文化祭 後編
一つ前に「文化祭 中編」を投稿しています。
まだ見ていない方は、そちらからどうぞ!
学校の校庭に存在するにしては、あるまじき威容を誇る立派な真紅の天幕。
その内側に設置された階段状の観客席は満員だった。ミュウ達も最前列の席で期待に満ちた目を向けている。
そんな中、真剣な顔をしている者達がいた。
「よくこんな施設を作りましたよね。学祭レベルじゃないですよ」
「ああ。それに……妙に広く感じないか? 外観と合ってない気がするんだが……」
「空間の使い方、ですかね? プロの仕事と言われても不思議じゃないですよ。行政の介入でもあったんでしょうか?」
そんなことを語り合っているのは某週刊誌の記者――その先輩と後輩だった。先輩記者の方は業界でも名の通った人物で、その鋭い観察力と考察は一目置かれている。そのせいか、彼の周囲には、先輩記者の動向にも注意すべく同業者が多数座っていた。
ざわざわと、いったい何が始まるのだろうと様々な感情が入り交じる天幕の中で、遂に開演のブザーが鳴った。照明が落ち、スポットライトがステージの奥を照らす。
スポットライトの元を辿れば、そこには光輝の姿があった。見た目、たいそう立派なライトがある。それこそ劇場などで使われていそうな装備だ。
まさかそれが、見た目だけプロ仕様の照明であり、実際は光属性魔法に比類なき適性を持つ光輝が、魔法的照明係を担う上でのカモフラージュとは誰も思うまい。
観客達がスポットライトの奥に注目する。
すると
――い、嫌だっ。聞いてないぞ! なんで俺が!
――正確にはお前じゃない。必要なのは〝卿〟だ
――シナリオにはちゃんと〝オープニング:サウスクラウド団長〟って書いてあるだろ!
――遠藤……それは嘘だ
――お、お前等、謀ったな!? ふざけんなよっ、俺は絶対にやらないからな! アッ、これは縛光鎖!? 白崎!?
――ん、遠藤。気持ちを楽にして?
――ユエさんまで……ま、まさか、神言で強制的に? い、嫌だっ、やめろっ、やめてくれぇえええええっ
奥の暗がりから悲痛な叫びが。
良い具合に、会場がしんっと静まり返った。
一拍おいて、誰かがものすっごいターンをしながら出てきた! 光輝の照明が慌てて、高速連続ターンしながらステージのど真ん中に移動する人影を追う。
「レディ~~ス&ジェントルメェン! ようこそ、サウスクラウドサーカス団へ! 夢の世界へ!!」
キュキュッと床を鳴らして決めポーズ! サングラスの代わりに装着された蝶々形の仮面をくいっ。そのまま流れるような手つきで髪を掻き上げながら、絶妙に傾いた姿勢で「フッ」をする!
「白昼夢の案内人――コウスケ・E・アビスゲート……いや」
もう一つ、「フッ」入ります! 前髪を掻き上げた手はそのままに、もう片方の手で観客席をビシッと指さします! 観客がビクッと震える。いろんな意味で。
「深淵卿だ」
ドドドドッとドラムロールが響き、なんだかやたらと荘厳な音楽が空間に踊る。
「今日この時、この場所で、君達はこの世の不思議を味わうだろう」
無意味にターン入ります。
「深淵の欠片を感じ、常識に蓋をすることになるだろう!!」
照明カモンッ。
予定にない指示に、光輝くん必死に応える。照明係の隊長として即座に指示を飛ばし、他のクラスメイトと合わせて七色のスポットライトを当てる。
その瞬間、「おぉ!?」とざわめきが広がった。
白昼夢の案内人――深淵卿の後ろから全く同じ恰好の深淵卿が分裂するように現れたからだ。
