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ありふれた職業で世界最強  作者: 厨二好き/白米良
ありふれたアフターストーリーⅢ
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文化祭 中編



 からりと晴れた空の下。


 ハジメ達の通う高校は、早朝から大変な賑わいを見せていた。生徒達が、クラスや部活の出し物の最終準備のため右に左にと駆け回り、あれやこれやと大きな声を張り上げている。


 文化祭だ。普段にない喧噪の理由は、待ちに待った文化祭の証である。


 そんな浮かれて楽しげな雰囲気の学校で、しかし、お通夜のような雰囲気を発している場所が一つ。


「……遂に、来てしまった」


 胃の中から絞り出したような声音でそう言ったのは、両肘をデスクにつき、手を顎の前で組んで口元を隠すというゲンド○ポーズをしていらっしゃる教頭先生だった。


 そう、お通夜のような雰囲気の場所とは、職員室だった。


 先生方が、一人の例外を除いて全員沈痛な表情をしている。まるで、「今日で世界は滅ぶのよ」と告げられた民衆のような表情だ。


「先生方。今日は大変な一日となるだろう。おそらく、私達の教師人生において空前絶後の大変な一日に」


 ごくりっと生唾を呑み込む男性教師陣。わっと両手で顔を覆う女性教師陣。緊張のあまり嘔吐しかける幸子先生。


「警察の協力のもと私服警官が警戒してくれる。学校側も警備員を雇った。私達だけで対処するわけではない。が、それでも、外部に対し矢面に立つべきは私達だ。起きた問題に対し、この学校の教師が前に出ないわけにはいかない」


 だって、そうしないとまたマスコミに叩かれるし。私の数少ないお毛々達が、ただでさえ少ない寿命を尽きさせてしまうし。


 教頭先生は外を見た。学校の外壁の外に、既に人が集まっている。生徒達の父兄ではない。好奇心の奴隷達と、情報を糧とするハイエナ達だ。


 視線を、室内に戻す。


「なお校長先生だが、昨日の夜中、吐血して緊急搬送・緊急入院となったため本日はいらっしゃらない。……過度のストレスにより、胃に記録的な大穴が開いていたそうだ」


 校長先生ェ~っと誰もが叫びたい気持ちになった。いきなり総大将の退場、という悲報に誰もが頭を抱える。幸子先生が「おぇ」と口元を押さえた。


 教頭先生は、ゆっくりと視線を巡らせる。先生方一人一人の目を見て、そして、戦士のような顔付きで告げた。


「各々、覚悟を決めていただきたい」


 なんの覚悟を!? と先生方はおののいた。幸子先生がエチケット袋をクイック展開して吐いた。


 養護教諭が幸子先生を介抱している中、教頭先生の鋭い視線が職員室の一角に飛ぶ。


「聞いているのかね、畑山先生」

「!!」


 ただでさえ小さい体を更に小さくして、必死に存在感を消していた愛ちゃん先生がビクンッと体を跳ねさせた。かと思えば、小動物のようにぷるぷると震え出す。


「き、聞いていまっしゅ!!」


 噛んだ。思いっきり舌を自傷したらしい。痛みで涙目になっている。ちょっとだけ職員室の空気が和んだ。教頭先生には通じないが。


「今日、この学校の命運が決まるかもしれない。その瀬戸際なのだよ! 分かっているのかね!」

「ぇ、ぅ……め、命運というのは言い過ぎのような……」


 もそもそと、ちょっと大袈裟ではないかと口にする愛ちゃん先生に、教頭先生の目が光った。頭ではない。目だ。装備は、きちんと装備しないと意味がないことを教頭先生は知っている。


 不意に立ち上がるとツカツカと窓辺に近寄る。ビシッとグラウンドの一角を指さす。


「誰がっ、あんな巨大な施設をっ、許した!?」


 愛ちゃん先生はサッと視線を逸らした。他の先生方が〝それ〟を見て死んで腐った魚みたいな目になった。


 そこにあったのは、天幕だった。三階近くある巨大で真紅の天幕だ。華麗な装飾看板には、


――おいでませ! 帰還者のドキワクサウスクラウドサーカスへ♪


 なんてことが描かれていた。〝!〟や〝♪〟のマークが妙に凝っている所がなんとも腹立たしい。教頭先生的に。


「で、でも、校庭で演芸をすることは許可してくださいましたし……」

「確かに、それは認めた」


 教頭先生が、震える手で眼鏡を外す。ふきふきする。まるで、己の中の噴火寸前の火山を鎮めるように。


「あの特別教室に人が殺到すれば事故が起きかねない。教室の場所に対する議論も、それが父兄方と行政双方の意見を受けた上でのやむを得ない措置だと理解もせず再加熱する恐れもあった」


