魔王&勇者編 要塞都市コルトラン
「よろしく、駄犬。で、だ。発電所はどこだ?」
「はつ、でん? えっと……それはいったい――」
ハジメの質問に、明らかな困惑を見せる駄犬――もとい、ジャスパー。
ゴリッとドンナーの銃口がジャスパーの眉間に。「ヒッ」と小さな悲鳴が上がる。ざんばら髪の隙間から見える瞳は揺れていた。思考を巡らせているのは分かるが、とても誤魔化しの言葉を捻り出そうとしているようには見えない。純粋に、ハジメの質問の意味を考えているようにしか思えない。
取り敢えず、ナチュラルに駄犬と罵倒したことに「罵り慣れてるなぁ。いやな慣れだなぁ。流石、ティオさんの飼い主……」と内心で思いつつも、光輝は間に割って入った。
「すみません、ジャスパーさん。この男は導火線に火がついた爆弾みたいなものなんです。あまり怒らせない方が――」
ゴリッと、光輝の後頭部に銃口が。光輝は表情を変えず、言葉だけ華麗に変える。
「もしかして、発電所という言葉の意味自体が分からない感じですか?」
「あ、ああ。聞いたことのない単語だ……たぶん、どこかの場所を尋ねているんだろうが……」
あまりに予想外の返答だった。〝発電〟の意味が分からないなんてあり得ない。それではまるで、〝電力〟という概念自体を知らないと言っているようなものだ。
ハジメと光輝は顔を見合わせた。お互いの瞳の奥に困惑が揺らめいているのが分かる。嘘を吐いていると断じるには、誤魔化し方があまりに雑だ。となると逆説的に、本当に無知ということになってしまうが……
ハジメは、ドンナーで肩をトントンしつつ、目を眇めてジャスパーを見やった。
「……お前が俺達の召喚を主導した以上、あの召喚装置について知らないとは言わせない。コンデンサはどうやって用意した?」
「し、知らない――」
「ア゛ァ゛!?」
「ヒィッ!? 本当に知らないんだよぉ~~~!」
マフィアも裸足で逃げ出しそうな凶相と殺気がジャスパーの精神力を削る! 簀巻き状態なのでミミズのようにクネクネしている。
「南雲、落ち着けって」
「俺は落ち着いてる。冷静に恫喝しているだけだ」
「たち悪いな!」
だって、それが魔王だもの。
隙あらば、半泣きのジャスパーに靴をめり込ませようとするハジメを必死にブロックしつつ、光輝は柔らかい笑みを湛えた。
奇しくも、それがいわゆるアメとムチの関係となっているとは気が付かずに。
「ジャスパーさん、落ち着いてください。大丈夫です。俺が手出しはさせませんから」
「っ……ほ、本当か?」
「いや、南雲が本気で手を出そうとしたら止められないかもですが、善処はしますから」
「言い直すなよぉ! そこは断言してくれよぉ!」
「……世の中には、現実的にできることと、できないことっていうのがあるんですよ」
「つまりできないってことだな!? くそがっ」
ものすっごく遠い目をしている光輝に、アメがアメでなかったと理解して絶望するジャスパーさん。精神の許容量をオーバーしたのか、自棄になったように毒づく。
「……天之河。お前、なんか成長したな」
「褒め言葉として受け取っておく。凄く複雑だけどな」
まるで未確認生物を目撃したかのような表情をしているハジメに、光輝は言葉通りなんとも言えない表情をしつつ、ごほんっと咳払いを一つ。
「ジャスパーさん。あなたは〝発電所〟どころか〝電力〟というものがなんなのか、それ自体分かっていない。それで間違いないですか?」
「あ、ああ」
「では、俺達を召喚した装置は、どうやって用意を?」
「お、俺は言われた通りにやっただけなんだ。あれの材料は全部用意されてて、それを組み立てただけで……仕組みなんて分かんねぇよ。そもそも、俺達は〝下界民〟だ。支給品以外、金属に触れることすら〝禁忌〟だってのに……」
ジャスパーの言葉を聞いて、ハジメは眉間を揉みほぐした。事態は思っていたよりずっと複雑らしい。
「気になるワードは多々あるが……取り敢えず、誰に言われてやったんだ?」
「ら、楽園の主だ」
「楽園の主? 誰だそれは。どこに行けば会える?」
「わ、分からない」
「……」
「ほ、本当だ! 姿を見たことがないんだ! 半年くらい前に突然声が聞こえて、それからずっと声だけで指示されてたんだ! 言う通りにすれば楽園に行けるって言われたんだよ! だから……だから俺達は、〝楽園の主〟て呼んで……それだけなんだ! だからその目はやめてくれぇ!」
