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ありふれた職業で世界最強  作者: 厨二好き/白米良
ありふれたアフターストーリーⅢ
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トータス旅行記⑭ 聖地ブルック






 ビチビチッ、ビチビチッ!! と激しく跳ねる魚がいた。否、おっさんがいた。否、否。おっさん顔の魚がいた。つまり、人面魚の魔物――リーさんことリーマンがいた。


 ブルック近郊の泉。その畔から少し離れた草むらで『へっ、ちくしょうが。俺もやきがまわったもんだぜ』と小さく呟きながら、ニヒルに笑ってビチビチッビチビチッ!! 


 どうにか湖に戻ろうとしながら跳ねる跳ねる。が、一向に近づく気配なし。泉までが果てしなく遠い…


「ハジメ。まさかこの世界には、リアルシー○ンがいるのか……」

「リアルで見ると……中々の衝撃的光景、ね」


 (しゅう)(すみれ)から戦慄に震える声が。智一達も、そしておっさん顔の人面魚と初対面の雫と愛子も、一歩後退るレベルで引いている様子。


 やはりリーさんは、大抵の初対面の人の精神に優しくはないらしい。ものすっごくシュールだから。存在が。


 ライセン大迷宮ツアーを終えて、ミレディの悪戯(?)に発狂しているシアをなだめて、取り敢えず転移してきたこの場所こそ、かつてハジメ達が水洗便所ショートカットの結果として放り出された場所だ。


 一応、放り出された場所がここだよ、と教えるくらいで直ぐに次の場所へ向かうつもりだったのが、そこでハジメがはたと思い出したのである。


 そう言えば、リーさんってこの時、一緒に吹き飛ばされたんだったよな……と。ついでに言えば、その後、通りすがりに捕獲されて珍しい魔物としてフューレンの水族館に売られたのだ。


 なんて説明を、ビチビチッしているリーさんを眺めながらするハジメに、正気度をどうにか回復させたシアがウサッとウサミミを広げて言う。


「そ、そうですっ、ハジメさん! こんなところでビチビチのリーマンさんを眺めている場合じゃありません! 今この瞬間も、あの泉の畔で私の初めてのちゅ~が!」

「シア、そこ詳しくお願いできるかな? かな?」

「え? 攻略した直後に? ハジメ、あなたシアを襲ったの?」

「ええ!? ハジメ君、こんなところで!? ユエさんもいるのに!?」


 香織がぐりんっと首を捻ってシアへ肉薄。雫と愛子がハジメに驚愕の眼差しを向け、智一が「このケダモノがっ」と殺人眼光を放つ。薫子達も「あらまぁっ」みたいな顔に。


「リーさんに驚いて溺死しかけたシアの救命措置をしたら、復活した瞬間に身体強化MAXで吸い付いてきた」


 ハジメの半眼が無言で訴える。「ケダモノはどっちだ?」と。あるいは「こいつこそケダモノウサギだ」と。


「まぁっ、シアちゃんったら肉食ウサギさんね!」

義母(かあ)さま! 違いますぅ! 大迷宮初攻略でハジメさん達に認めてもらえて! 名前もちゃんと呼んでもらえて! こう、いろいろ(ほとばし)っちゃっただけなんです! 森のウサギはケダモノではありません!」


 むしろ淑女ですよ! と今更感ばりばりの貞淑アピールをするが、皆の瞳は生温かい。地球に移住してからの服装も露出多目だし……、なんだかんだ言ってユエ並に直ぐ密着するし……と。森のウサギ=ケダモノ説が定説になりそうである。


 ……違う意味で、現在の樹海に巣くう森のウサギ達はケダモノ集団なので、あながち間違っていないのが辛いところである。


 なので、シアは「みんなでヤレば怖くない!」の精神で、道連れを作ることに。


「香織さんだって吸い付き前科一犯です!」

「シア!?」


 ギョッとする香織。ギョロリッと目を剝く香織パパ。まぁまぁっと興奮する香織ママ。


「海底遺跡で亡霊に取り憑かれた時、復活した直後に吸い付いたんですよね! ね!」

「そ、それはっ……その……」


 悪戯が見つかったワンコの尻尾の如く、語尾がふにゃりと力を失う。助けを求めてハジメを見る香織だったが、ハジメはふっと視線を逸らし、


「吸い付かれたな。おまけに、歩けない振りをして背中に取り憑かれたな……」

「取り憑くって酷くないかな!?」

「吸い付いた点は否定しないのね」


 雫から的確なツッコミ。香織の顔が急速に秋を迎える。紅葉より真っ赤になって、血涙を流しそうな智一と、他の「香織ちゃんも、癒やしの聖女みたいな雰囲気で実はケダモノ……ケダモノ聖女ね!」みたいな生温かい眼差しに否定の言葉を。