 故に、教室外での演芸を認めた。もとより、グラウンドには出し物を出すことは一切不可だった。当日の風向き如何によっては、校舎外での出し物に砂埃が降りかかる恐れがあったからだ。〝砂埃を立てないこと〟〝演芸は午後の部に一時間だけ〟を条件にすれば、大人しい演目にもするだろうという目論見があった。


 また広い場所なら事態の収拾も比較的容易だろうし、危険性も少なくなる。ハジメ達には、時間外は分散してもらう方が混乱も起きにくいだろうとも思われた。そんなわけで、教頭先生は白眼を剝きながらも許可を出したのだ。


 だが、だがしかし、だ。


「誰がっ、たった一夜であんな天幕ができると思う!? 一夜城ならぬ一夜天幕ですってか? ふざけんなっ!!」

「きょ、教頭殿! 落ち着くのであります! 最近、血圧が拙いことになっているとおっしゃっていたではありませんか!」


 校長と仲良く病院送りになるのでありますよ! と、やっぱり堪えきれず噴火した教頭先生を浅田教諭が羽交い締めにしてなだめる。


「うるさいっ、病院ならまず君が行きたまえ! 精神科に! 早急に! 言動が完全に別人だぞ! 恐いんだよぉっ」


 ヅラが、ズレ始めている。先生達は極力見ないようにしつつ、教頭先生を囲んで必死になだめた。今、彼に倒れられたら誰が責任を負う――ではなく、誰が陣頭指揮を執るというのか。幸子先生が、そぉ~とズレたヅラを戻す。ソフトタッチで! ソフトタッチで! 生まれたての子猫を愛でるように! 


「ご、ご安心くださいっ、教頭先生! 危ないことは一つもありません! 安心安全ダヨ! 恐くないよ! 仲良くしてね! 作戦ですから!」

「一語ずつ定義を述べてみなさい! 認識にズレがあるのではないかね!?」


 ああっ、教頭先生、動かないで! まだズレてますから! 


「大丈夫です! 信じてください! きっと夢のような世界を見られますよ!」

「むしろ、夢なら覚めてほしい」


 最後だけ真顔でそう口にした教頭先生に、他の先生方は激しく同意したのだった。


 取り敢えず動きが止まったので、幸子先生は見事にやり遂げた。僅かなズレもない。むしろ、髪型が前より整っている。ソフトタッチ幸子の技に、先生方は心の中で称賛を送るのだった。






 職員室で先生方が戦々恐々としていても、時間は容赦なく流れる。


 遂に始まった文化祭。


 地元警察が優秀なおかげか、あるいは事前に通達された「メディア関係者の文化祭での禁止事項」のおかげか、押し寄せたメディア関係者で初っ端から文化祭がめちゃくちゃになるということもなく、明るく喧噪が木霊している。


 別に、どこかの誰かが事前に手を打って来訪者を制限した……なんてことはない、ということになっている。


 そのどこかの誰かさんが、正門に向けて堂々と歩いていた。否応なく、注目が集まっている。それも仕方のないことだろう。なぜなら、


「ほぇ~、やっぱり囲まれてますねぇ~」

「……ん。作戦通り」

「分散されないためとはいえ……やっぱり落ち着かないわね」

「しょうがないよ、雫ちゃん。私達のせいで、せっかくの文化祭を台無しにしたくないし」


 〝極上の〟と称すべき美少女達が集まっているのだから。それも、一人の男子生徒――ハジメを囲むようにして。


 ユエは当然のようにハジメの右腕に自分の腕を絡め、香織は反対の腕の肘辺りを摘まんでいる。雫とシアは直ぐ後ろだが、その距離感はただの友人というには近すぎる。


 まさにハーレム。美少女を独占する一人の男に、一般来場者のみならず在校生まで意識を持っていかれている。記者達の目はネタの宝庫を見たように輝きまくっている。


 ちなみに、認識阻害もせず堂々とハーレムしているのはわざとだ。注目を集めることで、記者達や野次馬達を集中させているのである。その方が、いざというときも対処しやすい。


