摘出し、速攻でノガリが治療する。一刻も早く、かつ宝物庫を起動するなんて魔力消費の激しい方法も使わず救助できる、たった一つの冴えたやり方である。
それを、阿吽の呼吸とも称するべき完璧な連係を以て、僅か数秒程度でやってのけたのだ。
まさに、ONE TEAM。華麗で完璧な救出劇だった。いったい何が不満だというのか。
「腹立つっ、そのキョトンとした顔がめちゃくちゃ腹立つ!! だから嫌だったんだよっ、お前相手に人質とか! おいこらっ、マザー! 聞いてんのか!?」
『え? 何を――』
絶句中にいきなり矛先を向けられて、先程までの傲然とした雰囲気は幻だったのかと思うほど困惑している様子のマザー。浩介は涙目のまま不満をぶつける。
「俺、言おうとしたよね! 言おうとしたんだよ! こいつに人質は無駄って! 最愛の奥さんが人質にされたって容赦なく撃つような奴なんだぞ! 〝敵とは交渉しない。人質ごと撃つべし。それが常識〟とか真顔で言う鬼畜野郎なんだ! 人の話は最後までちゃんと聞こうね!」
『な、なんという非道……血も涙もない……』
物理的にも精神的にも血も涙もないマザーですら、そう思うらしい。心なしか、G10がハジメから距離を取ったような。
「ま、まぁまぁ、遠藤。結果的に摘出は成功したんだし――」
「そうだね! 一応言っとくよ、ありがとな! でも言わせてくれ。お前もお前だよ、天之河! 俺、目で訴えたよな? 心を込めて訴えたよな? 南雲を止めてくれって!」
「え? あれってそういう意味だったのか? てっきり南雲に合わせてやっちゃってくれって意味かと……」
「どうしちゃったんだよっ、天之河! お前、そういう奴じゃないだろ!? 『俺が必ず助けて見せる!』とか、現実的問題をスルーして言っちゃう奴だろ!? 信じてたのに! 信じてたのに! 俺の信頼を裏切ったな!」
「……そういう信頼はちょっと……俺だって少しは成長したんだ。だから、現実的に考えて斬ったろ?」
「仲間の腹! 斬っちゃダメ! 絶対!」
「綺麗に斬れば直ぐに癒合するし、大丈夫――」
「そういう問題じゃない!」
「流石、勇者。上手に斬れました~~てか?」
「南雲っ、それ以上ふざけたらマジで深淵卿するぞ!!」
ギャースギャースと騒ぐ浩介を光輝に任せ、ハジメはドンナーで肩をトントンしつつG10の隣に並んだ。
「あ、その、ハジメ様……マザー側についたのでは……」
衝撃的事態により、暴走は完全に治まったらしい。G10が混乱から立ち直って、恐る恐るといった様子で尋ねてくる。
ハジメは肩を竦めると、亀裂の入ったG10のボディにぽんっと優しい手つきで触れた。それだけで伝わる。最初から、ほんの僅かでも、ハジメは揺らいでなどいなかったということが。
「ありがとう……ございます……」
「おう、たっぷり恩に着ろ。この程度の舌戦で狂ってる場合じゃないぞ。礼には期待してるんだからな」
「はい……はいっ」
モノアイが激しく明滅する。先程の危うい感じとは異なる、それは力強い輝きだった。
『愚かな選択をしましたね。やはり、異界人と言えど所詮は人か……』
思い通りにいかなかったせいか、マザーの声音が再び無機質なものになる。その内心を示すように、巨大な天機兵が蠢く。
対して、ハジメは一歩前に出て、すぅっと息を吸った。そして……
「マザー! お前が行ってきた数々の悪行、断じて許し難い! 俺の大切な友まであんな有様にするような相手に、たとえ益があろうとも俺がなびくと思ったら大間違いだ!」
どこからか「いや、俺をこんな有様にしたのはお前等……」という呟きが聞こえてきたが聞こえない。
「人の命とはこの世で最も尊きもの! それを弄ぶ貴様の蛮行、見過ごすことなどできるものか! 俺は戦う! 世界のために! 人々のために! 世界は異なれど、同じ人として、異世界の同胞を救ってみせる!」