「南雲、南雲。瞳孔が収縮してる。マジ怖いから。ほんと怖いから!」
ハジメはガリガリと頭を掻いた。
それからより詳しく聞いたところ、あの地下空間についても、ジャスパーは詳しいことを知らないらしい。
この山脈と見紛う無数かつ巨大なゴミ山を抜けた先に本物の山があるらしく、その山を中心に都市があって、ジャスパー達はその麓に住んでいるのだとか。本来は、この場所に来ることも禁じられていて、地下があることも〝楽園の主〟に導かれるまで知らなかったのだという。
ジャスパーは、〝楽園の主〟の指示に従い、禁忌を犯しても今の暮らしから脱したいと願う者を集め、麓の町からこのゴミ集積場まで秘密裏に往復しつつ、少しずつ召喚装置を組み立てたらしい。
そして、コンデンサを始め召喚装置の部品類は、ジャスパー達が町にいる間にあの地下空間に用意されていたので、誰がどうやって運んでくれたのかも分からないのだ。
「そ、そうだ。なぁ、あんた達。他の連中は……」
「全滅した。連れ出せたのはお前だけだ」
「っ……そうか。やっぱり騙されたのか……」
唇を噛み締め、僅かに血を流すジャスパー。絞り出したような嘆きの言葉が紡がれる。
「楽園に……楽園に行けるって言ったんだ。腹一杯、飯が食えるってよぉ、〝寿命処理〟もないってよぉ。もっと、ちゃんと、〝マザー〟のいない場所で自由に生きられるってよぉ。そう言ったのに……全部、言われた通りしたのによぉっ。ちくしょう……」
希望を失ったみたいに瞳から光が消えて、ぐったりと力が抜けていく。
ハジメも光輝も、そんなジャスパーを見て彼は嘘を吐いてないだろうと判断した。
話の端々から、ジャスパーに学や教養の類いがほぼないだろうことは感じられた。彼の見た目年齢は四十歳前後。全体的に見窄らしい有様で、体も長く洗っていないらしく不潔だ。それは、あの虐殺されていた彼の仲間も同じだった。全体的に痩せている姿からも、あまりまともな食事はできていないことが窺える。
つまり、それだけ過酷な環境にいたということで、今の境遇から逃げ出したい、藁にも縋りたい思いで正体不明の何者かに従ったというのは、なるほど、信憑性がある。
とはいえ、
「結局、何も分かっていないのと変わらねぇな」
ハジメが深い溜息を吐いた。少ない情報から、どうにか推論を立てて行動方針の基準を作ろうと思考を回転させる。
「今回の召喚、黒幕がいるのは分かった。俺等に用があったのはそっちだ。となると、なぜ姿を見せないのか……おい、天之河。お前、変な声聞こえたりしてないか? こう『お待ちしていました、勇者様』的な」
「い、いや、聞いてない」
「本当か? その異世界電波を受信しやすい頭、正常に動いてるか?」
「言い方! それだと俺が頭のおかしい人みたいだろ」
嘆息しつつ、光輝はジャスパーを解放すべくエガリ製蜘蛛の糸を外しにかかった。
もちろん、外れない。
「なぁ、南雲。単純に手違いの可能性はないか? ……あれ? この! 外れないっ」
「マジで異世界に移動しようとして、〝楽園の主〟とやらが設計を間違えたってか? まぁ、なくはないな。つまり、『やっべ! マジやっべ! 異世界行きたかったのに、なんか変なの出てきちゃったよ! ……うん、逃げよ。俺、なんにも知りませ~ん!』って感じで逃げたってことだろ?」
「なんでそんなチャライ感じなんだ。っと、あれ!? 聖剣でも斬れない!? なんで!?」
「どっちにしろ、情報が少なすぎる。まずは情報収集からだな。おい、駄犬、この世界のことについて知りうる限りのことを話せ。あの機械の兵士やヒトデモドキのこと、何より、あれらがどこから来てるのか、誰が管理してるのかとかな」
「ちょっと待ってくれ、南雲! この糸、マジで斬れないんだけど! 聖剣で斬れない糸ってなんなんだ!? 魔物の糸じゃないのか!?」
「アッ、ちょっ、あんた! 今切れた! 俺の体もちょっと切れた! 当たってる当たってるぅ!」
「え!? 悪い! 糸が絡みついて……このっ」
「アーーッ、痛い! 痛いって! あんた俺を殺す気か!?」
ビクンビクンッと跳ねるジャスパーと、ギコギコッとこすりつつ糸の隙間に入り込んでしまった聖剣を引き抜こうとする光輝。僅かに糸が赤く染まっている……