 他のクラスメイト達も各々文化祭を楽しんでいることだろう。信治と良樹だけは、美人記者のハニートラップに引っかかるために、包囲の更に外で記者の品定めをしているが。今のところ、美人記者はいない。


 正門に到着すると、ハジメ達は端に寄った。生徒会が代々受け継いでいるらしいスケールダウン版の凱旋門のような入場門の隅っこで、通行者の邪魔にならないよう陣取る。


 他にも同じようにしている生徒が多々いるのは、ハジメ達と同じ理由からだ。つまり、招待客のお迎えである。


 家人の到着を待ちつつ雑談をしていると、入場者狙いの売り子がやって来た。ソフトクリームを売りつけるつもりらしい。文化祭でソフトクリームなんてものを用意する辺り、かなり気合いが入っているが、移動販売までとは……中々やる。


 なんて感想を抱いていると、早速シアが飛び出していった。


「お一つくださいな! です!」

「あ、は、はいっ、どうも!」


 商売人の目をしていた男子生徒が、途端、挙動不審になった。事前に購入・変換済みのチケットを受け取る際、ちょびっとシアの指先が触れただけで目がとろける。


 そのまま陶然とした様子で引き返していくシアを見つめる男子生徒くん。小学生の男の子がぐいぐいっと袖を引っ張って「早く売ってよ」とアピールしている。男子生徒くん、ソフトクリームの入った保冷ケースから一本取り出して、チケットも受け取らず渡した。


 え? いいの? タダ? と尋ねる小学生。男子生徒くんは見もせず頷く。ソフトクリームを渡すロボットにでもなったようだ。わぁ~いっと歓声をあげながら親のもとへ戻っていく小学生に続き、「ウェルカムソフトクリームか!」と親達が子供を突撃させる。


 ソフトクリームが次々となくなっていく……


「んんっ、これ中々美味しいですね。はい、ハジメさん。あ~ん」

「ん。あ、ほんとだ。普通に美味いな」

「……ん、私も一口。おいひ」

「あ、いいね、これ」

「……彼、大丈夫かしら。商品が次々と持って行かれているんだけど……あ、美味しいわね」


 ソフトクリームを、躊躇う様子もなくシェアするハジメ達に、周囲からは「な、なんかすげぇ光景を見ている気がする……」といった感じの眼差しが注がれる。特に一般来場者からの注目が凄い。「お母さん、あれ……」「見ちゃダメよ!」みたいなやり取りも。


 取り敢えず、ソフトクリーム男子が正気に戻った。「くそぉ、くそぉっ、分かってたけど! 納得できねぇ!」みたいな顔で。同時に、空っぽの箱の中を見てサァッと青ざめる。


 とぼとぼと校舎に帰っていく男子生徒はともかく、それから自然なイチャイチャを繰り広げるハジメ達に周囲がざわざわしていると、遂に、更にざわつかせる原因がやって来た。


「パパぁ~~~~っ!!」

「来たか」


 ステテテテーッと、花咲くような満面の笑みで駆け寄ってきたのはミュウだ。そのままハジメパパの胸元へダイブすれば、「生徒なのにパパ!?」とざわざわ!! ギョギョギョ!!


 記者達が、事前に禁止されていた写真撮影を、小型カメラで隠し撮りし始める!


 帰還者の中心人物、南雲ハジメに娘!? ただれた私生活!! やはり帰還者は異常か!?