「「だが、安堵するがいい!」」
はもる声音も全く同じ。どんなトリックだ!? と先輩記者が目を皿のようにして凝視する。
だが、その先輩記者の後ろから……
「ただただ存分に、この瞬間を堪能するがいい!」
まったく同じ姿の深淵さんが出現。いつの間に観客席にいたのか。もちろん、卿が現れた瞬間、分身体が普通にやってきたのだ。特に隠れず、普通に。
観客が度肝を抜かれ、記者達が唖然呆然とする中でも、深淵卿の増殖は止まらない。更に二カ所から深淵卿が出現。その近くにいた女子中学生と男子大学生に「おや、愛しの妹と兄ではないか」と「フッ」したが、二人は限界まで下を向いて視線を合わせようとはしなかった。
「「「「「一生に一度の経験だ。二度は見られぬ奇蹟のステージである!!」」」」」
ぬるりと増えていく外見が全く同じ人間。間近で見ても全くどういう原理か分からない。
ちなみに、分身体から更に分身体を生み出している点で、卿の深度は言わずもがな。我等の吸血姫様は容赦がないのだ。
直後、観客席から悲鳴があがった。別に、ステージ裏で「改めて増殖過程を見ると……ちょっとこえぇな」というクラスメイト達の辛辣な意見とシンクロしたというわけではない。
ステージに突如、炎が広がったからだ。どこからともなく渦巻くようにして吹き始めた風が炎をさらい、まるで火炎そのものが踊っているように広がる。
すると、その炎の奥から一人の男子が現れた。まるでモデルのような歩き方で、たぶん本人的には一番のキメ顔をしながらステージの中央にやってくる――
前に、消えた。まるで神速で飛び出した誰かさんにタックルを食らって吹き飛んだみたいに。
何しに出てきたんだ……という観客の疑問に対する答えは、「……俺だって目立ちたかったんだ……ステージ見ました! 付き合ってください!って言われたかったんだ……」という某信治の供述を聞けない以上、永遠に闇の中である。
気を取り直して、深淵卿達が曲芸じみた動きでステージへ集まっていく。空中を跳び跳ねる動きに、わっと驚愕の声があがる中、ステージ上で再び一つとなった深淵卿がバッと両手を広げた。
「さぁ、記憶に刻め! 神秘の時間だ!!」
その言葉を合図に、深淵卿がおよそ人間には不可能な超連続バク宙で幕の奥に消えた。入れ替わりに飛び出したのは――
「な、なにあれっ」
誰かの叫び。誰もが息を呑む。なぜなら、炎の壁を突き抜けるようにして現れたのは巨大な狼だったからだ。遠吠えする姿は、まるで獣の王。既存の生物ではあり得ない巨体と迫力に、観客はワーキャーと騒ぐ。
だから、幕の奥から響く深淵卿っぽい人のすすり泣く音なんて聞こえない。
ついでに、
『皆さま、ご安心ください! あの狼の名前は〝からしお〟ちゃん。どこにでもいるペットのわんちゃんです』
司会・解説役の天の声――奈々が力説し、「どう見てもフェンリルとかケルベロスとか、そんな感じの怪物だよね!?」「あんなペットがいたら即通報だろ!」と観客からツッコミの乱れ打ちが飛んだ直後、
――か、からしおだと!? あ、変成魔法か!? 俺は何も知らねぇぞ!? グリムで代用じゃなかったのか!?
――坂上……あれは嘘だ
――謀りやがったなぁっ。って、鈴、なんでさっきから視線を合わせねぇ。まさか、お前か!? うちのからしおになんてことしてくれやがる!
――か、からしおちゃんも狼になりたいって言ってたし! それよりほら! 出番だよ!