実はこの糸、魔力を流すことで硬化するシュタル鉱石(奈落のサソリモドキのあれ)の粉末を練り合わせるという改良が施されている。魔力霧散現象の中でも、魔力を糸自体に浸透させる方式なので減衰効果はある程度抑えられるため、その耐久力を遺憾なく発揮しているようだ。
一応、糸の細さを調整した上で硬化させると斬糸として使えるのだが……触れていなければならないことと、アラクネの貯蔵魔力が続く限りという限度はある。
つまり、
「「イ゛ィ゛イ゛イ゛イ゛!!」」
「君達か! 魔力流すのやめてくれ!」
こっそり糸を簀巻きジャスパーに伸ばして接触し、硬化させていたエガリ&ノガリが、いかにも「聖剣がなんぼのもんじゃい! 斬れるもんなら斬ってみろぉ!」と言いたげに両前脚を万歳させていた。
こ、こいつら、なんかいちいち腹立つなぁっと、光輝が青筋を浮かべる。
と、その時、不意にゴォオオオッという腹の底に響くような重低音が鼓膜を震わせた。ハッと視線を転じるハジメ達。
「あの音は……まずいっ、空機兵だ! 見つかったら処分されるぞ!」
ゴミ山の向こう側から高速で近づいてくる音に、ジャスパーの顔色が一瞬で蒼白となる。
ハジメの判断は一瞬だった。
「エガリ! ノガリ! 隠蔽しろ!」
号令を出すや否や、エガリ&ノガリを真横のゴミ山へと投げつける。ゴミ山の中にズボッと飛び込んだ二体は、直後、エガリが糸を取り付けたゴミの一部を牽引する形で飛び出すことで空洞を生み出し、すかさずノガリが糸をドーム状に固定して三人が入れる空間を作り出した。
ジャスパーを引っ掴んだハジメと光輝がその空間へ飛び込む。直後、エガリが牽引している幾つものゴミの塊を持って戻れば、入り口が再びゴミで塞がって、ハジメ達の姿を完全に隠した。
ジャスパーがエガリ&ノガリの働きっぷりに「なっ、なっ」と驚きをあらわにしている中、更なる働きを感じて光輝が首を傾げた。
「ん? ノガリが糸に魔力を流してる?」
「熱とか赤外線とかX線とかを遮断するのと、あと防音機能を出すためだ」
「この糸、やばすぎないか?」
「「イ゛ィ゛!!」」
「あ、うん。ドヤァしてるのは分かる」
蜘蛛型グリムリーパーは糸こそが主力。その糸に数々の能力を付加するのは、困難であるが故にロマンに溢れている! という思いのもと、シアにバックドロップを食らって強制睡眠に就かされるまでトライ&エラーを繰り返した自慢の一品である。
そんな話をしている間にも、ジェットエンジンでも噴かしているような音は近づいてきて……そして、止まった。おそらく、陥没した地下道の出入り口上空で。
「お、おい。大丈夫なのか?」
「いいから黙ってろ」
ジャスパーが不安そうに呟く中、僅かな隙間からじっと外の様子を探る。
空中に浮いているのは、二対四翼の黒い人型だった。全体的に小さめで、両腕に別々の武装を取り付けている。翼だけでなく背面や腰、足からも青白い光を噴き出していて、それで飛んでいるようだ。
頭部には十字型に溝があり、その奥でモノアイが忙しなく上下左右に動いている。
(ほんと、マジもんのSFロボットだ。探知能力もただの視覚探知だけなんてあり得ないと思うが……)
相手に空の戦力があるのは非常に困った話だ。一度捕捉されたら最後、滅多なことでは逃げられないだろう。速攻で倒したとしても、直ぐに増援がやってくるに違いない。
まだこの世界のことがよく分かっていない時点で、それは避けたい事態だ。故に、対策を超える探知方法を有していないことを心の中で祈る。
久しぶりに感じるヒリヒリとした緊張感に、つい口元が不敵な弧を描く。ゲームでの縛りプレイは、やり込み派のハジメ的に大好物だが、リアルで命懸けとなると中々笑えない事態だ。
だからこそ、笑うわけだが。
そんなハジメの様子に、息を殺していたジャスパーは狂人でも見たようなギョッとした表情になり、光輝はさもありなんとばかりに肩を竦めた。
そうこうしているうちに空機兵とやらの調査は終わったらしい。モノアイが十字架の中央に固定され明滅した後、アフターバーナーのような青白い光を一際強く光らせて、どこかへと飛んでいった。
「どうやらSF的なとんでも探知機能はなかったみたいだな」
「はぁ、良かったよ。魔法で遠距離攻撃できないし、障壁で足場も作れないから直接斬りにいくのも無理だし」
「そういやそうだな。なんだ、今の勇者、敵が飛行タイプだと無能か」
「……なぁ、オブラートって知ってるか?」
「当たり前だろ。薬どころか言葉だって包める便利なもんだ」