 みたいな見出しを想像しているのだろう。もちろん、何故かカメラはショートしているのだが。


「もう、ミュウったら。ママを置いていかないで」


 パタパタと駆け寄ってくるのは、やはり目の覚めるような外人美女。思わず、男性陣の目が吸い寄せられる。


「ミュウ、ちゃんと入場券を出さないとダメだろ」


 レミアを迎えつつ、ハジメは片腕にミュウを抱っこしたまま、ぽかんっとしている入場係の女子生徒のもとへ近寄った。


「みゅ、忘れてたの。お姉さん、チケットです! 入っていいですか? なの」

「レミアは持っているか?」

「はい、あなた。ふふ、随分と賑やかですね」


 娘を挟んで寄り添うレミアとハジメの姿に、入場係の女子生徒はカチコチと固まったまま「ハイ、ドウゾ。ゴカゾクデタノシンデクダサイ」と片言になった。


 入場門に、人が集まってきている。男子生徒に娘って……しかも、どう見ても五歳くらいの女の子。それはつまり、あの男子生徒は中学生の時に、あの外人美女を……


 何人かの男子生徒が「これが格差社会かぁああああああっ」と叫びながら駆け出していく。私服警官達が、上から無視するようにと通達されているにもかかわらず補導したそうにうずうずしていらっしゃる。


「ご主人様よ、中々大変なことになっておるのぅ」

「なんだティオ、来たのかよ」

「な、なんじゃ。妾だけ除け者みたいな……ごほんっ」


 いつもならハァハァするのに、ちょっと頬を染めただけで、ティオは如何にも余裕ある大人の女……みたいな雰囲気で妖艶に微笑んだ。いつもよりきっちりした和服姿で、髪も結い上げている。まるで、極道の妻……みたいな様子。


 一応、ハジメの学校であるから変態は控えるという気配りのようだが、逆に、そんな大人の女性にご主人様と呼ばせている辺り、ハジメへの認識は大変なことに。


 既に美少女軍団を侍らせておきながら、娘やら外人美女やらがいて、更に和服美女まで……


「こんな世界っ、間違ってるっ。くっそがぁあああああっ」


 飛び出していったのは大手テレビ局の記者だった。いろいろ耐えられなかったらしい。ついでに、「巡査長ぉっ、止めないでください! あのふざけたガキに手錠をかけてやるんだぁっ」「よせっ、気持ちは分かるからなっ、なっ」と警官さん達も大変な様子。


「あらまぁ、案の定、凄いことになってるわね!」

「部下に仕事押しつけてきて正解だったな!」

「母さん、父さん。二人も来たのかよ」


 面白いことになるのは目に見えている。そんな機会を、売れっ子漫画家とゲーム会社社長が見逃すはずもない。菫と愁が子供みたいに瞳を輝かせている。


 そこで、遂に堪えきれなくなったらしい記者の一部が抜け駆けした。


「ちょっといいですかね? お話を――」

「――『回れ右をして、文化祭を楽しみなさい』」

「はいっ、文化祭を楽しみます!」


 記者さんは、にこやかに笑ってキレのあるターンをした。そのままスキップしながら喧噪の中へ消えていく。


 ざわざわが、突如しんっと静まった。周囲の注目が、ハジメと女性陣の関係からユエ様一人へと集中する。


「……ん、なに?」


 こてんっと首を傾げる姿は、夢のように可愛らしい。だからこそ、なんだか少し恐ろしい。眠たげなジト目の中に、触れてはいけない何かが潜んでいる……そんな気にさせる。


「そんじゃあ、ミュウ。開演まで適当に見て回るか」

「はいなの!」


 ミュウの元気で溌剌とした返事に、周囲の人々は何故かやたらとホッとするのだった。





 それから、菫と愁は早々に離脱して楽しみに行き、途中、仕事を投げ出して物陰から見守っていた香織パパを発見して香織が溜息を吐きながら離脱し、その後愛子が合流するもハジメに「あ~ん」してもらえるというところで、猛然と駆け寄ってきた教頭先生を前に「教頭先生は私に任せて先に行ってください! なぁに、直ぐに追いつきますよ」と祭り特有のおかしなテンションになって早々に離脱する、なんてこともありつつハジメ達なりに文化祭を楽しむことしばし。