凜と響いたハジメの宣言。そして響く同胞の声。
「ど、どうしよう、天之河! 南雲が壊れた! まるでお前みたいになってる!」
「いや、その、俺みたいって……まぁ、反論できないんだけど……」
「待てよ? 俺の腹をあっさり斬った天之河……勇者みたいな南雲……ハッ、そうか! お前等、中身が入れ替わってるんだな!? でなきゃ、南雲があんなくっさいセリフを言うはずがない!」
「そんなわけないだろ。俺は俺、南雲は南雲だよ」
「ならまさか、天之河って感染するのか!?」
「……えい」
「ひぎぃ!?」
ハジメの変心ぶりに動揺しまくっていた浩介の、まだ完全に塞がりきっていない傷口に、光輝の指がぷすっと突き立った。
かつての自分を見ているようで確かに反論できないんだけど、そこまで言わなくてもよくない? みたいな、なんとも言えない憤りを指先に乗せて。
ついでに、目で「南雲には狙いがあるんだ」と伝える。かつての黒歴史ともいうべき自分の宣言を参考にされているのかと、羞恥に赤くなりながら。
悶える浩介が「お、お前……天之河、なんか変わったな……」と呟く。
その間も、狙い――〝電力の確保を優先している〟に勘づかれないよう、いかに自分が正義の心を以てマザー打倒と掲げているかを語っていたハジメの言葉を、マザーは苛立ったように切り捨てた。
『もう結構。ならば、四肢を切り取り、記憶を改竄して従順な被検体にしてあげましょう。そこのガラクタに組したこと、後悔しなさい』
「後悔などするものか! 俺は、俺は必ず――」
トータス召喚直後の光輝を参考に勇者プレイしていたハジメは、しかし、最後の言葉を口にするその瞬間、その一言だけ、
「――お前を殺す」
雰囲気を一変させた。一瞬前までの朗々と正義を語る姿が錯覚だったと思うような、溢れ出る殺意。
ほんの一瞬。僅かな間。
けれど、その時に見せた〝鬼気〟は正義とはほど遠く。巨大な天機兵が物理的な圧力でも受けたかのように波打ち、G10は空間が軋んだように錯覚し、光輝と浩介も久しぶりに感じた魔王の本気の殺意に思わず身を固くした。
そして、その凄絶なプレッシャーを向けられたマザーは、
『ッ――不可能です』
気圧されたように揺らぐ声音で返した。それはまるで、そうであれと祈るような響きだった。
自分でも不覚だと思ったのか、気を取り直したように最後の言葉を吐き捨てる。
『その統合天機兵を倒せたなら、私自らが相手をしてあげましょう。せいぜい足掻きなさい』
プッと小さな音を立てて、マザーの声が途切れた。もはや話すことはないと通信を切ったようだ。
その直後、巨大な統合天機兵が開戦を告げた。
巨体を激しく流動させ、触手の槍が篠突く雨の如く降り注いでくる。
ハジメは咄嗟にG10を抱え横っ飛びに回避した。光輝達もそれぞれエガリとノガリを肩に乗せて飛び退く。
そうして、ハジメが気合いを声に乗せて応戦の号令を響かせる――前に、
「ふははっ、勇者と魔王が共闘する舞台で踊れるとはなんたる僥倖! 滾るッ、滾るぞぉっ、実にエキサイティンッ!! さぁ! 友よ! 我等が友情こそ最強であるとっ、証明してやろうぞ!!」
「「……」」
一瞬で戻ってきた深淵卿が、なんか言い始めた。
雑極まりない即席外科手術を受けた直後とは思えないほど元気いっぱい。エンジン全開、アクセルはべた踏み状態、心は既にトップスピードである。
一瞬で萎える魔王。顔が引き攣る勇者。
部屋の奥の扉から更に上界機兵団まで雪崩れ込んで来る。統合天機兵が不吉にも青白いスパークを放ち始める。
そんな逼迫した戦場で、しかし、深淵卿の「ふははっ、ふははははっ」という高笑いがやたらと木霊するのだった。
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