「ち、違うの! 劣等感とか、焦燥感とか、いろいろ吹っ切れて感情が迸っちゃっただけなの! 私だって淑女だからね! ケダモノじゃないから!」


 シアと並んで必死の弁明も、普段の行いが軽く吹き飛ばす。


「……ふっ。これからは二人揃って〝吸い付き淑女〟と名乗ればいい」

「ユエさんには言われたくないです」

「ユエには言われたくないよ」


 かぷちゅ~淑女たるユエに、シアと香織から真顔のツッコミが炸裂した。


「妾は吸い付くより吸い付かれる方じゃしのぅ」


 話に入れんと寂しそうに言うティオは、取り敢えずスルー。


 親達の視線がなんとなく落ち着かないので、ハジメは話題転換を図った。目の前のビチビチリーさんを眺めつつ、ふと気になった点を口にする。


「そう言えばミュウ。お前、リーさんを見てもあんまり驚かないな?」


 海人族なのだし、海の魔物にはやはり慣れているのか、と首を傾げる。と、同時にギョッとした。ミュウの隣で、ふか~い笑顔でジ~ッとリーさんを見つめ――睨んで? いるレミアに。ミュウは、そんなママのちょっぴり怖い笑顔に引いて静かにしていたらしい。


「ど、どうしたレミア」

「? どうもしませんよ? うふふ。ただ、この方がうちの娘にいらないことを教えた〝リーさん〟なのね、と思っただけで。うふふ、本当にどうしてやりましょうか」

「マジでどうした!?」


 どんな時でも〝あらあらうふふ〟のおっとりお姉さんなレミアが笑顔で怒るという実に珍しい状況。空気がスパイスでも撒いたみたいにピリッとしていらっしゃる。


 うふふしているレミアからそろりっと離れたミュウが、気まずそうに言う。


「あのね、パパ。ミュウ、パパ達のお迎えを待っている時にリーさんとお話したことがあるの」

「マジか……って、リーさんも西の海にいるんだから、そりゃあ遭遇することもあるか」


 どうやら、ハジメ達が【メルジーネ海底遺跡】を攻略し一時のお別れをした後、ミュウはリーさんと遭遇していたらしい。


「それでね、ミュウがパパの娘だって分かって、リーさん、いつでもミュウの力になってやるって言ってくれたの」

「あの人……いや、魚?……魔物か? まぁとにかく、リーさんは面倒見のいいナイスミドルだからなぁ」

「でも、奥さんには縄で縛られて、子供の相手をさせられているの」

「……」

「忘れてたけど、パパへの伝言もあったの。――〝最後に選ぶのは姉さん女房にしとけ。ただし、カカア天下はいただけねぇ。尻に敷かれんじゃねぇぞ〟なの」


 なるほど。リーさんは恐妻様の尻に敷かれているらしい。


「大体察した。ミュウ、お前、言葉の意味が分からなくてレミアに聞いたな?」

「聞いてしまったの」


 ついでに言うと、ママはパパの首に縄を付けてミュウと遊ばせるの? なんてアブノーマルな質問もしちゃったりしている。リーさんが、奥さんに海藻の蔦で縛り上げられて連れていかれながら「子供と遊べ!」とぷりぷりと怒鳴られていたために。


 ミュウの質問からいろいろ誤解したレミアママは、必然、幼い娘にアブノーマルな夫婦関係を教えた不逞の輩にお怒りになったというわけだ。


「誤解、解いてやれよ……」

「パパ、ミュウはちゃんと誤解を解きました」


 では、なぜレミアさんはまだ怒ってるの? と注目が集まる中、ミュウは眉を八の字にして、ビチリーさんを横目にした。


「ママ曰く、〝家族を放っておいて風来坊気取りなんて……。おまけに尻には敷かれるな、なんて伝言を子供に頼むなんて……奥さんや子供をなんだと思ってるのかしら? ママ、そういう人ってちょっと許せないわ〟らしいの」