「じゃあ包めよ! そのエッジの利き過ぎてる言葉をさぁ!」
ビキビキと青筋を浮かべる光輝を放置して、ハジメはエガリとノガリにジャスパーを簀巻きにしている糸と、ドーム状の糸を回収させた。
「駄犬」
「……できればジャスパーと呼んでもらえれば……」
「いいだろう。代わりに、その町とやらに案内しろ。道中の質問にも答えてもらうぞ」
名前を呼んでもらうだけなのに対価を要求され、ジャスパーはげっそりした様子で頷きつつ、町の方へと先導し始めた。
周囲を警戒しつつ小走りでゴミの山脈の間を抜け、時に乗り越え、あるいはゴミのトンネルを抜けていく。
生ゴミだろうか。異臭が鼻をツンッと突いてくる。木材や石材、あるいはプラスチックらしきものの残骸の他、建物の鉄骨らしき大きなもの、正体不明の機械の残骸らしきものが散見され、小さな虫があちこちに這い回っている。
まさに、この世の墓場と表現したくなる酷い場所だ。数々の特異な経験をしてきたハジメと光輝であっても、いささか気が滅入ってくる。
「それでジャスパー。さっきのクウキヘイだったか? あの機械共はなんだ? 誰が管理してる?」
「……その前に、一応、確認しときたいんだが……今までの感じからして、その、上界の人間じゃあないんだよな? その小さな機兵を従えてるみたいだし……」
「この世界の人間じゃあないのは確かだ。一応、お前が言うところ楽園の人間だよ」
「っ、そうか。そうか……楽園は実在して……」
何か噛み締めるように、ジャスパーはグッと拳を握った。そんな彼へ、光輝が言葉を繋ぐ。
「俺達は元の世界に戻りたいんです。装置は壊れてしまったけど、方法はある。そのためにも、ジャスパーさんの知ってることを教えてほしいんです。俺達は、この世界のことを何も知らないから」
「方法……そう、なのか。…………ジャスパーでいい。言葉も適当でいい。生まれてこの方、そんな丁寧な言葉遣いされたことがないんでな。変な気分になる」
少し困った様子で頭を掻いたジャスパーは、一呼吸を置いて話し始めた。
「空機兵は機兵の一つだ。簡単に言えば、〝マザー〟の兵隊だよ」
「マザー?」
首を傾げるハジメと光輝に、ジャスパーは道なき道を一定の方向――特に稲光の激しい暗雲の方向へ向かって進みながら説明した。
曰く、このゴミの山脈を抜けた先に山があり、それを霊峰コルトランと呼び、その山頂には誰も見たことがないが〝マザー〟と呼ばれる存在がいるらしい。
そして、その霊峰コルトランの山肌に張り付くようにして都市が広がっていて、三合目辺りから下を〝下界〟、四合目から七合目辺りを〝上界〟、八合目から山頂までを〝雲上界〟と呼んでいるのだという。
人間が存在しているのは上界までで、特に優れた選ばれし人間だけが住んでおり、下界の民とは扱いも環境も雲泥の差なのだとか。
「下界の俺達は、全てが決められている。一日に食える飯の量も、水も、やることも、その時間も。他の何もかも。自由は……寝る時間くらいだな」
「そんなの……」
まるで奴隷じゃないか。という言葉を、光輝は呑み込んだ。同時に、ジャスパーが回復薬で怪我を癒やされてもしばらく目覚めなかった理由――極度の疲労の原因も察した。
おそらく、彼はこの半年の間。その睡眠時間を削って、都市とあの地下空間を往復し作業していたのだろう。
「上界とやらは? お前等は行けないのか?」
「行けねぇよ。上界は上界、下界は下界だ。生まれで全て決まるのさ。まぁ、逆に、上界の人間が何かの理由で下界に落とされることはあるけどな」
そういう人間から、下界の人間は上界の話を聞き、羨望と絶望と、ほんの少しの希望を抱く。そう、原則的なルールを破らない限り上界では何をするも自由である故に。そして、十年に一度だけ行われる下界民に対する〝検査〟で、一握りの人間が上界に行けるが故に。
何を〝検査〟し、何を基準に選んでいるのか分からないが、場合によっては一人も選ばれないこともあるらしい。
なので、ジャスパーからすれば〝行けない〟のと変わらないということだ。
なお、雲上界がどうなっているのかは誰も知らないらしい。行ったことのある者がおらず、ただ、機兵だけが出入りしている。
「で、だ。そんな俺達を管理してるのが、その機兵なんだよ」
「つまり、マザーとやらに管理されているってわけか。で、結局、そのマザーって何者だ?」