――ちくしょうがっ
なんて声も響いたのだが、そんな叫びにも気が付かない。
龍太郎が幕の奥から飛び出してきた。
「からしおっ。今、もとに戻してやるからな!」
『飼い主さんの登場です! 二人はいつも一緒! 仲良し兄弟のようなものです!』
そっと手を差し出す龍太郎。
バクッといった。からしおの顎門が、龍太郎の手をすっぽり覆っている。まさに、飼い犬に手を噛まれるとはこのことか。
プシューッと噴き出している血は、きっとペンキに違いない。
『おおっと! からしおちゃん、飼い主さんに下剋上だ! 飼い主さんはどうするのか!』
奈々がノリノリになってきた。サーカスなのに、実況するアナウンサーみたいになってきている。
元より、グリムリーパーとワーウルフの対決というシナリオなので、龍太郎は半ばやけくそで転変した。
「聞き分けがねぇぞっ、からしおぉおおおっ」
客席からどよめきが迸る。視線の先で、男子高校生が変化していくのだ。それはまさに物語に出てくる人狼の姿。
「せ、先輩っ、いったいどうなってんすか!?」
「ほ、炎はプロジェクションマッピングとかだ! 分身も狼も人狼も、特殊メイクだ!」
「無理ありますよっ」
記者達もてんやわんや。いずれにしろ視線は釘付けだ。まさに、深淵卿の言った通り、夢の世界に引きずり込まれている様子。ついでに、監視に来ていた教頭先生は白眼を剝いて倒れかけ、同じく監督している愛子が慌てて支えた。
「ガルルルッ(犬には戻らないっ)」
「馬鹿野郎!」
念願の狼になれたからしおと、ワーウルフな龍太郎がステージ上で激突した。最初は呆然としていた観客達も、良い具合にサクラと化しているミュウ達の「どっちも頑張れ~~っ」みたいな声に、次第に「もう細かいことはいいや!」と常識を放り捨てて白熱し始める。
『強いっ、からしおちゃん強い! 流石は狼男の相棒か! このままでは収拾がつかないかもしれません!』
奈々には、実況者の才能があるかもしれない。その叫びに触発されて、大声でからしおと飼い主に応援の言葉を送り出す観客達。
そんな観客達へ、奈々はサウスクラウド団長のシナリオ通りに声を張り上げる。
『お客様の中に猛獣使いの方はいらっしゃいませんか!? もしくは、フェンリルやワーウルフくらいならなんとかなる動物園の飼育員さんはいらっしゃいませんか!?』
誰もが思った。いるわけねぇだろ! あと、飼育員さんのハードル上げすぎでしょ! と。
「いるよ!」
いるのかよ!? というツッコミが木霊する中、観客席で立ち上がったのはギャルっぽい女子高生だった。というか、妙子だった。
タタッと軽快な足取りでステージに降り立った妙子に、奈々アナより声が飛ぶ。
『お客様! 鞭はお持ちですかぁ!?』
「あるよ! 女子高生だから!」
鞭を常備している女子高生なんぞいてたまるかというツッコミは心の中で。
奈々の『確かに当然ですね! 鞭は便利です。調教に使えるし、あと調教に使えるし、それから調教にも使えます! もしまだ持っていない方は公演終了後即売会を開きますので、どうぞお買い求めください!』という売り込みも頑張ってスルーする。
妙に機嫌良く、鞭をピシッピシッと打ち鳴らす妙子。からしおの視線が幕の奥へ。団長のサムズアップがひょこっと覗く。頷き、からしおは唸り声を上げながら妙子に標的を変えた。
「えいっ」
可愛らしい掛け声。しかし、鞭が奏でる空を斬り裂くような音は尋常ではない。からしおが、割とマジでビビって飛び退くほどに。ヒュゴッ、ブルァンッ、シュゴォオオッと、快音を鳴らす鞭は、先端の速度が余裕で音速を超えて、もはや分裂でもしているみたいに残像を発生させている。
「えいっ」
「あぶねっ!?」
ワーウルフに笑顔の鞭が飛ぶ。からしおとワーウルフ龍太郎に、八岐大蛇の如き鞭の猛攻が襲いかかる。
見事なコンビネーションで逃げるが、必死な様子の龍太郎とからしおの様子を見て、徐々にうっとりし始めた妙子の鞭捌きは更に苛烈さを増していき……
からしおは、主人を置いて早くも腹を見せた。如何にも「僕、もう犬でいいです」みたいな有様だ。
「からしお!?」
油断した龍太郎に鞭がヒット。「あびぃ!?」と奇怪な悲鳴を上げた龍太郎は、しかし、持ち前の根性で耐え抜いた。どっしり構え不敵に笑い、
「もっと来いよ! 俺を熱くしてみせろ!」
龍太郎的に、観客を盛り上げるために素敵なアドリブを入れたつもりなのだが……
ふと見れば、幕の袖から覗いている小さな人影――鈴と目があった。その目が、何より雄弁に物語っていた。すなわち、「……変態」と。同時に、観客席から一際大きな声援が。
「よいぞっ、龍太郎! 扉を開くがいいっ」
駄竜さんだった。視線を向けた途端、良い笑顔でサムズアップをしてくる。
「お、俺はあんたの同類じゃねぇええええっ」
このままでは変態認定されてしまう。観客の盛り上がりなど無視して、早々に鞭の絶技と神業人狼回避のショーを終わらせにかかる龍太郎だったが……ノリ始めた妙子さん、意外に強い!