「な、なるほど……」


 なんとなく、ハジメを筆頭にパパ~ズの視線がスッと明後日の方向に向いた。揃って、かなり西の空へ傾いている太陽を眺める。


 趣味に走ってつい我を忘れる人種……という点で、ここにいる男達は共通しているのかもしれない。


 ユエ達と、菫達奥さん組の視線が、何故か妙に痛い。


「今回の旅行で里帰りもすることですし……会えるといいわね。リーさんに。ね? ミュウ?」

「は、はいなの」


 ひゅるりと、妙に乾燥しているような気がしないでもない風が吹き抜けた。泉の畔なのに。男限定で妙に喉が乾く……ような気もした。


 香織が、「あ~魔力的にこれ以上むりかも~」とわざとらしく口にしながらビチリーの過去映像を消す。レミアのふか~い笑みも元のおっとり笑顔に戻った。男達は安堵した。


 旦那達の様子に苦笑いを浮かべつつ、菫は話題転換も兼ねてか「それにしても」とシアに視線を向けた。


「シアちゃん」

「あ、はい、なんですか? 義母(かあ)さま」


 菫は直ぐに言葉を返すことなく、ゆったりとシアの傍に寄った。そして、優しい手つきでシアの頭を撫で始めた。


 きょとりとするシアに、これまた優しい微笑みを向ける。


「義母さまからも、ね? タイミング逃しちゃってたから、今、言わせてもらうわ。……よく頑張りました。頑張ってくれました。ハジメとユエちゃんに、諦めずについて来てくれてありがとう」

「あ……」


 ライセン大迷宮ツアーではいろいろ衝撃映像が連なっていたのでスルーされていたが、ある意味、この大迷宮攻略はシアにとっても、そしてハジメとユエにとってもターニングポイントだったに違いない。


 もし、シアが途中で心折れて、逃げ出すようなことがあったら……


 あるいは、ハジメとユエに頼り切るだけで終ったなら……


 ハジメもユエも、シアを仲間とは認めなかったに違いない。


 ライセン大峡谷の谷底で見た、シアとハジメ達との邂逅の時の逃げることしかできなかった過去のシアの姿を思い出す。


 そうすれば、まだ樹海での訓練風景など見てはいないけれど、シアがどれだけの勇気を振り絞り続けたのか、ミレディ・ゴーレムに止めを刺した鮮烈な光景を思い浮かべれば容易に察することができるというもの。


 望む未来のために、一生懸命に。


 まさに有言実行。言うは易く行うは難しそのままというべき至難を、見事に乗り越えた。


 結果、ハジメとユエの二人っきりの世界に、色がついた。鮮やかな色が。


「えっと、あの、その……」


 なんだか真っ赤になって、ウサミミもウサシッポもモジモジうさうささせて言葉を探しているシアに、愁も歩み寄ってぽんぽんっと頭を撫でる。


「奈落での様子を見る限り、シアちゃんがいなかったら、ハジメとユエちゃんは本当に全部薙ぎ倒して、全部切り捨てて、言葉通り二人っきりの世界で完結していたかもしれない。この先の未来で、ハジメ達が出会う人達と縁を繋ぐことができたのは……きっと、シアちゃんのおかげだな」


 奈落の化け物に寄り添う月。


 それだけでは、きっとずっと、ハジメとユエの心の世界には、二人っきりの静かな夜だけが広がっていたに違いない。何者も受け入れない、二人で完結した少し寂しい世界が。


 そこに陽の光を注いだのはシアだ。


 だから、ハジメ達の世界は色づき、そして育む余地を得た。人との(えにし)を。


「そ、そんな、おおげさですよ。私はただ、恩返しとか、ようやく出会えた同じ体質の人達と一緒に行きたいとか、そう思っただけで……あと、ハジメさんのこと好きになっちゃっただけで……」