「分からない。でも、俺の生まれるずっと前から、何百年も存在しているって話だから……だいたいの人間は〝守護神〟と呼んで信仰してるよ」
途端、ハジメと光輝の顔が、うへぇと歪んだ。まるで、苦味と渋味と辛味を凝縮した粉末をごちゃ混ぜにした団子でも無理やり口に詰め込まれたみたいな凄まじい顔だ。
「南雲、雲行きがいつも通りになってきたな?」
「お前のせいだな。このクソ神ホイホイ勇者が」
「……否定できないのが辛い。あと、なんか俺、シアさんの○○ウサギシリーズみたいな感じになってないか?」
早くも勇者の目が死に始めた。とはいえ、そのマザーとやらが黒幕とはまだ断言できない。手段が迂遠すぎるし、目的も不明だ。
光輝がどうにか現実に意識を帰還させつつ、小首を傾げて問うた。
「けど、ジャスパー。君の有様や言動を見る限り、下界の人々が良い環境にいるとは思えない。なのに、大多数の人が崇めるというのはおかしくないかな?」
「……おかしくねぇよ。むしろ、おかしいのはきっと、俺の方なんだ」
「それはどういう……」
「腹一杯の飯を。長生きを。自由を。そう望む俺は欲深い恩知らずってことさ」
自嘲するように卑屈な嗤い顔を見せるジャスパーに、こいつは何を言っているんだと目を眇めるハジメと光輝。
その疑問の答えは、最後のゴミ山のトンネルを抜けた先にあった。
「あれが霊峰コルトラン。そして――」
視界に飛び込んできたのは、稲妻を無数に走らせる暗雲と、数キロ先にそびえ立つ山。標高は山頂が雲に被われていて正確には分からないが、円錐状の山なので傾斜から推測するに五千メートルくらいだろうか。
上に行くほど人工的な光に埋め尽くされ、まるでド派手で巨大なクリスマスツリーでも見ているかのようである。三合目辺りから下は上層の光に照らされているだけで薄暗く、それがまたツリーの幹部分のように見えるから尚更。
ハジメは魔眼で、光輝はサングラスの望遠機能で観察してみれば、ある程度山を削って階層状の平地もあり、まるで段々畑、あるいは巨大なアフタヌーンティーの円錐形ケーキスタンドのようになっているのが分かった。
もっとも、一番注目すべきは、その山の周辺の方だ。
そう、サークル状にぐるりと山を、そして都市を囲む長大にして巨大な壁。
否、防壁。
ジャスパーの言葉が響いた。
「人類最後の都市。マザーと機兵が守護する砦。――要塞都市コルトランだ」
それから、ゴミ集積場の端に隠されていたマンホールのような出入り口から再び地下道へと入ったハジメ達は、都市へ向かって伸びる通路を進んだ。
その地下道は鉄製の支柱で補強はされているものの土や岩が剥き出しで、どうにも不安を覚える作りだった。あの全面金属製の地下空間とは異なり、即席で作ったことが明らかである。
ただ、例の〝楽園の主〟とやらは、都市の地下まで数キロの道を限られた時間で往復しなければならないジャスパー達に時短の手段――電動式のトロッコを用意してくれていたらしく、到着はあっという間だった。
なお、やはりというべきか。ジャスパーは操作方法を教えられているだけで、トロッコがなぜ動くのか、地下道の暗闇を斬り裂くライトの光が何をエネルギーとしているのか、それは全く理解していなかった。当然、都市を彩る明かりについても同じだ。
情報統制が徹底している。きな臭いものを感じながらも、ハジメは教えられた他の点について考えをまとめるように呟いた。
「ふ~ん? つまり、侵略者ってのは、よく分からん存在だが人類を絶滅に追い込んでいて、マザーが人類を守るために対抗しているってわけか」
「そうだ。だから、俺達下界民も、今の生活に感謝して生きるべきなんだ。これ以上を求めるのは贅沢だって……分かっちゃいるんだ」
ジャスパー曰く、遥か昔に突然出現した〝侵略者〟とやらにより、人類は絶滅の危機に陥ったのだという。それを瀬戸際で食い止めているのがマザーであり、機兵であり、そして要塞都市コルトランというわけだ。
厳しい管理世界であっても、それは残された人類を守護するため。
故に、大多数の人はマザーを信仰しているし、完全に管理され自由のない環境でも甘んじて受け入れている。
そんな話を、地上に出るための梯子の前で聞き、ハジメと光輝は顔を見合わせた。
多大な疑問を瞳に乗せて。
なぜなら、その侵略者とやらは――
(なぁ、南雲。やっぱり、あのヒトデモドキだよな?)