 チョコバナナのチョコで汚れたミュウの口元をふきふきする甲斐甲斐しいハジメに、雫が声をかけた。妙に、遠慮がちな様子で。


「ハジメ。実は、是非来て欲しいって誘われてるクラスがあるのだけど」

「ん? いいぞ。なんの出し物だ?」

「メイド喫茶らしいわ」

「物語上では定番だが、実際にやるクラスがあったんだな」

「あの子のクラスだから……」

「あいつか……」


 さもありなん。やって来た教室で待ち構えていたのは、


「お帰りなさいませっ、お姉さま!! そして、来やがりましたね、先輩っ」


 後輩ちゃんだった。ふりふりのメイド姿だ。トレードマークのツインテールがふりっふりしている。


「って、先輩が幼女を誘拐してる!?」

「そのツインテール、また固結びにされたいのか?」


 ざわっとなるメイド喫茶。おかしなことに、店員の中にも、客の中にも、男子が一人もいない。メイド喫茶なんて、男子が集まりそうなものなのに。


「パパ、このお姉ちゃんだれ?」

「ミュウが永遠に知る必要のない名状し難い生き物だ」

「誰がSAN値直葬の化け物か!ってそうじゃないです! パパってなんですか!? ハッ、まさか……お姉さま! いつの間にご出産を!?」

「大声で何言い出すのよ!」


 ギョギョギョッと注目が雫に集まる。


「そ、そうですよね。髪色からして、もしやそちらの……お姉さん、安心してください。今日は警察の人もたくさんいるみたいです。あの悪鬼を突き出しましょう! 必要なのは訴える勇気です!」

「あらあら、楽しい方ですね」


 うふふ、と微笑ましそうに笑うレミアのほんわりふわふわ雰囲気に、後輩ちゃんは何故かたじろいだ。「こ、これが大人の余裕……」みたいな感じで。


「とにかく、さっさと席に案内しろ、後輩」

「指図しないでください! ほら、こっちですよ!」


 来店者はご主人様のはずだが、指図するなというメイド後輩。ユエ達は慣れたものだが、初対面のミュウ、レミア、ティオは珍獣を見るような目になる。未だかつて、ここまで真っ向からハジメに立ち向かう少女がいただろうか、と。


「先輩は水道水でいいですね? 皆さんは何にしますか?」


 にこやかにそう言う後輩ちゃん。本当に良い根性をしている。だが、そこで、純粋な眼差しが後輩ちゃんを襲った。


「パパだけ、お水なの?」

「うっ」


 後輩ちゃんが後退った。ハジメがニヤニヤしながらミュウにささやく。「そうなんだよ。パパ、このお姉ちゃんに嫌がらせされているんだ」と。


「ちょっ、先輩! 卑怯――」

「お姉ちゃん、パパのこと嫌いなの?」

「ふぐぅっ」

「……じゃあ、ミュウもお水でいいの」


 他のテーブルにある美味しそうなケーキやジュースを見てしょんぼりしつつ、そんないじらしいことを口にするミュウ。後輩ちゃんにクリティカルヒット。ライフゲージはレッドゾーンへ。


「そ、そそそ、そんなことないですよっ。やだなぁっ、冗談! そう、冗談ですから!」

「……」


 機嫌を損ねたらしいミュウは、なだめる後輩ちゃんに見向きもしない。プイッとそっぽを向いている。いたいけな幼女を苛める女子高生の図だ。後輩ちゃん、未だかつてないほど焦る。


「ミュウちゃんにはスペシャルなケーキを用意しちゃいましょう!」


 チラッとミュウが見た。いけるっ! 即座に二の矢を! と周囲も後輩ちゃんを後押し。


「実は、体験メイド服コーナーというのもありまして! ミュウちゃんくらいのメイド服もありますよ! かわいいメイド服、着てみたくないですか!?」

「……みゅ」


 ミュウの目がパパに向く。ちょっと着てみたいらしい。ハジメが頷くと、ぱぁっと表情が輝いた。


「ささっ、ミュウちゃんこっちにどうぞ! メイド服体験、一名様ご案内!」


 パーテーションで区切られた教室の奥から「了解!」の声が届く。ミュウが案内されお着替え中に、注文した品も届く。ハジメにコーヒーを出す時の後輩ちゃんは、リアルに「ぐぎぎぎぎっ」と歯ぎしりしながらだったが。