 義母と義父から絶賛と感謝を向けられて、たれウサミミで目元を隠す。ウサシッポだけはパタパタ、パタパタ。


 そんなシアを見て、ハジメとユエは顔を見合わせ、一拍。慈しむような表情になって、シアに顔を向けた。


「謙遜する必要はねぇだろ。実際、お前と出会わなけりゃあ今はないと思ってる。きっと、愛子の〝寂しい生き方をしないでほしい〟って言葉も、なんの感慨も覚えずに流していただろうしな」

「……ん。シアが頑張ったから私も心を柔らかくすることができた。そうでなかったら、ハジメの思うことを全部肯定するだけだったかも」

「う、ぅ。そ、そうですかぁ? ……ふへっ」


 ついに嬉しさを堪えきれなくなったらしい。シアから喜びの「ふへっ」が出た。口元が物凄くむにゃむにゃしている。


 香織が微笑ましそうに口を開いた。


「そう言えば、樹海の大迷宮で、ティオが言ってたね。ティオに言わせれば、〝勇者〟の称号は光輝くんでもハジメくんでも役者不足。シアこそ真の勇者だって」

「懐かしい話じゃな。しかし、うむ。確かにそう言った。そして、それは今も変わらんよ」

「最初の頃のハジメって、本当にユエ以外には辛辣っぽいものね。私だったら直ぐに心が折れてそうだわ。確かに、勇者よね」

「ウルの町で私が言ったこと……ハジメくんに届いたのはシアさんのおかげだったんですね。そう考えると、本当に、最初に出会ったのがシアさんで良かったと思います」


 ティオ達が口々にそう言って、更にハジメが付け加える。


「そう言えば、ミュウ。フューレンでお前が裏組織から逃げ出した時、地下水路を流れるお前の気配に最初に気が付いたのは俺だけど、真っ先に駆け出したのはシアだったんだぞ?」


 そうだったんだ! と目を丸くしたミュウは、一拍おいてふにゃりと微笑む。


「あの時のシアお姉ちゃんとっても優しくて、ミュウ、凄く安心したの。シアお姉ちゃん、ありがとうなの!」

「シアさん。改めて、ミュウを助けてくれてありがとうございました。貴女がいてくれたから、きっとハジメさんも、あんなにも真摯に、ミュウに寄り添ってくれたのだと思います」


 旅の中で、ハジメが紡いできたものはたくさんある。


 それはきっと、奈落の化け物が元のハジメの心を少しずつ取り戻していたから。取り戻しながら成長していたから。


 心が完全な化け物に成り果てる前に、〝人〟に繋ぎ止めたのがユエならば、〝人〟を思い出させたのはシアに違いない。


 まさに、〝ハジメの世界〟にとってなくてはならない、月と太陽だったのだろう。


「えっと、え~と………ど、どういたしまして、です?」


 言葉が見つからない。そんな様子で照れくさそうにはにかむシア、ビチリーさんで微妙になった空気は春の日差しを受けたかのように温かくなったのだった。






 それから、ハジメ達は少し早めの夕食を取るべく、観光も兼ねて【ブルックの町】へ向かうことに。


 太陽がオレンジ色に燃え始めた時刻。


 親達の、異世界の美しい景色や雰囲気を楽しみたいという要望に従い、今回は転移ではなくオープンカーモードになる魔力駆動車での移動だ。馬の駆け足くらいの低速でのんびりと進む。


 ちなみに、四輪車(ブリーゼ)には全員を乗せられないので、今回の旅行に合わせ新たに製造した新車である。最大二十人まで余裕を持って乗れる中型のバスタイプだ。デザインが装甲車を彷彿とさせるのはご愛敬。


 なお、座席割りは、一列目にハジメ、ユエ、レミア、ミュウ。二列目に愁、菫、シア、ティオ。三列目に白崎家、四列目に八重樫家、五列目に畑山家となっている。


「なぁ、ハジメくん。私の座席の横に、怪しい赤いボタンとやばそうなスティックらしきものがあるんだが……」


 夕方の涼やかな風を浴びながら、しかし、何故だろうか。質問した鷲三(しゅうぞう)と同じく、全員がなんとも言えない顔をしている。そして、その視線も、車内のあちこちに向いている。