(だろうな)
そう、侵略者とは、あのヒトデモドキのことだったのだ。機兵とヒトデモドキは、完全に別口だったらしい。
要塞都市の外は侵略者がはびこる危険地帯だという。ならば、あの地下空間に巣くっていたとしてもおかしくはない。おかしくはないのだが……
なんともしっくりこない顔をしている二人に、ジャスパーは梯子に手をかけながら首を傾げた。
「どうしたんだ?」
「ああ、いや、なんでもないよ、ジャスパー」
光輝が緩やかに首を振る。そして、ハジメを見た。腕を組み、深く考え込んでいる様子だ。その思考を読んだように、光輝が尋ねる。
「南雲、しばらくこの地下道にとどまるか?」
「え?」
困惑の声をあげたのはジャスパーだった。それを尻目に、ハジメは光輝へ鋭い眼光を向けながら尋ね返す。
「天之河、お前の魔力、どれくらいで回復する?」
「自然魔力があれば高速魔力回復の技能で一、二時間もあればいいんだけど……結局のところいかに心身を休められるか、だからなぁ」
おそらく、今の状態なら半日程度、と結論づける。ハジメに伝えつつ、光輝は続ける。
「その様子だと、行動方針は決まったみたいだな。やっぱり山頂を目指すか?」
「ああ。どこにいるのかも分からない楽園の主とやらを探すのは手間だ。だが、山頂に近づけば近づくほど、少なくとも発電施設には近づく。それは間違いない」
「当然、戦力は多いだろうな。電力の概念を人々に伝えないくらい、厳重に管理してるみたいだし」
「侵入にせよ、強襲突破にせよ、切り札は用意しておきたい。俺もお前も、な」
「確かに。限界突破は使えるようにしておきたいな。なら、下手に都市内に出る前に、この秘密の地下道で休息をとるのがベターか」
正解だというように頷くハジメ。光輝も納得の表情で頷く。
そんな二人のやり取りを呆然と眺めていたジャスパーは、ハジメの視線が自分に向いたことでハッと我に返った。
「あ、あんたらまさかっ、上に行く気か!? 死ぬだけだぞ!」
「それはお前には関係のないことだ」
「そんなことっ。あんたらは楽園に帰るつもりなんだろ!? だったら――」
「死なれては困る、か? 自分も楽園に行きたいから、もっと穏便な方法、楽園の主を捜した方がいいって?」
「っ、そ、それが一番安全な方法だろ!? 上界に行こうなんて自殺行為だ!」
地下道の中に木霊するジャスパーの声。必死というのがよく分かる切実な声音だ。
確かに、厳しい制限をかけられているハジメと光輝にとって、安全策を取るなら楽園の主を捜して召喚装置を作り直すのがベターだろう。
とはいえ、
「家族が待ってるんだよ」
「――っ」
だから、時間はかけられない。
ハジメの静かで、しかし、ズシリッと重い言葉に、ジャスパーは言葉を失った。まるで、今、初めてそのことに気が付いたみたいに。
光輝を見れば、彼もまた苦笑い気味に、されど瞳の奥に〝帰りたい〟ではなく〝帰らなければ〟という強い光を宿していた。待ってくれている人がいるのだと。
目的のために、願いのために、必要な〝最善〟に手を伸ばす。リスクを呑み込み、踏み越える。
ジャスパーは圧倒される自分を自覚した。
これほどまでに〝生きている目〟を、見たことがなかったから。
けれど、同時に、自分の中で何か得体の知れない感情がうねっているのも分かった。それは、きっと願望の熱だった。自分は、こんな目をあいつらにしてほしくて――
だからだろうか。
突如、バッと通ってきた地下道の奥へ振り返った二人が、
「っ、くそが。秘密の通路じゃねぇじゃねぇか」
「地面が陥没したんだ。調査は入念にされるだろうし、時間の問題だったよ」
「その時間を、ここなら稼げると思ったんだがな。運が悪い……勇者のせいで」
「なんでもかんでも俺のせいにするのやめてくれるか!?」
「「イ゛ィ゛イ゛イ゛!!」」
「見ろ、エガリとノガリも『このトラブル吸引力が変わらないただ一人の勇者め! 不幸だぁーーって叫びながら特攻してこい!』って言ってるじゃねぇか」
「ツッコミどころ満載だけどこれだけ言わせてくれ! 言葉が分かるのか!?」
なんて軽口を叩きながらも、通路のずっと奥にわずかな光が見えて機兵が嗅ぎつけたのだと知って……