 しばらくすると、奥から「準備完了!」と、やたらと覇気のある声が響いてきた。パーテーションの方へ注目すれば、そこからトコトコと小さなメイドさんの姿が……


「まぁ! ミュウ、かわいいわ!」

「おう、似合ってるぞ、ミュウ」

「みゅ……」


 ママパパの感想に、頬を染めて恥ずかしそうにもじもじするミュウ。その愛らしすぎる姿にユエ達からも称賛の声が飛び出し、教室中から「ほぅ」と蕩けるような吐息が漏れる。


 ミュウは、もじもじしつつも後輩ちゃんの前に歩み寄った。そして、頬を染めたまま、上目遣いで、ふんわり笑って、


「お姉ちゃん、ありがとうなの」

「天使かよ」


 後輩ちゃんが後退った。まるで浄化の光を浴びて怯む悪魔みたいに。


 そのままハジメパパの膝の上に座って、上機嫌にケーキを食べ始めるミュウ。後輩ちゃんが、何やらそわそわしている。しきりに周囲へ「ど、どうしよう。この状況でやるの!? 本当にやるの!?」みたいな視線を巡らせている。


 やがて、ハジメ達がケーキと飲み物を堪能したのを確認した後輩ちゃんは、「対先輩戦線は修羅の道ぃ!!」と意を決した表情になった。


 席を立つハジメの前に立ち塞がる後輩ちゃん。


「愚かですね、先輩!」

「お前ほどじゃない」

「飛んで火に入る夏の虫とは先輩のことです!」

「お前の頭の中は常時虫が湧いてそうだけどな」


 カモンッと、後輩ちゃんがフィンガースナップをパチンッと鳴らせば、途端、店員とお客全員がハジメを半包囲した。おまけに、スカートの中から水鉄砲を取り出し銃口を向けてくる。


「この前見た映画みたいなの!」

「ああ、店の中の人が全員諜報機関の人間だったやつだな」


 後輩ちゃんは、怯えるどころか瞳を輝かせるミュウにホッと胸を撫で下ろしつつ鼻を鳴らした。


「ふっ、ここが我等ソウルシスターズの罠の中とは想像もできなかったでしょう」

「お前は本当に残念だなぁ、後輩」

「うっさいです! さぁ、下半身をびしょ濡れにされて『あの人、お漏らししちゃったんだ……』みたいな目に晒されるがいいです! 先輩の評判を地に落とし、お姉様を解放します!」


 という作戦だったらしい。雫が「あなた達ねぇ」と頬をヒクヒクさせながら苦言を呈する前に、容赦のないソウルシスターズから一斉射撃が……


「アッ!? ちょっ、まっ――」


 悲鳴は後輩ちゃんから。


 一瞬で捕獲され、吐き出される水の弾丸の盾にされた後輩ちゃんは、下半身がびしょ濡れになった。そして、そのまま引き摺られながら教室の外へポイッされる。


 いきなり教室の外へ飛び出してきたメイド女子高生。女の子座りする彼女のお尻辺りからじわっと水が染み出している。


 ハジメ達の追っかけが多数いる廊下に、静寂が訪れた。かぁ~~~っと顔を染めた後輩ちゃんは……


「ち、違いますからぁあああああっ!!」


 と、内股気味に走り去るのだった。最後にきっちり「先輩めぇっ、覚えてろぉっ」と捨てゼリフを吐きながら。


「で、お前等はどうする?」


 教室に響く声。ハッと我に返ったソウルシスターズは、そこで気が付いた。いつの間にか、手元に水鉄砲がないことに。そして、南雲先輩の両手に二丁拳銃スタイルで水鉄砲が構えられていることに。


 南雲先輩が、ソウルシスターズの下半身をロックオンしている!


「「「「こ、これで勝ったと思うなよぉおおおおっ」」」」


 見事なシンクロを見せて、ソウルシスターズは逃げ去っていった。


「学校って楽しいところなの。ミュウも早く小学校に行きたいの」


 おそらく、きっと、ここほどエキセントリックな学校生活は送れないだろうと思いつつ、ミュウの夢想を壊さないよう口を噤むハジメ達だった。


「お、そろそろ時間だな。行くか」


 帰還者クラスの出し物の時間が、やって来た。


このあと、今日中に後編も投稿します。

よろしくお願いします。

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