 景色を楽しみたかったのではないのか……


 疑問を覚えつつ、ハジメは運転しながら答えた。


「もちろん、それはガトリングの起動ボタンとトリガーです」

「何が〝もちろん〟なのか分からないんだが?」

「? 車ですから」

「ますます意味が分からないんだが……」


 なぜ分からない……と逆に分からなさそうな表情で首を傾げるハジメ。なんとなく答えを察しているのか、ユエ達は遠い目をする。と同時に、虎一と霧乃も質問。


「ハジメくん。なぜ装甲車みたいな外観なんだい?」

「車体の大きさに対して、座席部分が明らかに少ないと思うのだけど……どういうことかしら?」


 よろしい。ならば説明しよう。ふふっ。


「もちろん、車体の中に兵器をたくさん搭載しているからです」

「しゃたいのなかにへいき」

「たくさんとうさい」


 ただでさえ装甲車な外観に、異世界の街道をのんびり進む雰囲気の乗り物じゃないわよね、むしろ戦争に行くための乗り物よね……と(おのの)いていた薫子と昭子が片言で繰り返す。表情はまるで、爆弾の上でロデオをしている人のよう。


「ええ、簡単に説明すると、両サイドに各十門ずつガトリング砲と総計百二十発のミサイルがあります。前部と後部には55口径120mm電磁加速式戦車砲〝エクスカリバー〟を展開できるようにしていますし、車体の底部からは自走式の各種爆弾〝ルン○〟を最大三百個まで放出できます」


 他にもいっぱいあるよ! とつらつら説明を続けるハジメに、取り敢えず、みんな無言。レミアはミュウの耳を両手で塞ぐ。


「というわけで」


 この旅行用マイクロバス一台で地球の軍隊相手でもワンマンアーミーできるから、


「安全性は完璧だということです。安心してください」

「ハジメくん。君はいったい、どこに行こうとしているんだい?」


 智一のかわいそうな者を見る眼差しがハジメに突き刺さる。ブルックの町に……という回答を聞きたいのでないことは明白。


「お、お父さん。違うんだよ。ハジメくんはね、まだ、その……リハビリ中なの!」


 香織の言葉がハジメに突き刺さる。ハジメの常識はまだ瀕死状態、という香織の見解は、どうやら満場一致で納得されたらしい。みな「そうか……」と静かに頷いた。オルクス大迷宮で、ハジメが凄絶な経験をしているのを見ちゃった後だからか、「まぁ、仕方ないよね」みたいな優しい表情になっている。


 実に心外である。ハジメ的に。


 一応、屋根も瞬時に展開され、装甲自体もアザンチウム製。〝金剛〟が防御力を底上げするのは当然、車体全体を覆う空間遮断障壁もあるので、確かに安全性は高いのだ。


「エ、エアバッグもついてる、ぞ?」


 一般の自動車装備も補足で説明してみるが返答はない。バックミラーにチラチラ視線を飛ばすも、映っているのは生温かい眼差しのみ。「常識を取り戻すリハビリ……頑張るんだよ」という親達の優しさがハジメの心に染みる。こう、傷口に消毒液をぶっかけられたみたいに。


「……ん。ハジメ、頑張ろう?」

「なんの励ましだ」


 隣に座る最愛の優しい眼差しが、今は痛い。


 小声で、しかし、後部座席まで聞こえるように、「武装のない乗り物なんて、服を着ていない人のようなもんだ。みんなには、それが分からないんだ……」なんて口にしつつむすっと前方だけを見つめ始める。


 拗ねたらしい。


 ユエが困った人を見るような眼差しで、ハジメの頬をつんつんと指で突く。レミアとミュウもユエ越しにパパのほっぺをつんつん。なんとなく、後部座席からシアとティオもつんつん。


 座席の位置的に届かないけれど、香織も拗ねたハジメを構いたくて別の方法でつんつん。


「ぎ、銀羽でつんつんは勘弁しろっ」

「ご、ごめんなさい。つい」


 分解能力の制御を誤ることがなきにしもあらずなので、銀羽を飛ばして遠隔ほっぺつんつんは恐怖すぎる。


 雫がつんつんしたそうにハジメを見ている。もちろん届かないので、黒刀を精一杯伸ばして――ブリーゼⅡが大きな石を踏んで跳ねた。そうすれば、身を乗り出すという不安定な姿勢だった雫は、