「っ、地上に出るぞ! 今なら町中に紛れ込めばかわせる! 安全な場所もある!」
自分にとって一番大事な場所に連れて行こうと思ってしまったのは。
驚いたように振り返る二人をせっついて、ジャスパーは梯子を一気に駆け上がった。ハジメと光輝も、一瞬顔を見合わせるも直ぐ後に続く。
飛び出した場所は、古びた木造家屋の中だったようだ。木箱の底の蓋が地下への入り口となっていたらしい。
ジャスパーは玄関の扉を開きつつ、しかしそこから出ないで部屋の壁を押し込んだ。すると、壁の一部が外れた。
「こっちだ! 早く!」
ハジメと光輝が言われるままに隣の家屋の中に入ると、ジャスパーはまた壁を元通りにはめ直し、小走りで先導を始めた。
外には出ず、壁を外したり、ゴミや箱で隠した穴をくぐったり、時には密集した家屋の屋根の上を這うようにして伝っていき、とにかく人がいない場所、見つかりにくい場所を迷いなく選んで進んでいく。
進めば進むほど気配感知には無数の気配が感じられて、こっそり探ればジャスパー同様に薄汚れた人々が見えた。
どうやら既に人混みに紛れているらしい。複雑すぎるルートかつ迅速に距離を取ったこともあり、これなら機兵達が地下道から出てきても捕捉はされないだろうと思えた。
「どこに向かってる?」
街灯の類もなく、上界から降り注ぐ光のみが照らす薄暗い最下層の町。建物一つとっても歪でみすぼらしく、木造や石造ならいい方で、中にはテントのように布で囲っただけのものもある。並び方も適当で、あまりに乱雑すぎる。糞尿と油の臭いが鼻をつき、まさに世紀末のスラム街といった有様。上界の煌びやかさとの対比が酷い。
それに光輝が言葉を失っている中、ハジメが静かに尋ねたことにジャスパーもまた静かに答えた。
「俺の家だ。休息が必要なんだろ?」
「……そうだな」
随分と協力的な様子に、ハジメは目を細めた。次いで、チラリと少し後ろをついてくる光輝を見やった。しきりに、周囲の様子を見ては歯噛みし、辛そうにしかめているその顔を。
積極的に協力してくれる相手、困窮した人々からの助けを求める声……面倒にならなければいいが、と内心で呟きながら。
しばらく、ハジメでも混乱しそうなほど複雑なルートを通ってようやくたどり着いたのは乱雑な石造りの建物だった。大きさは日本の平均的な平屋の一軒家くらい。端の方が倒壊していて、布と木の板で辛うじて塞いである。
玄関側は比較的に大きな道に面しているが、裏側は人一人がようやく通れるくらいの狭い道だ。
目立つハジメと光輝を見事に先導しきったジャスパーは、その裏道を通って扉を小さく三回ノックした。
「? お前の家じゃないのか?」
「……孤児が集まって暮らしてる。俺はここの出身で今も住んでるんだ。町で下手に騒いだら騎兵に処分されるが、それでも争いがないわけじゃないから家に入る時はこうやってノックするんだよ」
さもありなん。これだけ退廃的な場所なら、身寄りのない子がいるのは必然だ。しかし、そうなるとジャスパーは、その子たちを置いて楽園に行こうとしていたのか。
光輝が思わず何かを口にしかけた、その時、
「兄さん?」
女性の小さな声が届いた。ジャスパーが「俺だ」と答えると安心したような吐息が聞こえ、扉が開いた。
中から出てきたのは、栗毛をおおざっぱな三つ編みにした二十歳くらいの女性だった。薄汚れているのは変わらないが、優しい雰囲気のかわいらしい外見だ。ボロボロのワンピースを揺らして、安堵したようにジャスパーへ手を伸ばす。
が、そこで、ジャスパーの後ろにいたハジメと光輝に気が付き目を見開いた。
「事情は後で説明する。ミンディ、とにかく二人を中に」
「え、あ……分かったわ、兄さん」
戸惑うミンディという女性を中に押し込むようにしてジャスパーが家の中に入り、ハジメと光輝も後に続いた。
上界の光が届かない屋内は、より一層薄暗い。建物の作りが乱雑故に、隙間から光が差し込んでいるので見えないわけではないし、ランプの灯りもあるが、なんとも太陽が恋しくなる雰囲気だ。
「えっと、兄さん。もしかして、上界からその……降りてきた人達かしら?」