妙子の暴走で本当に収拾がつかなくなってきたので、サウスクラウド団長から新たな指示が飛ぶ。
『これは大変だぁっ。お客様の中に〝ファンタジーだから〟の一言でどうにでもしちゃう魔法使いの方はいらっしゃいませんか!?』
観客は、もはや疑わない。
「いるぜ! 今日はホグワー○魔法学校が創立記念日で、偶然いるぜ!」
立ち上がったのは健太郎だった。ステージに向けて、短い杖を振る。途端、白煙がもうもうと噴き上がりステージを覆い隠した。石化の魔法だ。強制的に動きを止められた妙子達が、香織に神速で回収されていく。
白煙と共に炎や風も収まっていく中、団長からシアにGOサイン。
白煙のなか飛び出したのは、大玉の上に乗ったウサミミ姿のピエロだった。かわいくアレンジされたカラフルなピエロ衣装を着て、鼻先には赤いクッションボールを付けている。ウサピエロだ。
雑技団も真っ青な見事な曲芸が繰り広げられ歓声が上がる。
すると、
『お客様! 座席の下をご覧ください!』
奈々アナに従い見てみれば、そこにはバスケットに入ったたくさんのゴムボールが。
直後、ウサピエロが、
「当てられるものなら当ててみろですぅ~~。まぁ、凡人達には無理でしょうけどぉ! プギャーーーッ」
と、まるでお手本でもいるみたいにうざったらしい顔と仕草で挑発した。
客が躊躇いを捨てられるようサクラ役を受けていたティオが立ち上がり、
「死ぬがいいっ」
と、割と本気で投擲する。ゴウッと風を唸らせて飛んだボールに、一瞬お客達は青ざめるが、ウサピエロは軽やかに宙返りで回避。大玉の上で片手逆立ちしながらニヤニヤと笑う。
「あれぇ? 今なにかしましたぁ? あ、一応、投げたんですね! おっそ~~い! もしかして五十肩ですかぁ? プークスクスッ」
演技と分かっていても、ティオの額にビキッと青筋が浮かんだ。ふりふりと馬鹿にするように揺れるウサミミが余計に腹立たしい。
「お客さんたち~、何を遠慮してるんですかねぇ~。どうせ、かすりもしませんのにぃ! ふひゃひゃひゃっ」
幕の奥で、ハジメとユエが「うわぁ、コピー率たけぇ~」と感心の声をあげる中、観客達は一人、また一人と立ち上がり……
一斉に投擲を開始した!
「ふんふふ~~ん♪ 早く投げてくれませんかねぇ~。あ、ごめんなさい! もう始まっていたんですね!」
なんで当たらねぇ! このっこのっ! 調子に乗りやがって!
「そろそろ本気だしていいですよぉ? あ、もう本気? すみませんっ、まさかそんなレベルだとは思いもしなくてぇ~、ププッ」
タイミングを合わせろ! 何やってんの! そこ弾幕薄いよぉ!