「きゃっ」


 と可愛らしい悲鳴を響かせる。そして、


「ぐぁ!?」


 ゴッという生々しい音と同時に、ハジメの悲鳴も上がる。跳ねた拍子に、勢いよく黒刀を突き出してしまったらしい。納刀状態で大変よかった。抜き身だったら、今頃ハジメの後頭部から額にかけてトンネルが開通しているところだ。


「しぃずぅくぅっ」

「ご、ごめんなさい」


 バックミラー越しにハジメの引き攣った表情と睨みが届いて、雫は慌てて視線を逸らした。


「わ、私も!」

「愛子! しなくていい! そのうねうねしている植物のツタ! 早くしまえ!」


 なぜ、ハジメをつんつんしたがるのか。彼女達の中の何が駆り立てるのか。


「ふふ、本当に香織もみんなも仲良しさんね」

「雫ったら、ハジメくんを前にすると途端に子供っぽくなるんだから」

「みんな本当にハジメくんが好きなのね~。ねぇ、愛子?」


 薫子、霧乃、昭子が娘達のやり取りを見てなんとも甘酸っぱそうな表情をしている。反して、男親達はなんとも言えない表情だ。頬を弄ばれ、ちょっとした危険もあって、ハジメに対する同情心がなくもないらしい。


 そうこうしているうちに、遠くの方に何かが見えてきた。


「おっ、ハジメ。あれがそうか?」


 愁が身を乗り出すようにして前方を指さす。その先には、うっすらとそびえる外壁のようなものが見え始めていた。一本、すっと天に伸びているのは物見やぐらだろう。


 夕日を背景に、燃えるような光景の中、ゆらぐ影となって浮かび上がる姿は、なるほど、如何にもファンタジーな光景だ。愁のみならず、他の親達も腰を浮かべて瞳を輝かせている。


 だが、問われたハジメはというと、即答を控えて小首を傾げた。


「そのはずだが……この距離から見えるっておかしいな。あんなにでかかったか?」

「……ん~ん。あの物見やぐら、たぶん三十メートルはある。前の三倍以上」


 どうやら町のスケールが記憶にあるのと違うらしい。


 ひょこっと立ち上がったシアが、両手で丸めがねを作って目元に当てた。ついで、むぅんっと唸る。蒼穹の瞳が輝きを帯びる。シア流視力限定超強化だ。最大強化すれば二キロ先の新聞の字も読めるという、地味ながらバグってる技である。


 そのバグった視力で【ブルックの町】を確認したシアは、一拍。


「うわぁ……」


 引いたような声を漏らしつつ、苦笑いを浮かべた。


「どうしたんだ、シア」

「えっとですね。取り敢えず、外壁の高さが倍以上になっていて、木製から石造りに変わってるんですけど……ブルックの町で間違いないです。あとはまぁ、行けば分かります」

「? まぁ、そうだな。つか、えらい防御力が上がってるが何かあったのか?」

「……ん~。決戦の後、神域の魔物がそれなりに逃亡してるから警戒してる?」

「違うと思いますねぇ」


 シアの苦笑いが深まった。なんだなんだと興味を示す愁達を尻目に、ハジメは速度を上げた。


 そうして辿り着いた【ブルックの町】の門前にて。


「……」


 ハジメは無言だった。ついでに無表情だった。


 ハジメの後ろで、みなが驚きやら感心やら面白そうな表情やらをしている。


 なぜか。


――始まりの町 聖地ブルックへようこそ!

――魔王陛下の旅はここから始まった!!


 なんてばかでかい看板が掲げられていたから。更に、


――魔王アミュレットの新作発売! 魔王様の御利益で貴方も成功者に!

――聖地巡礼ツアー受付中! 魔王の軌跡を、貴方も追体験!

――第十二回、魔王軍コスプレ大会開催中!!

――第五回、魔王クイズ大会受付中! クイズ女王ソーナ・マサカに、君は勝てるか!?