ダイニング兼リビングだろうか。積み重ねた石の上に木の板を置いただけの、けれどそれなりに大きなテーブルのある部屋に案内されたハジメと光輝が、これまた切り株のような椅子に座った途端、ミンディが堪え切れずといった様子で尋ねた。
「いや、そういうわけじゃないが……」
唯一考えられる可能性を歯切れ悪くではあるが否定されて、ミンディはますます困惑顔に。
「えっと、いきなり訪ねて来てすみません。ミンディさんとお呼びしていいですか?」
「へ? お、お呼び? ミンディさん?」
ジャスパーと同じく丁寧な扱いを受けたことがないのだろう。穏やかな微笑を浮かべながら尋ねた光輝に、ミンディは目を白黒させつつも僅かに頬を染め……
「エガリ、記録しろ。あの女王への手土産だ」
「イ゛ィ゛!!」
「モアナに何を渡すつもりだ!?」
もちろん、勇者がフラグを立てようとした証拠映像を。
「ミンディとやら。気をつけろ。この勇者は油断すると直ぐに堕としにかかってくるぞ」
「お前にだけは言われたくない!」
ミンディさんはオロオロしつつも忠告するハジメに視線を向け、なぜか頬を染めたまま視線を逸らした。
「ノガリさん! ぜひ記録を頼む! 最凶の正妻様への手土産にしたい!」
「イ゛ィ゛!!」
「てめぇ、ユエに何を渡すつもりだ」
もちろん、魔王にフラグが立ちそうになった証拠映像を。
「ミ、ミンディ。悪いが、水と食料を頼む。二人はその……客なんだ。休息が必要でな」
「水はともかく、食料まで? ……わ、分かったわ、兄さん」
どうやら客人がそれほど怖い人たちでないということが馬鹿なやり取りで分かったらしく、少し緊張を解いたミンディだったが、次ぐ兄の言葉に少し顔を強張らせた。
部屋の奥にパタパタと入っていき、すぐに戻ってくる。その手には、木製のコップと木皿があった。
「さぁ、遠慮なく食ってくれ」
「「……」」
たぶん、きっと、ジャスパーなりのもてなしなのだろう。
たとえ、打算ありきだろうとも。
たとえ、コップの水が濁りまくっていて、何か変なものが点々と浮いていても。
そう、たとえ、木皿に盛られたそれが、何か名状しがたい濁ったヨーグルトのようなものであったとしても。
良い子の光輝が葛藤している。チラリと見やれば、ジャスパーさんが少し微笑んでいる。そこに悪意はない。
「悪いな。楽園ならもっと良いものを食べているんだろうが、あいにく、俺達に配給される食料はそれだけでな」
「そ、そうか。もてなし、ありがとう」
といいつつも、木製スプーンを持つ手が震えちゃう光輝くん。助けを求めるように隣へ視線を向けると、ハッとする。
分かったからだ。その冷徹な表情を見て、察したからだ。あ、こいつ、普通に拒否ろうとしてやがる……と。
「悪いが、別にいらな――」
相手のもてなしを普通に拒否る魔王様。だが、その言葉は途中で止まった。
視線を感じたのだ。
見てみれば、奥の部屋からジ~~ッと見てくる無数の瞳が。ついでに、ぐぅ~~っとお腹の鳴る音も無数に。
そう、無数の、ちびっ子たちの物欲しそうな瞳と、腹を空かせた音が。
「あ、こら、お前たち! 向こうに行ってろ! 大事なお客さんが食事中だ!」
ジャスパーの声に、びくっと震える子供たち。不意に、一人の小さな女の子とハジメの目が合った。女の子はハジメと食べ物に交互に視線をやったあと、
「……食べて、いいよ?」
「……」
なんてことをおっしゃった。ぐぅっと再びお腹を鳴らしながら。流石の魔王も、娘と同い年くらいの女の子の気遣いを前に、「こんなもん食えるか」とは言えない。むしろ、お腹いっぱいだから君が食べなさいと言いたい。
「子供たちのことは気にしなくていい。さぁ、腹を満たして、ゆっくり休んでくれ」
ぐぅぐぅ鳴るお腹の音の合唱。悲壮ともいえるミンディさんの表情。笑顔だが、瞳の奥に何やら重そうな決意が垣間見えるジャスパー。
勇者と魔王は、思った。
精神的に休めねぇよ、と。
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感想・意見・誤字脱字報告もありがとうございます。
今回は説明会です。が、時間がなくて雑な感じが。
後でちょっと修正していくかもです。