観客の中に、謎の一体感が生まれ始めた。記者達すら、今は夢中でボールを投げている。
しかし、ウサピエロならぬウザピエロは、ボールからボールへ、ステージの柱から柱へぴょんぴょん、くるくると縦横無尽に動き回り、その言葉通り、かすらせもしない。涼しげな表情と相まって実に腹立たしい。
なので、毎度の如く奈々アナが求める。
『これはむかつきます! お客様の中に投擲術の達人はいらっしゃいませんか!?』
「いるなら既に仕留めてるだろ!」
「い、いるわ!」
「いるのかよ!?」
立ち上がったのは優花。先輩記者の怒声はもっともなので、ちょっとビクビクしながら前に出る。
『投げるものはお持ちですかぁっ』
「あるわ!」
バッと両手をクロスさせれば、途端扇状に広がるトランプカード。
「いけっ、ファンネ○!!」
団長の指示だ。是非とも言わせたかったらしい。トランプカードが一斉に放たれた。一気に投げたというのに、全て高速回転しながら別軌道で迫る。それどころか、ウサピエロが回避した直後、Uターンしたカードが背後からも殺到し、まさに全方位トランプカード攻撃が実現される。
主のもとに戻っては再び投擲されるトランプカードの嵐は、既に二組目。合計百八枚がステージの上で乱舞した。
百枚を超えるカード投げによる全方向ジャグリング。
その神業を前に、観客達は挑発への憤りも忘れて見入る。
しかし、ウサピエロも流石というべきか。
「じょ、上半身分裂してないっすか?」
「ざ、残像、か? そんな馬鹿な」
記者達の呆けたような声。現実で、某マトリック○のエージェントばりの残像回避を見せられたら顎も外れんばかりに開くというもの。
『おしいっ。どうやらカード投げでは速度が足りない様子! というわけで、お客様の中に八百屋さんはいませんか!』
なんで八百屋? と疑問が客達の中に溢れる中、当然、
「いるよ!」
と、香織が両手一杯の買い物袋を掲げて立ち上がる。
『ついでに古流剣術の達人さんはいらっしゃいませんか!?』
「いるわ!」
もちろん、雫も立ち上がる。本当に誰でもいる観客席。
そうして、香織が野菜――大根、にんじん、セロリ、キュウリを雫へ投げれば、それを雫がバターナイフでスティック状に。ご丁寧にも、野菜スティック達は切られた衝撃で優花の方へ飛んでいく。
目の覚めるような剣術、もとい銃刀法に配慮したバターナイフ術に驚愕の声が上がる間もなく、優花の指の間に収まった野菜スティック達が霞むような速度で投擲された。
木の板どころか薄い鉄板だって、そしてスマホだって貫通する野菜スティック投擲術が生まれた瞬間だ。
同時に、副次効果が発動。
「もったいない!」
ウサピエロは回避できない。口でキャッチし、高速カリカリもきゅもきゅして食べるしかない。
結果、物量には勝てず、
「あばぁっ」
ウサピエロは野菜スティックを抱えたままひっくり返った。如何にも道化らしく、コミカルに。わぁあああっと観客達が歓声をあげて盛り上がる。
ウサピエロを助け起こした優花と、香織と雫の四人で優雅に一礼すれば、惜しみない拍手が送られる。
始まりからの怒濤の展開を前に、もはや疑問や疑念に集中する者達はおらず、今はただこの神秘に溢れた夢の世界を堪能しようと誰もが沸き上がった。
その後。
他のクラスメイト達の演目が消化されていき、最後はユエだ。
一度照明が消されたステージに再び明かりが降り注いだ時、そこには椅子に腰掛けた少女の姿が浮かび上がった。ぴくりとも動かず、だらりと脱力した姿は、その美貌と相まって等身大のビスクドールだと多くの観客が勘違いをした。
念話により、直接頭に響くようなユエの声で、恋した青年の想い人になりたいと願う人形の物語が紡がれる。
直後、空間が煌めいた。魔法の時間の始まりだ。
無数の細かな破片が、光を帯びて煌めいている。それはまるで天幕の中に作り出された星の世界。照明係の一人である鈴が作り出した、〝聖絶・桜花〟(砕けた聖絶の破片を操る術)による演出だ。
魔法を受けたユエ人形が命を吹き込まれて動き出す。そこでようやく、ビスクドールではなく本物の少女だったのだと分かり、多くの観客から陶然とした溜息が漏れ出した。
だが、変化は終わらない。黄金の光がユエを包み込み、その姿を大人の女性へと変えていく。絶世の美しさに誰もが呼吸をするのも忘れる中、直後、観客達はわっと声を上げた。