 なんてばかでかい垂れ幕が無数に垂れ下がっていたから。


「ま、魔王様!? ナンデここに魔王様!?」


 ハジメの目元がぴくぴくし始めた頃、唐突に声がかかった。見れば、冒険者風の男が唖然とした様子でこちらを見ていた。おそらく、門番なのだろう。彼の後ろにも何人かいて、同じように唖然呆然としている。


 取り敢えず、魔王様は聞いてみた。


「おい、なんだこの有様は」

「え? な、何がでしょうか?っていうか、ぼーっとしている場合じゃねぇっ。おい、お前等っ! 至急、町長と幹部方に連絡してこい! 我等の魔王様がご降臨なされたとな! ご家族もご一緒だ! 歓待の一つもできないようじゃあ聖地の沽券にかかわるぞっ」

「「「イ、イエッサーッ」」」


 ドドドドッと駆け出していく門番さんの部下らしき人達。


 一拍。外壁越しに、


――魔王陛下ご一行、降臨! 降臨ッ!!

――聖火を灯せ! 歓声を上げろ! 生魔王様だぞっ

――道を空けろ! そこの酔っ払い共は納屋に放り込んでおけ!

――誰かマサカの宿に連絡してくれ!

――クリスタベル殿はどこだ!? 誰か知らないか!?

――こうしちゃいられないわ! 我等の誇りを見せるわよ! 聖地の民として!

――三十秒で門前へ! 

――お母さぁーんっ、どこぉーっ

――お前の母ちゃんならもう門前にダッシュしたよ! 重度の魔王様ファンだからな!


 という怒声やら驚愕の声やら歓声やらが上がり、外壁の頂上に一定間隔で設けられているらしい聖火台(?)にボボボボボッと連続で火が灯った。遠くから見たらまるで、ろうそくが並び立てられたバースデーケーキを彷彿とさせる光景に違いない。


 で、更にその一拍後、物見やぐらの天辺からカァンッカァンッカァンッと鐘を打ち鳴らす音が響き出し、加えてブォオオオオオッブォオオオオオッとホラ貝を吹き鳴らすような音まで響いてきた。


「まるで、これから戦争でも始まるみたいな空気じゃな」

「ミュウ、知ってるの! ファンタジー映画で、邪悪な敵軍と戦う騎士達が砦で同じ事してたの!」


 ハジメの目元の痙攣が激しくなる。確かに、魔王軍が接近した町の有様としては、この上なく正しい反応である。爆発している感情が真逆であることを除けば。


 あっという間に、大地を揺るがし空気を振動させるような喧噪が広がっていく【ブルックの町】に、ハジメ達はドン引きしたように、愁達は圧倒されたように何も言えないでいる。


 すると、門番さんが一歩前へ。まるで、何千回もシミュレーションしたかのようなキレッキレの所作で片膝を突き、頭を垂れて口を開く。


「陛下。このポーター・ヘリー、二度目の拝謁を賜ったこと、歓喜の極みにございます」

「二度目?」

「ハッ。覚えておられないのも無理はございません。私も、神話決戦のおりにようやく、貴方様が以前、私が対応した〝ステータスプレートが壊れるという珍しい災難にあった青年〟であると思い出しましたので。あのステータスが真実だったと分かり、恥ずかしながら腰を抜かしてしまいました」

「……あ、あのときの奴か!」


 目の前で傅く、某魔法使いっぽい名前の門番さんは、どうやらハジメ達が初めて【ブルックの町】に訪れた時の門番さんだったらしい。


「ハッ。おかげ様で世界一有名な門番となることができました! 記者や歴史学者の方々にもインタビューを何度も受け、おそらく歴史書にも私の名が刻まれるでしょう! 今や、門番という職は偉人に最初に遭遇できるかもしれない職として大変人気です! 以前が嘘のようにモテにモテるし給料もがっぽり! 陛下のおかげで今日もメシが美味い! 一生ついていきます!」