ふわりと、美女が浮いたからだ。もはや、何にも縛られないというかのように、ふわりふわりと宙を漂い、黄金の光をオーロラのように纏う姿は魅入られるほど美しい。
いっそ、神々しいと表現すべきなほどに。
しんっと、神秘の時間を壊してはならないと暗黙の内に了解したような静寂が訪れる。
その中で、ユエが歌う。どんな楽器が奏でる音よりも滑らかで、妖しく、艶やかな声音が旋律に乗って広がっていく。
優しく穏やかな歌声に誰もが酔いしれた。
が、歌は次第にテンポを上げていき、気が付けば誰もが体を自然とリズムに乗せてしまうような、ミュージカル調の楽しい歌に変化した。
フィナーレだ。
今まで出演した者達が一人、また一人と歌いながらステージに上がっていく。
照明係だった光輝達もステージに上がり、最後に出てくるのはサウスクラウド団長ことハジメだ。
これだけは演技でもなんでもないと分かる、心の底からの嬉しそうな笑顔を見せてユエが降り立ち、ハジメの手を取る。
軽快な歌が観客達を最高潮に湧かせて……
そうして、
「これにて夢の時間は終わり。私達帰還者の催しにお越しいただき、ありがとうございました。引き続き文化祭をお楽しみください」
ハジメが前に出て一礼をするのに合わせ、クラスメイト全員が礼をする。
直後、爆発したような歓声が空気を震わせた。ビリビリと響く熱狂は、きっとおそらく、学校中に広がっただろう。指笛が鳴り響き、拍手が万雷の如き音を奏でる。
この空間を出たくないというかのように、誰も外に出ようとしなかった。
苦笑い気味に、しかし、達成感の浮かぶ顔でもう一度礼をしたハジメ達。ユエがこっそり魔法で天幕を開けば、そこから現実の光が差し込んだ。
それでようやく、夢から覚めたようにぞろぞろと出ていく観客達だったが……
心の裡の熱は、しばらくの間、冷めることはなさそうだった。
その後、その熱が伝播したのか。
一回限りの出し物ということを知った者達による、文化祭委員会への抗議が殺到。教頭先生が白目を剥きながらも、「限界までやってしまえ!」とGOサインを出したことで、急遽、ハジメ達はぶっ通しで四回までやることに。
文化祭が終わった後の後夜祭では、流石の異世界帰り達も疲労困憊の様子でぐったりとなっていた。
「……はぁ、結局、午前中しか文化祭回れなかったな。ミュウにもっと見せてやりたかったんだが」
溜息を吐きながらそう言うハジメに、寄りかかっているユエがくすりと笑みを零す。
「……ん。後悔?」
気が付けば、クラスの全員がハジメを見ていた。ハジメは、少し考える素振りを見せた後、肩を竦めた。そして、久しぶりに感じている心地よい疲労感に任せて大の字に寝転がったかと思うと、
「最終決戦の時と同じくらい、達成感がある。悪くない文化祭だった」
なんてことを、穏やかに笑いながら口にした。
そんな、皆の魔王様の様子に、ユエ達も次々に大の字になりながら同意と笑い声を重ねるのだった。
「……良い感じに終わらせようとしているけど、南雲、俺を深淵卿にした恨み、忘れないぞ」
「……遠藤? いたのか」
「いるに決まってるだろ! 泣くぞ!」
一瞬のビックリ。地団駄を踏む卿――もとい浩介を認識して、再び、明るい笑い声が広がった。
なお、この文化祭でのできごとはメディアで大いに取り上げられ、ネット上でも大変な騒ぎになり、ハジメは事後処理に奔走することになるのだが……
サウスクラウド団長の自重しない演出のせい――つまり、自業自得なので、目の下に隈を作りながら頑張るのだった。
いつもお読みいただきありがとうございます。
感想・意見・誤字脱字報告もありがとうございます。
※ネタ紹介
・ファンネ○ ガンダ○に出てくるロマン兵器
・最後のミュージカル調 映画『グレイテスト・ショーマ○』をイメージ。白米的に素敵な映画でした。
※恐縮ですが宣伝です。『ありふれた職業で世界最強・零3巻』 3月25日 発売予定です。
駄メイルお姉さんをたくさん見られます。あと、組織・解放者の全容とか、原作9巻で攻略中である氷雪洞窟の創設者ヴァンちゃんとか、魔王とか出ます。
是非お手に取っていただければと!
オーバーラップ様のHPにも発表されていますので、よろしければチェックしてみてください。
よろしくお願い致します!