「ついてくんな」


 門番さんの笑顔が実に眩しい。思いっきり「魔王様の甘い汁を吸いたい!」と胸を張って言える度胸は、ある意味門番に向いているというべきか。


 そうこうしている間も、町中の喧噪は大きくなり、門の向こう側のうごめく気配が加速度的に増大していく。【ブルックの町】の住人は、とてもよく訓練されているらしい。


 はっきり言おう。


 ちょっと怖い、と。


 ハジメが引き攣った表情で肩越しに振り返った。何より雄弁に目が語っている。「やっぱりブルックはやめておこう」と。


 愁と菫が「え~、せっかく楽しみにしてたのに~」と残念そうではあるが、智一達は暴動に巻き込まれそうな一般人の心境らしく、賛成のようだ。


 だが、踵を返す前に――


「魔王さまぁ~~~~っ、お久しぶりですーーーーーっ!!」


 元気な声が。……外壁の上から。


 女の子がぶんぶんっと手を振っている。かと思えば直後、某アサシンクリー○のイーグルダイ○の如く、二十メートルの高さから両手を広げて躊躇いなくダイブ。


 愁達が「あっ」と声を上げる暇もなく、メイド服っぽい可愛らしい恰好なのにキレのある動きで反転。地面に激突する寸前で、手に持っていたロープを元に壁に着地し、トットッと軽い足取りで変則的な懸垂下降。


 最後には壁を蹴り、くるくると踊るように宙を舞って見事に地面へ降り立ったのは、何を隠そう、一般的な宿屋の看板娘――ソーナ・マサカちゃん。


 と、その瞬間、今度はズドンッと地響きのような轟音が。


 見れば、肉塊が空を飛んでいた。まるでカタパルトで射出された人間砲弾の如く。轟音は、あるいは外壁を飛び越えるためにジャンプした際の踏み込みの音だったのか……


「ハジメきゅ~~ん♡ ユエちゃん、シアちゃぁ~ん!! また会えて嬉しいわぁん!!」


 野太い声、野太い四肢、鋼の筋肉、劇画タッチの顔。そして、ミニスカふりふりドレスのモンスターが空から落ちてきた。


 ズドンッとまたも地響きを立てて、片膝突き&片腕上げの香ばしいヒーロー着地を決め、ついでにニコッと(客観的にはねっとり)笑顔を見せたのは言わずもがな。一般的な服屋のモンスターにして、全漢女達のリーダー――クリスタベル店長。


 更に、ワァアアアアッ!! と合戦場の雄叫びのような声を上げて、やっぱり門からではなく外壁を越えてやってくる集団が……


――ユエちゃんに踏まれ隊! 突撃! 突撃ぃ! ご挨拶一番乗りの栄誉を賜るのだ!

――シアちゃんの奴隷になり隊! 遅れを取るな! GOGOGOGOッ!!

――ユエお姉様と姉妹になり隊! 今度こそ義妹になるわよ! 我に続けっ!!

――魔王ハジメぇっ、今日こそ玉ぁっ取ったらぁーーーーーーっ


 そして最後に、とうとう門が内側から破壊され、溢れ出てくる笑顔の住民達……


 なぜか、物凄く見覚えのある恰好が無数に……


 それらを見て、ハジメは一言。


「魔境じゃねぇか」


 本当にね。と、ユエ達は全員揃って、あっという間に取り囲まれて(おのの)きながら深く深く同意したのだった。




いつもお読みいただきありがとうございます。

感想・意見・誤字脱字報告もありがとうございます。


随分と遅くなりました。すみません(汗

一応、一ヶ月以内〝くらい〟で更新できた、かな?

とはいえ、8月頃までいろいろ執筆しなければならず、まだ定期更新の確約ができない状況……

ご容赦いただきたく!

よろしくお願いします。


※ティオの〝シア勇者発言〟は書籍版(8巻)より。

※ミュウとリーさんの邂逅話。オーバーラップ様のHPより。各書籍情報ページにある「あとがきのアトガキ」より。(アンケートに答えると読めるやつです。該当巻は7巻)







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― 新着の感想 ―
ユエだけだと難易度ルナティックがエクストリームになりそう でも勝てそうに思えてしまう
書籍読んでからこっちのアフター読みに来たから 後書きの補足に違和感があるな…… 面白いからいいや!
[良い点] やっぱり、なんといっても、シア好きにはたまらないみんなとの交感が描かれて、大変満足です!!な点ですね。本当にユエとシアで月と太陽ですもの……。 そして、なんといっても、わたしが「ありふれ」…
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